【物語は】ETERNAL FANTASIAU:V【続く】

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161アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/30(水) 00:15:12 0
「・・・待て・・・・」
静かな声だがはっきりと響き渡る声がその場を包んだ。
「待て・・・・とは私にいったのかしら?」
ヒムルカが声の主、タナトスを睨み付けた。
「待てと言うのがわからぬかぁ!!この小娘がぁ!!!」
怒声爆発、その場にいた全ての物がその怒気に凍りつく、それはヒムルカとて例外では無かった。
「このタナトス、おひい様がまだ乳飲み子の時から戦場で闘っとたわい、そのわしが待てと言うておるんじゃ。」
「何か策でもおありなのですか?」
セリガが尋ねる。
「無論じゃ、怒りに任せては勝てる物も勝てぬしのぉ、それに・・・」
「それに?」
ヒムルカが怪訝な顔をした。
「ザルカシュのガキの顔は一応たてたしのぉ・・・。」
その時、何も無い空間にザルカシュが転移してきた。
「ちょ、タナトスはん、ヒムルカはんを止めてくれるんじゃなかんたんでっか!?」
登場するなり早口でタナトスに様々まくしたて、詰め寄るが、
「だぁまぁれえーーーーい!!こぉの小童がぁ!!ケロン族が陸の物共にされた仕打ち知らぬ訳ではなかろうが!!」
その迫力にザルカシュは尻餅をついた。
「遥か昔からわしらの一族は陸の物共に捕らわれ男は甲羅を剥され武具に、女は慰み物の目におうてきたわ。千載一遇のこの気臆する訳なかろうが!!」
ドンと足を踏み鳴らしザルカシュの顔を老亀は見据える。老亀にしてみればまだ若い大魔道は顔を紅潮させて反論に転じた。
「ちょいまちぃな!!タナトスはん、あんさんウチ等リザードマンの眷属やなかったんですか!?せやったらウチに従うのが道理や・・・」
「わしの主はわしが決めるわい!!わしの主はおひい様ただ一人じゃ」
取り付く島も無い老亀の反論にザルカシュは押し黙ると、今度はヒムルカの方を見やった。
「ヒムルカはん これ以上は無意味や、軍を治めて撤退してや!!。」
「何を迷いごとを・・・・これからでしょうに」
「このままだと八翼同士で潰しあいになるで!!」
この言葉に広間にざわめきが走った。
「リリスラはんがぶち切れてあんさんらをぶちのめす為にこっちに向ってるんや。」
だが、ヒムルカは驚くどころか笑ったのだ、それどころかタナトスまでも笑ったのだ。
「今更、血の鼓動に従うとは、歌姫の翼も錆びたものよのぉ」
「ふははは、まったく、とるにたらぬわ!!」
さらにその不気味な笑いはヒムルカの手下全てに蔓延してゆく。
「な、なんなんや、何が可笑しいちゅうんや・・・」
その時、ヒムルカが手を掲げた。一瞬にして静寂が支配する。
「我が配下の物共よ、我々は全ての敵を・・・・」
『食い殺す!!』
「従うのは・・・・・」
『我が本能!!』
「立ち向かう敵には・・・」
『全てに死を!!』
「全ての敵に我らの恐怖を刻み込め!!」
『おおおおおおおおおおお!!!』
「出陣せよ!」
慌しく出陣の準備が始まった。ザルカシュは先を急ぐヒムルカを引きとめようと回り込む。
「なんで解らないんや!?戦う必要まったくないやろが!!しかも無駄に破壊しとる!!今は必要ないんや、そんなん!!」
ぴたと足を止めヒムルカがザルカシュを見据える。そこには侮蔑の表情が見てとれた。
「・・・・失せろ、、臆病風に吹かれた物に用は無い」
そしてまた歩き出す。
「・・・・・・絶対に止めて見せるからな・・・見ときぃやぁ・・・」
多少の落胆の色を残し、ザルカシュは転移した。
162アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/30(水) 00:16:04 0
「リリスラはん!!これ以上の進軍は止めるんや!!」
いきなり目の前に転移してきたザルカシュを驚きつつ怪訝な顔でリリスラは見据えた。
「いきなり現れて進軍するなってどういう事だよ!?」
場合によってはぶっ殺すと言う言葉を飲み込みつつ、リリスラは構えた。
「八翼で争うなんて無意味やろ、それに今は一つでも希望は多いほうがええねん!!」
その後、ザルカシュのいかにこの争いが無益なのかの弁舌がニルヴァーナの甲板上で繰り広げられる。
「・・・・成程な・・・」
リリスラは玉座に黙って座りその言葉に聞いていた。
「解ってくれたんか?なら今すぐにでも」
「全軍に告ぐ 最高速で前線に移動!!敵を撃つ!!」
「な、なんでやの!?今までの話聞いてへんかったんかい!?」
ザルカシュが予想外の反応にたじろいだ。リリスラがその射抜く様な眼差しを向けた。
「相手が向ってくるんだ!!ここで退いたら恥だろうが!!」
ザルカシュを邪魔だと言わんばかりに押しのけて船の舳先にリリスラは立った。
「目の前にいる奴は仲間以外はぶち殺せ!!空の勇者達の力を見せくれよ!!」
『おおおおおおおおお!!』
リリスラの鼓舞に翼ある者達は色めきたったのだった。
「なぁ、ザルカシュよぉ・・・あんたも変わったよな。」
リリスラが遠い過去を見つめて呟いた。ザルカシュは静かに聞いていた。
「昔ならあんたは真っ先に暴れてたよな・・・・・・」
二人の心は遥か昔の遠い記憶に運ばれていた。
「あんさんは戦う事によく怖がった泣いてはったわな」
「ああ、でもな、私は変わった・・・変わらなければならなかった。必要だったんだ。だから私は私の信じる道を進む」
その目にはこれからの八翼同士の激突に臆する事ない一人の武人の姿があった。
リリスラの決意に触れ、ザルカシュはただ何も言わず一人転移した。
163アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/30(水) 00:18:21 0
「なんでや・・・・・なんで二人とも解らへんのや・・・・・」
ロイトンの街のとある建物の屋上で黒衣の男は呟く。その脳裏にはあの日以来からの自分の奔走ぶりを走馬灯の様に思い浮かべていた。
多くの同胞が血を吐き倒れたあの日以来、戦場に眷属を連れて行くのは止めた。全ての戦場には一人でいった。
もう自分の目の前で仲間が死ぬのは見たく無いから、幸い大魔道と呼ばれるほどの魔術の才がそれを可能にした。
眷属の助けになればと思い利に走る様になった、他の同胞からは随分変わったと言われた物だった。
利に走るうちに同胞以外の物たちとの接触も多くなった。そのうち少しずつ考えが変わった。

みんなで楽しくなれへんかな?

そんな時、星見で危機を知った。そして奔走した。
被害を最小限に抑える為に裏工作も行った。だが、結局は多くの命が消えていった。
自分の力はそんなものかと落胆した。それでも奔走した。

ザルカシュはうなだれていた頭を上げて前を見据えた。
「まだ・・・・・やな、まだ希望はある!!」
ザルカシュは目を見晴らす。その目には複数の人物が映っていた。
時を越えたホムンクルス、エルフの女王、ホビットの娘、修道女、占い師、炎の化身、様々な人々が映し出され、最後に、最後に映し出されたのは・・・・
「こいつならもしかしたらやれるかもしれへん」
そう言い残しまた何処かに転移したのだった。

「津波が消えましたね」
お二人の強力技にて津波が消え失せましたが、私の脳裏には警告の鐘が鳴り響いておりました。空に浮かぶ飛空艇のせいか、否、そうではありません。
「今のうちに避難を・・・・」
レベッカさんの声は轟く大音声に遮られてしまわれました。海の方から怒声が聞こえてまいります。闘いの再開の合図で御座います。
その獣の咆哮はこの先の死闘を予感せずにはいられなかったのでございます。
164アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/31(木) 23:03:09 0
津波の消えた海を黒く染め、ロイトンへと進むヒムルカ率いる海棲種族たち。
ニルヴァーナから飛び立ち、空を黒く染めロイトンへと羽ばたくリリスラを筆頭とする鳥人たち。
二つの軍がロイトン沖で今接触をする。

「ヒムルカァ!随分とセコイ事してくれるじゃねえか!このあたしを舐めた代償はでかいよ!?」
荒波の中でも良く通る怒声が響き渡る。
「ふん、同じ八翼に並べられて勘違いをしたか。下賎の者が気安くわらわに声をかけるでないわ。」
怒髪点を付く形相のリリスラを侮蔑の眼差しで見返し、手に持つトライデントを薙ぎ払う。
空中に立つリリスラにその刃は届くはずもないのだが、リリスラは目を見開き首をそらした。
数秒後、浮き上がるようにリリスラの頬に赤い筋が浮かび上がり、血が滴る。
ヒムルカの薙ぎ払ったトライデントから高圧縮された水の刃が放たれたのだ。
余りにも高密高圧縮の為、薄さは既に目に映る範囲をはるかに下回る。
「て・ん・め・ぇ・・・・!!!」
色めき立つ両軍。
一触即発。
否、既に一触し即発するまでの刹那の時間、異変は起こった。

沖に立つ巨大な水柱!
空を焦がす光柱!
水柱にヒムルカの居城であるキングクラブは押され、光柱にニルヴァーナは揺るがされる。
「なにがあったぁあ!?」
「何事!?」
異口同音に振り返る二人の八翼将の目に、水柱からその威容を表す巨大なモノが映る。
巨大な砲を担いだ歪な人型。四足歩行の巨大にして豪壮な、獣性溢れる人型兵器、グレナデア!!

その姿にあっけにとられる二人が、はじけるようにその場から退く。
直後、海を割り空を咲く衝撃波がヒムルカとリリスラのいた場所を引き裂いた。
海岸に目をやると黒い影がいくつも立っている。
その中の一つの影が、拳を振りぬいた体制で立っている。
信じがたい事だが、今の衝撃波は拳撃なのだ。

「のやろぉ・・・あの木偶人形はニルヴァーナで潰せ。
ヒムルカ、あんたの津波、消したのはあそこの連中だね?いい声してるじゃないか。
・・・あの連中を殺せば自動的にあたしはあんたの津波を消せる事になるわけだ・・・。
あんたをぶちのめすのはその後だ。せいぜいヒス起こしてな!」
不敵に笑い、リリスラは軍を率いて空を駆ける。
リリスラの怒りは頂点に達していたのだ。
もはやただヒムルカを叩きのめすだけでは気がすまない。
ヒムルカのプライドを打ち壊した上で叩きのめす為に。

「ふん、あのようなもの我がキングクラブで藻屑と化すわ。
それより・・・我が津波を消したのはあやつらか・・・いいわ、鳥どもなど後回しぢゃ。皆のもの!」
ヒムルカも怒り心頭。
己が津波を消した者達への鉄槌を優先させたのだ。



「リリスラはん、ヒムルカはん、わるう思わんといてや。
もう、こうするしかあらへんのや。」
ロイトンの住宅部でひときわ高い屋根の上で黒衣を纏ったザルカシュが疲れた声で呟いた。
そう、これは全てザルカシュの仕組んだ事だった。
165アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/31(木) 23:05:26 0
ヒムルカとリリスラの説得に失敗したザルカシュは焦っていた。
二人が激突すれば確実にどちらかが、悪くすれば両方とも死ぬ。
喩え生き延びたとしてもただではすまないだろう。
それでは来る聖戦を戦う事が出来ない。
どのような手段を用いてもそれだけは避けなければならなかった。

まず最初に行ったのは、ロイトン沖の時空の歪みの修正だった。
強大で強力な力が時空の狭間に囚われている事を観測により知ったザルカシュは躊躇はしなかった。
キングクラブ、ニルヴァーナと、巨大兵器を要する二人に対抗するだけの力を持つものが早急に必要だったからだ。
その中に何が囚われているかもわからない、一種の賭けだったのだが・・・

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二週間前、復活したマイラの防御システムから脱出する為にレジーナとディオールはグレナデアに乗り込んでいた。
都市防衛機能とグレナデアの戦闘はその大火力によって、空間を歪める事になる。
結果、時空の歪が生じ、その狭間に囚われてしまったのだ。

それがザルカシュの手によって修正され、元の世界に戻った二人は混乱した。
時空の狭間は時間の流れすら現実世界とは異なる。
現実世界で二週間以上たっているが、二人の時間は数分しか経過していないのだ。
「ディオール!動けた!って、何!蟹?嘘!いつの間に獣人の侵攻が!?早過ぎない!?」
「レジーナ、分かったから一々蹴るな!」
「いいから撃って!」
混乱の中、グレナディアはディオールとレジーナに操られ戦いを始めたのだった。

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時空の歪みを修正し、強大な力を呼び起こしたがまだ足りない。
まだ敵が足りない・・・。
166アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/31(木) 23:08:16 0
「・・・時空震・・・!何か来ます!」
「あーもー何が来ても驚かへんでー。」
荷馬車に残っていたアビサルが異変に気づき、警告を発するがリーヴは動じる事はなかった。
目の前で巨大な津波が消えた衝撃で、驚く、という感覚が麻痺していたのだ。

その二人の前に現れたのは黒衣を纏ったザルカシュ。
警戒するアビサルとは裏腹に、全く動じないリーヴに少々拍子抜けしたようだった。
「なんやもうちぃと驚いてくれへんとやりがいがあらへんわ。ってまあ、今は急ぎやさかい話がはよおて助かるけど。」
「いやもう、そのくらいの芸では驚からへんて。顔洗って出直してきぃ。」
「そらすんまへん。ほな顔洗ってきまっさかい洗面所はどこでっか?」
「・・・あ、あの・・・?」
「なんやあんさん、人がせっかくボケてるのに突っ込んでくれへんから止まられへんかったやんか!」
「あ・・・すいません・・・」
リーヴとザルカシュの奇妙な会話に恐る恐る口を出すアビサルだったが、ザルカシュに駄目だしをされてしまった。
申し訳なさそうに俯くアビサルにちょっとバツが悪そうに咳払いをした後話を切り出した。

「あんさんらはいかへんのか?敵が仰山来るのに、仲間はみんないってんねやで?」
「いかへんかも糞もあるかい。こっちはまっとうな人間やってんのや。あんな化け物バトルにしゃしゃり出ても二秒で殺される自信があるんや。
わざわざ死にに行くような事できるかっちゅうねん。」
リーヴの言葉を聞いたザルカシュの表情が明るく変わり、口調も軽くなる。
「そう!そんなあんさんにええもんありまっせ〜。これ一つであんたも超戦士に早変わりっちゅう夢のアイテム!
青狸かてこんな便利な道具は出せへんよ!?」
そう取り出したのは黒い欠片。
スターグのクローンを作り出す時に使用し、余った物。

「なんや、いきなり現れてそんな怪しげなもん出されてハイくださいいえる奴なんておるかいな。」
「まあまあ、そう遠慮線と。あんさんやないとアカンのや。ほ〜れ。」
怪訝そうに手を振るリーヴィに、ザルカシュは黒い欠片を飛ばした。
黒い欠片は意思を持つように飛来し、リーヴの額に張り付く。
「リーヴさん!あなた、一体何をしたんです!?」
「だーとらんかい!今重要なとこやねん!!」
驚くアビサルを一喝し、高らかに呪文を唱え始めるとリーヴの体が光に包まれる。
その光の中のシルエットが、見る見るうちに変化していった。
その身体は一回り大きく・・・否、まるで甲冑を纏ったように・・・

光が収まったとき、そこには外骨格を纏ったリーヴがいた。
「なんやこれは・・・!カッコ悪!って、力が漲るでええ!!!!」
叫んだだけで気は荒れ狂い、馬車がひっくり返る。
アビサルもザルカシュもローブをはためかせ、立っているだけで精一杯だった。
「うまくいったようやな。これであんさんはクラックオン筆頭戦士スターグに匹敵する力を得たんや。
さあ、はよおいって仲間助けたってや。」
ザルカシュがリーヴを選んだのには訳がある。
下手に何かを宿していたり力を持つものだと、拒否反応が出る恐れがある。
だから、ただの人間であるリーヴである必要があったのだ。


「リリスラはん、ヒムルカはん、わるう思わんといてや。
もう、こうするしかあらへんのや。」
持て余すほどのパワーで海岸へと向かったリーヴを見送りながら、ザルカシュが疲れた声で呟いた。
これで一先ずの仕掛けは終わったと安堵したのだ。
もはやリリスラとヒムルカの衝突を避ける為には共通する強力な敵が必要だった。
グレナデアとスターグレベルの力を授けたリーヴを出現させる事で、その目論見は達成されたのだ。

「スターグ・・・記憶にあります・・・龍人戦争で暗躍したクラックオン族の名前・・・
あなた、何者です・・・?」
太極天球儀を展開させ、アビサルが戦闘態勢で睨みつけた。
「・・・ああ・・すっかり忘れとったわ・・・
それにしても記憶にあるって、幼い顔して何歳やねん?」
突っ込みをしながら、目ざとく周囲の異変に気づいていた。
何らかの力場が形成され、転移を封じられていることに。
167パルス ◆iK.u15.ezs :2007/06/02(土) 00:31:28 0
「誰!?」
僕は突如現れて衝撃波を放った人物に根本的な質問をした。
「ワイや!リーブや!!」「なるほど!」
納得したところで、ハイアット君が皆に警告する。
「気をつけろ!両軍とも来るぞ!」

有翼種族達のひときわ高い場所に豪奢な両翼を広げて滞空するのはハーピィの歌姫。
その華麗なる声で、眷属を駆り立てる!

