【物語は】ETERNAL FANTASIAU:V【続く】

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1ST ◆9.MISTRAL.
解き放たれた世界は、終わらない物語を紡ぐ

それは人と龍と獣の…果て無く続く闘争の叙情詩


【物語は】ETERNAL FANTASIAU避難所【続く】
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参加に関してはこちらで相談をお願いします。
2ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/10(土) 22:26:41 0
『…くっ…アハハ…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』
突然のけたたましい笑い声が、去り行くスターグの足を停めた。
声の主は大の字に倒れ伏したディアナ。心底可笑しいと言わんや笑い続ける。
あの一撃で彼女の心臓は破壊された筈だった、それは間違いない。だが“生きている”!!
そう、これこそが恐るべき《アニマ》の為せる魔性、モーラッドが危惧した“力”!!
クラックオンの生命力を奪い取ったディアナを倒すには…“足りなかった”のだ。
『フン…試しに当たってみましたけれども、よくわかりませんわね』
胸に開いた大穴が、不気味な音を立てて塞がり始める。
十烈士の生命力、周囲の草木の生命力、そしてスターグから奪い取った生命力…
決まっていたのだ。ディアナの勝利は戦う前から既に決まっていたのだ。
スターグがいかに強かろうと、ディアナの…いや、《アニマ》の前では無力だったのである。
対峙する相手の生命力が強ければ強い程、ディアナにとって有利となるのだ。
スターグはようやくそのカラクリに気付いたが、もう遅い。彼に残された力は尽きた。
先の一撃にて、果てた。片やディアナには、奪い取った無尽蔵に等しき命がある。

『所詮、技は技でしかありませんわ。ワタクシの技は完璧に完成されていますもの…』
何を思うかディアナは《霊獣化》を解き、全ての《アニマ》を停止させた。
と同時にスターグの全身に力が沸き上がる。奪った生命力が還元された為だ。
『返して差し上げますわ、あれが貴方の全力じゃない事くらいワタクシにも判りますから』
次にディアナのとった行動、体内の“愾”の流れを瞬時に組み換え、己の能力を増大させる…
『修羅双樹八世御門、これで充分。貴方には《アニマ》を使うまでもないですわね』
そう言い終えるや否や、スターグの拳撃荒れ狂う!
先程までのディアナならば、決して避ける事は出来なかったであろうスターグの一撃。
それを避けた、いとも簡単に、完全なタイミングで、繰り出すは“破龍”の極意。
突き出された拳が巻き起こす真空の渦を、紙一重で反らす様に、身体を滑り込ませて…
神速の踵が天を突き抜けた。

“破龍拳闘術”極めの段、『砲天雷(ほうてんらい)』

爆発にも似た轟音が鳴り、スターグの巨体が跳ね上がる。
“破龍”の極意は反転にある。相手の技の威力を受け、そして返す。
言わばカウンター技術の終着だ。“断龍”が攻めの極めならば“破龍”は受けの極め。

スターグの装甲が振動する波長を読み取った彼女の蹴技の打点に狂いは無い。
見切ったのだ。たったの1度、その性質を見ただけでディアナは封殺したのだ。
なんという戦闘センス。生まれながらにして備えた天賦の才というには、余りにも異質。
だが直撃ではない。当たる瞬間にスターグは更に踏み込み、軸を難無くずらしたからだ。
刹那の見極めという次元に於いてはスターグが十歩上回るようである。当然だ、年季が違う。
250年余、鍛えに鍛え、また鍛え。飽き事無き向上のみが創り上げた“強さ”。
生物である限界に挑み続けた末に、辿り着き得た“真の武”であった。
己の才だけで戦うディアナとは、全く正反対の“強さ”である。
成長しているのだ。ゴロナーとの鍛錬では得られなかったモノ。それは無機質な殺意。
渦を巻き突き立てられる拳撃の槍、流れる様な軽やかさで躱す少女。
双方共に五分と五分。互いに決定打を撃てぬまま、再び対峙し睨み合う。
少女の進化を促したのは、この生き死にの鬩ぎであった。


――想暦31年、ラライア山嶺
「先生!!何故ワタクシがいつまでも基礎訓練で、ドゥエルが実践なんですの!!!!」
山々を裂かんばかりの怒号に、拳聖と呼ばれた老猫人が「またか」といった顔になった。
実際、これで今日は5回目の噴火である。おちおち昼寝もままならない。
「怒鳴らんでも聞こえておるよ。ほれ、水が零れておるぞ?」
「くっ…!!」
ディアナが片足で支えるのは、重さ20トンの巨大な水瓶だ。傾く水瓶を爪先だけで支えるのだ。
この姿勢を維持したままで1日18時間、片足毎に9時間ずつの交替。
飽きっぽい性格のディアナは、この基礎訓練が狂いそうになるくらい大嫌いであった。
3ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/10(土) 22:27:12 0
――とある晩
やっと始まったゴロナーとの実践訓練にて、ディアナの才能は瞬く間に開花していった。
先に実践訓練を始めたドゥエルを1日で追い越し、破龍拳闘術の型を僅か3日で会得した。
明らかに異常な速度であった。故にゴロナーとアルフレーデは、ある晩話し合った。

「率直な意見が聞きたいわ。貴様はディアナをどう思う?」
銃皇のシンプルな問いに破龍は渋い顔で黙り込む。眉間には深い皺、なにやら険しい眼。
「私は天才だと思っているわ。でも……何かが違うのよ、あの子は」
そう呟き、ゴロナーの盃に酒を注ぐ。その手は微かに震えていた。畏怖がそうさせたのか。
「技は極めて業となる、業は極めて我となる…あやつはそれが解っておらんの」
くい、と一杯。アルフレーデ溜息混じりに答えるゴロナーを、「やはり」といった顔で見た。
修行が始まってからずっと感じていた違和感、その正体が少し理解出来た気がする。
「あれは人の形をした、何か別の…そう別の生物みたいな…そんな気がするのよ」
「技の完成度だけで見るならば、おそらくワシの全盛期すら霞むじゃろうな」
コト…盃を置き、荒れ果てたラライアの山々を見上げてゴロナーは足を降ろした。

ゴロナーとアルフレーデ、2人の英傑すら驚嘆させる双子の実力。特に姉のディアナ。
彼女の成長は希望よりも畏怖を感じさせる程の速さであった。
ゴロナーの《破龍拳闘術》、アルフレーデの《禅・銃(ゼン・ガン)》。
全く異なる2つの武術を短期間で会得したばかりか、その2つを組合せた新たな武術に昇華させたのだ。

「あやつが進むは…一体何処じゃろうかのぅ…ワシにもさぱーりわからんわい」
目を閉じてそのまま寝転がると、老虎は「ぐがー」と寝息を立て始めた。
それを呆れ顔で眺めながらアルフレーデは懐から1組のカードを取出して卓上に並べる。
昔は占いもよく当たった。
だが、双子のこれからだけは…どうやっても、見通す事はとうとう叶わなかった。



――現代、ガナン北東部
雪残る地を蹴り、ボクは急いだ。こんなに急いだのは久しぶりかもしれない。
姉さんは強い。スターグがどうあがいても姉さんには勝てない。だから急いだ。
スターグが死ぬ前になんとしても姉さんを止めないと…
“彼”と戦う戦力は多ければ多い程良い。それに、スターグならば中央戦線を混乱させられる。
貴重な駒だ、絶対に失う訳にはいかない。
ボクが邪魔をしたら、姉さんはきっと怒るだろうなぁ…もしかしたらボクも殺されるかも…
だけど今は大事な時期なんだ。歴史は変わりつつある。既にボクの知っている歴史じゃない。

おそらく姉さんの仕業だ。でも、こんなのは計画には無かった!!
姉さんは一体何をしようとしてるんだろう。ボクにも全然分からないなんて…
とにかく今は姉さんとスターグだ。絶対に彼を助けなきゃ!!
「ユ…ニ…ゾ…ン!!フィーヴルムッ!!」
ボクの身体が砕け散り、光の粒子に変わる。顕れたフィーヴルムと溶け合う様に1つになる…
この感覚、ボクはこの感覚が好きだ。《霊獣化》の瞬間が、ボクは大好きだ。
《アニマ》と融合する時だけは、ボクがボクという名の檻から解き放たれるからだ。

『さぁ行こう、フィーヴルム!!最速の最果てまで!!嵐の王(レクステンペスト)より疾く!!』
4ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/10(土) 22:28:17 0
――ロックブリッジ橋梁部 PM16:52
なんてこった!!よりによってこんな時に!!ニブルヘイムと戦り合うのは無理だ!!
西の空には胡麻振った様な点が数え切れねぇ…飛竜部隊までご到着ってか!?
タイミング悪いってレベルじゃねーぞ!?
どうやら昨晩の内にちびっ子とリーブの野郎は何処かに行っちまったしよォ!!
「どうすりゃいいんだ!!クソッタレ!!!」


――ニブルヘイム内、CIC PM16:52
私はこの女性が苦手だ。どれくらい苦手かと言うと…怒りを通り越して殺意が芽生える程だ。
「ロンちゃ〜ん♪ひっさー♪」
異様に馴れ馴れしい態度で私をぺたぺたと触りまくるのは、ソフィー=ハイネスベルン中将。
かのマリオラ女大公のご息女であり、へらへらした外見とは裏腹に希代の戦術家…らしい。
増援は無い。そう覚悟していただけに、この女が来た時でも若干嬉し泣きしそうになった。
「あれぇ〜?怒ってるぅ?ねぇ怒ってるぅ〜??」
奇妙なスキップで私の周りをくるくる回り、懐からピロピロと伸びる笛を吹きだした。
喧しい!と一喝してやりたいが、それは無駄だ。過去に何度となく怒鳴って…これだ。
龍人だが体格は華奢…というよりも幼い子供に近い。だがこれでも齢300を越えている。
下に妹と弟が1人ずついるそうだが、はっきり言ってこの女が姉とは不幸の極みだろう。
「今日はね〜♪頑張ってるロンちゃんにプレゼント持って来たんだヨン♪♪♪」
ふふふ、と悪意に満ちた笑顔に私は眩暈がしたが…その数分後、衝撃の余り卒倒した。

《DMX-02ティーガー》、それを得て私はその名の通り“鋼鉄の虎”となったのだ。


――中原、ガルム要塞跡地 PM17:18
辺り一帯に立ち込める煙、破壊の傷痕が広がる中原に佇む影。
公国の猛将、リオネ=オルトルートである。
目の前に広がるこの光景は、武を尊ぶ彼女にとって何の感慨も齎さぬものであった。
「金輪際、私はこのような戦はしませぬぞ?女大公」
憮然として言い放つと、後方の人影へと向き直る。そこにいる人物こそマリオラ=ハイネスベルン。
公王ギュンター=ドラグノフの実妹であり、公国最大の貴族派閥を取り仕切る重鎮。
だがマリオラのような大物が、自らこのような最前線に出てくるのは珍しい……訳ではない。

ドラグノフ公国12貴族、その身分とは似つかわしくない武闘派気質の戦人(いくさびと)だ。
ほとんどの場合、貴族という肩書に惑わされる。しかし公国…いや、龍人は戦闘民族なのだ。
政治よりも闘争。これが龍人の社会であり、文化の根底でもある。
かつての龍人戦争にしても、王であったアーダは自ら軍を率いて先陣を切って戦った。
つまりだ、人間の常識とは明らかに掛け離れた思想故に、龍人達の動向は予測し易い。

「あらあらゴメンね、リオネ。はいこれ、飴ちゃんあげるから許して頂戴な☆」
ニコニコと満面の笑顔。愛らしい少女の様な童顔は、興奮の為か桜色に淡く染まっている。
「やっぱり綺麗になったら気持ちいいわねぇ☆そう思うでしょう?」
「思いませぬ!」
電光石火の即答、きっぱりと言い切った。当たり前だ、このような無機質な闘争に価値は無い。
「リオネは“もののふ”なのね、偉いわ。その矜持を無くしたりしないでね?」
「…………??」
言葉の意味合いが理解出来なかったのか、首を傾げてマリオラを見るリオネ。
「いつか解るわよ。…でも今は時間が無いの、だから私は棄てたのよ。貴女と同じモノを…」
マリオラの顔からフッと笑みが消え、遥か先の何処かを見つめる。
リオネは何も言えなかった。マリオラとて好んでドラッヘを使ったのではないと分かったからだ。

「子はいつか親の元を巣立つものよ、リオネ。その時が来たの…私達龍人に、ね」
5悪魔スターグ ◆9VfoiJpNCo :2007/03/11(日) 03:29:07 0
「……哀シイナ」
全身を包む猛烈な脱力感と圧し掛かるダメージの蓄積の中にあって、スターグの声は穏やかであった。
……雰囲気が変わった?
しかも、初めて口にした言葉が哀しいとはどういうことだ?
「な、に、が、か、な、し、い、ん――ですって?」
額から、口から耳からと鮮血を滴らせながら聞き返すディアナ。
押し気味の展開ではあるが、さすがに体の造りが根本から違う。彼女もまた無傷ではなかった。
一向に崩れる気配のないスターグに、一瞬更なるアニマの行使をも考えたディアナだったが、
「ディアナ」
響く呼びかけに、綻びかけた理性の紐がきつく結び直される。
……名乗ってはいないはず!?

「君達ノ境遇ニハ同情スル。シカシ、ソレハ私ノ誓イヲ果タスニ当タッテノ一点ノ曇リニシカナラナイノダ」
異形の喉から紡がれる言葉は、大きくて無機質で、耳障りで、そして限りなく静かで優しかった。
故に――かは知らねども思う。
いや、感ずるのだ。
逃れようのない絶対的な死を。
「…………ぃっ」
何か自分を奮い立たせることを言おうとして、ディアナは息を呑んだ。
認めたくはなくとも、それは如何ともし難く侵食してくる。
抗いようのない恐怖から、彼女はその光景に息を呑んだ。
――さあ、とくと見よ。
「スマナイ。檻ノ中ノ子ラヨ」
聖人のように語るスターグの背後で、続々と立ち上がるクラックオン達の果て無き勇姿を。
もちろん、生命力の還元など行ってはいない。
……なのに、何故!?
「マタ、君達ヲ殺ソウ」
最後の言葉はひたすらに淡々として、少女の心胆を凍てつかせた。
何かをせねば、動かねば、意識は明瞭にあっても体は冷え固まって震えが止まらず
そうよ! アニマ! アニマ! 今すぐにでも、また……!!
「あ……あぁ……!」
結局、
「悪魔……」
この一言が言えただけ。
これ即ち、恐怖の虜の自明也。

正体不明の圧搾感が体を突き抜けるのを感じ、少年は駆ける速度を無理にと上げた。。
一向にまさかまさかと信じない頭を、何度も何度も振り被り、少年は締め付けられる胸のままに駆けた。
虚ろな顔で大の字なった姉と、見下ろし佇む悪魔の構図に、一切の考えを失ってしまう。
それは、悪夢でも見たことのない、姉の敗北という虚飾なき事実であった。
6万里行の再開 ◆9VfoiJpNCo :2007/03/11(日) 03:34:42 0
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
そう叫んだつもりだったが、実際に何と出たかは知る由もない。
余裕もない。
人生を振り絞って少年が踏み込む。
「――っは!?」
これ以上ない力が込められた足は、その一瞬の後には嘘のようにもつれて転げた。
スターグの左肩から発せられた鋭い衝撃波が、カウンターの形となって少年の中心を抜けたのである。
最小限で最大限を発揮する絶妙にして極速なる一打ち。肉なる人の形をした者であるからには、効かぬ道理が見当たらぬ。
……冷静でさえいれば……っ!!
詮無きことは百も承知。
奪われた少年の息が回復するまでに、どう少なく見積もっても一分以上。
姉妹そろっての、取り返しのつかない苦い結末であった。

「……何故?」
「経験ダ」
短く、無感情な答えには耳を貸さず、ディアナは涙無き泣き言をつづった。
「何が、トントンよ。……酷いじゃないの…こんなのって酷いじゃないの……」
恨み言まで、口にしてしまった。
「誰も彼も……嘘吐きだわ」
……いいぞ姉さん。何でもいいから、とにかく時間を稼いで……っ。
一縷の望みを叶えるべく我が身に活を入れる弟の必死さに、以心伝心のはずの姉からの応えはなかった。
「ねえ、不粋な人。教えてくれる?」
スターグ、黙して拳を振り上げる。
その威力は、瞬く間に二人を灰燼とせしめるだろう。
もはや、強く問いかける力もない。
「名前を知っている相手に、冥途の土産くらいは持たせてあげるべきではなくて?」
怯えて竦む余地すらなかった。
ただ、虚ろな呟きを漏らしただけ。
彼の手が止まったのは、果たして何故であったのか?

彼女は訊いた。そして聞いた。その言葉は今味わった敗北と相まって二人の心魂に深く深く染み入った。
ならば、然り。
――なかったのだ。
「そんな……それじゃあ、僕達は――」
「ほんと、酷いを通り越して間抜けな話……」
この優しき悪魔に勝てるはずなど、最初からなかったのだ。

芒洋と伏せる囚われ子達を残し、万里行は続く。
まずは一路、ガナンへと。
それは、最も多くの者に鮮烈をもって認識された最終神話の幕開け。
クラックオンの万里行、第三戦《ガナン倒壊戦》へと続く道であった
7厄災の種 ◆F/GsQfjb4. :2007/03/11(日) 15:21:43 O
…俺はどこにいるんだ?…あれからどうなったんだ?
……あの犬野郎には…勝ったのか?

あぁ…負けたのか俺は…なんであいつは死んじまったんだ…
あれじゃ勝ち逃げじゃねぇか…ちくしょう…

「ずるいぞクソ犬野郎!!!!」
跳ね起きたリッツが、勢い余って天井に顔面を激突させた。
「…ッ!?」
痛みで声にならない呻き声を漏らし、慌てて辺りを見回す。そこは暗いどこか。
まるで棺桶のような…暗く狭い箱の中。
「オイ…こりゃ一体何だ?」
天井を力いっぱいに押してみるが、びくともしない。
相当に頑丈なのか、最初から開く構造ではないのか…リッツにはわからない。
「くそ…出しやがれ!!」
ろくに身動きできない狭さだったが、思い切り殴りつける。結果は同じ。
「あ〜ダメだ…腹へった…力が入らねぇよ…」
独り言に返事をするかのように腹がグーッと鳴り、空腹を改めて実感する。
生きている。少なからず死んでいるという訳ではなさそうだった。

目を醒ましてから数分は経っただろうか。リッツは“ある事”に気が付いた。
暗闇なのに、ちゃんと目が見える事。この中に光源は存在しない。
しかし何不自由する事なく、目が見える。
「てか普通は真っ暗だったら見えねぇよ…なぁ?」
得体の知れぬ不気味な感覚に、リッツは思わず身震いした。
とにかく情報が全く無いのはまずい。だが情報収集しようにも、まるで情報が無い。
無機質な石に似た感触の箱に閉じ込められているという以外には。
「どうすんだよ…このまんまじゃ腹減って死ぬぞ俺」
『そうだな、餓死なんざ間抜けのやる死に方だ』
突然頭の中に響いた声に驚いてリッツは周りを見るが、誰もいない。
『おいおい、そこじゃねえよ。テメェの中だよアホタレ』
心なしか苛立った声色、謎の声の主は続ける。
『ったくよぉ…最悪だぜ。入った瞬間死にやがって、感謝しろよ?オレが生き返らせてやったんだぜ?』

石の棺が砕けて、その中から立ち上がったのは…リッツに“似た誰か”だった。
「ん〜…いい体だな、よく動くし頑丈だ。便利なオマケもある」
『……え!?ちょっと待てコラ!!なんで俺は俺じゃなくなってんだ!?』
「うるせーなぁ、ちょいと借りるだけだからよ。我慢しやがれってんだ」

リッツに“似た誰か”は、吐き捨てるように言い切った。
8ハイアット ◆uNHwY8nvEI :2007/03/11(日) 21:04:05 0
「友情パワーをお前に身をもって教えてやる!!いくぞ!!」
「ひっ!?」
そう、いま僕が使おうとしているのは、最近自分で作っちゃった特殊弾頭コード番外編、
その名も“燃える友情 男祭り!!!”(いま思いつきで付けた)
ちなみに自分もまったく効果がわからない!!
だけどトリガーを引く指に迷いはない、むしろ効果がわかって一石二鳥!!
改造に使った弾丸は殺傷能力0だし、

死 に は し な い だろうからね!!

そして銃が弾頭からのコードを読み取る、もう後には引けない!!
銃が光り輝き辺りを真っ白にする、今までに見たこともない眩い輝きに目を覆いながらも
僕は少し弾丸の効果に期待をよせる、少しずつ光が収まってきたと同時に、目に映ったのは凄惨な光景だった……。

「ふんっ!!ふんっっ!!」
「ぎゃああああああぁぁ!!!」
頭にバナナを乗せたフンドシ一丁の筋肉もりもりの男達がバチを持って青龍刀を持ったホビットのお尻を
手加減無用の力で叩いているのだ、背中にきらめく「友情」の刺青が眩しい……。
「「「「うええぇぇぇぇぇ!?」」」」
その場にいた全員が叫ぶが、撃った僕でさえもう何がなにやらさっぱりです……。

「許してぇぇぇぇぇ!!」
「ふんっ!!ほいさっ!!!」
このなぞの光景は数分にも及び、筋肉たちはまるで蜃気楼のように消えて行き、
後に残ったのはお尻を真っ赤にして泣くホビットだけ、なんだかものすごく取り残されたような気がする。
「………なあ………」
リーダーのトムがこの重苦しい空気のなか口を開く。
「……お前の持ってるそれ……一体どういう構造して……」
トムの疑問に、他の人たちも少し反応を示す、なんだって銃の中にあんなのがいたのか、
だれだって気になる、だけど持ち主の僕ですら分からないこと、だれがわかるというんだろうか。
「さあ、僕も分からない、ただ、もう一発あるんだコレ……もう一発だれかに撃ってみれば……」

「あ、そうだ!ラヴィちゃんの方はどうなってるんだろう!!早くしないと!!」
「そうだったねパル!!ほら!バカもボーっとしてないで早く行くよ!!」
「大丈夫でしょうかラヴィさん…」
「あの子供か、もうこうなったら俺らも行くしかないな、野郎ども!!」
「「「はい兄貴!!」」」

みんな走っていくのを見て僕も走り出す、きっと知らない方がいいこともあるんだ。
みんなの態度をみて、僕はそう思った…………


9ジーコ ◆ZE6oTtzfqk :2007/03/11(日) 21:47:42 0
どうするんだクソが、まともに戦えるような相手じゃねえぞ。こっちはゴレム戦の素人だ。
逆立ちしたって勝ち目なんざまるで無ぇ、だが・・・。
「・・・踏ん張るしかねぇよな!!」

俺は急いでキャンプまで走った。このロックブリッジが架かっているのはライン大河。
ゼアド大陸を緩やかな斜めに横断する最大級の河川だ。
東のベルバッツから西のロイトンまで、繋がっているが、その間には山がある。
源流だ。川ってのは高い所から低い所に向かって流れるもんだ。全部まっ平らじゃない。
昨日から川の水かさが増え始めてるのは、上流に何かあったからだろ。
例えば大雨が続いたとか、ダムが決壊したとか、いろいろな。

このロックブリッジにも水門がある。ここから支流に農業用水を渡すための水門だ。
早い話、このロックブリッジはちょっとしたダムみてぇなもんだ。水量は満杯に近い。
「ここから全部水をぶちまけりゃ、連中は迂回しないと大損害だ。」
俺の提案に皆が黙り込んだ。そりゃそうだ、だが無茶苦茶言ってるのは承知済みだぜ。
「面白い案だの・・・じゃが、間に合わんと思うがの?」
橋の見取り図をのんきに眺めてたシャム子に答えたのは相方のギルビーズだ。
「普通なら、ね。でもゴレムの砲は飾り付けじゃないわ。ドカン、これで解決。」
「乱暴だの・・・。」
「だけどよォ、ちまちま水門を全部開けて回るとなりゃ半日はかかる。それでいこう。」
作戦が決まったその時、すさまじい地揺れと爆音がテントを揺さ振った。


信じられるか?とんでもないデカさの火柱が、何本も立ってたんだよ。
中央戦線に何かヤバイ事が起きたに違いねぇが、一体どうやったらあんな風になるんだ?
ざっと見る限りでも、範囲は数十kmは確実だった。
メロメーロの北部からライン大河沿いの中原全域が火の海みてぇに赤く燃えてやがる。
夕日も手伝って、空は真っ赤だった。血をぶちまけたような、真っ赤だった。

「ジーコ、上流にも水門はあるかの?」
尻尾を膨らませながら、仏頂面でシャム子は赤い地平を見つめ続けるが・・・。
「あぁ、確かメロメーロの方に水路網があっ・・・たってまさか!?」
悪い予感てのは皮肉にもドンピシャだ。遠くに地鳴りのような音が聞こえるじゃねーか。
「うぉい!!ギルビーズ!!急げ!上流から津波が来るぜーっ!!!」

『川』なのに『津波』ってのは変な言い方だが、河川幅22kmのライン大河をナメちゃいけねえ。
俺達目掛けて迫って来る水の流れを見りゃ分かるさ、ありゃどう見ても『津波』にしか見えねえだろ?
どえらい事になってきやがった!だがチャンスだ、こいつが上手くいけばロンデルは腰抜かすぜ!!!
10東風再起 ◆LhXPPQ87OI :2007/03/11(日) 23:11:08 0

ナイトギルドの定例役員会が終了し、「緑の鯨亭」二階の貸部屋には
新任ギルド長とルドワイヤンだけが残った。秘密会談に見送りはない。
上座に座る丸眼鏡のギルド長が、料理の半分がた残された食器を自分の側へ引き寄せて空間を作ると
酒の臭いが染み付いた宴会場のテーブルに、優男風の青年――ルドワイヤンが大陸地図を広げる。
大量の書き込みで半ば塗り潰され、中原の周囲など地名もろくに読めないような地図を眺めて
「こうやって、おっ広げちまうのは簡単ですがね」
ルドワイヤンが呟く。若白髪の目立つ黒髪は、定例会の準備で駆けずり回った数日で水も浴びていない。
黒い地図にはらはらと落ちる自分のフケを、神経質に吹き払いながら
「いざ畳む段となると、みんな決まって尻込みしやがる。火が――」
ペンとインクをギルド長の手元に差し出し、自分もテーブルに着く。
「大き過ぎたのと違うか?」

「どの火が? ヒトのか、それとも龍人? 神様か」
ギルド長は眼鏡を外し、インクに汚れた白衣の袖で油じみた顔を拭う。
無精髭が擦れて音を立てる。やや長い顔を、広い額から、四角い顎まで、丁寧に拭き下ろした。
見た目には齢三十ほどと言ったところで、短く刈り込んだ髪にはやはりフケが散らばる。
「全部だよ。グレナデアだのジャジャラだの、ああいう力はさ、使ったら最後
もう自分が何をしたいのか、したかったのか、分かんなくなっちまうんじゃないかって」
「火に当てられて?」

ルドワイヤンは充血した眼を横に滑らせ、やや眠たげなギルド長を見た。
二人とも夜通し、日通しの会議にひどく疲れてはいたが、定例会の直後で仕事は山積みだ。
会話で眠気を忘れようと、ルドワイヤンは盛んに口を動かした。

「例えば俺の病気みたいにさ、振り回されるんだよ。
有り余る力というか……自分の身体と比べて、荷が勝ち過ぎてしまうというか。
口にするのは簡単だぜ? 一瞬で何千里かを焼き尽くす、敵の何千人かを殺せる。
使った奴はその、一瞬で焼け野原になった何千里とやらを、一歩でまたげる巨人じゃない。
殺された何千人分の人生について、知り尽くしてる訳でもない。道具で手足を延ばしたんだ。
けどよ、そういう手合いに限ってまるで自分自身が、自分の存在ってやつが直にそれをしたみたいに話すんだぜ?
曰くは力、力、力! 自分の『力』、それこそ自分自身だと思い込む。
力があるからそれをする、力がなければそれをしない。
目的の為に手段を選ぶんじゃない。予め用意されていた手段に、適当な目的を見繕うんだ」
11東風再起 ◆LhXPPQ87OI :2007/03/11(日) 23:12:27 0

演説が長過ぎる、とギルド長はかぶりを振った。徹夜明けの興奮状態は彼には訪れていない。
貸部屋の南窓は彼の席の真向かいで、夕陽はカーテンを越してもなお眩しい。欠伸混じりに続きを促す。
「して、結論は?」
「この戦争を動かしてるのは、俺が今言ったみたいな、力の奴隷どもだよ!
昨日のゼロと、ノンサンミシェルからの報告を読む限りはね」
青年の熱弁に、ギルド長はただ肩をすくめる。
「それも生き方なんだろう。龍人にとっては、特に」
乾いた笑いで受け流すギルド長に、しかしルドワイヤンはますます語気を強める。
目付きが変わる。正しく飢えた獣の眼、と呼べば月並みか、ギルド長は考えた。
「だが俺たちは人間だ、力は手段であって目的じゃない。
俺たちが、この世界で、生き残るには邪魔なんだ。信じる正義もない、暴力の権化どもが!」

ルドワイヤンが両手でテーブルを叩いた拍子に、端に寄せてあった皿が何枚か落ちて割れた。
こぼれた料理がギルド長の白衣を汚し、ふと我に返ったルドワイヤンは顔を赤らめ
「すみません」
席を立ち、ギルド長の後ろに回ると汚れた白衣を脱がした。
壁掛けに移してみるとどうも元よりの汚れが激しく、新しいソース染みは大して目立たない。
料理をこぼしたお陰で、ようやく洗濯する機会が出来た。青年は内心ほっとしていたが
「危ういな。お前さん、旅先で一体何を見てきた?」

背後から浴びせられた一言は、彼の目を再び獣の眼に還す。席に戻り、
「旅先の出来事は、俺よりもむしろあんたのを聞きたいね。どうして、どうやってこんな再就職を?
ついでに訊くけど、剣は大して上手くもない、学もない、人狼病の出戻りを何故誘った?」
元「蠍の爪」のルドワイヤンはメロメーロへの帰途、その男と出会い、ナイトギルドに雇われた。
山賊上がりのよしみではあるが、現役時代の付き合いなどまるでない。
そんな彼をいとも簡単に迎え入れた、男の真意を測りかねていた。男はゆっくりと、噛んで含めるように答えた。
「私はお前のようには熱くなれない。
だからお前と居る事で、初心を失わずに済むかと思ったんだ。自分の強さは――」
ギルド長はおもむろに椅子へ背を投げ出し、天井を見上げる。
「自分の強さは、自分のものだ。他の誰かに使われるものじゃない。そう言った男が居たよ。
私も思うんだ。およそこの世に不要な力というものがあれば――」
12東風再起 ◆LhXPPQ87OI :2007/03/11(日) 23:12:57 0

「私が戦う気になった理由も、そこにあるんじゃないかと思う。
お前が言う、巨人気取りの剪定者は我々を顧みないが
同じ巨人の鋏なら我々も持っているんだ。気付かせてやろうじゃないか。
先代のギルドマスターには悪いがこの鋏、是非とも私闘に使わせて貰う。
人類の未来の為、となれば言い訳にもなるだろうか?」
「正義の味方だな」
「そんな小綺麗なものではないよ」
ルドワイヤンはテーブルの中原へ乗り出す。中身の入ったグラスを、巻き癖のついた紙の上に置いた。
「料理も酒も勿体ないな。先代は貧乏だったんでしょ?」
「清貧の伝統が乱世で通用するか? 私は人間で俗物、必要な金を集めただけだ」
ギルド長もポケットから、何か小さな石のようなものを取り出して重石にした。
青年が証書の写しをざっと一束、ギルド長へ手渡すと、原本を朗読しつつ、地図に爪でアタリを入れる。

「マインドコントローラーは傭兵ギルドの農民軍一万とナバルに一万、メロメーロは二千。
予算案も無事可決した事ですし、目標数の達成を急ぐとしますか」
ギルド長は笑み、インク瓶の蓋を開けてペンを突っ込んだ。
「ときにノンサンミシェルの『味方殺し』は信用出来るでしょうか、『東風』さん?」
「こちらの駒が揃うまでは、泳がせておけ。リッツの件なら問題ない」
ペンを地図に走らせる。手甲「スペキュラル」の破片が、東南の洋上に浮かぶ。
刃の欠けたククリと共に最初はとんだ荷物だったが、今となっては嬉しい贈り物だ。
「ああ、問題ない」
13アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/03/11(日) 23:30:56 0
「全力で抱きしめるだけです 力だけを信じるなら耐えて見せなさい!! ウォオオおおおお・・・・愛を知りなさい!!」
数人のホビットを思いっきり抱きしめて愛の説得を続けておりました。
「アニキィ・・・・・今・・・・助けにぃ」
こんな状況でも、仲間を助けに行こうとする意志・・なかなかに素晴しいものでございます。
ですが、その兄貴さんは今 まさにハイアットさんの銃口を眼前に突きつけられて・・・・・・
辺りが白み、そしてまた光が和らいできた時、その光景に不覚にも私は手を緩め、愛説いていたホビット達を落としてしまいました。

「な、なんでしょうか・・・・・これは?」
「あ、兄貴?」
ホビットさん方その光景を唖然と見つめておりました。
泣き叫ぶホビットのお尻を力一杯叩く筋肉隆々の男達・・・・・・・・・・・・・

世の中にはあまり知らない方がいい事もあるんでしょうねぇ・・・・・・
うやむやの内に皆様はラヴィさんの向った方向に向いだしました。その途中、あのホビット達が気になった私は
「皆様、先に行って下さい 私はあのホビット達を見てきます。」
また、先ほどの場所に引き戻したので御座います。

「ひっぐ、うぅ・・・・ぐす・・・・」
木の陰から気がつかぬようこっそり覗くと先ほどお尻を叩かれてたホビットさんを仲間が心配そうに取り囲んでおりました。
「あ、兄貴・・・だ、大丈夫か?」
「いたいよぉ・・・・あいつ等・・・コロス!!」
まだ反省されてなさらないご様子、きつくお灸をすえなければと思っておりましたら、
「誰だよぉ、肩叩くのは・・・・・」
何か揉めてるご様子、さらには、なんかぼんやりと影がホビットさん達の回りに見えるような?
「だから肩叩くのは誰だって・・・・・ひぃいいいいいいい!!」
影がくっきりとさっきのバナナ筋肉隊になって、今度は全員のホビットさん達のお尻に容赦ない攻撃を加え始めました。
「痛い!!痛い!!」
「助けてーーーー!!」
あ、背中の刺青が『二段構え』に変わってる。
なんか大丈夫そうですね、とりあえず、皆さんの後を追いましょうかと思いました。

その途中、そう言えばシスター・キリアのお部屋を掃除してた時、こんな感じの内容が書かれた本が大量に出てきたのを
ふと思い出してしまいました。もしかしたら、あの光景をみたら大喜びするかも知れませんね。
14イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/03/12(月) 02:29:39 0
イアルコは、つくづく自分の立場というものに疑問を持った。
変態のトルメンタや相性の悪いジェマはともかく、メリーは自分のメイドではないか。
それなのに……である。
「どうして、余が先頭なのかのう?」
「私には年老いた両親がいるもので」「わかっておらんな、イアルコ仮面。我輩は皆の後ろを守っておるのだ」
「いや、むしろ余の前を守ってほしいんじゃが……」
「坊ちゃま、メリーは自分が一番可愛いので御座います」
いい性格してんじゃねえか、お前ら。
「うむ、気が合うの。余も誰がなんと言おうと自分が一番可愛いぞ」
まあ、人間結局はそんなもんなのであった。
一番非力な坊ちゃま、みんなに押されて泣く泣く先陣を切る、の巻。

「おお、そういえば閂が掛けられておったのではないかな!? 余の力ではとても――」
往生際悪く言いながら扉を押してみると、期待した抵抗はなくスムーズに開いていく。
「ひえええええええええええええ……?」
「さあ」「さあ」「さあ、坊ちゃま」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」
「うるさい馬鹿者どもが! 黙って見るがいいぞ! 余の勇気をな!!」
「そのような文字、坊ちゃまの辞書には御座いませんが――」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ死ねえええええええええええええええええええええええっ!!」
これ以上は聞いていられねえとばかりに、懐から取り出したハンマーを振り被って突撃するイアルコ。
「死ね〜〜〜〜!! 死ね〜〜〜〜!!」
威勢のいいセリフの割には、しっかと目など瞑って手当たり次第に振り回す、堂に入った小心者ぶりである。
「死にええええううううおおっと足を挫いた!? ええい、気の利かん奴らめ!! 誰か手を貸さんか!!!」
「それはできません、坊ちゃま」「なんでじゃ!?」「汚くて」
「なにぬねっ!? 誰が汚いじゃと!? 美少年貴族の余が汚いのなら、お前らは何じゃ!? 病気持ちかっ!!」
「いえ、坊ちゃまではなく、お部屋が大層汚いので御座います」

「へ?」

メリーに言われて、やっとイアルコはまともに部屋の中を見渡した。
なるほど、確かに汚い。
埃が積もりまくっている上に、部屋中のあちこちに白濁した粘性の液体が引っ掛かっているのである。
見ると、床にも大量に。
「なんじゃこりゃ? 変な臭いじゃのう」
まるで大樽の中身でもぶちまけたかのような惨状だ。なのに、容器らしき物は見当たらない。
「それより、あのダルマ親父はどこへ行きおった? ぶっ飛ばすのは勿論じゃが、まずここの掃除からさせてやらんと」
「坊ちゃま」「ん?」「上で御座います」「…………」
ここで立ち上がり、わざとらしく衣服の埃を払う坊ちゃま。
「そうか、では行こうかの」「上で御座います」「んむ」「上で御座います」「苦しゅうないぞ」「上で御座います」
「……メリー」「上で御座います」「余は見たくないぞ」「上で御座います」
根競べでこのメイドに敵うはずもなく、イアルコは徹夜明けの朝日を拝むような目で天井を見上げたのである。

もちろん、漏らした。
15イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/03/12(月) 02:34:08 0
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!??!!」

一度でも見てしまうと、不思議と釘付けになってしまうのが怖いものというやつの特性である。
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
イアルコもそんなご多分に漏れず、実にフレッシュな悲鳴を上げていた。
天井にあったのは、ダズート将軍の死体である。
正確には、天井に張り付いた死体というべきか。
骨と皮だけになって歪んだ死体。さっき無駄に活き活きとしたその姿を見ているだけに、ショックの程は凄まじい。
しかも、ちょっと見ない満面の笑みなんて死に顔で、尚更の恐怖であった。
「メリー! 死因は何じゃあ!?」「恐らくは、腹上死はかと存じます」「それは何じゃあ!?」
詳しい説明を求めるイアルコの耳に、ジェマの情けない悲鳴が飛び込んでくる。
やっと死体から目を離すと、液体塗れの床をうつ伏せに滑り込んでくるジェマの姿。
そして、その背中を足場にして坊ちゃまの目の前に到達するメリー。続いてトルメンタも跳んでくる。
自分も同じ事をしたに決まっているだろうから、酷いと言う気はサラサラないイアルコであった。

