【物語は】ETERNAL FANTASIAU:W【続く】
去り際にケンタウロスの青年のほうを振り返る。
何か違和感を感じる。何の感情もなくて、まるで心をどこかに置いてきたような感じ。
「ありがとう」
それだけ言って、その場を後にした。
――お前の心の奥に我が糧となるものがあるからだよ
先刻までのレシオンの姿をしたパルメリスを見送り
不意にレシオンの言葉がアオギリの脳裏に甦る。
「そんなものは無いはずなのに。世界率とやらのせいですかね……困ったものです」
調停者は、人の心に付け入って歴史を操作する。
だから、運命に抗うために、彼は心を封じたのだ。
全てが終わるまで、決して取り戻さないと誓って。
アニマを握り締め、レシオンのもとへ向かう。
「ところでいつからそこに入ってたの?」
『最初からずっと。表に出ないようにあのリザードマンに抑えられてたんだ。
ここぞという時まで敵に感づかれないように』
最上層の手前までの道程は、驚くほど順調だった。
まるで何かに導かれるように光り輝く階段の前までたどり着く。
さっきレシオンが実体化させていたものだ。上を見上げると、ずっと上まで続いていた。
∴虚無を知る者よ、精霊の支配者よ、我が元へ来たれ……∴
不思議な声が聞こえたような気がした。この先にあるものが僕を呼んでいる。
何かは分からないけど、きっととてつもない何かが……。
『パルメリス、お願いがあるんだ』
「何?」
『レシオンをあんまり恨まないでやってくれ』
「……うん、頑張ってみる」
僕だって憎しみからは何も生まれないことは身をもって分かってる。
意を決し、最上層へと至る道にそっと足を踏み出した。
トゥーラ最上階・・・・・パルス達が到達した時すでにレシオン達の姿は無かった。
「くそっ、遅かった・・・・」
目の前に広がる漆黒のゲート、それがあるばかりだった。
「まだ・・・まだ追いつけるはずや!!」
先行していたパルス達の背後から声が響く、ザルカシュとリーヴが追いついた。
「ゲートを通っても最深部にはまだ長い道が続くんや 追いつける可能性はある」
誰かが頷いた。連鎖する様に皆が頷く。黒騎士を先頭にゲートに突入していった。
「・・・・・・・・・・」
全身が動かない、まるで何年も寝たきりだった様な感覚だ。
頬を涙が伝う。
(俺は・・・・・・結局、何も出来なかった)
後悔が心を押しつぶしそうになった。
『生きろ!!』
取り戻した意識が最初に聞いた言葉、そして、意識を手放す前に聞いた最後の言葉
(くっ・・・情けない!!)
気力を振り絞り体を持ち上げる。周囲は不可思議な紋様に彩られた通路だった。
「どこだ?ここ?」
まだ軋む体を引きずりながら見回す。幾何学的の様でもありまるで何か巨大な生き物の中の様でもあり・・・
リッツは頭をフル回転させた。
まず、自分の中に巣食っていた魔物の気配を感じない事、気を失う寸前、あの闘いの中知り合ったエルフと出会った様な記憶、
そして、ホッドに託された命・・・・・・
いや、まて、何故そんな事を俺は知っている?漠然とした感情が湧き出る。俺はあいつに何をした?
答えは出なかった。ここ数十日の記憶が抜け落ちている・・・・・・だけど、何故か確信があった。
俺は・・・・なんて事をしちまったんだ・・・・。
頭ではなく心で理解出来た。
しかし悔やんでもいられない。
「本当にどこなんだココは?」
耳を澄まして風の流れを呼んでみる。どこからか話し声が聞こえてきた。
話し声が聞こえるなら人がいる・・・・いや、人じゃないかもしれないが・・・・・
ともかく、リッツはその方向に向かって歩き始めた。
ーーーーーーーー最深部、最終決戦の場へーーーーーーーー
一行が最上層にたどり着いた時、徐々に壁が砕けて欠片が落ち始める。
遺跡は静かに崩壊を始めた。
「急げ!」
一行は次々とゲートに入っていく。最後にリリスラがゲートに入ろうとしていた。
しかし、彼女は何かを考えるように立ち止まる。結論は一瞬で出た。
「あのバカが……世話やかせやがって!」
彼女は元来た道を引き返しはじめた。自分の身の危険も省みずに。
そして、崩れゆく遺跡の中、佇んでいるアオギリを見つけた。
「来るな!」
鋭く、しかしわざと狙いを外した矢がリリスラのほんの少し横に突き立つ。
淡々とした、だけど冷たくは無い声で告げる。
「なぜ来たのです? 今ならまだ間に合う。早くお行きなさい」
「何考えてるんだ!? 早く来い!」
アオギリはゆっくりと首を横に振る。
「リリスラ……世界率が移り変わるときが唯一の機会です。
必ずや祖龍を倒し獣人族の世を……あなたの歌ならそれができる……」
リリスラは、アオギリの様子がおかしいことに気付いた。
とても儚い感じがした。今にも消えてしまいそうなほどに。
落ちてくる瓦礫を気にもせずに駆け寄る。
「どうした!?」
リリスラは倒れるアオギリを抱きとめる。アオギリは弱々しく微笑んだ。
「運命に抗うために……心を長い時間封じすぎてしまった……。
運命の支配者をうまく欺けたなら良かったのですが……」
「しっかりしろバカ! 心をどこに封じた!?」
リリスラの必死の呼びかけもむなしく、アオギリの意識は薄れていく。
「ありがとう……でももういいんだ。時間がない……さあ早く……
君の歌が無くちゃ……話にならないからさ……」
「バカ! 行けるわけ無いだろ!!」
リリスラがそう言った時、アオギリはすでに意識を失っていた。
「おい!? アオギリ!」
その時、一際大きな轟音が響いた。上を見上げると、天井が落下してきている。
「……まずい!!」
全てが崩れ去っていく……。
――最深部へ至る道――
レシオンが最深部にたどり着いたらおしまいだ。僕はみんなに告げる。
「みんなゴメン。少し先に行くよ。おとーさん、アニマの制御お願い!」
『ああ、こっちの制御は私に任せて思いっきりぶつけてやれ!』
風をまとい、フィーヴルムと同調を始める。
「無茶や! 危険すぎる!」
必死で止めてくるザルカシュさんの手を風のようにすり抜け、文字通り風となって駆け出す。
欲望に負けた、哀れで愚かなエルフの王のもとへ……。
――神々が地上に降り立った時、この世界は龍が支配していました。
彼らは、龍人を人間に作り変えていき、やがて人間の時代が始まります。
しかしただ一人、それを止めようとした神がいました。
異分子の烙印を押された彼女は、他の神々によって封印されてしまいました。
彼女は今も、深い深い森の奥に眠り続けています。
リオンとトカゲ団が乗る痛馬車は最後の目的地に向けて走っていた。手がかりはただ一つ。
シスターキリアから聞いた、神話といっていいのかどうかも疑わしい御伽噺。
「これこそ困った時の神頼みだなあ」
「どっちかっていうと溺れる者は藁をも掴むのような……」
「いやいや、信じる者は救われるだよ!」
つい本音をこぼすトカゲ団の面々にリオンが力説しつつ、馬車はひた走る。
その頃、レミリアが率いる暁旅団は牛のような歩みで移動していた。
どうして牛歩かというと、オバカな団長がペガサスを全部連れていってしまったので
徒歩による移動を余儀無くされていたのだ。
ロックブリッジで、メガネ君ことエドワードから謎めいた依頼を受けて、とある場所に
向かっているのだがこのままじゃ目的地に着く前に世界が崩壊しそうである。
「疲れた……」
「馬車でも通りかからないかな?」
「そんな都合良く馬車が来るわけ……キターーーーー!!」
しかもどんどん近づいてくる。
「ホントだ……しかも痛馬車だ!!」
「みんな、ヒッチハイク用意!」
レミリアが号令をかけると、団員達が手際よく“乗せてください”などと書いた紙を
取り出してスタンバイする。
一方、痛馬車の面々も前方に変な一団がいることに気付いた。
「なあトム……謎の遠足みたいな集団が……」
「うん……。気付かない振りをしよう……」
「ええ!? かわいそうだよ!」
「あんなの相手してたら身がもたないだろ……」
4対1の多数決で無視決定。出来る限り速度をあげ、謎の集団の前を通り過ぎていく。
「「「「ああーーーーーーー!!」」」」
ヒッチハイカー達の絶望の叫びもどこ吹く風。
そのまま遠ざかっていくと誰もが思った矢先だった。
馬車のすぐ前を横切ろうとする人物がいた。
「トム君、前見て、前!!」
「ぬわーーーーーーーっ!」
リオンが叫んだ時には遅く、見事に激突した。
次の瞬間、馬車はぴたりと止まり、乗っていた5人は爽やかに空中に舞い上がった。
普通ならはねられたはずの人物はその光景を見ながら平然とチョコレートを食べている。
「えーと……何か当たった?」
皆が呆然とする中、レミリアがガッツポーズ。
「ナイスタイミングよ、ミニャ!」
停止する心音、砕ける鼓動。
再び脈動を始める、龍人王の心臓。
死なない。死なない。死なない。死なない。
「うるぅろらっがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
死ねない。死ねない。死ねない。死ねない。
もう百を超えようかという繰り返しの死に目、殺し目に、さすがのマリオラの肩も上下し始めた。
戦うだけなら三日三晩、不眠不休でこなせる女傑も、相手がギュンター程になれば話は別である。
兄も化け物なのだ。そんな奴と何百回も休みなく命のやり取りなどして、スタミナを保てるわけがない。
対するギュンターの、衰えなしの絶好の剣が一閃する。
スウェーバックでかわすマリオラ。
……だが、ほんの微かに鈍っている。
観戦するクロネの慧眼は、彼女の疲れを見逃さなかった。
濁り切った意識と瞳のギュンターも、本能的な洞察力でそれを察知し、追い進む。
無理な運動でブチブチと切れる足の筋などお構いなしに、頭から行く。
「ぐぅぅぅるるるるっぅぅぅぅっが!!!」
マリオラを捕らえたのは、剣ではなかった。
――――牙だ。
収めた剣技も、ブレスの術も忘れ果て、獣のように食い付いている。
大天才が遊び半分で覚えた技術など、こんなものなのだろう。気持ちのままに垂れ下がるクロネのヒゲ。
五体に染み付き、魂にまで刻まれていない。容易く忘我に呑み込まれ、捨てられてしまった。
肩の肉を持って行かれがら、マリオラがショートアッパーで突き放す。
本来なら肉を切らせて……となる一撃だが、この場合に限っては、まったくの切られ損であった。
「やあ、お見事! お見事!」「うむ、グッジョブだ!」「上手い具合となっておるな」
拍手と共に快活な三者の声が、祖龍の間に響いた。
久しぶりに見るギュンターの変わり果てた姿に何かを思う間もなく、歯を食い縛るイアルコ。
「……な…な、んじゃこりゃあ…………っっ!?!?」
耐え難い程に熱く、ドス黒いものが、心と体に注ぎ込まれているかのようだ。
「ふむ、やはりな。共鳴しておる」「そして、祖龍は迷っていますな」
黄金の鱗は、祖龍の祝福を受けた唯一人に授けられる、唯一枚の証である。
その一人が死ねば、次なる龍人王の血筋の者へと鱗は移る。
つまり、この場合はギュンターが死ねば、彼の実子のイアルコへという事。
イフタフ翁の施術によって半ば無理矢理に発現させられたとはいえ、イアルコの鱗もまた、素養を秘めた本物なのである。
たった一人に与えられるはずの無敵の加護は、今二人へと分かたれ、その力を弱めていた。
遥か昔、イアルコが生まれた時から計画されていた、好機の一つ。
脱力に揺らめくギュンターの顔面に、マリオラの拳が入った。
「マリオラ殿、手伝いましょうか?」「……これだけは、私一人でやる約束よ」
言いながら、手を休めずに兄を打ち尽くす妹。
「そうでしたな。――では、入念にそれを潰しておくように。お願いしますよ」
要はしばしの間、ギュンターを封じておければそれでいいのだ。
三者は勝利を確信した尊大な歩みで、閉じ込められた祖龍の魂を囲む位置に立った。
傍観を決め込んでいた黒猫のヒゲが、跳ねるようにピンと張った。
「……来たのか。友よ…………」
呟きに込められていたのは万感だ。ただ、信じられぬという想い。
「……アア。待タセタナ、友ヨ」
「許してくれ。待ち侘びながらも…拙者は、お主がここに辿り着けるなどとは……信じておらんかった」
真ん丸の瞳から涙を流す友の向こうに、煉獄の志士は果たされるべき誓いの果てを見た。
「はて? 君達には龍の巣を抜ける、最も険しい道筋を用意してあげたはずなのだがね?」
「そんなもの、何もかも潰してきて差し上げましたわ」
対峙する三者と、イアルコ一行。
同じ祖龍抹殺のために動きながら、決して相容れぬ者達が、火花を散らして睨み合った。
「それにしても行き先が一緒だったなんてラッキーだったね〜」
「そうだね〜」
強引に乗り込んできたヒッチハイカー達とすっかり仲良くなってしまった
リオンを尻目に、トム達は頭を抱えていた。
「全然ラッキーじゃないし……」
「うん……」
100人乗っても大丈夫な痛馬車は、クラーリア王国南部の森の中を走っていた。
行けども行けども何の変哲もない森である。
「やっぱり何もないんじゃ……」
トカゲ団がそう思い始めたころだった。レミリアが唐突に言った。
「少し止めてみて。多分この辺だと思うの」
彼女は、大きな手甲のようなものを装着し、起動させた。
依頼をうけた時にエドワードから借り受けたオリジンスキャナーである。
「出ました! メガネ君の秘密兵器!!」
現われた非実体の刃を一閃すると、空間が砕け散る。
次の瞬間、一行の目の前には巨大な遺跡が現われていた。
「「「「な、なんだってーーーーー!?」」」」
腰を抜かすトカゲ団と、盛り上がる暁旅団。
「メガネ君が言ってた事本当だったんだ!」
「……ここは? 貴方たちは何か知ってるの?」
リオンの問いに、暁旅団の面々が口々に答える。
「ここは迷宮の森って呼ばれるようになる前は六星都市の一つだったらしいんだ」
「その名は森林都市シャッハ。最初はこっちが翠星龍の都市だったけど
神様たちに占拠されたから都市機能を停止してガナンに遷都したんだって」
「今まで誰も気づかなかったのに思ったよりすぐ見つかったねー」
ガナンの崩壊によって一部が地上に出てきたからなのだが、彼らが知る由も無かった。
「レシオン! 貴様の野望はここで終わりだ!!」
レシオンは、予想したどんなものともちがう表情で僕を見つめた。
彼は、僕を哀れむような慈しむように微笑んでいた。
「来ると思っていたよ、パルメリス。お前を倒すのは忍びない。
一度だけ聞こう。私と共に新たな世界になる気はないか?」
一歩間違えたら引き込まれてしまいそうな気がして、全力で拒否する。
「貴様と一緒にするな!