〜♪〜
いざ行かん猛き勇士達よ 今こそ来たる審判の時
強き者は生き 弱き者は滅す 不変の世の理なり
我らに背きし者に死を 刃向かいし者に裁定を
正しき誓約の翼にかけて 必ずや 勝利を修めん
〜♪〜

文字通り旋風を巻き起こし大地を揺るがす歌が、激戦の始まりを告げた!!


リリスラの歌が辺りに響き始めた頃。
シルフィールが何かに操られているかのように飛び立とうとしていた。
セイファートがただ事では無い様子を感じ、飛び乗って首筋に組み付く。
「どうした!? 落ち着け!!」
必死の声は届かず、シルフィールは飛び去っていった。跳ね飛ばされるセイファート。
「こんな事は初めてだ……」
空を見上げて呟くその声には焦燥がありありと滲み出ている。無理も無い。
今や自分の体の一部のような存在が理解不能な行動を取ったのだ。
シャミィが険しい顔で告げる。
「ペガサスが何かは知っておるかの?
今でこそエルフの騎馬になっておるが元は空魔の眷属……」
「馬鹿な……それじゃあシルフィが古代種だっていうのか……!?
今までそんな気配は一つも……」
信じられないといった顔をする。ペガサスの古代種は、フェザーフォルクと
呼ばれる人間形態になる能力を持つ、魔術唱歌の歌い手であるはずだから。
我に返ったセイファートは、騎乗用のランスを持ち、レミリアのペガサスに飛び乗る。
「頼む、ミル!!あいつを追ってくれ!!」
「あそこに突撃するじゃと!?死ぬ気かたわけ!」
「あいつを止められるのは私しかいないんだ!!」
止めても無駄だと悟ったシャミィは飛び立つペガサスに一緒に乗った。
「毎度世話が焼けるのう」

――私は何をしているのだろう? 早くセイファートの所に帰らなきゃ。

――セイファート……?あのような取るに足りないエルフにこき使われてきたとは……!!

――違う……助けて……こんな歌聞きたくない……。

――私は翼持つ空魔の眷属……リリスラ様の忠実なる僕……。
168 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/02(土) 18:03:35 O
グレナデア内部

「まいったわね…」
「あぁ、全くコントロールを受け付けないとはな。一体どうなってるんだ?」
グレナデアのメインブリッジで、外の激戦を見ながらレジーナと黒騎士は困り果てた。
先程から始まったグレナデアの暴走は、2人の想像を遥かに越えるものだ。
「見つけたからよ、“敵”を…」
レジーナは忌々しげに唇を噛み、呟く。そう、グレナデアは見つけたのだ。
1万2千年前に倒す筈であった“敵”と酷似した存在を。
それは“アニマ”、ヒムルカがその身に宿す“造られしモノ”である。
「ディオ、このままだとまずいわ。脱出するわよ」
「な!?どうやって脱出するんだ!外の状況が見えないのか!?」
突然過ぎる提案に声を荒げる黒騎士を、レジーナはいきなり無言で殴り飛ばす。
「転移術があるでしょうが、クルー全員をロイトンまで運ぶのよ」
「……無茶だ、私にはそこまでの大規模な転移術は使えない…」
うなだれたまま、黒騎士が力無く答える。そんな黒騎士を見つめるレジーナの瞳には…
「あなたって昔っからそう!いつも自分の限界を勝手に決めて!そこに逃げ込む!」
その言葉に黒騎士の肩が震えた。
「出来ないって決め付けたら、そりゃ楽よね!失敗したってそれで済むんだもの…
でもね、そんなの本当のあなたじゃないわ!黒騎士でしょ?最強の称号が泣くわよ!!」

幼馴染みの叫びに、黒騎士は衝撃を受けた。いつからだろうか、己の限界から目を背けたのは…


央に至る門

ギュンターはクロネと向かい合って話をしていた。これまでと、これからを。
「断龍よお、俺は正直言って戦いたくねぇんだ。なんとか止められないか?」
クロネは「ふむ…」と頷いたまま、動かない。何かしらの思案をしているのだろう。
「難しいな。奴らは拙者の言葉に耳を貸しても、聞き入れる事はなかろうて」
2人の溜息が重なる。ギラクルとゴロナー、そしてゴウガ。
彼等はまっすぐにこの地下洞窟を目指している頃だろう。そしてそれを阻む術は唯一つ。
だからこそギュンターはクロネに頼んだ。しかしそのクロネから出た答えが『無理』であった。
「ここで俺と殺り合って勝てる奴なんざ、この世に1人しかいねぇよ」
ラタガン渓谷での戦いでスターグの実力は見切った。あれで一番腕を上げたというなら…
他の八翼将に勝機は絶対に無いと、断言できる。
「で、その1人ってのは絶対に俺に剣を向けたり出来ねー奴なんよ」
そう言うとギュンターは悲しげに笑った。


グレナデア内部

黒騎士がゆっくりと立ち上がった。その顔に先程までの弱々しさは微塵も残らない。
レジーナの言葉が、そして、再び戦うこととなる男との約束が、彼を立ち上がらせた。
「そうだったな…私は黒騎士だった」
「ディオ…」
「レジーナ、クルーを皆ここに集めるぞ!時間が無い!!」
龍人の社会に“名誉職”などは存在しない。最強の称号は文字通りの意味を持つ!!
古代セレスティア文明の時代、白き女王の側を片時も離れず守った黒き守護騎士…
遥か古より続く最強の騎士の血脈は、永き時を経て再び現代へと甦ったのだ!!
169リーヴ ◆DMluABX9IM :2007/06/03(日) 12:39:11 0
大群、それ以外に表現できない、空には埋め尽くすほどの黒い影が舞い。
海からは潮が満ちたように次々と敵が現れ、グレナデアという巨大な物体の出現。
混沌としている状況の中、凄まじい速さで魚人達を切り裂き、滑空してきた鳥人を引き千切りながら進む一つの影がある。
敵の臓物を体に巻き付け、返り血を浴び紅く染まった黒き甲殻をまとった男、
黒き鎧を纏うことで高名なのは公国の黒騎士だ、黒騎士は最強の証。その姿に民は畏敬の念をこめる。
だが、いま敵の血を浴び、暴れまわる黒き甲殻を纏う男はその黒騎士などとはわけが違う。そもそも、
いま暴れまわる男は少し前まではただの人間だったのだ。龍人でもなんでもない、刺されれば死ぬような人間……

リーヴの変貌ぶり、そしてあまりの戦いぶりに味方であるハイアットやパルスでさえ、恐怖を覚えずにはいられなかった。
そう、あまりにも人間離れしていた。幾刃もの刃が体に突き刺さり、凄まじい数の矢傷を拵えながらも全く意に介さぬように突き進む黒き獣に。
(なんや…この力…敵がスポンジみたいや……いや、そんなことよりもなんやこの感覚……おかしいで……)
だんだんとリーヴが異変に気づき始めたとき、凄まじい衝撃がリーヴの体を襲い、さすがに仰け反る。
「てめぇ、こっちが下手に出てりゃあ、よくもやってくれたじゃねぇか!!ぶっ殺してやる!!」
激昂したリリスラの声が響く、見ると鳥人の死骸があちこちに散らばっている。リーヴに巻き込まれて死んでいったのだろう。
「阿呆!お前らがロイトンにこなかったら別にこないなことしとらんわ!!」
そう言ったとき、リーヴの体にトライデントが突き刺さる、トライデントは着ている鎧など関係なしにリーヴの腹を貫き、
その衝撃で建物を壊しながら吹き飛ぶ。だれがどう見ても即死、としかいいようがなかった。

「ヒムルカ、てめぇ!あたしの獲物を取りやがったなぁ!!」
「ふん、お主は初撃であの者を倒せなかった、じゃがわらわは一撃であの者を葬った、どっちにしろわらわの方が……」
リリスラとヒムルカが言い争っている時、二人に数メートルはあろうかという壁が飛んでくる。
トライデントの水圧と空へ上昇、二人とも問題なく回避はできたが、問題はそこではなかった。
そう、一体だれがこの巨大なものを二人に投げつけたのか……問題はそこだった。
「おい……あいつ……死んでないぜ」
建物の瓦礫の中に立つ一つの影、リーヴはまだ息絶えていなかった。しかし、どう見ても異常だった、
血は甲殻の隙間からとめどなく溢れ……足の一本は本来とは違う方向にひしゃげている。
おそらくリーヴの肋骨は先ほどのトライデントほとんどがイカれているだろう、
内臓もトライデントが貫通しボロボロのはずだ。だが生きている…………
(なんや、おかしいで、痛みもない、恐怖もないんや、心臓の鼓動しか聞こえへん……なんなんやこの感覚)
リーヴが自分の異変を感じている時、どこからか声が聞こえる、全てを憎んだ声。
しかしリーヴはこの声が怖くなかった。なぜだか、自分への救済のようにも感じた。
『全てを憎め……殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ、
 絞殺し蹴殺し殴殺し切殺し突殺し斬殺し滅殺しろ……獰猛な全てを解き放て……』
そして、リーヴはうなり声を上げる、足が元の位置に勝手に押し戻され、その死に掛けの体を引き摺りヒムルカとリリスラに向かって走り出す。
その姿は呪われた獣そのもの………………

「こやつ、これで終いじゃ!!」
凄まじい速度で襲ってくるリーヴにヒムルカは水圧のカッターを噴射する。
しかし、あたらない、そう、当たるわけないのだ。本来人間は自らの力を抑えている。そして、痛みとは体への危険信号、
しかし、今のリーヴには痛みなどない。そう、命を燃やすようにただひたすら限界を超えた力で突進し続ける。
リーヴの動きはもはや龍人や人間が取れる動きを遥かに凌駕している。当たるわけなどない。
そして、リーヴはヒムルカに拳を一発食らわせる、それだけでヒムルカの体は空へと浮き上がり、血反吐を撒き散らす
しかし、同様にリーヴもダメージを受けている、殴り抜けた腕が折れている。それだけじゃない、近づくために走っただけで骨は軋み、傷口は広がり、
甲殻からは先ほどの比じゃない血が流れ出ている。おそらく、このまま戦えばリーヴはヒムルカもリリスラも倒せるには倒せる、
だが体はもう手の施しようもないほどに傷み、死が待っているだろう。だが、止まらない、止まれない、声が響き続ける限り。
170戦乙女ルシフェル ◆iK.u15.ezs :2007/06/04(月) 00:08:50 0
セイファートは自分の目を疑った。
目の前にいるのは、御伽噺に出てくる天使そのものだった。腰まで届く白銀の髪の女性。
しかし、その背から生えた翼は紛れも無くシルフィールのものだ。
「シルフィール……?」
彼女は透き通った、しかし刃のような怜悧な声で告げた。
「来るな!それ以上近づいたら殺す」
シャミィが語りかける。
「考え直せ、あやつは変わった……。お前さんが仕えた可憐な歌姫はもういない」
「もう一度言う。決して追って来るな。私の事は忘れろ」
魔旋律に乗せた呪文の詠唱と共に空間に魔方陣が展開され
彼女はその場から姿をかき消した。セイファートがシャミィに尋ねる。
「あいつを知ってるのか?」
「うむ、あの姿は……間違いない。龍人戦争の最中に主君を庇って散ったとされる
リリスラの忠臣……名前は確か……」

仮にも七海を統べる女帝が一撃で弾き飛ばされたのを目の当たりにしたリリスラは
目の前の化け物に得体の知れない恐怖を感じ始めていた。
強気な台詞で自分を奮い立たせる。
「ふざけんなあ!そいつは私が殺るんだよ!」
たとえどんな奴が相手だろうと引かない。その誓いが今回ばかりは仇となった。
リーブはリリスラに一瞬で距離を詰め、光速の拳を放つ!
避けられないと悟ったリリスラは覚悟を決め、衝撃に身構えた。
しかし、拳が当たることは無かった。文字通り間一髪の距離で止まっていたのだ。
獣人族の歌姫を護りし物は、マナで紡ぎあげられた光の盾!
リリスラの大きな瞳がさらに大きく見開かれ、その表情が歓喜へと変わる。
「マジかよ……?」
魔方陣の中から現れた者は人間形態をとった古代種のペガサス……
白銀の髪と純白の翼を持つフェザーフォルク。
リリスラの幼少より仕え、いついかなる時も守り抜いてきた忠臣、戦乙女ルシフェル!
「ルシフェル姉!?今までどこほっつき歩いてた!?」
「申し訳ございません、リリスラ様」
「まあいい、とにかくその化け物をどうにかしてくれ!」
「仰せのままに」
彼女といえども、普通に戦っても勝てるはずは無い。
だがルシフェルは年若く見える外見に似合わず、タナトスと同期に並ぶ実力者。
目の前の化け物の正体を見抜いていた。その唯一の弱点も。
「ザルカシュの小細工か……お前も不運だったな。安心しろ、すぐ楽にしてやる」
軽く腕を振ると、手の中に魔力の刃が現れる。
狙うは額ただ一箇所、甲殻の奥に隠された趣味の悪い黒水晶!
リーブの額に刃の切っ先を向け、雷撃の速さで突き立てる!
しかしその攻撃も、今のリーブには当たらない。間髪入れずに反撃の拳が繰り出される!
拳は空を切り、巻き起こった衝撃派は海の彼方に飛んでゆく。
「ほう、凄まじい威力だ……」
ルシフェルは上空に滞空しながら呟いていた。一瞬にも満たぬ間にリーブの拳撃を避け
この位置まで移動していたのだ。正確に言うと避けたのではなく至近距離の空間転移だが。
二人は睨み合い、再びの接近の瞬間まで暫し緊迫の時が流れる……。
171 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 02:04:40 O
フロイ跡地

平和だった農村が草1本生えぬ荒野と化してから、一体何日が経っただろうか。
依然として光の鎖に捕らえた《業怒》には何の変化も見られない。
十剣者が作り出した封印の鎖を、暴れ狂い引き千切ろうともがき続けている。
「まさかこれほどまで厄介な奴だとは予想外だったよ。ホッドの容態はどうだった?」
振り返ることなく、ヒューアが背後のイェソドに尋ねる。その目は《業怒》から離さない。
「再生は無理かもしれぬ」
「そっか、こいつを完全に消し去るには人数が足りないかもな」
ヒューアは振り返るとイェソドに鎖の端を手渡し、その場に座り込む。交替の時間だ。

23日前

「チィ…!ゴミ虫野郎が!!まだ死んでなかったのかよッ!!」
ゴードが苛立ちを剥き出しにして、マイケルへと《絶滅》を連発した。
《十剣者》は対大罪のために造られた世界防御システム。
その1人であるマイケルが、簡単に倒されはしない。《絶滅》に対する知識は備わっている。
だからこそ、あの時ゴードが繰り出した《絶滅》を見切る事が出来たのだ。
「テメー…とんでもねーモンをカカえてやがるな…ウカツにコウゲキできねーぞ、マジで」
イルシュナーから吸い上げたエネルギーは、下手に刺激を与えれば大災害となる。
「ハハハ、そういうこった。お前らはオレ様を“倒せねぇ”んだよ!!」
ゴードの猛攻に再び防戦一方となるマイケルだったが、諦めの感情は無かった。
今ここで自分が敗北する事が、大切な者達を死に追いやると理解しているからだ。
「あんまり十剣者をナメんなよ、オシえてやる…タオすだけがタタカいじゃないってな!!」
ゴォッ!!!マイケルから白い輝きが吹き上がり、その手に現われたのは…鎖!!
そしてゴードもまた、その鎖が何であるかを知っていた。