「坊ちゃま、腹上死とはですね……」「ふむふむ……うん。……え? それじゃあ、このドロドロは?」
「左様で御座います」「……で、何で天井なんぞに?」「勢いが凄かったのではないでしょうか?」「だから何の?」

耳打ちで大人のレクチャーを受けるイアルコの肩を、トルメンタが叩く。
「イアルコ仮面、この文書にだけ埃もスペシウムもついていなかったぞ」
「スペシウムって何じゃい」「ハッハッハ、聞きたいか?」「いや、どれどれ――ふむ」
封蝋を見た途端にとぼけた色をなくす坊ちゃま。すぐに切って、実に自然とカッコよく広げる。
「ジェマ」「…………何だ?」「大至急リオネに知らせよ」
口に入ってしまった液体を涙目で拭っていたジェマだったが、イアルコのいつになく真剣な声に顔を向ける。
「後片付けは誰かにか任せ、取り急ぎガナンに向かえと」
そこにいるのは、誇り高き龍人貴族の名門の子。
「余の試算では、遅くとも四――いや三日以内に到着せねば、また我らは遷都の憂き目に会う事になるぞ」
皮肉の歪みをみせる口元に、冗談じみた影はなかった。
決して、お前今漏らしてんじゃん、とか言っちゃいけないぞ。

果たして、文面には何とあったのか?
とにかく、坊ちゃまのガナンへの帰還は驚きの短時間で成ったのである。
16ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/12(月) 15:37:08 0
――13日前ガナン地下臨時格納庫
「マイラ遺跡?」
訝し気な声で黒騎士が目を丸くして、幼馴染みの顔をまじまじと見た。
無理もない、これより目指すはてっきり中央戦線だとばかり思っていたからだ。
「事情は行く途中で話すわよ、とりあえず準備して」
レジーナはそう言うと破滅の権化を見上げる。その名はグレナデア、聖獣を屠るモノ。
古の昔より現代に甦りしグレナデアは、再びその力を取り戻して檻を発つ時を待つ。
「だが軍部はどうする?発掘兵器運用の全指揮権はミュラーが…」
「平気よ。あいつらは計画を繰り上げたから」
「計画?」
この幼馴染みは何をどこまで知ってるのだろうか。
黒騎士はふと、淋しさに近い感情が込み上げて来るのを感じて、思わず頭を振る。

(いや、レジーナはレジーナだ…何も変わっちゃいない…)
そう自分に言い聞かせ、軽い足取りで先を行く幼馴染みの後に続いた。


――10日前、ロイトン沖47km海底
グレナデアは深い水の底を進んでいた。底砂を巻き上げながら、古の都を目指して。
ガナンから出るのは黒騎士が想像していたよりも遥かに楽だった。
マリオラ=ハイネスベルンの勅令、これだけで一切の障害が無くなったのである。
しかし黒騎士はその状況に不信感を募らせた。
どう考えても妙だ、まるで軍部が根こそぎ入れ替わったかのような動きだ。
アイゼンボルグ家の息がかかった機工師団でさえも、何故か司令系統が分断されている。
(一体…公国に何が起きているのだ…)
胸の奥に靄が立ち込めた気分、黒騎士は深い溜息と共に眠りに落ちた。


騎士を志し、ディオールは幼い頃より想像を絶する鍛練に鍛練を重ねて生きてきた。
王を守護する漆黒の楯、それこそがライヒハウゼン家の存在理由であったからだ。
故に、久しく生まれなかった黒の龍鱗を持つ子であるディオールは、家の期待を一身に受けた。
そしてディオールもその期待に応えるべく、日々精進を続けた。
だが本当は違っていた。ディオールは黒騎士の称号や名誉など欲しくなかったのだ。
唯の一つ、国を護る楯であればそれで十二分だったのである。

公王ギュンター=ドラグノフはディオールにとって、非常に胃の痛い君主であった。
頭も切れる上にでたらめに強く、それでいて悪戯っ子。こと君主として最悪の部類に入る。
「なぁ黒騎士、お前には夢があるか?」
ある日突然家にやって来て、玄関先でギュンターが言った。意味が分からない。
素直に「まだよく分からないです」と答えたら、ゲンコツが降ってきた。理不尽である。
「若者のくせに夢が無いって…こりゃダメだな、この国の将来は暗いねぇ」
いくらなんでもそれはないだろうと思ったが、決して口には出せない。当たり前だ。
しかしディオールは自身すらも驚くような返事をしてしまったのだ。
「ならば陛下には…夢はございますか?」
殺される!と死を覚悟したディオールだったが、返ってきたのは優しい声だった。
「そりゃあるぞ、この世界から争い事を全部無くすって夢がな。どうよ?俺すごくね?」
無邪気に笑い自信たっぷりに言い切るギュンターの姿を見て、ディオールは言葉を失った。

  この世界から争い事を全部無くす。

そんな事が本当にできるのかと思ったが、不思議とこの男が言うと実現可能に思えた。
ディオールはその夢に少しでも貢献したいと願った。

そしてギュンターの“夢”は、その日から実現に向かい動き出す。
ルフォンという小国が地図から消え去り、ドラグノフ公国の大陸制覇…侵略戦争が始まった。

17アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/03/12(月) 22:34:41 0
私が召喚した小さな恒星が暗い通路を照らす。
ここはメロメーロの街、北側の大穴の底。
30分以上かけてゆっくり落ちた私達は、内部へと通じる通路を歩いている。

「さっさとくたばらんかい!こんボケがぁ!」
息を切らしながら動かなくなった【それ】を見下ろすリーヴさん。
剣を振るえるほどのスペースもなく、ダガーでの格闘戦を余儀なくされてかなり疲れているようだ。
足元には死体の他に薬のビンが転がっている。
「なあ、あとどんなけあんねや?なんぼドーピングしたというたかて流石に辛ろうなってきたで。」
私達は既に6回目の襲撃を受けていた。

長さは3m程、太さは50センチを越える、大ミミズに。
ミミズもここまで大きくなると十分な脅威となる。
鋭い牙と麻痺の毒が付いた針、360度、あらゆる場所から襲ってくるのだから。

リーヴさんは自分で改良した【オーガの汗】、という薬を飲んで次々にミミズを倒してれた。
【オーガの血】を改良したもので、効果は減るものの持続期間は飛躍的に伸び副作用も少ない優れもの。
そんな風に笑っていた余裕は既にないようだ。
「まだもうすこし、あるはずです・・・」
「おいおい、ほんまかいな。こないなミミズが出るんやったら炎の爪や不動の砦を連れてきた方がよかったんとちゃうか?」
「や、でもソーニャさんもジーコさんも軍を動かさないといけないから・・・」
「さよけ。ワイはいてもいなくても変わらん下っ端ですから?」
「や、そんな。あの、ジーコさんは大きすぎるし、ソーニャさんの炎はこういった場所には向かないので・・・
そ、それにですね、見てください。ラタガン渓谷で大規模な火災が続いています。
これが激しい上昇気流を起こして、低気圧となって中原に来ます。
ここでの作業が成功すれば低気圧は発達してライン大河は大増水。
僕たちを悩ませている水陸両用ゴレムも、今日来る飛龍部隊も動けなくなります。」
太極天球儀で色々な画像を出して見せながら説明しようとしたけど、途中でやめた。
リーヴさんのげんなりした顔のせいというわけではない。
私の義眼が地中を移動する無数のミミズを捕らえてしまったから。

「大層な作戦をありがとう。その脳みそでここを突破する作戦も考えてあるんやろ?」
「・・・え・・・あの・・・」
リーヴさんも気付いたようで、話を振ってくるけど、私にはどうしようもなかった。
既に無数の巨大ミミズに囲まれてしまっているのだから。
「おいおい、お前操術師やろ?一気にこいつら吹き飛ばす大技ないんかい?」
「そんなものここでやったら生き埋めになります!」
二人でぎゃーぎゃー騒いでいるのを楽しむかのように、巨大ミミズはゆっくりと壁や床、天上から身を這い出してくる。
ミミズの麻痺毒は運動神経のみ麻痺させるので、痛覚や意識を保ったまま貪り食われる事になる。
18アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/03/12(月) 22:35:24 0
「やれやれ、仕方がないの。」
どこからかしわがれた声がする。
どこから?
きょろきょろと辺りを見回していると、足元からもうもうとした煙が立ち込め始める。
その勢いはあっという間に通路に充満。しかも刺激臭で苦しい・・・
「とりあえずまっすぐでいいのじゃな。そこのも、ちゃんと着いてまいれよ。」
何かに抱えられる感覚とどこかで聞いた声。直後、私は身体が風になるような錯覚に陥った。

どれだけ走ったのだろうか。
尤も私は抱えられて移動していたわけだけど。
時々聞かれる「次は?」という問いに、太極天球儀によって導き出される方向を短く応えるだけ。
不意に移動が止まり、床に下ろされた。
「あやつらは嗅覚で獲物を察知するからの、ああいうときは煙玉で煙に巻くのが一番じゃて。
とはいえ儂にとっても煙弾は辛いのじゃがのう。」
「あ、あなたは・・・」
「はー・・・はーー・・だ、誰やこいつは。知り合いかいな?」
「おお、着いてこれておったとは感心感心。」
涙目で鼻を擦りながら話していたのはルフォンで会ったコボルドのお爺さん。
おそらくは公国の人・・・。
「なんやて!敵かいな!ってこんな所で構えてもしゃあないわな。助けてもろたわけやし。
とりあえずありがとさん。」
コボルドのおじいさんの事を紹介するとリーヴさんは一瞬構えるも、愛想よさげに挨拶をしている。
喧嘩になるのではないかと心配したけど、大丈夫そうで安心した。

こうして三人になった私達は地下行動を進むことになった。
どうしてここにいるのか、どこから着いて来たのか、色々聞いてみたけど結局ははぐらかされてしまう。
「今この場でわからなあかんことでもあらへんから。」
なんてどうでもよさげに話を切り上げたリーヴさんだけど、その目が一瞬すごく冷たい目になったのは見逃さなかった。

それから数回の戦いを経て、ようやく坑道を抜け出した私達の目に映ったものは・・・
古代セレスティア文明、天地六各都市が一つ地底都市イルシュナーだった。
リーヴさんとシヴァさんから感嘆の声が漏れる。
ドーム状に穿たれた地下空間。
外壁が崩れ、半分近く埋まってしまっているというのに、その広さは多分地上のメロメーロより広いと思う。
そして中央にこの空間を支えるように聳え立つ巨大な柱。
「ようやく到着です。あの柱、セントラルドクマが目的地です。行きましょう。」
私達が出たのは外壁部分。床までは数十メートルの場所だけど、降りる必要はない。
自転航法を使って直接セントラルドクマへと飛んでいった。


セントラルドクマについてからは今までの苦労が嘘の用にスムーズに進めた。
都市機能は未だに生きており、動く床、階段、上下に移動する箱。
移動する手段は不慣れなもので驚いたけど、とても便利なものばかりだった。
何度かの乗り継ぎを経て、私達はセントラルドクマの地下。中央制御室へとたどり着いた。
「コード、【エンパスアビー】【ヒスロス】【ミーア】【トライバル】」
扉に手をかざし、コードを発すると最後の扉が音もなく開いた。

「やっと着いたな。腹具合からすると今昼ちょい過ぎか?で、ここで何をするつもりなんや?」
「今から衛星軌道都市ライキュームを帰還させます。」
「???」
「セレスティア文明崩壊の際に軌道をはずれ星界を彷徨っている天空都市です。
僕たち一族は700年前に既にその座標を補足しています。ここの施設を使えば、帰還させることも可能、なのですから。
今から術を行えば、夕方くらいには帰還させることができます。」
リーヴさんに応えながら太極天球儀を展開させ、中央制御室の魔道演算装置とリンクさせていく。
19アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/03/12(月) 22:35:49 0
作業は進み、後は都市装置がライキュームを帰還させてくれる。
「もう大丈夫です。あとは放って置いても都市機能がライキュームを帰還させてくれます。
帰還の影響で気圧と重力に変動が起こり、低気圧は発達して中原全域に大嵐を呼ぶでしょう。」
「ようわからんことばっかりやけど、・・・一番わからんのはお前やな。
チビ、お前なんでこないなことしっとるんや?お前・・・何者や?」
作業終了を待っていたかのように問いかけられる言葉。
その目は恐ろしく冷たい。
「このお嬢さんの一族はの、遺伝子レベルでの知識継承を可能としておるんじゃ。
つまりは1000年50代知識の結晶・・・
とはいえ、行動や知識に不自然なものが多いのう。」
「え・・・あ・・・」
室内の演算装置が勢いよく動き出す中、私は思いがけずかけられた問いに答えられないでいた。
どうして私は知っているのか・・・ライキュームを帰還させることはどんな結果をもたらすのか。
なぜ今ここにいるのか。その答えが全く自分の中にないのだから・・・!

###################################
星界にて
静寂の世界に漂う衛星軌道都市ライキュームに光がともる。
一万二千年ぶりに灯されたその光は、都市に生命が戻るかのように。
ゆっくりと動き出す。故郷にかえる為に。
そんなライキュームに先行する一匹の蛇がいた。
まるで群れの斥候のように前に行く青蛇琴が・・・

###################################
イルシュナー祭地下・地脈霊子炉
青白く光る霊子炉の前で黄金の仮面の人物が佇んでいる。
複雑な魔方陣と装置の中心に立ち、上を見上げる。
『なかなかどうして。よく動いてくれる。
されば此方も刻との約定に従いて運命の歯車を廻そうぞ。』
誰に向けられたとも知れぬ言葉と共に、術を展開した。

『苦痛を知らざる甲殻の者。

  疲労を知らざる節足の者。

   恐怖を知らざる虚ろなる心の者よ。

方陣の力のもと汝らは生滅する個にあらず。

      衆にて無尽の力なり。

純粋なる力よ!

純粋なる蟲よ!

地に満てよ!

仇なす者を殲滅せよ!!』

それは詩のように歌のように、地脈を伝いて遥か彼方へと『力』を運ぶ。
20其はいかなる者か ◆F/GsQfjb4. :2007/03/13(火) 00:10:17 O
王国領内某所

ぐるぅりと一周、ゆっくり回って周りを見るが、出口らしき所は見当たらない。
「さぁて…どうすっかな。ブッ壊すのは簡単だが…オィ、ここは何処だよ」
『ンな事知るか!俺が聞きてぇくらいだよ!!』
「ん、その調子その調子。そうやってテメェがブチ切れすりゃ、オレは強くなれる」
満足気に頷くと、リッツに“似た誰か”は右腕を高く振り上げる。
「こんな風にな!!」
虚無が天井を飲み込み、空を食い破り、世界を隔てる壁に穴を開けた。
天井に開いた、刃物の断面の如く綺麗な円形の穴から、遠く空の彼方に黒点が見える。
『おまえ…今何をやったんだよ……』
「出口が無いから作った、それがどうかしたか?」
あっけらかんと答える謎の意識に、リッツは得体の知れぬ恐怖を感じ…たのだが、
その恐怖は直ぐさま怒りに変わる。どうしようもない怒りが煮え返る。
こんなにあっさりと、この状況を切り抜けた。その事実が気に入らなかったのだ。
『お前は何なんだよ…俺には知る権利があるだろ、教えろコラ』
静かだが言葉に潜む怒気は熔岩の灼熱を帯びている。
「面倒臭ェなぁ…オレは苦手なんだよ、説明とかそーゆーの全般な」
ポリポリ頭を掻いて困ったような表情になったが、無言の圧力に降参したか渋々話し始めた。


オレはな、テメェらみてえな人間に憑依してその身体を乗っ取るのが目的なんだよ。
特にキレやすい奴なんかは最高だな、テメェとかよ。おいおい褒めてんだぞ?
…まぁオレの場合は“怒り”が餌になるんだがな、他の奴は違ったりする。
ん?他の奴?いるぜ、オレも含めて全部で7種類だな。まぁオレは興味ねぇけどよ。
そんでだ、オレ達は憑依した宿主や周りの生き物から感情を喰って“成長”するんさ。
でもって、《創世の果実(オリジン)》を喰って、《世界樹》になる。スゲーだろ?
そのために体が要る。そうテメェだ、光栄に思え。ほれ、「選んでくれてありがとう」だろ?
ハハハ、いいぜもっと怒れよ。その分オレは成長するからな、ブチ切れ大歓迎だ。
チッ…なんだよいきなり冷静になりやがって、別に遠慮とかしないでいいんだぜ?
あ?大きなお世話だァ?バカかテメェは、オレはさっきも言ったが、いか…ッ!?


『どうした?急に黙りやがって、何とか言えゴルァ!』
「うるせーよ、お客さんだ」
21其は人に非ず ◆F/GsQfjb4. :2007/03/13(火) 00:11:49 O
この部屋(?)には入口も出口も無い筈だった。先程開いた天井の穴以外には。
だがその黒装束の人物は、そこにいた。入って来た形跡は無いのに。
黒装束の操る術を以ってすれば、出入口など意味を為さないのだが、リッツは知らない。
知らないが故に反応が遅れた。しかし遅れたのはあくまでリッツのものだ。
今リッツの肉体に於ける主導権を握るのは…
「ステキな挨拶だなオイ、コイツの記憶から拾った挨拶は「こんにちは」だったけどなぁ」
飛来したクナイを握り潰して砂に変え、リッツに“似た誰か”は期待に満ちた笑顔になる。
「こりゃ楽しめそうだ、ついでにこの体の動かし方にも慣れておくか…そぉれ」
一閃の刹那、黒装束は迫る衝撃波を軽々と避けて背後を獲った。突き刺さる忍刀。

血が吹き出さないリッツの体。傷口からは一滴の血も流れる事はなかった。
背中から心臓の位置を的確に捉らえた必殺の一突き、なのに血が全く出ない!!
「……………」
黒装束の判断は正しかった。即座に忍刀から手を離し、後ろに跳び退いた瞬間に衝撃波。
忍刀はやがてズルリと抜け落ち、その傷口の奥に蠢くのは混沌。刀身にも血は全く無し。
「痛ぇな…一応オレにもちょっとは痛みがあるんだぜ?ひでぇ事しやがる」
『痛いで済むか!刺さったぞ!?』
「でも平気だろうが、あんなん刺さったぐらいでピーピーうるせーよ……ってありゃ?」
いつの間にか黒装束の姿が消えていた。周囲にも気配は無い。
「逃げやがったか…クソタレが!せっかくのオモチャだったのによ」
『いや、まだだ!奴はまだ居る!』
そうリッツが叫ぶのと、リッツの首が胴を離れたのは、同時の出来事だった。

撥ねられた首はボールのように転がって、残された胴はその場に立ち尽くしたまま。
しばらくして影が生物の如く動き、隆起してそこに現れたのは黒装束。
「何故に生きていたのか…ザルカシュめ、術を誤ったか」
黒装束は転がった首を拾い上げて呟く。やはり血は一切無かった。胴もピクリとも動かない。
完全に生物としての生命活動の全停止を確認する。リッツの身体は完全に死んでいた。

だが、その身体は先程まで生きて“も”いなかった事に黒装束は気付いていない。
正確には知る術が無かったのだ。
リッツの身体は、既に生物という概念から掛け離れ過ぎた存在だったから。
22憎悪の棘 ◆LhXPPQ87OI :2007/03/14(水) 18:53:57 0
「偉そうに出てきたクセに、八年前から変わってない」
アンナと向き合うと、自然に口が開いた。始めの打ち合いからお互い退き、距離を取って睨み合う。
ラヴィの一番嫌いな時間だ。勢いを止める。息をつく。攻撃欲が殺がれる。
猟理には、自分を取り戻してはいけない時間がある。すべからく、戦いとはそうしたものか。
月明りに照らされた、アンナの表情はよく見て取れた。
ちらちらと震えて動く青い瞳は、憎しみの電位でラヴィと共通した。汗を拭う。
「先生だって、背中から斬った」
言葉を弄して感情――怒りの汐を引き留める。
流血を厭う自分と、殺意の糸で繋がれ操られるような自分。二重人格。
どちらも紛れも無い自分自身と悟ったのは、八年前。そして今夜、猟理人という体に新たに、殺戮者の魂を重ねる。
「臆病者の剣だ!」「抜かせ」
間合いを詰めて、再度打ち合い。憎悪がラヴィを駆り立てる。脊髄反射で剣を選ぶ。

これは猟理ではない。自分が狩ろうとしているのは人間だと、知っていた筈だ。だが、止めない。
師匠が伝えた鉄の戒律、自分には一生縁のないものと、敢えて理解しようともしなかった。
包丁を抜いた今になって思い出される、私はそれを破ったという事実。
やがて自身を苛むであろう後悔が、復讐のくびきとなるより早くに、全てを終わらせてしまおうとした。
八年振りの今確かに得た、純粋な殺意を、絶望で塗り潰されるより早くに。

本当は、八年前のあの日に殺しておけば良かったのだ。

何故、あの時自分は戦えなかったのか。
「掟」に逃げた、都合良く。師匠との、親友との思い出にすがった。
自分が信じた愛だの友情だのが、事ここに至って抜け殻のようなものでしかないと気付きながら
焼け跡の、灰の山に残り火を探したのだ。宮廷猟理人の肩書きに逃げた。
過去との対峙を恐れながら同時に、あの時覚えた、己の魂の地獄をも開け放しにしておいた。
かさ張る憎しみの棘が喪失感を補ったが、やがて猟理が濁りだす。
手先には自己の捩れが最も大きく現れた。彼女の声なき悲鳴を、舌で捉まえたのは時の王位継承者。
二人は逃げた。背負うもの全部を後ろへ捨て去ったつもりで、本当は後回しにしていただけ。

私は私を解っている。
殺せば良い。

大剣が、ラヴィの六番包丁を打ち返す。場数からして分の悪い勝負。
しかしラヴィは腕の痺れも、振り回されて痛む肘も忘れた。
興奮状態で、全身の感覚が鈍い。夜気に凍えた指の感触だけがいやに栄える。
自分は攻めている。アンナは自分の攻め手を流しているだけだ。
アンナの剣は幅が広いが動作も速い、攻めるべきはむしろ彼女だ。
そのくせ防御に徹しているのは、こちらがくたびれた頃合で、ゆっくりと楽しむ心積もりがあるのだろう。
疲労で技が衰える前に決着をつける。敵の構えの隙間から、包丁を捩じ込む。
刃と刃の擦れる音が、かくも耳障りなものとは知らなかった。踏み出し、突き刺し、身を退く。
一思いに飛び込んで有利な間合いを作る事も出来たが、打ち始めからアンナが晒している隙となれば罠に違いない。
自分が作った隙、自分が敵の動作を導く。生身で殺し合うなら人間も動物、原則は被る。私にも戦える。

「ラヴィちゃん!」

上段振り下ろし。初動は見えなかった。咄嗟に頭上で包丁を十字に組み、受け止める。鋼が、骨が、噛み締めた歯が軋る。
熱。きっと額が割れた感触。アンナの鈍い刃が掠めたらしい。続いて、肩口にも熱。どう斬られた?
眼には見覚えのある四番包丁。師匠の包丁で斬られたのか。心の中で、呆気なく何かが折れた。
終いに十六夜が、解けた指から滑り落ちると、ラヴィは背中から倒れた。
アンナを凝視したまま硬直していた視線が、一撃に揺らいで満天の星空へ飛ぶ。
殺意も、闘志も、逃げて、生き足掻こうとする意思さえも、瞬間に心の遠い波間へ泡と消えていた。

殺戮者としての自己は、結局十秒と保てなかった訳だが
しかし何故に、彼女に負けて自分は安堵したのだろうか。アンナが振り被る、赤い剣が月に輝く。
やがて訪れる死が、自分にとっては紛れも無く「救い」である事を知り、今更ながらに驚いた。
けれども、もし「猟理」が私の生きる意味であったとするなら、禁を犯して既に私は私を殺していた。
いつかこうして、殺し殺される事を望んでいたのだろう。まな板に乗る猟理人とは定めて滑稽だと思いながら、
ラヴィは我が身を打ち砕かんとする、錆だらけの凶器を歓迎した。
「ラヴィちゃん、逃げて!」いやだ。枯草に寝そべり、ラヴィは呟いた。
23燃え上がれ!闘志!! ◆F/GsQfjb4. :2007/03/15(木) 22:13:24 O
嘘…でしょ?あのラヴィが負けたの?あんなに強かったラヴィが…?
「ラヴィちゃん!!」
パルが駆け出した。アタシもそれに続く。このまんまじゃラヴィが殺される!!
あの女の人が持っているのもラヴィとよく似た包丁、つまり猟理人!?
たしか人同士で戦っちゃいけない決まりじゃなかったの!?どうして…こんな酷い事を!

「パル、いくよ!!ラヴィを助ける!!」
掻き鳴らすのは闘志のメロディ、『Live to Surviv』。生き抜くために燃えろ、闘志の炎!!

〜♪〜
暗闇を突き抜けて 遥かなる明日へ

動き出した 運命の歯車は 止められないけど
立ち向かう 君達の横顔は 決して今を諦めない
そびえ立つ どんな険しい壁も
不滅の 勇気で 打ち砕け!!

もう二度と振り向かないで 勝利を掴むまで
くじけそうな時は いつも思い出して 
誓いあった約束の言葉を
もう二度と諦めないで 勝利を掴むまで
涙が流れ落ちても 絶対に忘れないで
誓いあった約束の意味を

暗闇を突き抜けて 遥かなる明日へ
いつか辿り着けると信じて
〜♪〜

あんなラヴィの姿は見たくない!絶対に、見たくないッ!!
「立って!!ラヴィーッ!!!!」
力の限り叫んだ、アタシの大切な“友達”を信じて!!


18日前、イルシュナー内部
黒装束はリッツの身体を、空いた石棺に入れ直した。蓋を被せると棺は1枚の石になる。
完全密封、何らかの魔法的な処置を施されているのだろう。棺には不可解な文字が刻まれていた。
先程のリッツが出ようにも出られなかった理由がこれだ。
封を確認すると黒装束は天井を見上げ、呆れた声で呟く。僅かに不満も混じっているようだ。
「ルフォンにてセンカと死合った時とはまるで別人だったようだが…一体何を考えるやら」
天井に開いた大穴は、封印を削り取り、地底都市を貫通したばかりか、世界にすら穴を穿った。
絶対に人の成せる業ではない、それは誰の目にも明らかだろう。
黒装束の上司であり、隠衆の頭目“瞬天”のシバや、かの“影帝”ゴウガでも不可能な所業。
来たる聖戦に於いてこの男は獣人に仇となる。そのような考えが頭を横切る。

「しかし命令は絶対だ…」
少しずつではあったが、不満が首を擡げていた。危険な存在を前にして放置するなど…
24其の名は《業怒》 ◆F/GsQfjb4. :2007/03/15(木) 22:15:05 O
おい…生きてるか?聞こえたら返事しろ、このマヌケ野郎。…死んだのか、ちゃらいなぁ
『死んでねーよ!勝手に殺すな!てか首取れちまっただろうが!!』
お?生きてるみたいだな、良かったぜ。オレとテメェは不完全な繋がり方だからな
『不完全?…そりゃどういう意味だ?』
テメェに憑依した瞬間にテメェは死んだんだ、憑いた奴に死なれたらオレは消えちまう
だから焦ったぜ?ソッコーで蘇生したまでは良かったが…繋がりがハンパになった
『つまり俺の意識が残ってるのも、お前が失敗したからか?』
いいや違う、意識が消えるのはオレだ。オレはテメェの“怒り”を喰って発芽を待つだけだ
それまではテメェはテメェのままだ。普通ならな

『これからどうする?奴は手強いぞ、また首ポロリなんてお断りだからな』
うるせーなぁ…《絶滅(アブソル)》さえ使えりゃ簡単なんだがよ
『さっきのアレか?』
あぁ、《絶滅》さえ使えりゃあんなザコ瞬殺なんだが、使おうにも“タマ”が無ぇ
気前よくパッと撃っちまった、ミスったなぁ…全部テメェのせいだな
『ふざけんな!なんで俺のせいになるんだよ!お前が力加減できねえのが悪いんだろが!!』
そうそう、その調子だ。テメェのキレた分オレの力が強くなる。ほれ、首が繋がったぞ?
『……………』
どうした?何か言いたげな感じだけどよ、何か文句あっか?
『もう……人間じゃねーんだな…俺…』
そうだな、もうテメェは人間じゃねーよ。つーかよ、オレが憑依した時点でテメェは人間じゃなかったぜ?

テメェが人間だって分かったのは蘇生してる途中だったからよ、オレも正直ヒビッたぜ
『…俺が…人間じゃなくなってた?』
そう、テメェは半分人間じゃなかった。間違いねぇよ、人間の仕組みは知ってるからな
『………………………』
落ち込むなよ、どーせオレが憑いたら結局は人間じゃなくなるんだからよ、な?
『励ましになってねーよ、アホ…』
励ましてねーよドアホ、しつこいようだがオレはテメェの身体が必要、それだけだ
『…さっきからテメェテメェうるさいな、俺の名前はリッツだ。テメェじゃねぇ』
ケッ、名前なんざどうでもいいだろが
『よくねーよ、名前ってのは大切なもんなんだ。お前の名前は何ていうんだ?』

そうだな…名前なんざ考えたトキねーからよ…適当に決めてくれや
25其の名は《業怒》 ◆F/GsQfjb4. :2007/03/15(木) 22:16:16 O
『ゴードってのはどうだ?カッコイイだろ』
ゴードか…中々いい響きだな悪くねぇ、気に入ったぜ。ところで何て意味なんだ?
『昔飼ってたハムスターの名前だよ』


「ふざけんじゃねええええええええええええ!!!!!!!」
石棺が再度爆散した。そこから跳ね起きたのは、やはりリッツに“似た誰か”。
突然過ぎる出来事に驚き、黒装束が振り向いたが顔面を直撃した拳に意識ごと吹き飛ばされる。
大気を沸かす程の怒気、凄まじきは業怒の炎。これこそが『怒りを司る魔物』の本性だった。
「んなもん却下だッ!!!!!!」
『喜んでくれて嬉しいぜ♪…ぷぷッ…ギャーッハハハハハハハハ!!!!』
「ド畜生がッ!!クソッ!!一瞬でも気に入っちまったオレが憎いッ!!!!」
手当たり次第に破壊の限りを尽くすが、その猛りは全然治まりそうにもない。
腐っても『破壊と殺戮の権化』だ、流石といったところか。
「やれやれ、困ったのぅ…これ以上暴れられると迷惑じゃよ?若いの」
荒れ狂う魔物の破壊の手をピタリと止めたのは、老いたコボルトの一声。

その疾さ故に『瞬く事、天に等しく高し』“瞬天”の異名を持つ、隠衆頭目…シバその人であった。

老人だが、その身に纏うただならぬ気配に反応し、素早く距離を開く。正解だった。
目に見えぬ速度にて繰り出された拳撃、ゴードもようやく自分が対峙する相手の力量を見抜く。
『おい、この犬コロ強いぜ?さっきの黒い奴とはダンチでヤバイ!!』
「んな事ぁ分かってんだよ黙ってろ、慣らしにゃ最高だ。おまけにとんでもないキレ方してやがる…」
不敵に笑い、ペロリと舌なめずり。
「…極上の餌だ!!」


数時間後、シバは体中に走る激痛に目を覚ました。何が起きたのか全く“覚えていない”。
「…何をしとったんじゃ?……んん、思い出せん…」
記憶の糸を辿るが、封印棺を納めた部屋を見に来た直後からの記憶が綺麗に抜け落ちていた。
全て“喰われた”のだ。怒りと、それに結び付く記憶の全てを!!
「流石に歳かのぅ…。こりゃキシュー、起きんか。ぐうたらしおってからに」
普段ならば烈火の如く怒るシバだったが、まるで可愛い孫を叱るおじいちゃんである。

この老コボルトが再び“怒る”事が可能となったのは、たっぷり1ヵ月後であった。
26残された時間 ◆F/GsQfjb4. :2007/03/15(木) 22:17:45 O
メロメーロ近郊

「ハハハ、十剣者に比べりゃザコだったな。この身体の“使い方”も“覚えた”し…」
地上に飛び出したゴードとリッツ、身体には力が垂れ流しになる程に充ち溢れていた。
「これで“他の奴ら”にも遅れはとらねぇ!リッツ、テメェは最高の相棒だぜ!!」
シバの怒りを喰っただけでは足らず、地下都市の霊子炉からもエネルギーを吸収したのだ。
リッツの身体の持つ特性…《修羅》を発動させ、地脈からのマナを直接吸収したのだ。
貯えられていた古代都市を数年間稼働させる莫大なエネルギー、それを残さず貪った。
今やリッツの身体は想像を絶する量の、極めて純粋なエネルギー結晶体に等しい。
「ハハハ、満腹だぁ。ちょっくら昼寝すっからよ、体自由に使っていいぞ?」
うーんとひとつ伸びをして、リッツの身体が漂わせていた禍々しい気配が消えていく。
『リッツ、テメェに残された時間は少ねぇからな。有意義に使えよ?ハハハハハハ』
勝ち誇ったような笑い声が、リッツの頭の中に溶けて消えた。

あの戦いを目の当たりにするまでは、この災いは『話せば分かる奴』だと思えた。
だがそれは大間違いだった。人の感情を喰らい成長して、やがて世界を食い尽くす魔物だ。
そして、その魔物を体内に飼っている!
「コイツが寝てる間に…何とかしねぇとヤバイな……!そうだ、十剣者か!!」
ゴードは十剣者に比べれば、と言った。つまり十剣者ならば倒せるかもしれない!
「ヒューアさんを捜そう、あの時の戦いで十剣者は何人か死んだけど…生きてる奴だっている!」
リッツは走り出した。ゴードがいつまで眠っているのか見当もつかない。
残された時間は僅かかもしれない。ならば急がなければ!!

この魔物が真の目覚めを迎える前に…世界を滅ぼしてしまう前に!!


一方その頃、ヒューアはハイフォードの街で優雅に紅茶を飲んでいた。
「ん〜、これは美味い!あ、ウェイトレスさん紅茶お代わり頼むよ」

27三者消失 ◆9VfoiJpNCo :2007/03/17(土) 01:26:51 0
スメラギ・アウグスタ、円卓の間。
成金趣味のいなめない煌びやかなローブ姿が、転移術の輝きから足取り軽く現れる。
爬虫類種族リザードマンの指導者、《大祭司》ザルカシュである。
紅葉のような赤茶色の鱗とトパーズの瞳、そして山羊に似た角という、かの種族の中でも独特と言える風貌を
奇奇怪怪にに歪め、彼は伸びをしながら早口で言った。
「いや〜ただいま〜!」
更に、部屋の様子も見ずに舌を動かす。
「みなはん、もう安心やで! 今んとこの根回しはバッチグーで終了や! これで多分ガナンは落ちるやろ。
いや、多分言うたけど多分確定事項なこれ多分! スタはんの先走りは、まあ予想通りやったけどスピードが
半端やなかったさかなあ。色々きわどかったわホンマ!」
更に、まくしたてる。
「あ〜〜〜っもう喉乾いたわホンマ! 誰か麦茶持ってきて〜な! 今のワイを労ってもバチは当たらへんで多分」
ワザとらしく手団扇などしながら、ザルカシュはようやく室内をぐうるりと見回した。

「――って、誰もおらへんやないかぃっ!? ワイ喋り損やないか! なんやかくれんぼでもお流行りなんですか〜!?」
まあ、誰もいないからといって彼の舌が止まるわけではないのだが。
そこで、轟音とともに床がたわむ。
「…………」
唯一人席についていた《空魔戦姫》リリスラが、円卓に乗せていた足を力一杯組み直したのだ。
「おや〜リリはん、いつの間にいらっしゃったんでっか?」
「いたよ、最初ッから」
「他のみなはんがどこ行ったんか知ってはります? 置き物みたいになっとったギラはんまで居らへんし、
めっちゃ寂しい状態でっせこれ! ……まさか、そろって厠でっか?」
「んなわけねえだろっ!!」
リリスラの銀杯を真っ向からくらい、よろめくザルカシュ。
「ああっ、まだ中身あるのにもったいない!?」
「テメェが留守にしてすぐに、ゴウガもゴロナーもギラクルさんも行っちまったよ」
舌打ち混じりに頬杖をつく空魔戦姫の言葉を、大祭司は一拍の沈黙をもって驚きとした。

「行っちまったって、どこへですかいな?」
「そりゃ、ゼアドだろ。ちゃんと自分の兵隊も連れてったから、いよいよ総攻撃なんじゃねえか?」
「そんな話、ワイ聞いておまへんで?」
「オレも聞いてなかったよ。一応止めたんだけどな、ギラクルさんがテメェの帰りまで留守番を頼むっつったから――」
「ワイ、聞いてまへんがな!!」
このあざといリザードマンの心からの叫びに、リリスラも困惑顔になる。
「まさか出し抜くやなんて…何の徳もないやん……せや、ちゃんと支度しとかな勝てるもんもよう勝てへん。
……急いだかてええことなんぞあらへんがな…みなはん、セフィラの未来なんぞどうでもえんか?
いや、そんなはずあらへん……せやったら…せやったら、なんや……?」
ザルカシュという人物の根底を一文字で表すならば利≠ナあろう。
内に数え切れぬほどの諍いの種があろうとも、大方の利害は結束を生む。
人はつまらぬ意見の違いや、腹も膨れぬ正義や信念で動くものではない、目に見える利によってのみ争い助け合う。
それこそが、彼の人生観であり世界観であった。
世界の滅亡を防ぐという利ならば、どのような者もまとまりを見せると、彼は思っていたのだ。
八翼は、その誰もが複数の種族を率い、それらの未来の責任を負う立場にある。
だからこそ、三者の意外な出陣はザルカシュの魂に大きな揺さぶりをかけた。

「ちょっと、また行ってきますわ! リリはん留守番頼みまっせ!」
「お前らなあ……オレを何だと――」
リリスラの文句も聞かずに、再び転移するザルカシュ。
果たして、地に潜ったか天に昇ったか。
姿を消したゴロナー、ゴウガ、ギラクルの三者とその軍勢が表舞台に上がるのは、誰もが震える先のことであった。
28一日目の夜が明ける ◆9VfoiJpNCo :2007/03/17(土) 03:35:23 0
ところ変わって、急転直下のガナンの地。
北側守備の砲兵達を率いる若き将校、ミゲル・デ・ラマンチャ中佐は双眼鏡を下ろし、肉眼でもって改めて見た。
前方、険しい頂上へと続くラライアの山肌を背に蟠る、地獄の軍団を。
平均身長ニメートル超え、甲殻を持ったその種族の名はクラックオンというらしい。
恐るべきモンスター。
ミゲルを始めとする大方の者の見解は、その一言に尽きた。
「やはり、彼らを崩すのは困難でしょうか?」
最初は、夜風か何かかと思った。
「さもありなん、ですよ夫人」
続いて聞こえた声は、夜風とは間違えようもない。
「メルディウス伯爵夫人! シュナイト辺境伯っ! どうか総督府にてご指示を! ここは危のう御座います!」
この、北側見張り舞台への思いもしなかった来客に、ミゲルは激しく片膝をついた。

「よいのです。ここからの眺めが一番なのですから」
オペラ・メルディウス伯爵夫人は、カールトン候の葬儀の時と同じ喪に服したドレスの上に胸鎧といった出で立ちであった。
その、長い亜麻色の髪を美々しく結い上げて微笑む様の、なんと凛々しく儚きことよ。
「五度に渡る北側ブレス砲、及び通常砲による集中砲火……現時点でのガナン最高火力を持ってしても崩せはしない。あれらはそういう者達なのですよ夫人」
並ぶアルフレーデ・シュナイト辺境伯の姿はいつもと同じ――だが、目には確かな感情のうねりがあった。
ミゲルにもよくわかる、それは恐怖と憎しみであった。
「おお、我が都を焼き払い、我が妻子を踏み拉いた悪魔らによる防御陣形《地獄の壁》よ! しかして、何故攻撃へと転ぜぬのか!?」
「恐らくは、回復のためでしょう。彼らの調律の完成していく音が、私には聞こえます」
アルフレーデの抑え切れぬ激情を包むように言うと、オペラは笑顔のままに白い背中を敵へと向けた。
「すぐにでも攻勢となるでしょう。私の調律も万全です。後は……頼みましたよ」
その言葉の意味を呑み込み、ミゲルは嘆願するかのような表情で面を上げた。

「お待ちください!」
「では、御武運を」
「お待ちください!! 音楽の女神よっっ!!!」
手を伸ばせども、その背は遠く死地へと沈まん。
亡き父もまた、こうして彼女を引き止めたのだろうか?
初恋の威高くして気高き花の、旧龍人帝都の守護女神の、決意満ちたる出陣を。
「動きますか、ヴィオラ・オルガニスタ。ついにこの目に出来ますか、彼女のヴィオラ・オルガニスタ……!」
高揚隠せぬアルフレーデの呟きが、誘いであったかのように。
硬き無言の地獄は、溢れるが如く動き始めた。

……死なせはしない。
そこに燃え上がる一人の青年の情義など、誰も知ることはなく……。
29ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/17(土) 13:32:04 0
ただ己の身体を叩き付ける。これ以上に無い、シンプルな闘争。
叩き、砕き、へし折り、貫き、破壊する。ただ己の四肢のみを用いて行う。
果てしなき単純明快な闘争。打って、打たれ、また打って、また打たれ。
それは技ではない。それは業でもない。ただ己の存在という“個”をぶつけ合う、単純なる闘争。

『姉さんが…圧されてる?一体何がどうなって……』
ボクは目の前で繰り広げられる凄惨な殴り合いに、愕然となった。
鳥肌が立つ程の圧迫感、それ以外にこの感覚例える言葉が見つからなかった。
『どうして《霊獣化》を解除したの…?』
ルールーツを使えば確実に勝てる相手。確かに一度は発動を感知した。
それは間違いない。なのに今、姉さんは自分の技だけで戦ってる…苦戦している!?
何故!?
分からない…全く分からない!!姉さんのする事はいつもボクには理解できない!!
生身で競り合って勝負になる相手じゃないのは、戦ってる姉さんが一番理解してる筈…
それなのに、何故!?ただ分かるのは、このまま戦い続けると姉さんは死ぬ。
これだけは理解できる!あのスターグの攻撃を受けて無事でいられる筈がない!!
『助けなきゃ…姉さん!!!!』
「来 る な ッ!!!!!!!!!!!!」
初めて聞いた…あんなに怖い声…どうして?どうして助けちゃいけないの!?
たった2人の姉弟なんだよ?このまま死ぬのを見てろとでも言うの!?
分からない…分からないよ……姉さん……

なんという衝撃…《八魁》まで開いてなお、受けるのが精一杯!!
あのドラ猫が言った言葉…ワタクシが甘かった…《アニマ》が無ければ勝てない。
馬鹿にして!!
そう…馬鹿にしてる!!ワタクシが貴様から教わったものは社交ダンスか!?
違うでしょう!!貴様がワタクシに教えたのは…技でしょうが!!何を今更!!
けれども、技は通用しない。全くではないですけれど…この化け物の前では無力。
ならば技を捨てればよろしいのですわ。奴もある意味、技とは呼べぬ技…
ならばそれに倣うまで!!ワタクシには《アニマ》が無くとも身体がありますもの!!
ただひたすらに鍛え、鍛え、練磨した身体が残っていますもの…
ワタクシが戦えない理由は無い!!

