『皆!祖国を守るために剣を持て!弓を射よ!国の盾となり暴虐なる獣を撃退するのだ――』
"英霊の螺旋回廊"―――いや、"魂の牢獄"か。
(騎士隊の亡霊を正面に見据えた。一対の刀剣を錬成―――抜刀)
"Artificial mana circuit"―――Drive.
(身体表面に光が走る。人工魔術回路が浮き上がり―――戦闘体勢)
<THRUSTER WIND>―――Boost!!
(魔術式による圧縮空気噴射。爆発的な推進力を得て―――上昇)
(重装歩兵のファランクスの上空を、一気に飛び越えて裏へ。
飛翔する彷徨者を、後方の弓兵部隊による一斉掃射が出迎えた。
矢の雨と共に、風の結界を貫通する高出力の攻撃が幾条も突き刺さる。
炎弾、氷槍、雷球―――地上から射掛けられたのは弓矢だけではなかった。
そして、空中に飛び上がって来る二つの影。おそらくは、この世界の魔導騎士)
―――I am the ash of my brand...
(精霊銀の刀身に魔力伝導を開始。二本の剣に淡い白光が宿る。
並んだ二体の魔導騎士に向かって、左右の光刃を振りかぶった)
<STARDUST BRAND>――…
(右の光刃を白騎士に袈裟斬りに振るい、勢いを利用して反転――)
…――Strike!!
(――逆手に構えた左の光刃を、背中越しに黒騎士へと突き入れる)
<THRUSTER WIND>―――Acceleration!!
(地対空魔術を掃射する三騎士に標的を切り替え、急加速降下突撃を敢行する。
炎弾のみが止んだ……ポールウェポンの騎士。白兵戦で迎撃するつもりだろう)
<SHIELD AIR>―――Parry!!
(風を纏わせた左刃で、炎騎士の赤い槍斧を受け流し、右刃で垂直に斬り上げた。
返す右刃を、伸び上がった姿勢から氷騎士の延髄に叩き降ろし、左刃を引絞る。
そのまま重心を落としての踏み込み。左刃で雷騎士の脚を横薙ぎにして疾駆)
残るは弓兵か。練度は高いと見えるが……その統制の取れた横列隊形が仇になる。
(光の残滓――――横列隊形の下端から上端へと破壊を撒き散らす白銀の魔力。
最後の一騎とすれ違い様に、振り抜いた右腕を後方に残した……光刃が爆散する)
精々、この場に俺を喚んだ運命を呪え……その間に、もう二、三十は持って行く!!
(その手に即座に新しい剣が投影される―――――"一騎当千"
その概念が、此処に"真紅の騎士"というカタチで現界していた)
『――魔王ディオ二ウスを討ち取るのだ!』
(槍騎兵による一撃必殺のランスチャージが波状に繰り出される。
――――おそらくは、この四騎が最精鋭にして王の最後の砦)
『乱を好む姦雄め正義の槍を受けよ!』
―――吼えろ。"正義"の所有権など、いくらでもくれてやる……!!
(打ち払う心算で渾身の力を込めた斬撃は、槍に垂直に突き刺さった。
突撃の慣性と鋼の硬度に阻まれて金属同士が噛み合う不快音を生む。
――――両者の距離が縮まるまでは、僅か瞬刻。
長大なランスの鋼は火花を散らしながら真っ二つに捲れ上がって行く)
……代わりに、こいつを持って行け!!<MOONLIGHT BRAND>――
(騎槍のヴァンプレイトまで食い込んで動かなくなった刀身に――)
――Break!!
(――構わず魔力を叩き込んだ。閃光と爆音。刀身が過負荷で四散する。
――――先ず、一騎)
『貴様を討ち祖国を守る!』
(ただ一点、彷徨者の心臓を穿たんとする、その鋭さ故に――
――槍騎兵の捨て身のエイミングを捌くのは、最小限の軸移動で事足りた。
出力を上げた左の光刃を閃かせて音速で斬り上げる。その断面は、鏡面。
そこに映り込む刀身が、独特の曲線を持つグレートソードに変わる。
白光の刃の周囲を、銀色の輝きが瞬時に覆って渦巻いた。
真上で両手に構え直して振りかぶり、叩き下ろす。
――――残り、二騎。
そこで彷徨者は、何の前触れも無く意識を漂白された)
『(――あなた誰?あなた誰?あなた誰?違う。これは別の何かのもの。違う――)』
(不意に訪れた圧倒的な"何か"に、精神が抗う術も無く押し流されて行く。
ただ通り過ぎただけの"ソレ"だが、人間の器にとっては洪水に等しかった)
『ぬるぽ!』
―――ガッ…!!