《封縛鎖》…それは《大罪》を裁くために捕らえる究極の封印結界術。
「まだそんなもん出せる力が残ってやがったか!!だがよ、もう遅ぇ!!」
「そうですね。確かに遅い…“私達”の接近に気付かなかったのですから」
背後の声にゴードの《絶滅》が一瞬だけ遅れてしまった。と同時に鎖がゴードに巻き付く。
「うおああああああああっ!!!!!クソッタレ!!!」
ビキビキと鎖が軋み、今にも引き千切られそうに大きく張り詰めるが、マイケルは離さない。
「やっとこさツカまえたぜ…マジでキツいし、イシキがトびそうだ…」
「よく堪えましたね、後は私達に任せて休んで下さい」
なんとか意識を保とうと努めたが、透き通るような美しい声と理知的な美貌が霞んでいった。
172 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 02:05:38 O
再び現在、フロイ跡地

「ヒューアよ、1つ尋ねるが…お前はこの世界に守る価値があると思うか?」
無口なイェソドが珍しく話し掛けてきた。ヒューアはその問い掛けの意図に気付く。
「まさか…審判が下りたのか!?」
冷や汗が流れた。わなわなと震える手を握るが、意味の無い事だった。
《最深部》は《聖戦》を発動させた。即ち、この世界は消去されるという事になる。
イェソドは黙ったまま鎖を握り締め、暫くの間2人に沈黙が続いた。
「だが《原罪》はまだあの場所に閉じ込められたままだ!《創世の果実》も無事じゃないか!!」
ヒューアの言い分はもっともだ。《大罪》に《創世の果実》さえ渡さなければ済む話なのだ。
しかし、この世界を始めとする全ての世界を管理する《最深部》の決断が消去だった。
信じられないといった顔のヒューアに、イェソドは静かに、だが力強く言った。
「私はあると思った」
「…ッ!?」
「我々はあくまでも世界を守る十剣者、それ故に《最深部》の決定には賛同出来ぬ!
それにな…ケセドが信じた人間の可能性を、私は最期まで見届ける責があるのだ」
星空を見上げ、イェソドは語る。人を想うが故に狂ってしまった使徒へ、思いを馳せるのか。
その静かに語る声には、不震の決意が在った。ヒューアもその場に居合せたからこそ理解した。
「これで“俺達”は本格的に叛逆者だな、コクマーはどうする?ここで処断するかい?」

いつの間にそこに居たのか、コクマーはヒューアに剣を向けている。
「今日まで貴方達の行動を監視してきて、分かった事が1つあります…」
すっと剣を引き、鞘に納めたのを見てヒューアは安堵の息を吐いた。コクマーは続ける。
「我々はやはり“十剣者”であると。まあ今は十人もいませんがね」

再び23日前

《封縛鎖》による完全包囲が完成し、ゴードはもはや身動き1つとれなくなっていた。
「剣も無しによくここまでやったな、正直言って感心するよ」
ヒューアが力を使い果たし倒れたマイケルを抱え、納屋の壁にもたれかけさせる。
「あ、あの…マイケルさんは助かりますか?」
恐る恐るルーシーが声を掛けた。震えているのは、まだ恐怖が残っているからだろう。
騒ぎに村人もちらほら集まってきている。ヒューアとコクマーは頭を抱えた。

ヒューアがマイケルのラーを感知してハイフォードからフロイまで転移術した時、
先に到着していたのがコクマーだった。半年前ケセドに操られて死んだ筈の彼女に驚いた。
しかし《最深部》により回収された後、蘇生処置を受け、イェソドの監視任務に就いていたのだ。
ケセドの精神支配は解けていたが、彼女は本来人間寄りの考えを持っていた。
監視を続ける間も《最深部》の指令に背き、独自の判断で行動していたのである。
イェソドが持つコーコースの柄は、やがて完全な剣へと再生する。
《十剣者》の剣は、それ自体が生命を有する存在。折れようが砕けようが、再生するのだ。
時を支配する能力は危険窮まりない力だ。使い方を誤れば世界が混乱してしまう。
故に《最深部》はコクマーにイェソドの…正確にはコーコースの監視を命じたのである。

「困りましたね…流石にこれは目立ってしまいます」
コクマーは光の鎖に縛られたゴードと、村人達を交互に見比べて困惑した。
「そうかい?僕は特に困らないけどね。なんなら悩みの元を“無くして”あげようか?」
愉快げに笑う黒衣の青年が納屋の屋根の上に立っていた。その名はハインツェル。
「馬鹿な!!気配が無かった…まさか発芽しているのですか!?」
驚くコクマーを嘲笑し、ハインツェルが魔剣を振り下ろし、小さな農村が消え去った。
173 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 08:10:07 O
爆発が立て続けに起こり、フロイ村は荒野と化した。村人も皆、瞬時に灰燼と化した。
悪魔の所業、まさにそう例える他に言い表せなかった。命をゴミ屑程度にしか思わぬ悪魔…
無事だったのは絶対障壁を持つ《十剣者》と、結界の鎖に囚われたゴードだけだ。
「ほら、これで心配する必要が無くなっただろう?感謝して欲しいね、アハハハハハ!!」
「嫉妬か…という事は貴様、ジャジャラで発芽した奴だな?コクマー、こいつは俺が狩る」
ふつふつと沸き上がる怒りを抑え、ヒューアが剣を抜くと、凄まじい怒気が溢れ出す。
「どうやらシャルタラも“怒って”いるらしい。楽に逝けると思うなよ……」
ヒューアの剣が輝き爆散した。キラキラと光る無数の細かい破片が周囲一帯を包囲する。
「クソ餓鬼がああああああああああっっ!!!!!!!」

《十剣者》の剣にはそれぞれ特殊能力が備わっている。解放する事でその能力が発動するが、
通常の発動とは異なる発動が存在する。それが《真解咆(アデプション)》だ。
《真解咆》を行った場合、その剣が持つ真の力が発動する。まさしく真なる解放といえる。

シャルタラの破片は粒子状にまで細かくなって拡散し、まるで霧のようだった。
「ふん、確か君の剣能力は防御だったかな?これで僕の攻撃を封じたつも…ぐぁッ!?」
《絶滅》を使おうとしたハインツェルの右手が、ズタズタに切り刻まれて鮮血を撒いた。
「封じたつもりだよ。貴様の《絶滅》は俺も知ってるからさ。あぁそれと…」
刃が消えて柄だけになったシャルタラを一振りしてヒューアがハインツェルを睨む。
「ついでに教えておいてやろうか、“攻撃は最大の防御”だって事をな!!!」
光の輝きが一層強くなり、ハインツェルを包み込んだ。

「貴様の《絶滅》は触れた対象1つから“運動の概念”を消し去る、だったな?」
血塗れで地に倒れ伏したハインツェルに、ヒューアが続ける。
「だからこそこのシャルタラは貴様を完全に封じるのさ。これだけ小さな刃だからな
1つ止めたところで意味は無い。60億の破片に分裂するんだ、対象1つを指定する
前に他の破片が貴様を切り刻む。忘れたか?俺達が“何と戦う為に存在する”のかを…」
既にハインツェルには戦う力は残されていなかった。傷の再生にほとんどが消費されたからだ。
圧倒的攻撃密度の前に、ハインツェルは成す術無く打ちのめされた。
もしも相手がシャルタラを持つヒューアでなければ、こんな事にはならなかった筈だ。
「それそろ終わりだ。貴様を断罪する」
「ふふ…ふふふふ……」
笑っていた。敗北が確定したにもかかわらず、ハインツェルは笑っているではないか。
「何がおかしいんだ?」
「…おかしいさ、僕の…勝ちだ!」
ヒューアが異変に気付いてその場を離れようとしたが、遅かった。
両足がぴくりとも動かない!大量に流れ出したハインツェルの血を踏んでいる両足が!!
動くという概念そのものが失われたヒューアの両足は、“その場に固定”されてしまう。
「流石に僕も弱ってるね…足だけか…まあいい、“動かない”的を外しはしない…」
右手を翳し、ハインツェルはヒューアに向けて《絶滅》を使用した。
174 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 18:44:30 O
地上3万m

グラールは待っていた。ただひたすら待ち続けていた。かつての過ちを精算するために。
「待ち人来ず、かな?」
声を掛けてきたのはメイだ。相変わらずのセーラー服に、学校指定の鞄。
鞄にはキーホルダーやマスコットやらが、短冊のようにぶら下がっている。
「来るよ。奴は必ず来る」
「そう…私の待ち人は、もう来ないけどね」
「アミルか、奴はどこで道を誤ったのだろうな。誰よりも人を愛していたというのに」
半年前に《最深部》を裏切り、人間の可能性を切り開いた使徒を、2人は偲んだ。
「私にとってアミルは妹みたいなものだったから…あの子が願った未来、見たかったなぁ」
メイはつい今し方、《最深部》から通達を受けたばかりだった。
もうじき滅び去る世界を、どのような気持ちで見ているのだろうか。
「審判が下りたか、如何なる結末であろうと我は奴との因縁に終止符を打たねばならん」
「間に合うといいね」
「心配なら無用だ。来たからな」

険しい瞳が見つめる先に、その男はいた。
龍人戦争末期、父親である王レシオンをエクスマキーナ諸共、星界へ葬り去った英雄の姿。
「久しいな、レシオン。やはり息子の身体を奪ったか…」
「ほぅ、随分と懐かしい顔を見たものだな。息災でなによりだよ、グラール」

再び23日前

「な…にッ!?」
《絶滅》を纏う右手がヒューアに触れる直前、動かない筈の両足に自由が戻った。
後方へ飛び退き間一髪でそれを躱し、一気に間合いを広げる。
「その剣は…ケテルのエンナージか!?」
「ええ、操られていたとはいえ、仲間を殺めた償いのために。彼らの役目は私が継ぎます!」
《十剣者》の剣には特殊能力が備わっているというのは以前に説明した通りだ。
そしてその能力は《大罪》との戦いでこそ、真価を発揮する。
例えば接触型の《絶滅》を相手にするならば、シャルタラを。
射出型の《絶滅》を相手にするならば、パラモネを。
という風にそれぞれの剣は、対《絶滅》戦闘に完全特化しているのだ。

本来ケテルが所持するエンナージは、《真解咆》によって、消された概念を新たに生み出す。
たった今ヒューアの両足が自由を取り戻したのも、その効果による結果なのである。
「ちくしょう…畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ォォオオオオオッッ!!!!!
調子に乗りやがって!貴様ら全員殺してやる!!ここまで僕を怒らせたのを後悔しろ!!!」

狂ったように叫ぶハインツェル。
その後ろで急激に膨れ上がる魔物の気配に、2人は戦慄した。
《業怒》…その魔物が喰い尽くす感情の名は、怒り!!
175アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/06/08(金) 00:05:55 0
吹き飛ぶ、海洋の美君が血を吐きながら吹き飛んでゆく。
「やれやれ、高い授業料ですなぁ」
その体を受け止めるのは老亀鬼タナトス そして、激昂する配下達 口々にリーブを討ち取ると騒ぎ立てる。しかし、
「黙れ、物共、鳥共が引き受けるといっとるんじゃ、あてがっておいたらいいわい。」
そう老亀は言うが、ヒムルカは黙ってはいられない。
「じぃ!!わらわが殴られてもほおっておけとは、どう言う事じゃ!?」
タナトスは右の人差し指で自分の頭を数回叩いてため息をついた。
「おひぃ様 頭を冷やして敵を分析なさりませ、あの物どう思われますかな?」
「むぅ・・・・異常な強さじゃのぉ」
「そう、異常ですのぉ、あれは人間の限界を軽く超えとりますな。多分ザルカシュの小細工でしょうな」
その言葉にヒムルカはさらに激昂した。
「あのトカゲがぁ!!首を引き抜いてくれるわぁ!!」
そこにタナトスの指が目の前に突き出される。
「落ち着きなされ、まずは目の前の敵ですな」
あくまでも冷徹に戦況を分析するタナトスの姿のヒムルカも落ち着きを取り戻す。
「じぃ、先ほどあの物は無視せよとゆうておったがどう言う了見なのじゃ?」
「ふむ、あの力、全生命力をリミッターを外して使っておるのでしょうな。多分痛みも何も感じておらんじゃろうのぉ。」
その言葉にヒムルカは戦慄を覚えた。かってタナトスに受けた授業の中で、命のリミッターを外すとどうなるかを
実験で見た事があったのだ。その結末はヒムルカでさえ顔をしかめるものだった。
「では、あの物は・・・・・」
「ほっとけば死・・・・・よりなお辛い事になるでしょうなぁ」
「しかし・・・・・この傷、納得はいかぬわ」
ヒムルカは忌々しげに唇の血を拭った。。
「やれやれ、相変わらず血の気の多い・・・・では、あの化け物はこの爺めにお任せ下され。」
そう言うとタナトスは部下にあれこれ指示を出し、最後に巨大な槌を担いだ。
それはゆうにタナトスの5倍はあろうかと言う巨大な槌、それをタナトスは涼しい顔をしながら担いでいるのだ。
「それに、久々に顔なじみに挨拶でもしてきますかな」
そう言って大胆不敵に老兵は出陣していった。

緊迫する二人の間に怒号と共に巨大な槌が飛んできた。
「久方ぶりじゃなぁ、御主、くたばっておったんじゃなかったのか?」
「・・・・・タナトス・・・・相変わらず口の減らない爺だ。」
「はっ、若作りが何を言うか」
「次に同じ事を言ってみろ、コロス」
二人の間にリーブの拳撃が飛んでくる。二人はそれを難なくかわした。
「まずは、あの物を黙らせるかのぉ」
「足手まといになるなよ」
二人の歴戦の鬼が今、黒鬼となったリーブに立ちはだかった。
176アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/10(日) 20:38:15 0
沖でグレナデアが水柱を上げ、海岸部で乱戦が始まった頃。
高台付近でも一つの戦いが始まっていた。
それは剣撃の音も、怒号も、叫び声もない、ただ二人が佇んでいるだけのように見える。
だが、そこにはザルカシュとアビサルの二人の魔力が充満ていた。

「あなた、何者ですか?リーヴさんに何をしたのですか?」
「なんやえらい剣幕やな。あの兄ちゃんに戦う力を授けたったんやで?
感謝される事はあってもそない責められる云われはあらへんと思うけどな。」
激しさはないが、凛とした声にザルカシュの派手なローブが震える。
しかしザルカシュはそれを軽く受け流すように、相変わらずの軽口を続ける。
既に二人の周囲は常任では立っていられないほどの高密度な魔力で満たされているというのに。
大司祭たる絶大な力と、戦いだけではないあらゆる場に立ってきた海千山千の者の余裕であった。

「感謝?あんなことすればリーヴさんの身体は・・・!今すぐ!解除してください!」
一方アビサルは、ザルカシュほどの経験も余裕もない。
縦目仮面の装着をやめた今、それは依り如実に現れる。
その事がザルカシュの気を抜かさせる事にもなるのだが・・・。
高密度の魔力を醸すにしては、余りにも単純だ、と。

「あのな、君は知らんやろうけど、世界は滅亡の危機に瀕しとるんやで?
それも一つだけとちゃう。世界を滅ぼすモンが仰山一度にきとるんや。
わいは皆で楽しゅうやりたいんや。その為やったら少しくらい辛抱せんとあかんのや。」
ザルカシュとてリーヴをあのままにしておくつもりはない。
リリスラとヒムルカを倒してしまっては元も子もないのだ。
あのまま倒せるとも思っていないが、二人の衝突が有耶無耶にさえなれば、あとは自滅なり解除なりさせるつもりではあった。
が、それをここで言うつもりもその必要もない。

宙を見上げるザルカシュの脳裏には何が映っているのだろうか?
今この瞬間、この場を含めて世界の様々な場所で同時進行する世界の危機を思い巡らすように・・・
その遠大な視野が、アビサルのない余裕を完全に消し去る。
「あなたの『みんな』の中に僕達は含まれていない・・・!
天是、北斗真君。急急として汝の名召す事天下知る!貧狼!巨仇!禄存!文曲!廉貞!武曲!破軍!」
押し黙るような表情から一転、激しい顔で呪文を詠唱した。
召喚された七つの光球はそれぞれ雷や炎などを纏いながらザルカシュに襲い掛かる。
177アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/10(日) 20:38:33 0
ロイトンの町全体を揺るがすような大きな振動。そして爆炎。
七つの異なる属性を持つ光球が炸裂したのだ。
その爆炎から突き出るように煙を引きずり飛び出てきたのはザルカシュ。
魔法障壁で防御しながら、飛び出てきたのだ。
「この術・・・すると君が『奈落の大聖堂』かいな!
『みんな』に拘るわけやなぁ。
想像していたんとは全然ちゃうから気付からへんかったで!」
「・・・!ぼ、僕のことを・・・知っているのですか?」
攻撃を回避されたことだけでも驚きだったが、それ以上に自分の事を知っている口ぶりが衝撃だった。