激突、衝突、己という存在の一部分をぶつけ合う。至極単純なる闘争。
それは何を以って止められようか。どちらかの死か?敗北の宣告か?
違う。それは止められぬ。止まることなぞ赦されぬ。
死をして止まぬ戦故に、この両名は一歩も退かぬ。拳の…蹴りの…己同士の激突を止めぬ。
自尊故にか?はたまた誓い故にか?
そんなモノは些細な事に過ぎず、闘争は唯々闘争で有り続けた。闘争であるが故に。

「確かにワタクシは…貴様からすれば巣立つ事すらままならぬ雛鳥でしょうよ…
親より与えられる餌を貪るしか出来ぬ雛鳥でしょうよ…
だがそれだからこそ故にワタクシは貴様の“武”を理解できる!
だからこそ貴様の“武”を破る事が出来る!!
思い出せばいいわ!!!己がただの“個”に過ぎず、己がただの“個”である事を!!!」

「何故ニソウマデシテ抗ウ、森人ノ子ヨ…何故ニ朽チヌ、何故ニ折レヌ、何故ニ倒レヌ…
アァ…ソウカ…同ジダカラカ…同ジダカラコソ退カヌトイウノカ…ナント強キ芯ノ子ヨ…
初メテ技ヲ打ツ高揚モ…初メテ敵ヲ倒シタ安堵モ…
初メテ敗北シタ挫折モ…初メテ我ガ道ノ往ク先ノ遠サモ…
全テヲ今、コノ今ノ闘争デ学ビ知ルカラカ!!
ナラバソレニ応エヨウ!森人ノ子ヨ!!盟友トノ誓イニ懸ケテ応エヨウ!!!」
30ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/17(土) 13:37:05 0
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
呼吸する間もない連撃!しかし今や《獄震》の効果は微塵も見受けられない。
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
とうに限界を越えても緩めぬ連撃!しかし今や《修羅》は落ち、八門は綴じた。
互いに退かぬ。僅かも譲らぬ。この世で最も美しく醜い闘争。

だが、両名が世の理に捕われた“個”である限り、闘争には終わりが訪れる。
肉と骨は鋼ではない、殻は殻でしかないのだ。

倒れたのはディアナだった。
力尽き果て、俯せに倒れ込み…そのまま動かなくなった。
倒れなかったのはスターグだった。
ひび割れ、砕ける時を待つばかりの甲殻。震える両の脚を踏み締めての、仁王立ち。
闘争は幕を降ろした。
己の存在をぶつけ合う闘争は、なんとも呆気ない終わりであった。
当たり前である。これは最も単純なる闘争なのだ。
ならばその終わりも単純極まるのは必然と言えよう。
最後まで己を地に立たせ続けたスターグが勝った。ただそれだけなのだ。


――想暦37年、雪化粧の月、ラライア山嶺
季節は雪が舞う暦であるにも拘わらず、ラライアの山々に雪は無い。
荒れ果てた岩肌が、見渡す限りの広がりを見せるばかり。そこに在るは猫2匹。
「時の流れは残酷よの…いかな豪からも容赦無く武を奪い去って往く…」
「……………………」
老虎の傍らに佇む黒猫は応えない。
「のう、クロネ。ワシは悔いておるよ、あやつには“形だけ”しか教えてやれなんだ…」
かつての覇気は失せ、死を待つだけの老体が一層小さく見える。
「だがな、奴ならワシが教えてやれなんだ事を…あやつに示してやれる。そう思うておる」
やはり黒猫は無言、吹き付ける冷風にヒゲをぴるぴると揺らしながら、ただ無言。
それもその筈、黒猫は生きてはいなかったのだ。

“断龍”クロネ、ラライアにて散る。

3日3晩に及ぶ死闘の末、名誉の戦死であった。
仇の名は…ギュンター=ドラグノフ。いや、正確には“その姿をしたモノ”。
人類最後の砦、ガナンもとうとう墜ちた。大将軍ギラクルも果て、人の歴史に終焉が訪れた。
数え切れぬ程の英傑が散った。それでも勝てなかったのだ。
「皆よ…我が友よ…ワシは死ねなんだ…武に生き!武に生を捧げたワシは!!……老いて死ぬ…」
涙はとうに涸れた。隣の最愛の友が死した晩に、全て流し尽くした。
「ワシの最期の我が儘じゃ…クロネよ……この“破龍”最後の戰を見届けぃ!!!!!」
「相変わらず暑苦しいし、喧しいですわね」
聞こえる筈のない声、いる筈のない愛弟子!!だが…
      こ こ に い た !!!!!!!!
ぽかーん…顎が外れて落ちるかと思うくらい、口を開けたまま固まるゴロナー。
喋ろうにもまるで金縛りにあったように動けない。それほど衝撃的な再会だった。
「あら、何ですの?ワタクシが帰って来たのがそんなに不愉快かしら?」
意地悪な笑顔でゴロナーの頭をワシャワシャ撫で回し、最後にデコピンを1発!!
「お………お前、どうし…」
「変える必要がなかったから帰って来た。それ以上の理由は生憎と持ち合わせていませんの」
尋ねるゴロナーの口を人差し指で優しく塞ぎ、残りの指でヒゲをギューッ!!
「ちょっと!!姉さんやめなよ!失礼だよそんな事しちゃ!!」

天上天下唯我独尊、時空の反逆者!!激動の過去より終焉の未来へと凱旋!!
「この時代の敵は…この時代でこの時代の者がケリを着ける!!!…当然でしょう?」
照れ臭いのか少し台詞を噛んだが、ディアナの顔に迷いは無い。
「さぁ行きますわよドゥエル!!ワタクシ達は負けませんわ!!オーホホホホホホ!!!!!」

双子が未来を救うと信じて!!
31ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/17(土) 13:39:50 0
――メロメーロ、の宿屋
「お前には解らぬよ、断龍。あの男が背負う宿星の意味は…」
「みゅ…?」
窓の外で無邪気にはしゃぐ姿を眺める顔には、どこか郷愁を感じさせるものがあった。
生まれ落ちた瞬間から王になる宿命を背負った男。ギュンター=ドラグノフ。
その人生の傍らには、常にカールトンの姿もあった。


――神暦1521年
北方の山々が雪化粧を済ませた霜の月、ジ=ルベルタ山脈の山間にある小さな龍人の山村。
その日、この村で1人の龍人の赤ん坊が生を受けた。名はギュンター、姓はドラグノフ。
だがしかし、この赤ん坊には龍人の証である《祝福》が、何一つとして授かっていなかった。
当時、龍人の社会は非常に閉鎖的で、ゼアド大陸に点在した町や村も他種族に対し排他的だった。
『もしや人間と交わった』と村の者達は不審に思い、赤ん坊をガナンへと送り検査を受けさせた。

検査の結果、驚くべき事実が明らかとなる。
ギュンターの受けた《祝福》、それは金色の龍鱗。伝説や神話にしか出てこない《祖龍》の証。
当時の龍人王アーダは、直ぐさまギュンターを帝都ドゥラガン(現在の王都ナバル)へと招いた。
ゆくゆくは自分の後継者として、徹底的に鍛え育てるつもりだったのだ。
ギュンターの両親も快諾して、赤ん坊は何も知らぬまま貴族の仲間入りを果たした。

それから百年、ギュンターは見事なまでに『近所の悪ガキ』へと成長していた。
そんなギュンターと共に悪戯の計画を練って、即座に実行へと移すもう1人の悪ガキ。
名はカールトン、姓はレーゼンバッハ。王の右腕とされる名家の長男坊である。

「おいカール!急げよ、もう始まってるぞ!?」
「ちょっと待て…ってばよ…。走り過ぎてゲロりそうだ…」
ぜーぜーと息を切らして顔面蒼白の少年が転がり込んでくる。ここは脱衣所……の外。
壁に開いた小さい穴は、オッパイ祭に繋がる天国の門(ヘブンズゲート)。
「スゲー!俺ってばもう死んでもイイ!!悔いとか無い!!」
「うぉ!?こ…ここはッ!?パラダイスかッ!!!」
興奮に我を忘れ、食い入るようにオッパイ祭を堪能する2人だったが……
「いいえ、ここは地獄(ヘル)よ?」
「「ぎやああああああああああああああああああっ!!!!!」」
晴天の霹靂。背後から手加減無しの雷撃が死の宣告と共に降り注ぎ…2人は黒焦げになった。

更に百年の時は流れ、2人は騎士団に入団した。
「なんでお前まで騎士団に入ったんだ?」
不思議そうに問うカールトンにギュンターは平然と答えた。
「ん?だって面白そうじゃん。アーダのとっつぁんは反対したけどな」
「当たり前だバカ、お前はいずれ王になるんだぞ!?」
「でもよ、それなら強くねーとダメじゃん?みんなを守れる奴が王様だろ、やっぱし」
カールトンは呆気にとられ、しばし言葉を失った。予想外の答えだった。
アホで、スケベで、どうしようもない自己チューが、『民を守れる王になる』と言った。
今までツッコミ担当だったカールトンは、何故か置き去りにされたような淋しさを覚えた。
騎士団寮での生活は、やはり馬鹿丸出しのハチャメチャだったが、ギュンターのカリスマは徐々に浸透していった。


そして神暦1752年、大陸全土を巻き込む大戦が勃発する。
アーダを始めとする龍人の勢力は最初こそ優勢であったが、戦局は徐々に傾いていた。
エルフは人間と同盟を結び戦力を増強、更に獣人の暗躍が龍人を追い詰めていったのだ。

54年間に渡る激戦の果てに大陸を征したのは、エルフでも龍人でもなく、人間だった。
32ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/17(土) 13:41:14 0
龍人戦争の敗戦、それは龍人にとって形容し難い屈辱だった。
龍人の歴史とは、古の栄華からの転落の歴史でもあったからだ。
指導者たるアーダを失い、大戦を生き延びた龍人達はガナンへと住居を移す。
これより250余年の間、龍人達は隠匿生活を余儀なくされる。

ここまではよかった。再び戦争など起こさず、ガナンにて静かに暮らせばよかったのだから。
しかしそうはいかなかった。先の大戦で“知られてしまった”からだ。
かの地に眠る存在を…遥か古の獣人を滅ぼした存在を…
《祖龍アンティノラ》、獣人達は復讐すべき真の敵を、見付けてしまったのだ!!

同時に龍人達も祖龍復活を阻止するべく計画を準備し始める。
やがて来るべき聖戦に備え、遺跡より古代兵器の発掘に力を注いだ。
また武術、魔術も洗練の一途を極めた。

これらを先導したのはギュンターだ。彼は徹底した軍備増強に加え、国力の強化を考える。
聖戦の勝利。それこそが真の平和へと続く唯一の手段として計画を進めていく。
また彼は人材にも恵まれた。龍人戦争末期に生まれた子供の多くは、今の公国の猛将だ。
『黒騎士』ディオール=ライヒハウゼン。
『万学長』ベルファー=ギャンベル。
『戦爵』ミュラー=アイゼンボルグ。
『闘姫』リオネ=オルトルート。
『白狼卿』ジャムジード=パルフザルツ。
何れも龍人戦争中期から末期に生まれた、龍人の新たな次代を担う若き逸材達である。

そして、龍人戦争を生き抜いた猛将達も忘れてはならない。
『深紅の独角』カールトン=レーゼンバッハ。
『猛る大老』イフタフ=パルプザルツ。
『旋律の魔女』オペラ=レーゼンバッハ。
『紫電の雷公』パパルコ=パルモンテ。
『いじめっ子』マリオラ=ドラグノフ。
『いじめられっ子』スキート=ハイネスベルン。
現在の公国12貴族の基盤といえる、そうそうたる顔ぶれであった。

このようにして、ギュンターの称える『統一国家思想』は次第に龍人全てに広がっていくのである。


――新暦129年、開花の月、霊峰都市ガナン
勢いよく開け放たれたドアに顔面を打ち付け、カールトンは鼻血を噴いて悶絶した。
終戦から早くも130年近い歳月が流れた春先のガナンにて、その悲劇は起こったのだ。
「ノックぐらいしろギュンター!!アホ!!氏ねじゃなくて死ね!!」
「カール!お前が死ね!!…じゃない!それどころじゃないんだ!!」
血相を変えて部屋に飛び込んで来た親友の様子が、尋常ではない事に気付くカールトン。
「…何があった?とにかく落ち着くんだ」
「あぁ、すまない…でも死ね!!」
「しつこい!!次はグーで殴るぞ!?」
既に1発グーで殴った後だったが、カールトンは握り拳に息を吐き構えた。
「見付けたんだよ…グレナデアを!!」
その言葉を聞いた途端、カールトンは容赦無く殴った。迷いの無い右ストレート。
「ちょ!?おま…!?」
「フカシこいてんじゃねー!!あれは聖獣に破壊されたと歴史の授業で習っただろう!!」

そう…聖獣イルドゥームを葬る為に建造された、史上最大級のゴレム『グレナデア』。
しかし出撃直後に撃沈したと歴史書には記されていた。
「グハァ…相変わらずいい右持ってんのな…。でもな、ギャンベルんとこの長男がマジで
 見付けたんだよ、場所はファルナ鉱山地帯地下280mだそうだ…てか死ね!!」
すかさずボディーブローの反撃、堪らずカールトンがくの字に折れる。
ファルナ鉱山地帯。現在のルフォンがある鉱山帯だ。ルフォンが建国されるのはまだ先の事。

後の世に復活を遂げる、機械仕掛けの破壊神を巡る陰謀劇はこの日、幕を開けたのだった。
33ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/17(土) 13:44:55 0
――メロメーロの宿屋
「我輩はな、奴が本当にこのゼアドを統一すると信じていた…だがそれは“幻”だったのだ…」
カールトンの話を黙って聞くクロネだったが、その視線の先にはギュンターがいた。
何故か逆立ち歩きで宿の息子と追い掛けっこして遊んでいるらしい。
気持ち悪い速度で走り回る(?)ギュンターに、何度も追い付かれては負けじと走る。
ほほえましい……かどうかは微妙だったが、平和な光景には違いない。
「何時からか、奴はお前達を仲間にしたいと言い始めた…無論我輩達は反対したよ…」

――新暦244年、陽照の月、霊峰都市ガナン
ゴルテンイグース内、大会議室シュバルツバルトにて初の12貴族会議が開かれた。
会議の内容は、東の獣人達への対抗策。の筈だったが、ギュンターの言葉は貴族に衝撃を与えた。
和解である。あれほどに獣人を滅する為の兵器開発や武力強化を推進した男が…和解?
会議は荒れ、直ぐさま中止となってギュンターは1人会議室に残った。
「やっぱし無理かねぇ…でもこのままじゃ俺と“かあちゃん”を止められないぞ…」
深い溜息の後、椅子をくるくる回しながら、部屋の隅の小さな人影に問い掛ける。
「なぁ“断龍”?お前さんならどうするよ、共倒れするかい?それとも…俺を倒せるかい?」
「分からんにゃあ…拙者はただ見届けたいだけじゃらしぃ〜」
「達観してんなぁ、お前さんは。羨ましいよ…ギャンベルのクソガキ以外、俺の計画の裏
 に気付いた奴はいねーしなぁ。やっぱし共倒れするしか道はねーのかなぁ…」
くるくるくるくる、椅子は運命の子を載せ回り続ける。
「そろそろ帰っとけよ、バレたら大変だ」
「むぅ、それでは失礼するかにゃ」
人影は消え、ギュンターは今度こそ1人きり。
「世の中、上手く行かないモンだよなぁ…」
孤独な運命の子は、くるくる回り続ける。運命の歯車のように…

――一方その頃、ギャンベル伯爵邸
ベルファー=ギャンベルは天才的頭脳をフル稼働させ、今後の展開を練っていた。
ギュンターは古から連なる因縁を、龍人だけでなく獣人と共闘にて断つつもりだ。
《祖龍》の祝福を授かった己自身を贄として《祖龍》を討つ。
だがベルファーにとっては、獣人との共闘は有り得なかった。他の者も同じだろう。
ならば導き出される結論は1つ。聖戦に於ける獣人の絶滅、種としての存在そのものを根絶する。
おそらくギュンターは獣人側にも何らかのアプローチを仕掛けるだろう。予測済みだ。
メーヴェの2機も完成は近い。簡単に滅ぼす事が可能だ。
だが問題はその後だろう。ギュンターは間違いなく《祖龍》を復活させる。
復活した《祖龍》がどれほどのものか…天才の頭脳を以てしても、皆目見当も付かなかった。
「ヤレヤレ…最悪の展開しか浮かばないって、どうなのよコレ…」
自分でも気付かぬ内に、おしゃぶりを噛み切っていた。酷く苛々する、余裕が無い証拠だ。
「ハッ…!?そうだ、温泉に行こう!!」
支度するのに約1分、ガナンを出るのに約2時間、博乱狂気は温泉へと旅立った。
正確には温泉の近くに埋まっている“モノ”へと…機械仕掛けの破壊神の下へと……

――メロメーロの宿屋
「おーし、遊んだ遊んだ!いい汗かいたぜーッ!!…そろそろかな」
そう言ってギュンターは二階の窓に向かって手を振った。まるで『さよなら』のように。
「あいつらがハッスルするみてーだからさ、俺もハッスルしてくるよ」
その台詞の意味に、カールトンとクロネは窓から身を乗り出した。
「…動くな」
短い言葉、しかしその言葉に篭められた呪いにも似た“何か”が、2人から自由を奪う。
「俺が動くなって言ってるんだ、絶対に動くなよ〜?」
なんという破天荒、なんという我が儘、これではまるで子供ではないか。
だがそれこそがこの男の“強さ”であり、“芯”なのである。止めようがないのだ。
「悪ぃなカール。そんじゃ俺、ちょっくら出掛けてくらぁ」
近所に買い物にでも行くかのような気軽さ。ひらり手を振り、消えてゆく。
「追わんのかにゃあ?」
「追えると思うか?断龍よ、あれにはもう…我輩の言葉なぞ届かぬ…」
悔悟の念を噛み締め、震えるカールトン。また奴1人に背負わせてしまったと。
「もう…届かぬ…」
零れ落ちる涙もそのままに、唯々繰り返す。
34ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2007/03/17(土) 14:16:15 0
川幅一杯に壁とそびえる白波、川津波がライン大河一帯の大地を揺るがす。
ロックブリッジのキャンプは警報で、蜘蛛の子を散らしたような騒ぎになった。
水門を破壊する手間が多少省けたと見るか。無論、門扉を操作している時間などないが力技は計画通りでもある。
双眼鏡を下ろし、自らゴレムへ乗り込んだ。兵を集めて出撃をかける手間が惜しい。シャミィへ目配せ。
「砲手が要るわ」
首を傾げるシャミィ。ジーコは早くも気を回してくれて、対ゴレム銃を取りにキャンプへ入ってくれた。
「給料分には遠いと思わんか? ん?」
「ボーナス出すわよ」
「仲良く水葬かもの」
シャミィが飛び乗り、砲座に就く。二挺の銃をジーコが投げて寄こした。
合わせて自身の体重以上もある銃を投げ込まれ、砲座のシャミィが悲鳴を上げたが、私は構わずゴレムを発進させる。
地図は記憶している。私たちは公国軍側に向いた、一番上流の門を車載火器で狙撃、水圧による自然決壊を誘発させる。
上手く事が運べば、敵艦進路上の分水が氾濫し、強力な足止めになる。
水量からして攻撃が無くとも、遅かれ早かれ分流水門の幾つかが決壊するだろうが
それを待っていたのでは、作戦の攻撃力が最大化する好機を逃してしまう。
天命に身を委ねる謙虚さは、私たち傭兵にとっては最後の選択。真に勝利を導くものが、運であってはならない。
混乱する自陣を蹴散らして、目標の水門へ道を急いだ。

遠目にも津波は尋常でない。ロックブリッジの橋桁が流されてしまわないか心配だ。
橋が保っても、王国軍備の被害は避けられない。だからせめて、敵にも損をさせておきたいのだ。
こんな中を川岸まで出向くのだから、シャミィが言ったように危険を伴う仕事でもあるが。
「傭兵稼業はこれだから辞められない、この瞬間がの」
「敢えて飛び込む死線が傭兵の華、と。案外大丈夫なものよ。門を撃つだけ、敵はなし」
「誰かが運転を誤らなければの。主義に合わないスタンドプレー、好みではなかろう?」
「たまに外すハメが、私が『その他大勢』でない事の、自分に対する証明なのよ」

焼けた陽に川面は血の色をしていた。上流で何が起こったのだろう?
整地の不十分な路面をゴレムの最高速で蹴って、車体が跳ねる。
やがて道を外れ、水門を見下ろせる高台の草地を目指した。
対岸の喧騒も、ロックブリッジの警報も、広い川幅にこちらまでは伝わってこない。地鳴りの所為もある。
軍陣を離れて分水の畦に差しかかり、ゴレムを坂へ這いつかせるようにして遡った。
岩を避けようと制動するたび、ひどく揺れる車上だが
シャミィは事も無げにゴレムの砲を確かめ、照準装置を調整していた。私は目下運転に集中する。

「あれか、見えてきた。さて、やるかの」
「肝心な時に、使い物にならなかったりしないでしょうね?」
「何、加減は憶えとる」
彼女は獣人族秘伝の氣術、「修羅双樹八世御門」を使おうとしている。彼女の体力の消耗が気に罹った。
巨大地上戦艦の攻略には優秀な狙撃手が欠かせない。これで草臥れられてしまっては困るのだが
「『夫(そ)れ、剣は瞬息。心、気、力の一致なり』とも言うの。得物は違えど、銃士にも同じ。
今使わずにいつ使う? さあ、彼岸を見るかの」

畦を上がると丁度良く平らな足場が決まって、車を停めた。
高台から見下ろす分流水門は小窓のようだが、シャミィの的には大き過ぎるくらいだ。
まず二門の車載砲が動いた。照準が水門に重なるや、火を吹く。立て続けに二発。
自動装填が終わるのを待たず、「霜乃武」を撃つ。間髪入れずに「ノルスピッシィ」もまた唸りを上げ始めた。
初弾が水門を直撃し、目標が砲煙でかすむ。が、シャミィは連射を止めない。
魔導銃の光弾が放物線を描いて飛び、水門へ達する。
水を被っていない、可動壁上部の僅かな範囲を撃ち抜き、ひびを入れるつもりだ。
相棒が肉に余る大火力を水門へぶつけているその間にも、川津波は下ってくる。
私は運転席でただ黙っていた。上流の轟音と後部座席の砲声で、何を言ってもどうせ聴こえないから。
35ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/17(土) 21:12:24 0
――ロックブリッジ PM 17:19
『第1から第8固定ボルト解除、各部接続切り離し完了、いつでもどうぞ!!』
間節部の軋み、不快な動力振動に身を委ね、コンソールに目を配る。
「出力安定圏に入った、各システム共に異常は無い。ティーガー、出るぞ!!」
前方ハッチが開放され、射出カタパルトが展開する。いつ聞いても不快な騒音だ…
鋼と鋼が組合わさる不協和音のオーケストラをBGMに、私はペダルを踏み込んだ。
擬似神経接続されたティーガーの挙動は、私の五感を包み込み、私は虎と一体化した。
突然消え去る音、なんと安らかなことか。私は高揚する闘争本能を理性の鎖にて縛る。
長く求め続けた感覚だった。
脆弱なヒトという名の器から放たれた私は、メインカメラ越しにロックブリッジを見る。
その遥か前方には、押し寄せる津波が見えた。
このままでは私はともかく、ニブルヘイムは確実に動けなくなるだろうな。

無限軌道、則ちキャタピラにて移動するニブルヘイムは、水で地をぬかるませられたら立ち往生だ。
この津波はドラッヘの砲撃による余波だろうが、予期せぬ事態だ。迂回せざるを得ない。
「中将殿、聞こえるだろうか。津波の規模を計算した、進路を南に変更されたし」
必要無いとは思うが、念のためだ。私の予想ではソフィーは南ではなく南東へ向かう。
小回りが利かぬニブルヘイムだ、大きく迂回すれば時間ロスも大きくなる。
ブロンディがロックブリッジの水門を開放して水路が溢れるが先か、ニブルヘイムが先か…
随分と分の悪い賭けに出たものだ。下手すればニブルヘイムは大きな的になるというのに。
『だがそうでなくては面白くない、でしょう?』
……この女は私の心が読めるのか?全く、困ったものだ。先程までの高ぶりが一度に萎えた。
「えぇ、その通りですとも」
素っ気ない返事を交わし、私はティーガーとのシンクロを第2段階へとシフトした。

動く…まるで自身が四足歩行の獣になったようだった。しかし違和感は感じられない。
元々四足歩行型のズィーガーに乗り続けていた私にとって、違和感などある筈が無い。
四肢の完全な連動を確認し、徐々に速度を上げていく。
獲物は目の前だ、食らい付くまでもう少しだ。
さぁブロンディ、君はどう出る?私はいつでも君を食い殺せるぞ?
そう…いつでも、だ。例えばこんな風に!!

――ロックブリッジ PM 17:22
西側の橋梁部が爆ぜ割れ、凄まじい振動が橋全体を揺らした。
「ロンデルか!?来やがったな…ギルビーズは順調か、だったら俺が出てやるよ!!」
ジーコは六輪駆動型パンツァー、『シュネッケ』に乗り込むと即座に発進させる。
この『シュネッケ』に搭載された火器は140mm滑空砲2門、20連装小型迫撃砲、対人用機銃。
ティーガーのような巨大な相手には、明らかに火力不足ではあったが仕方ない。
そもそも対ティーガーのサイズを想定した武装など、どのゴレムにも搭載されていないのだ。
「クソッタレ、虎が虎になったってか!?冗談にしても笑えねぇんだよ!!!」
陸を目指して爆走するシュネッケ、砲戦仕様機の割にかなりの機動性を有している。
「コイツはご機嫌だァ!飛ばすぜ!!」

タイヤの焼ける臭いを引きずり、疾走するシュネッケ。
真っ直ぐにロックブリッジ目掛けて突き進むティーガー。
長年に渡り続いた因縁に終止符を打つ、ロックブリッジ攻防戦、第1幕が今始まりを告げた。
((世界が私と彼女の絆を切り離す。運命の糸に抗う、醜く愚かしい妨害者どもが、尽く私の邪魔をするのだ。
女が一生ひとりの他人を想い、添い遂げる事の如何な罪悪を根拠に私は迫害される?))

前線配備の声がかかって、ようやく見たと思った日の目は外れクジ。
イアルコ、あの小僧だけは生かしておけない。
この期に及ぶといよいよ憎き恋敵の顔が、想い人より増して脳裏を過ぎるようになった。
アッシェンプッテル・トーテンレーヴェは腹立ち半分で騎竜「オーフェンローア」の背を殴る。
竜は主人の不機嫌を悟ってか、ニブルヘイムの鋼鉄の装甲を爪先で掠める急降下。
陸戦艦に敷かれた合板が、急接近する軍装の女騎手と竜との鈍い影を映した。

公国空軍飛竜部隊が先鋒、「トーテンタンツ」である。
ゴレムを始めとする戦闘機械の大幅な技術革新に、陰日向へ追いやられがちだった愚連隊も
ロックブリッジ攻略戦の人手不足にはとうとう駆り出された。トーテンレーヴェの姉妹は息巻く。
四女アッシェンプッテルだけが、想い人リオネから遠ざけられた戦線配備に怒り心頭だった。

彼女の御乱心に出発の日時はずれてずれて動いて、〆には恋文の束がラインに浮かんだ。
まず先に読める者があれば、およそくど過ぎるほどロマンチックな文頭から、
途端に殴り書かれたような猥語の羅列へと雪崩れ込むその内容に、頭を抱えたであろう。
ペンのインクが迸る。言質を取れば彼女は、燃え盛るこの想いをありのままぶつけたと。
見れば元々の字が過剰装飾に踊り執筆者の興奮に踊り、おまけにインクの乾くより先に閉じてしまってある。
書きつくるは鞭で打たれる猥想か、それ以外の新しい妄想も日毎に加えたようだが、中身を知るのは彼女だけ。
時折はおぞましい贈り物さえ添えて、見るに耐えない文面を、そもそも読めない手紙に書いて戦地に送るが
幸か不幸か、本人には決して読まれない手紙。身の回りの世話の者か或いはジェマの四兄弟が全て処分していた。

((私が果敢にも行動に立とうという時、必ずと言って浮世の些事に煩わされる。
出動。ロックブリッジのサルども、敵に味方に。
奴等は臭い。体臭が、まとい漂わす下品と畜生の気配が日々私の思考を侵すので我慢ならない。
想う事すら許されないのか、昨晩は夢路にさえ、サルの檻がまたがった。
父は何故、戦場からアレなどを持ち帰って飼育するのか。
サルの死体は黴菌だらけで汚いし、放っておけば腐る。
黒い血に肉が溶け、薄黄ばんだ骨がずり落ちた青白い皮膚の下から蛆、蛆、蠅の群れ。
ざくろみたく割れた血の塊から、終いには髑髏も覗く。
家はサルと腐敗菌と死霊の檻で、私に相応しい住処ではない。早く、助けて欲しい。リオネ様))

思い出される、リオネ・オルトルートを初めて目にした晩餐会。
後日行われたライヒハウゼン家、オルトルート家の交流試合に忍び込み
リオネその人に一太刀で伏せられた瞬間の衝撃を。
以来、身を焦がさんばかりの情欲の火に踊らされ、
少女は恥も外聞もなくリオネへ近付こうと駆けずり回った。
無論、オルトルート家当主の気性は彼女の存在など歯牙にもかけず、
放置状態のアッシェンプッテルはひとり妄想の自家受粉を繰り返し、日に日に狂気の度合いを増すのであった。
飼い主の苛立ちが竜を不安がらせる。ガナンを出発して以来、彼女の騎竜の神経質は度を増した。
食事は細いし、夜鳴きがひどい。ここ数日でやっとましにはなったけれど、アッシェンプッテルは竜との添い寝を続けていた。
彼女にとっては自分の愛と神経が一番の重大事だが、竜に愛着のない訳でもない。
竜の歪んだ造形が自身を擬えた、分身として彼女の心の一部分を常に占めていた。

公国領に生息する大型翼竜を飼育・交配し、騎乗と空戦に適した体型・体質へ改良したすなわち飛竜。
オルトルート分家扱いのトーテンレーヴェが、飛竜の交配術で成り上がる。
当代では黒い噂と共に、怪物じみた畸形の竜が四匹、竜舎を埋めた。

顎無しのオーフェンローア。
刃物で切り落としたみたいな円く平らな頭部に、四対の小さな眼が並んで、砂泥に棲む鰻のよう。
鱗は完全に変形・癒着し、不恰好な岩の鎧。硬くて脆い体表の角質は、飛ぶと翼から灰のように落ちて舞った。
体格は原種の飛竜に劣ったし、体力も、病気に対する免疫も弱い。足や尻尾も骨格異常で満足に扱う事が出来ない。
しかしアッシェンプッテルがひとたび鞭を入れるや、オーフェンローアの飛翔は電光と化した。
ブレスの熱線は、魔法で強力に防御されたゴレムの車体さえ簡単に焼き切った。
健在の翼と、体内に蓄えた膨大な魔力が、他のハンデを置いても有り余る存在意義を怪物に与える。

そして彼女は人生の一世紀を、この哀れな怪物と共にしている。
例え愛でなくとも、彼らの間には確かな「絆」が存在していた。姉たちと、姉たちの竜も同じ。
竜は妄想世界においては忠実な僕として、現実世界においては唯一の忠実な僕として、
壊れかけの肉体と魂の諸々を彼女らへ捧げているのだった。

「虎」が出撃した。ニブルヘイム上空を旋回中の編隊が一隊離脱し、ティーガーの援護に当たる。
次女ドルンレスヒェン・トーテンレーヴェの二番隊、八騎編成。
火力は別三隊に劣るが変則・分散飛行に長け、臨機応変、変化自在の遊撃戦法を得意とする部隊だ。
毒竜「グリューンヘルツ」の鮮やかな緑は幅広の翼をひるがえし、夕陽を受けて金色に輝く。
通信機のスピーカーに姉妹の連絡と応答が走る。原因不明のノイズが折込み、アッシェンプッテルには聞き取りが困難だった。
「ああ、っるせえ!」
耳元のスピーカーを、兜から強引に毟って捨ててしまった。空に上がってしまえば通信など当てにしない、どうせ後続だ。
地上の虎より最初の砲声が轟き、アッシェンプッテルは独り言を呟く。
「サルの大将、私らがクソ真面目に守るこたないんだよ。
連中下衆だから、ゴレムと金貨で簡単になびくんだ。戦争よりも防疫しろ、防疫……」
38セイファート&暁旅団 ◆iK.u15.ezs :2007/03/18(日) 00:44:47 0
「♪クロマニョン人に引き渡す!羽まみれにして引き渡す!♪」
公国軍上空で謎の電波ソングを演奏するのは、アコーディオン弾きの呪歌手カノンと
縦笛吹きの旋律士ハノン。本人たちによると別に遊んでいるわけではなく、聞いたものの
闘志を根こそぎ奪い取る恐るべき呪歌だそうだ。が、歌が突然かき消された!
というよりほかの音で聞こえなくなった。
地上には凄まじい轟音と共に疾走する巨大な虎の姿をしたゴレム!
「うっわー!何あれヤバイヤバイ!」
そこにセイファートが飛んできた。
「2人とも、歌ってもどうせ聞こえないし少し休んでいいよ」
「はい?さっき思う存分電波ソングを歌っていいと……」
「もうすぐ飛竜部隊が来る!!」
セイファートがばばーんっという感じで宣言する。その途端に雰囲気が一転
真面目な顔になる一同。ただし、通常とは別の意味で。
「飛竜部隊!?怖えええええええええ!!」
「霊法使えないし絶対勝ち目ないし死ぬ死ぬ!!」
「だいじょうぶ!!みんな元からほとんど使えなかったじゃん!!」

ギルヴィア女王国、かつて、楽園と呼ばれた国。
一角獣の森の近くだったせいか家出エルフが多く住み着いていた国でもある。
かといって特に争いも無く聡明な女王の下で、人々は平和に暮らしていた。
高度な魔法技術を持っていたが、決して侵攻することもされることも無かった。
慈悲深い女王の元、平和な日々がずっと続くと誰もが思っていた。
しかし、王位継承者たる姫君が生まれ、国民が歓喜に湧いていた矢先……
残酷にも、隣国のリエッタ共和国が堕ちたという知らせが舞い込んだ。
共和国が誇る霊鳥騎士団を破ったのは、飛竜を駆る部隊。
その直後、ギルヴィアに差し向けられたのも同じ部隊だった……。

――17年前――
炎が揺らめき、崩れ行く城の中……女王が残した最後の言葉。
「今まで本当によく仕えてくれました。
私からの最後の任務です。ジンレインを連れて逃げて!!そして……生き延びて!!」
公国の属国になって侵略戦争に協力するぐらいなら、滅びの道を選ぶ。
それが、女王の出した答えだった。楽園と呼ばれた国は、あまりにも儚く地図から姿を消した。

夜が明ける頃、まだ一歳にも満たない幼子を抱き、王都を飛び立とうとする青年がいた。後悔も自責の念も流し尽くし、瞳に刻まれたのは、揺るぎ無い決意。
「王女様、貴女だけは何があっても……必ずお護りします!」
彼の背中に向かって、声をかける者がいた。
「隊長、一人でどこに行くんですか?」
目覚ましが得意な旋律士ハノンだった。他にも生き残った仲間たち。
「私はもう隊長じゃない……」
「そんなこと言わないでください隊長」「そうですよ!」
「みんな……」

こうして、彼らはレジスタンスの傭兵隊なるものを結成し、今に至る。
39トレス=カニンガム ◆psB.QTYrZc :2007/03/18(日) 12:39:49 0
私は引き金を引いてしまった…遂に、私は引いてしまった!!
もう引き返す道は無い。後戻りは出来ない!…何を今更…私が選んだんじゃないか…。
こうなる道を…選んだのは私自身じゃないか!!何故今になって後悔など!!
今更間に合う訳が無いというのに…。
一体何を期待していた?悔悟を振り払える事か?…違う。
望んでなどいなかったのだ、最初から…この新たな翼を手にした瞬間から!!
天より降り注ぐ火に焼かれた戦友達よ、かつて志を同じくした戦友達よ、私を決して赦すな…。


           決 し て 赦 す な ! ! ! !