僕は……世界を犠牲にしてまで全てを手に入れようなんて思わない!」
レシオンは声をあげて笑った。
「何がおかしい!?」
「お前は本当に私に似ている……。だから一つ教えてやろう。
この体は本来大罪の魔物を受け付けない。少し私を足止めできればお前の勝ちだ」
お父さんはさっきから耳を貸すなっていってるような気がするけど
僕はレシオンの話に聞き入っていた。そうさせる何かがレシオンにはあった。
「どういうこと……?」
「この体は前に大罪を宿した事があるからだよ。
一度宿主となった者には耐性ができて二度と受け付けなくなる」
きっと本当だと思った。だからこそ信じたくなかった。
「……うそだ。騙そうとしても無駄だ!」
「嘘じゃない。信じる信じないはお前の自由だが」
「ふざけるなあああああああっ!!」
幾筋もの真空刃の衝撃波を解き放つ。相手が入っているのが自分の体だという事も忘れて。
いや、自分だからこそ切り裂いてやりたいのかもしれない、そう思った。
レシオンにめがけ飛ぶ真空刃。
だがレシオンは微動だにしない。
ただ、あらぬ方向を見つめ一言。
「・・・来たか。」
その言葉に呼応するかのように吹き荒れる一陣の風が真空刃の全てをかき消してしまったからだ。
現れたのは数人の人影。
そのうちの一人はよく知っている姿だった。
そう、黄金の仮面。
しかしそのまとうローブはボロボロになり、黄金の仮面にはヒビが入っている。
黄金の仮面を取り囲むように現れた数人の影。
どの人影も尋常ではない力を持っている事を否が応でも肌で感じてしまう。
そう、この人影こそが十剣者であり、断罪の使徒なのだ。
その力を肌で感じてしまった事はパルスにとっては幸運だったかもしれない。
半ば錯乱状態に陥りかけていた意識が急速に冷静さを取り戻したのだから。
だが、乱入者たちはパルスなど眼中にないかのように動きを止めない。
『先に行かれよ。』
「そうさせてもらおう。パルメリス、お前もだ。」
黄金の仮面に促され、レシオンの背中が遠ざかっていく。
それを追おうとする十剣者もいたが、断罪の使徒が無言で制する。
レシオンに続きパルスもその場から移動するが、その力に当てられてか感覚が鋭敏になっていた。
ゲート内のせいか、すぐに黄金の仮面たちの姿は遠く見えなくなったが、そのやり取りを感じる事はできていた。
レシオンとパルスが去った後、黄金の仮面は動きを止め荘厳に語りかける。
『久しきかな、断罪の使徒よ』
「・・・・」
感慨深げに語りかける黄金仮面だが、語りかけられた断罪の使徒は応えなかった。
ただその威圧感は爆発的に膨らみ、周囲の空間すら歪ませ始める。
無言の圧力にマントをはためかせながら飄々と佇む黄金の仮面を見て、ようやく口を開いた。
「あれはどこだ?」
『くくくく・・・刻が至れば顕れよう。蝕の刻は間近。』
「プロジェクトエターナルか・・・!」
『それとも・・・また、セフィラごと滅するか?』
短いやり取りの中、十剣者はそれぞれに剣を構え、断罪の使徒も動く。
もはやその場のみが別空間のように歪んだその中で。
再び対峙ずるパルスとレシオン。
「プロジェクトエターナルって・・・なんなのさ!?」
「知らぬな。あれが何を思っていようが、もう関係ない。俺は世界となる!」
これ以上の問答はいらなかった。
ここに古のエルフの王と呪われしエルフの女王の戦いが始まった。
「ガ・ハ・・・ハ・・・・ハ、ハ、ハハハハハハ!!!!」
祖龍の間に突如として響き渡る笑い声。
誰が発したのか、誰一人として分かるものはいなかった。
その声の主に最初に気付いたのはすぐ隣にいたディアーナ。
だが、その姿を見たとて俄かに信じられるものではなかった。
その笑い声の主がスターグなのだから。
数十秒にわたって響く笑い声に誰もが驚き、見入ってしまう。
その狂ったような笑い声に。そしてそのあまりにも意外な笑い声の主に。
そしてその笑い声他途切れた瞬間、スターグは動いた。
誓いの為、ただ誓いの為に。
あらゆる物を投げ捨て到達したのだ。
一体いかなる状況が、一体誰であろうが、このスターグを留める事ができるというのだろうか?
祖龍を前にし、ありとあらゆるものがスターグをとどめるに値するわけがない。
そのタイミング、その速度。
たとえ虚をつかれていなくとも誰も止める事はできなかっただろう。
油断していたわけではない。疲れがないといえば嘘になる。スタミナも集中力も体調も万全とは言い難い。
だがマリオラに隙は微塵もなかった。
しかしそれでも、マリオラは感じる事ができなかった。
目の前のギュンターがどう動いたのか。
そして何故自分が倒れているのか、を。
スターグが動いた瞬間、それは祖龍にとって最大の危機。
その危機に呼応してギュンターとイアルコに注ぎ込まれる祖龍の加護は最大限のものとなる。
もはやギュンターにその面影を探す事は難しくなっていた。
それほどまでに注ぎ込まれる力は形相に影響を与えたのだ。
はじけ飛ぶ節足、飛び散る体液。
そして弾き飛ばされる三貴族。
ギュンターが全力で祖龍の前に移動した。
ただそれだけでクラックオンたちは四散し、祖龍を囲んでいた三人は弾き飛ばされたのだ。
「こ、これほどとはのう・・・じゃが・・・!」
予想していたとはいえ、実際に合間見えるその力。
これこそがイフタフたちがイアルコを担ぎ出した真の理由。
この場にて祖龍を殺せるのは祖龍の加護を受けたもののみなのだから。
よろりと立ち上がりながらギュンターをにらみつける。
後一歩のところだった。
その一歩は永遠に詰まる事のない一歩。
だがスターグはあきらめる事はない。
立てぬのなら這ってでも・・・そう手を出そうとしたとき、自分に既に手がないことに気付く。
いや、左半身ごと消失しているのだ。
とめどなく流れ続ける体液。
そしてその目に映るものは・・・マリオラの左腕をくわえたまま無慈悲に自分を踏み潰すギュンターの足だった。
下ろされる足は床を割り、ヒビを縦横に広げる。
だが、潰れるべきスターグの姿は数歩離れたところにあった。
黒猫に抱かれて。
「友よ。後は任せてくれんかにゃあ?」
目の光を失いつつあるスターグをそっと下ろし、ゆらりと立つその姿は小さく、しかしそこに秘めたる悲しみと闘気は計り知れず。
すらりと抜くは斬龍クロ助。
羽根付き鍔広帽子とポンチョを脱ぎ捨て、ここに剣聖クロネ・コーフェルシュタインの本気がそそり立つ。
そして立ち上がったのはもう一人。
「生きているのは僅かとはいえ、私にも加護があったから、かしらね。」
最強の妹であり同時に最強の龍人マリオラ・ハイネスベルン。
左腕から血を諾々と流したまま、それでも気はいささかも衰える事なし。
「さぁ、私達もまいりましょう、最後の地へ」
アーシェラが凛々しく皆に告げた。一同は黙って頷いた。一人を除いて。
「んで、どうやって、その最深部とやらに行くんだ?」
その質問の主、ブルーディの疑問はもっともだった。
「それはですね・・・・」
「「それは?」」
一同が固唾を飲んで次の言葉を待った。
「今、考えます」
それまでの緊張が一気に台無しになった瞬間だった。
「何も考えてないじゃないですかーーー」
「だって、まさかガナンがあんな壊滅するなんて思ってなかったからーー」
「どーすんのー」
「むぅ、最初はガナンの地下道を行く予定じゃったからのぉ」
上に下にの大騒ぎだ。
「なんじゃ、最深部とやらの道ならわしが案内するぞ」
それは本当に唐突な事だった。おもわず皆がその声の主に集中する。
「何、わしはここら一帯の地下を知り尽くしとる、その最深部とやらへ至る道にも心辺りがある」
「じいさん、本当か?」
おもわずブルーディがモグラの爺さんに聞き返す。
「ああ、本当じゃとも」
今、音楽隊一行はモグラの爺さんの案内でガナン地下の大迷路を進んでいた。
「これはまた見事なもんじゃのぉ」
シャミィは関心したと言うよりも心底呆れたと言う感じで呻いた。
「もしかしてここってあの伝説の『パルモンテ家の地下通路』?」
レジーナは都市伝説で語られていた場所に多少興奮した。
「昔、な、坑道ほっとたらたまたま、ここにぶち当たってしまってな」
モグラの爺さんは懐かしそうに髭をさすりながら先頭を行く。
「そこで、ある貴族の子供と出会ってのぉ、そん時にイタズラを手伝う代わりに教えてもらったんじゃ」
その貴族の子供にレジーナはちょっとだけ思い当たる節があった。
「ほっほっほ、よく一緒に国庫に忍び込んだもんじゃて」
一同は思った、『犯罪じゃねーかー!!』 幸いにもこの音楽隊は空気の読める人ばっかだったので突っ込みは入らなかった。
そうこうしている内に一行は巨大な門に到達した、だがその門には開く場所が無かった。
戦いの始まりは、あまりにも容赦なく、そして静かだった。
「【分解消去】」
レシオンは、ただ一言つぶやいた。今の僕には、レシオンの力の正体が分かった。
かつてレシオンと戦ったお父さんと意識を共有しているから。
レシオンは僕を消そうとしている。だから、僕も本気で迎え撃つと決めた。
術が完成するほんの一瞬前、僕は自分から姿を消す。
「どこだ……!?」
「ここだよ!」
次の瞬間、アダマンタイン並みの硬度の空気の鎖でレシオンを拘束する。
銀の風から形を成し、豹の特徴を随所に持つ精霊人の姿をとる。
フィーヴルムの完全解放形態、風のアニマ《レクステンペスト》。
「そこまで使いこなすとは。そうか、あの子は風使いだったな……お前もか?」
難なく拘束から脱したレシオンは独り言のように呟きながら腕を軽く振る。
何も無い空間から不思議な輝きを放つ剣のようなものが現れた。
「行かせない……止めてみせる!」
両腕にまとった銀色に輝く風の刃で切り掛かる。
「悪いがそれはできない」
レシオンが剣を一閃すると凄まじい衝撃波が巻き起こり、二つの力が相殺されて散る。
その時思わずにはいられなかった。
なんて真っ直ぐで純粋な力なんだろう。とてつもなく悪い奴なのに。
「私は想いを遂げなければならないのだよ! 今まで奪ってきた命のためにも!!」
「意味わかんないよ! そんなの……単なる自分勝手だ!!」
そして、この人を前にするとどうしてこんなに冷静ではいられないのだろう。
上空に浮遊したレシオンに向かって放った風の刃はその直前で不自然に掻き消えた。
「その通りだよ、パルメリス。願いとはいつも自分勝手なものだ……」
「くっ……絶滅!?」
貪欲の魔物の絶滅は進行概念の消滅。
安全地帯に入られて手も足も出ない僕を前に、レシオンは暁の瞳を奏で始めた。
一行は現れた遺跡に向かう。
「ここが迷宮の森……」
リオンは、様々な言い伝えが残る曰くつきの場所を感慨深げに見渡した。
かつてエルフの王者の一族が住んでいた場所。
外界からは決して入れず、もしも入ってしまったら生きて帰ってはこれない恐怖の地。
閉ざされた迷宮に君臨した、血も涙も無い氷の女王の伝説。
そして、ある時を境に忽然と姿を消した一族……。
「きょえぇええええええええええええええええ!!」
まるで幽霊でも見たかのような大絶叫に、彼女の思考は否応無しに中断された。
少し先に行っていたハノンが真っ青な顔で駆け戻ってくる。
「で……ででで出たぁあああああああああああああ!!」
リオンは騒ぎの元凶に急いで駆けつけた。そこに広がっていたものは、異様な光景だった。
「行ったら死ぬよおおおおおおおおお!!」
「夢体験らめぇえええええええええええ!!」
まるで操られているようなトカゲの尻尾団の4人を必死に羽交い絞めにする暁旅団。
その先にいた者は、顔をヴェールで覆った黒衣の女。
近頃噂になっている、神出鬼没に現れては変死体を作る謎の美女と特徴が一致していた。
今の今まで、ここにいる誰もが単なる怪談のようなものだと思っていたが
目の前に現れてしまっては仕方が無い。
事態の重大さを悟ったリオンは瞬速の棒使いで4人を続けざまに気絶させ、叫ぶ。
「ここは私に任せて……4人を連れて先に行って!!」
「ええ!? 一人じゃ危ないよ!」
騒然とする面々にリオンは行くように促す。
「私は大丈夫……それにあなた達に敵う種類の相手じゃない! 早く逃げて!」
一行はリオンの言葉の意味を理解して走り去る。
レミリアとミニャが気絶したトカゲ団を両腕に一人ずつ抱えて走っていった。
リオンは黒衣の女に向かって静かに語りかけた。
「あなたはもう死んでいるのでしょう?」
198 :
イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/12/10(月) 02:46:36 0
双子が持つ、《躍動》のアニマが輝く。
「ついでに右腕も元通りにして差し上げますわ」「………………」
「本当にらしくない。……もう、余計な事をとは言わせませんわよ」「ね、姉さん、僕もう限界――」「しっかりなさい!」
ルールーツの超回復を他者にもたらす。激しい疲労を伴う荒業だが、ディアナは速やかに決断し、実行に移した。
自分達二人よりもスターグが上と判断したからだ。悪魔も出さずに死なれては、彼に負けた者としては我慢ならないのである。
冷静な、至極真っ当な考え……のはずだ。
「君達ガ無理ヲスル必要ハナイ」「強がりはよしなさい! 貴方以外に誰がギュンターを倒すの!」
「ソレハ、アノ少年ガ果タスベキ事ダ」「何? 貴方は一路聖地へって!? いい加減、教えてくれても良さそうなものですわ!」
二人の師は、双子に何も教えてはくれなかった。
彼らの真の目的についても、いずれ来るとされた断罪の使途とやらについても……。
「……私ノ誓イハ、古キ友ヲ聖地ヘト導ク事」「――っ!! まさか……!?」
スターグの言葉に、ディアナは血相を変えて祖龍の間の奥を見た。
……見えるはずはない。
しかし、行ったに違いない。――でなければ、この男が誓いの内容を語るはずがないのだ。
誓いはすでに、たった今果たされていた。
石部金吉な彼が、らしくもなく激して突っ込んだのは、全てその為だ。この場の誰もの目を引き付けんが為だ。
スターグの影に潜んで、奴が行った。
《影帝》ゴウガが聖地に行った。
何の為に……? そもそも聖地とは……?