思わず攻撃の手をやめたアビサルに、ザルカシュは驚きの視線を向ける。
「おかしな事いいはるやないか。自分の事が分かってへんのか?」
「・・・」
重力を制御し、ザルカシュと同じ高さに浮くアビサルから応えはない。
応えられない、のだ。
黄金の仮面の事、そして告げられ残された事実と謎・・・。
それが渾然一体となって、アビサルの口を開かせずにいた。
その様子を見なるザルカシュの目は、驚きから冷たさに・・・そう、覚悟を決めた冷酷へと変わっていく。
「そうか、しらへんのか・・・。
わいも色々細工して疲れてるけど、しゃあないわな・・・!
君も世界の滅亡の危機の一つなんやからな!」
「・・・ど、どういう・・・!?」
立て続けの転移、説得工作、グレナデアの解放、リーヴの強化。確かに消耗している。
深謀遠慮を謀り、決して表に出ることをしなかったザルカシュが今、覚悟を決めた。
それに対するアビサルは迷いに深く沈みこんでいた。
高台の入り口は爆炎の坩堝のクレーターとなり、その上空で二人の術者の戦いが始まる。
178名無しになりきれ:2007/06/10(日) 21:07:32 0
エターナルフォースフレイム
179アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/06/15(金) 23:17:01 0
空から、海から黒山の如く、修羅の軍勢が押し寄せてまいります。皆様がその軍勢の波に飲まれ、戦闘を初めた頃、
私は街の裏路地で一人の男と対峙しておりました。
「うふふふふ・・・・・まさかなぁ・・・生きてたとはねぇ」
その男は掌の上で蒼い玉を転がしながら笑っていました。その蒼い玉は鈍く、光っておりました。
「か、返せ・・・・」
息もつくのがやっとの状態で私はたった一言を搾り出しました。
「嫌だね・・・・・自分の物は自分の物、そうだろう?なぁ、妹?」
私の髪を掴み上げ、男、私の兄、セリガ・ウーズは私の顔面に拳を打ち込みました。

リーヴさんが黒い甲冑を纏い私達の前に現れた直後の事でした。私は何かに誘われる様に裏路地に赴いたのです。
そこには一人の男が佇んでおりました。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その男は何も言わず腰のカトラス二つを己が手足の如く振り回しながら近づいてまいりました。
私も何も言わず構えました。刹那、カトラスが空を裂き飛んでまいりました。
一撃目を蹴り上げ二撃目を払いのけたとき、男が突っ込んでまいりました。
男の拳を辛うじて払いのけ、蹴りを避け、反撃に転じようとした時、
「おい、お前、その胸元の宝珠、どこで手に入れた?」
突如男が私の胸元の宝珠を指差して尋ねてきたのです。
「おい、どうした、聞こえてるのか?」
男は攻撃の手を止め、私の事を見つめます。私は怪訝な顔つきで相手を見ていました。
「お前、もしかして・・・・・確かめてみるか」
そう言って男は服の胸元を開け、指でその胸元を切り裂いたのです。
「あ、ああ・・・・・・・」
その時私はある恐怖に心を支配され、身動き出来なくなってました。心の奥底に眠る忌まわしい記憶
男は血に濡れた指を身動き出来なくなった私の口元に塗りつけたのです。
「な、何を!?」
突然の事に口を拭った瞬間に自分の体の異変に気がつきました。
いつもの透きとおった透明な腕は無く、血の通った白い肌の腕が目に映ったのです。
「ああ、やはり、そうだ、久しぶりだね アクア」
そう言って男は私を抱きしめたのです。
「何故私の名前を・・・・・まさかあなたは、お、お兄様?お兄様なのですか?」
私は思い出していました、歳の離れた兄がいた事を、そして、
「そうだよ、アクア、会いたかったよ、ずっと殺したかったんだよ 忌まわしい血をな」
兄は私達を恨んでいる事を・・・・・・・・・・
「ちょうどいい、陸の下衆共をぶち殺す前の景気づけだ、忌まわしい血を絶とうか」
180 ◆iK.u15.ezs :2007/06/20(水) 00:05:03 0
「フフフ……」
うつむいたアンナの口から押し殺したような笑みが漏れる。
「アンナ……ちゃん?」
顔を上げ、虚ろな瞳で、狂ったような哄笑をあげた。
「アハハハハハハ!!そうね、そう思ったまま死ぬのが幸せね!!
すぐに会わせてあげる、せいぜい馬鹿な師弟で再会を喜び合うといいわ!!」
猛獣のような瞳で漆黒の包丁を握り締める。どれ程望んでも受け継げなかったもの……。
今日こそ継承者を亡き者にし、本当の意味で我が物とする。
「さよなら、ラヴィ」
限りなく身勝手な、だからこそ揺るぎ無いたった一つの意思に突き動かされ
狂った猛獣のようにラヴィに飛び掛かる!
虚空に舞う漆黒の閃き。次の瞬間、響き渡ったものは……鋭い金属音だった。
ラヴィはもう避けなかった。その手に握るは、身の丈ほどもある4番包丁『秋雨』。
アンナを睨みつけ、叫ぶ。
「人が下手に出ればいい気になりやがって!!
アンタは選ばれなかった、いい加減諦めろってんだあ!」
一っ跳びで距離をつめ、目にも留まらぬ速さで刃を薙ぎ払う!
再びの金属音。包丁を交えたまま、永遠とも一瞬とも思える時が流れる。
それを打ち破ったのは、二人のうちのどちらでもない声だった。

『やれやれ、困った弟子達だ……』
いつの間に現れたのだろう。アンナの後ろに、一人の人物が立っていた。
『二人とも……包丁をおさめるんだ』
ラヴィは衝撃のあまり、全身の力が抜けて包丁を取り落とした。
そこにいたのは、敬愛してやまなかった師匠だったのだから。
携えているものは、見まごうはずも無い、六番包丁『虚帝』だ。
「先……生……?」
『ラヴィ、掟を忘れたか?後は私が引き受ける』
動揺するラヴィにそれだけ言って、アンナに対峙する。
『アンナ……お前は選ばれなかったんだ。もうやめろ』
分かりきっていること、絶対に認めたくないことを言われ、アンナは悲鳴のような声をあげる。
「嫌……!! どうしてアンタなんかに指図されなきゃいけないのよ!?
どうして生きてるのよ!? 何度でも殺してやる!!」
ドラッドの姿をした人物は、とても悲しそうな表情をして見せた。
『それなら仕方が無い……』
漆黒の刃を構え、ゆっくりとアンナに近づいていく。
その姿はさながら、鎌を振り上げ生者を刈ろうとする死神……。
ラヴィは、二人の後ろで立ち尽くして混乱していた。
「嫌……先生……やめて……!」
悲痛な心の叫びは、誰にも届かない……。
181激突 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/23(土) 18:22:55 0
フロイ跡地
「問題はどうやって“彼”に対抗するかだな、何かいい案は無いか?」
ヒューアは心底困ったといった顔で、イェソドとコクマーの2人を交互に見遣った。
聖戦の発動と共に現れる《断罪の使徒》。正しき道を逸れたセフィラを抹消する存在。
正直な話、この3人では歯が立たないだろう。
例え今ここにいないグラールとメイが加わったとしても、厳しい戦いとなるのは明白だった。
「おそらく…使徒は最初に原罪を断つだろう。《最深部》にとって最も邪魔な存在だ」
「確かに、原罪が新たな《世界樹》となるのが問題ですしね。ならば我々の向かう先は…」
「「「…《央へ至る門》」」」
3人の声が見事に重なり、次の瞬間には転移していた。
ギュンター・ドラグノフ、《祖龍》の子が待つ世界の央にして果て、隔離された領域へと…
「チィ…全ッ然動けやしねぇ…やっとアレを見付けたってのによォ!!!」
3人が去った後、1人取り残されたゴードが忌ま忌ましげに怒鳴り散らした。
同じ《大罪の魔物》ハインツェルによって、1度は拘束から逃れたが再び捕えられたままだ。
「クソ野郎が!!このまんまじゃあ他の奴らに先を越されちまうじゃねーか!!!!!」
無駄だと分かっていても、暴れずにはいられなかった。激しい怒りが身を焦がすのだ。

再び23日前
ハインツェルの背後で爆発的に膨れ上がる巨大なエネルギーにヒューア達は戦慄した。
いや、ヒューア達だけではない。ハインツェルも予想外の力に困惑を隠せなかった。
「ハハハ…助かったぜ、オレ様はコイツで縛られんのが大大大ッッッ嫌いなんだよ…」
光の鎖を引き千切り、地面に降り立ったゴードがニヤリと笑う。
歓喜だ。気に食わない敵を叩き潰し、蹂躙する。邪魔な存在は全て消し去る…
それがこれから出来るのだ、喜ばない理由は無い。
「まさか…《開花》したのか!?」
喉から搾り出すようにハインツェルが呻く。ありえない出来事だったからだ。

既に《発芽》したハインツェルよりも先に《開花》する。魔物の法則を完全に無視していた。
いかに《大罪の魔物》といえど、存在法則からは逃れられない。
だがしかし現に目の前で起きているのだ。絶対にありえない出来事が!!
「話が違うじゃないか…」
わなわなと震え、ハインツェルが後退る。確かに“彼”はこう言った。
『業怒は人間との融合に失敗した。力を制御することは不可能だ』と。
だからこそ《祖龍》を倒すために利用するつもりだったのだ。だがこれは何か。
力を制御出来ない?馬鹿な!制御出来ないのではない、最初から“制御する気が無い”のだ。
鎖から解き放たれた魔獣は、あらゆる存在を否定する力を撒き散らし、天を裂く雄叫びをあげた…

地上3万メートル
「どうしたグラール、旧い友との再会にそんな顔はないだろう?」
残念そうにレシオンは肩を竦めた。その全身から滲み出る邪悪な闘気が周囲を歪めている。
「私は会いたかったよグラール、この日が来るのをどれほど待ち望んだことか…」
「我は貴様には二度と会いたくなかったがな…仕方あるまい、次こそ終いにしようぞ」
両者の間に張り詰める殺気、まともな精神の持ち主であったならば発狂するだろう。
一触即発、互いに動きはしない。待っているのだ。死闘の始まりを告げる“何か”を。

そしてその“何か”は永劫に等き数秒の後、地上で起きた。
「…ッ!!!!!」
力と力がぶつかり合い、成層圏の乱気流を吹き散らす。
地上に広がる光の波紋は瞬く間に東方大陸を飲み込み、やがて光の渦と化した。
《断罪の使徒》の降臨である。
「どうしたレシオン!あの時の“世界喰らい”は使わぬか!?」
迫る黒い波動を剣で薙ぎ払い、グラールが叫ぶ。激突は両者共にほぼ互角。
「グラール、君は何を言っているのだ?」
余裕の笑みで問い返すレシオンに、グラールは眉をしかめた。
「“世界喰らい”って…あれの事?だとしたら…さっきから“ずっと見えてる”わよ!!」
グラールはメイの言葉の意味がすぐには理解出来なかった。
見えていたのだ、“最初からずっと”!!
ただあまりにも大きすぎるが故に、“それ”を個体と認識出来なかったのである。
182アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/06/26(火) 01:45:42 0
「げぇぶぅ!?」
私の顔面に力任せの蹴りが入り、意識を引き戻しました。
「なぁ、妹、ちょっと昔話をしないか?」
兄、セリガは私の髪を無造作に掴んで話しかけてきました。
「今から20年ちょっとぐらいだったかな?」

・・・・・今から20数年前・・・・・・
「アクアを頼んだぞ」
「お任せ下さい」
姿を変えられた妹を従者が連れてゆくのを見送り、セリガは父と母の待つ部屋へと向った。
「父上、母上、お呼びでしょうか?」
戦装束を身に纏い、肩に不釣合いなカトラスを担いだセリガが入って来た。
「セリガ、その格好はどうしたのですか?」
思わず、母親が問いただした。
「弱肉強食、海の民の掟に従っているまでですよ、母上」
「ならぬ、ならぬぞ、セリガよ、」
父が慌てて、止めに入った。
「御主の血こそ、我々、ホワイトラグーンの血脈にしか現れぬ解呪の血、正統な後継者の血ぞ」
セリガはこめかみに人差し指をあて唸った。
「では、父上は今、ここに敵が来ても戦うなと?」
「争いは何も生まぬ、話せば、どんな事も解りあえるのだ セリガよお前も今はここを脱出するのだ」
「では、父上・・・・・」
「なんだ?」
その言葉がホワイトラグーン最後の王の言葉となった。
閃光一閃、セリガのカトラスが実の父の首を切り取った。
「海の民の掟を忘れた部族など滅びればよい!!」
反す刃で今度は母を唐竹割に切り伏せる
「セ・・・セリガ・?何故」
母の最期の言葉にセリガは鼻で笑ってはき捨てる様に答えた。
「何故?だと・・・・・これが、戦が海の民の本分だろうが、そいつを忘れた部族など滅びてしまえ!!」
パチパチパチ・・・・・・・部屋に拍手の音が鳴る。
「流石、我らが党首、我々の本分をご理解されてらっしゃる。」
色黒の肌をしたスキンヘッドのシーマンがそこには立っていた。
「ブラックラグーンの族長殿か、お早いご到着ですね。」
セリガは驚く事なくその男に指示を出した。
「まずは、ホワイトラグーンの殲滅、男は全部殺せ、女は使えるのだけは残して、全部殺せ、それとこれから部族間会議を行う、各部族の長はここに集まる様に指示してくれ。」
色黒の男は頭を垂れると闇に消えていった。

それから間もなくの後、シーマンの部族間での抗争は極端に少なくなっていった。しかしその代わり、傭兵と言う形でシーマンが
度々戦場に現れる様になっていった。

「お兄様が父様と母様を!?」
「そうだよ、アクア、そしてお前もな!!」
お兄様はそう言って建物の壁に私を無造作にほおり投げたので御座います。
183真実 ◆iK.u15.ezs :2007/06/27(水) 11:34:23 0
アンナがゆっくりと近づいてくる師匠を見据え、飛び掛ろうとした瞬間。
彼女の体は突然突き飛ばされた。全速力のラヴィが渾身の力で体当たりしたのだ。
二人は、折り重なるように地面に転がった。
「お願いやめて!」
「邪魔ッ!!」
しがみついて放さないラヴィを払いのけようともがくアンナ。
『諦めろ……どうあがいたってお前はラヴィに勝てない……』
魔物の挑発に乗せられて、ラヴィを弾き飛ばして般若のような顔で突進する。
「言うな!」
『いいぞ、その意気だ!』
横薙ぎの太刀の一振りで一蹴されて倒れ伏す。
「……くっ」
今のやり取りで、本物ではないことを確信したラヴィが静かに語りかける。
「アンナちゃん……そいつは先生じゃない」
「ふざけないで!! どう見てもあいつよ!」
ラヴィは、ジャジャラ遺跡で遭遇した化け物に近いものではないかと感づいていた。
しかし、憎しみに支配されたアンナに、真実は届かない。
このままではアンナは魔物のしかけた罠から抜け出せないだろう。
ラヴィは決心した。決して告げてはいけないと言われていた真実を告げる。
もしかしたら、アンナを今より酷い憎しみで捕らえてしまうかもしれない禁断の言葉……。
「先生は……アンナちゃんの方が技術は上だって言ってたよ!」
「……え?」
思いもかけない言葉に、虚をつかれるアンナ。
「アンナちゃんは大きな力を与えられると道を踏み外しかねないから
ラヴィに託すって……今まで黙っててごめんね……」
真実を知ったアンナは薄い笑みを浮かべた。
「フフフ……馬鹿だわ……アイツもあなたも……でも一番の馬鹿は私ね……」
それだけ言うと、糸が切れた操り人形のように気を失う。
無理も無い、最強への渇望だけが今までの彼女を支えてきたのだから。
「アンナちゃん……!? しっかりして!」
暫し狼狽するラヴィだが、すぐに気を持ち直して
師匠の姿をした魔物の前に、アンナを庇う様に立ちはだかる。
「先生の思い出を弄ぶなんて……許さない……!!」
それと同時に、師匠の姿が揺らめき、別の形を成してゆく……。
『詰まらん……もっと弄んでやろうかと思ったが見破られてしまったか……』
凄まじい瘴気が渦巻き、その中から現われた者は……大罪の魔物……【傲慢】!
184アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/27(水) 21:20:00 0
【ロイトン上空・ザルカシュ】
今、ロイトン上空では100人のザルカシュが混声合唱を行うように呪文の詠唱を続けていた。
四つの異なる旋律はザルカシュ達が囲むアビサルへと向けられている。

戦闘が始まるや否や、ザルカシュは己の鱗を媒体として100人に分裂。
一つは障壁破壊の術を。
一つは効果座標限定の術を。
一つは空間振動による破壊の術を。
一つは三つの術を統合する為の術を。
個人では決してなしえない集団儀式操術を一人で行う大司祭ザルカシュの秘術!