私はシンクロペダルを2ndに踏み、凶器の翼を広げると…次なる標的を目指す。
衛星軌道都市ライキューム。
遥か古の空を支配した天空都市。今では朽ち果て、星界を漂うだけの墓標。
この古き因縁と妄執の巣窟と化した忌まわしい墓標を再び宙(そら)から空(そら)へと帰す。
圧倒的質量を伴う人類史上最大級の“攻撃”を、これから私が成さねばならないのだ。
ならば!先の砲撃などで気圧されるようでは到底足りぬ!!
この先私は更なる業を背負うのだ、この期に及んで迷いを持つなど…あってはならない!!

『大佐、前方より星界獣の接近を確認!数は10…20…!?なんだ!?増えている!?』
通信の通り、索敵盤の白点が数え切れぬ程の数に膨れ上がる。
…見えた、なんという数だ!!先程倒した青蛇琴の群れか!?…あれは…一体?
無数の青蛇琴の奥に、僅かに見えた黒い何か。あれは…まさか…ライキューム!!!
「こちらも視認した。《ヘイムダル》を撃つ!イナーシャルロックの解除を要求する!」


ロックブリッジ近郊、ニブルヘイム内CIC。
その女性は待ち侘びた贈り物が届いたかのように、オペレーターからマイクを奪う。
「イナーシャルロック解除要請受諾、【我に仇為す愚鈍の輩を死者の宮へと誘え】!!」
その女性、ソフィー=ハイネスベルンの凜とした透き通る言霊が、霊子回線を通じて発信された。


 ∵言霊ヲ認識…識別格子第1隔壁解放…第2隔壁解放…第3隔壁解放…∵
ドラッヘ腹部の装填管がハッチから迫り出し、展開する。
 ∵第4隔壁解放…第5隔壁解放…第6隔壁解放…∵
展開した装填管に送り込まれる弾頭は…“生きた公国兵”を内蔵した“呪怨弾頭”。
 ∵最終隔壁解放完了…《ヘイムダル》射出体勢ヘ移行…∵
統一国家思想を狂信する兵の“想いという名の呪い”。装弾数66発、66人の生命!!
 ∵射出体勢移行完了…∵

「公国の未来の為、《ヘイムダル》撃ェエエエエエーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

数秒後、暗い宙に光が咲き乱れた。
その光は眩しく、儚く、しかし力強く…星界に住まうモノを消し去り、瞬いて闇へ溶けた。
第1装填管、計11発の“呪怨弾頭弾”は《ゲヘナ》とは比べ物にならない威力だった。
完全に沈黙したライキューム周辺、索敵盤の反応は無い。これで任務を続行できる。
私はライキュームの外壁にアンカーを撃ち込み、牽引を開始した。地上へと…。


もう…私の手は震えなかった。
40ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2007/03/19(月) 14:33:01 0
嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だッ!!!!絶ッ対に・・・い や だ ッ!!!!!!!
 ギィイイイイン!!!
包丁と包丁がぶつかり合う!ラヴィの四番包丁秋雨。刃の強度は限界を越えて砕けた。
「往生際が悪いわね!!」
アンナがすかさず第二撃を打ち下ろす前に、あたいは風になるッ!!
疾風迅雷・・・ホビットの最高速度を舐めんなッ!!このクソアマァ!!!
「あたいはね・・・最初っからあんたが大ッ嫌いだよ!!」
「・・・え!?」
アハハ、なにその顔。そんなに驚く事ないだろに、大事なツラがガラ空きだよッ!!
「でぇやああああああああああああああああっ!!!!!」
あたいは思い切りブン殴る。猟理人が包丁無しで、プライドも掟も知ったこっちゃない。
今やらなきゃいけないのは、猟理じゃない・・・アンナ、あんたを気が済むまでブン殴る事ッ!!!


突然の急展開に駆け付けたパルス達は唖然として立ち尽くした。
いつも『〜だよぅ』とか『〜なのぉ』とか、馬鹿っぽい喋り方だったラヴィが・・・
「オラァ!!どしたァ!!やり返しなよアンナ!!!」
まるで別人のような口調で、いや口調だけではない。戦い方もまるでチンピラだ。
「ラヴィちゃん、キレ・・・ちゃった?」
「うわぁ・・・ラヴィって実は危ない子だったんだ・・・・。」
「普段ほんわかしてる人に限って、怒るとシャレにならないですからねぇ。」
「なるほど〜、なんだか納得したかも。」
絶対絶命のピンチに駆け付けたのに、出鼻を折られてどうしようかと迷う一行。
そんな一行を無視して、アンナからマウントポジションを奪い、狂ったように拳を振るうラヴィ。

『バーサーク現象』という精神疾患の一種。それが突如発生した狂乱の正体だった。
極度のストレスが逆流して、人格崩壊と同時に激しい狂乱状態を引き起こす、重度の病気。
本来ホビット族はストレスとは無縁の種族、しかしラヴィは長い間猟理人の修行生活が続いた。
ホビット族の気楽主義なライフスタイルから大きく掛け離れ過ぎた半生だった。
対人関係のトラブル、職場環境、様々な要因が重なり合い、ラヴィのストレスは累積していたのだ。
猟理すら、死んだ師匠からの期待による重圧、アンナとの確執が原因でストレスを激増させた。
溜まるストレスを発散する機会が一切無いままに、今日までずっと積もり積もっていたのだ。
そして今、アンナとの再会が引き金となって一度に噴出したのである。

「あたいが何度ブッ殺してやろうかってのを我慢したと思ってんだ!?あ!?」
「それはこっちのセリフだわ!!貴女の事がどれほど憎かったか・・・思い知れ!!!」
とうとうアンナまで包丁を放り捨て、取っ組み合いのキャットファイトが始まった。
「友情ゴッコのぬるま湯に浸かって気楽に生きてる貴女みたいなのを見ると吐きそうだわ!!」
「何がぬるま湯だよゴラァ!!こちとら胃袋に穴ァ開きそうな毎日なんだよヴォケ!!!」
他人の介入する余地が無い、醜い殴り合いは数分の間続いたが、結局アンナが勝利を手にした。
基礎体力の差が勝敗を別けたのだ。女性とはいえ、人間とホビットだ。勝負は見えていた。
41ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2007/03/19(月) 14:34:12 0
「はぁ・・・はぁ・・・てこずらせて・・・くれたわね・・・はぁ・・・。」
アンナは肩で息をしながら立ち上がり、倒れたラヴィの頭を踏み付けた。
「弱いくせに・・・私よりも弱いくせに!!!」
憎しみが渦巻くアンナの表情には、理性など残されてはいない。あるのは憎悪のみだった。
「なのにどうして貴女なのよ!!!どうして私じゃなかったのよ!!!!」
力尽きたラヴィを蹴り飛ばし、叫ぶ。その叫びに答えられる者は、もうこの世にいない。
アンナは包丁を拾い上げた。殺すためだ、猟理ではなく、殺すためだ。
「・・・もういいわ・・・これで終わるんだものね。さようなら、ラヴィ・・・。」

「そうはさせない!!行け!燃える友情 漢祭パート2!!!」
 ドォン!!
ローヴェスタンの銃口から発射された弾丸が、一直線にアンナを目指す!
極彩色の光が辺り一帯を包み込み、再び裸漢達が現れる!!
「ほいやっさっ!!!!フンッ!!!!」
さっきのとは少し違うようだ。頭にはバナナではなく松茸を乗せている。
背中には『旬の味覚』と、力強い筆走り。しかしその手にはやはりバチが握られていた。
「「うわ!また出た!!」」
思わずレベッカとパルスが、手で顔を覆い隠す。
「なるほど。『男』ではなく『漢』だから先程とは違うモノが出て来たのですね・・・。」
アクアは冷静に状況を分析、1人うんうんと頷いている。流石はラーナ司祭であった。
「「うそーっ!?アレ分かるの!?」」
「いえ、何となく言ってみただけです。」
盛大にすっ転ぶパルスとレベッカ。

迫り来る汗と筋肉の祭典、しかしアンナは平然としている。そして包丁を一振り。
「・・・邪魔ッ!!!!!!!!」
一刀両断!裸漢達は横一文字に真っ二つ!!これにはパルス達一行も驚きを隠せない!
「「「お、漢祭が効かないッ!?」」」
「いや、効いてもアレだけどさ・・・なんてゆーか。」
げんなり顔でレベッカがツッコミを入れたその時、パルスが悲鳴を上げた。
「分かっちゃったああああっ!!ラヴィちゃん達は『女の子』だからだあああああ!!!!」
「はっ!?そういえば!?『女』の友情と『漢』の友情ではまるで別物、別問題ッ!!!」
「えぇっ!?それじゃ『萌える友情 乙女祭』だったら裸の美少女が・・・・。うおおおお!!!」
もはや意味不明の大騒ぎである。
「やばい取り残された・・・ツッコミ役がアタシしかいないッ!?」
哀れなり常識人、いっそ馬鹿であればどれだけ楽だっただろうか。ご愁傷様としか言いようがない。


そんな馬鹿騒ぎを見て、アンナは何か胸にぽっかりと穴が開いたような気分だった。
怒りすら湧いてこない、空虚な感情。いや、僅かに感じるのは・・・『憧憬』だ。
ずっと昔に自分から切り捨てたもの。仲間、友情、それらに対する憧憬の念があった。
「・・・私には・・・そんなもの・・・・。」
必要無い、とは言い切れなかった。捨てた筈の感情が残っていたという事実に、心は揺れる。
 パーン!!
信号弾が打ち上がり、撤退を報せる。
今とどめを刺しても撤退には充分間に合うだろう。だがアンナはそうしなかった。
「ラヴィ・・・私は本当に貴女が嫌いだわ。だから、私以外に殺されたりしないで頂戴。」
そう言い残し、ラヴィの包丁箱を抱えると・・・アンナは森の暗闇へと走り去って行った。


  現在の黒包丁所持数
・ラヴィ0本 ・アンナ8本
42イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/03/20(火) 16:57:51 0
「結局……」
仰向けに流れ行く雲を目で追いながら、ドゥエルがポツリポツリと言い始める。
「ゴロナー・ゴスフェルという人は、何も諦めてなかったんだ」
ディアナは瞳だけを動かして、その言葉に耳を傾けた。
「もう世界の滅びが確定したっていうのに、あの人は獣人族の世の到来を諦めなかった。勝利への望みを捨てず、
仲間の勝利と成長を信じ抜いたんだ。……信念とか狂気とかを超えた所にある一途さで、ね」
だからこそ、師ゴロナーはディアナに含みを入れたのだ。
高慢な彼女が、自分の意志で真っ先に八翼へ挑むように。
思い返せば、彼はスターグだけではなく他の盟友達も引き合いに出してディアナを諌め、促し、噴気させていた。
「姉さんのために言ってくれてるんだと思ってたけど、違ったんだねえ……」
「…………」
「うん、あの人の教えは間違ってない。むしろ全力で指導してくれたと思ってる。僕達の事もちゃんと気にかけてくれてたと思うよ」
ドゥエルは涙の流れるままに、言葉を綴った。
「でも……だから、余計に情けない……!」
自分達の不甲斐なさ、至らなさ、間抜けさ加減が情けない。
「僕達は、自分が死ねばどうなるかなんて想像もしなかったのに……」
ゴロナーだけが、その結果を考え、またその事態が生み出す可能性に賭けたのだ。

スターグが双子に告げた内容は、とことんまで簡潔でわかりやすく、残酷だった。
「私ハ今マデ、三百九十二回ニ渡ッテ君達トマミエ、戦イ、勝利シ、葬ッテキタ」
最初は、何を言っているのか理解できなかったが……。
「一度目ノ遭遇ハ、約五十年前ダ。ソノ場ニリリスラガ居ナケレバ、私ハ死ンデイタダロウ」
徐々に、
「二度目、三度目ト命危ウクモ君達ヲ退ケ続ケ、十ヲ超エル頃ニハ、一人デモ問題ナク対処デキルヨウニナッタ」
無機質な語り口が、
「ソシテ、ヤガテ君達ノ素性ヲ聞キ出ス事ニ成功シタ」
双子の心臓を痛く痛く締め付けていった。

「私達ハ、図ラズモ知ッテシマッタ未来ニ備エル為ニ、君達ヲ練習代トスル事ニシタ。
戦闘中ニアニマ・ギアノ暴走ヲ促シ、擬似エクスマキーナヘト変エテ、私達ハ君達ヲ葬リ、研鑽ヲ積ミ続ケタ。
全テハ対エクスマキーナ、対アンティノラ、ソシテ…………ヲ果タスニ相応シイ最強ノ軍団ヲ作リ上ゲル為ニ……」

「死シテモ、マタ次ノ君達が来ルヨウニ、未来ヘノ道筋ヲ変エズ……」

「僕達が死ねば、連続した未来からまた同じ目的を持った僕達がやってくる。同一時間内に同一存在は
存在できないから、僕達にはそれが認識できないだけで……でも、外から見れば立派な無間地獄だ」
それを双子に明かしたという事は、もはや未来の変化を気にする段階ではないのだろう。
あるいは、そろそろ開放してやろうかという情け心からか。
「この時代で感じた違和感はそのせいだったんだ。……多分、もうすぐ僕達の未来との連続性は失われる」
「…………」「帰ろうか? それとも、リベンジしてく? 次は勝てるよ」
「……勝てないわよ」「そうか……そうかもね……うん」

「……………………………………え?」

ドゥエルは姉の一見気弱なセリフに絶大な違和感を感じて、まじまじと顔を覗き込んだ。
熱でもあるの? ……いやまさか…でも? それって相手は……だよねえ……だけど、ちょっと待ってよ!!

母さんも、ご先祖様もみんな含めて――ウチの女は、趣味悪すぎだっっっっっ!!!!!!!!
43陰謀論 ◆LhXPPQ87OI :2007/03/20(火) 18:07:21 0
「紙類が濡れずに済んで良かった、武器も。
企む悪党に扮装もまた楽し、商人と馬丁とはね……交代しないか?」
公国空軍によるガルム要塞攻撃の翌日、メロメーロから引き上げた資料をエドワード自らが馬車に積んで運ぶ。
御者をルドワイヤンが務めている。空気も凍える薄曇りの朝がたである。
吐息が白む。明け方までは冬の嵐が吹き荒んでいたが、小康状態。
二人がメロメーロ郊外を旧街道沿いに進んでいると、やがて小さな集落へ辿り着いた。
街からは全く中途半端な距離だし、ギルド商隊の馬車道には石畳の整備された新街道を使うので
金を落とせる場所もなし、旅行者が立ち寄ったところで見るものなどは無い。

この村落、寂れた旅籠と貧乏農家の寄り合い所帯が
盗賊団「凶宅幽宴(スウィートホームパーティ)」頭目、エリアス大兄の潜伏先だ。
「天使の炎のエリアス」は昨日の役員会にも出席していたが、返礼として今回は、エドワードが盗賊ギルドの会合へ出向く。
中原一帯でのマインドコントローラー散布には、どうあってもゼロのテリトリーを間借りする必要があったし
ジェイコブズラダーの猟理人始末についても報告を受けねばならない。
クラーリアの王子派貴族から秘密裏に、暗殺依頼を仲介したのはエドワード本人だった。

「今頃は、ゼロが猟理人を捕まえたかな」
エドは車中で外套に包まり、窓からすっかり遠ざかったメロメーロを見詰めている。ルドワイヤンが尋ねた。
「あの女、どうやって仕込んでるんです? まさか手ずから、腹切って詰めて縫い直した訳じゃあるまい」
「『種』のままでは十剣者のいい餌だからな。発芽した状態のまま凍結して、装備に封印してある」
「発芽した状態で凍結? どうやって? 出来るのか、そんなこと?」
泥濘に車輪を取られ、馬の歩みがもつれる。ルドワイヤンは乱暴に手綱を執りつつ、エドワードを振り返った。
「愚問だな――大罪の種、『傲慢』は確かにこのセフィラに侵入した。
だがセフィラは同じセフィラでも、別の時間軸から侵入したとすれば?」

ルドワイヤンは馬へ体を向け直しつつしばし考えてから、答えた。
「統一連邦が種の状態で捕獲した。連中がその、小細工をして送り返した」
エドワードはひとり頷くと、
「『アカマガ』を送るついでにな。レベッカ女史も手の込んだ真似をするよ。
時間航跡を十剣に悟られぬよう、異なるセフィラを経由しての事だ」
「他の荷物とは訳が違う、連中に発見されれば明らかな示威行為と見なされる……かな?」
「発見された所で、連中に一目でそれと分かるものではない。
が、隠せるものは隠す。『業怒』もそうだ。特に我々の意思を、直に示してしまうような輸送はな」
「『我々の』? 『統一連邦の』でしょうが。
しかし『アカマガ』が気付いて漏らせば、今度はグラールロックを敵に回しますよ?」
「彼女が気付かなかったから、我々が今こうして息災なのだろう」
「危ない橋だな」
「我々の渡る橋はいつでも危ないよ、一歩目で知れた事だろう? 共通理解だとばかり思っていたがな」
御者はかじかむ手を揉みさすり、溜め息まじりに
「改めて自分に言い聞かせてるんでさ」
44陰謀論 ◆LhXPPQ87OI :2007/03/20(火) 18:08:07 0

村の入口に差しかかると、街門らしい低い鉄製のアーチの錆びて傾いたのが道に立っていて
弩を背負い、剣を腰に佩いた目付きの悪い数人組がそれに寄りかかっていた。歩哨のようだ。
彼らが手振りで馬車を阻んだが、ルドワイヤンが符牒で答えると通してくれた。
「物騒な見張りを置くんだな。ああして秘密会合の意味あるのかね?」
「ところで二通目の『手紙』の件、調べが上がったよ。
ナバルから今朝届いたばかりの報告、三十五通目は想暦38年1月30日付。
銃士ギルドが『未来の』ナバル周縁6ブロックで武装蜂起、これを占拠。
統一連邦はギルドの即時解体及び連邦陸・海・空軍、星界軍による直接制圧を指令。
ちなみに旧公国貴族院は銃士ギルドに同調、連邦議会特別召集を阻止する構えだ。内紛に火が入った」
ルドワイヤンの口笛。
「出がけ、ライラック商会に寄り道したのはその報告の為か。すごそうだな、行って見られないのが残念」
「長生きしろよ。こっちは確証がないが、東方大陸の工作部隊がクーデターに参加しているとの情報も」
「人口五万人の世界で種族間戦争を蒸し返す。ゼロサムゲームだな」
「兎に角これで二通目は、銃士ギルド本部発信の線で確実。
あの発信でギルド長と連名だったヒロキ・ロインド・オクトは、今回の連絡ではクーデター首謀者として名前が挙がってる」
「かつての仲間が起こした暴挙となると、あんたも思う所があるかね」
「現在調査中」

馬車が村内を横切る、旧街道の古びた敷石に刻まれた軌跡へ乗ると
街道沿いをひたすら占めるひなびた宿屋や酒場の並びを通り過ぎた。
エリアス・エンゼルファイアの指定した会場は町外れの教会で、
この町には人間の満足に集まれる場所がそれくらいしかないのだろう。
濡れた町並みはメロメーロの後に見ては軒も地を這うようで、のっぽな教会の屋根ばかりが遠くに目立つ。
往来にはほとんど町の住人もなく、ちらほら見かけた彼、彼女も堅気ではなかった。
「王子派の動向は予定通りなのか?」
「グラールロックとの接触を図っている、今度はライランス本人が出向くつもりらしい。
幻獣が宮殿を囲って通してくれないからな。受け身の交渉ではいい加減埒が明かないと見たんだろう。
双子は一時帰還してしまったし、統一連邦が計画第二期を発動するまでの繋ぎに十剣と『アカマガ』が必要だ」
「魔物が動くか」
「魔物かどれかが動くよ、それは間違いない。先代の出番だよ。
想暦37年10月3日付十二回報告書が正確なら、じき中原に駒が揃う。大陸戦争前線は焦土と化す。
真の敵に気付き始めた連中がいよいよ戦争を放り出す。そこへ我々が絶好の餌を与えて、我々の仕事も最後の詰めさ。
我々自身の勝負はそれからだ。今はまだ、お前が言う通りにゼアド統一連邦の使い走りだがな」

二人が声を揃えて笑った。町はあっという間に半ば通り過ぎかけており、馬車の右手に教会の軒先の人だかりが見えた。
教会の男たちは街門の連中とそう変わりの無い格好で、彼らの足下にはホビットの子供じみた姿も数多くあった。
「本当にずるい話だ。皆自力で頑張ってるってのに、こっちゃしばらくは他力本願で、拝み倒しなだけじゃないか」
「そろそろ、コンサート会場を決めなくちゃな」
馬車を着けると、ゼロのホビットが荷物持ちに出迎えてくれた。
だがゼアド統一連邦発行の資料を詰めた鞄は決して預けず、ルドワイヤンが抱えて運んだ。
鞄には厳重な魔法錠が仕掛けてあり、錠前に不用意に触れれば指どころか上半身丸ごと吹き飛ぶ。
これは会合出席後にナバルに送らねばならない機密書類であったが、
昨晩の嵐でメロメーロ市内の水路が氾濫し、緑の鯨亭もライラック商会もおおわらわだったので、預ける場所がなかったのだ。
45リーブに援護射撃:2007/03/20(火) 22:06:14 0
ガルム要塞を消滅させた衝撃波は地中を伝い、中原を駆け抜けた。
数分後、地底都市イルシュナーにもそれが到達。
完全なる耐震構造を誇るイルシュナーではあったが、悠久なる星霜と短期間に限界以上に地脈エネルギーを吸い出されてその能力は本来に見合うはずもない。
走りぬけた衝撃波に外壁には大きな亀裂が入り、土砂が振り出す。
《緊急事態です。ただ今地殻変動により、本都市に埋没の可能性が発生しました。
自動修復可能性は65%。
大変危険ですので管理用ホムンクルスを除き全市民、作業員の皆さんは他の都市に速やかに退避してください。》
けたたましいサイレンと共にアナウンスが鳴り響く。
一万二千年前、イルドゥームの暴走によって壊滅したときも同じようにアナウンスは流れたのだろうか?
《龍人族の全ての都市では皆さんの市民権と豊かな生活が『六星龍』によって完全に保証されています。
生体反応に応じて転移ゲートを出現させますので、落ち着いてお待ちください》
そのアナウンスと共に、中央制御室に青い光の球が出現する。
2m程の楕円形をしたゲート・・・ブレスの技術を応用した魔法装置。
時折ノイズが走ったように形を歪ませるが、まだ機能はしているようだった。
作動するのも一万二千年ぶり。
座標がズレどこに出るともわからぬそのゲートの先は、他の六星都市か、無人の島か、地獄へか?
46ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/20(火) 22:20:56 0
――ガルム要塞跡地
「さてと、これでナバルまでの630km。邪魔な者はいなくなったわ…“央へ至る門”へ進む」
マリオラがすうっと指差す先には…《祖龍》が眠る封印の地、王都ナバル地下333mのジオフロント!!
リオネは歓喜に震えた。今の今まで憧れ続けた軍神の鬼気は想像を遥かに絶したからだ。
飄々とした外観からは不釣り合いな闘気、かの帝都攻防にて“破龍”を退けた龍拳士。
そのマリオラが再び拳を握る!これがどのような意味か、リオネは容易に想像出来た。
彼女は討つ気だ。実の兄を、王であるギュンター=ドラグノフを!!
リオネは自らが目指した目標の、余りもの雄大さ故に我を忘れその身を高揚させる。
「貴女はダメよ?ガナンに戻りなさい」
突然告げられた命令は、リオネにとって死刑に等しく感じられた。自分を供に置いて貰えると思っていた。

マリオラがそれを拒んだのは何故か。確かにリオネは強い。強いという自信はある。
しかし足りない。圧倒的に足りぬのだ。
これより先に待つ“戰”には、リオネではまるで足りないのである。
その足りぬものとは…

愛だ。

「マリオラ様!?どうして連れて行って戴けないのですか!?」
「そんな場合じゃないから…って理由じゃ駄目かしらねぇ」
荷電粒子砲の砲撃による余熱冷めぬ大地が陽炎を揺らし、また、リオネの目頭に湧く涙が景色をぼかす。
「貴女の大切な人がこれから大変な試練に挑もうとしているわ」
そう言ってリオネの肩を優しく抱き、マリオラはまるで母親のような暖かさで諭してやる。
これも愛であった。母性という名の愛、その深さにリオネは包まれ、その意味を知る。
「“愛”を学びなさい。“武”を越えるのは“愛”だけ、今の貴女に足りないものよ?」
涙を拭い、マリオラに背を向けてリオネはガナンへと歩を進めた。
遠くにはこちらを目指し走って来る人影が見える。
リオネは一度だけ振り返るが、陽炎舞うそこにはもうマリオラの姿は無かった。


――新王都ナバル、地下333m地点
広大な地下空洞。そこに広がるは夥しい量の屍、骸、屍、骸、血の荒野。
その中心にて座り込み、天を仰ぎ見るは“戦爵”ミュラーと“万学長”ベルファー。
「…どれくらい倒しましたかね?もう数えるのに疲れましたよ…」
「だらし無いなぁミュラー君、僕様は229匹までは数えたよ?そこから先は止めたけどね」
2人共血塗れの姿だった。その大部分は返り血ではあったが、負傷も少なくはない。
地上に於いて最も強い生物、“竜”。
2人が戦い、倒し、そして今この地に広がる屍である。その数は尋常ではなかった。
竜の個体数はそれほど多い訳ではない。繁殖能力の低さも理由の1つではあるが、決定的な理由がある。
それは《祖龍》の制約だ。彼女が望まぬ繁栄は存在を許されないからだ。
この地上の版図は遥か古より《祖龍》の意思によって決定された偽りの調和でしかなかったのだ。

其は神か?
其は調停者か?
其は支配者か?

否、其は《世界》であった。
其は《真理》であった。
其は《摂理》であった。

其の名は《祖龍アンティノラ》、幾星霜の古にてこの《世界》で《創世の果実》を喰らいし…


《原罪の魔物》
47リーヴ ◆DMluABX9IM :2007/03/21(水) 08:48:18 0
さっきから質問に全く答えられないアビサルをリーヴが見つめる、
その目には『仲間』や『同士』に向けるものとは思えないほど冷徹な感情が映っている。
コボルトの遺伝子を引き継いでいても不自然なところが多いという言葉に、リーヴは反応する。
「行動や知識に不自然なものが多いやて?違うやろ、そもそも遺伝子レベルで知識引き継ぐ、
 そないな技術そのものが『不自然』違うんか?」

この言葉はアビサルを全否定している、もはやアビサルを仲間などと思っていないのだろう。
いや、もともとこの男は誰も信用などしていないのかもしれない。
蛇に睨まれたように俯き固まるアビサルの頭を怖くないとでも言うようにコボルトが優しくなでる、
しばらく均衡状態が続いたあと、突然リーヴが背伸びしてそこら辺をブラブラし始める。
「下らんわ、こないなことで話すんは、軍師さんは軍師さん、ワイはワイや。すまんかったわ。」
しかし、言ったあとすぐにリーヴは動きを止めて、アビサルとコボルトの方も向かずに言った。

「そやけど、ワイがあんたのこと聞く理由は簡単やで、お前がむっちゃ怖いんや、
 お前はさっきからなんやワイにビクビクしとるけどな、
 お前が本来の10分の1の力でも使えばワイは死ねるんや。そこの爺さんにすら敵わんわ、そないな矮小な存在なんやで。」
そういうリーヴの後ろ姿は二人に今にも消え入ってしまう陽炎のように思えた。

「…ど、どこに行くんですか?後は帰るだけで……」
リーヴの足がどこかに向かおうとしているのを見てアビサルは呼び止める。
「どうせ早う帰ったかて暇なだけやろ、なんてったってここは遺跡やで、
 金目のもんあるかもしれへん、金はあればあるほどええっちゅうやろ。」
そういって足早に中央制御室を出て行く。

「あの男…………難儀じゃのう。」
出て行ったのを見届けていたシバが呟く。
「え……なんでですか?」
「いやなに、あの男、一見は利が有る方に傾く現実主義のようじゃが………」
「………でも実際に、お金とか権益を重要視してるみたいですけど………」
「そう見えるのじゃが………亡者にも、非情にもなりきるにはまだまだ甘すぎるのう。」
48リーヴ ◆DMluABX9IM :2007/03/21(水) 08:48:49 0
「…………はぁ〜。」
溜息を付きながら灰みたいにボロボロのガラクタを放り投げるリーヴ、何かあるかと思って探ってみればとんだガラクタの山、
遺跡は残っているが、昔の時代を彷彿させるようなものすごいものがあったかというと移動装置ぐらいだ。
持った瞬間に砂のように崩れ去る剣、全く動かない機械、ロクでもないものばかりだ。
「所詮骨董品かいな、遺跡産の獲物は強力やて聞くんやけどなぁ〜。」
ガラクタをあさり続けるが、漁るのをやめて適当にガラクタの山に腰掛ける。
「………………こない浅ましいことして、何しとんのやろな、ワイは………」
膝を抱えてうずくまる姿はいつものような態度は影を潜め………まるで歩き疲れた子供…。
「……もう十数年も経つんやな……元気にしとるやろうか…皆………」
そのとき凄まじい衝撃があたりを駆け巡り、あちらこちらに亀裂を作っていき、今いる部屋の天井が崩れ、
出入り口がふさがれる。
「……そやからこないなとこ来とうなかったんや……」

緊急事態です。ただ今地殻変動により、本都市に埋没の可能性が発生しました。
自動修復可能性は65%。大変危険ですので管理用ホムンクルスを除き全市民、
作業員の皆さんは他の都市に速やかに退避してください。

「……だれやか知らんけど親切な説明あんがとさん。」

龍人族の全ての都市では皆さんの市民権と豊かな生活が『六星龍』によって完全に保証されています。
生体反応に応じて転移ゲートを出現させますので、落ち着いてお待ちください

「クククク……なるほど、こらずいぶんと手の込んだ仕掛けやな。」
アナウンスの言葉を聞いて笑い始めるリーヴ。
「ハハハハハ、そやけどお前、ワイんとこにゲート来ないやないか!
 こらまた傑作や!!ハハハ、ワイはもう死人確定みたいやなぁ」
しだいに笑いが大きくなっていく、ツボにはまったのか、それとも絶望からくるものなのか。

「リーヴさーん!!」
ふいにアビサルの声が壁越しに聞こえる。しかしリーヴは喜ぶどころか溜息を付く。
「なんや、お前まだ逃げてなかったんかい、生体反応に応じてなんちゃらゲート開くんやろ、早う逃げや。」
「そうなのじゃが、中央制御室のゲートはいきなり閉じてしまったのじゃ。」
コボルトの言葉に更に溜息を重ねる、
「ええか爺さん、ここに来る途中にどうでもええ部屋があるやろ、
 そこに空拝める大穴広がってん。そっから逃げや。」
「知っておる、そこから逃げようとしている最中じゃよ。」
「ならなんでここに来たんや、はなからワイのこと探しに来るんやない。」
すでにリーヴは理解していた、アビサルが来ようとコボルトが来ようと、ここから出る術にはならないと。
アビサルの術を使ったらそれこそ今のままではすまなくなる、自らの首を絞めるだけだ。
コボルトも助け出せるとはリーヴは思えなかった。

「……で、でも……」
「仕方ないやろ、ワイは別に恨みなんてせえへんわ。
 ワイがお前の立場やったらさっさと見捨てていくしな。」
「……それで、本当にいいんですか!?怖くないんですか!?」
アビサルは理解できなかった、こんなにも冷静でいられるリーヴが。
「ええってゆうとるやろ、ワイはそもそもが棺おけに片足突っ込んどるんや。
 いつでも死ぬ準備は万端やで。そや爺さん、今は敵や味方や言うてる場合やないから頼みがあんねんけど、
 そこの小五月蝿いチビ引っ張って上にさっさと行ってくれへんか?
 そいつ死ぬとワイまで炎の爪っちゅう奴にとばっちりうけるんや。」
「うむ、分かった、それじゃ行こうかのお嬢ちゃん。」
「……待ってください!!連れてきた私にも責任……」
段々とアビサルの声が遠くなっていく…………二人がいなくなるのを待っていたかのように、
壁の亀裂は広がっていき、天井にまで侵食しはじめる。

「……………そろそろやな…ま、オチがついただけ……犬死よりはマシやで……」
その言葉のとおり、部屋を囲うようにだんだんと天井の亀裂が深まっていき、
全ては瓦礫により、深く沈殿した…。
49ジーコ ◆ZE6oTtzfqk :2007/03/21(水) 12:03:34 0
ぐおあああ!!クソッタレ・・・なんてぇジャジャ馬なんだよ、このゴレムはよォ!!!
ハンドル操作型ならなんとか操縦できるが、このレバー操作型ってのはどうも苦手だ!!
直進後退レバーと左右方向レバー、この2本を組合せて操縦するんだが・・・たまにミスる。
モニターには右側面から近付く『虎』が見える。スゲー速さだ、もう1分も経たない内に追い付かれる。
前方には橋の終わりが見えた、なんとかして平地で戦わねぇと橋が危ない。
俺達にとっての『負け』は、ロックブリッジの破壊だ。それだけは絶対にさせねえ!!
「コイツでも食ってろ、ドラ猫!!」
砲頭を90度旋回、照準は自動で捕捉。流石は最新機体だ、便利じゃねーかよ全くよォ!!
こんなのが相手だったらへこむぜ、マジでよ。ゴレムってのは味方になるとマジに助かる。
公国がノリにノッてすいすい侵略した訳だ、いくら腕っこきが大勢でも、ひっくり返る。

放たれた砲弾が『虎』に直撃したが・・・まるで効いてねぇ・・・。何だそりゃ!?
ぐんぐん近付いて来る、橋は残り100mちょっとか?間に合うか、一か八かだ!!!
「うぉらぁ!!」
迫撃砲が一斉に火ィ噴いて、煙の軌跡を引っ張った。一度に全弾ブチ込めば足止めくら・・・!?
「おいおい嘘だろォ!!」
爆煙を突き抜けて『虎』の前足が俺を目掛けて振り下ろされてるじゃねーか!!!
アクセルを放し、スピードモードを低速にシフト。目の前をえぐり取る『虎』の爪。
ありえねえええええ!!どんだけ頑丈なんだよ!?硬いってレベルじゃねーぞ!?
そのまま前足の横を擦り抜けて橋から離れる事に成功したが、こっからが問題だ・・・。
主砲の残弾数は8発、迫撃砲は打ち切った、機銃なんざ奴にとっちゃ豆鉄砲だ。
橋から引き離そうにも、素直に追って来るとは限らねぇ。かといって撃ち合いにも勝てねぇ。
完全にお手上げバンザイだ、なのに俺は不思議と負ける気がしねぇ。なんでだろうな、クソッタレ!!


なるほど、あくまでも橋を守る事を優先したか。君らしいな、だが・・・甘くはないぞ?
「標的設定!《ベルセルク》射出!!」
ティーガーの両肩部の装甲板が開き、計24機の無線誘導式小型機銃《ベルセルク》が飛び立った。
姉妹機であるドラッヘにも、これと似た構造の無線誘導兵器が搭載されていると聞く。
さて、逃げられるか?ブロンディ。狂戦士の放つ矢は、君を決して逃がしはしない!!


「何だ?ミサイルか?・・・ってマジかよオィ!!」
酒樽みてえなのが飛んで来たと思ったら、それが機銃をブッ放してきやがった!!
クソッタレにも限度ってモンがあるだろが!!これじゃあ森に逃げ込むのも無理臭ぇな・・・。
「どうすりゃいいんだ?勝てるのか?こんな化け物によォ、勝てんのかよ俺は!!」
弾丸の集中豪雨だ。装甲はまだ辛うじて堪えてるが、こりゃ時間の問題だな。1次警告灯が点いた。
タイヤも撃ち抜かれて身動きすらとれねぇ、俺はここで蜂の巣になってオシマイってか?
「冗談じゃねぇ!まだ諦めてたまるかってんだ!!考えろ・・・考えんだよジーコ!!」
自分自身を叱咤する。あの『虎』だって絶対に無敵じゃない筈だ、何か方法がある筈だ。
考えろ、この頭は飾りじゃねぇって証明してみやがれ!!