「私ハ…次ナル誓イヲ果タスノミ」「……また、教えてはくれないのね?」
落ちる沈黙が染み入る間もなく、何物をも介さぬ力強き踏み足が傍に立つ。
「よう、もう治ったか? 今すぐ俺と戦おうぜ」
ディアナが見上げると、褌姿の物凄い笑顔があった。
「どどど、どこから!?」「どうやってここに……?」
「ああ、あの影法師、あっさり俺らを捨てていきやがってな。結構歩かされたぜ、畜生めぃ!」
ゴンゾウ・ダイハンだ。
ギュンターが猛威を振るう祖龍の間にあって、あくまでもスターグしか捉えていない。
「す、すぐには無理ですわ」「えぇ〜〜〜〜〜〜?」
すかさず法螺を吹くディアナ。真に受けてくれた超化け物は、ハッとするような拗ねた子供の顔を見せた。
「何やってんだよ、ボケー」「こら! 蹴らないで野蛮人!」「……ゴンゾウ」
傍らに立つ若き王が、手にした一刀の柄頭でギュンターを指し示す。
「嫌だ、つまらん」「王命でもか?」「んじゃ、尚更お控えなすった方がいいですよ、陛下ぁ」
ある種の強さに対するゴンゾウの嗅覚と眼力は、鋭敏極まりない。
「あいつは、男じゃねえ」「公王ギュンター・ドラグノフだぞ?」「え? そうなのか? でも、男じゃねえしなあ」
それが、告げている。
「それに、もう長くもねえし」
哀れな男の最期の時を、確約するかのように告げていた。
ギュンターが叫ぶ。イアルコが叫ぶ。
およそわかるはずなどない、他者の苦しみ。それが同じ鱗に持つ事で、生まれて初めて共有された。
晒されて初めてわかる、祖龍の呪詛。狂え狂えと踊り狂う、邪なる母の声。
一頻りの後に、イアルコは吠えた。
「っこんんなものっかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「こっちに来て! そいつは僕じゃない!」
それは、暁の瞳に向けた叫びだった。
もしかしたら呼んだらこっちに戻ってきてくれるんじゃないかって思った。
「無駄だ……。この笛には分かるまい、私とお前はそっくりな魂の形をしている」
レシオンが奏ではじめたのは思いもかけない曲だった。
激しいものではなく、美しく、神秘的な旋律。
それは笛の呪歌の最も基本のうちの一つであるララバイ。
僕よりもずっと綺麗な音で、余計許せなかった。
「そんなことがあるはずない……!!」
フィーヴルムとの同調を解除し、テクタリヌスと同調する。
外からの攻撃が届かないなら、骨の髄から凍り付いてしまえばいい。
僕は、深蒼色の狼をベースにした氷のアニマ《コキュートス・カウント》の姿をとる。
「凍りつけ!!」
絶対零度の冷気が具現化し、輝く氷柱が聳え立つ。
レシオンは氷漬けになり、暫くの間凝視するが変化はなかった。
「やった……?」
気が抜けると同時にその場に膝をつく。ララバイにかかってしまったようだ。
相手がレシオンとはいえ、普段ならこんな初級呪歌に簡単にかかるはずないのに。
「ククク……見事だ。だがあれは幻影」
「……なッ!?」
声が聞こえたのは背後。気付いた時には拘束されていて、体は少しも動かなかった。
「どんな技も、単なる呪歌にかかるほど気が動転していては全く意味が無い。
なぜそれ程心が揺れるか分かるか?」
「大きなお世話だ!」
自分でも気付かなかった事を言い当ててくる。全てを見透かしているように。
「心の奥底に封じ込めてある自分の本当の姿を私に見ているからではないか?
いつも思ってるのだろう? 自分は本当は生きる価値が無いほど悪い奴だから
誰も傷つけてはならない、いつも正義の味方でなければならない
他の誰よりもいい子にするから許して下さいと……」
「ち……がう……」
意識が遠のいていく中の否定の言葉は、声になったかどうかも分からなかった。
グギャアアアアアオオオオ・・・・悲鳴とも雄叫びともつかない叫びが木霊する。
「くそっ!!パルスと完全に分断された!!」
ハイアットが何十発も銃弾を打ち込む。
「これはまずいですね」
「ああ、再生能力が高すぎる」
エドと黒騎士が何百回と切りつける。
「なんか火も効かないお!?」
今は包丁ではなくエドから譲り受けた様々な道具から爆弾を投げつけながらラヴィが叫んだ。
そいつは体が泥で出来た呪われた人形・・・・・マッドマン 他のメンバーの足止めに傲慢が選んだモンスター
呪われた泥の体は恐ろしい速さで再生し、その力も禍々しい まさに足止めに適したモンスターだ
「決定打が欠けてますね・・・・・」
エドが冷徹に分析する。呪われた物には聖なる物か、魔力を強く帯びた物と相場が決まっている
「狭い通路では 奈落 はこっちにまで被害が出る・・・手詰まりか?」
「うおおおお!!だったら再生出来ないまで壊しつくす!!」
ハイアットが叫ぶ、ラヴィが投げつける、とにかく破壊し続ける・・・・があまりにも尋常じゃない再生力が行く手を阻む
ギリッ・・・・・歯噛みをする、物陰から黙って見る、
(何を手こずってるの?あんたはそんな物?フザケンナ!!私が殺したいのはそんなあんたじゃない)
物陰から静かに激しい憎悪を乗せた視線が覗いていた。
『ハイアット・・・・ジルヴェスタンを使え・・・・』
不意に声が聞こえた気がした。託された剣を見る。僅かに光輝いていた。
手に取る、構える、そして叫んだ。
「いけ!!ジルヴェスタン!!」
何もおこらなかった。
「何遊んでるんだ!?」
ジンレインが思わず怒鳴った。その直後に驚いた顔になる。
「なんだ?剣と銃が光ってる?」
ハイアットの脳裏に隠された部分の記憶(データ)が鮮明に甦る。
「組み合わされ、鍵と鍵、聖なる導きを示しだせ」
口から覚えも無い言葉が紡ぎだされる。自然に右手にローヴェンスタン、銃を、左手にジルヴェスタン、剣を持っていた。
二つを目の前で組み合わせた時、二つは一つとなった。
「聖銃、ジル・ローヴェンスタン完成」
ーーーーーーーー光が闇を貫いた
所々にある結界をオリジンスキャナーで破りながら
レミリア達一行は遺跡の奥に向かって駆けてゆく。
やがて、見たことも無いようなものがたくさんある場所に出た。
古代文明の魔法装置と似ているようで少し違う。
「ここで箱舟計画とかいうのが実行されてたんだね……」
「本当に神様は神様なんかじゃなかったんだ……。リオンちゃんには言えないよ……」
少ししんみりとした空気の中、トム達が気絶から目を覚ます。
「うわわわわ!? 何だ!?」
「あ、気がついた?」
レミリアとミニャが4人を地面に降ろす。
「危なかったね〜死ぬところだったよ」
「そうそう、リオンちゃんがいなかったらどうなってたことか」
それを聞いてた4人は、リオンがいないことに気が付いた。
「あれ? リオンちゃんは?」
「一人でお化けと戦ってる。危ないからって私たちを逃がしてくれて……大丈夫かな……」
「……なるほど。あいつなら絶対大丈夫だ!」
普通なら心配する所なのだろうが、実家が隣だったトムは力強くそう言った。
退魔士と呼ばれる者たちがいる。
単なる戦闘技術ではどうにもならないアンデッドの類を浄化することを
専門とする特殊な技能者。リオンはそのうちの一人だった。
能力が高すぎて上司の反感を買い、神殿の中では万年見習いだったが。
黒衣の女は何も答えない。
代わりに、金属の塊のようなものを取り出し、銃に変化させていく。
かと思うと目にもとまらぬ速さでリオン目掛けて撃つ。
あろうことか、リオンは避けようともしなかった。
ただホワイトバトンを一閃する。反応できなかったのでなく、受け止めたのだ。
膨大な魔力の塊が霧のように消え、凛とした声が辺りに響く。
「分かりました……力ずくで浄化させて頂きます!」
伝わってくる物は、悲しみと狂気と怨念と、その奥の奥にある救って欲しいという願い。
嵐のように打ち込まれる銃弾を払いながら、リオンは呟いた。
「ディメンター……」
激しい恨みを残して死んだ者の魂に死霊術をかけることによって完成し
歓喜の感情を喰らって強力になっていく忌まわしき不死者……。
レシオンは、意識を失った孫というべきか息子というべきかを見下ろす。
しかし、止めは刺さなかった。今のうちにゲートを抜けてしまえばすむ事。
「すまなかったな、お前達。だが全ては今日で終わり。私が新たな世界を作り上げる……」
レシオンはゲートの出口に向かって歩き始める。
彼は思う。本当にくだらない世界だったと。
まだ神々が地上にいた頃、少なくない数の仲間達が生贄として捧げられ
生きて帰ってはこなかった。
その実は、神と崇めた者たちは神ではなく、実験体にされていただけだった。
今となっては全てがどうでもいいことだ。
ただ、自分にもパルメリスのような生き方があったのだろうか、とほんの一瞬だけ思った。
やがて、彼の行く手に巨大な扉が現れた。
鮮やかな手つきで暁の瞳を奏でようとする。が、音は一つも出なかった。
「残念だったな、バカ親父! 先回りさせてもらったよ」
そこにあったのはフィーヴルムを操作して笛の音を掻き消す息子の姿。
「貴様は……モーラッド!?」
レシオンは、手に質量の塊を生成する。
「止めを刺さないでくれて大感謝だ! 新世界候補ともあろうものが情が移ったか?」
「パルメリスは消えたようだな……お前では私に勝てない!」
その言葉と同時に放った質量塊が、精霊力の衝撃波とぶつかりあう。
「パルはちょっと出かけただけだ! その体は返してもらうぞ!」
僕は不思議な夢を見ていた。なぜか、死んだお母さんに怒られている夢。
「暁の瞳にも裏切られるなんてダメダメだな」
「うぅ……そんな事言われても」
夢の中とはいえ頭が上がらないのであった。
「よって今からお前に最後の修行を課す! 乗り越えてみろ!」
次の瞬間、僕は思いもかけない場所にいた。
「くそっ……もうダメか!?」
もう逃げられない事を悟ったリリスラが全てをあきらめかけた時。
リュートが目に入り、思い直す。自分は獣人族最強の歌姫だったと。
どんな時だって歌で切り抜けてきた。諦めるのはそれからでも遅くは無い。
リュートを手に取り、リリスラは歌う。
全ての因縁も確執も超えて、運命を切り開くための歌を。
〜♪SYMPHONY OF HEART♪〜
時の流れが 世界が奏でる曲だとしたら
人の想いは 旋律を紡ぐ音なのだろう
鳴り響く不協和音に 壊れゆく世界は
どんなに護ろうとしても バラバラに砕けてく
だけど
恐れることなんて 何一つない
信じることを 諦めないなら
虚空に投げ出された 音の欠片は
巡り集って 輝く未来奏でるから
この世界に生きる 全てのものたちよ
空を越え海を越え 今こそ響きあえ
抗うことさえ 許されなかった運命
今こそ解き放て――
SYMPHONIC HEART!