「なあ、奈落の大聖堂!君、自我ってなんかしっとるか?
随分と戸惑っているようやないか。
ほやけどその顔は自分の抱えとるモンと、自我の関係、考えた事、あるんやろ?」
本体のザルカシュが、詠唱の合間にアビサルに語りかける。
「・・・。」
アビサルからの返事はない。
だが、本の一瞬現れた動揺は、ザルカシュが付け入るのに十分すぎる隙だった。
全ての呪文の詠唱はクライマックスを迎え、即座に効果は発揮される。
アビサルを守る障壁は完全に解体され、代わりに空間超振動による爆発。
暫くの間、光球が中に残るほどの大爆発であったが、効果座標限定の術によって被害が大きく広がる事はなかった。

眩い光を放つ光球。
そこに存在できるものは何もない・・・はずだった。
光球は不意に形を歪め、無数の飛礫を生み出し飛び散る。
アビサルのいた場所の光球を囲むように浮いていたザルカシュたちは次々に貫かれ、形を失っていく。
ただ一人、本体のザルカシュを除いては。

【ロイトン上空・アビサル】
突如分裂した敵に囲まれ、アビサルはあわただしく太極天球儀を操り術式を展開させる。
敵が自分の秘密を知っている。それを知りたい・・・
だが今はそれど頃ではない。
両肩の日輪宝珠と月輪宝珠が耳障りな回転音を響かせながら高速回転を続ける。
100人のザルカシュに対抗する為、演算能力を限界まで使用しているのだ。

「なあ、奈落の大聖堂!君、自我ってなんかしっとるか?
随分と戸惑っているようやないか。
ほやけどその顔は自分の抱えとるモンと、自我の関係、考えた事、あるんやろ?」
ザルカシュの一人からかけられる言葉。
宝珠の回転音に邪魔される事なく、不思議と耳に響く声。
その言葉に、考えてしまった。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬は致命的な一瞬でもあった。

「・・・陣図が・・・!」
言葉に発せられたのは一言だけ。
それ以上の時間はアビサルに許されはしなかった。
展開した太極天球図の陣図は分解され、超振動が襲う・・・!




185アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/27(水) 21:54:16 0
超振動により白熱する空間、それによる爆発!
その刹那、両肩の上に浮遊していた日輪宝珠と月輪宝珠が・・・。
そして両手で抱えるように持っていた太極天球儀がアビサルの身体へと沈んでいく。

空間が白色球と化し爆発が起こる様を、まるでスローモーションを見るように見ていた。
爆心地からの視点であるにも拘らず、何の衝撃も熱もない。
効果座標が限定されているせいか、光球は一定範囲から広がらず形を保っている。
『天是、急急として汝名召す事天下知る・・・流星群招来!』
光球の中、不思議な感覚ではあるが自由は効く。
なぜ自分が死んでいないのか、なぜ自分がこの呪文を知っているのか、それすら判らない。
【思い出した】呪文を唱えると、光球の殻を破り、隆盛が全方位へと散って行き周囲のザルカシュを悉く貫いた。
ザルカシュを貫いた流星群はそれでも勢いを衰えさせず、ロイトンの町全体を、そして海岸を襲う。


【ロイトン海岸上空】
彼我の差は圧倒的だ。
いかにタナトス、ルシフェルが二人掛であろうと、黒甲の戦鬼と化したリーヴは問題としない力を持っていた。
だが、戦闘経験の差は埋め難い力の差を埋め、その結果を覆していく。
「ほっほっほ、手玉じゃの。」
タナトスが勝利を確信した瞬間、無数の飛礫が一帯を襲った。

タナトスは大槌の一振りで、ルシフェルは見えざる盾を形成しそれを防いだが、周囲の鳥人や魚人は貫かれ落ちて行く。
リーヴは貫かれる事はなかったが、全身に無数の直撃を受け落ちて行く。

【ロイトン海岸部】
海と空から押し寄せる圧倒的多数の獣人たちに対し、迎え撃つ人間は僅か。
瞬く間に飲み込まれ、引き裂かれる、はずだった。
だが、全狂はゲリラ戦の様相を呈しながらも膠着を始める。

獣人たちが上陸した直後、鳥人たちと魚人たちとの戦闘が始まったからだ。
共に同胞以外を皆殺しする。
全てが敵であるという状況に人間の戦う余地があった。
「ちょいとあんた!なんて殺さないんだい!?ほら、またこいつっ!」
ソーニャが苛立たしげに立ち上がってきた鳥人を消し炭に変える。
この鳥人、ハイアットが撃ち落したが、致命傷を与えていないが為にまた立ち上がってきたのだ。
「あたしより先に海岸に走り出したから根性があると思ったのに!とんだ見込み違いだよっつ!」
「あぶないっ!」
怒鳴りながら次々と獣人をほふるソーニャにハイアットが突如として覆いかぶさる。

その直後、家々を貫き一帯を流星群が襲った。
それまではまさに修羅道そのものだった。
だが、この瞬間から押し倒されるように伏せた二人を残し、血飛沫と肉片の舞う地獄絵図へと代わっていた。

「あ・・・!リーヴ君!我が親友!」
飛礫の襲来が終わったとき、ハイアットの目に映ったのは落ちる黒甲の戦鬼リーヴの姿だった。
直後、ハイアットはどこからか大量のバナナの皮を海に投げそれを足場にして会場を駆けて行く。
「あ、あれぞまさしく場菜南水上歩行術・・・!
その昔、南国流バナナ拳始祖、フィール・ピンが編み出した幻の秘技・・・
ハイアット君がそれを継承していただなんて!」
「・・・んなアホな・・・」
信じられないが、確かにハイアットは海の上を走っている。
民明書房を片手に驚き解説するパルスに状況も忘れ、思わずソーニャは呟いてしまった。
すぐそこに、最大の脅威が迫っている事にも気付かずに。
186アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/27(水) 22:13:20 0
【ロイトン居住区屋根の上】
「ちっ、ザルカシュめ・・・一体何をしている?」
空を羽ばたくリリスラにも当然飛礫は襲う。
だがリリスラは一切動くことなく、ただ一声発するだけで全てを砕き身を守ったのだ。
遠く高台の方を見ながら舌打ちをした後、視線を元に戻した。

「あんた、いい魂持ってんじゃないか。もっと聞かせてくれよ!」
残酷な笑みと共に見下ろす先には身構えるレベッカの姿があった。


【ロイトン上空】
光球がいびつに歪み、やがて消え去ると、そこにはアビサルが立っていた。
いつものように三つの球はなく、全身を覆う天球図もない。
その姿は半透明で、全身に天球図の模様が浮かんでいる。

「はっ・・・!ようやく正体現しそうやな!化けモンが!!」
それを見たザルカシュは吐き捨てるように言い放ち、アビサルとの距離を詰める。
呪文を唱えながら近づき、殆ど棒立ちのその首を鷲掴みにした。
ザルカシュの右腕もまた、アビサル同様半透明に変化している。
「星幽体になれば物理攻撃は無効やろうけどな、わいかてそのくらいできるんやでえ!
キャラやないと思う手油断したかい!」
ギリギリと締め上げるザルカシュ。

直撃を受ける直前、三つの球がアビサルの身体に入り、その身を実態のない星幽体へと変化させたのだ。
アビサル自身は全くその自覚もできず、今首を絞められていても対処できないでいた。

このまま縊り殺す事も可能だっただろう。
同じ星幽体同士なら、それを可能にするのだから・・・
あと少し、力を入れれば。
ザルカシュの感覚がもう少し鈍ければ・・
鋭敏なザルカシュの感覚は、街の一角で発生した恐るべき力を必要以上に感じてしまったのだ。
「くぁ〜、大罪の魔物か!?この糞忙しいときに!!」
大罪の魔物【傲慢】の存在を感じ取ってしまった事により、僅かな隙が生じる。
その隙に無理やりねじ込んできたものがいる。

ザルカシュの幾重にも張り巡らされた魔法障壁を力ずくで粉砕し、叩き込む圧倒的な力。
「龍の巣へようこそ!猫パンチのお味はいかが!?」
延髄切りをザルカシュに叩き込み、啖呵を切るのはバニーガール姿の女レジーナ!
強引に叩き落されたザルカシュに向かい、急降下していく。


【ロイトン市外】
「全く・・・人使いの荒い・・・」
グレナデアからの脱出を果たした黒騎士ディオールは、そのままロイトン進行獣人の当別へと向かっていた。

今ここに、獣と龍と人が渦を巻き、戦いの花が咲こうとしている。
187竜と大罪1 ◆iK.u15.ezs :2007/06/28(木) 16:01:16 0
『コノ包丁カラ記憶ヲヒキダシタ……ナカナカ上手ナ演技ダッタダロウ……』
不気味な声で語る、骸骨の仮面を被った、生物では無い何か……。
「ふざけるな!!」
ラヴィは、『秋雨』を一閃し、目の前の魔物を睨みすえた。
「だああああッ!!」
裂帛の掛け声と共に、闘いが始まった。激しい金属音が街中に響く。
傍から見れば互角の闘いに見えたかもしれない。
しかし、互角であるはずは無かった。全身を使って斬りかかるラヴィ。
それに対し、とても常人では扱えない巨大な包丁をラヴィをあしらう、傲慢の魔物。
それでもラヴィは果敢に立ち向かった。
「先生の包丁を使うなあ!!」
『オ前達ハナゼ単ナル物ニコダワル?』
傲慢の魔物が、地面に転がっていたアンナの包丁箱を蹴り飛ばし、辺りに黒包丁が散乱する。
「なんてことを!?」
怒りに震えるラヴィが、目にも留まらぬ速さで包丁を交え、すれちがって向き直る。
「それを使っていいのはラヴィと……アンナちゃんだけなんだ!!
汚らわしい手で触るんじゃねえ!!」
『ソレデイイ……! ソノ想イガ我ニ力ヲ与エル……』
「……なんだって!?」
一歩も引かなかったラヴィが、初めてたじろぐ。
『教エテヤロウ……我ガ名ハ……【傲慢】!』
「!!」
大罪の魔物だという事は覚悟していたが、その名を聞いたラヴィは恐怖に身を震わせた。
自分も力を与えている事に気付いたから。この世に傲慢を持たない人間などいない。
そしておそらく、今のこの街にこれでもかという程渦巻く傲慢の感情が、目的なのだろう。
恐ろしい事実に行き着き、立ちすくむラヴィだったが鋭い警告の声が彼女を現実に引き戻した。
「上ッ!!」
持ち前の鋭敏さで天空より降り注ごうとしている災いを察知したラヴィは
電光石火の速さで、蹴り飛ばされて無造作に転がっている巨大な包丁箱を
自分とアンナに覆い被せた。その一瞬後、無数の流星群が降り注ぐ!!
包丁箱の下から彼女が垣間見た物は、空間に絶対零度の氷の盾を生成して
流星群を防ぐ魔法使いの姿、そして、大罪の魔物の異様な言動だった。
188竜と大罪2 ◆iK.u15.ezs :2007/06/28(木) 16:02:25 0
『感ヅカレタラ厄介ダ……ソロソロ行クトシヨウカ……』
「待ってください、私のことを忘れていませんか?」
明らかに別の声が発せられた。しかし、言っているのは確かに傲慢の魔物だ。
『殻ノ分際デデシャバルナ!!』
「困りましたね。私に協力する条件であなたの殻になったのですよ?」
『記憶ニ無……グアアッ!? ナゼタダノ龍人ノ分際デソレ程ノ……』
「しばらく眠っておいてもらいましょう」
破壊の流星が収まったころ、ラヴィが包丁箱の下から這い出すと
宙に浮遊する円月刀を従えた魔法使いと、大罪の魔物が対峙していた。
否、同じ姿をしているが違う。それは正確には大罪の魔物を宿した何者かだった。
「エルフのペガサス使いは一緒では無いようですね……」
「あいつなら逃げたペットを追い掛け回してるけど何か?」
ラヴィは地面に落ちている二つの包丁を素早く組み合わせ、渾身の力で投げた!
「ジンレインちゃんに何する気!?」
触れれば切れる程張り詰めた空気を、漆黒の刃が切り裂く!
彼女が投げた物は、八番包丁『黒揚羽』!普段は柄の両側に刃のついた二本一組の包丁。
組み合わせることで飛び道具にもなる、黒包丁の最後の切り札である。
それは、骸骨の仮面に寸分たがわず命中し、刃がラヴィの手に戻ると同時に
仮面は真っ二つに割れて落ちた。
「――ッ!!」
その下から現われた素顔を見て、二人は戦慄した。
背筋が凍りつくような不気味な美しさ、とでも言うべきだろうか。
右半分は、透き通るように白い肌に魔的な程端正な顔立ち……
瞳の奥には底知れない狂気を宿し、顔の左半分はきらめく鱗で覆われている。
「フフフ……娘達ですら私の素顔を見たことが無かったのに……その勇気を称えて
貴女もそこの小娘と一緒に八つ裂きにしてさしあげましょう!」
尋常ではない魔力が荒れ狂い、背から生えてきた物は……飛竜の翼!
それと同時に、両手の爪が伸び、どのような刃物よりも鋭い凶器と化す!
「あの世に行っても忘れないで下さい、私はユウルグ=トーテンレーヴェ!!」
人を超越した化け物は、透き通るような声で世にも恐ろしい咆哮をあげた!!
189名無しになりきれ:2007/07/01(日) 20:52:14 0
     ¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶
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   ◯◯0 __ ▼__0◯¶
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190老亀鬼と賢聖 ◆iK.u15.ezs :2007/07/02(月) 00:02:03 0
――海岸上空――
「なかなかしぶとかったのう」
海へ落ちていくリーブを見届け、海岸の切り立った崖の上に立つタナトスは呟いた。
「さて……久しぶりに手合わせとするかの」
目の前に滞空するルシフェルに向かって、不敵な笑みをうかべる。
「……望むところだ」
二人の間で極限まで高まった闘志が弾けようとした、その時。
「シルフィール!! 何をしている!?」
猫を肩に乗せたエルフがペガサスに乗って降り立った。
「また邪魔が入ったか、貧弱そうな小僧じゃ」
タナトスが戦槌を振り上げ、一蹴しようと突進する。次の瞬間。
肩に乗った猫がひらりと飛び降り、小さな手に持った魔銃が唸る!! 
銃口から打ち出された光がタナトスに命中すると同時に、魔力の鎖となって縛り上げる!
「『binding』のお味はいかがかの? お前さんの相手は私じゃ!」
対するタナトスは、魔力の鎖を凄まじい気迫で振りほどき、戦槌を構えながらシャミィを睨み付ける。
「賢聖シャムウェルではないか! お主のバカ弟子のせいで随分手こずったぞ!」
シャミィは軽く肩をすくめてみせた。
「弟子? はて、なんのことかの?」
「賢聖もついにボケたようじゃのう」
「んなワケなかろう、冗談じゃ。魔力は失っても知力は失っておらんぞ!」
キャスターを構えたシャミィの目が鋭く細くなっていく。その顔は、獲物を狙う猫そのもの……。
191アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/07/02(月) 00:50:36 0
「ぐぼぁあ!?」
メギャアとでも言いましょうか、その様な音をたてて私の体は建物の壁にめり込んでしまいました。
「あはははは・・・・いい様だ」
「うぼぉ!!」
腹部に力任せの蹴りを入れられ私の意識は暗闇へと落ちていったので御座います。

気を失ったアクアを見てセリガは邪悪な笑みを浮かべた。
「これで、ホワイトラグーンは全ていなくなる。俺を残してな」
愛用のカトラスをアクアの頬に2,3回叩きつけてセリガは一息ついた。
ホワイトラグーンの平和的な考え、それがセリガには我慢できなかった。
弱肉強食、それこそが海に巣食う物共の唯一の正義、事実そうではないのはホワイトラグーンのみだった。
だからこそ滅ぼした、滅ぼしたはずだったのだ。

姿を変えられた妹を殺すためにすぐに追手を差し向けた。後の報告で変えられた姿がスライムだと聞いた時は
笑いが止まらなかった。スライムだと?まさかスライムに変身させられるとは・・・・・これは傑作だ。
生き延びさせる願いで姿を変えたのによりにもよってスライムとは、そこで妹の捜索は打ち切った。
何故ならほっといても誰にも相手にされず死ぬか、殺されるか、だからだ。
万が一生き延びたとしても、母が行った呪いは元の姿に戻る為に、ホワイトラグーン正統後継の血、そう、自分の血と蒼い宝珠の二つが揃って
初めて完璧に解呪されるはず。生存確率は低いと、いや、無いと思っていた・・・・・・・・・が、

生きていた!!生きていたのだ、妹は。
しかも一部とはいえ人々に認められ、受け入れられて。
間違いは正さなければならない。さぁ、今こそ、その時!!
カトラスを大きく振り上げたその瞬間、セリガは、いや、周辺一帯は隕石で吹き飛ばされた。

