「敵は後退しながらこっちを包み込む気か!」
「中佐!」
副官も言葉に出してこそ言わないが、その表情が突撃命令の撤回を訴えていた。
だが、放り投げたサイが元に戻らないように最早停止命令を出すことも出来ない。
命令を出しても、それが正確に伝達されるまでは若干の時間を要する。
既に先鋒では弾幕の張り合いが開始されていた。この段階で反転後退と命令を出そうものなら…
「それこそ敵の包囲殲滅にどっぷりと嵌るぞ」
前衛は最早とめようが無いし、全体の動きを止めるのも危険だった。
それならば、ポイントを変えてせめてその方向を変えるしかない。
「目標を変更する。中衛を右翼、後衛を左翼としそれぞれ敵左翼、後衛は敵右翼を叩く!」
「兵力を分散するのですか!?」
兵力を集中させるのは兵法の定石であるのに、あえて無視しようと言うのだから副官の驚きは当然と言えた。
ましてや戦力では敵の方が勝っているのだから、正気の沙汰ではない。
「敵の両翼、個々の艦船で見れば操船は決して悪かないが、
後退しながら敵の包囲を行うには運用レベルでの訓練が足りとらん」
「そこで敵の虚をつくと?」
中央突破を改め、挟み撃ちのつもりでいた敵への奇襲に切り替えようと言うのだ。
味方の艦隊が来るまで時間を稼がねばならない事情故の苦肉の策のつもりが、
先鋒のアブラクサスがどうにも目立ち、次第に敵の矛先を引き受けていったことが僥倖となった。
その分連合側の両翼には枷がついておらず、より自由な戦術的行動を取れるからだ。
(とはいっても、選択肢は限られているがな)
彼の作戦とはこうだ。帝国軍は蛇を誘い込みながら両の手でその頭を捕まえようとしている。
それならば新たに二匹の蛇を出現させ、その手首に噛み付かせるまでだ。
こうして敵が怯んだ隙にそのまま敵後方に回り込み、先鋒とあわせて敵中央部を挟撃する。
問題があるとすれば、敵の両翼を混乱させても尚、味方が数で劣っている点だった。
「敵側面を横殴りにしてすり抜けろ!…さぁて、うまくいくだろうかねぇ」
頭痛薬を口に放り込みながら彼は自嘲気味に呟いた。