〜♪〜♪〜
歌いきると同時に全ての精神力を使い果たしリリスラは気を失う。
しかし、彼女の願いは確かに聞き届けられた。
歌は天空に住まう守護者に捧げる祈り、空を駆けるは紅き流星――。
レミリア達は、森林都市シャッハ最下層にたどり着いた。
神々が去って以来、誰も足を踏み入れたことの無い場所。
幾重にも張り巡らされた結界の中に、目的の人物はいた。
不思議な雰囲気をまとう、どことなく痛馬車のイラストを彷彿とさせる女性。
彼女こそ、新しき神ことレトの民の最後の生き残り、ラーナ・ミシェル。
眩い光が辺りを包む、聖なる光が邪悪な泥をかき消した。
光が薄れ、暫しの静寂が辺りを包んだ。
「ごふぅ・・・」
ハイアットがその場に血を吐きながら膝をついた。
「はぁはぁ・・・・・これは連発できないな・・・・生命力をかなり取られる」
再び銃と剣に分かれた二つの鍵を交差して見つめ呟いた。
「まさにホムンクルス用の武器と言う事ですかね」
エドワードが眼鏡を直し呟いた。場に少し気まずい雰囲気が流れる。
「先に進もう・・・」
黒騎士が皆を先導した。その場に一人残して
誰もいなくなった回廊でラヴィは一人佇んでいた。
ガッ・・・・ガッ・・・・ガッガッ・・・・・
目の前の地面に何本もの黒い塊が突き刺さる。それは間違う事なき師匠の形見
「・・・・・・来てたんだね」
答えは無かった、帰って来たのは静寂
ラヴィが柄を持とうとした時、彼女の怒声が響き渡る
「まだだ!!触んな!!」
手を引っ込める、それとほぼ同時に手のあった場所に石が投げつけられた。
「いい加減お仕舞いにしよう」
暗闇から出てきたアンナの目は赤く光り輝いていた。答えは無い。
「いい加減にしようよ!!それ所じゃないってくらい解るでしょ?」
やはり答えは無い、かえって来たのは拳を握る音と近づく足音、そして小さな息遣い
ラヴィは心の中では気がついていた、説得は無意味だと
頭では理解したくなかった、彼女は自分に殺されに来たのだと
「・・・・アンナちゃん・・・もうやめようよ」
ラヴィはそう言いながら自身も拳を固めた。
リオンは銀の光をまとい、黒衣の女に距離を詰めていく。
その少しの波紋も無い水面のような瞳の奥に湛えるは、深い哀れみだった。
この世で最も忌まわしい術によって化け物と化したこと、そして
そのような術の餌食となるほどの恨みを残して死んでいったことに対する哀れみ。
「お逝きなさい!」
白銀色に輝くホワイトバトンを渾身の力で突きたてようとする。
しかし、止めとはならず、女の剣で受け止められた。
黒衣の女の銃は、一瞬にして形を変え剣に変化していた。
そして、女は初めて言葉を発した。
『調子に乗るな小娘……貴様ごときが私を滅せるとでも思ったか?』
美しく、どこまでも冷たい響きに、リオンは本能的な恐怖を覚える。
その一瞬の隙を狙い済ましたように女が剣をなぎ払う。
巻き起こる禍々しい瘴気の渦に、リオンは吹き飛ばされて木にたたきつけられた。
『調度この場所だった……有りもしない罪で焼き殺されたのは……』
リオンは、朦朧として意識の片隅で、残酷な女王の伝説に思い至った。
「あなたは……昔エルフの女王様に殺された人なの?」
『そうだ……あの女は私たちを虫けら程にも思っていなかった……!
だが為す術もなく死んだ私に復讐の機会を与えてくれた者がいたのだよ!
忘れもしない、黄金の仮面!』
リオンが気付いたときには、全身が呪縛されていて指一本動かなかった。
『どうして今の話をしたか分かるか?』
女はリオンにゆっくりと近づきながら、顔のヴェールを払う。
その下から現われたのは、思わず見入ってしまう程綺麗な顔。
しかし、少なくとも半分は酷い火傷の跡で覆われている。
『お前はここで死ぬからだ……!』
ディメンターの別名は吸魂鬼。その口づけは魂を吸い取るという。
リオンは相手の強さを見誤ったことを悔やんだ。
周囲が暗闇から緑生い茂る森に変わる。
僕は、不死者と退魔士の戦いの様子を上から見ていた。
「嘘だ……全部夢だ……」
猫耳神官のリオンちゃんが戦っている相手は、他でもない僕が殺した人。
「お前にとっては夢だろう、でもあの子にとっては夢じゃない」
隣では、お母さんが微笑んでいた。やっぱり非常識な人だ、笑っている場合じゃないのに。
「そんな……どうすればいいの!?」
「自分で考える事だよ。過去は変えられない、積み重ねてきたもの全てがお前自身だから。
でもね、一番大事なのはこれから何を選ぶかなんだ。
パルメリス、お前はどんな未来を掴む……?」
相変わらず勝手な事を言いながら、全てが幻だったように消えていく。
いや、全てが幻なのかも、もしかしたら僕自身さえも幻なのかもしれないけれど。
「ちょっと待ってよ!」
そうしている間に、眼下ではリオンちゃんは今にもやられそうになっていた。
迷っている暇は無い。意を決して黒衣の女性の前に降り立つ。
「やめて……この子は関係ない!」
黒衣の女は、確かに実体が無いはずの僕を見た。
今の僕は、腰まで届く髪で、女王の装束をまとった昔の姿に見えていることだろう。
『自分から現れるとはいい度胸だ……それとも許しを乞いに来たか……?』
何も言えなかった。何もできなかった。
戦わなければいけないって分かっているのに、恐怖に支配されてしまう。
きっと、決して消えない自分の罪、かつて冷酷な女王だった自分自身に対する恐怖。
そして、今の状態では感情はそのまま現れる。このまま消されるのかな、そう思った。
でも、その時撒かれた聖水が舞い、相手が一瞬ひるむ。
『おのれ小娘……!』
「エルフの女王様って君だったの? 来てくれて良かった。君ほどの霊力があれば……」
ハート型の小瓶をもったリオンちゃんが息も絶え絶えだけど必死に語りかけてくる。
「私じゃ太刀打ちできない程……怨念が強いの。眠らせてあげて……君自身の手で!!」
リオンちゃんが不思議な呪文を唱えたかと思うと、僕は彼女に乗り移っていた。
「ありがとう、リオンちゃん」
そう呟きながら、立ち上がる。リオンちゃんは自らの危険も承知で体を貸してくれたのだ。
『いいだろう……小娘と共に死ね!!』
リオンちゃんの白いバトンを手に持ち、振り下ろされた剣を受け止める。
「させない……この手であなたを倒す!!」
もう迷わない。絶対に負けられない戦いが始まった。
さてと・・・先客がいたようじゃな」
モグラの爺さんは巨大な門の傍らに血まみれで倒れたホビットを抱き上げ呟いた。
「この門・・・・開く場所が見当たらないんだけど、それと何か関係あんのかい?」
レベッカが怪訝な顔をして門を叩く、と同時にうめき声のような擦れた声が響いた。
『龍以外で門を通ろうとするモノよ・・・・・代償を支払うべし』
その声は厳かに厳格にそして無慈悲に言い放つ
『生贄を捧げよ、深遠への道のりの代価は命なり』
確かに門には大量の血がこびりついていた。
「つまり誰かが犠牲になって初めて向こうに行けるって事か」
ブルーディが呟き、頭を軽く振り、シャミィはただ腕組みをして立っている
レベッカとレジーナは顔を見合わせ青くしていた。
「さてと、じゃあちょっくら開けるかね」
静寂を破ったのはモグラの爺さんだった。すでに上半身は衣類を脱ぎ、老人とは思えぬ引き締まった肢体をさらけ出す。
唐突の出来事に辺りは騒然となった。
ある物は慌てて止め、ある物は他の方法を探すと言い、ある物はふざけるなと激昂した。
そんな様子をひとしきり見て、モグラの爺さんはゆっくりと口を開いた。
「何、老い先短い命じゃしな、それに・・・・」
ちらりとアーシェラを見て爺さんは言葉を続ける
「世界の危機なんじゃろ?この爺にもかっこつけさせろと言うもんじゃ」
そう言うと門の前に立ち、止める声も聞かずに短剣を自分の胸に突き刺した。
そしてその短剣を勢い良く引き抜く、傷口からは噴水のように溢れ、門に降り注ぐ
門は光を放ち、また厳かに告げる
「供物は受け取った、血が乾く前に通るが良い」
モグラの爺さんは叫ぶ、口と傷から血を溢れさせて、
「いってこい!!そして変えて来い!!お前らが望むモノを形にするために!!」
黄金に光る門が入り口を開ける
シャミィが小さなお辞儀をして通り過ぎた
ブルーディが唇をかみ締めて何か一言呟いて通り過ぎた
レベッカとレジーナが泣きながらも通り過ぎた
そして、最後にアーシェラが通り過ぎようとして立ち止まった。
「ご協力ありがとう御座います」
「気にせんでもええよ」
「でも・・・・・」
その言葉でモグラの爺さんの顔がアーシェラに向く
「ちょっと芝居が過ぎますわ」
ころころと口元を押さえながらアーシェラは笑う、爺さんも笑った
「いつから気がついた?」
「この迷宮に入った後、貴方様の通り名をお聞きしてからで御座います」
そうか、そうかと頷いて、爺さんはアーシェラを先へ向かえと促す。
「それでは、また後で」
「ああ、後での 女王殿」
「はい、翠星・・・・・・」
そこまで口に出した所で指を横にちっちっと振られて止められた。
「モグラの爺さん・・・・・それがこっちでの通り名」
アーシェラは呆れた様にため息をつくと一礼をして門の向こうに消えていった。
静かになった門の前でモグラの爺さん、いやモグラの爺さんと名乗るものは適当な岩に座り込んでタバコをふかしていた。
「おー いたたた・・・・ちょっとかっこつけすぎたわい」
ふかぶかと刺さっていたはずの傷口はすでに閉じかけていた。
「モグラ・・・・もぐら・・・・・土竜ねぇ」
忍び笑いをする爺さんの影はドワーフの姿ではなく・・・・・・・龍だった。
イアルコ・パルモンテというクソガキ、精神力がどうとかいった問題ではなく……。
『ああああああああああああああ聞こえない聞こえなああああああああああああああああい!!!』
とにかく、我が強すぎるのだ。
吐いても漏らしても引き歪んでも、決して醜い己を失わない。失えない。
それは魂の強さというよりも、性の如きもの。本人の意志でも無意識でもどうしようもない、ただ己の一文字であった。
『何しに来やがった何しに来やがった何しに来やがったああああああああぁ帰れえええええええええええ!!!!!!』
祖龍の支配という激流に翻弄される木の葉のような、それでも残ったギュンターの意志一欠片が叫ぶ。
『うるっさああアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああっっい!!!!』
『お前のがうるせええええええええええええええええええええええええ!!!!!!』
『貴様こそ!』『お前だ!』『うるさい!』『チビ!』『ボケ!』『カス!』『ワキガ!』『病気持ち!』
………………………………………………………………………………………………………………………………繰り返し。
『……本当に、何しに来た?』『おう、もちろん助けに…じゃ』『ミソッカスのお前が?』『別に関係なかろう』
それは偶然だった。
イアルコとリオネだけが、弱い弱いギュンターの苦しみ喘ぐ声を聞ける場に立ち会えたのである。
…………誰か、オレを助けてくれ。
どうなるだろうか?