意識を取り戻した時、私の眼前には巨大な刃物を振りかざした兄の姿がございました。
これまでと覚悟を決めたその時、巨大な隕石が落下してくるのを私は目撃したのです。
その直後、強烈な爆風が吹き、その衝撃で私はまた意識を無くしたので御座いました。
192見えざる呪縛 ◆iK.u15.ezs :2007/07/04(水) 00:22:41 0
「来るなといったはずだ」
ルシフェルは、凍てつくような冷たい視線をセイファートにむけた。
「来るなと言われて来ない奴がいるか!」
無言で軽く腕を振るルシフェル。それだけで、凄まじい衝撃波が地面を走り抜ける。
「ぐああッ!?」
派手に吹き飛ばされて地面に叩きつけられたセイファートを見下ろし、吐き捨てるように告げる。
「これで分かっただろう? 早く消えろ」
しかし、彼女の狙いは見事に外れた。
「今日のお前はおイタが過ぎる! それともアレか!? ドッキリ大作戦?
私をハメようなんて1000年早い!!」
何事もなかったように起き上がってこんな事を言っているのである。
ルシフェルは呆れるやら腹が立つやら。
「残念だがこれが本性だ!!」
無数の小さな光の刃を生成し、一斉に放つ。どうか逃げてくれますように。
二度と自分の前に現れませんようにという願いを込めて。が、期待するだけ無駄であった。
「シルフィール……ちょっと冗談キツすぎるよ……」
そう言って、微笑みかけてきたのだ。
ルシフェルの攻撃を避けようともせずに受け、全身傷だらけで流血しながら……。
ルシフェルには分からなかった。どうしてここまで単なる騎馬にこだわるのか。
「なぜペガサス一匹に固執する!? 代わりならいくらでもいるだろう!」
その言葉を聞いたセイファートは、真剣な表情になって告げる。
「ああ、ペガサスなんて掃いて捨てるほどいるからね……どこにいっても構わないさ!」
「だったらなぜ!?」
セイファートは、ルシフェルの瞳をじっと見つめた。
「昔のパルと同じ目をしてるから……。
お前はくだらない血統に縛られてることにすら気付いてないんだよ!」

一方、隣で激戦を繰り広げるタナトスとシャミィは、横目で二人を見ていた。
「無駄な努力が痛々しいのお!」
巨大な槌を振るいながらタナトスがせせら笑う。
「無駄かどうかは分からぬ! 私やお前さんはどうなる!?」
の一撃をかわし、キャスターの引き金を引くと同時にシャミィが叫び返す。
「甘いぞ、賢聖! あやつは一族の呪縛を振りほどくにはどう見ても知能が足りん!」
タナトスの言葉を聞いてシャミィが唸る。
「うむ、確かに……あやつは私らと違ってひねくれてないからのう」
弱気な台詞を吐いたシャミィに、タナトスが追い討ちをかける。
「手を貸してやらんとそろそろエルフが死ぬぞ!まあそんな余裕はないかの!」
「あいつの想いを無駄にするわけにはいかん!!」
シャミィは迷いを振りほどくように魔力の塊を打ち出す!
獣人族を呪縛するもの、それは一族の頂点に立つ者に従うように定められた遺伝子の刻印。
シャミィは願うしかなかった。一人のエルフとの絆が獣人族の定めに打ち勝つことを……。
193名無しになりきれ:2007/07/04(水) 03:06:17 0
「なんなんだぁ!!あいつはぁ!?」
ニルヴァーナの艦上では空の男たちが突如現れたグレナデアに砲撃を加えていた。
「うろたえるな!!相手が何だろうとぶちのめす!!」
リリスラが前線に出た今、艦上で指揮を揮っているのはこの飛空艇副艦長の梟という男だ。名前の通り梟の鳥人だ。
激を飛ばしたが内心では梟はあせっていた。
(なんだ・・・この嫌な感じは、一刻も早くこいつはぶっ壊さないと)
それは太古の昔に味わった記憶の断片が影響してるのだが今は、それどころではなかった。
「ええい、こうなったら、アレを使うぞ、機関部!!エネルギー出力いけるか!?」
その言葉に機関部から伝令管を伝って声が流れて来た。
「こちら機関部!!出力いけるかって、主砲発射する気か!!」
「ああ、あんな化け物、主砲じゃなきゃ仕留めれないぜ。」
その言葉にまた伝令管から声が聞こえる。
「わかった、だが主砲を撃つだけのエネルギー値には後10分は必要だ 時間を稼いでくれ」
その言葉に梟がすぐさま策を練り、指示を出す。
「よし、あの化け物の体にでかい風穴を開けてやる、砲撃に備えて戦艦を固定する。指定座標に移動しろ」
ニルヴァーナが移動した先、その真下にはヒムルカの居城、キングクラブがいた。
「よぉし、固定アンカを真下に向けて射出しろ!!」
射出されたアンカはキングクラブの甲殻を貫いて刺さる、がキングクラブは何事も無かったかの様に佇んでいた。
「化け物蟹の殻は分厚いからな、これぐらいじゃ動じないだろ」
梟の呟きと同時にニルヴァーナの船首が上下左右に開いてゆく、その中から巨大な砲身がその身を現した。
「狙い 定めぇ!!」
砲身が巨大なうねりを上げてその狙いをグレナデアにむける。
「主砲、メガデス 発射!!」
巨大なエネルギー波が砲身から発射されグレナデアに向け発射される。
だがその一撃はグレナデアの横を掠めて虚空へと飛んでいった。逆にニルヴァーナは傾き炎上していた。
「何がおきたぁ!!」
梟は状況を把握すべく辺りを見回す。天空からの無数の流星、どうやらその一つが直撃したようだった。
ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに梟の目の前には歪な巨獣が雄叫びをあげ虚空を見上げる姿が目に入った。
黒騎士とレジーナがグレナデアの管制室からでた事で主を失ったグレナデアは自己防衛機能のスイッチが入っていた。
そこに掠めたとはいえ強力なエネルギーが飛来したのである。グレナデアは今、己を守る為、暴走せんとしていた。
194イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/04(水) 04:19:05 0
ガナン地下ブロック、最下層。
建設から気の遠くなるような年月を経て初めての今日、中途で放り出された拡張スペースは与えられた緊急時の待避所としての
役割りを全うしていた。
こんな時に上層と下層もない。薄暗い中で身を寄せ合う龍人貴族とその使用人、多くの平民達。
その一様に不安げな、顔、顔、顔……。
意識不明者などの例外を除いて、それらが一斉に天を仰ぐ。
天といっても広がるのは建材剥き出しの天井だ。中心を貫く基部の真鍮色だけが僅かなりとも彩りか。
――また揺れた。また響いた。
もう何度目だろう? いい加減飽き飽きだ。
でも、無視はできない。
だってこれは……すぐ真上から響いてきたのだから。

天井の一部が崩れ、鉄骨が煩くたわんで床を踊った。誰も下敷きにならかったのは不幸中の幸いだ。
次に降ってきた影に悲鳴が波紋となって伝わり起こった。一部の兵士や誇り高い者が武器を手に取り身構える。
複数の影が身を起こす。上階から差し込む光が彼らの不気味な姿を悪魔的なまでに際立たせた。
実際、ほとんど悪魔と変わらない。
昆虫種族クラックオン、魔物と呼ぶに遜色ない連中である。
現れたのは十数体、ケラやアリといった穴を掘るのに適した昆虫ばかり。現にここまで掘り進んできたのだろう。それぞれの
前足――というか手というか――には確かな苦心の跡があった。
中でも中心の二体、四本の金棒を持ったアリと先端の丸い触角が印象的な……何だろう? 埋葬虫?
彼らのプレッシャーは鈍い素人でも呼吸困難に陥ってしまう程だ。ちょっとこの世の物とは思えない。
盾を構えた重装歩兵達がクラックオンを囲み、その外から長銃兵の一隊が狙いを定める。――ものの、誰も勝てるとは思って
いない顔、顔、顔……。
それらが、再び一斉に天を仰いだ。

今度の響きは何とも情緒に満ち溢れた、この場に相応しからぬギターの音色であった。
これに良く伸びる力強い歌声と情熱的な踊り子が加われば、完全に熱気に満ちた酒場のステージだ。旋律が激しさを増す。
穴の縁から見下ろすギターの主は、逆光の中で一風変わったシルエットを浮かばせていた。
「愛…WILL…………暴力…………っ♪♪」
どこかで誰かが咳き込んだ。
「とおっ!!」
マントをはためかせつつ飛び下りて二転三転、ムーンサルトで華麗に着地。
「愛と暴力の伝道師!! スカイ・トルメンタ九十世!! ラーナに代わりて弱者救済っ!!!」
ポーズをとって叫ぶ隼マスクの半裸姿は、何故かとてつもなく眩しいものとして人々の目に映った。

笑みは爽やか。胸の筋肉上機嫌。肉弾系コミュニケーションの申し子。
――オン・ステージ。
195パルス ◆iK.u15.ezs :2007/07/05(木) 16:16:27 0
ハイアット君がリーブさんを助けに行った直後。顔から血の気が引くのを感じた。
「あ……」
とてつもなく恐ろしい力に気付いてしまったから。
津波の時と同じ、精霊と似て非なる何か。
「どうした? アタシと戦ったときもそんな顔はしなかったよ」
ソーニャさんが心配そうに聞いてくる。
「水が狂ってる……二人が危ない!!」
「いきなり電波を受信するな! 精霊はもういないぞ!」
盛大にずっこけるソーニャさん。そう、いないはず、あってはいけないもの……。
「細かい話は後だ!!」
風を呼ぶ舞を組み上げる。流れる空気の層が全身を包み込んでいく。
「触角――!! こっちに戻ってこーい!!」
戸惑うソーニャさんを残し、海に向かって駆け出した。

「とう!」
華麗な水上スライディングでリーブの真下に陣取るハイアット。
「さあ、僕の胸に飛び込んでおいで〜!」
両腕を広げ、意味不明な言葉と共にナイスキャッチ。
そこである事にはたと気付く。なぜ立ち止まっても沈まないのだろうか。
「……?」
周囲を見回すと、突如として濃い霧のような水の粒が立ち込めていく……。
その奥に佇む人影に気付き、思い知った。自分はすでに蟻地獄にはまった蟻であることを。
「逃がさぬぞ……」
骨の髄まで凍りつくような恐ろしい声が聞こえてくる。
ハイアットは、左手でリーブを支え、右手で銃を持って身構える。
浮遊する水の粒が収束し、形を成していく。それは、鋭く尖った無数の水の槍! 
「死ねい!!」
鋼鉄をも貫く、無色透明の凶器が一斉に二人に襲い掛かる!
196イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/05(木) 20:15:20 0
突如現れた覆面の紳士はギターをかき鳴らす手を止めようともせず、瞬くように宙を舞っては翻った。
「スリダブ流! 飛翔旋踵脚!!」
逆三角形の照り輝くボディからは信じられない、身の軽さ。
「スリダブ流! 断延髄脚っ!!!」
虫歯ゼロのスーパーカルシウムが並ぶ暑苦しい笑顔にそぐわぬ、技のキレ。
魅せ付ける、戦う芸術がそこにあった。

血が騒ぐ一曲の間に十数体のクラックオンを仕留めたトルメンタは、残る二体に眩しい笑みを向けて言った。
「セニョール&セニョール! 我輩が率いる新団体に参戦する気はないかね?」
冗談じみた多分本気の誘いには答えず、アリが前に立ち、埋葬虫が後ろで構えた。
腕を大きく広げて並ぶ様は、まるでどこかの邪神象のようで……これもまた一つの芸術作品であろう。
トルメンタが笑みを濃くし、観衆の中で一番の美女へと優しくギターを放り投げた。あざとい眼力である。
「――ゴングだ!!」
どこかで誰かが、甲高い鐘の音を鳴らした。

「とうっ!」
ゴング一閃、トルメンタが跳躍して一気に迫る。
低く、限りなく低く、まるで滑り込むようにアリの右足目掛けて唸る。
「スリダブ流!! 蟻襲蹴!!」
相手がアリだからなのか、それとも元からそんな名前なのか、横に寝そべった姿勢から目の覚めるようなキックの嵐。
狙い所は膝関節の内側。下段では一番効く嫌らしいポイントである。
「アリ! アリ! アリアリアリアリッッ!!!」
キック、キック、またキック。残像を残して数連打。恐ろしい事に間接からは白い煙が立ち上った。
そしてここでアリの反撃。右の金棒を無造作に突き下ろす。
速くて的確な一撃は、寒気のするような唸りを上げて地に亀裂を作った。
「ハハハハッ!!」
笑うトルメンタは素早く転がって避け、その衝撃を利用して舞い上がった。
例え微塵でも恐れがあってはこの顔と動きはできない。場違いに明るく戦う、空気の読めない親父であった。
「スリダブ流――」
頭上から降ってくる隼マスクを叩き落とすべく、四本の金棒が鋭く唸った。
「流星圧殺!!!」
それらを目まぐるしい回転でかわし、あらゆる勢いをつけて胸からアリの頭に激突する。
凄まじい衝突音。噴き出る鮮血。
弾き飛ばされるトルメンタ。
地に落ちて転がる彼を、見えない何かが追い立てる。
空気の弾ける音が更なる血飛沫を巻き上げた。後ろの埋葬虫が軽く両腕を振るっただけで引き起こされたものだ。
獄震波≠サれが誰も知らないこの技の名前。
邪神像が前進する。もはや奥義を隠すつもりはないらしい。アリと埋葬虫の甲殻がぼやける程に震えていた。
「フフフ……!」
片膝を突き、トルメンタが尚も笑った。
白い歯が赤く染まろうとも、その笑みだけは変わらない。

「……愛だな」
明後日な発言は、どこまでも力強く自信と慈愛に満ち溢れていた。
197グレナデアの正体:2007/07/06(金) 04:49:34 O
「しまった!?」不意を打たれたパルスが小さく息を飲む。水の槍は寸分の狂い無く2人を目掛けて伸びて来る。
思わずギュッと目を閉じて、覚悟を決めた・・・が、何時迄待とうと槍は身体に触れもしない。
『まったく、手間かけさせるんじゃないよ!死ぬんなら余所で死にな!!』
ひやりと冷たい風が頬を撫でた。水の槍は突き刺さる寸前で、もの言わぬ氷の彫刻と化していた。
「そ、ソーニャさん!?」
パルスが驚くあまり、素頓狂な声を上げた。そこに立っていたのは、蒼い炎を揺らめかせた獣。

そう、獣であった。
声はソーニャのものだったが、外見は人身獣頭の獅子。かつて精霊獣だった名残、その肉体は変異していたのだ。
精霊獣と化したリッツが周囲から生命を奪うのと同じく、ソーニャは周囲から熱を奪ったのである。
『蓋をしたから時間は稼げる、陸に戻りな。水の中で勝ち目なんか無いからね。』
ソーニャの言う通り、今や海面は凍り付いて地続きになっている。走ればすぐに岸へと帰還出来ただろう。
しかしそれをむざむざ許す相手ではなかった。凍り付いた床が激しく揺れて、亀裂が広がっていく。
『ちぃっ!!無茶してくれるじゃないのさ!!急ぐよ!!』
言われるまでもなく、パルスとハイアットは不安定な足場をもたつきながらも駆け抜ける。

          †  †  †

天より降り注いだ大火を受けて、グレナデアは姿勢を崩す。直撃ではなかったが、その被害は相当のものだ。
機械仕掛けの破壊神は一際大きく吠えて、その身体を揺らした。装甲の継ぎ目から洩れ出すのは閃光。
それは崩壊を始めたかに見えただろう。だが実際はその逆だ。邪魔な殻を脱ぎ捨てようとしていたのだ。

          †  †  †

「なんてことだ・・・マズい!みんな急いでここから逃げろ!!“アレ”が始まったらお終いだ!!」
岸に辿り着いて先に上へと登ったハイアットが、パルスに手を貸そうと振り返って突如叫ぶ。
彼は知っている。グレナデアの本当の正体を。だからこそ、今のグレナデアが見えたと同時に叫んでいた。

「あいつの装甲は身を守るためにあるんじゃない!“中身”を押さえ付けるための“檻”なんだ!!」
198アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/07/06(金) 22:04:26 0
【ロイトン住宅街】
『門が飛ぶ!馬車が飛ぶ!挙句の果てに家が空を飛ぶ!、TO〜KI〜O!』
一世代前にロイトンで流行った歌だ。
たわいもない歌だったが、それが今、ロイトンの住宅街で現実のものとして起こっている。