(―――三騎目のランスが左肩を差し貫く。
その場に縫い止められる様にして膝をついた。
四騎目―――彷徨者は無防備な背中を晒すのみ)
『オルデカタに栄光あれ!』
(次の瞬間――――とどめの一撃が訪れる事は無かった。
手放しかけた意識の中に、戦姫と亡霊王の声が同時に届く。
騎士隊は糸の緩んだ操り人形の様に、その動きを止めていた)
プリンセス…?―――なるほど、俺は助けられたと言う訳か。
(銀の墓標の内の一本を引き抜いて自身の傷口に突き立て、マナを伝導する。
魔力圧・魔基密度の変質した精霊銀が、ぐにゃりと相を変えて浸透した。
銀は身体と同化して、喪失した血液と体組織に代わって創傷を埋める。
こうして己の欠損を補う毎に訪れる感覚……自身を蝕む"空虚"
――――痛みは、すでに感じない。
目の前の騎士団も、今の自分と同様なのだろう。
亡霊王による戦姫の拒絶―――それが号笛となった)
オルデカタの騎士よ―――聞け!!
(おそらく、王と騎士隊の本来の魂は、とうの昔に帰天しているのだろう。
目の前の騎士隊は、彼らが現世に焼き付けた純粋な想念そのものであり、
言わばリプレイ・マシーンだ。プログラムに記載された条件文は、ただ一つ。
それが"ズオード軍との死闘"であるならば―――)
―――こちらは、ズオード帝国騎士隊の裏面を統べる者。
真紅の魔導騎士にして、ディオニウスの懐刀。理法の破壊者だ――
――誇りを賭けて挑んで来い。俺と打ち合う散華を最上の栄光と知れ……!!
『おお…この世に神は居ないというのか…!神はこのような蛮行を許すというのか――』
神々がいかなる裁定を下そうとも、この破壊者が――――
――――俺が、貴様を魂の牢獄から解き放ってやる。
(亡霊王の眼に再び宿った深く昏い炎を受け止めるのは、虚無の灰眼。
彷徨者は詠唱を開始する―――おそらく"この世界"での最後の詠唱を)
"Artificial mana circuit"―――Release the limitation...
(全身に刻まれた幾何学文様は、すでに回路の様相を呈していなかった。
窮屈な人間の器を、その内から喰い破らんと暴れ蜿く光龍の如き魔力。
彷徨者の褪せた銀色の髪が、黄金の光輝を帯びて僅かに持ち上がる)
―――I am the ash of my brand.【身体は剣で出来ている】
(燐蒼の烈嵐にも微動だにせず。紅蓮の業炎には身を焦がされるまま。
倒れ伏した戦姫に視線を送った。銀の左瞳が極彩色の輝きを映し出す)
Mana blood makes the silver heart pulsate.【血潮は火床で心臓は赫銀】
(グレートソードに集積するのは"魔法"が汲み上げた奔流の様なマナ。
注ぎ込まれる高密度の魔力―――陽光の如き眩い虹色が収束していく)
Here is a blade over the gate of nihility.【因果の地平を越えて未完】
(スラスター・ウィンドの爆風で急加速突撃。銀を魔力の光条に還す。
立ち塞がる全ての障害を突破して、"王"の直線上へと飛び込んだ)
Withstood rain soaked to create force.【創者は創痍の紅雨に独り】
(さらに風の術式を加速させる。地面を擦るような極端な高速飛行。
左手を前方に突き出す。剣を握った右手を、矢を引き絞る様に引いた。
真紅の外套が音を立てて後方に翻る。神速を超えた踏込みは不可視――――)
My hands hold nothing but empty light.【縋る光明は空に砕け散る】
――――零距離とったぞ…!永遠の静寂に沈め"亡霊"!!
(前傾姿勢から王の躯を突き上げる様にして刀身を叩き込んだ。
装飾も絢爛たる胸部プレートから背部サーコートへと貫き通る光刃。
臨界を迎えた精霊銀の崩壊。極限まで純化した魔力が開放される)
So as I pray,"Infinity Mithril Craft".【祈りは――――】
《SUNLIGHT BRAND OVERBREAK》――――Detonation!!
(轟音と衝撃が、刀身に沿った直線上の全てを例外無く破壊し尽くした。
天井を貫き、地表の氷雪を蒸発させ、大気を灼いて天に昇る――――烈光)
―――安心して…逝くがいい…キング・エメラリウス……
護るべき…プリンセスは…強くなった……彼女の側には…必ず……
(……あらゆる光彩を喪失した"灰色"の破壊者が、その場に崩れ落ちた)