押しも押されぬ名門の跡継ぎとして生を受けながら、誰からも認められず、褒められもせず、後ろ指を指されるだけの
落ちこぼれとして育ってきた子供が、初めて人から……しかも、王自身から直接助けを求められたのである。
果たして、どうなるだろうか?
そうでないリオネは、騎士の誓いと名誉に懸けて主君の救済を誓った。
何もないイアルコは、ただ己だけが認める己に懸けて引き受けた。
誰に向けたわけでもない、たった一言の弱音であったとしても、誓ったのだ。引き受けたのだ。
意固地な所だけは似通った許婚同士である。その為に生きて死ぬと決めきった。
だから、助ける。
『誰も……期待なんぞしちゃいねえ』『されたら困るわ。すべては余が勝手決めた事じゃからのう』
『……畜生っ! 何て…何て言やいいんだよ!?』
もはや言葉で侘びられるものではない。託すのも自分勝手を超えて酷すぎる。
浮かんだのは、何もかもがない交ぜの泣き顔。
『……………………』
ギュンター・ドラグノフは、イアルコから目を逸らさず、無言のままに消え果てた。
あれ程に暴れ狂っていたギュンターの体が力を失い、倒れ伏す。
後を追うようにして妹も膝をつき、兄の上へと被さった。
最期に流れたのは血か? 涙か? どちらにしても、枯れて費えた。
その行く末は、一握の砂ともなれぬ虚無の底。
狂った兄を愛した妹は望み通り、彼と同時の終焉を迎える事となった。
「ギュンターの奴め、本気で生を手放しおったわ」
不死の彼を殺す術は一つ。身代わりに託させ、心の底から諦めさせる事。
そうなれば祖龍も別に引き留めはしない。龍人王は一人でいいのだから。イフタフ翁は静かに笑った。
堕ちるライキュームがグラールロックを灰燼とせしめる、確かな絵を心に描いて……。
リリスラが目を覚ますと、巨大な生き物の背中の上だった。
「龍……?」
『はい、あなたが呼んでくれたおかげで来ることができました』
彼女を乗せているのは、六星龍のうちの一体、紅星龍イルヴァン。
魔法の防護壁に包まれて、マグマの中を進んでいた。
「紅き星の龍……本当に来てくれたんだ……私は龍人でもないのに……」
自分で呼んだとはいえ、リリスラはまだ信じられない心地だった。
『歌に種族なんて関係ありません。それに私は半分は人間なんですよ』
「そうなのか!?」
本当なら根ほり葉ほり聞きたいところだが、今は他に聞きたいことがあった。
隣に横たわっているアオギリが、未だ意識を取り戻す気配がないのだ。
「こいつはどうなってるんだ? 大丈夫なのか?」
その問いに、イルヴァンがいいにくそうに声で応える。
『正直言って相当まずいですね……私が察するに……』
イルヴァンの話はこうだった。
精神系の魔術の一つに、自らの心をもって不死者を制御する禁断の術がある。
黄金仮面の死霊術によって作り出された不死者を
自分では滅することはできないと判断した彼は、この魔術を決行したのだった。
獣人族の世を実現する過程で、絶対に必要な人物が呪い殺されないようにするために。
「そんな……じゃあこいつは……」
リリスラの脳裏に口にも出せない恐ろしいことが浮かぶ。
対象があまりにも強力だった場合、最後には術者がアンデッド化するのだ。
それこそが決して使ってはいけない禁忌の術とされている所以である。
『弱気な顔はやめて下さい。そうならないために急いでいるんです!』
リリスラ達を乗せた紅星龍はいっそう速度を速めて進んでいく。
周囲は灼熱のマグマの道から、いつの間にか地下水の通路になっていた。
不意に刃の軌跡が変わる。風斬り音が頬をかすめる。
女が手に持っているものは巨大な鎌、その姿はさながら、生者を狩る死神。
彼女が持つ武器は、自在に姿を変える。
《お前が憎い、お前さえいなければ……殺してやる……
否! 殺すだけでなるものか。深淵の底に落ちろ……
輪廻の円環から永遠に追放してやる……》
攻撃の全て、一撃一撃が、恨みだった。憎しみだった。
身に余るほどの大きさの刃を事も無げに振るいながら、その唇が怜悧な声を紡ぐ。
『もう100年たつのか……覚えているか?』
「うん、調度この場所だった……」
バトンを裁きながら、彼女の名を言おうとして、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。
彼女は忌まわしい術によって作り出された不死者だ。
不死者と戦うときには、決して元となった人として見てはならない。
余計な感情が介在すると必ず負ける。だから今は、倒すだけ。
『そろそろ限界のようだな……』
「まだだ!」
走って離れようものなら銃弾の嵐になるのは目に見えている。
圧されている振りをして、というべきか実際に圧されているのか微妙だが
次第に居住区だった方へおびき寄せていく。
すぐに目的の物は見つかった。手の力を緩め、バトンは弾き飛ばされる。
『死ね!!』
大きく振りかぶった一撃が振り下ろされると同時に一気に跳んだ。
掴んだのは、床に刺さっていた一振りの剣。
一方、最下層。結界を解除しているレミリアの後ろで、その他大勢が暇そうにしていた。
突然、トム達の前の床に魔方陣が浮かび上がり、白いバトンが現われる。
「あれ、リオンちゃんのバトンだ」
試しにその場所に立ってみるが、何も起こらない。
「一方通行かな?」
そうこうしている間に、結界は解除される。
「これでいいはず……」
厳かな面持ちでレミリアはオリジンスキャナーを外す。
永き眠りから目覚めた女神の最初の言葉を、一同は息を飲んで待った。
古の時代、世界の全てを手に入れようとした破滅の使者と
自らを犠牲にして世界を救った伝説の英雄。
二人の力量は、全くの互角だった。
しかしレシオンは、勝利を確信したような笑みを浮かべていた。
その確信の通り、レシオンの狙い済ました一撃に、モーラッドは倒れ伏す。
「私の邪魔をするからこうなるのだ!」
モーラッドには勝てない理由があった。あまりにも決定的な要因が。
レシオンは、それを最初から見透かしていたのだ。
「お前はこの姿をした私を傷つけることはできない……そうだろう!?
バカな奴だ! お前の娘はもう死んだというのに」
レシオンはモーラッドの前まで来て、体の斜め後ろを向けて見せる。
背中の服が破れた部分から、傷跡がはっきりと見えた。
いくら時がたとうとも決して消えない罪の証。
「心臓を貫いた光の槍……あの子が一度死んだ証だ。
パルメリスはこの傷を負ったときからずっと死にたがっていたのではないか?」
絶対に違うと思った。いや、絶対にそうであって欲しくなかった。
「ふざけるな……貴様に何が分かる!?」
もうレシオンは答えなかった。容赦なく止めを刺そうとする。が、その時。
「やめろッ!!」
目にも留まらぬ速さで光の銃弾が閃く。
レシオンが見た先には、駆けつけたハイアット達がいた。
「追いついてしまったか……残念だがパルメリスはいない」
その言葉に、騒然とする一同。苦渋の決断をしたザルカシュが非情な一言を言い放つ。
「行かせたら終わりや! こうなったら……容赦なくタコ殴りにするしかあらへん!!」
ハイアットは衝撃を受け、ソーニャは激昂してつかみかかった。
「そんな……!!」
「何を言ってるんだ!?」
混乱する一行を嘲るような、レシオンの高笑いが響く。
「ハハハハハ!! 仲間割れする暇は無いぞ!」
ジンレインはいつも側に付き従っていた魔剣が、自分の制御から離れていくのを感じた。
「待ちなさい!」
「無駄だ……自分の剣に切り刻まれるがいい!!」
魔剣ジェネヴァがジンレイン達に襲い掛かる!
回廊に踊る影二つ、互いに拳と技とをぶつけ合いその姿は朱に染まる。
アンナの蹴りが頬をかすめてラヴィの顔に少し赤い線が走った。
交差した二人の視線も僅かにまた拳が唸る。
今度はラヴィの拳がアンナの脇を捕らえた。
鍛えられた拳は何物にも勝る武器、凶器、ミシリと嫌な音を立ててアンナの顔が歪む
ラヴィの顔には笑みも苦痛も無く、ただただ無表情、アンナもまた無表情
二人は理解していた。もう戻れない、戻る気も無い、
残るは一人、受け継ぐは一人、悲しみを背負うのも一人、只一人、 一人、 一人のみ
二人の最後の試練を見届けるのはもの言わぬ師匠の、そして愛した人の形見の包丁達
薄暗く揺れる炎が二人の影を伸ばしてまじらわせた。
ひとつため息、じりりと焼ける感覚、一瞬でも気を抜いて感情に任せればそこで終わり
ラヴィは今、真っ暗な淵にいる。もがいても、もがいても抜け出せない淵、
脱出する方法は頭では理解出来ても納得は出来ない
ひとつ息を吐いて、深く心に突き刺さる闇、折られたプライドの欠片が突き刺さる
アンナも今、真っ暗な淵にいる。もがけばもがくほど抜け出せない淵、
諦めれば脱出できるがそんな事を許せる程、器量が無いのは理解している
だから、最後に残った選択肢はただ一つだった。
やがて長々と続いた、二人の業に決着の時が訪れた。
「な!な!な!!!」
ジンレインはこの出来事にまともに言葉を発することができなかった。
魔剣ジュネヴァは単なる愛剣という存在ではない。
生まれたときから共にあり、唯一自分の過去を証明できるもの。
セイファートとの邂逅を経て過去へのわだかまりに縛られることがなくなったとはいえ、その存在の特別性は損なわれることはない。
それが自分に襲い掛かってくるのだ。
あまりのショックに言葉を失うだけでなく、その身に染み付いているはずの回避能力まで失われてしまっていた。
「ぼさっとしてんじゃないよ!」
横から飛び込む叫び声と衝撃がジンレインを救う。
ソーニャに蹴られ、吹き飛んだことにより白刃の煌きからその首を守ることができたのだ。
「助けてやったんだ。料金は払わないよ。」
転がり呻きながらジンレインはルフォンでのやり取りを思い出していた。
「1500ギコで首が繋がったままなら安いものね。」
蹴られた脇腹の痛みと共に思考が回復するのを感じる。
だが、空を切った魔剣ジュネヴァはその刀身だけで宙を浮き、更なる攻撃に移っていた。
それを迎え撃つのはソーニャの炎とハイアットの光の銃弾。
(駄目です。逃げて!)
その瞬間、ソーニャの脳裏に響く声。
「あかん!逃げるんや!」
「いかん、それは神器だぞ!」
煌く斬撃と同時にザルカシュとエドワードの叫びが重なる。
直後、魔剣ジュネヴァは受けた銃弾をはじき、文字通り炎を切り裂いて斬撃を繰り出した。
「ほう、避けたか。『それ』がただの剣と思うな?」
ディオールの剣を捌きながら感心したようにレシオン。
耳で聞いていては間に合わなかった。
直接脳に響き、反射的に身を翻していたからこそ、ソーニャは脇腹から血を流すにとどまっていたのだ。
ジュネヴァはソーニャの脇腹を切った後、ジンレインへと襲い掛かっている。
ハイアットが援護に向かうが、ソーニャは動かなかった。
傷が深いわけではない。
感じていたのだ。その存在を。
「アビサル!いるんだね!」
宙に向かい叫ぶが、ソーニャは確信を持っていた。
そこにいる、と。
そしてそれは現れた。
少し上に、まるで朧のように現れた人影の群れ。
それは黄金の仮面であり、十剣者であり、断罪の使徒!
「そこにいたか!千年の種子!!」
ソーニャの叫びに一瞬動きを止めた黄金の仮面を断罪の使徒は見逃すことはなかった。
繰り出される閃光により、黄金の仮面が切り裂かれる。
そしてソーニャは確かに見た。
切り口からのぞく黄金の仮面の内側にアビサルの星見曼荼羅のローブを。
(ソーニャさん・・・・ごめんなさい)
(馬鹿!いいから帰ってこい!)
(ごめんなさい・・・もう・・・駄目なんです)
(僕は・・・知ってしまったのです・・・僕が何の為に生まれたのか。
僕だけじゃない。僕の一族が、人間が、エルフが、なぜ作られたのかを・・・)
(決まっていた事たったんです。龍の駆逐も、龍人戦争も、そしてこの戦争も、星海の哀れな生き物も・・・全部!全部・・・!)
(何を言っているんだ!?)