轟音と共に立ち上る土煙。
その煙から飛び出て宙を舞うのは崩れかけた門や、バラバラになった馬車。
挙句に抽象的な意味ではなく物理的に家が空を舞う。
それはたった二人によって巻き起こされていた。
身体を白く輝かせ豪腕を振るい、触れるものといえば馬車であろうが家であろうが吹き飛ばすバニーガール。
地を這うようにそれから逃げるリザードマン。

「わいが苦労して効果座標限定して爆発起こしたっちゅうに、あの餓鬼は見境なしやで?
常識的に考えてどっちが悪モンかわからんかい!」
不意打ちを喰らいこそしてものの、そこは八翼将に名を連ねる大司祭ザルカシュ。
巧みに間を外し、障壁を廻らせ、力をいなしながら火球を飛ばす。
「神出鬼没・神算鬼謀を誇るトカゲさんが珍しく表に出てきてくれたのだもの。逃がす手はないわ。」
白竜の祝福によって最大限肉体強化されたレジーナに、詠唱も必要ないような火球など目晦ましにもならない。
構いもせずに蹴散らし、力ずくで障壁をぶち破るストレートを放つ。

強力な詠唱や、逃げるような隙を与えるつもりはない。
ザルカシュも消耗が激しく、戦うにも逃げるにも決め手を書いている。
二人の凄絶な戦いの爪痕は更に増える様相を呈してきた。


そんな二人を上空に浮くアビサルはぼんやりと眺めていた。
星幽体になってから、アビサルの意識ははっきりとしない。
まるで海の中で浮いているような・・・
いや、自分が生みそのものとなっているような感覚・・・
無限に拡散する意識をかろうじて保っているのは、周囲を囲む五つの宝珠のおかげなのだろう。
199アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/07/06(金) 22:08:25 0
【ガナン】
オペラとスターグの戦いが最高潮を迎えた時。
老貴族は一人館に残り、上質のワインを傾けていた。
避難を勧める執事やメイドたちの言葉に耳を貸さなかったのは、12貴族としての・・・猛る大老と呼ばれた漢の意地であった。
そして、先に死地へと赴いたミュラーを、カールトンを、ベルファーを想ってのことだ。
彼らの事はオシメをしていたときから知っている。
苦楽を共にし、時に対立し、時に手を握り合い・・・・そして皆・・・自分より先に死んでいく・・・

目頭にじわりと光るものがこみ上げてきたとき、大轟音と共に館が大きく震えた。
それと共に開かれる大老イフタフの目には既に光るものはなかった。
いや、目そのものが光っていた。
その光は戦いの狂気と殺戮の喜びに満ちた捕食者の目であり、先ほどの老人の目は既にどこにもなかった。

#################################################

ガナン内部にクラックオンの軍勢がなだれ込みどれ程が経っただろうか?
蒸気と血煙の立ちこめる中、イアルコの前に悪魔のシルエットが近づいてくる。
「だ、だ、だれじゃ!余はイアルコ・パルモンテなるぞ!
恐ろしく強いから悪い事は言わん、他所へいけ他所へ!」
裏返るような声に引けた腰で、脅しているのかお願いしているのか微妙な言葉を無視してシルエットは大きくなる。
身の丈3m近く。デザイン的に凶悪さを強調させるように体のいたるところに角が生えている。
何より恐ろしいのはその眼光。
正体はわからぬが、イアルコは本能的にその眼光を恐れていた。
悪魔のシルエットが今、その正体を現す。
「なんじゃ。パルモンテのところの糞餓鬼か。
戦場で会う最後の面がこれとは、儂もほとほとついていない・・・」
姿を現したのは異形の姿。
だがその声はまさしくイフタフ・パルプザルツだった。

イアルコはその眼光を本能的に恐れていたのかを理解した。
同じ十二貴族として、お互いの家に行き来する事も多い。
その時に「悪戯」で破壊した美術品・秘宝・古代文献は数知れない。
破壊した品物と同じ数だけイアルコはイフタフに折檻されてきたのだ。
それだけではなく、幼いイフタフの孫に色々「仕込む」たびに、本気で殺されかけてきたのだ。
イフタフの眼光がトラウマになるのも仕方がないのだが、それでも懲りずに悪戯や仕込を繰り返したのだから大したものだ。

「お、おお、イフタフ扇。なんというか・・・随分とまあイメチェンしたのぅ。」
あまりの変わりように動揺は隠せなくとも、ある意味知った顔でほっとしたイアルコ。
だがイフタフの方は、「ちっ」と小さく舌打ちしたあと、ゆっくりと倒れた。
良く見れば手には蟷螂の胴体を鷲掴みにし、体中には教皇軍の制服だったものや無視の体液がたっぷりとかかっている。
それは今までイフタフがこの我なんて切り開いてきた修羅の道を容易に想像させるものであった。
「聞け、糞餓鬼。
我がパルプザルツ家は龍人の為、古代文明復活の為、あらゆる研究を行ってきた・・・
その結果、六星龍の祝福を全て受けられる術を身につけた・・・」
現れた早々いきなり倒れ、まるで遺言モードに入ったイフタフに戸惑うが、首を掴まれているので逃げる事も出来ずただ話を聞くしか出来ない。
「六ブレス併用は劇的な効果をもたらすが・・・この老体では少々辛くての・・・」
200アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/07/06(金) 22:08:41 0
「あ、いや、ちょっと待たれよ。この流れじゃと、やっぱり・・・」
猛烈に嫌な予感がして、話を何とか途切れさそうとするのだが無駄な努力だった。
瀕死とは思えぬほどイフタフは力強く、首をへし折らんといわんばかりに握り締めてくる。
「なんじゃい!瀕死の老人が託そうというんじゃ。黙って受け取るのが筋じゃろうが!」
「だってその姿になるのはよのファッションセンスが・・・そうそう、シファーグ候がそこらに徘徊しておるから・・・」
「やかましい!複数ブレス併用時の姿は人によって違うから安心せい!じゃから黙って受けとらんかあ!」
何とかごまかそうとするイアルコに、久方ぶりにイフタフの雷が落ちる。
反射的に萎縮したとたん、絞められた首に何かが入り込んできた。

「糞餓鬼・・・イアルコよ・・・六星龍の祝福を受け・・・金龍へと辿り着け・・・。
くく・・・戦場での最後がこれとは・・・まんざら・・・・・」
まるで全ての力をイアルコに渡したかのように、イフタフの姿は悪魔から一人の老人へと戻っていた。
首を絞めていた手も力なく外れ、笑みを浮かべて横になる。
「ちょ・・・この糞じじぃ!勝手に託して死ぬな!こんなの余のキャラじゃないぞ!」
体が判っていた。
イフタフは六星龍ブレス併用の能力と力を自分に注ぎ込み力尽きたのだ、と。
溢れんばかりの力を得た今、腕に抱くイフタフの体は余りにも軽い・・・


「やかましいわ糞餓鬼が!わしゃ死ぬ時は可愛い孫に手をとられてと決めておるんじゃ!
バトンタッチして休めると思ったら耳元手がなりおってからに!
力を渡したんじゃからさっさと戦いにいかんかい!!」
「〜〜〜〜こ、この糞じじぃ!紛らわしい振りをしおって!
貰った力で早速引導を渡してやるわい!孫のところまで飛んでいけい!」
珍しくシリアスになったのに、打ち壊すように起き上がるイフタフ。
それが恥ずかしいやらみっともないやらで、ぶるぶる震える手でイフタフの右頬に左ストレートを食らわすと、文字通りイフタフは星となって空の彼方へと飛んで行ってしまった。
その左手は本来光るはずのない白い光を放っていた。
「おお、メリーのパンチに匹敵するやもしれんのぅ。」
星になった方向を見ながら、受け継いだ力の強大さを実感していた。
201異説・人魚姫1 ◆iK.u15.ezs :2007/07/07(土) 01:14:26 0
『逃がさぬ……!!』
背後から聞こえてくる恐ろしい声を振りほどくように、走った。
轟音を立てながら氷が砕け散っていく。もうすぐ岸にたどり着くという時。
「え……!?」
足元の氷が崩れ去る!!気付いた時には冷たい水の中に落ちていた。
「パルス!」
激しい揺れの中、ハイアット君が僕の手をつかんだ。
ハイアット君の足場もいまにも崩れそうで、左腕には気を失ったリーブさんを抱えたままだ。
引っ張りあげている暇は無いだろう。だから、叫んだ。
「大丈夫だから……行って!!」
「ウソつけ!! 泳げないくせに!!」
精神に直接入り込んでくるような不気味な声がはっきりと響いてくる。
『ククク……そやつを憎からず思っておるのか?
その女の正体は罪も無い者を抹殺してきた化け物ぞ!!』
ほんの一瞬。ハイアット君の瞳に動揺が走り、手を握る力が緩んだ。
そしてその一瞬は、僕が水の底に引きずり込まれるには、充分すぎた。
「あ!!」
ハイアット君がしまったという顔をするのが見えた。
こんな時だというのに、ひどく眠い。そうだ、このまま眠ってしまおう……。
「パルメリス――――ッ!!」
断末魔のような絶叫が聞こえたのを最後に、僕の意識は深淵へと落ちていった……。

――今は昔、たいそう美しく優しい人魚の姫君がいました。
彼女はやがて立派な女王に成長し、愛する人と結ばれます。
しかし、運命は彼女に幸せになることを許しませんでした。
たった一人の愚かな王の仕掛けた戦乱が、全てを狂わせてしまったのです。
彼の名はレシオン。新しき神に、祝福という名の呪いを受けた一族の王……。

ここはどこだろう……。そっと目を開けると、一面青い世界だった。
水の中に浮かんでいるようだ。精霊のようで精霊で無い、様々な力が働いている。
息ができるし、水圧も無い。極限まで穏やかになった時の流れ。
異質で不気味、それでいて優しくて神秘的で、不思議な領域。
「お目覚めか、エルフの姫様よ」
すごく綺麗な声が聞こえてきた。でも、紛れも無くさっきの恐ろしい声と同じだ。
顔を上げると、目の前には、人間の上体と鯱の尾を持つ人魚がいた。
見たことも無いほど美しい人。なのに、どこかすごく悲しそうな瞳をしているのはなぜ?
そこで、ある事を思い出した。津波の時の力は、今この場所に働いているのと同じものだ。
異質な力を使うこの人は、敵だという事に思い至り、剣を突きつけて問い詰める。
「貴女なの? 街の人を踏み躙って……津波まで起こしたのは……!」
「フフ……随分威勢のいい奴よ。いかにも、全て妾の仕業じゃ」
美しいその人は、平然と言ってのけた。信じられなかった、信じたくなかった。
次の瞬間には、震える声で畳み掛けていた。
「どうして……どうしてそんな事を!?」
その人は、僕の問いには答えず、幼い子どもをなだめるような声で語りかけてきた。
「まあ落ち着け、それは後じゃ。先に妾の質問に答えるがいいぞ」
「何……?」
警戒は解かないまま、聞き返す。
「何からいこうかのう……そうじゃ、龍人戦争とは何か知っておるか?」
これではっきりした。この人は僕をからかって遊んでいるのだ。
仮にもエルフの長だ、知らないはずは無い。
そう、僕の先代は他でも無いその戦争で命を落としたのだから……。
202イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/07(土) 01:35:28 0
邪神像が渦を巻いた。
前より金棒二対の大旋風、後ろより縦横無尽の衝撃波。
取り巻く観衆の輪の最内で盾を構えていた重装歩兵の人垣が、この余波だけで木の葉のように舞い飛んだ。
直接威力に晒されたトルメンタの体が原型を留めていただけでも奇跡的と言えよう。人体とは思えぬ強度である。
「フハハハハハハッ!!」
笑う笑う。中枢に叩き付けられ、べっとりとした赤い絵筆となりながら、彼の内なる何かは漲り続けていた。
すぐさま追撃、亜音速の金棒が襲う。
「チェンジ! グラン・トルメンタ九十世!!」
隼転じて鷲のマスク、剛のスリダブ流を使う男は、力強い腕の交差だけで二本の大鉄柱の衝撃を受け止めていた。
しかし、下からもう二本。
もはや人体を打つ音ではない。吹き飛びこそしなかったが、地を滑るトルメンタ。
そして、何もさせじと獄震波が爆ぜる。
アリと埋葬虫の連携は完璧であった。こいつらはたった二体で死角のない軍隊なのだ。
一人で立ち向かうには無謀すぎる相手。
トルメンタのガードが下がった。これまでかと、見守る誰もが諦めただろう。

「子羊達よっっっっ!!!!!!!!」

だが、この親父……まだ楽しげに活き活きと吠える。
「我輩の勝利を願う子羊達よ! 諦めたか!? 恐れをなしたか!? もうお仕舞いだとお祈りか!?」
注目の視線が最高潮の密度に達した所で、彼は静かな染み入る声で後押しするように言った。
「……ここからの逆転劇を、見てみたいか?」
YES YES YES YES 答えはもちろんYESである。
「我輩に惜しみなき愛のエールを注ぐか!?」
YES YES YES YES 他にどう答えろというのか。

「んならばっっ!! ――――ビバ・トルメンタと叫ぶがいい!!」
YES!! YES!! YES!! YES!!

『ビバ! ビバ・トルメンタ!! ビバ! ビバ! ビバビバビバビバビバビバ!!!    ビバ!!
  ビバ・トルメンタ!!!   トルメンタ!!  ビバあああああっ!!  ビバ! ビバ! ビバ! ビバ!』

観衆の思いが一つとなり、その熱気が注がれた時にこそ、スリダブ流・超人闘法の重き扉は開かれるのだ。

「フハハハハハハハ!! 我が肉体にビバの声、轟いたり!!!!」

爆発する笑顔と歓声を意に介さず、邪神像のとどめが迫る。
この場の空気にまったく動じる事のない、彼らもまた――ビバに足る者であった。
「むぬふぅっん!!」
特大爆雷のような一斉攻撃を、腰を捻り抱えるように手を組んでといった上半身の筋肉を強調するポージングで
受け止めるトルメンタ。
「超スリダブ流!! 二身双来!!!」
光が、圧力を伴って天を衝いた。

『愛と暴力の伝道師!』「スカイ!」「グラン!」『トルメンタ九十九世!!』『ラーナに代わってお見せします!!』

…………何を?
光が晴れた後には隼と鷲のマスクを被って一号二号といったポーズをつける、二人のトルメンタ。
『いざ、タッグ・バトル……!』
ガナンの地下は今、驚愕とドン引きの沈黙に包まれた。
203名無しになりきれ:2007/07/07(土) 13:51:05 0
うわぁ・・・
204 ◆d7HtC3Odxw :2007/07/08(日) 11:46:44 0
ロイトン地下水道、迷路の様に入り組んだこの水道はまだロイトンが小さな港町だったころから増改築を繰り返し今に至る。
そいつはその時からそこに生まれ今日までひっそりと隠れ生きていた。
そいつはご機嫌だった。今日は沢山エサが落ちている。いつもなら小動物一匹捕まえるのにさえ苦労すると言うのに。
しかも上質だ。生まれて初めてこんな上質の肉は食べた事が無い。
そいつは上質のエサを求めていつも巣食っている穴から這い出て一心不乱に散乱しているエサを食い漁る。
そんな時だったいきなり天井が割け、何かが2つ落ちてきたのは・・・・・・・・

うまそうな血の匂いに誘われるがままにそいつは近づく、目の前には2匹の獲物が倒れていた。
だが、片方は既に気を取り戻し立ち上がろうとしていた。
そいつは考えた、武器を持ってる奴とは戦り合いしたくない、もう片方は・・・・・
「ちぃ!!なんだってんだ!!・・・・まぁ、、いい この怪我じゃあほっといても死ぬだろ。」
もう片方の獲物は血まみれで瀕死と言っても過言ではなかった。

「まずは、一度合流するか・・・・・」
流星の至近距離の落下で地下水道に落ちたセリガとアクア、直撃では無いとは言えセリガにも甚大なダメージとなっていた。
熱風で背中は焼け爛れ、吹き飛ばされてきた瓦礫の塊で体の数箇所の骨は砕かれた。
軋む体を引きずってセリガは去ってゆく。それを見届けそいつはもう一つの獲物アクアに近づいた。
息も途絶えがちだが一応は生きている。そいつは歓喜した。こんな巨大な生きた獲物は初めてだ。
これを頂いたら更に腹は満たされるだろう。そいつはゆっくりとアクアを包み込んでいった。

もう、痛みも衝撃も感じていませんでした。ただただ、心臓の鼓動だけが大きく聞こえてくるだけ・・・・・・・・
目を開ける事も、手を動かすこともすべてが、煩わしく思えてきて、そんな時、何かが私を包み込んで来ました。
海・・・・・海に包まれる様な感触、それも束の間の事、それは私の体全てを包み込み、呼吸を奪い、最後の自由をも奪いつくしたのです。
薄れゆく意識の中、思った事は、父母の無念、今までの思い出、兄への怒り、旅した仲間への思い、そして、あの約束・・・・・・・・・
まだ、死ねない!!
そう思ったと同時に私の意識は、いえ、私の体は溶けさったのです。