どうやら万策尽きたか、ブロンディ。君はよくやった、よく戦った。
このティーガーを相手に、ここまで頑張ったんだ。あの世で誇っていい、ここでさよならだ。
《ベルセルク》を全機帰還させて、私は留めを刺すべく封の施されたスイッチを押した。
カバーで厳重に守られたそれは、広域制圧超振動兵器《滅嵐(ルドラ)》の起動スイッチだ。
ティーガーの表面装甲が次々にパージされ、内部に秘められた殺戮の嵐を巻き起こす振動管が現れた。

「さよならブロンディ、私の勝ちだ」

50ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2007/03/21(水) 15:05:05 0
砲撃を続けている間に川津波が達し、水門はとうとう血を吐いた。ゴレムを発進させロックブリッジに帰頭する。
バックミラーの中のシャミィは砲座で膝を着き、息を切らす。髭が震えていた。白ずくめの戦闘服に汗が滲む。
ねぎらいの言葉のひとつもかけてやりたかったが、どうせ切れ目無く次の仕事に駆り出されるのだ。
彼女は突然思いついたように席をずらし、水を浴びれば陽炎が立つ程過熱した砲身から身を退けた。
戦線ではニブルヘイムの出撃機が既に攻撃開始し、ロックブリッジも迎撃に当たっているようだ。
敵の新鋭機に洪水だけで分が合うか怪しいものだが、ひとまず作戦の第一段階を成功させた。
「誇っていい」
「私たち、戦線に交じっているわ」
ロックブリッジで爆発があった。飛竜の群もニブルヘイムから散った。大型のゴレムが防衛線に肉薄している。
しかし水に気が付いて、陸戦艦自体は足を止めたらしく見えた。陣に戻ると、双眼鏡で周囲を眺めていたシャミィが歓声を上げる。
「シュネッケが出ているの」
「援護射撃、足りてる?」
「もうじき津波も来るという手前、あまり期待するのは酷ではないかの?」
「くそったれ」

車を畦から道に割り入れ、やはり慌しい友軍を押し退けて件のゴレムに続く。
立ち向かう敵は稀に見る重武装の超重量級、多足歩行式ゴレムだが
グレナデアを見た後ではそう怖くない。袂の部隊は津波と砲撃の二重奏で浮き足立ち、機能を果たしていない。
盾の裏から雀の涙ほどの射撃が断続的に行われるのみで、それもシュネッケの助けにはなっていなかった。
今朝から姿のないアビサルとリーヴを心の片隅で恨んでみたが、この際どうしようもあるまい。
私たち全員が終始綱渡りで来ていて、知らないものにまで備える余裕が与えられなかった。
「体力は? 終わるまで持ちそう?」
「加減はしたと言っておろうが」
「防衛線の意味なかったわね。いよいよ寝返ろうか」
敵ゴレムが装甲板のハッチを開放、20余機の自律支援兵器を射出し、全機がシュネッケを狙って飛び交う。
砲座のシャミィを見たが、
「もう一度やれば本当に動けなくなるでの」
「役立たず」
シュネッケの機影が飽和攻撃に呑まれる。一旦車を停め、シャミィが準備に入った。
双眼鏡で火線の間隙を探る内気付いたが、上空の飛竜隊が敵機を遠巻きにしている。
後続がない。ロックブリッジの袂へ辿り着いたというのに、敵機はシュネッケに構うだけで橋への攻撃を持続しない。
私たち二人が訝っていると、敵は支援兵器を収容するなり背面部装甲を脱落させ、得体の知れない突起物を引き出した。

「アンテナかの?」
「何の為に?」
一瞬の爆発音から敵機が砂塵に霞み、衝撃波が王国軍陣地と私たちを襲った。
何が起きたのか悟った時にはゴレムの前輪が浮き上がっていて、慌てる間もなく車体全部が宙を舞う。
私は必死にハンドルへしがみついた。耳鳴りがひどいが、石つぶてがゴレムを叩きつける雨垂れのような音も微かに聞こえる。
髪がなびくのは帽子が飛ばされた所為で、どうにか首を回したら、
器用にも私が落としたとんがり帽子を口にくわえて、二挺の銃を腹に抱えながら更に砲座で身体を丸めるシャミィが居た。
ついでに地面からの距離を目測しようと努力したが、車体は空中で回転しているらしく
どの方向を向いても絶えず入れ替わり立ち代わる天地は当てにならなかった。

爆発や転落その他で空を飛ぶ時、決まって五感は一種異様な集中力で状況を観察する。時間が止まったよう。
その集中力は、滞空時間に比例して急速に高まり、研ぎ澄まされていくのだが
重力の感触が戻った頃には必ず時計の回りも戻っていた。

例に漏れず今回も、落下を覚えた瞬間が着陸の瞬間だった。
ゴレムが跳ねて、体の前部をハンドルで激しく打った拍子に腕も離れた。掴むものを手が見失い、ゴレムから放り出される。
再び時計が遅回りになって、私と同じく飛ばされた筈のシャミィを探したが、滞空時間が短過ぎて叶わなかった。
水音と共にラインに沈み、押し寄せる波に揉まれてすぐに体は水中から引き上げられた。
呼吸すると胸がまるで金槌で殴られたように痛み、痛みで思わずもがくと水を飲んでしまった。
川津波の真っ只中で私はどうやら溺れているらしい。記憶は赤い夕空を最後に、激痛と呼吸困難で思考が途切れた。
51ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/21(水) 16:13:26 O
世界から音が消えた、機械仕掛けの虎を中心とした直径20kmの限られた世界。
そこから全ての音が一斉に消えた。
キィイイイと小さな耳鳴りが、酷く不快な騒音に感じる程に。
まるで時が止まったかのような静寂。

「心臓の鼓動が聞こえる…」
私はすうっと深呼吸を1つ、トリガーに指を架けた。これを引けば決着だ。
ブロンディとは長い付き合いになる。もう4年になるだろうか、あの日私が逃げた日だ。
あの日から私とブロンディの因縁が始まった。奴は当然私を憎んでいた。それでいい…
『仕方なかった』などと言われでもしたら私は二度とはい上がる事すら出来なかっただろう。
救いだった。私は憎まれる事で救われたのだ。
憎まれる事で、私は生まれ変わる事が出来たのだ。

「だからこそ私は君に感謝している。ふふ…そう言ったところで君は怒るだろうがね」

私はトリガーを引いて、笑った。
乾いた笑い声は、音であって音ではない嵐に吹き消された……


音が消えた世界、静寂が支配した領域に再び“音”は還って来た。
音ではない音となって、静寂の領域から外の世界を目指して、我先に我先にと。
なにもかもを飲み込み、巻き込み、薙ぎ倒し、押し潰し、我先にと荒れ狂い、駆け抜けた。
大河の水が壁の如く立ち上がり、その飛沫は舞い上げられて空へ霧散した。
大木は根本を残して吹き飛ばされた。
岩はゴムボールのように跳ね回り、街道の石畳は崩れたパズルのピースのように散らばった。
ロックブリッジは軋み、乢み、揺れた。橋を支える支柱には無数の亀裂が走った。
橋梁部が波打ち、レジスタンスの兵は皆ライン大河へ投げ出された。
その大半は即死だった。体中の血液は内圧差に膨脹し、まるで血と肉の詰まった皮袋だった。
運よく水の中に落ちた者はそうならずに済んだが、荒波にさらわれて深い底へと沈んでいった。

被害を被ったのは飛竜部隊も同じであった。
いち早く異変に応じた四姉妹を始め、半数は致死圏内から脱出したものの、逃げ遅れた者は即死。
静寂の世界、そこには一切の生存は許されなかった。そこには一切の抵抗は無駄でしかなかった。
《ルドラ》…嵐と爆音の死神は、静寂の世界から全ての命を残らず瞬時に奪い去ったのだ。


PM 17:29…ロックブリッジ攻防戦、第1幕はこうして幕を閉じた。
52リッツ ◆F/GsQfjb4. :2007/03/21(水) 22:10:44 O
メロメーロから東へ約30キロ程離れた小さな農村フロイ。メロンの名産地である。
この時期は収穫を2ヵ月後に控え、てんやわんやの大忙しであった。
度重なる王国の義勇軍による徴兵で、村には若い男手が不足していたからだ。
「おーいマイケル、そろそろ今日は上がりにしようや」
白髪の老人は枝を縛る紐の束を抱えて、少し離れた場所で作業を続ける青年に声を掛ける。
この老人の名前はトーマス。フロイ村の農耕組合を取り仕切るメロン農家だ。
齢62にしてまだ現役。息子は2年前に戦死し、孫娘のルーシーと農園を切り盛りしている。

「はーい!ここオワッたらアガるんで、サキにカエッててくださーい!」
そう返事して枝を縛る作業に戻る青年、長い長髪を後ろで結び、健康そうに日焼けした肌。
マイケルと名乗っているこの青年、実は人間ではない。
《十剣者》。この《世界》を守護するべく《最深部》より創りだされた守護者。
何故に彼がメロン農家で手伝いなんかしているのか…話は半年前まで遡る。


半年前。精霊戦役が終結した後、自ら剣を手放したホッドは人間と共に生きる道を選んだ。
《世界》を隔てる壁は消え、人間は苛酷な運命に直面する。その中で人間を学ぶつもりだった。
守護者としての存在意義は無くなり、新たな生き方を自分自身で選ばなければならなかった。
マイケルと名乗り、この農村に訪れた時からホッドの第二の人生が始まったのだ。
剣を捨てて鍬を取り、人とのふれあいの中で、様々な強さを学んだ。
かつての同朋ティフェレトがヒューアと名乗り、人の社会で人と共に歩んだように…


「ふぅ…こんなカンじかな?あぁハラへったなぁマジで。ルーシーのツクるメシはウマいからなぁ」
今日の夕飯は何だろうか?そんな事を考えながら、農器具を片付けて家に向かう。
「お?…シチューだ!やったぜマジで♪」
家の窓から良い匂いが流れてくるのを嗅ぎ取り、マイケルは飛び上がって喜んだ。
「お帰りなさい、マイケルさん。夕飯できてますよ♪」
「ただいまッ!あ…トーマスさん、アシタのブンはベツにマトめてナヤにイれたんで」
「おぅご苦労さん、さあ飯にするぞ?」

何処にでもある幸せな家庭の風景。マイケルはこんな風景に安らぎを覚えていた。

この幸せはずっと続く。そう思っていた。奴が現れるまでは……
53リッツ ◆F/GsQfjb4. :2007/03/21(水) 22:11:50 O
食卓には豪勢とは言えないが、それなりに豊富な品揃えが列んでいた。
いつもより少しだけ華やかな食卓だった。不思議そうに食卓を見ると、ルーシーが説明する。
「今日はお父さんの誕生日なんです。ほら、お父さん戦争に行っちゃってるから」
その言葉を聞いてマイケルは驚いた、トーマスの息子は2年前に戦死した筈では?と。
そんなマイケルの視線に気付いたかトーマスは眉をしかめて『黙ってろ』と合図を送る。
ルーシーは父親の死を知らない。マイケルは複雑な気持ちになる。
人間の感情の機微は随分と理解したつもりだったが、このような事例は初めてである。
もちろんトーマスの意図を汲み、真実は告げたりしなかった。だが、この気持ちは何か?
マイケルはふと考え込んでしまう。

「あれ?味薄かったかな?」
隣のルーシーが自分の顔を覗き込んでいるのに気付き、マイケルは飛び上がりそうになった。
「あ…!い、いやベツにそんなコトないよ…マジで…」
「そう?ならよかった」
慌ててスプーンを口に運ぶが、何故か料理の味が感じられなかった。
(こんなキモチ…ハジメてだ…)
「どうだマイケル、お前もそろそろ腰を落ち着ける気はないか?」
ぶふーっ!!突然の展開に、勢いよくスープを吹いてルーシーが真っ赤になって咳込んだ。
トーマスは働き者のマイケルを大層気に入っていた。農園でも何度か孫と結婚しろと言われた。
遂には当人を目の前にしてこれである。ルーシーも今年で16だ。当然その意味も分かる。
「ちょ!?おじいちゃん!!なんて事言ってんのよもぅ!!」
「…え…えっと…あの……あ!オレちょっとトイレ!」


走るように部屋を飛び出して、溜め息をつくとマイケルは窓の外を睨んだ。
背後の居間からは…
「あいつ、この話になると決まって便所に逃げやがる。困ったもんだ」
「困ってるのはマイケルさんよ!いきなりそんな事言われちゃ迷惑でしょ!?」
「お前だってまんざらでもなかろうに、照れとるのか?」
「おじいちゃんッ!!!!」
平和な会話。マイケルには勿体ないくらい、平和な世界。

「オレサマちゃんは…テカゲンなしにコロスぞ?マジで」
窓の外に佇む男。雪のように白い髪と浅黒い肌、そして…魔物の気配!!
「やっぱり。あん時のアフロだな?テメェに用がある……頼む、俺を殺してくれ」
54アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/03/21(水) 23:22:14 0
時の流れは大河のそれに似る。
たとえ石を投げ込み波紋を広げようと、押し流しそのうねりを変える事はない。
そう、ハイアットが大罪の魔物『嫉妬』になるのを防いだとて、ハインツェルがそれに代わっただけのように。
時の復元力は何よりも強い。
しかもそれは強力な反動を伴って現れるものである。
時の流れを乱したものが強ければ強いほど、その反動も強くなる。
それが時そのものを停止させる程にも・・・

地底都市イルシュナーの最地下。
ここにもガルム要塞を消滅させた爆発の余波は到達する。
響く警報音。だが、転移ゲートはここには発生しなかった。
機能不全?否、生体反応がないからである。
天井には大きなひびが入り、細かく破片が降り続ける。

そんな状況などまるで意に介していないかのように、黄金の仮面の人物は手を広げ、宙に視線を向ける。
『刻の摂理に挑みし哀れなる者どもよ・・・足掻くがいい・・・抗うがいい
それが強ければ強いほど・・・』
言葉は最後まで綴られる事なく、魔方陣が展開しその姿を透けさせていく。
黄金の仮面の人物が殆ど消え去る瞬間、天井が大きく割れ、大量の土砂が落ちてくる。
術は完成し転移はなされた。
なだれ込んだ一部の土砂も共に転移されたが、術に影響もなく、紛れ込んだ異物は亜空間へと排出される事となる。
土砂の中に何が紛れ込んでいたかなどは黄金の仮面の知るところではなかった。

消えた黄金の仮面の人物が現れた先は衛星軌道都市ライキューム。
突然現れたにもかかわらず、中央制御室に蠢く異形なるモノどもの反応は何もない。
モニターに映し出されるドラッヘを見つめ、黄金の仮面の人物は手をかざす。
『愚かなり。この衛星軌道都市ライキュームがただ浮かんでいるだけと思おてか。』
その言葉と共に、中央制御室の一角に新たなる光がともる。
『本来空で使うものではないが、汝ら先人が力を知れ。磁気乱流展開』
それは音もなく、光もなく空を満たす。
強力な磁場を展開し、ゴレムなどの機械兵器を無力化する衛星軌道都市イルシュナーの防衛兵器。
55アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/03/21(水) 23:23:11 0
第三世代ゴレムメーヴェの一つ、《DMS-01ドラッヘ》。
公国の誇る最新鋭機。
戦闘力は既存のゴレムをハリコ以下にしてしまうほどのものだ。
それを駆るトレスは今、自分の目が信じられなかった。

星界獣を一掃し、衛星軌道都市ライキュームの牽引。
その最中、突然計器は全て0を指し、通信もノイズすら入らない。
だが信じられないのはそのことではない。
視界を覆う黄金の仮面。
コックピットに余人の入るはずもないのだが、それは額をぶつけるがごとく密着している。
次の瞬間、それは消え、視界は闇に覆われた。
奪われた視界の代わりに与えられたのは聴覚。

焼き尽くされ、一瞬で死んだ数万の断末魔が。共に戦い、新で言った戦友の叫びが。
直接心に響き渡る。
「こ、これは幻覚だ!全ての叫びを!苦しみを!怨念を!私は背負って生きる!そうだ!決して赦すな!」
『都合ノヨイ覚悟デ自分ヲ偽リ赦スノカ・・・』
「な・・・!違う!自分の業は・・・!」
『責メラレル自分ニ酔ッテイル卑怯者メ。ダカラ赦サレルノヲ恐レテイルノダロウ?』
「違う!違う!私は・・・戦争を終わらせる為に・・・!」
闇の中、阿鼻と叫喚を背に響き渡る声とトレスの問答が続く。
『判ッテイルハズダ。勝者ノ理屈デ戦争ヲ終ワラセテモ敗者ノ戦イハ終ワラヌコトヲ』
「だったら私にどうしろというのだ!!!」
《嫌だ!ここから出してくれ!俺はこんな所で死にたくない!人を弾にするなんて・・・!》
『命ヲ弄ビ弾トスルカ。何ノ為ニ?人ニソノ業ガ背負エルトデモ本気デ思ッテイタノカ?』
頭を振りかぶるトレスに追い討ちをかけるようにヘイムダルに詰め込まれた公国軍兵士達の悲痛なる叫びが重なる。
『狂信ニ身ヲ任セ自ラノ責カラ逃避スルナ!』

「・・・・おおおおおお!!!!!」
「・・カニ・・・大・・・カニンガ・大佐・・・・カニンガム大佐!!機首を上げて!!」
絶叫にも近いトレスの叫びと意識を現実に引き戻したのは通信機から叫ばれるオペレーターの声だった。
計器はめまぐるしく回転し、急激に高度が落ちていることを告げていた。


『大した物を作ったものだが、中身は脆弱・・・想いの反作用を制するは人の身では不可能・・』
呟く黄金の仮面をのせた衛星軌道都市ライキュームはドラッヘの牽引を払い、今空に降り立つ。

直径10キロを越える巨大空中都市。
それは存在するだけで大気を振るわせ、気圧を変化させる。
雹と雷、ところどころ竜巻を発生させ、降りたつはメロメーロ上空に姿を現した。
ゼアド大陸北東部で発達していた低気圧は、ライキュームによって発達し、大嵐となって中原へと呼び寄せられた結果である。
『残る閂はあと一つ・・・刻よ、待っているがよい。産まれの時は近い。』
地上を睥睨しながら誰に向けられるでもなくその言葉は告げられた・・・
56パルス ◆iK.u15.ezs :2007/03/22(木) 00:54:15 0
――ねえ、きみはほんとうにそれでいいの?――
リーヴは、もうずっと前に別れた人の姿を見ていた。
これはただの夢?世界律が見せる幻?どうでもいいか、どうせ死ぬんだから……。
「この世に思い残すことなんてあらへん」
――セコセコした小銭稼ぎしかやってないまま生き埋めになってしんじゃうんだよ?――
「別に……いいわ」
――生き埋めになった一般人なんて〜少したったらみんな忘れちゃうんだ――
「う……」
――それどころか死んだことも気づいてもらえなかったりして?あーあ、みじめっ!――
ぷっちーん! あまりに失礼な幻の物言いに、リーヴがキレた!
「幻のくせにゴチャゴチャゴチャゴチャと!!
いいわけないやろアホンダラああああああああ!!!!!」
凄まじい生体反応が感知され、彼を未知の世界へと導くゲートが開いた!


例の件でラヴィちゃんの意外な一面が発覚した後、かえって怪しまれるということで
密林ルートを行くのはやめ、楽しようなどとは考えずに地道に歩き、数日後。
久しぶりに町に到着した。ハイアット君が町の解説をする。
「ナバナの町……特産物はバナナで、バナナの輸出によって栄えているそうだ!」
解説を終えるやいなや走り出す。
「行くぞ相棒!」
「おう!目指すはバナナ市場だ!」
バナナは今や冒険に欠かせない重要なアイテム。もうすぐ切れるので補充しに行くのだ!

バナナ市場に到着した。リヤカー一杯に積まれたバナナを指差して言う。
「これ全部下さい!」
が、おじさんの返答はあまりにも非情なものだった。
「全部輸出用だ。お前らみたいな小汚いガキ共にくれてやるバナナは無いわ!!」
「「ガーン!!」」
その場で【OTL】のポーズを取り、全身で落ち込んでいる様子を示す。
「二人してそんな事してもダメ!」
このおじさん、手強い! そう思ったとき、爆音のような音と、かなり強い地揺れを感じた。
「きゃあああ!」「なんじゃありゃあ!」
地震かと思ったけど違うようだ。突如騒然とし始めた人々の視線の先には……
遠くの方で無数の光の柱が地面に突き刺さっているではないか!
バナナ市場のおじさんもすっかりその光景に見入っている。
「いただきっ!」
おじさんが油断した隙に、ハイアット君がバナナが積まれたリヤカーを引いて脱兎のごとく走り出した!
こうなったらやるっきゃない!リヤカーを後ろから押して走る!
輝く夕日を背に、猛スピードで通行人やギャラリーを掻い潜りながら!!
「おんどりゃああああ!!待たんかああああ!!」
一方のおじさんも鬼のような形相で追いかけてきたものの、寄る年波には勝てず
あえなく100メートルほどで脱落した。こうして、無事におじさんを撒き……
「ママー、あの人達何〜?」「見ちゃいけません!」
こんな会話を聞いたような気がするがきっと気のせいだ。
57パルス ◆iK.u15.ezs :2007/03/22(木) 00:56:29 0
「あーあ、やっちゃったよ!あはは!」
と、前でリヤカーを引きながらヘラヘラと笑うハイアット君。
「ヤバイって!これ人間界では万引きって言うらしいよ!」
と、言いながら僕も顔では笑っている。
「訳わかんない事言って僕たちにバナナを売らないあのおじさんが悪いのさ!
ちなみに食い逃げは常習犯だけど万引きは初犯だ!」
「ちょ!!どっちも大して変わんないよ!ふふっ、アハハ」
「「あはははは!!」」

本当は過酷な旅のはずなのに、どうしてだろう。
こんなに笑ってていいのかな。こんなに楽しくていいのかな。
分かってる。早くしなきゃ世界が危ないって。でも、もう少しだけこのままで……。

盛大に爆笑しながら歩いていると、お城のような凝ったデザインの建物の前でアクアさんが声をかけてくれた。
「二人とも、いい宿があったのでとっておきました」
「どこどこ?」
アクアさんはお城のような建物を指差した。
「ここです」
「へえー、なんか変わってる」
「いえいえ、そんな事はありません。普通の冒険者の店です」

そして、なぜか僕とハイアット君だけ豪華な部屋に入れようとするアクアさん。
「へ?みんなと同じ部屋でいいよ」
「遠慮なさらずにどうぞ」
アクアさんの穏やかながらも有無を言わさない雰囲気に押され、半強制的に押し込められてしまった。
そこは、壁や床が一面ピンクで統一されており、部屋の真ん中にバカでかいベッドが
鎮座しているという空間だった。
「ここは……アレか」
ハイアット君がコートを脱ぎ捨てる。
「やるっきゃないでしょ」
僕はショールを放り投げる。

そして……熾烈な枕投げバトルが始まった!!
なぜかというとここは枕投げ用に用意されたバトルフィールドだからだ。
枕投げといってもバカにしてはいけない。人間界に古来より伝わる由緒正しき競技である。
物理法則を無視して飛び交う魔球ならぬマクラ!!
飛び出すマトリックス避けの大技に、飛びすぎて天井に頭をぶつけたり、なんでもありだ。

数十分後、凄まじい勝負に決着が着こうとしていた。
「なかなかやるな……だが、これで終わりだ!」
ハイアット君が銃を取り出した!
大変!きっと全面ピンクの部屋にやられて頭がおかしくなってしまったのだ!
「新開発!祭りシリーズ第二段!“修学旅行の夜の思い出”!!」
男祭りが予想以上の効果を発揮したのでシリーズ化したらしい。
ドゴーン!!止める間もなく、辺りは眩い光に包まれた!
頭に枕を乗せて、やはり手にはバチを持った裸男達が迫り来る!!
想像を絶する恐怖の中、必死の思いで暁の瞳に手を伸ばす。
「やられて……たまるかああああ!!新曲“マイムマイム”!!」
裸男たちが、軽快な音楽に合わせ、バチを放り投げて手をつないで輪になって踊り始めた。
ちなみに背中には「枕投げ」と書いてある。次の瞬間!信じられない事態が発生した。
裸男たちの輪の中心、つまりバカでかいベッドの上で眩い光が渦巻く!
ハイアット君が銃を取り落として呟いた。
「……ゲートが……開いた!」

聞こえてくる笛の音に誘われるように目を開けたリーヴが最初に目にしたものは……
まさに未知の世界だった。
58二日目の朝、第一波 ◆9VfoiJpNCo :2007/03/22(木) 15:23:28 0
防御柵を越えて、百近い羽音が飛来する。
やはり、真っ先に狙うはガナン外壁から無数に覗く防衛砲台か。
そして、真っ先に崩しにかかるは翅ある者達。
撃ち守りしは、ミゲル・デ・ラマンチャ率いるガナン防衛軍第一大隊。
向かうは死。迎え撃つも――これまた死。
一方には命懸けの悲壮なる決意があり、もう一方には命よりも遥かに重い誓いがあった。
ぶつかり、交差し合う彼らに、通い合う思いはなく、共有できる趣はなく、
「狙え――っ撃てぇぇぇぇぇーーーっ!!!」
敵同士でお互いに抱くであろう、何かしらすらなかった。
ただ、すぐ先に待ち受ける死という結末のみを、彼らは求め合ったのだ。
それで、充分。
それ以上は、余計なだけ。
それだけで、嫌でも解ってしまうのだから。
「休むな怯むな!! 煙で見えずとも、とにかく撃ち続けるのだ!!」
それこそが、存亡を賭けた一戦というものなのだから。

凝縮された破壊のブレスと火薬が織り成す、轟音と爆煙。
物ともせず、数十の勇士羽ばたき抜けん。
「――下がれっ!!」
黒煙棚引きつつ迫る一匹を見て、ミゲルは周りの兵に白兵戦の指示を下した。
「まだ撃てます! もっと引きつけて――」
頑固に照準から目を離さなかった若い砲兵の頭が失せる。
叱咤の叫びを呑み込み、部下の作った大盾の並びの中に滑り込むミゲル。
砲台は北側だけで1500門もあるというのに、突破した敵は50にも満たぬ寡兵であるというのに、
よりにもよって、その一匹が指揮官のいる場に突っ込んでくるとは……。
「構え! 狙え! 撃てぇーーーーっ!!」
侵入しようと、砲身と外壁の隙間から己が巨体をねじ込んでくる外骨格な羽虫野郎に向けて、ミゲルらは
不運への呪詛を込めたライフル弾の雨をくらわせた。
落ち着かぬ振動音と受けた弾を撒き散らし、更にねじ込む侵入者。
「弾いただと!?」
冷や汗を拭うミゲル。遠目からでは判らなかったが、この甲殻の高速振動こそが彼らの防御法であり
攻撃法であると、傍目からの一度にして看破する。
士官学校を主席で卒業した明晰な頭脳でもって、素早く幾通りもの対処法を巡らせるものの、
「装甲歩兵! 抜刀はせず、二列縦隊にて突撃!」
最小限の被害なる最善の一手は、決死の力押ししか在り得ぬのであった。

「押し出せ! でなければ、押し潰す気概と勢いで行けっ!!」
公国冶金学の粋を集めて量産された超靭強鋼製の大盾と装甲服の兵士達が、タマムシ色の天然甲殻へと殺到し、
「持ち堪えろ!!」
先頭から、順を追って弾け飛ぶ。
壁に叩きつけられ、血のりを引いて動かなくなる者。よろめきながらも雄叫び上げて再突撃する者。
怒号と悲鳴――単純に言ってしまえば暴力の音の最中で冷静に、ミゲルは想い人の名を刻んだライフルを構えた。
狙いは二箇所、銃身の焼け付きを気にせず、正確に射抜く。
クラックオンの悲鳴はなかった。
そして驚くべきことに、後退はおろか、毛筋程の動揺もなかった。
両の複眼を四発の徹甲弾に打ち砕かれて、この一勇士は機械が如く押し進む足を止めなかったのだ。
59ガナン激震 ◆9VfoiJpNCo :2007/03/22(木) 15:27:48 0
結局、彼の足を止めるのに五個の手榴弾と二発の携行火砲……。
そして、十一人もの優秀な兵士の命を費やすこととなった。
ミゲルは砲撃の再開と他砲台への救援の指示を飛ばしながら、人知れず恐怖に震えた。
これ程までせねば倒せぬ一兵士など、前代未聞である。
もはや、手垢に塗れた戦術教本と徹底した訓練により培われた基本的防衛戦術などが、通用する事態ではない。
最悪の結果を想定し、ミゲルは思い切った。
「住民の避難は?」
「現在、シファーグ候自らが陣頭指揮に当たっております。すでに非戦闘員の八割方を地下壕へ導いたとのことです」
「さすがに手早いな……しかし――」
「ミゲル隊長!! 怪物どもが……!」
物見の兵の叫びに、ミゲルは防衛線の崩壊を想像し、荒々しくガナンの外を見た。
まったく乱れていない防衛線に眉をひそめ、続いてクラックオン達の先頭に目を移し、口元までも歪める。
横一列に突出して佇む十一体の姿が、不気味極まる重厚さでそこにあったのだ。

ミゲルは割れんばかりに警鐘を鳴らす本能に従順に、敵の手を見もせず退避の指示を下した。
されど、諸々の伏せる逃げるを待たずして……。

――激震走る。

全長1900メートル、直径16200メートルの霊峰都市ガナンに、建設以来初めての激震走る。
「報告――報告せよ!! 何が起こった!?」
「判りません――いえ! 恐らく、敵戦闘集団から放たれた……」
「放たれた!?」
「衝撃波によるものかとっ!!!」
再び、ガナンに激震走る。
「悪魔ではなく、天変地異だったか!!」
威力を増した揺れに、ミゲルは絶望と呆れ混じりに直感した。
次は持たない、外壁ごと弾き崩される。
……覚悟は決まった。
転倒した部下達を踏み越え、ミゲルは極限の集中からなる迅速さで砲の照準を敵の大将に合わせた。
狙いは、一瞬にも満たぬ瞬き。奴が攻撃に移る一時。
自分のすべてを、ただそこへと。

「――ディオス・ミオ」
黒い甲殻の怪物の両腕が霞んで見えた瞬間に、魂の砲弾は放たれた。
砲弾が、あっけなく空中で爆散するのを見た。
続いて、地獄の風が吹くのを見た。
そして、神の降臨を見た。
その名を叫び、ミゲルは見下ろした。
地上第一階層の搬入口より現われ出でたる、音楽の女神の姿を。

巨大な台車に乗せられた、これまた巨大なパイプオルガン。
高さはおよそ100メートル、横幅は正確にその1.618倍とされる、真鍮色の扇形列管。
旧龍人帝都を不滅のミレニアムたらしめた、金城鉄壁の守護楽器。
オペラ・メルディウスの手によって息吹を奏でるその威容には、小さく、一切の主張のない、
《ヴィオラ・オルガニスタ》という銘が刻まれていた。

四度目の、地獄の風が吹き起こる。
再びの、女神の音色が吹き包む。
スターグと十烈士による、十一重獄震波。
ヴィオラ・オルガニスタ弾くオペラと、公国葬奏楽団三千楽士による、極護三千一重奏。
これ以上に大規模にして極まった攻と防は、古今東西有り得まい。
ましてや、それらがぶつかることになるなど……。
まさに、神話と呼ぶしか表す言葉が思いつかぬ、奇跡不可思議の光景であった。

心までも調律された音の天幕が、悪魔の吐息を防いで踊る。
対峙する神と悪魔の風起こし、不可視なる波の打ち寄せ合いは、見目明らかに美しき側の優勢であった。
勝利を確信し、固く拳を握リ締めて見入るミゲル。
だが勤めは忘れず、被害の把握と収集に対し的確な指示を飛ばし続ける。
「隊長、全砲準備整いました!」
「ご苦労。全砲兵、敵先頭へ構えて待機、私の号令と共に発射せよ」
こうなっては、ただ援護射撃に徹するのみ。
敬愛する女神の音色が、絶好の時が近いことを教えてくれる。
ミゲルは高鳴る胸に手を当て、織り成される強き芸術に耳を傾けた。
十分が過ぎ、一時間が過ぎ、二日目の日も傾こうかという時間になり――果たして、その機は訪れた。
静かに、優しく、少しずつ。
彼女の歌が、流れ始めたのである。

音楽の女神転じて旋律の魔女、今ぞ今こそ滅びよと、歌い上げる直前也。
61セイファート ◆iK.u15.ezs :2007/03/23(金) 00:44:21 0
セイファートは、上空から見た戦況の報告という任務に着いていた。
【千里の眼】という霊薬によって視力が通常の数十倍にも強化されている状態だ。
シルフィールの翼がはためく度に、魔力の粒子が光となって舞う。翼はマナを揚力に変換する器官なのだ。
隣に滞空しているのは、暁旅団副隊長のレミリア・エルメリス=ユニコーンフォレスト。
「あれは……!?」
ティーガーが謎の突起物を出したのを見て、レミリアが声をあげる。
セイファートは応えようとして…言葉を失った。

広域破壊兵器だった。下方で吹き荒れる殺戮の嵐……。
見えた……というより見えてしまった。一瞬にして命を奪われた無残な兵士たちの死に様が鮮明に……。
そんな中で、川津波の中に投げ出されたある人物に気付いた途端。
「見逃せ」
レミリアは、その意味を即座に理解し、思った。
あれはまず……助からない。無茶苦茶な事をしようとしているボケ隊長を止めなければ。
しかし次の瞬間には、セイファートはすでにそこにいなかった。

セイファートはただ一点だけを見つめて叫んだ。
「シルフィ、フリーフォールだ!!」
乗り手の意思に応え、シルフィールが翼への魔力の供給を止める。
人間と同程度の知能を持つ幻獣であるペガサスと、その乗り手はある種のテレパスで繋がっている。
その強度は、二人の絆に直結する。約三世紀を共に生きている二人は、以心伝心以外の何物でもないのだ。
瞬時に一切の揚力が断ち切られ、重力に任せた自由落下を始める!
当然、一歩間違えるとそのまま地面に激突して死にかねない危険な行為である。
荒れ狂う水面の目と鼻の先まで近づいた時、魔力の供給を再開し、一気に速度を落とす。

足が水の中に入るぐらいの高さを滑空しつつ、今にも沈みつつあった少女を水の中から引っ張りあげた。
一緒に飛ばされていた猫も探さなければいけない。仲間がいなくなったら悲しむから。
しかし、どうしても見つからない。
もう沈んでしまったのか。そんな考えが脳裏をよぎった時、後ろから声が聞こえた。
「探してるのはこの子かな?」
レミリアが、片手でひょいっと大きい猫を引っ張りあげてとんっと自分の乗っている
ペガサスであるミルキィの上に置いたのだった。エルフ離れした怪力である。
「レミリア……!?ついてきたのか?」
「これぐらいじゃないとアンタの補佐は務まらないっしょ!」
ブロンドのエルフは不敵に笑った。

目を覚ましたジンレインは、頬を撫でていく風を感じた。風が吹いているのだろうか。
いや、そうではない。いつかのようにペガサスに乗せられて飛んでいるのだ。
と、なると自分を抱えるように後ろに乗っているのは、やはりあの人なのだろう。
「久しぶり、ジン!」
相変わらずな声。見事に相変わらずな笑顔。それもエルフだからしかたが無い。
夕焼けの空を翔けるは《黎明の翼》、セイファート・リゲル=メイズウッズ!
62ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/23(金) 15:11:27 0
――ロックブリッジ近郊 PM 17:37
嵐は止み、機械仕掛けの虎は再び歩き始める。
数百の生命を奪い去り、その怨嗟を一身に受けて、再び歩き始める。
目指すは王都ナバル。虎の役割はそこで終わる。


『冷却完了、放熱板を収納して下さい』
オペレーターの声が響く。この虚しさは何だ?私は勝った。なのに何故だ?
「教えてくれ…ブロンディ。私は本当に勝ったのか?」
当然答えが得られる筈がない。それは分かっていても、尋ねずにはいられなかった。
ロックブリッジはもうすぐ増水したライン大河の水流によって崩壊する。
ここでの役割は終えた、速やかに次なる任務へ移行するだけだ。
だが私の中にある喪失感が、操縦に乱れを生じさせる。原因はあの男だ。ジーコ=ブロンディ。

王都にはかつての龍人帝都ドゥラガンに配備された“六星結界”がある。
それを破壊する為には、ティーガーに搭載された最終兵装《ヘルモーズ》が必要なのだ。
結界が破壊されると同時にリオネ=オルトルート率いる第1機工大隊がナバルへと突入。
地下封印施設を突破して戦争は終わる。しかし索敵盤の第1機工大隊が進むは北西?
これではガナンに引き返すみたいではないか。これは一体どうなっているのだ?
作戦に変更があれば私にも連絡があるだろう。だがその連絡は無い。
つまり私は予定通りにナバルへ向かえばいいのだろう。所詮は駒でしかないのだ、従うまで。
「こちらティーガー、これより進路を南東へ…王都ナバルに向かう」
『了解しました。背部装甲板はそのまま捨てて行って下さい。ニブルヘイムは後方にて追走します』
「了解した」

やはり私には作戦変更は無いらしい。となるとオルトルートの代わりにドラッヘを使うのか?
まさかニブルヘイムの兵力だけで攻め込むつもりなのだろうか…あの女、何を考えている。
まぁ気にしたところで意味は無いか。与えられた任務を遂行する事を優先すべきだ。
歩きながら私はティーガーの機体を念入りにチェックした。
擬似神経接続操縦型の利点に、点検の容易さがある。今のティーガーは私自身なのだ。
異変箇所を見つけるのは簡単だった。左脚部スタビライザに異物が挟まっている。
前足でそっと関節部分を撫でると、異物の正体が判明した。巨大な戦鎚だった。
「これは!?ブロンディのハンマーか!?」

私は驚いた、一体いつの間にブロンディはこのティーガーにこんな物を!?
「そうか…あの時…」
迫撃砲を撃ったブロンディ目掛けて、私が前足の爪で攻撃した時以外に考えられない。
しかし持ち主は死んだ。私が殺したのだ。死体も見つからないだろう。
ならばせめてこの地に帰してやるのが情けというもの……だ!?
爪の先端で器用にほじくり出した途端、戦鎚が爆発して左前足関節を吹き飛ばした。
激痛が左腕に走った!第二段階までシンクロしている今、機体への損傷は私にも適用される!
「が…ぁ…ッ!!!!」
久しく味わった事の無い痛みに、堪らず私はその場に屈み込んだ。慌てずシンクロを第1段階に落とす。
「よォ、ロンデル。どうだいプレゼントの感想は。嬉しくて涙が出たろ?」
「なにッ!!!!!!」
通信機のスピーカーから聞こえたのは…ありえない言葉だった…

63ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/23(金) 15:12:22 0
――ロックブリッジ近郊 PM 17:24
何だ?酒樽が帰って行っちまいやがった!?何のつもりだあの野郎…
「モニターは死んでるか、くそ!よく見えねぇな………?」
音が消えた、冗談じゃなくマジで俺自身の声も、なにもかもの音が消えた?
『ヤバイ』この三文字が脳裏を過ぎる。ロンデルは何かとんでもない事をやる気だ!!
あぁ畜生!タイヤが破裂してまともに走れねぇ!なんとかして距離を取らねぇと…
「うぉあ!?」
無理に加速しようとしたら、車体がスピンして横転しやがった!ここまでか…クソッタレ!!
シュネッケのへこんだドアの隙間から見えたのは…川?
「そうか、農業用の分水か!!」
ライン大河から無数に延びる水路の1本だ。ここからは30mってところだな。
「一か八か……コイツに賭けるしかねぇな、頼むぜ!!」

砲頭を回して地面にぶつけ、滑空砲を発射したのと、凄まじい衝撃が来たのは同時だった。
砲身の爆発で吹っ飛んだシュネッケは、そのまま衝撃波に乗っかって分水に突っ込んだ。
装甲は限界を越えたのかバラバラになって、俺はさっさと脱出する。
持っているのはシュネッケの無線通信機だけだ、大事な“相棒”は別の所で仕事中。
水面から顔を出してたっぷり空気の有り難みを味わうと、俺は岸に手を掛けて待った。
奴は暫く動かない。さっきのは一体何だったのか、サッパリわからねぇが…チャンスだ。
神様なんざ信じちゃいねえが、今だけは戦神ウォーダンに『ありがとう』と言ってもいい。
俺の目の前に浮いてる物、そいつはシュネッケの主砲弾倉だった。

「さぁて、ロンデル。こっから先は俺の番だ!そんなモンに乗ったってな、テメェはテメェだよ!!」


――ロックブリッジ橋梁南側 PM 17:24
アタシはジーコの提案通り、水門を壊す為にシュネッケで橋の南を走っていた。
突然の耳鳴りに違和感を感じて、アクセルグリップを緩めた直後に車体が浮いた。
何が起きたのか、まるで分からないままシュネッケは二転三転してアタシは体のあちこちをぶつける。
「……ッ…いたたた、もぅ!!何!?何が起きたのさ!!!!」
ひっくり返ったシュネッケから這い出して、後方を見た瞬間怒りは吹き飛ぶ。
言葉が出なかった、信じられないような出来事だった。竜巻に似た“何か”が迫って来る!!
「ちょっと…これは何の冗談だい?」
アタシは呆然と立ち尽くしたまま、引き攣った笑顔で竜巻を眺めていた。

ふふふ…ふははははははは!!やっと、やっと現れた、ずっと私は待っていた…この時を!!
心のどこかで疑っていたのだ、本当に私は怨まれているのかと!!皆は私を憎んでいないのかと!!
やはり私は赦されてはいなかった!!ようやく私の所へ現れたのだ!!私が葬ってきた兵達よ!!
戦場にて志半ばに散った英霊達よ!!私はここだ!!もっと憎め…もっと怨め!!
それこそが私の存在意義となるのだから!!貴様達の憎しみこそが私を次なる場所へと導くのだから!!
あはははははは!!ははははははははははははははははははははははは!!!!!!