(二十三代目カリギュラ・モルテスバーデ(暴帝の交剣印)は狂っていたんじゃなかった。)
(狂っていたのは僕たちの方・・・)
(彼はこの恐ろしい事実に気づき、止めようとしたんです。)
(でも、僕にはこの恐ろしい計画が良い事なのか悪い事なのかもうわからない・・・だからお願・・・)
ほんの一瞬のやり取り。
それはソーニャの脳裏だけで交わされるアビサルの叫び。
そしてその一瞬は唐突に終わりを告げる。
『レシオンよ、蝕の刻は間近ぞ?』
十剣者と断罪の使徒に切り刻まれながらも黄金の仮面。
ジオフロントでギュンターとイアルコの接触を感じ、レシオンに声をかける。
この状態にあっても追い詰められた者の気配を微塵も感じさせないのだ。
「この状態は・・・」
「ああ、ちょっと洒落にならんかもしれへん。」
突如現れた朧のような状態の十剣者と断罪の使徒、そして黄金の仮面。
それにより起こる急激な変化を感じ、慌てて準備を始める。
『くくく、真に重畳。』
そんな二人に気づき、押し殺したような笑い声を上げながら振り返る。
その先には断罪の使徒と十剣者。
黄金の仮面の内側に討つべき者を見つけ、それぞれが必殺の一撃を繰り出そうと迫っている。
『断罪の使徒よ。十剣者よ。そなたらは力大きすぎるが故に気づけないのだ。』
それぞれの剣が黄金の仮面を捉える瞬間、空間が大きく歪む。
あまりに大きな力は空間すら歪めてしまう。
ましてやここはゲートの中。
すでに歪められた空間なのだ。
そこでこれだけの大きな力を一点に振るえば空間自体がもたないのだ。
『暫し時空の狭間を彷徨うがよい。』
空間が歪み、崩壊をはじめ黄金の仮面を中心に十剣者と断罪の使徒が消えていく。
だが歪みは留まらず、ゲート自体が崩壊を始めるのだった。
「あ、あかぁん!なんぼももたへんど!」
いち早く黄金の仮面の企みに気づき、秘術の限りを尽くし崩壊を遅延させようとしているザルカシュの悲鳴が響く。
『馬鹿め…!それに何の意味がある……!?』
「意味なんて無い!」
鳴り響く金属音。掲げる剣の柄に刻まれている名は、ザナック・エル・アルドゥール。
憎しみ以外は全て忘れているから無駄だと分かっていても、この剣で眠らせたかった。
「こっちだ!」
広い場所に出るためにバトンが落ちたあたりに跳ぶ。が、そこには何も無かった。
代わりに、身に覚えの無い転移魔法陣があった。
「こんなの聞いてないよー!」
そんなことはお構い無しに、魔法陣は発動する。
一同が女神に注目している最中、突如轟き始める地響き。
あれよあれよという間に壁の一部分が崩壊する。
そこから、真紅の龍が現われたように見えた。
「「「きょええええええええ!!」」」
阿鼻叫喚の中、女神は最初の言葉を発した。
「あ、ツンデレ星龍だ!」
その瞬間、その場にいる全員が一斉にずっこけた。
「あいたたたた……あれ、変態女神! こんな所にいたのですか?」
「失礼な……変態じゃなくて変人です!」
女神ラーナと謎の会話を繰り広げているのは、真紅の翼を持つ女性だった。
巨大な龍の姿はいつの間にか消えている。
一方、気を失っているケンタウロスを抱えたハーピィの絶叫が響く。
「壁に突っ込むやつがあるか―――ッ!!」
「すみません、ここの都市は木造だし大丈夫かなあと……」
ずっこけた状態からようやく起き上がった面々。
彼らには何がなんだかさっぱり分からない。
そして、さらに事態を混乱させる出来事が起こった。
先刻バトンが転移してきた場所から、激戦を繰り広げるリオンと不死者が現われたのだ。
「「「のわああああああああああ!?」」」
微動だにしない二つの影、やがて倒れたのはラヴィの影だった。
乾いた地面に腹部から滲み出た血が潤いを数秒与えて消えた。
一方、アンナは立っていた、ただ呆然と立っていた。
その顔には先ほどの血気盛んさもいつもの傲岸不遜な顔もなく能面の様な顔に一筋の涙を浮かべ立っていた。
アンナはラヴィに問いかける
「何故?」 と
ラヴィはアンナに答え返す
「出来ないから」 と
憮然とした顔でアンナはその場を後にした 最後に
「包丁はあんたが使えばいい」
そう言い残して消えた
後には磨かれた黒包丁が静かにあった
アンナは地下の通路を行く、目指すのは出入り口でもある巨大な門
それを教えられた時は行くかどうか迷ったが、選択した事に後悔は無い。
自分なりの過去との決別もつけた、面白くない結末ではあったが・・・・・後は、
「出てきたら?」
アンナの影から小柄な影が姿を現す。その乱杭歯が凶暴さをかもし出す。
「大体、用件はわかってる」
乱杭歯の影は何も言わない
「仲間の復讐・・・・でしょ」
アンナはこれまで人様に怨まれる事をしてきた そして最近もしたばっかりだった。
闇に身を置いてからは覚悟はしていた事だから冷静に受け止めていた。
「違うよ、欲しいのはそんなものじゃない」
乱杭歯の影は不意にアンナが思ってもいなかった事を喋った。
途端、体を壁へと押し付けられてしまう、そして体が壁に埋まってゆく
「いこう、僕達の似合う世界に」
やがて誰もその場にいなくなった。
「リオンちゃんかっこいい〜〜!」
例によって素直に盛り上がるハノン達だったが、トム達4人は違和感を覚えた。
棒術士のリオンが剣を使っている。身のこなしも明らかに違う。
「あの動作は……」
4人は同時に蠍の爪時代からのライバルを思い浮かべた。
「触角……」
顔を見合わせて暫し沈黙の後。
「あっはっは! そんなワケないよな〜!」
「だよね〜!」
そんな4人の他愛のない会話を、ラーナ様の一言が粉砕する。
「いや、そうだよ」
「「「「は!?」」」」
どれぐらいの時間戦っていただろうか。
『悪あがきもここまでだ……』
倒すことだけを考えていたから少しずつ追い詰められていることに気付かなかった。
横目に見える、すぐ後ろは壁。
「ヤバイ! リオンちゃんがやられそう!」
「よし! 私たちの最強の歌で……」
楽器を取り出してスタンバイするハノンとカノン。
が、哀れ、彼らはリリスラに突き飛ばされた。
「電波ソングに任せてられるか――ッ!!」
リリスラは叫んだ。リオンの体を借りた誰かにむかって。
「お前のために歌うんじゃないんだからな! 負けたら承知しねーぞ!!」
そして歌う。それは、本当の強さを気付かせる歌。
〜♪〜♪〜力への意志〜♪〜♪〜
歩みゆくべき道を 踏み外さないようにと
星を見上げていた 足元を見もせずに
血塗れた記憶に 打ち勝つ力欲しいと
祈り捧げていた 疑う事も知らずに
振り返ればいつも 仲間がいるからこそ
月の無い夜には 怖くて涙零れた
差し伸べられた手 掴んでいいのだろうか
答えは見つからず そっと目を閉じる
突きつけられた 鏡に映る 自分に似た誰かは
澄み切った 瞳の奥に 底知れぬ狂気宿してた
跡形もなく 壊してしまおうとして気付く
受け入れたはずの真実 乗り越えていないことに
本当の強さは 誰に願っても 与えられないから
自分の影に触れる 勇気の欠片 分けてもらえばいい
同じカードの 片面だけ 追い求めるのはやめて
光も闇も抱いた時 力への意志は 本当の強さへと変わる
絶望を打ち砕き 未来切り開く 本当の強さへと――
〜♪〜♪〜
もう何度も聞いた気がする、獣人族の歌姫の歌。
彼女の歌は大切な事を思い出させてくれた。
僕が教えてもらった剣は殺しあうための戦いじゃなくて、心通いあわせる踊りだったこと。
全てを切り裂く死神の鎌から逃れ、ミスリル銀の刀身を閃かせ踊る。
ステップは3拍子のリズムを刻む。狂わないように。乱れないように。
『いい加減諦めろ……貴様の剣は戦いには向いていない!』
そう、これは相手に息を合わせて舞う社交ダンス。本気の殺し合いには向いていない。
でもそれは、飽くまで相手が生きているものだった場合の話だ。
不死者は、必ずどこかで救って欲しいと思っている。
だから、たとえどんなに一瞬であったとしても、必ず隙が出来る。
剣を閃かせながら、その時を逃さないように待つ。
そして、その瞬間は訪れた。
「随分歩いたな」
門をくぐった音楽隊一行はまるで洞窟の様な場所を長い間歩いていた。
ブルーディはその間、ずっと先頭を歩いていた。続いてアーシェラ、シャミィ、レベッカ、最後にレジーナ
ごつごつとした岩肌を摩りながらブルーディが呟く、
「ここ前に通ってないか?」
「ふむ、確かに見覚えがあるのぉ」
岩と岩の隙間をなぞりながらシャミィは何かを考えている様だ
「一筋縄ではいきませんか」
ぽりぽりと頭を掻きながらアーシェラもいい加減気がついてたといった感じだ
「で、どうする?壁を壊す?」
レジーナが壁をぶん殴ったが壊れる事は無く逆に、
「うわぁああ!?」
まるでゴムの如くその拳を弾き飛ばした
「おかしな魔法がかかってるみたいですね」
こんこんとアーシェラが壁を軽く叩くと今度は硬い音が返ってきた。
「よし!!こういう時は来た道を逆にいけば目的地についたいするもんだよ」
レベッカの思いつきにより一行は来た道を逆に戻り始めた。
数時間後
「あれぇ?ここどこだろ?」
確かにレベッカの言う通りに確かに別の所には抜けた・・・・のだが抜けた先が問題だった
「地下水路じゃな」
「地下水路ですね」
それは巨大な地下を流れる川だった。ご丁寧に船着場まである。
「あれに乗って進むのかな?」
レジーナの指差す先には少し大きめの船が浮かんでいる
その時、船の方から鐘の音が聞こえてきた。そして
『船がでるぞーーーー 船がでるぞーーーー』
どこからともなく聞こえる声、一行は慌てて船に乗り込んだ。
そして船は静かに出発する。
船は魔法でもかかっているのだろう、一人でに走り、流れに逆らって上流を目指す。
とりあえず危険はなかろうと賢者二人の調べでわかった一行はくつろぐ事にした。
それほど船の速度は速くは無く、ちょっとした遊覧船である。
異変に気がついたのはレベッカだった。
地下の水は澄んで美しくぼんやりと眺めていたら、不意に不自然な水泡が船の横から湧き出ているのに気がついた。
なんだろうと思い、よぉく目を凝らす、何か船の下で動いている様な気がした。
もう一度、よぉくよぉーーく目を凝らす。いる!!何か下にいる!!