ロイトン地下水道に巣食っていた、長年生き抜いたスライムの中でアクアは最後の時を迎えていた。
包み込まれた体はゆっくりと溶かされもう半分程も無い、それでも命を保っていたのは奇跡とでも言うしかないだろう。
最後の瞬間目を見開いたアクアを泡沫が包む。そしてそこには何も無くなっていた。
それと同時にスライムにも変化がおきていた。 小さく纏まり 小刻みにブルブルと震え、時々、奇妙な形に蠢く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
数刻の後、セリガとアクアの落ちた場所に寂しく転がった宝珠とラーナのペンダントを拾い上げる人影があった。
205異説・人魚姫2 ◆iK.u15.ezs :2007/07/08(日) 23:17:35 0
僕は、人魚を鋭くにらみつける。
「知らない訳ないだろう! 悪の龍人王アーダが始めたくだらない戦争だ!
僕のお父さんは……その戦争のせいで……精霊王を倒すために死んだ!」
人魚は、相変わらず完璧な微笑みを浮かべていた。
「辛いことを聞いてしまったか。されど、それは単なるお伽話。
姫様よ、世の中はそれ程単純では無いぞ。あの戦争の原因はそなたの一族の方なのだよ」
それを聞いた瞬間、心臓を射抜かれたような衝撃が走った。
違う……騙されてはいけない、僕を動揺させるための嘘に決まってる。
だとしたらこの胸騒ぎは何だろう?
「戯れ言を言うな……僕達の一族は……やり方は滅茶苦茶だったけど……
いつだって世の秩序を守ろうとしてきた! 自分から戦争なんて起こすはずがない!」
「信じるかどうかはそなたの自由じゃ」
彼女は、聞いてもいないのに勝手に語り始めた。嘘にしては出来すぎた歴史を……。
「昔のエルフ共は精霊を制御するために人造の精霊獣を作った。
彼らが《アニマ》と呼んでいたものだ」
《アニマ》……精霊を制御する過程で試験的に完成された存在。
危険すぎるからすぐに封印されたはずのもの。弄ばれていると知りながら、思わず聞いてしまう。
「どうしてそれを知っている!?」
「待て、そう焦るな。
エルフの王レシオンは《アニマ》の力を使って世界を支配するべく戦争を始めた」
「レシオンだって!?それに戦争を始めたって……」
僕が名前しか知らない、二代前の長の名前。人魚は僕の動揺をよそに、静かに語り続ける。
「しかし、戦乱の最中、あろうことか彼は自分の《アニマ》と同化して世界を食らい始めた……
12の属性を全て併せ持つ究極のアニマ……《無》のエクスマキーナ
強力すぎる《無》の力を制御しきれなかったのであろう」
僕はいつの間にか聞き入っていた。認めるしかなかった。これは全て真実なのだ。
「そなたの父君が倒したのはな、《無》のエクスマキーナだ。
しかし一度始まってしまった戦争は始めた者が死のうが消えようが関係ない。
そなたの父君はレシオンが火を付けた戦争は放ったまま逝ってしまった。
当時は我々も考え無しだったからのう。
残された我々は龍人共と戦って戦争を終わらせるしかなかった……」
関係ないはずの獣人達まで巻き込むほどの戦争だったのに……僕は何も知らなかったのだ。
思い当たることがあって問う。
「まさか……貴女の力は……!?」
「その通り、妾が宿すこの力は《アニマ》。これを埋め込まれた時、今の話を知ったのだ」
思った通りの答えが返ってきた。さらに続ける。
「なぜその話を僕に? 何を企んでる!?」
「せっかくだから単に話してみたかっただけじゃ。冥土の土産程度にはなったか?」
予想通りの言葉に、剣を構える。人魚はそれに構わずに相変わらず穏やかな顔のまま迫ってきた。
「《アニマ》は本来エルフ以外が使おうものならすぐに精神が崩壊してしまう代物じゃ。
妾は新鮮な魂を《アニマ》にやる必要がある。
この250年幾人も食い殺してきたがどいつもこいつも不味くてのう……
されどそなたは最高の魂をしておる……そなたを食らえば1000年は持とうぞ」
そっと手を伸ばし、僕の耳を愛おしげに撫でて、微笑んだ。
「楽しませてくれた礼じゃ……楽に逝くがいい」
その言葉が終わらないうちに、精神の《アニマ》、《霊魂》のアンヴェセスの力が展開される!
僕を深い眠りに引きずり込もうとしているのだ……!
「見切った!!」
改変した精霊力中和の霊法を紡ぎあげる! 展開された力が一瞬にして掻き消える。
冥土の土産話で真実を教えてくれた事と
《アニマ》を分析する時間をくれたことは感謝するべきだろう。
「……なんだと!?」
続いて、水圧消去と水中呼吸の効果を固定する導引を結びつつ、すぐ下の水底に降り立つ。
「力の正体を教えたことを後悔しろ!! 貴様の餌になるつもりなどない!」
人魚は、美しい顔に凄惨な笑みを浮かべた。ついに本性を現したのだ。
「腐ってもエルフの長か……。少々甘く見すぎたようだな。だが後悔するのはそちの方じゃ!」
三又の矛の切っ先を真っ直ぐに僕に向け、襲い掛かってくる。
「僕は……こんな所で……死ねない!!」
それは、自分に言い聞かせる言葉。アスラちゃんの剣を握り締め、迎え撃つ!
206 ◆F/GsQfjb4. :2007/07/09(月) 19:59:41 0
23日前
凄まじい怒りが大気を震撼させ、その場に居合せた者達を圧迫する。
「助かったぜ、まさかテメェがオレ様を助けるなんてな。どういう風の吹回しだ?」
乱暴にハインツェルの髪を掴むと無理矢理に持ち上げる。
「“奴”を倒すためさ…《創世の果実》を喰った“奴”には僕1人じゃ勝てないからね」
「あぁ、そういうことか。確かにテメェじゃあ無理だろうな」
怯えながら答えるハインツェルを嘲笑い、そのまま無造作に放り投げた。
少し離れた場所のヒューア達に向き直り、ゴードは両手を広げて破壊の力を集束させる。
「とりあえずはテメェらからだ。よくもオレ様をコケにしやがったな…消えやがれ!!!」
破滅を凝縮した禍々しい輝きが、巨大な光の球体となって撃ち出された。
「させません!『食らい尽くせ!パラモネ!!』」
コクマーの剣が歪み、全てを喰い尽くす顎と化す。しかしサイズが違い過ぎた。

「『轟け!バランダム!!』」
雄々しき掛け声と同時に現われたのは…見上げる程に雄大な巨人の腕。
その腕が力強く握り締める大剣が淡く光り、次の瞬間、周囲一帯から空気が消えた。
イェソドの剣、バランダムの能力は事象置換。在るを無きに変え、無きを在るに変える。
大きく振りかぶり、横薙に払うと既に《絶滅》も跡形も無く消え去っていた。
「所詮は貴様もこの世の事象に縛られた者、《絶滅》もまた然り」
もう一振りすると周囲に再び空気が戻ってきた。“別の場所”と“置き換えた”のだ。
ドオオオオオオオオオン!!!!
轟音がゴードの半身を消滅させた。“置き換えた”場所、そこはゴードの後方!!
本来ならば業怒の魔物が使う《絶滅》は、その規模と等価となる量の存在を消し去る。
だがゴードは地底都市から吸い上げたエネルギーにより、《絶滅》の消滅量を上回っていた。
出来れば今の一撃で完全に倒したかったイェソドは、その結果を見て眉間に皺を寄せた。
バランダムの能力は強力な反面、使用回数に制限がある。故に無駄は可能な限り避けたい。

「遅くなった、すまぬ」
「いや、助かったよ。とりあえず嫉妬から片付け…っ!?いない!?」
気付けばそこに倒れていた筈のハインツェルがいない。おそらく転移して逃げたのだろう。
「クソッタレ!!これじゃまた振出しに戻ったじゃないか!!」
「慌てるな、あの傷ならばそう遠くへは行けまい。先に奴を片付けるぞ」
イェソドは剣の切先をゴードに向けてヒューアを諭す。最も危険な大罪を仕留める機会だ。
「……クソ野郎が…このオレ様を…よくも…」

獄炎の如く燃え盛る怒りが具現化し、ゴードの失われた半身が再生を始めた。
「殺すだけじゃ絶対に足りねえ……絶対に足りねえぞクソ野郎がああああああああ!!!!!!!」
207 ◆F/GsQfjb4. :2007/07/09(月) 20:02:18 0
地上3万m
「何をそんなに驚くのかね?エクスマキーナの“力”は知ってるだろう?」
あまりにも巨大、しかしその存在感は全く感じられない。本質が“無”であるが故に。
「星々を食らったか…貴様!!」
「ご名答、しかしまだまだ足りないのだよ。私の望む“力”には到底及ばない…」
レシオンはグラールの猛攻を片手で易々と受け流し、悲しげに呟いた。
「だからグラール、君がここに来てくれて良かった。感謝するよ、心から感謝している」
捕まった、そう気付いた時にはもう既にグラールの身体へ無の侵蝕が始まっていた。
「君のおかげで、やっとエクスマキーナは完成する。更には邪魔な十剣者も始末できる」

「あぁなるほど、イルドゥームもアニマも…元を辿れば1つ。“オリジナル”を吸収
すれば完全な存在になるって訳ね。でもそれが本当に完成かしらね?」
メイの表情からは余裕の笑みが消えない。
目の前で仲間が敵に取り込まれたにも拘らず、呑気に携帯電話を弄っていた。
「貴方の“正体”も分かったし、わたし達も忙しいからケリにしましょうか…
ここ数百年の間、見掛けないと思ったら、こんな所にいるんだもん。腕が鳴るわ」
何も無い空間から1振りの長剣が現われて、メイはそれを手に取った。
「ふん、如何に“初期ロット”とはいえ真理を得た我とエクスマキーナをたお…」

レシオンの右腕が細切れになった。

「…あ?」
何をされたのか、何が起きたのか、レシオンは理解出来なかった。
すぐさまアニマを使い、時の流れを操作する。が、次は左腕が細切れになった。
「バカな!?停止した時間の中で私を攻撃す…ぎぁあッ!!!」
次は右脚が切り裂かれた。レシオンは予想外の攻撃に、我を見失ってしまった。
「先に“あの子”と出会えて良かったわ。今度は“この剣”を使えるからね…」
メイの振るう長剣の名は『グルグヌス』。時を司る使徒の三剣が一振り!!
「これから先、流れる全ての時間はわたしが“切り落とす”から、そのつもりでね?」
「バカな…そんなバカなあああああああああぁ!!!!!!!」

 ∵愚かな…我らが何の準備も無く貴様を待っていたとでも思ったか?レシオン∵

エクスマキーナが喋った。自我を持たぬアニマが、言葉を放った。
「グラール、後どれくらい掛かるの?」
メイはエクスマキーナに向かって、確かにグラールと尋ねた。
208定めか絆か ◆iK.u15.ezs :2007/07/09(月) 23:07:52 0
「くだらない……だと?」
静かに呟くルシフェルの顔が怒りに歪み、空気中のマナが張り詰めていく。
数刻のあと、彼女を中心とした一帯の空間に膨大なエネルギーが炸裂する!!
「……笑わせてくれるわあッ!」
爆風に、幾枚もの純白の羽根が舞う。魔術に自分自身も巻き込んでしまったのだ。
極度の精神不安定によるマナの暴走である。
「やめろ―――――――ッ!!!!」
爆風が吹き荒れる中、セイファートは力の限り叫んだ。
ルシフェルの方に駆け寄り、肩を掴む。
嵐が収まった時、ルシフェルは一切の感情を遮断した、全くの無表情で佇んでいた。
「リリスラ様は立派なお方だ。貴様とは格が違うのだよ……」
まるで台詞を定められた機械のように淡々と語りかける。
セイファートは、気絶した人を起こす時のようにルシフェルを揺さぶる。
「それは本当にお前の意思か!?」
「当たり前だ……貴様など馬鹿で腰抜けで何の取り柄も無い!!
三秒だけ待ってやる……それでも私の前にいたら……」
そこまで言って、少し言葉を切る。一瞬の間の後。
「……本気で殺す」
この世の何よりも冷たい声で、静かに告げた。手の中に、魔力の刃が現れる。
しかし、セイファートは不敵な笑みを浮かべた。彼が滅多にしない表情。
「やってみろ! 逃げも隠れもしない」
そう言って少し下がり、両腕を広げ、あえて狙いやすいような姿勢をとる。
「愚か者め!!」
ルシフェルが一瞬にして距離をつめ、鋭い刃が容赦なく迫る!!
「さよなら……セイ……」
そして……二人の位置が交差し、鮮血が舞う。

「…………」
数秒後。ルシフェルは放心状態で佇んでいた。殺したからではなく、殺せなかったから。
心臓を狙ったはずの彼女の刃は、大きく逸れ、腕を掠っただけだったのだ。
「これで分かっただろ? お前に私は殺せない!!」
得意げに笑いかけてくるセイファートを見て、ルシフェルの頬を一筋の雫が伝っていく。
冷厳なる戦乙女が泣いていた。
それは、リリスラに仕えていた頃は決して有り得ない事だった……。
209イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/10(火) 01:48:11 0
鷲が隼の両足を引っ掴み、豪快にぶん回して投擲する。
『フハハハハハハハッ!!』
木霊する笑い声も豪快に水平飛行。高速錐揉み回転したスカイ・トルメンタの頭突きがアリの腹部にめり込んだ。
「超スリダブ流! 地獄千枚徹!!」
直撃――とはいえ、三メートルを超える巨体の上に獄震を駆使した重装甲。カノーネの零距離砲撃を受けて小揺るぎも
しなかったクラックオン烈士の肉体である。
それはそのまま、堅牢なるアダマンテインと言えた。
「…………ッ!」
踏み止まってアリが堪える。
そう、堪えたのだ。
その顎が僅かに鳴っただけで、割れんばかりの衝突と軋みの音が響いただけで、この馬鹿げた技の威力は充分過ぎるもの
として観衆の目に映った。
『ビバ! ビバ! ビバ・トルメンタ!!』
未だに回転を続ける隼と耐えるアリに対し、それぞれの相棒が動いた。
破壊の嵐獄震波≠真っ向からくぐり抜け、空中に跳んだ埋葬虫を追って鷲が羽ばたく。
果たして、何が起こったのか?

「超スリダブ流!! 阿修羅崩落!!!!」

もつれ合ってより高みにまで舞い上がった両者。その頂点での体勢は、逆さになった埋葬虫の体を抱え持つように足を開いた
グラン・トルメンタといったものであった。
一瞬だけ彼の腕が六本に見えたのは……恐らく気迫の成せる技。
そのまま、凄まじい加速で落下に入る。
あれは墜落の衝撃をすべて相手にぶつけ、首折り、背骨折り、股裂きのダメージを同時に与える技なのだと、何人かの
想像力を備えた目聡い者が直感した。
しかし、首のフックが甘い。
「ぬおっ!?」
強引に戒めを振り解いた埋葬虫が上下を逆に入れ替える。初見の技の弱点を見抜いてすぐさま返しに掛かるとは、洞察力や
即応力だけでは言い表せない、とんでもない勝負勘の持ち主であった。
しかし、首のフックが甘い。
「フハハーーーッ!!!」
鷲がまた切り返し、また返されと激しくもつれ合い続ける。

「超スリダブ流!! 羽鷺洲辺車流ぅぅううう!!!!」

地上では、もう一つのでたらめな関節技が極められていた。
アリの背後に馬乗りになった隼が両足で上両腕をロックし、両手で上両手首を掴んで前方へと力の全てを掛けている。
位置的にもう一対の両腕は回りそうにない。獄震も密着されては効き目が薄い。こちらは首のフックが甘いと言う事はなく、
脱出不可能の技であった。
『ビバ・トルメンタああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
決まったのは、同時だった。
上両肩を破壊されたアリの上に、占有権を取り戻した鷲と取り返された埋葬虫の体が激突し、微塵になった甲殻が弾け飛ぶ。
後に残ったのは、佇むトルメンタ一人きり。
観衆の声に応える彼は相変わらずの笑顔だったが、不思議と一抹の寂しさがよぎったようにも見えた。

十烈士、アント・クラックオン《ジオル》&キャリオン・クラックオン《ユウダイ》――再起不能。
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.;/    \ :::', 運命の鎖を振りほどき、いざ往かん!最後の決戦へ!!
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i '" (人_) ""* ::i 未来を掴むのは、あらゆる命に与えられた権利なのだから!!
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