『大佐!?カニンガム大佐!!高度を上げて下さい!聞こえますか大佐!!!』
「聞こえているとも…私はこの胸の高鳴りを1秒でも長く味わいたいのだ。」
オペレーターの必死な声も、今の私には耳障りな雑音でしかなかった。
この全身を駆け巡る歓喜に比べたら、他の事などもうどうでもよいとすら思える。
『大佐、気分はいかが?』
この声はハイネスベルン中将か?愚問だな、気分はいかがだと?最高に決まってるだろう。
「素晴らしい気分だ、まさに生まれ変わったように清々しい!!」
『そう、ならいいの。貴方は文字通り“生まれ変わる”から。』
私が…生まれ変わる?中将の言葉に潜む何か不気味な響きが私を現実へと引きずり戻す。
だが、死んでいった英霊達の怨嗟は耳の奥に残っている。これは間違いない現実だ。
『ライキュームの現在位置を捕捉したわ。メロメーロ上空320mよ、急行してね。』
なんともまぁ…簡単に言ってくれるものだ。
私の現在地はイグレア大海北東、もうすぐ東方大陸に差し掛かろうかというのに。
『すぐよ、貴方の翼なら。』

断言された。すぐに辿り着けると。理由は分からないが、断言されてしまった。
ならば辿り着けるのだろう。そうだ、メロメーロなら中原に近い。
私が焼き払い、奪い去った兵達の声が聞けるかもしれない…私を呪う憎しみの声が!!
行かねばならない。私にはその義務がある。
地上に蠢く英霊達の憎しみを、この身に背負う義務がある!!行こう、呪われた戦場へ…
私が私であり続ける為に!
「了解、これより本機はライキューム奪還に向かう!」


私は龍となった、機械仕掛けの龍となった。

私という存在…トレス=カニンガムという1人のハーフエルフは消滅し、龍となった。
理に捕われた個である事をやめて、私はこの世界に漂う呪いそのものとなった。
光を求め彷徨する憎悪達よ!さあ…我が名を呼べ!お前達を連れて行ってやろう!!

 ∵我が名はドラッヘ…“鋼機龍”也!!!!∵
65ジーコ ◆ZE6oTtzfqk :2007/03/25(日) 00:49:49 0
俺はどうあがいたって人間だ、機械の化物にゃ真っ正面から戦り合っても勝てねえ。
だが・・・真っ正面じゃなきゃ勝てる!そうだ、わざわざ相手に合わせる筋合いは無えしな。
「こっから先は俺の戦り方でいくぜ・・・ロンデル!!」
宣戦布告だ。さんざん痛め付けてくれた“御礼”は、たっぷり倍にして返してやるよ!!


生きていただと!?馬鹿な!!あの衝撃波の中で生きていられる訳が無い!!
奴は一体何をした!?くっ・・・落ち着け、冷静になれ。奴のペースに乗せられるな!
『プレゼントは“それだけ”じゃねーぞ?まだまだあるからな、残さず貰ってくれ。』
何だと!?そんな筈はない、センサーには何も・・・。
「ぐああっ!!!」
しまった!フェイクか!!頭部メインカメラが破損して、視界が閉ざされた!?
シンクロを落として、センサーやモニターから私が切り離された間に接近されていたのか!!
『相棒はいい仕事したぜ、でもこれが終わりじゃねぇ。こっからが大仕事だ!!』
砕けた関節部に衝撃が走る!まずい!シンクロ接続を解除して手動操縦に切り替えなければ!!
真下に潜り込まれたら、分が悪い。こちらの関節可動域にも限度がある。
四足獣型とはいえ、全ての関節が実際の動物のように曲げられる訳ではないのだ。
くそ・・・完全に侮った!なんとかして体勢を立て直さねば!


効いてやがるな。最初の目潰しが上手くいったのはラッキーだったぜ、後が楽になる。
左前足はもう使い物にならねぇ筈だ、次は左後ろ足を潰して身動き出来ねぇようにしてやる。
「ピョンピョン跳ねられる前にさっさと終わらせてやらァ!!」
俺はロンデルがボサッと突っ立ってた間に、いろいろ準備する事が出来た。
ほんの10分足らずの時間だったが、俺にとっちゃ贅沢過ぎるくらいの時間だ。
確かにゴレムはスゲーよ、だがな・・・スゲーだけじゃ生き残れねぇんだ。戦場は甘くねぇ。
「どぉおりゃああああああああああああああああっっ!!!!!!」

オンスロートの爆発、今度のは火薬の爆発だ。シュネッケの残骸から運よく回収できた主砲弾倉。
中身の弾薬から火薬だけバラして袋に詰める。そいつを柄に引っ掛けてブン回せば・・・
袋を挟んでブッ込まれた一撃は、火薬を爆発させるって寸法だ。
たった一発でオンスロートには“満タン”まで衝撃のエネルギーが充填されて・・・
間髪入れずにもう一発食らわせてやる!!!
ちまちま溜める余裕なんざありゃしねぇ、ソッコーで連発するにはこれしか方法は無ぇ!!
だがこの戦法には致命的な欠点があった。火薬の爆発は俺にもダメージを入れやがる!
残る火薬袋は3つ、正直言って後3回もやったら腕がブッ壊れるだろうよ。
かといって退く訳にはいかねぇ。コイツはここでブッ倒しとかねえと・・・絶対にヤバイ!!
この虎が次に狙うのは王都だろう。あんなのもう一回やられたら王国軍は終わりだ。
ただでさえ中央の火柱みてぇな物騒な代物を“通しちまった”んだ、コイツらには躊躇は無いぜ。
「だからこそテメェはここで倒す!!このクソタレな戦争に付き合い切れっかよ!!!」


ダメージランプが引っ切り無しに点滅して、警告表示が次々と点灯した。
信じられなかった。相手は生身の人間だ、それなのに何故だ?何故この私が敗北するのだ?
私は手に入れたのではなかったのか?鋼の身体を・・・鋼鉄の虎ではなかったのか!?
「ブロンディ・・・何故だ?」
敗北感は無かった、代わりに不思議な安心感があった。今にも負けそうなこの状況なのにだ。
先程の喪失感が嘘のように、私は満たされている。この瞬間、一瞬一瞬を楽しんでいる!?
「・・・フッ・・・フフフ、そうだったなブロンディ。決着はまだだったな・・・。」
私は馬鹿だ、虎になった“つもり”でしかなかったのだ。覚悟の無い者が覚悟有る者に敵う筈が無い。
私はシンクロ接続を第四段階へとシフトした。これまでのダメージが次々と私を襲う!!
「いいだろうブレンディ・・・私は虎になろう。この世に破滅を撒き散らす、死神になろう!!」


地獄。もしそのような場所があるならば、きっと“それ”はそこにいるべきなのだろう。
黒よりもドス黒い何かを纏まり着かせながら、“鋼鉄の虎”は立ち上がり、一際高い咆哮が天を裂いた。

66リーヴ ◆DMluABX9IM :2007/03/25(日) 01:06:40 0
咽び返るような血の海、そして横たわる何人もの死体、
死体からはなんの抵抗も見られない、刹那の間の一瞬で、全員の首を掻き切っている。
人たる人には出来ぬ業であるが、人ならぬ人にしか出来ぬ業でもある。
ただ、信じられぬことにこの光景を作ったのは少年。返り血にまみれながらも、顔からはまだまだ幼さが消えていない。
しかし、子供とは思えないほどに顔は一切の感情を廃している。
ただ手に握られているダガーだけが鈍く光り、後悔と、そしてだれにも届かない悲鳴を上げていた。
「……これで安心やでおじちゃん、もう大丈夫や…ワイはもう居られへんけど…これでええ。」
そしてこの時を境に少年は全てを捨てる……寝床も宝物も友人も家族も……

全てを心の奥に追いやり堕ちていく……

==========================================

「…………うっ……」
笛の音に気がつき、リーヴは眼を開ける。
「…………んっ?」
筋肉質の男が自分の周りを回っている。そんな状況をだれが受け入れられるだろうか。
寝起きも重なってか状況が全く把握できていない。
「………………」
ふと下を見ると、毛布から筋肉男が顔を出し、油で光っている顔でリーヴに笑いかけてきた。
「ぎゃあ―――――ッ!!!!」
リーヴはベッドから跳ね起き、ベッドから降りようとする、しかし気持ち悪い笑みを浮かべながら
周りを踊っている裸の男達のせいでベッドから降りられない。
「ちょっ!お前ら邪魔や!あっち行け!!」
その言葉に全く反応せずにただ笑いながら周り続ける男達、これほど不気味なものはない。
「お前らええかげんにせえよ!!気持ち悪いからどけ言うてんねん!!」
しかし全く意に介さず周り続ける男達にとうとう我慢の限界がきてリーヴは強引に抜こうとタックルしようとする。
手を繋ぎ輪になっているということは一人の乱れが全員の乱れになるということ、
タックルで少しでも相手を怯ませられれば総崩れになる……しかし、その試みは無駄だった。

タックルに合わせ、円自体が後ろに下がる、その後も前後左右、
リーヴがどう移動しようと包囲は崩れない。
「これぞ、三日月の陣!」
「お前ら喋れたんかい!!?」
「フハハハ!!貴様にもう勝ち目は……」
そういいかけた瞬間、全員の体が薄くなっていく……。
「あッ……時間切……」
全て言い切らないうちに全員は消えいってしまった。

「なんだったんや……」
「いや、僕にもさっぱり……喋れたなんて……」
「さよか…………ってお前だれや!!」
その言葉を待っていたかのように、男はベッドの上に飛び上がり。
お世辞にも格好いいとは思えない奇妙なポーズを決める。
「ある時は裸男達使い、そしてある時は枕投げる戦士、はたしてその実態は!?」

「んじゃワイはこれで……」
「ぅお――――――いッ!!ちょっとまったぁ!!」
「せめて聞いてあげて!久しぶりなんだから、ハイアット君久しぶりなんだからコレやるの!」
さっさと部屋を出ようとするリーヴの腕になぞの触覚つけた女がしがみつく。
「黙っとれボケ!!ワイは疲れとるんや!!もうボロボロなんや!!付きおうとる暇ないんやッ!」
「そこにベッドあるから!!」
「嫌やッ!また中に変なのおるかもしれないやないか!!」
必死に抵抗するリーヴに二人は組み付き、ベッドの中に押し込む。
「嫌やっちゅうてるやろ!お前らホンマに!!……」
そのとき、背筋に凄まじい悪寒が走り、毛布の中を見ると、白い歯を出し笑う筋肉男がリーヴを捕らえていた。

「そやから嫌やって!ちょっ!何するんや!お前!!抱きつくな!!あっ!あぁッ―――――!!!」
「南〜無〜」
67 ◆DMluABX9IM :2007/03/25(日) 16:06:47 0
マイラ遺跡のおく深く、中央制御室に二人の人影が見える。
フードからにじみ出る狂気を隠そうともしない男、そしてもう一人は骸骨の仮面を被り眼には黒き闇が見える。
二人はこの現存する種族全てと『何か』が違う。おそらく人と呼べる部類ではないのだろう。
「またずいぶんと世界は凄惨な光景ですね……」
『クククククッ、恐ろシいカ?戦争トやらガ?』
「恐ろしいというならあなた方の方ですよ。いまも発生し続ける歪み、どれほどあなた方に力を与えるのか。」
「何を言っているんだ、君だって彼を受け入れているじゃないか。」
『ククククッ、その通りだ、お前ハ俺を受ケ入れタ。』

二人の影に三人の声、いや、性格には髑髏の男が二役をこなしている。
常人では何が起こっているかなど検討もつかない、男の体の中で何が起こっているというのか。
「ところで、君達はまだ力が残っているのかい?」
『私ノ力は無尽蔵ダ、見ロ、驕り高ぶっタ連中ヲ!ククククッ!!ここマデ流レ込んでクルぞ!!』
「ああ、そういえば、君にとって今の世界は巨大な餌場だね……。」
いま世界に広がる戦火、戦渦、戦禍……まるでその全てが見えているような口ぶり。
「……だから、言ったんですよ、凄惨だと……こう世界が歪んでいては、アナタ方の思うがままだ。」
その言葉に髑髏の男は狂気に満ちた笑いをしながら、まるで大衆を前に演説でもするかのように昂り叫ぶ。

 『見ロ!世界の全てヲ!!使ってイルつもりガ道具に使わレてイる哀れな者達!
  誓いを守ロうとスル蛮人に虫ケラ!ソシテ!戦争を生み出シながラ戦争無くす事望ム小さキ王!
  死神気取リに魑魅魍魎引き連レ龍ニなったツモリの蛙!全てが!アア!全てガ……』

「あまりにも『 傲 慢 』 ですね……」
『発芽状態デ凍結!?ハハハハハ!!イいゾ!ソノ傲慢さ!
 自らヲ最強ト思い、生キる権利ガあるト自負スル!!』
「……人は……悲しいほどに……自らの首を絞める。」
そのやり取りが終わるのを黙ってみていたフードの男が口を開く。
「そろそろいいかな?」
『マタ出かけるノか?ロンデルとやらの次ハ何処に行くツモリだ?』
「僕にはいろいろと成すべき事があるんだ、君達にはこのマイラ遺跡、そしてアーシェラを戻るまで見ていてもらいたい」
『此処ノ世話グライはしてやる!だが女ハ断ル!自らノ女は自らデ管理スルものだろう?』
「そこを頼むよ、大丈夫退屈はしない、既に知っているだろ?何人かがここを向かって来ることを。」
『……ボランティアは嫌いナンダ!ゴミ拾イはご遠慮シタイ!』
「大丈夫、中々に強情で『傲慢』な奴らさ。それに、殻の君に縁のある人物が一人、来るかもしれないよ。」
その言葉を聞いて骸骨の男は反応する。
「……任されましょう。」
「成立だね、では失礼するよ。」
そして足早にフードの男は消え去る。

『オイ、俺を差し置クな……ククククッ、まあ構わんカ、タマには殻のお前ノ事も考えテやらねばな。』
「申し訳ありません、」
『何だッタラ、お前の固執スル男、俺が一瞬で消し炭ニしてやってもイイゾ。』
「……それは出来ませんよ。あの人は私にしか殺せない、いえ、私だけが殺す権利を持っている。」

『ハハハハ!!ソレでコソだ!!ソノ傲慢さ!お前コソ殻に相応しイ!』
68ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2007/03/26(月) 15:52:01 0
ナバナの街、小さな宿場街が発展してバナナの産地、観光の拠点として栄えてるの。
今は戦争のせいか人はあまり多くないけど、それでも観光地だから賑やかだよぅ。

ラヴィ達はあれから逃亡生活中。別に指名手配された訳じゃないけどね。
蜥蜴の尻尾団のみんなとは別々に逃げちゃったから、あの人達の行方は知らな〜い。
でも・・・なんでしばらくの間、みんなラヴィを怖がってたんだろ・・・不思議〜。
「くぉらぁあああああ!!!待てやぁバナナ泥棒がぁああああッ!!!!」
そんな怒鳴り声にハッとして振り向くと・・・パルちゃんとハッちゃんの事だったお!?
「あ〜ぁ・・・とうとうやっちゃったか〜、遂に前科持ちだよ。」
まるで他人事みたいにその場から歩いて離れるレベッカちゃん!助けないの!?
「捕まっちゃうよぅ!!」
「大丈夫だよ、アタシらは他人だから。うん、他人他人。」
「エェーッ!!??」
酷いお!!こうなったらラヴィだけでも助けに行くよぅ!待っててパルちゃん!!
「ダメです、ラヴィさん。ここは暖かく見守りましょう。あの二人は愛を育んでいるのです。」
「あぅ?そうなの?」
「はい、見てご覧なさい。あの必死な顔、愛とは常に『崖っぷち』なのです。」
なるほどぉ・・・そう言われてみれば、確かに二人共なんだか輝いてるよぅ!!これが愛!?
「・・・・・・絶対違うと思う。」
レベッカちゃんがバナナジュース飲みながら、愛を全否定しちゃった!!

   *********************************************

のんびり街を観光しながら、ラヴィ達は今晩の宿を探してるんだけど・・・
いつの間にかアクア姉さんがいなくなっちゃってたよぅ。どこに行ったのかなぁ・・・・。
「そういや『愛を育む宿』ってのを探すとか何とか言ってたわねぇ。」
「あぅ〜???」
「まぁそんなに大きな街じゃないんだし、すぐに合流できるわよ。」
「そうだよね〜♪」
ラヴィはこの時何も知らないからこんなにのんびりしてたんだよぅ。
『愛を育む宿』。その恐ろしさを!!!

   *************** 数10分後 ***************

「うわっでかッ!!!!」
それはまるでお城だったよぅ、しかも色は無駄に可愛いピンク色!これは間違いなく愛ッ!!
「ねぇ、アクア・・・・。ここってさ、やっぱり俗に言うアレだよね?」
「もちろんです。『愛を育む宿』ですよ?」
「エェーッ!?レベッカちゃん知ってるのぉ!?」
「馬鹿ッ!声が大きいよ!!・・・コホン、そりゃあまあ・・・知ってるわよ・・・一応。」
ガガーン!!!!ショックだよぅ!!ラヴィだけ知らないなんて・・・仲間外れだぉ・・・・。
しょぼんとしてるラヴィをよそに、アクア姉さんがパルちゃんとハッちゃんを部屋に入れた。
「うぅ・・・・。今のアタシ達、スゲー変な組み合わせに見えるんだろうなぁ・・・・。」
溜息のレベッカちゃん。なんだか悲しそう・・・まさかレベッカちゃんもハッちゃんの事が!?

またまたガガーン!!!!
うわぁ・・・どうしよう。これって三角関係?こんな時ラヴィはどうすればいいの!?
「レベッカちゃん!!」
「え!?何・・・ってちょっと!?何すんのラヴィ!!!」
照れるレベッカちゃんをぐいぐい引っ張って部屋に入ろうとしたら、アクア姉さんが立ち塞がる!
「愛の邪魔をする者には、愛の裁きが下ります!!!」
「「ぎゃああああああああああああああああッ!!!!!」」

死して屍、拾う者無し・・・なんだよぅ・・・・。合掌。

69イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/03/27(火) 16:11:21 0
ガナンへとひた走るデスに追いつける者などいようはずもなく、リオネは一騎で騎士団の先を行く事となった。
「ジョージよ、大儀であった」
「いえ〜、恐れ多い事で! 若からリオネ様の言う通り役に立てと厳命されまして御座いますからしてっ!」
彼女の言葉が聞こえるのは、出陣からずっとデスの腹に括り付けられていたジョージだけであった。
坊ちゃまから、隠れ潜んで得意の幻術をリオネの為に使え――と、無茶苦茶言われて老骨に鞭打っていたのである。
まあそうやって、生きた心地のしない戦闘中ずっと律儀にリオネからのご指示を待っていたわけだが、
「お前がいてくれなければ、少し困る所であった」
ようやく来た腕の見せ所は、マリオラとの対面での僅かな間だけ。
楽と言えば楽な仕事。でも、それならこんな劣悪な隠れ場所じゃなくてもいいじゃん。
「涙も泣き顔も泣き声も、生れ落ちてこの方、流した事も作った事もなくてな……」
「それならばそれでよろしいので御座いますよ〜! リオネ様の自然な誠意をお見せすればよいだけなのですから!」
などといった文句は胸に仕舞い、ジョージは忠実にマリオラの前でのリオネを作りきったのであった。
一体どうして? などと不粋な事は訊く気もない。
「それよりも突出しすぎでは? これではガナンへ着く前に騎士団が台無しになってしまいますぞ」
いや、正しく言えば聞きたくなかっただけなのだが……。
「お前に、言っておかねばならぬ事があってな」「はいぃぃっ?」
そういうわけにもいきそうになく、淡々としたリオネの声に何故か震えの止まらぬジョージであった。

「私はあれを認めている。許嫁ではなく、共に歩む女として。……最低と言っているにもかかわらずだ」
「はあ……」「何故だか、わかるか?」「いえ、あの…腐れ縁みたいなものですかな?」
イアルコとリオネの出会いは早く、付き合いも深い。
ジョージはそんな二人を補い合う姉弟のように思って、その凸凹な仲を納得していたのだが……。
「あれも私も、互いにまったく違う腹の底の底で、唯一の同じ魂を持っているからだ」
どうやら違ったらしい。
「えと……一つだけ共通点があるというわけですな? お互い通い合うものがあると。うん、わかりますぞ」
背筋を凍らせながら、必死に理解ある返事をするジョージ。
リオネの喋り方は恋人を語るようなものでも弟を自慢するようなものでもなく、暗い喜びに満ちていて、
とにかくジジイの肝っ玉には堪える怖さだったのである。
「それで、その…お二人が共に抱く魂とは……?」
そんなに怖いのに、訊いてしまう。
この心臓に悪い雰囲気から開放されるには、それしか手段はなかったのだ。

「あれも私も、決して裏切らぬ」

「例え、天地が絶え己のすべてが枯れ果てようとも、義を違える事はない。節を全うする魂を持っているのだ」
節義――それはジョージの知るイアルコ坊ちゃまにとって、最も縁遠い言葉の一つであった。
あの、ワガママで強欲で悪戯好きで基本的に我が身第一主義な小憎たれが……裏切らない魂を?
「故に、あれも私も裏切りを決して許さぬように出来ている」
信じられずに当惑するジョージ。そんな状態の彼に、次のリオネの言葉は鋭すぎた。

「……パパルコ殿を殺害したのは、他ならぬイアルコだ」

彼女は、絶対に嘘や冗談を口にする人ではないのだから。
70イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/03/27(火) 16:20:48 0
「あ、あの暗殺は、旦那様の政敵であるミュラー元帥の仕業では…ないのですかっ!?」
「ミュラーが? 有り得んな」
焦るジョージが絞り出した反論を、薄く笑って否定するリオネ。
「慎重で細心、人一倍龍人貴族の体裁を気にするあの男が、いくら敵対しているとはいえ名門パルモンテ家の
当主をドブ川に浮かべるなど、するはずがない。できるわけがない」
「……言われてみれば…確かに……」

確かに、あの日…若とメリーの帰りが遅くて心配はしましたがががあがががああああああああああああああっ!!!!?

二人とも、あんまりにも普段通りなので疑うとか…いや、そもそも疑う気なんぞ起きるわけないしっっ!!!
「イ、いいい、一体何故…そんな親殺しなど大それた事ををををを……!?!?」
「パパルコ殿は王国との和平を画策していたのであろう? それも単独で。ゼアド全土の平定を宿願とする
陛下のご意志に逆らう、立派な裏切りだ。――もし、ガナンにいたならば、私もあれと同じ事をしたであろうな」
リオネの声はイアルコを褒めるでも責めるでもなく至って自然で、だからこそ本気であるとよくわかった。
彼女には……いや、多分坊ちゃまにとっても、何てこたぁない所業なのだろう。
……もしかして、メリーにとっても……?
大ショックなのは、わたくしめだけっっっ!!??

「おお、どうしたんじゃ爺? 顔色が悪いぞ。酔ったか? 吐いたか? 漏らしたか?」
「ひええええええええええッ若ああぁぁぁああああああ!!?」
並走しながらデスの腹を覗き込んできたイアルコに、情けない悲鳴を上げるジョージ。
どうやら自分が呆然としている内に、リオネが速度を緩めたらしい。周りには全力で馬を走らせる騎士達の姿があった。
「主人の顔を見た途端に悲鳴を上げるわ、唾は飛ばすわ……さてはボケよったな」
そして傍には、メリーとイアルコの二人乗り。
「いえいえ、違いますぞ若っ!」「……やっとか」「やっとで御座いますね、坊ちゃま」「うう……っ!!」
二人とも、いつも通りの心ない冗談である。
「――で、リオ姉様。マリオラ殿はどうでありましたかな?」
「うむ、やはりあの女も裏切り者であったわ」

えええええええええええええェェェェェえええええええええええええぇぇえぇええええええっっ!!!!??

ジョージ、そのお言葉に大絶叫。
…………もちろん心の中で。
「連判状に名前があった時は、さすがに目を疑ったもんじゃが……陛下もつくづくお身内に恵まれん御方じゃのう」
「我らで補えばよい。……何にせよ、これで敵味方がはっきりしたわけだ」
不敵な顔で頷き合う、許嫁同士。
この時初めて、ジョージは二人の根底に流れるものを見たような気がした。
「では、一足先にガナンへ向かいますぞ。少数ならば足も速い。できる事もそれなりにありましょうからな」
「わかった。私も行軍と編成をこなしつつ、後を追う」
「え? ちょっと若!? 私めはどうすれば!?」「リオ姉様に止まる気はないから、しばらくはそのままじゃろうな」
「死にますって!?」「またまた弱気な〜。これくらいの苦行、爺の昔の武勇伝には到底及ばんじゃろう?」
「もう引退して久しいんですじゃあああああああああああっ!!」

手を振りながら楽しそうに遠ざかる後姿を見て、ジョージはようやく悟った。
自分は決して、ベッドの上で安らかには旅立てないだろう――と。
老い先短く太いこの命。もはや、あの業深き少年に最後まで付き従う以外にないのだから。
71サブST ◆AankPiO8X. :2007/03/27(火) 23:35:31 0
緊迫した空気が睨み合う二人を包む。間合いは十分にあるが、マイケルは油断しない。
リッツ・フリューゲル。
目の前に立つこの男が、半年前アグネアストラを倒した事を知っているからだ。
「サイアクだよオマエ、まさか《種》をモってるなんてな・・・」
大罪の種、まだ発芽していないようだが、何故リッツが種の事を知っているのか。
《大罪の魔物》に関する事は極僅か。《十剣者》や世界創世に関わった者達のみの筈だ。
「ホカのレンチュウにはまだアッてないのか?よりによってオレサマちゃんかよ・・・」
「すまねぇな、とにかく時間が無いんだ。手っ取り早く頼むぜ」
この男は本気だ。これから死ぬというのに、その顔には全く迷いが無い。覚悟は済んでいる。
「ワカッたよ、ヤッてやる。アプツェンはないが・・・オレサマちゃんにはこれがある!」
一瞬にて間合いを詰め、加速した勢いを乗せた手刀を突き込んだ。

《十剣者》の持つ絶対結界。激突の瞬間に手を覆う結界が、鋭利な刃物と化したのである。
「・・・・・・おい、カンベンしてくれよマジで・・・」
やはり黒装束との戦闘の時と同じように、出血も無くまるでダメージになっていなかった。
「糞野郎・・・おちおち寝てられねえじゃねーかよ!!オラァ!!!」
強烈な横殴りの一撃がマイケルを軽々と吹っ飛ばす。だがマイケルにもダメージは無い。
結界の防御力に加え、自ら跳んで衝撃を緩和したのだ。平和ボケはしていないらしい。
「カワッたヤツだな。まさかセツゾクにシッパイしたのか?シュルイは“業怒”だな・・・」
「ほぉ・・・十剣者かテメェ、ちょうどよかった。退屈してっから遊んでくれよ」
挑発するように手をクイクイッと動かし、余裕たっぷりに笑ってみせた。
お前程度なら瞬殺してやると言わんばかりの挑発に、一瞬眉がぴくりと跳ねるが動じない。
これは罠だと『知っている』この存在が何を『喰らう』か、マイケルは知っているのだ。

『くそ…起きやがった!もうちょっと寝てろよくそったれ!!』
「テメェは黙ってな、これからオレは遊ぶんだからな」
電光一閃、鋭い蹴りがマイケルを捉らえたが、マイケルはそれを円の動きで受け流す。
独楽のように回され、受け身もとれないゴードへマイケルの拳が打ち下ろされた。
陥没する地面、轟く破砕音。地面にめり込み驚愕の表情を浮かべるゴードを冷たく睨む。
「あんましハネてっと・・・ツブすぞコラ」
感情が一切宿らぬ冷たい言葉だった。《十剣者》は本来プログラムに過ぎない。
個体毎に一応の『性格』が設定されてはいるが、それはあくまで擬似的なものでしかないのだ。
人類が持つ感情とは掛け離れた、作り物の心。《最深部》によって作りだされた人形の証。
「ぐ・・・油断し・・・がぁッ!!」
「ユダン?チガウな、べつにオマエがマジでもかわんねーよ」
更に追撃の踏み付けがゴードの台詞を遮った。容赦は全く介在しない渾身の一撃だった。
「シチューがサメるからな、コイツでトドメだ・・・マジで」
斥力の槍、絶対結界が形を変えた攻撃手段であり、本来は剣の攻撃と併用するものだ。
「チョクセツ《種》をツブせばオワリだ、マヌケだったな」
《種》が憑依した肉体は不死身であっても、『核』となる《種》そのものが破壊されては死ぬ。
それは憑依された宿主の死と同じであったが、既に了解はとってある。何も問題は無い。
「ちょ・・・!?待・・・」
振り下ろす拳が不滅の盾を纏い、盾は矛へと姿を変えて襲い掛かる!
「あ・・・マイ・・・・・・ケルさん?」
背後からの声はルーシーだった。マイケルは反射的に動きを止めてしまった。
見られた!マイケルの顔に感情が戻って来る。そしてその時間は致命的な時間となった・・・

ドゴオオッ!!マイケルの身体が跳ね上がる。真下からの《絶滅》による爆風。
絶対結界を突き破り、マイケルから右半身をきれいに削り取り、空を貫いて黒点を穿った。
「なるほどなぁ、可愛いお嬢ちゃんじゃねーか。ハハハ、コレが壊れるとどうなるのか・・・」
地面からゆっくりと這い出し、ルーシーを品定めするように眺め回す。

「興味があるぜ・・・ハハハ、ハハハハハハハハハ!!!!」

72アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/03/28(水) 01:13:52 0
さて、色々御座いましたが、ナバナの町に到着いたしました。

ここ最近すっかりと、忘れていましたが、私の使命は愛を伝える事、そして、あのお二人の仲を取り持つ大事な仕事がありました。
しかし・・・・・二人で力を合わせて強盗とは、中睦まじい事に御座いますね。

皆様と暫し、別れた後、私はナバナの町のラーナ寺院をお尋ねさせて頂きました。
受付で記帳を済ませ、神父様にご挨拶を致します。
「いらっしゃいませ、シスター・アクア、ナバナのラーナ寺院へようこそおいで下さいました。」
軽く会釈をし、要件を手短に話します。
「愛を育む宿を、一室お探しして頂きたいのですが?」
「なるほど、路頭に迷われてるお方がおるのですね、それならば、その様な宿を経営している信者がおりますのでそこをご紹介致しましょう。」
あとは、簡単で御座いました。ちなみに、その宿でも一番の値段のお部屋で御座いましたが、宿主様のご好意で50%オフで借りる事が出来ました。
ちなみににラーナ様のペンダントを窓口で提示すると、平日は最大65%もオフになるそうで、まさに、愛でございますね。

さて、お二人を宿にお連れして私達はその向かいの普通の宿に入っておりました。何故向かいに普通の宿があるかと言うと、経営者が同じだそうで。
宿のエントランスでくつろいでおりましたら、パルスさんとハイアットさんが宿から出てくるのが見えました。
そして、もう一人、・・・・・・・・?もう一人?
はて、あの方はいったい誰でございましょうか・・・・?その時、脳裏に閃くモノが御座いました。
「まぁ、あんなに早く愛の結晶が出来るなんて!?」
「うぇええ!?愛の結晶って 赤ちゃん!?どうしよう なんか贈り物しなきゃいけないよぉ!?」
「・・・・・そんな訳ないでしょ!!・・・でもあれ誰?」
73ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/28(水) 20:44:33 0
――ロックブリッジ近郊 PM 17:44
 ∵ブロンディイイイイイイイイイッ!!!!!!!!!!!!!!!∵
虎が吠えた、その雄叫びは紛れも無いロンデルの声だった。
今や彼はゲルタ=ロンデルという肉体から解き放たれ、虎と1つになったのだ!!
暴風の如く吹き付ける雄叫びに、ジーコは耳を塞ぐが、まるで意味を成さない。
凄まじき大音量が鼓膜を揺さ振り、打ち付ける。
雄叫びは空を翔け、遥か千里先まで響き渡る。
この世に破滅を齎す黒きケモノの生誕に、世界は震え、あらゆる生命に絶望が影を射した。


――ニブルヘイム内CIC PM17:44
虎の雄叫びを聞き、ソフィーは歓喜に酔いしれた。彼女が望む破滅が産声を上げたのだ。
待ち焦がれた、と言ってもいい。遂に来たのだ…
全ての人類が滅び、この世界より全ての戦争が消え去る聖戦の時が!!
『叔父様、ようやくですの。かねてよりの大願に向け、また1歩進みましたわ♪』
それは狂喜であった。彼女が望むのは殺戮、そして殺戮の後に訪れる平和!!
自然界の弱肉強食という闘争だけが許される、人類が存在しない世界、新たな時代!!
「さて、母上様も《央へ至る門》へと向かっているでしょう。皆様、参りますわよ!!」
ニブルヘイムが狂気の歓声に飲まれ、更なる力の躍動を開始した。
「真なる聖戦の意味を理解出来ぬ小娘なぞ無用、我ら五百五十五の英傑で十二分!!」
艦内の乗員、兵士、合わせて555人の狂気は、うねり混ざり合い、躍動する。
不沈艦ニブルヘイム、その鋼1つ1つに宿り躍動する!!
「いざ参らん!!聖戦の地へ!!!」

それはもはやニブルヘイムではない。それはもはや人の造りしモノでもない。
それはもはや…新たな生命であった。


――ロックブリッジ近郊 PM17:51
先程より降り出した土砂降りの雨の中、ジーコは地に倒れ伏したまま動かなかった。
雨水が体中の傷から血を洗い流していた。敗北したのだ、全霊を賭しての戦いに敗れたのだ。
破滅のケモノを相手に、一介の人間が戦いを挑み勝利する事など、到底叶わなかったのだ。
 ∵ブロンディ、私は君に礼を言うよ。私がここにいるのは君のおかげだ…感謝する∵
そう告げると、虎は遥か彼方を見据え、静かに歩き始めた。
激闘の果てに待っていたのは覚悟だった。信念を貫く覚悟だけが、生き残る許可を与えるのだ。
 ∵なぁブロンディ、この戦争が終わったら…“向こう”で一杯飲ろうじゃないか…∵

虎の目から流れ落ちるのは、はたして雨か…涙か…
ロックブリッジ攻防戦、第2幕はこうして幕を閉じた。
そしてそれは、1人の男が戦い抜いた戦争の終結でもあった……


――メロメーロ PM 18:04
街は大混乱に陥っていた、当然である。空から街が降って来たのだから無理もない。
この異常事態に住人達は逃げ惑い、恐怖と絶望が大規模なパニックを引き起こしていた。
先の火柱に続き、この状況は中原全域に局地的な嵐を招いた。
普段から台風と無縁の中原で暮らす者にとって、この嵐は脅威だったのである。
つい数分前、街全体を揺るがす地震の被害が、吹き荒れる暴風によって拡大した。
地震で脆くなった家屋の倒壊に水路の増水。人々は皆、半年前の世界滅亡の危機を思い出す。
まだ街のあちこちに半年前の爪痕が残る中、今度のこれである。恐怖しない筈がないのだ。

「はっ…半年ぶりに帰って来たらっ、またぁああああっ!!!!」
修行の旅から一時的に帰還した猫耳神官リオンは街の惨状に悲鳴を上げた。

世界は歪み始める…苦悶の声に…恐怖の叫びに…
世界は歪み始める…狂気の笑みに…絶望の呪いに…

この日始まったのだ。
世界を、全ての生命を包む揺り篭たる《世界樹》が新たなる決断を下したのだ。
聖戦は始まったのだ。《最深部》より断罪の使徒はやって来る、裁きを下しにやって来る……
74ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/29(木) 19:02:55 0

――王都ナバル地下333mジオフロント 《央へ至る門》
地を埋め尽くす夥しい数の竜の死骸、その先には淡く光る檻があった。1m四方の小さな檻。
これこそが《祖龍》を閉じ込めた封印の檻だ。
はたして、このような小さな檻に本当に獣人の世界を滅ぼした《祖龍》が入っているのか。
ミュラーとベルファーは半信半疑で、そっと檻に近付き中を覗き込む。
“それ”はそこにいた。金色の輝きに身を包む小さな龍、まるで竜の幼体のように小さな龍…
「こんなにちっちゃいとはねぇ…僕様ちょっぴり意外!」
「油断しないで下さいよ?これはあくまでも檻、この世界から隔離された異空間ですから」
「いや、ちょっと言ってみただけだし…ホントに冗談が通じないなぁミュラー君は」
ばつが悪そうに頭を掻いて、隣のミュラーをジト目で見るベルファーだったが、額には冷汗。

先程から2人は檻に近付いただけで、心臓を握り潰されそうな重圧を必死に耐えている。
龍人にとって《祖龍》は『神』であり、偉大なる『母』でもあるのだから当然だった。
「この檻を他のセフィラに不法投棄するなんてね、バチ当たるよバッチーン…なんちゃって♪」
「………………………」
ベルファーなりの励ましなのだろうが、どうやらミュラーには寒い駄洒落でしかなかったようだ。
「この門から外に出る…それが《世界樹》の連中にバレたら、その時はどうする?」
「ひたすら逃げる。これ以外に良い方法があれば是非聞かせて貰いたいですね」
「君のそういう思い切りのよさ、僕様は結構好きだよ。…あ、別にそういう趣味はないよ?」
「……知ってますよ」
苦笑いで返すが、ミュラーも余裕が無くなってきたようだ。ただ立っているだけで2人は限界だった。

1歩、また1歩と進む度に押し潰されそうな重圧は強さを増していく。それでも2人は止まらない。
今ここで立ち止まる事は即座に死に繋がる。それを本能のレベルで知っているからだ。
1歩、また1歩、檻はもうすぐそこまで近付いている。後少し…ほんの後少し。
この檻を他のセフィラへ放逐する方法、それは《央へ至る門》を越え、《枝》を渡り檻を引っ張る事。
単純窮まりない方法であったが、これ以外に《祖龍》復活を完全に阻止する手段は無かった。
おそらく生きて帰る事は不可能だろう。しかしそれを知りながらベルファーはこの作戦に乗った。
ミュラーはそれが嬉しかった。そしてそれはベルファーも同じだった。
他の貴族達は《祖龍》を倒せると本気で信じている。ギュンターに騙されているとも知らずに。
(何が聖戦だ!僕様にはまだまだ識るべき謎が山ほど残ってるのだよ?世界が滅びたら全部おじゃんだもんね!)
《祖龍》復活、それが世界の滅亡を意味すると、何度も訴えた。だがまるで取り合ってくれなかった。
唯一ベルファーに賛同したのがミュラーだった。それ以来計画を慎重に進めてきたのだ。
絶対に失敗は許されない!この世界の存亡を背負っているのだ、失敗などできる訳が無い!