「みんな!!気をつけて、下に何かいる」
そのレベッカの言葉で一斉に一行が戦闘態勢をとる。船が大きく揺れた。
そして船の目の前に巨大な水柱が吹き上がった。出るのは化け物かガーディアンか水しぶきが晴れたそこには・・・・
「オ客サマー 船デノ騒動ハゴ遠慮クダサァーイ」
水兵帽をハゲ頭にちょこんと乗せ、セーラー服の襟だけをつけた筋肉隊だった。
もちろん問答無用で攻撃した。
「HAHAHAHA オ客様!!ゴムタイヤー」
「それを言うなら『ご無体な』だろ!!」
怒涛の攻撃にも、にこやかな笑みを絶やさぬセーラ筋肉に初対面、免疫ゼロのブルーディが腰を抜かしながらも冷静に突っ込む。
「・・・・まさか!!この船の動力って!!」
レベッカがもう一度船底を覗き込むとそこには
「「「うぇーーーーい!!」」」
酸素ボンベを身につけ船底を持ち上げて川底を歩く筋肉隊の面々がいた。
「ぎゃあああああ!!おろせ!?おろしてーーー」
ある意味、海底遺跡で筋肉隊にトラウマを師弟で植え付けられたシャミィが騒ぎ出した。すると、
「野郎ども!!お客様がここで下船だ!!」
セーラー筋肉の号令と共に船が接岸した。
「ご利用ありがとうございます。またのご利用お待ちしています」
以外にも紳士な態度で一行を岸に降ろすと筋肉舟はまた下流へと去っていった。
「い、意外と紳士だったね・・・・・・」
ブルーディと同じく筋肉隊初体験のレジーナもいつもの強気な発言はなりを潜めた様子だった。
「ところでここはどこでしょうか?」
アーシェラは辺りを見回す。そこは何か無数の岩穴が開いている場所だった。その穴の一つ一つに扉が着いている。
「宝物庫かのぉ?」
「食料庫は考えにくいですよねぇ」
「とりあえず一つ開けましょうか」
満場一致で一行は一つ扉を開ける事にした。
「ごほごほ、筋肉56番 一生の不覚」
「お兄ちゃん、それは言わない約束でしょ」
扉の向こうにいたのは畳に布団をしいて寝ている筋肉隊員とおかゆを食わせるキノコ少女でした。
目を点にして固まる一行、それを見る兄妹、そして
「あ、すみません、今日風邪でして閉めてもらえませんか?」
筋肉隊員のお願いに一行は黙って頷いて扉を閉めた。
辺りを沈黙が支配する
「え!?いまの何?」
「人がいた!?」
「家!?家なのあれ!?」
「え!?えええ!??」
瞬間に大騒ぎ、そしてアーシェラが、
「もう一度開ければわかります!!」
と言ってまた扉を開けた、その先には・・・・・・・
「お願いですだぁー妹だけはぁーーー」
「ええぃ 借金が払えなきゃ妹を型にとるだけよぉ」
「イヤーー おにぃちゃーん」
「後生ですだー」
「「「「「なんじゃこりゃああああ!!!」」」」」
ちょんまげを乗っけた筋肉二人組みが兄妹の妹を借金の型に連れ去る現場だった。
とりあえず、ちょんまげ筋肉どもを殴ったら
「おのれぇ しかし忘れるな 光に影が必ず付き纏うが如く我々もまた再び・・・・・・」
などとどこかで聞いた台詞を言いながら煙の様に消えた。
その後、土下座をしながら御礼を言う兄弟に別れを言い扉を閉めた。
「とりあえずこの扉はもう開けないでおこう」
ブルーディの顔は酷くやつれていた。
「しかし、この扉全てが部屋なのかのぉ?」
「では、別の扉も開けて見ますか?」
賢者二人は呑気にも別の扉を開ける準備をしていた。うんざりとその様子を見ていたブルーディだったが、
「ちょっと待て!!その扉はなんか駄目だ!!」
別の扉を開けようとした瞬間にブルーディはそれを止めた。
「どうしたの?」
レジーナが怪訝な顔をしながら止めた理由を聞いた。
「なんか嫌な予感がする、それに扉の隙間から『ワンモアセッ』とかって声が聞こえるし」
ブルーディの指摘通りに確かに軽快な音楽を『ワンモアセッ』と言う声が聞こえる。一行は諦めて別の扉を開ける事にした。
その後数々ある扉を開けるが その度に
「筋肉隊の一分としかもうしあげられましぇん」
「それは筋肉10番隊そのものが取り潰されると言う事ですか!?」
「アイ・アム・マッソーーー!!」
「筋肉隊とはこの世の地獄道と言ってネェ」
「いや!!あの筋肉は良い筋肉だ!!」
「キンニキャアアアアア」
「YES!!マッスル5!!」
「お前達、最高の筋肉だ!!」
などと様々な筋肉隊を見せ付けられたのだった。流石にお腹一杯頭パンク寸前のご一行はとうとう最後の扉に辿り着いた。
そして最後の扉の中には・・・・・・・・
「何も無いね」
「ああ・・・・何も無いのがこんなに新鮮なんて」
「いや、何かレリーフの様なモノがあるぞ?」
それは無数の筋肉男が様々な姿、格好をしてその真ん中で一人の少女が扉を開けるレリーフだった。
「ふーむ、古代語で何か書かれておるのぉ」
「私が読みましょう」
アーシェラがその文字を読み取った。
「『中央にいる一人だけの少女が中央への道を開く』と書かれてますね」
アーシェラの解読で意味は解ったものの中央の少女とは何か一行は悩んでしまう。
それを打破したのは
「そう言えばさ、女の子って最初出会った子だけだったよね?」
何気ないレジーナの一言だった。
「あ、そう言えばそうだ」
「言われてみりゃあそうだな」
「って事は・・・・」
「あそこが進むべき道と言う事じゃな」
そして一行は最初に開けた扉へと向かい、開けるとそこには・・・・・
「「あ、○門様ご一行」」
「「「「「だれが黄○様ご一行だ!!」」」」」
兄妹のボケと一行の突っ込みが待っていた。
「そのご様子ですと中央の道をお聞きに来たのですね?」
キノコ少女の問いにアーシェラが頷くと少女は静かに押入れの扉を開けた
「こちらがお望みの道で御座います」
押入れの先には立派な石造りの回廊が続いていた。
「さて、バイトも終わったし帰るか」
「そうだね、お兄ちゃん」
そう言って霞の如く消える兄妹に一行は・・・・流石に突っ込む気力は無かった。
ふと後ろを振り向くとそこには先ほどまでいた部屋は無く、通路が続くだけだった。
一行はまた最深部へと向かい歩き始めた
狙いを定め、一気に距離を詰める。ほんの一瞬の間に、何かを見た。
襲い来る飛竜の群れ。灼熱のブレスから逃れ、少女はただ一人走る。
手には呪われし魔導銃。忌まわしい運命に導かれるままに。
迷ってはいけない。この瞬間を逃してはいけない。
無心に、非情に、ただ剣を突き立てる。
束の間の幸せは刹那にして灰塵と化す。
手にかけるは愚かな女王。操られている事すら気付かないままに。
閃光が走る。風に吹かれる砂のように光の粒子となって消えていく。
それを見て、抑えていた感情が溢れ出した。
2、3歩下がるのが精一杯で、全身の力が抜けてその場に座り込む。
「ごめんね……」
こうなったのは自分のせいなのに、祈る事しか出来ない。
どうかこの者の魂が救われますようにと。
「許してくれなくていい……でもお願い……この世界を嫌いにならないで……」
その時、泣きじゃくる僕の頭を誰かがそっと触れたような気がした。
「強くなったな、もう教えることは何も無いよ」
顔を上げると、いるはずのない人がいた。きっと世界率が見せる幻。
「うん……もう出てこなくていいから……早く連れてっちゃえ!」
彼が手を差し出す先には、生きていた時そのままの、すごく綺麗な人がいた。
「行こう、エフェメラ……」
去り際、彼女は、一瞬微笑んだような気がした。
「リオンちゃん大丈夫!?」
聞き覚えのある声に振り向く。なぜか暁旅団のハノンちゃんだった。
後ろの方ではよく分からない取り合わせの一団がこっちを見ている。
「今幽霊がたくさん出てきて……」
「誰もいないよ?」
元の方向に向き直ってみると、何事も無かったかのように何もかもが消え去っていた。
ただ一つ、不思議な魔導銃だけを残して。
「ふははは、よい置き土産をしていってくれたわ。」
崩壊を始めた亜空間にレシオンの笑い声が響き渡る。
黄金の仮面と十剣者、断罪の使徒が時空の狭間に飲み込まれた後も、亜空間での戦いは続いていた。
状況は圧倒的にレシオンに傾いている。
なぜならば、空間崩壊を食い止めるためにザルカシュとエドワードが全力を向けざる得ないからだ。
直接攻撃してくるディオールの剣閃もかなり鈍くなっている。
ハイアットに至っては、その照準すらまともにつけられないでいるのだ。
その理由はモーラッドが倒れたものと同じ。
たとえパルスの体であっても、倒すべき相手。
そう頭でわかっていても、ギリギリのところで剣先が鈍る。照準がぶれる。
ほんの僅かなことではあるが、レシオンを相手にしてはそれは致命的な差となるのだ。
それぞれの力量以上に、この点でザルカシュとエドワードが別作業に向けられていることが黄金の仮面の置き土産なのだ。
そしてもう一つ。
ジンレインを執拗に追う魔剣ジュネヴァ。
あらゆる攻撃を、防御を切り裂き斬撃を繰り出すのだ。
使い手のない剣のみの攻撃。
その鋭さは徐々に増し、ついにはジンレインの必殺の間合いへと切り込んでいく。
殺られる!
死を覚悟したジンレインの半身に生暖かいものが降り注ぐ。
それは真っ赤な、血。
それも大量の。
目の前には大きく、負い続けた背中。
ずっと、ずっと負い続けた背中は今、切っ先が突き出て赤く染まっていた。
「防げないの、なら・・・受け止めるしか・・・。」
振り向くことなく呟きを漏らす声は、吐血と共に途切れる。
セイファートは自らの腹に魔剣ジュネヴァを受け、抜けないように押し込んでいるのだ。
「い・・・い・・・・いやあああぁぁぁ!!!」
血に塗れながらジンレインは絶叫し、セイファートにしがみつく。
もはや何を言っているかも判断できない叫びを上げながら。
「ち、父親らしいこと・・・何も・・・してやれな・・・く・・・。」
「駄目!駄目よ!・・・死なせない!お願い!ジュネヴァ!!」
半狂乱の叫びが響く中、ジュネヴァがジンレインの叫びに答えるかのように鈍く光を放ち始める。
ディオールとハイアットとの攻防のさなか、レシオンはジュネヴァの操作権が失われたことに気づいた。
だがもうそれもどうでもいいことだ。
「ふん、そろそろまとめて始末してやろう!
貴様らを消し、私は世界となるため門をくぐる!」
強力な衝撃波でディオールとハイアットを弾き飛ばし、間合いを開ける。
そして強力な魔力を練りこんでいく。
邪魔者をまとめて消滅させる力を!
「エルフの女王パルメリスよ……」
神秘的な雰囲気をまとう女の人が歩み寄ってくる。
「あなたは……女神様?」
「そう呼ばれていた事もあります。
よくぞ自らの罪を乗り越え正しい判断をすることが出来ました。
今は暫しお休みなさい。目覚めたら最後の戦いに赴くのだから」
彼女が手をかざすと同時に、意識が遠のいていく。
「今のセリフ、神様っぽくかっこつけすぎです」
「言ってみたかっただけです!」
突然意識を取り戻したリオンの前では、痛馬車のイラストを思い出させる女性と
真紅の翼を持つ女性が掛け合い漫才をしていた。
「あれ? お化けは!? パルちゃんは勝ったの!?」
痛馬車の女性は、いつもリオンが首からさげているラーナのペンダントを示して見せた。
「はい、パルちゃんにはとりあえずここに入ってもらってます」
続いて、ラーナは残された魔導銃を拾い上げた。
「やはり世界樹の書でしたか……」
レーテが紅星龍イルヴァンとしての記憶を辿る。
「それ程の情報を刻める器は私の知る限りでは二つだけ……魔剣ジェネヴァと……」
「魔導銃クリシュナ」
言葉を継いだのは、ずっと意識を失っていたケンタウロスの青年だった。
リリスラが嬉し泣きしそうになりながらアオギリの頭をはたく。
「人騒がせな野郎だ!」
「ご心配をお掛けしました。いやぁ、黒い術は使うもんじゃありませんねー」
などと能天気な事を言っているアオギリに、リリスラはキレて猛攻を加える。
「アホか!! いやぁ、じゃないだろ!」
「ウボァー!!」
そんな小さな大惨事を尻目に、ラーナ達は大きなモニターの前に集まり作戦会議を始める。
モニターに映し出されるのは、やりたい放題に暴れまわるパルメリスの姿。
正確にはその体を乗っ取ったレシオン。
「あー、これは取り返すのは無理っぽいですねえ……」
「「「ええ!?」」」
あっさりと言い放つラーナに驚く一同。
「大丈夫。奥の手があります」
「まさか……」
レトの民は万能なる科学の使い手だった事を思い出し、レーテは、ある考えに思い至った。
「はい、そのまさかです。新しく作ります」
あまりの予想外な言葉に、またもずっこける一同。
レーテだけは、冷静に腕組みをして考える。
「確か苦労人とかいう技術ですか? でもそれには体の一部分がいるんじゃ……」
「それをいうならクローン! これだけ人数がいれば誰か持ってるはず!」
元気よく言い放つラーナに総突っ込みが飛ぶ。
「「「ンなもん持ってるわけ無いだろーーーーーーッ!!」」」
なんで彼女が異端として封印されてたのか少し分かった気がする一同であった。
「仕方が無い。全員上に行って根性で髪の毛を探すか……」
「そんな無茶な!」
早速暗礁に乗り上げる作戦会議。しかしその時、救世主が現れた。
意を決したように手を上げて立ち上がる暁旅団のその他大勢のうちの一人。
「あの!」
「はい、魔術担当のマリク君! どうしたのかな?」
レミリアが発言を促すと、彼は何を思ったかローブを脱いで放り投げる。
内側の服の背中にはパルメリスというサインがでかでかと書いてある。
「実はパルメリス様のファンだったりするわけですが!」
「「「だからどうした!!」」」
総ツッコミにもめげず、さらにポケットから何かを取り出した。
「そっ、それは……!」
それは他でもない、密封保存された数本の銀色の髪だった。
「ロイトンでもみくちゃにした時に計らずも入手してしまったものです」
口には出さなかったが、その場にいる全員が同じ事を思った。こいつ変態だ……と。
「GJです!」
変態同士で通じるものがあるのか
復活の材料を受け渡し満面の笑みでハイタッチをする二人。
これで復活の算段は整い……といいたいところだがまだ問題はあった。
さりげなく爆弾発言をするラーナ。
「でもこれって普通にやると一ヶ月はかかるんですよね〜」
「ヤバイですよ! 一分で復活させなきゃ世界終わりますよ!」
またも暗礁に乗り上げ、やはり初めから無理な話だったのか、と諦めかけた時。
ようやくリリスラから解放されたアオギリが口を開いた。
「師匠から預かったものなんですが……これでどうにかなったりしませんか?」
彼が取り出したのは不思議な輝きを放つ小さな欠片。
ラーナとレーテには分かった。それは、時を操る剣の欠片。
「いいですか? 決して覗いてはいけませんよ」
ラーナはそう言って怪しげな部屋に入っていった。
未だ精神は分離しているはずなのに。
不思議な事に、自分の体が出来ていくのを感じながら優しい夢を見ていた。
生まれる前は多分こんな感じだったのだろう。
「パルメリス……」
現れたのは、寂しげに笑う少女。創世の時代、この世界に命を与えた始まりの使徒。
自らの子達を愛するがあまり狂ってしまった母なる存在。
「パルメリスはケセドのことうらんでるよな……当然だよな……
でも君たちが紡ぐ未来、見てみたい……」
「見てみたい……ちょっとならいいよな」
と、トムは言った。
決して覗いてはいけないといわれたら覗いてみたくなるのが世の常である。
という訳で待っている間暇な人たちは扉の隙間から覗いてみる事にした。
見た瞬間、覗いてはいけないといわれた意味が分かった。
ラーナと、ラブ&ピースと書いた鉢巻をした全身タイツの変な生き物達が
培養槽を取り囲み、輪になって謎の儀式を執り行っているのだ。
「ぎゃあああ!! 何アレ!?」
「あれが高度な科学!?」
「あんなのに神頼みしようとした俺達がバカだった!」
騒然とする面々をレーテがなだめる。
「まあ高度に発達した科学は魔術と区別がつかないってよくいいますから……
ちなみにレトの民は身体構造の中に科学を扱う機構を持っているそうです」
微妙になだめ所がずれているのであった。
六星龍でもある彼女は、筋肉隊をはじめとする変な使い魔に対する耐性があるので
あまり衝撃を受けないのである。
「絶望だ……絶望だ……」
そうしている間に、ラーナは何食わぬ顔で出てきた。
「あーあ、だから見たら行けないって行ったのに……」
口では言いながら妙に嬉しそうである。見られることを前提にしていたらしい。
「ほら早く来て! あなた達が仕上げてくれないと完成しないじゃないですか!」
促されて入っていくリオンと、ラーナに引っ張り込まれる絶望中の四人。
「突貫工事でどうなる事かと思いましたが大成功です」
その言葉にまさかと思い顔を上げた4人は、いろんな意味で驚いた。
培養槽の中には確かにエルフが眠っていた。しかも、腰まで届く銀髪を持つ美しい女性。
「これが……触角!?」
「人を間違えたんじゃない!? あいつは絶対美人じゃないしそもそも男だし!」
「ん? どう見てもパルちゃんじゃん。そんなことより早くいくよ!」
リオンはそう言ってホワイトバトンとラーナのペンダントを示してみせた。
釈然としないながらも他の四人もそれぞれの武器を取り出す。
「そうだね、恨んでるかもしれない。でも……」
僕は夢の中の少女に告げる。
「必ず未来掴むから……必ず……」
コーコースの力の残滓によって幾年もの時を数十秒にして辿り、再び生まれる時がきた。
ガラスが割れるような音がして、目を開ける。
破片と水滴が散乱する中心にいた。見慣れた自分の体で。
違うのは、髪が腰まであるのと、ずっと消えなかった傷跡が無くなっていること。
目の前には、ファイナルドラゴバズーカを持ったリオンちゃんと蜥蜴の尻尾の4人。
そして横には、女神ラーナ様。
「みんな、ありがとう……早く行かなきゃ……」
そのまま出て行こうとする。本当ならもう少し状況を把握するべきだったのだが
ゲート内に置いてきた仲間たちの事を考えて気が気じゃなかったのだ。
「ちょっと待ったああああ! そのまま出ちゃダメ!」
突然何か重大な事に気付いたらしいリオンちゃんが体を張って引き止める。
「どうしたの?」
「えーと、ほら、何も装備してないから!!」
改めて全身を見てみる。そう言われてみればそうだった。確かに何も装備していない。
「うわああああ!! 見ちゃらめぇええええええ!!」
叫びながら、例の4人組が平然といる事に今更ながら気付く。
これは以前謀らずも半裸にしてしまった仕返しか!? 仕返しなのか!?
「……ざまーみろ」
「やっぱりさっき美人に見えたのは気のせいだったな」
「うん、気のせいだよ」
その直後に4人組が「何見てるんですかーッ!」とラーナ様に投げ飛ばされたり
(しかしよく考えるとラーナ様が連れてきたのではないだろうか?)
リオンちゃんが服を探しに走ったりと大騒ぎの後。
「おおっ!」
僕の姿を見て暁旅団のみんなは歓声をあげた。
纏っているのは何枚もの透き通るような生地と幾つもの宝珠をあしらった止め具でできた魔法の衣。
女王時代に着ていた装束だ。なぜかというとこれしかなかったからである。
「転移装置の準備は出来ています。どうぞこちらへ」
ラーナ様に促されて、転移装置の中に入る。一緒にいくのは、リリスラちゃんとアオギリ君。
あまり一度に大勢送ると出現点がとんでもなくずれてしまうそうだ。
「パルメリス様がんばって!」
「向こうは時間の進む速度が違うのできっと間に合うはずです。ファイトですよ!」
みんなが激励してくれる中、トム君が遠慮がちに聞いてきた。
「なあ……触角つけないのか?」
転移装置が発動し始め、その波動に長い髪がなびく。
「えへへ、このままでいくよ。……世界を救うまで!」
どうでもいいような決意を告げると同時に、僕達はその場から消えた。
空間を超えて向かう先は、最深部へ至る道。
自分の姿をした破滅の使者ともう一度戦うために。そして今度こそは、勝つために。
空間転移中、アオギリ君はリリスラちゃんにいじられ続けていた。
彼女の話によると、僕のために死にかけていたあげくに
体を再生する時にコーコースの欠片を提供してくれたそうだ。
「しっかし単純だよなぁ、龍に助けられただけでこんなに素直になっちまうんだからさ」
「勘違いしないでください!
今こうしているのも全ては獣人ワールド復興のための一環として……」
「素直じゃない奴!」
そんな会話を聞きながら、一人首をかしげる。
よく思い出してみるとレベッカちゃんを暗殺未遂した凶悪犯のはずなのである。
今ではとてもそうは見えない。
「えーと……キャラ変わった?」
「変わってません! ほら、着きますよ」
着いた場所は、確かにゲート内だった。ただし、微妙に出現地点がずれてしまったようだ。
その上、大変な事が起こっていた。
「空間が……崩れかけてる!!」
急がなければいけないのに、どっちに行っていいのかさっぱり分からない。
慌てふためく僕に、アオギリ君が背を向けて言った。
「乗ってください」
「でも……」
ためらったのは、ケンタウロスは滅多な事では背に誰も乗せないって聞いた事があるから。
「さあ早く!」
意を決して飛び乗ると同時に、有蹄種族の王者は、草原を渡る風のように駆けだした。
「ついてきてくださいよ、リリスラ!」
その向かう先には、少しの迷いも無い。
「みんながどこにいるか分かるの?」
「全てお見通しです。たとえ千里先であっても!」
程なくして視界が開ける。目に飛び込んできたのは、蹴散らされた仲間達。
そこには、今まさに必殺の一撃を放とうとしているレシオンがいた。
収束していく12色の光。レシオンが放とうとしているのは13番目の属性虚無。
僕が知っているのと同じなら、霊法の系統に属する精霊にしか作用しないはずの力だ。
しかし、今回はそうではないことが直感で分かった。
その時、倒れている誰かが何かを投げるのが見えた。
アオギリ君の背中から飛び降りざまに、目の前で軌跡を描いた輝きをただ必死に掴む。
「【原子消滅】」
僕と同じ声で、自分以外の全てを否定する言葉が紡がれる。
それは、虚無の霊法をレトの民の術に融合させたものだった。
形あるもの全てを消滅させる虚無の力が辺りを包み込む時、僕は叫んでいた。
手の中の小さな宝珠にむかって。
「みんな、もう一度力を貸して!! 全て守り抜く力を!!」
必ず守り抜かなければいけない、そのためにみんなが復活させてくれたのだから。
どんなに呪われた力でもいい、それで未来が切り開けるのなら。
その想いに、アニマは応えてくれた。
周囲に見えるのは12の人造精霊獣の姿。
時間が進むのが極限まで穏やかになっているのが分かった。
一体ずつ、語りかけながら僕の中に入っていく。
『お帰りなさい』『きっと帰ってくると思ってたよ』『強くなったね』
『心がとっても』『だから……』『教えてあげる』『ボクたちの本当の名前』
『ボク達の本当の力』『決して道を踏み外さないで』『レシオンみたいにはならないで……』
『ボク達は力でしかない』『善でも悪でもないのだから』
そして、12の属性全てが僕と一つになった。
時が元通りに流れ始めて、最初に響いたのはレシオンの驚きの声。
「なんだと!?」
驚くのは当然だろう。最強の一撃を放ったはずが何一つ消えてはいなかったのだから。
今の僕には、虚無の力を打ち消す事なんて訳なかった。
僕は、どの属性とも違う精霊人の姿をしていた。背には、12色に輝く妖精の翼。
全ての属性を融合した、《エクスマキーナ》の対なる存在、同質にして真逆。
伝説の中にだけ存在する運命の大精霊と同じ名。
その名は、銀の輪の女王《アリアンロッド》。
231 :
名無しになりきれ:2008/01/04(金) 17:26:52 0
うめ
空間崩壊はもはや止められない。もはやこの空間から脱出するしかない。
それまで何とか崩壊を遅らせる。
出口はすぐそこなのだ。
しかし、出口はレシオンの背後。
そのレシオンは最凶なる一撃を放とうとしている。
それを止める手段はない。
そんな絶望的な状況に、更なる絶望的な事態が起こったことに気づいたのはザルカシュだった。
空間の崩壊が飛躍的に上がったのだ。
「こ、このくそ忙しいときにどこのどいつや!絞め殺したる!!」
思わず叫んでしまったのも無理はない。
崩壊の進む空間に無理やりゲートを空け、割り込むという暴挙を何者かが行ったのだから。
ザルカシュの叫びと共に、レシオンの原子消滅が放たれる。
誰もが目を瞑り、死を覚悟した瞬間。
辺りは静寂に包まれた。
数秒後、レシオンの驚きに声によってその静寂が破られるまでは。
「アオギリ!リリスラ!と・・・誰?」
アリアンロッドとなったパルスに誰もが目を奪われ首を傾げるが、事態はそれを長くは許さない。
レシオンの一撃によって消滅しなかったというだけで、切羽詰った状況は変わっていないのだから。
「え、あれ、ラヴィちゃん?」
「な、なんやあれえええええ!!!」
パルスたちの後ろに、包丁を抱えて走ってくるラヴィを見つけるハイアット。
その声につられてラヴィの方向を見たリーヴが思わず間の抜けた声を上げてしまったのは無理もない。
ラヴィの書ける後ろから空間が消滅し、完全なる闇の世界が広がっていくのだから。
背後からは崩壊する空間。
そして前には、最凶の一撃を防がれ、たけり狂うレシオンが目に見えてその力を高めていた。
三人が行った直後。
「第二軍行きまーす」
なぜかトカゲの尻尾の4人は転移装置に押し込められてしまった。
「なあ……何が悲しゅうて俺達が人外魔境バトルに行かにゃあならんのだ?」
「さあ……解説役じゃね?」
そんな諦め半分な呟きは聞こえないかのように
ラーナがスイッチを入れると、転移装置は変な音をたてはじめた。
嫌な予感がした時にはすでに遅く、爆音が響き渡る。
「「「「ぎゃああああああ!!」」」」
立ち上る煙が消えた後には、木っ端微塵になった転移装置の無残な姿があった。
その中心にはこげてお約束のアフロになってしまったトカゲ団の面々。
「あら、ごめんなさい。思ったより老朽化していて一度が限度だったようです」
あまり反省してなさそうにぺこりと頭を下げるラーナ。
「絶対わざとだろ!!」「お前は女神じゃない……悪魔だ!!」
彼女にとって、そんな言葉はどこ吹く風。彼女の関心は次に移っていた。
「はっ! こうしてはいられない!」
乱れて途切れ途切れになるモニターの映像。
情報の探知器の支配が奪われた事を察知したラーナは、その奪取に取り掛かった。
ただしはたから見ても、何をしているのかさっぱり分からない。
「何が起こったんだ?」
「説明しましょう!」
レーテが解説を始めた。
奇跡とは、レトの民が人間達に崇めさせつつ世の中を管理するために用意したシステム。
世界樹の書は本来、情報探知機兼世界への干渉の媒介として作られたもの。
あらゆる場所にばらまいた世界樹の書の欠片を通して全世界で起きている事を感知し
人間達の願いを聞く体裁をしながら様々な現象を引き起こしていたのだ。
「なるほど!そんなシステムになってたのか〜。
道理で神官の杖って全部同じような宝石がついるわけだ」
長い解説に首をかしげる一行の仲、神官のリオンだけは妙に納得するのであった。
500
終了