「おい…人のかあちゃんに何する気だよお前ら。あんまりハッスルしてっとハネるよ?」
声の主は…金色の龍鱗を右手の甲に輝かせて2人の背後に立つ男、公王ギュンター=ドラグノフであった。
75ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/29(木) 19:03:36 0
――10日前、マイラ遺跡中央管理室
「あ〜あ、やっぱり壊されてるわね…」
中央管理施設の封印装置だった残骸を見下ろし、レジーナは舌打ちしてぼやく。
《央へ至る門》を閉ざす封印が破壊された、これは則ち《祖龍》の復活を意味する。
「こっちも駄目だな、再起動は無理みたいだ。しかし誰がこんな事を?」
「さぁ、誰かしらねぇ」
やはりレジーナは何か知っているのではなかろうか。私は彼女の横顔を見つめる。
こちらの視線に気付いたか、怪訝な顔で私を見つめ返す。……これは気まずい!
「ん?何よ?」
「い、いや…何でもない!本当に何でもないからな!!」
「ふぅん、変なの。とりあえずここに用は無くなったから次行くわよ?」
次?しかし六星都はガナン以外全て機能を停止しているのでは?どういう事だ?
それにどうやって行くというのだろう。確かにグレナデアはあらゆる地形に対応しているが…

『侵入者を捕捉…侵入者を捕捉…都市防衛システムに撃退を要請…』
辺り一帯に突然鳴り響くアラーム、おいおい…都市機能は停止しているんじゃなかったのか!?
「あちゃー、見つかっちゃったわね。それじゃあディオよろしく〜♪」
「え!?なんで!?」
「つべこべ言わないの!最強の騎士の名が泣くわよ?ほら行った行った!」
無茶苦茶だ!昔っからそうだった。この幼馴染みと一緒だと、必ず私はロクでもない目に遭う!!
無人機であろうガードゴレムが3機、通路の奥から接近して来る。最悪だ、私の運勢は最悪だッ!!
76ST ◆9.MISTRAL. :2007/03/29(木) 20:53:50 0
――メロメーロの宿屋 PM18:12
「いつまでそうしているのかにゃ?独角坊」
外は猛り狂う嵐、しかし黒猫の声は涼しいものだ。全く外を気にしていないかのように。
あれからずっと俯いたままのカールトン、その顔には猛将と呼ばれた面影は無かった。
「拙者は行くでござるよ、あの男は何処まで往くか見たいからにゃあ〜」
黒猫の言葉に少しだけ反応したか、カールトンは顔を上げ、小さな猫人のサムライを見た。
猫の瞳は深かった、数え切れぬ程の修羅場を越えた者だけが持つ深さだった。
「もう遅いだろう…ここからでは間に合うとは到底思えぬ」
「そうやってお主はまた王を守れぬまま、しょげておる気か?なんと情けな…」
「黙れッ!!!」
勢いよく立ち上がると黒猫の胸倉を掴み持ち上げる。その表情には後悔と怒りが混じる。
掴まれて宙ぶらりんのまま、真っ直ぐにカールトンの目を見て、黒猫は静かに語り始めた。

「拙者は約束をしたのだ、遥かな先になろうとも…必ずや成し遂げると」
ゆっくりとクロネを床に下ろして、カールトンはベッドに腰掛け何も言わず話を聞いた。
「じゃが…拙者は迷い続けておるよ。その誓いが果たされて何になるのかと…」
迷いは永かったのだろう、今や猫の瞳には諦めにも似た悟りがあった。
「争いに勝ち残り、再び世を取り戻す事に一体どれほどの価値があるのかと…」
多くを見てきた、多くと戦ってきた、それでも迷いは消えなかった。
迷いは猫から時間だけを奪っていった。
「かつて我が友と誓い合った聖戦に意味など無いと、拙者は思いたくなかっただけかもしれぬ」
半年前、使徒との戦いにてその誓いの行く末を垣間見たのだ。
時の欠片たる使徒の剣を砕き、その破片を手にした時に、クロネは未来を知ってしまったのだ。
「じゃが未練かの、拙者は未だにそれを認める事も出来ず、受け入れる事も出来ず、
 ただ無意味に時を漂っただけで、1歩も前に進む事すらしようとせなんだ…」
静かではあったが、その言葉の節々に悔悟の響きがあった。

「拙者は行かねばならぬ。そして…決めねばならのんだ独角坊よ。拙者の迷いを断つ為に」
「……ライキュームだ」
「むぅ???」
いきなり口を開いたカールトンを不思議そうに見遣り、クロネは首を傾げる。
「行くのだろう?断龍よ。ならば間に合うには《経路(パス)》を使う以外に方法は無い」
その顔は、友を失い悲観に暮れた男ではなかった。かつて『深紅の独角』と呼ばれた猛将の顔!
「我らが六星都には各都市間を移動する為の転送装置がある。そしてそれは…」
ニヤリと笑い合って、拳と拳を軽く打ち合わせ、断龍と独角は窓の外を見る。
上空には、嵐纏う紫星都市…ライキューム!!

「奴のいる《央へ至る門》にも繋がっている!!!」


――十字街道 PM 18:12
それは疾風と呼ぶべき速さだった。軽やかに地を蹴るが、巻き起こるは土煙の竜巻。
街道を南へ南へと下る先には、王都ナバル。この地を駆けるマリオラが目指す場所。
その速さ、行き違う馬車の農夫が真横を通り過ぎた疾風が人だと分からなかった程の疾風怒涛。

風を裂き、地を削り、マリオラは駆ける。聖戦の地を目指して……
邪魔な者はいない、泳がしておいたミュラー達も既にギュンターによって始末された頃だろう。
今の12貴族に《祖龍》を討つ力を持つ者はいないが故に、マリオラは1人で往くのである。
僅かだが兄と同じく《祖龍》の祝福を受ける者として、親殺しを成すべくひた駆ける。

「さぁ兄様、久しぶりにケンカしましょうか。私は最初っからクライマックスですわよ?」
77レベッカ ◆F/GsQfjb4. :2007/03/30(金) 11:50:56 O
あれ…?変だなぁ、入ってった時は2人だったはずなのに…なんで3人になってんの?
ありえないよコレ。物理的にありえないってば。
しかも謎の男の人、お尻が痛いのか涙目で尻をさすってるし…あんたら中でナニしてたの?


「……という訳なんや。ワイにも何がなにやらサッパリわからへんねん」
リーブって名乗った謎の男が、これまでの事情をかいつまんでアタシ達に話してくれたけど…
アタシ達にはちんぷんかんぷんだった。ただ1人、ハイアットだけが真っ青になってたけど。
「ジャジャラだけでなくイルシュナーまで…一体どうなってるんだ!?」
「そないな事言われたかて、ワイにもわからんがな!気が付いたら筋肉祭やで!?」
「ぐっ…それは……」
うわぁ…また使ったんだ、あの『漢祭』の弾丸。もうアレ封印した方がいいんじゃない?
「とにかく、ハインツェルの行方を追うか、リーブさんを元の所へ送るか、ですね」
アクアはやっぱり頼りになるね、まぁ突然ボケ始めるけど普段はまともな人でよかったわ。
「ナバナからロイトンへは、どのみちロックブリッジは通るんだしリーブさんを連れて行こうよ」
うんうん、パルも真面目にやればちゃんとできる子だ。なんだかんだで皆のまとめ役だし。


こうしてアタシ達はロイトンを目指して出発した…んだけどね。ぶっちゃけうるさすぎ!!
「ねぇねぇバナナ食べる?美味しいよバナナ」
「わぁい♪ラヴィも食べるよぅ♪」
「ちゅうかなんでバナナばっかりアホみたいにあるねん」
「それは優しいおじさんから“貰った”んだよ」
「そうそう、いきなり必死に追い掛けて来てたよね」
「…ん?追い掛けて来た?なんやこのバナナ犯罪の味がしてきたんやけど…」
「バナナはバナナ味だよぅ♪」
「アホ!そないな意味ちゃうわい!!」
「愛の結晶の味ですね。甘酸っぱい青春風味とでも言いましょうか」
「どないな味やねん!?」
「あ〜…うるさい…」

まぁね、アタシがツッコミ入れずに済むから楽っちゃ楽なんだけどさ。
う〜ん…どっかに耳栓とか売ってないかなぁ……
78ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2007/03/30(金) 12:30:05 0
セイファートの仲間が見つけた古い飼料庫が、その晩の雨風を辛うじて防いでくれたが
私は胸骨骨折の疼痛に煩わされ、寝具の上で仰向けになったまま、まんじりとも出来ないでいた。
堅い土床や雨漏りは然して気にもならず、新しく治癒魔法さえかけてもらえれば
一晩眠る事くらいは出来ただろうが、今更自分から頼める雰囲気ではなかった。特にセイファートへは。
天井を眺める事に辟易し、退屈しのぎにそっと首を動かすと、目は細めたままで辺りを見回す。

屋内には数少ない灯りから漏れた暗闇が、無数の密やかな息遣いで満たされていた。時には話し声もした。
木造の飼料庫には「暁旅団」構成員と、彼らの騎馬であるペガサス二十数騎が壁際まで押し合いへしあい。
まるで内圧によって、嵐に軋み倒れんとする建物を必死に支えているようだった。
東の隅では副長、旋律士、呪歌手がランタンを囲って、確か撤退後の隊の身寄りを相談していた筈だ。
しかし肝心の隊長は三人の話し合いに混じろうともせず、ずっと私の傍に座り込んで動かない。

私とシャミィは助かったものの、多脚歩行ゴレムの車載兵器によって駐屯軍は壊滅、ロックブリッジ防衛は最早絶望。
「暁旅団」は王国軍の無残な敗走を見届ける暇もなく訪れた嵐に追い立てられ、荒れ果てた牧場の放棄された飼料庫に至る。
二週間に渡る土木作業と戦闘の指揮が無駄に終わったとして、文字通りの骨折り損を悔やむ間もなく私は戦争を忘れた。
私を救ったペガサスの、騎手のエルフが問題だ。当面の敵は公国軍ではなく彼となる。
七年前、私を置いて――多分捨てて、逃げた男だった。

「眠れないのかい? ケガの具合は」
私に背を向けて座ったまま、彼が言った。彼の呼びかけには答えなかった。
話しかけられないようずっと瞼を閉じて眠った振りをしていたのに、微かな気配で気付かれた。エルフは目敏い。
「見ない内に大きくなった。何年振りかな」
セイファートの能天気な声は昔から変らない。しかし微かに怯えを感じるのは、私の願望からだろうか。
狸寝入りを諦めた私は骨折の痛みがぶり返さないよう慎重に、腹筋を使って声を絞り出した。
「七年」
私が一言返して、それきりお互い二の句を接がない。顔を見ようともしなかった。
彼との再会が叶えば、言ってやりたい事は多くあったような気がするのに
その予定表は骨折と寒中水泳のショックで、記憶からすっかり抜け落ちてしまっていた。
疼痛と緊張に、シーツを掴む手が震えた。気まずそうにセイファートが切り出す。
「ゴレム狩りの噂は聞いてた。この機会に、会いに行こうかとも思ってたけど」
「後ろめたかったから?」
この期に及んで恨み言を漏らすつもりなど毛頭なかった筈なのに、本心が口を突いて出た。
「私は待ってたのに」
押し止めるより先に身体で話してしまうし、最悪な事に泣き声まで混じる。

「ごめんなさい」
「いいよ」
セイファートの手が頬に触れ、向き直って私の顔を覗き込もうとする彼の動作が周辺視野に入り込む。
いよいよ情けなくなり、慌てて早口で喋ろうとすると途端に胸が詰まって身体が捩れる。短く息を吐きながら、
「二度も命を助けてもらった人間の物言いじゃないわね。
私だってペガサス隊の噂を聞いた時はもしやと思ったけれど……」
「いいってば! そんな青い顔してあれこれ喋ろうとするんじゃない!」
自分から話しかけておいて、今更これだ。ゆっくり寝返りをうって、近付いてくる彼から顔を背けた。
79ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2007/03/30(金) 12:31:07 0
「これから、どうするの? あなたとあなたの仲間」
ロックブリッジ陥落により王国軍の反撃力は急低下を免れない。このまま本土進攻を許せば、勝ち目は消える。
民草から掻き集めたレジスタンスの戦力もたかが知れている。クラーリアの援助無くして抵抗活動は成り立たないのだ。
王国が倒れればレジスタンス組織も傾く、それはセイファートの「暁旅団」にも同じ事だ。彼は深く息を吸うと、
「看板は一応レジスタンスだからね。新しい出資者探して、そこで預かってもらうよ。
今日のあれを見た後じゃまだ何とも分からないけど。戦争がどうなるか、分からない」

「あなた、公国が嫌いなんじゃないの? みんなだって――
部隊が徹底抗戦の気構えってのに落ち着いたら、あなた死ぬの?」
セイファートが耳元でふふん、と笑った。
「死なせる為に部下を連れてる訳じゃない。恨みったら数えれば切りない程だけど、犬死は無意味だ。
でも自分ひとりならどうだろう。死んでもいいかな、それとも隠居しようか。森に帰って」
「森も嫌いじゃなかった?」
「シルフィールを預けて、私ひとりで戦ってもいい」
「そういうの、向きじゃないでしょ」
「さあね」

「ヒトもエルフも、憎むものがあるから戦えるのね」
「それがなければ誰だって戦えない」
横になったまま背筋を伸ばすと、頭が枕元の偃月刀に当たった。
欠伸をする。鋭い痛みが胸板を一文字に横切って、毛布の中で少しのたうった。
「私の相棒は誰を憎んでもいないように見えるから」
「どうかな。分からないよ」
「あなたが傭兵を始めたきっかけ、七年振りの再会ついでに話してくれてもよくはない? 私に預けた『ジェネヴァ』の話も」
「嫌だよ」
セイファートがおもむろに立ち上がる。超過労働に凝った肩や腰をひねって、これ見よがしにばきばきと鳴らす。
「暗い話は嫌いだ」

ぱちん、と指を鳴らして、セイファートが旋律士と呪歌手を呼んだ。
「ったく、今夜は湿っぽいな! 音楽家、働け!」
「そんなのやったら、みんな眠れませんがね!」
飼料庫の東方から副長レミリアが反論する。
「子守唄(ララバイ)なら」
旋律士ハノンの縦笛が、今にも消え入りそうな細い息でメロディーを奏で始めた。
暗闇のうごめきから、次第に会話が聴こえなくなる。エルフもペガサスも皆、呼吸を一層潜めるようだ。
注文よっか暗過ぎる、と一言呟いてセイファートもそれきり黙った。私も胸の痛みが薄れていく感じがして、目を閉じた。
風や雨がひっきりなしに飼料庫の屋根を叩くのを除いて、最後まで聴こえていたのは、
シャミィが何処かで濡れた二挺の銃を丁寧に掃除し終え、部品を組み立てていく金属音だった。
80名無しになりきれ:2007/03/30(金) 13:20:35 0
窃盗犯を捕まえてくれ
81スーパーメガトロン:2007/03/30(金) 13:21:42 0
>>1-80
長文スレの馬鹿共。いい加減に目覚めよ。
82炎、覚醒の時:2007/03/30(金) 15:07:23 0
嵐が去って残されたのは崩壊寸前の橋と、苦い敗北感だけだった。俺達は負けた・・・ろくに戦いもできず、簡単に捻られちまった。
生き延びた仲間は極僅か。あの嵐が届かない南側にいた俺達と炎の爪のソーニャ、合わせてたったの7人だ。
このロックブリッジに集まっていたレジスタンスは約200人はいたというのに、今はたったの7人なんてな・・・笑えない冗談だろう。

「駄目だね、川に落ちた連中は助かりゃしないよ。諦めなスコット、じきに飛竜部隊が戻って来る。」
薄情な女だ、こいつだって仲間が死んでるだろうに、なんで平気そうな面してやがるんだ?何とも思わねえのか!?
俺は怒りをぐっと堪えたが、それは無駄な努力だったようだ。キレた奴がいた。『白狼戦団』のブルックリンだ。
「おい!まだ生き残りがいるかもしれねえだろが!!そいつら見捨てるってのか!?あぁ!!?」
まずい!ソーニャ・ダカッツといえば悪名高い『蠍の爪』の幹部だった女だ。下手に怒らせたら何するか分かったもんじゃねえ。
実際に今ブルックリンの台詞に、奴の眉がぴくりと動いた。平気なはずがないんだ、誰だって仲間を失えば辛いからな。
俺は自分が恥ずかしくなった。辛いのは自分だけだと思い込んでいたんだ。少し考えりゃすぐにでも分かる事なのにな。
「よせブルックリン、気持ちは分かるが後にしろ。飛竜部隊が戻って来たら、俺達は今度こそ終わりだ。」
「じゃあスコット、てめぇも仲間を見捨てるんだな!?どうかしちまってるぜ!!くそったれ!!」
「納得がいかないのは皆同じだ。あいつだって仲間を死なせてるんだよ、何とも思わないわけがないだろ?」
まだ納得できないといった顔だが、ブルックリンは渋々頷き矛を納めた。いつの間にか冷や汗が背中をぐっしょり濡らしていた。

ソーニャの言った通り、飛竜部隊は態勢を立て直して戻って来た。もちろん狙いは俺達だろう。
おそらくロックブリッジの残存兵力を掃討するつもりだ。まったく丁寧なこった、感動のあまり涙が出そうになる。
「来たね・・・アタイがおびき寄せるよ!橋が落ちる前に、あんた達は向こう岸まで急ぎな!!」
信じられない台詞に俺達は唖然となった。さっきに比べて数こそ減ったが、相手は飛竜だぞ!?無茶苦茶だ!!
「勝てると思ってるのか!?無茶だ!相手は飛竜なんだぞ!?」
「だから何さ?アタイはね、仲間の仇を取るだけだよ。この中でそれができるのはアタイしかいないだろ!とっとと行きな!!」
俺の制止をいとも簡単に振り払い、ソーニャの髪がざわめき立った。・・・燃えているのか!?
「いい奴らだった。みんなアタイの家族みたいな連中だった・・・」
烈火の如く怒る、という言葉はこの女のためにあるんじゃなかろうか。みるみる内に全身を覆い尽くす炎を見て、そう思った。
人間じゃない・・・化け物だ!!既に他の連中は逃げ出している。俺もそうしたかったが、足が思うように動かない。
長い間傭兵をやってきて、初めて人間を怖いと思った。目の前に立つ炎の魔人に、俺は恐怖を隠せなかった・・・。

「さぁ行くよ、死んで行った連中の弔い合戦と洒落込もうじゃないか!!!!」
完全に人の姿をやめたソーニャが、空の飛竜達に向かって宣戦布告した。俺はその場にへたり込み、これから始まる激闘の目撃者となる・・・。
時刻は午後6時ちょうど。ロックブリッジ攻防戦、最終幕の始まりだった・・・。
83狂海原 ◆d7HtC3Odxw :2007/03/31(土) 00:39:30 0
遥か、昔・・・・・・・

「このお腹の赤ちゃんとあの人で・・・・」
たった一人、変哲もない一人の女の願いは一瞬にして、奪われた。

七孔墳血
辺り一面に赤い死の花が咲く、仲間の口から鼻から目から耳から・・・・・
そして、自分の・・・・・・・・・
血だるまになったまだへその緒すらとれぬ、我が子を抱き抱え、女は虚空にむかって悲鳴をあげた。

そして、悲しみもあけぬまま、郷里に帰る帰路についた彼女は想い人が自分を裏切り結婚した事を聞いた。
愛した男は裏切った・・・・愛する我が子はもういない、・・・・・ぼろぼろにされた体では、もう二度と子は産めぬだろう。
何故・・・・何故・・・・・何故!!何故!!何故!!
そして、彼女は答えを出した。
「そうだ・・・・私を幸せに出来ない奴らなんか皆消えればいいんだ。」
その目にはかって、慈母聖母とまで言われた面影は1つも残っていなかった。

彼女の名はヒムルカ・マーキュラス

「さて、私もそろそろ動きますか。」
進行方向に見えるは港町・・・・・・・・・。

「ああ、幸せそうな人達・・・・・・皆食い散らかしたいですわね。」

84アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/01(日) 02:38:33 0
18:30 メロメーロの町北側の大穴

暗闇の中、揺れる背中にどれだけいたのだろう・・・
不思議な薬のせいだろうか、意識が途切れとぎれではっきりしない。
朦朧とした意識がはっきりしたのは、雹の混じった暴風雨に晒されてからだった。

地底都市に開いた穴から脱出に成功し、地上に出た私達は外の変わりように愕然とした。
まだ夕暮れ時というのに、余りにも暗すぎる空。
嵐が来ているにしても暗すぎる。
夜闇とは別種の暗さ。
そう、衛星軌道都市ライキュームが嵐を纏い、天に蓋をしているからだ。
叩きつける風、雨、雹。縦横無尽に走る雷。そこかしこで発生する竜巻。
「・・・リーヴさん!」
天変地異の起こる中、私は急いで太極天球儀に意識を集中する。
天球儀がイルシュナーの内部を示すが、リーヴの反応はない。
「そ、そんな・・・」

知っていたはずだ。そう、私は知っていた。
無数の屍を足場に、為政者が作り出した平和の上に生活が成り立つことを。
星辰の動きを観測し、あらゆる戦いを、あらゆる死を見てきたはずなのに・・・。
なのになぜ?
このいい知れぬ喪失感!
それほど親しかった訳でもない。心許していたわけでもない。
なのに足掻いても指の間から流れていく砂のような・・・。
父を亡くした時とてこのような喪失感はなかった。

「そ、そうだ・・・ソーニャさんは・・・ジーコさん、ギルビーズさん・・・!レニーさん・・・皆、皆は・・・!」
リーヴさんの反応がないことに対する逃避行動だろう。
だけど私には逃げる場所なんて残されていなかった。
軽く呼吸困難を起こしながら必死にその反応を探すが、誰一人の反応も示してくれないのだから。
「う、嘘だ・・・・こんな事って・・・星はこんな事・・・!」
自分でも信じられなかった。
みんなが死んだという事実。
そして私自身でもある黄道聖星術を否定してまでその事実を認めたくないこの気持ちが。

「ほう、この嵐の中で飛ぶとは・・・なかなか・・・」
叩きつける雨に目を細めながらも、シバさんが上を見つめる。
駆け巡る紫電に照らされたのは一頭の飛竜。
「あ、あれは・・・ソーニャさん!?いや・・・ちが・・・う・・・」
空高く、一直線に上っていく飛竜は豆粒のようだけど、私の義眼はその姿を捉える。
でもここまでが私の限界だった。
呼吸困難とパニックに陥った私の意識は暗闇へと吸い込まれていった。

『愛別離の苦・・・怨憎会の苦・・・求不得の苦を・・・魂に刻め!!それが・・・に至る正しき道よ・・』

暗闇の底で、幽かだけど荘厳な声が響き渡る・・・
85アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/01(日) 02:40:01 0
18:25 衛星軌道都市ライキューム

制御室中央に浮かび上がる立体映像。
それはライキュームを中心とした周辺の地図だった。
近くに散らばる光点、はるか隅から急速に接近する光点。
この光点こそ、人機一体となった鋼鉄の龍。
地上で咆哮を上げる鋼鉄の虎、そして巨大な狂気の塊と化した不沈艦ニブルヘイム。
それらを睥睨するは蠢くモノたち。
交わされる言葉はない。
群体生命体である蠢くモノは意識や感覚を共有しており、一体がそれを知れば全体が同じように知る事が出来るのだから。
魔法基盤に向かう蠢くモノが手を翳すと、ライキュームの都市防衛兵器が作動する。

磁気乱流・・・
半径200キロを覆う機械兵器無力化結界。
だが光点の移動は止まらない。
生体兵器と化した三機体には、結界が張られたことすら気付かないであろう。

磁気乱流を展開したにもかかわらず未だ接近をする光点に対し、蠢くモノ達の動きがあわただしくなる。
判ったからだ。自分達と同じ技術が地上にもあることが。
人機一体となる技術が。
そんな中、異形のもの達の溢れるライキュームにあって更に異質の存在が動く。
『愛別離の苦・・・怨憎会の苦・・・求不得の苦を・・・魂に刻め!!それが・・・に至る正しき道よ・・』
この場の誰に向けられる事のない言葉を残し、姿を消した。


18:35 ライキューム外壁
崩壊したドーム型シールド。
長い年月、星界を彷徨い廃墟と化した居住区。
そこに無数に乱立する星界のゴレムとも言うべきものが林立している。
15メートルに達する機動兵鬼土偶螺魔(どくらま)。
それが一斉に目を開き、赤い光を発しながらライキュームから飛び立った。
急速に接近するドラッヘを堕とさんが為に
地上で咆哮するティーガーを叩き伏せる為に。
狂気の塊と化した不沈艦ニブルヘイムを沈める為に。
強力なる光の兵器を携え、今地上へと舞い降りる!


18:40 ライキューム内部
響く警報、起動するガードゴレム。
セレスティア文明の粋を集めた六星都市にあれば、配備されたものも強力無比。
されど跡に残されるのは、虚しく響く警報と、残骸のみ。

深紅の独角カールトンと断龍クロネ。
どうしてこの二人の侵攻を止められるといえようか。
止めるどころか、その足を緩めさせる事すらできずにただ破壊の野と化すのみ。

「ん?アレは・・・」
「知り合いか?」
長い通路の果てに佇む黄金の仮面の人物。
「んにゃ。押して通ろうぞ。」
「元よりその心算!」
『龍将よ。其は王を討ちにいくや?守りに行くや?』
「軽々に立ち入るでないわ!!」
黄金の仮面からの問いに叫びながら返答と共に火を噴く二丁拳銃。
その弾は障壁を軽々と破り、黄金の仮面の人物の全身に10の穴を開ける。
直後の一閃。
「ふむ、その左腕、調子がよさそうじゃにゃー。」
感心したような声のついでのように黄金の仮面の人物の首を撥ね、今までと同様振り返ることなく二人は走り抜けていった。
86アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/01(日) 02:40:49 0
18:45 飼料庫

ジンレインと暁旅団が身を寄せる飼料庫の扉が開く。
室内に吹き込む風と雨を背負い、入ってきたのは老コボルドだった。
「おや、先客がいたとは。
すまぬが嵐のおうた年寄りと娘童の為に片隅を貸してはくれぬかの?」
気絶しているアビサルを背負いながら、シバは深々と頭を下げて頼み込む。

###########################################

18:50 ライキューム
「もうそろそろだ・・・」
響き渡る二つの足音以外、もはや誰も追ってはこない。
全ての障害を打ち崩し、障壁を突破。
二人にとっては数キロに及ぶ行程も無人の野を駆けるに違いはなかった。

だが、ここに来て初めて二人の足がとまる。
それは前方から放たれた10の弾丸によって。
「これは・・・幻術、か?」
「ふみゅう。妙な手ごたえとは思ったが・・・お主、何者かのう?」
二人の前には既に転送ゲートが見えている。
だがそれを阻むように佇むのは黄金の仮面の人物。
カールトンにあけられた10の穴も、クロネに切られた首の傷もローブに刻まれている。

『我は全ての者が生まれ、帰り着くもの。
生きながらにして我が元へ足を踏み入れし者は稀有也。
しかして哀れ、剣聖。我に蝕まれておるか。』

じりじりと間合いを詰めながら言葉を綴る黄金の仮面の人物の圧力が室内を満たしていく。

『刻の盟約により勝手は出来ぬのだが・・・
汝らがここを通れば我らが婿殿に障りがあるやも知れぬのでな。しばし足止めをさせてもらおうぞ。』

張り詰める空気の中、黄金の仮面の人物は動かない。
そしてカールトンとクロネも動かない。
じりじりと焼け付く緊張感の中、ほんのつかの間の均衡の時が流れる。
87ST ◆9.MISTRAL. :2007/04/01(日) 17:28:51 0
――ライキューム内部 PM18:54
ただならぬ緊迫、場に張り詰めた空気は爆ぜ割れる直前の風船の如し。
「是が非でも推し通る!250年の錬磨を経て、進化を遂げた我が拳技…受けてみよ!!」
灼熱の熔岩。まさにそう表現するより他ならぬ両腕、握る銃も白熱の極み。
「《禅・銃(ゼン・ガン)撲・真・具(ボクシング)》!!!!」
軽快なフットワークと共に繰り出されるは、神速の左ジャブ!秒間108発の火炎弾!!!
左ジャブ…ボクシングのみならず、格闘最速のパンチに乗せて発射される魔導銃の弾丸。
本来の威力を遥かに上回る加速と破壊力を得て、標的へと叩き込まれる!!
これこそが《禅・銃》の新たな地平、《撲・真・具》。拳の威力に銃の威力が合わさる。
しかし!『1+1』は2にならず、いきなり10になる…それがこの漢、カールトンなのである。

黄金仮面が身に纏うローブは残らず布切れと散り果て、恐るべきその実体が明らかとなった。
《無》である。そこには黄金仮面など存在しなかったのだ。在るのは《無》。
『ただ銃を撃つより拳を突き出しつつ撃てば、威力が増すのは童にもわかる理屈…』
宙に浮いたまま不気味に語る黄金仮面!カールトンに戦慄が駆け抜けた。何故バレた!?と。
「拙者には解らんにゃあ…」
「否ッ!!理屈に非ず、根性(ハート)だ!!」
気合い一発、渾身の右フック!!乗せるは3射バースト、黄金仮面を粉微塵に砕き割る!
『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーッ!!!!!!』

黒き虚無が一喝、信じられない出来事であった!!
先程カールトンの放った火炎弾は、全てそのままの威力で虚空より返ってきたのだ!!
「何ィイイイッ!!!」
「断龍ッ!『一つの断ち』!!!!」
剣嘩繚乱、一振りの剣閃煌めき灼熱を断つ!!懸かる火の粉は当たる前に断つ!断龍の極意!!
「やるな、断龍…我輩ちょっぴりショック!」
「むぅぅ…次は防ぎきれんにゃ…」
クロネの愛刀は打てと言わんばかりに熱され、その切れ味は無きに等しいではないか!?
『いかな手段を以ってしても、討つ事能わず…我は無であるが故に』
底見えぬ深淵を前に、成す術無く対峙する断龍と独角。相手は《無》、攻撃は通らず!!
「……無か、ならば“無でなくなればよい”だけの事よ!!」
「駄目だ独角坊ッ!!!」
クロネの制止は間に合わず、カールトンの両拳が文字通り“火を噴いた”!!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアッ!!!!!!」
『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーッ!!!!!!』
撃つ灼熱に返る灼熱、激突に激突を繰り返し周囲は煉獄の熱気が吹き荒れる!!
「こ…これは!?」
クロネが驚くのも当然、カールトンは計算の上でこの無謀とも言える戦法を選んだのだ!!
撃ち出す火炎弾の数が返って来る火炎弾の数を次第に上回り始めたのである。
更に!返って来る火炎弾も激突して再び虚無へと押し戻しているではないか!!
『無駄無駄無駄無………!?』
「オラアアアアアアアッッッ!!!!!!!」
特大の火炎弾が残る全ての火炎を押し出し、押し戻した!そして、虚無に異変が起きる!
「貴様の敗因は2つある!!まず1つ、それは貴様が“出口であり入口”だった事ッ!!」
特大火炎弾が半分程虚空に消えたまま、その前進を止めた。
膨脹する虚無、それはまさに星界誕生の前兆!!そう!もはや“無”は“無”でなくなったのだ!
「そしてもう1つ、貴様は我輩を怒らせた」

バーンッ!!となにやら複雑な形の決めポーズをして………一目散に走りだした?
「急げ断龍ッ!!奴は爆発するぞッ!!!」
「にゃんと!?お主、それを早く言わんか!!!」
「フハハハ、詰め込むだけ詰め込んだは良いが、その後を考えてなかったわい!!」
「一瞬でも見直した拙者が馬鹿だったにゃあ……」
2人はゲートに飛び込み、その様子を見送る虚無。火炎弾は既に吸収した後だった。
『……少し侮ったか…まぁいい、“これだけの量”があれば充分に足りるだろう…』
いつの間にか消えた筈の仮面とローブを身に着け、虚無は静かに笑う。

『さぁ…喰らうがよい!虚空に住まうモノ共よ!!』
88セイファート ◆iK.u15.ezs :2007/04/01(日) 22:51:42 0
呪歌の効果で程なく皆が寝てしまい、ハノンも器用なことに演奏しながらいつの間にか寝てしまった。
ジンレインの横に座っているセイファートが、銃を直しているシャミィに声をかける。
「シャミィ、君にジンを預けたのは間違いだったかな。誰が傭兵として手柄を立てさせろと言った?」
シャミィは銃を組み立てる手を休めずに応えた。
「セイこそとんだ見込み違いだったのではないか?ジン程傭兵向きの者をまだ見たことがない」
セイファートの口調がわずかに愁いを帯びる。
「ジンは本当は敵のためにも涙を流すようなすごく優しい子だ。
私と一緒にいてはいけないと思った。できれば戦いとは無縁の場所で暮らして欲しいって。
でも……結局彼女を傷つけただけだったみたいだ……」
「空回りしてばっかりなところが100年前から全く変わらんの」
「大きなお世話だ!」
すっかりいつもの口調に戻っていた。
おもむろに弓のような物を背負って立ち上がり、眠っているジンレインに声をかける。
「許してくれとは言わない……大好きだよ、ジン」
出入り口の前まで来てシャミィの方に向き直って言った。
「賢者シャムウェル、ジンを頼む。それから……今のをジンに言ってくれるなよ」
「シルフィールは置いていくのかの? セイ、まさかお主……」
「勘違いしてくれるな! 乗ってたら踊れないだろ?」
シャミィに笑いかけて嵐の中へ駆け出て行く。
「やれやれ、実はいい歳のくせにジンより余程世話が焼ける」

シャミィはセイファートを特に引き留めることもなく、黙々と銃を組み立て続けた。
やがて、二つあったはずの銃は一つの巨大な銃になった。正確に言うと銃ではない。
「故郷を捨てたときに賢者の名もこの魔術も捨てたはずだったのにのう。
また使う時が来ようとは……」
ニャンクスの賢者であるシャミィ自身が開発した魔術の発動体、事象変換機《キャスター》。
魔術は本来単純な効果しか発揮できないが、これの使用によりマナを思いのままに操ることが可能となる。
「試しに治癒をやってみるかの。《崩れしもの、あるべき姿へ還れ》」
呪文を唱え引き金を引くと、空間に幾重もの魔法陣が広がり、マナの光が降り注いだ。
「久しぶりだが上手くいったようじゃ」
その効果を見てシャミィは満足げに頷き、ジンレインに声を掛ける。
「ジン、ちょっと行って来るぞ。真顔であんなことをいう奴を死なせるわけにはいかんからの。
帰るまでそこで大人しくしておれ」
89セイファート ◆iK.u15.ezs :2007/04/01(日) 22:52:53 0
ジンレインが目を覚ますと、ひどかった怪我がすっかり癒えている事に気づく。
無意識に相棒であるニャンクスの砲兵の姿を探すが、見あたらない。
「……シャミィ!?どこに行ったの!?」
慌てて起きあがって周りを見渡すも、いない。
エルフ達が何やら騒いでいる。ハノンが来てあわあわとジンレインに現状を報告する。
「あれれー?猫ちゃんもいないんですか?私いつの間にか寝ちゃってー
その間に隊長がいなくなったんです!!シルフィちゃんはいるのに!」
シルフィールの方を見ると、何かを言いたそうにジンレインを見つめている。
「シルフィール……?」
小柄な少女を背負ったコボルトが訪れたのは、そんな時だった。

――時間は少し遡る
突風が巻き起こり、紫電が走り、炎の華が咲く。ソーニャはたった一人で飛竜部隊と戦っていた。
「アンタら数多すぎなんだよ!」
本日何発目かの炎の大爆発が炸裂し、飛竜の一群が一瞬にして灰塵と化す。
しかし、まるで湧いてでもくるかのように次から次へと襲ってくる飛竜。
ソーニャが隙を見せた見せた瞬間をつき、後ろからを体当たりをかまそうとしていた!
「くっ!?」
振り向いた彼女が見たものは、飛竜の翼に突き刺さる無数の光の矢!
飛竜達は雨に打たれた蝶のように地に堕ちていった。
矢が飛んできた方向をソーニャが見上げると、弓を構えたエルフが崖の上に立っていた。
魔弓《クレセント》、弓のような形をした、魔力の矢を飛ばす特殊な武器だ。
「お前は……暁旅団の《黎明の翼》!?」
「遅くなったな《炎の爪》、後は私に任せて下がっといていいよ」
エルフ特有の舞で風を纏い、ふわりとソーニャの横に降り立つ。
「おい、若作りのじーさん。年寄りの冷や水って言葉知ってるか?」
「生憎エルフの辞書にその様な言葉はないっ!」
軽口を叩きながらも、一直線に飛んできた突風のブレスを左と右に跳んで避ける二人。
大爆発が巻き起こり、地面には大きなクレーターができた。
「ならせいぜい邪魔するんじゃないよ!」
「こっちのセリフだ!」

一方、飛竜部隊率いるアッシェンプッテルはかつて無いほど苛ついていた。
自分の部下達が次々と倒されていく、しかもたった一人の女によって。
「……なんか変な奴も来たし……二人まとめてブチ殺してやる!!」
電撃の鞭を一振り。音速の風となって、戦いが繰り広げられている地上へと向かう。
紫電と疾風統べる飛竜、オーフェンローアが牙をむく!
90苛立ち:2007/04/02(月) 02:54:21 0
助かった。アタイはセイファートを見て、安堵の息を吐く。しかしまだ戦闘は終わっちゃいない。
周りは水、橋の上なんだから当たり前。で、アタイは火…つまり相性最悪と言っても過言じゃない。
特に今のアタイは炎の魔神になった状態だからね、水の中に落ちたりしたら絶対に助からないだろうねぇ。
猫人の腕前はルフォンで拝見済み。セイファートの腕前も、以前に組んだ時に拝見済み。2人共そう簡単にゃ死なないだろう。
でも、だからって任せっぱなしは性分じゃない!このアタイがなんで『炎の爪』って呼ばれてるか…教えてやる!!

     †     †     †

「しつこい…しつこいしつこいしつこいしつこい!!糞畜生の分際で!無駄に手間取らせやがって!!」
アッシェは苛立ちを鋭い牙で噛み切りながら、橋上の火炎魔神を睨みつけた。既に彼女の部下は1人も残っていない。
焼き殺されたのだ。正直に言えば、完全に見くびっていた。まさかこれほどに手強いとは予想だにしなかったのだ。
最初の不意打ちに近い火炎放射で部隊の半数が消し炭と化した。出鼻をへし折られたら後は脆いものだ。
終始ペースを掻き乱され、思うように連携すら組めない。こちらの手の内を知り尽くしたかのように奴は裏を突いてくる。
アッシェは知らないのだ。自分が戦っている相手は、かつて百近い部下を自在に操り悪名を中原一帯に轟かせた大山賊だと。
「糞ウザったいんだよド畜生!!このままじゃ…恥だ!!リオネ様に合わせる顔が無いだろがっ!!」
身を焦がすような怒りに震え、騎竜の手綱を握る手には血が滲み出ていた。殺したい。これほどに強い殺意は初めてだった。
憎いパルモンテの猿餓鬼に勝るとも劣らぬ憎悪の火を燃やし、アッシェは風の道を選ぶ。紫星龍のブレスである。

「嵐のおかげでまだこっちが有利だ、姉貴達にゃ悪いけど、餌になってもらうよ。ローア、ドル姉を巻いて!!」
騎竜のオーフェンローアが急旋回して、左後方のドルンレスヒェンが駆るグリューンヘルツに迫る。

     †     †     †

アタイの炎は燃やす物が無いと使えない。飛竜部隊に火を吹く竜がいたのは幸運だ。これなら“火元”には困らない。
でもあちらさんも馬鹿じゃないね、少し経つと見破られた。せっかくの“火元”がパァになる。
ま、もう遅いさ。アタイは“新しい炎”の使い方を“覚えた”んだからね。まだ完璧には使いこなせないけど…
ブンブン蝿みたいに飛び回るクソタレを焼き殺す為だ、多少のリスクは承知の上。やってやる!!
「なっ!?止せ!!死ぬ気かお前は!!」
セイファートの叫び声がアタイの背に刺さる。アタイはもう橋の“上にはいない”。真下の濁流に向かって飛び降りたから。

91蒼炎、新たなる炎:2007/04/02(月) 02:57:05 0
水面が近付く!死ぬ程怖い!下手すりゃ死ぬ!絶対にしくじったり出来ない!!死ぬのは怖い。アタイだって怖い。
だからこうするしかなかったんだ、アタイはもう何かに怯えたりしたくないから。
二度と…無くしたりしたくなかったから!だからこうするんだ、死も、痛みも、何一つとしてアタイを立ち止まらせないように!!

     †     †     †

突然急旋回してきたオーフェンローアを衝突寸前で回避したドルンレスヒェンは、妹に対し罵裏雑言の嵐を浴びせた。
しかし当の妹は何も悪びれた様子も無く、隊列に割り込んで来る。これには流石に我慢ならなかった。
直ぐさま翼を反転させて妹の竜の真横に列ぶ。操竜の技術ならば1日の長がある、簡単な事であった。
「こらアッシェ!!何のつもり!?隊列から今すぐ離れなさいよ糞餓鬼!!!!」
「ケッ!何ちんたら飛んでんだよドル姉!陽動撹乱はアンタらの役割だろが、仕事しろ仕事!使えねぇ!!」
この行為にこの態度、ただでさえ1人のレジスタンス相手に苦戦を強いられている今、怒りが冷静さを奪い去った。
これがアッシェの仕掛けた罠であるとも知らずに、ドルンレスヒェンは我を忘れて妹を攻撃したではないか。
グリュールヘルツの酸性霧が勢いよく散布され、毒々しい深緑が視界を染め上げた。これには他の竜も堪ったものではない。
陣形は崩れ、各自散開して霧の範囲内から抜け出そうと進路を変える。アッシェの思惑通りの展開だった。

盾は準備できた。後は散開した飛竜の死角からソーニャを荷電粒子砲のブレスにて橋ごと薙ぎ払うだけ。
このブレスは発射までに時間が掛かり、その上動きを止める必要がある。だから身代わりが欲しかったのだ。
霧が狙いを甘くするし、他の飛竜が盾代わり。アッシェとローアの安全は単独時に比べ格段に高い。
「さぁ喰らわせてやるよ糞豚!!………っておぃ嘘だろ!?飛び降りた!?なんで!?水は弱点じゃないのかよ!!」
計算外の行動を目の当たりにしてアッシェは迷った。既にブレスは発射できる状態になっている。
ここまでくると撃たずに止める事は出来ないのだ。顎無しの欠点、口が上手く開閉しないが故にブレス時には注意がいる。
どこに撃つか、橋の上にいるエルフか?それとも奴が落ちた辺りか?時間が無い。急がなければ!
そう焦るアッシェとローアを真下からの氷弾が凄まじい勢いにて打ち付けられた。姉妹の誰でもない攻撃。

その攻撃を行ったのは…ソーニャだった。

     †     †     †

凍っていた。増水して氾濫しそうな程に激しかった濁流が、凍り付いていた!!薄いコーヒー色の氷河に悠然と立つ女…
冷たき蒼炎を纏い、空を見上げ冷酷な笑みを浮かべる。だがしかし炎が何故に氷河を生み出したのか。
そのメカニズムは至極単純窮まりないものだった。周囲から『熱』を奪ったのだ。結果、水は凍ったのである。
ソーニャの持つ能力が新たな進化を遂げた。存在する炎を増幅・操作する能力と、周囲から熱だけを奪って炎を作る能力。
今や彼女の周囲は氷点下241℃にまで低下しており、先の氷弾は氷の中から熱爆発を起こして打ち上げたのだ。

「とりあえず死んで詫びて来い。アタイの仲間が待ってるよ。」
92名無しになりきれ:2007/04/02(月) 16:45:33 0
一+一は一
それは医学での話し
93ロンデル ◆ZE6oTtzfqk :2007/04/02(月) 23:58:13 0
ニブルヘイムは進路を少し東に傾けたな、十字街道に入りそこから南へ下るつもりか・・・。
わざわざ目立つルートを選ぶのは何か理由でもあるのだろうか。少なくともこちらには利が無い。
王国軍の残存兵力にしたって今ではたかが知れる。ロックブリッジが落ちたのだからな。
ルフォンへ進行した獅子十字軍はライン大河で立ち往生だ。王国は丸裸も同然になった。
こうなった以上、我々が急ぐ理由も特に無い筈だが・・・中将は何か別の作戦を立てているな。
オルトルートの騎兵をガナンに帰したのも、その何か別の作戦に関係しているのだろうか。
どうにも解せない。いかに王国が手薄になったとはいえ、あまりに短絡的に感じる。
確かに今の私がいれば王都陥落も難しい事ではないだろう。しかし王国にも猛者はいる。
王都を守護するロイヤルナイツ、王家と古い盟約を交わしたグラールロックの幻獣達・・・。
今まで公国が中原を越えて支配域を広げる事が出来なかったのは、この両者のせいだ。

幻獣達はまだいい、奴らも命までは王国の為に投げ出す気はないのだから。
しかしロイヤルナイツ、この連中は違う。国王直属の一騎当千と呼ぶに相応しい闘将達だ。
2年前まではその存在自体が他愛のない噂だと思われていた。だが奴らは存在していたのだ。
イラバマの戦線でゴレム1個師団が突如として行方を眩ませた。最新技術の第2世代がだ。
たったの2人・・・最新のゴレム1個師団をたったの2人で壊滅させた男達がいる。
ロイヤルナイツの長であり、国王ラウンド4世の右腕、ゴンゾウ=ダイハン。
そしてその補佐を務めるロイヤルナイツ副長、レオル=メギド。
王国と王家に仇為す者を滅する使命を全うし自らの命は勿論、いかなる犠牲も躊躇わない。
我々にとって最凶最悪の敵だったが今は違う。私はもう人間という枠組みから外れたのだから。
いかにロイヤルナイツといえども、このティーガー・・・この私の前では無力な『人間』に過ぎない。


『大佐、どうかしましたか?進路が大きく逸れていますが。』
オペレーターの心配そうな声が脳に直接響く。なかなか慣れないな、この感覚は。
「いや、少し考え事をしてたみたいだ。申し訳ない、すぐ・・・に!?何だあれは!?」
街の上空に街が浮いているのか!?一体何だこれは!?あの街の方角は・・・メロメーロか!!
「あれは何だ?メロメーロに今何が起きてるんだ!?」
『落ち着きなさい大佐、今ドラッヘがライキュームを回収に向かっているわ。故郷が心配?』
通信に応えたのは中将だった。落ち着けと言われてすぐに落ち着ける状況ではないだろ!?
「ライキューム?確かそれはスメラギ・アウグスタへ投下する筈だったのでは?」
『そうよ、カニンガム大佐が何者かによって作戦を妨害されてね、あんな所に来たのよ』

カニンガム、半年前に新型ゴレムの実験部隊に配属されたと聞いていたが、まさかドラッヘだったとは。
ならば話は早い、私は彼に借りがある。ここらで返しておくのも悪くないな。
それにメロメーロだ・・・カニンガムは何者かに妨害された、ならば街で戦闘になる可能性もある。
しかし私の任務は王都ナバルに向かう事だ寄り道していい訳がない。任務遂行が絶対優先だ。
だがメロメーロは故郷だ、そういえばコリンは元気だろうか?半年前の事件では揉めたからな。
最近はずっと望郷の思いが頭の片隅にくすぶっている。帰りたいのか?そんな風に思った事はなかったのに。

「中将殿、私の我が儘を聞き入れては戴けないでしょうか。」
『いいわよん♪誰だって故郷を失うのは辛いもの、いってらっしゃいな。どうせこの艦の足は鈍亀だし。』
やはり私はこの女が嫌いだ。ふふっ、軍人失格だな。

「感謝します中将殿!ではこれよりドラッヘとの共同作戦に入る。中将殿は先に王都へ。」
私は駆ける。メロメーロ・・・思い出も、友人も、なにもかもが詰まった故郷を守る為に・・・。
94小太陽を挟んで…… ◆9VfoiJpNCo :2007/04/03(火) 01:42:58 0
歌声流れて吹き荒れる。
旋律渦巻き波渡る。
葬奏楽団の先頭に鎮座するヴィオラ・オルガニスタを奏でる旋律の魔女と、十烈士の先頭にて不動の構えを見せる煉獄の志士。
両軍の間に発生し、膨らみ続ける光球在り。
見守るミゲルは、その眩さに顔をしかめ、その危うさに全身をわななかせた。
これこそまさしく、魔女の修める旋律術、呪歌、ブレスの混沌。彼女にのみ許された破壊の理不尽に違いなしと。
地獄の風とせめぎ合いつつ、大光球という一撃必殺のとどめを練り上げる余裕が、オペラにはあったのだ。
更に膨らむ破壊の光。
接するを許さず地面を蒸散せしめるその熱量は、さながら小太陽とでも言うべきであろうか。
計り見るにこの威力、まともに当たれば露ともなれず、かすろうものなら炭とも化せず、さりとて防ぐ術もない。
悪魔、何するものぞ。
揺らぐ甲殻、何するものぞ。
光と勝利は、ガナンの女神と共に在り。

優しく穏やかなるままに、歌声が力強さを増した。
冷たく滑らかなるままに、旋律が激しさを増した。
ガナンの子らは、歓喜に沸いた。
破壊の権現小太陽、陽炎まといてゆらゆら進む。
待ち受ける悪魔どもには、動きなし。動揺なし。何らかという一抹の波すら――なし。
――いや、
「な……?」
ミゲルだけが、悪魔に起こった変化に気づいた。
身の丈十五尺の支えるように広げ差し出された両腕が、いつの間にやら天地上下の構えを成して……。
軌跡までもが輝いて見えるほどの真円を、描き描いて螺旋候。
その様、まさに鮮やか至極。
鍛えられた、五体の果つるが如き也。

そして、おぞましき風が吹いた。

誰の目にも、その異変は明らかであった。
あろうことかここに至って、安定していた大光球が突如として揺らぎ、形を崩し始めたのである。
まるで何回も針で刺された卵黄のように。どろりどろりと予測もつかぬ。
依然として乱れぬ魔女の音波。しかし、光球が律される気配はなし。
だがしかし、黙して揺らぐ悪魔の側にも律し得たる様子なし。

もはや小太陽の調律、誰の手にも在らず。

ただ、確実な泡滅を寸前に戴いて尚、小揺るぎもせぬ莫迦者達が在るだけ也。
さあ、莫迦以外は見るがいい! 恐怖に溺れて拝むがいい!
お互いの、脳髄取り出し投げ合うが如き、莫迦者達の饗宴を。
95トレス=カニンガム ◆psB.QTYrZc :2007/04/03(火) 22:59:02 0
時刻は6時半を少し回った辺りだろうか。中将の言葉通りの速さに自分でも驚きを隠せなかった。
想像を絶する速度に止まるタイミングを逃してしまった為、この星を7周半も回ったのだ。
 ∵こ、これが…私の翼…なのか……私は帰って来たのだな…∵
戦争で親友のバラマを失い、それ以来空は私にとってあまりに高過ぎた。
もう二度と…このように大空を翔ける事など、出来ないとばかり思っていた…。
帰って来たのだ…この大空に!風がうねり、吹き付ける圧力、なにもかもが懐かしい!
 ∵もうそろそろ見えてくるか…∵
どうやらライキュームはメロメーロ上空にて静止している。一体何故ここなのか、それは解らない。
だがそんな事はどうでもいい事だ。私は私に課せられた任務を遂行する。それだけを考えればいい。

『久しいな、カニンガム。息災でなによりだ。』
この声は…まさか鋼鉄の虎か!?だが機体識別コードには反応が無い。
「あぁ半年ぶりか、ところで今の通信は何処からだ?識別反応が無かったようだが…」
『フフ…“君と同じ”だよカニンガム、私は今“虎”と1つになっている。もうじきそちらに着くぞ。』
 ∵…な、何だとッ!?∵
久しぶりに再会した友人の言葉は、衝撃的だった。今度会ったら自慢してやろうと思ったのに…。
「フッ、お互い戻れぬ道を選んだ…という事か。しかしなんだ、虎が虎になるとはな。」
『おいおい…せっかく助太刀してやろうと駆け付けたというのに、それはないだろう?』
ハハハ、相変わらずだなロンデル。元気そうでなによりだよ。その歳じゃ戦場は辛かろう。
新しい“身体”の“慣らし”にはちょうど良い運動だったな。それでは好意に甘えるとしようか。

成る程、確かに“鋼鉄の虎”だな。今や肉眼となったセンサーに、ロンデルの姿を捉らえた。
と同時にライキュームから何かが大量に飛び立つ姿も、はっきりと私の眼は捕捉する。
「ロンデル、どうやら私の任務にはとことん障害が付き纏うらしい。借りを返して貰うよ。」
『無論だとも。たっぷりと利子を付けて返済するさ。』
ロンデルの両肩部が展開して、大型の砲撃ユニットが射出された。多分《ベルセルク》だろう。
この《ドラッヘ》と《ティーガー》は兄弟機だ。武装に共通する物があっても不思議は無い。
射出された2機の《ベルセルク》は、摩訶不思議な造形の敵機を早速撃ち落とし始めた。
しかし敵機の数は増え続ける一方で、流石に《ベルセルク》だけでは捌き切れないようだ。
いくら借りを返して貰うとはいえ、彼ばかりに良い格好はさせられない。どれどれ、私も始めるか!
 ∵行け!《ベルセルク》、切り刻めッ!!∵

背面から8機の大口径粒子光剣ユニットが飛び立った。勿論狙うは目の前をうろつく敵機。
 ∵こうもわらわらと飛び回られたら不快だからな。残らず排除させていただく!!∵
翼を広げる、私の翼は空翔ける為だけの物ではない。行く先塞ぐ敵を切り裂く刃でもあるのだ!!
超振動翼刃《ファルケンネ・シュナイデン》…錐揉み回転で翔け抜け、その後方には残骸の雨。
『こらこら、私の分も残してくれよ?まだ利息分も倒していないんだからな?』
「それなら安心しろ。うんざりする程に残っているよ。」

ライキュームからは無尽蔵に溢れ出る敵機体が、胡麻を降ったように防衛網を展開した。
やれやれ…これは先が思いやられるな。下手すれば予定よりも大幅に長引く戦いになりそうだ…。

96トレス=カニンガム ◆psB.QTYrZc :2007/04/03(火) 23:01:14 0
「な…なんじゃこりゃあああああああああっ!!!!!」
カールトンの叫び声が轟き渡る。街はもう怪獣大戦争の様相である。叫びたくなるのも無理はない。
上空で静止するライキュームから出現した無数の機動兵器、見たところかなり古い型のゴレムだ。
ガナンにも似た系統のゴレムが博物館にいくつか展示されている。古代セレスティアの遺産…。
「どうなっとるんじゃい!!ドラッヘにティーガーまで!なんでここに来てるのだ!?」
カールトンの知る限りでは、この2機が今この街にいるのは計画に無かった事だ。
あくまでガナンを防衛する為に配備されていた筈、ミュラー達は計画を変更したのだろうか。
そんな考えが脳裏を過ぎる。隣のクロネは涼しい顔で花火見物のように激戦を眺めていた。
「ぬ?……ずいぶんと余裕だな、断龍。」
「一瞬知り合いがでっかくなったかと思ったが…違ってたにゃ。」
ヒゲをひょこひょこ揺らすクロネ。機械仕掛けの虎に、僅かではあったが友の姿を重ねたのだ。

彼らはおそらく既にゼアドの地へ上陸しているだろう。寧ろ遅すぎるくらいだ。
もう龍人達は聖戦を始めた、このままでは誰1人として《央へ至る門》に辿り着けない。
ならば己で《祖龍》を討つか?無理だろう、間違いなく猫死にに終わるのが明白であった。
クロネは知っている。いや、ニャンクスならば皆、知っている。古き繁栄を焼いた《大絶滅》を。
知っているからこそ、分かる。今の自分の力では、傷すらつけるられぬと。
いっそ真実を知った時に狂って死んでしまえば、どれだけ楽になれたかと常々に思う。
だがそれは叶わぬ願い。クロネを始め、八翼将の皆は幼龍の血を飲み、不老不死となっている。
ある者は唯々ひたむきに己を鍛え、ある者は技を磨き、ある者は術を深めた。
その中でクロネは世をさすらい、世を眺めて、世を愛でた。
それ故に心は時を止め、あの誓いから今日に至るまで、結局変れぬままに日々を無駄にしてきた。
「どうした?腹の具合でも悪いのか?」
「………頭が痛いにゃ。」

爆音が轟き瓦礫の雨が降りしきる!カールトンもクロネも当然それに当たりはしない。
「おのれえぇええ…我輩の頭にコブこさえる気か!!前髪だけは死守ッ!!!!」
 ∵……まさか、いやまさかな…生きてる筈は……∵
頭上からの声に、カールトンは電光石火の早業で見上げて怒鳴った。プチ音波兵器である。
「その声はロンデルか!?ロンデルかあああああああああああッッッ!!!!!」
 ∵え!?大将殿ッ!?何故ここに!?いや、寧ろ生きておられたのですか!?∵
威風堂々、それは先程までの話。今や鋼鉄の虎は猫のように縮まってしまっているではないか。
「勝手に我輩を殺すな!!ちゅーか誰がそんなデマを吹き込んだんじゃい!!!」
 ∵おや?まさかレーゼンバッハ大将ではありませんか?ラタガン渓谷にて名誉の戦死を遂げ…∵
「だから生きてるわい!!!殺すな!!!…そうかマリオラめ、我輩を亡き者にする気か…」
烈火の如く怒りを燃やすカールトン、マグマの熱気に等しい怒気が陽炎と化して揺らめいた。
何故ドラッヘとティーガーがここにいるのか、その答えに思考が到達したからだ。
「おい!!貴様ら!!!我輩達をライキュームまで運べ!!!拒否は認めんからな!!!」
 ∵∵りょ…了解であります!!∵∵


迫り来る鋼の亡者共を薙ぎ倒し、突き進むは鋼機龍。その背に仁王立つは独角坊。
(マリオラよ…まんまと“してやられた”わい!生きておれよ、ミュラー…ベルファー!!!)

97狂海原 ◆d7HtC3Odxw :2007/04/03(火) 23:30:58 0
ついてねぇ・・・・・・今日はまったくついてねぇ・・・・。
男は昼間のロイトンの町を無愛想に歩いていた。この男が無愛想なのには訳がある。
(・・・・・ちっ・・・あそこでやめときゃあ大勝だったのによ・・・・)

晴れた空だったが、海は波が高すぎで漁には出れない。暇つぶしに飛び込んだ賭博所ではポーカーで有り金の
殆どをすった。
(あーあ、もう財布の中に10ギコしかねぇよ、飯でも食って帰るか・・・いや帰って寝る方がましだな)
街中を苛々しながら進むと、一人の女性とすれ違った。その瞬間違和感を感じる。

「潮の香り?」
女性がふと立ち止まり男を見て笑った。男は思った。今日はとことんついてない日だと。
数分後そこには男の愛用していた帽子だけが血まみれで残っていた。

「ああ、なんとまずい方でしょう。負け犬の味ですわ。」
口元を懐紙で拭き、それを投げ捨てる。日差し避けに漆黒の番傘、黒い髪は肩で揃えて肌は白く、遥か東方の赤い着物を
着込んだ女。その女こそ ヒムルカ・マーキュラス。

ヒムルカが大通りに姿を現す。喧騒ざわめく平和な町、
「ああ、なんて食べがいがあるのでしょうか、喜ばしい限りですわ。」
ドンとヒムルカの足元に衝撃がはしる。見れば子供がぶつかったようだ。
「あ、ごめんなさい」
「いいえ、いいのよ。」
しゃがんで子供の肩をがっしり掴んではっきりと言った。
「これから、みぃんな私達が食い殺すんですから。」
ゴリィという嫌な音が子供の頭から聞こえ、悲鳴があがる。合図だ!!我らが君がついに号令をお出しになられたと
町の何処にいたのだろうかありとあらゆる場所から水棲種族の猛者どもがなだれ込む。

「さぁ、我が家族達よ!!破壊し!!蹂躙し!!奪いつくして!!我々が繁栄を掴み取るのです!!」
歪んだ笑いを血糊で化粧し、ヒムルカはまた新たな獲物を探してふらりと歩き始めた。
98セイファート ◆iK.u15.ezs :2007/04/05(木) 00:11:53 0
「筋肉バカが、いわんこっちゃない!」
氷弾に打ち抜かれ、凍りついた大河に叩きつけられた妹を見て
ドルンレスヒェンはそれだけ吐き捨てた。
トーテンレーヴェ家の姉妹には普通の姉妹が抱くであろう感情など存在しなかったのだ。
ドルンの目はさっきから、なぜか妹では無く、橋の上にいるエルフに釘付けであった。
「ふふ……いい男」
狂気に彩られた瞳で笑うドルンに、空中ですれ違いながら、ソーニャのせいで火炎攻撃が
出来ずに暇そうにしている三女が話しかける。
「ドル姉もそう思う?あれやっちゃお!」
この姉妹にあって、唯一仲のいい二人、二女ドルンレスヒェンと三女ロートケップヒェン。
理由は簡単、二人が共通の趣味を持っているからだ。
「じゃあロート、よろしくね」
ドルンの竜、グリューンヘルツがブレスのチャージを始める。
毒の霧よりも何倍も恐ろしい翠星龍のブレス、全てを土に還す分解光線である。
一方のロートは、紅星龍のブレスでグリューンヘルツの姿を覆い隠す。

セイファートは、なんだかとてつもなく嫌な視線を感じた。
試しに上空に矢を打つと、ある地点でかき消える。空間にかかった幻。
彼はこの戦法を知っていた。幻のブレスで姿を隠しての極悪な分解光線。
今でもはっきりと覚えている。
毒竜の騎手は、目を覆うような惨状で死んでいく仲間を恍惚の表情で見ていた……!
「シャミィ!準備はいいか!?」
シャミィの方を見ると、準備万端整えて事象変換機を構えている。彼女ならうまくやってくれるだろう。
後は、あえて気付いていないふりをする。ブレスを発射する時の一瞬の隙を狙うために!

ドルンは、グリューンヘルツのブレスを浴びて人が崩れていく様を観察することに
至上の喜びを見出していた。それが自分好みの美形男なら尚更。死の直前に一瞬見せる
恐怖と絶望に歪んだ表情、美しいものが醜く崩れていく様子は何物にも変えがたいものであった。
「さぁ、見せてごらん。恐怖に歪んだ顔を!臓腑までさらけ出して崩れ行く様を!!」
ドルンの狂気の哄笑と共に、凶悪無比なブレスが発射される!
ターゲットのエルフはちっとも気付いていない。
しかも仲間の猫は、全く見当違いの方向に銃を打ったではないか!
ドルンは勝利を確信し、橋の上を見下ろした。待ちに待ったお楽しみの時間だ。
「……!?」
しかし、そこには誰もいなかった。なぜならその時、セイファートは彼女の真上にいたのだから!
その左手に生成するは、身の丈ほどもある魔力の矢!
「お前は趣味が悪すぎだ!」
せめて苦しみを与えないよう一息で急所につきたてる!
見上げる暇も無く、恐怖を感じる暇さえも無く、光の槍が一人と一頭の心臓を刺し貫いた!
仕掛けは簡単、ブレスが到達する一瞬前、シャミィの魔術で空間転移しただけのこと。
彼女の武器の正体に気づかなかったのが敗因だった。

ロートは、おそらく自分より強いであろう姉がやられた事に驚愕していた。
「何これ!?やってらんない。帰るよ!!」
残った部下を引き連れて飛び去って行こうとする……が、
火炎のブレスよりも熱い蒼い炎が彼女たちを包み込んだ!
「今更逃げるんじゃないよ……!」
蒼炎まとったソーニャの灼熱の抱擁。炎が消え去った後には、灰すらも残っていなかった……。
99セイファート ◆iK.u15.ezs :2007/04/05(木) 00:13:28 0
一方、橋の上に降り立ったセイファートは、パラパラと小石が落ちるような音を聞いた。
「……え?」
続いて、足元に横一文字に亀裂が走っていく!そう、分解光線が分解するのは生物だけではなかったのだ!
「うおああああああああああああああああああああ!?」
横幅二キロのロックブリッジが、轟音を立てながら問答無用で完全崩壊を始めた!
そのあまりの迫力に、思わず絶叫しながら岸まで全力疾走! ああ、何たる悲劇!
必死の思いで岸までたどり着いたセイファートを、シャミィがねぎらう。
「ふむ、なかなかいい走りじゃ」
「よくないわっ!」
空を見上げると、たくさんいた飛竜がいなくなっていた。一騎を除いて。
「火炎竜の部隊が幻のブレスで水増しして見せてたようだの。一人になっても戦うとはいい根性をしておる」
「油断するな……多分真打ちだ」

今まで上空で傍観していたのか、たった一騎だけ残っていたのは、暗くなった空にも映える巨大な白い竜。
ただの白ではない、一切の色素を持たぬ純白。騎手は、やはり雪のように白い肌に
夜の闇に溶け込むような漆黒のドレスをまとっている。
忘れるはずも無い……ジンレインから命以外の全てを奪い去った悪魔!
「お久しぶり。そちらの方は始めまして、わたくしトーテンレーヴェ家長女、シュネーヴィットヘンと申します」
やたらと丁寧な自己紹介を聞ける者などいるはずもない。なぜならもう始まっているのだから。
アルビノの巨竜、アプフェルシュトゥルーデルが放つ不可視の広域催眠術。
抗う者の心をえぐる最悪のブレス!眠りに身を委ねれば二度と目覚めることは無いだろう。
セイファートとソーニャは、自分でも気付かないうちにこの竜の術中に堕ちていた。

もう忘れたと思っていた遠い記憶……。
『ここから出て行け……二度と帰ってくるな!』
『望むところだ!人の命を何とも思わないやつに仕えるなんて真っ平ごめんだね』
そうか、確かそんな理由で出てきたんだったな。
それなのに、もう殺した人は数え切れないほど……。たった今も……。
もうこの世にいるはずの無い幼馴染、迷宮の森を統べていたエルフの女王が
私を軽蔑しきった冷たい目で見下ろす。
――セイ、君だってそうじゃないか。人の命なんてなんとも思ってないんだろ?――

「―――ッ!!!」
「しっかりしろ、セイ!」
崩れそうになるセイファートをシャミィが支える。
「なぜ抗うの?素直に眠ってしまえば楽になるのに……」
シュネーが穏やかな、しかし狂気に彩られた声で告げる。今や、この場で正気なのはシャミィだけであった。
「あとはあなただけですわよ?どうする猫ちゃん……いいえ、賢者シャムウェル!」
100賢聖の“爪と牙” ◆P4yyuPbeoU :2007/04/05(木) 13:01:19 O
「だらしない奴だの、あっちの嬢ちゃんも同じ、か。」
シャミィが《唱えし者》を構え直し、魔力の記号を入力すると、砲頭に魔法陣が現れた。
入力したのは『Binding』と『Drop』。空を飛ぶ相手を無力化する拘束記号だ。
《唱えし者》の最大の利点は、複数の魔法式を記号化して3種類まで組合せる事にある。
発射された記号弾がシュネィの駆る白竜を貫いたが、魔法は発動しなかった。
「ぬぅ!?幻術か、厄介だの。」
シュネーは光を屈折させ、騎竜アプフェルシュトゥルーデルと自らの虚像を作り出していたのだ。
今のが実体ではないならば、本体は何処に?シャミィは素早く辺りを見渡し、奇襲に備える。
「ぬぬぅ、これは・・・。」
空を覆い尽くす程の虚像分身、これでは狙いを定める事は困難を究める。

「さて、貴女をどのように嬲り殺すか・・・迷いますね。リクエストがあればお聞きしますわよ?」
「そうさな、ならば素直に幻術を解いてはくれぬかの?」
「却下でございます。」
「ケチじゃのぅ・・・。」
残念そうに呟くシャミィだったが、その瞳には依然として鋭さは消えてはいなかった。
計算が完了したのだ。夕闇が落とす僅かな光が、いかに経路を辿り虚像を生み出したかを!!
手早い操作で路盤を弾き、記号を入力。展開する魔法陣は『Mirror』『Flush』『Point』の3種。
「重畳、重畳。これだけ儂に時間を許したらば、解けぬ理は無いわさ。」
トリガーを引き、周囲一帯がまばゆい閃光に包まれた。
と同時に無数に舞い散る鏡の破片が、光を乱反射させて虚像を次々に消し去っていく。
「ふふふ流石は賢聖、お見事でした。しかし私の領域では・・・ッ!?」
「領域とな、それはそれは大したものじゃの。」
シュネーはブレスを使うが、光が彼女に反逆したかのように、全く術を受け付けない。
魔法式『Point』、それは発動した記号を任意の位置にて設置する補助記号。
今の光の反射は全てシャミィの支配下にある。方向、角度、強さ、全てを“計算”したのだ!!

彼女はまさしく賢聖シャムウェル、賢きこそが爪と牙!!
「さぁ龍騎士の嬢ちゃんや、まだ頑張るかの?」
毛づくろいをしながら挑発するシャミィに、怒りで震える唇を静かに開くシュネー。
「オマエ・・・絶対に楽な死に方なんてできると思うな。」
101ロンデル ◆ZE6oTtzfqk :2007/04/05(木) 20:59:58 0
やれやれ・・・心臓に悪いな。しかしあの方があれ程までに怒るのは、やはり軍内部に異変があるからか。
今度の作戦のオルトルート撤退、どうやらこれもその異変に1枚噛んでいると見て間違いない。
ライキュームに行って大将殿が何をするのかは分からんが、厄介な事になってきたな。
「カニンガム、上は任せるぞ。私は街の被害を抑える!」
『そういえばメロメーロは故郷だったな。いいだろう、任せてくれ。』
先程から大破した敵機体の残骸が、街のあちこちに降り注いでいる。被害は広がるばかりだ。
 ∵戻れ《ベルセルク》!補給するぞ∵
実弾兵装である《ベルセルク》は、弾切れになればただの鉄屑だ。
戦闘を続けるには補給する必要がある。敵機体の残骸、これを取り込む事で弾薬を生成するのだ。

私の四肢から飛び出す無数のワイヤーが、降り注いでくる残骸を捕まえていく。
次々と吸収していく中で、何か違和感を感じた。・・・私の中に“何か”が侵入しただと!?
 ∵ぐぅ・・・なんだこれは!?か・・・身体が・・・∵
どす黒い思念、じわじわと私を蝕み始めたそれは、ゆっくりと私を支配していくようだった。
『どうしたロンデル?隙だらけだぞ、しっかりしろ。』
 ∵ガ・・・ガガガ・・ザーッ・・・ガガ∵
しまった、奴らは自律兵器ではなかったのか!我々と“同じ存在”だ!!この・・・ままでは・・・


突然ティーガーは動きを止め、その場に倒れ伏した。見た目には何も異常は見当たらない。
しかしその内部では、恐るべき“変化”が始まりつつあったのだ。
 ∵何かあったのか!?ロンデル、おい返事をしろ!ロンデル!!どうしたんだ!!∵
カニンガムが呼び掛けるが、全く応答が無い。通信も一切が無駄だった。
蠢くモノ、ティーガーを浸食しロンデルの意識を乗っ取った古き亡者が、再び虎を動かす!
 ∵怨ぉおおおおおおおオオオオオオッ!!!!∵
虎は吠えた、いや・・・それは既に虎ではなかった。何か別の存在であった。
背面がバキバキと音を立て割れていき、ロックブリッジ一帯を襲った嵐を生み出す振動管が現れる。
 ∵馬鹿な、ここでルドラを使うつもりか!?街を滅ぼす事になるぞロンデルッ!!!∵


暗い・・・、ここは何処だ?私は何をしていた?
光の無い闇の中で、私はふわふわと漂っていた。人間だった時の姿で・・・。
失ったのか、あの鋼の身体を・・・。弱い私に力を与えてくれた鋼の虎を!!
『よぉロンデル、情けねぇツラだな。テメェは何の為に俺と戦ったんだ?』
ブロンディか?ハハハ、笑いたければ笑え。私も敗者だったようだ。
『かーっ、テメェは何も分かってねえよ。いつ誰がテメェの負けだって決めた?』
・・・どういう・・・意味だ?
『まんまの意味だよ、テメェが負けだって思ったってな、他の奴がそいつを認めなきゃ負けじゃねえ』
だが私はもう全てを失ったのだぞ?身体すら無い私に・・・どうしろと。
『取り戻しゃ済む話じゃねーか。俺はテメェが負けるなんて認めねぇからな。』
ブロンディ・・・お前は・・・。
『俺の戦争はテメェの中で続いてるんだ、勝手に幕引きなんざさせるかよ!根性入れやがれ!!』


 ∵ガガ・・ガ・・・・・・き、貴様に・・・そうまで言われたら・・仕方あるまい・・・∵
そうだった!私は私の戦争を放棄する事など出来る訳が無いッ!!
返して貰うぞ!?私の身体を・・・私は“鋼鉄の虎”なのだからな!!!!!

102名無しになりきれ:2007/04/06(金) 09:46:14 0
フロムジャスティス
103悪夢を越えて:2007/04/06(金) 20:03:22 0
何でだよ…何であいつは生きてるんだよ!!あたしは無傷に近いけど、まともに直撃もらったローアは重傷だ。
糞…マジで糞だよこんなの!!…………許さねぇ…ローアの痛み、あたしのプライド、よくもやりやがったな!!
「立つんだよローア!こんな所で寝そべってんじゃ……な…い………?」
言葉が出ない、息ができない!?喉が…凍ってく…あいつの仕業か…身体が……動か…ない……。

     †     †     †

氷の彫像になったアッシェとローアを、炎の槍が貫き粉々に砕いていった。情け容赦の無い攻撃は烈火の怒り故に。
ソーニャは蒼炎を解除すると、体内の熱を一点に集め、逃げ始めた飛竜達へ解き放つ。炎の槍は決して獲物を逃がさない。
極寒と灼熱、熱を支配した彼女に死角は無い。残る飛竜はたったの一騎、これで仲間に捧げる弔いの戦は終わる。
「まだたくさん残ってる。奴を灰にするにゃ充分なくらいにな。」
上空に舞う純白の異形、ソーニャが熱を槍に変え狙いを定めたその時、世界が暗闇に閉ざされた。

     †     †     †

「ん?アタイは今まで何をしてたんだっけ?変だ…まるで思い出せない…。」
見渡す限り薄暗がりの雪山、赤くひび割れた両手に痛みが走る。足元には白髪の青年が倒れ伏し、いつの間にか泣いていた。
「リッ…ツ?そうだった!アタイはリッツを助けに来たんだ!!」
慌ててしゃがみ込み青年を抱き抱えるが、既に息がなかった。間に合わなかったのだ。記憶が鮮明に甦ってくる。
「赤毛…なんでもっと早く来てくれなかったんだよ…。」
死んでいるはずの青年の目が突然見開き、怨みの眼差しをソーニャに突き立てた。そして青年の両手が首を絞め上げる。
「…!?リッツ、アタイが……アタイがあんたを……死なせたのかい?」
「そうだよ赤毛…お前が間に合わなかったから…俺は……死んでしまったんだ、お前のせいだ!!」
首を絞める手に更に力が加わるが、ソーニャは抵抗しようともしない。受け入れたからだ、自分のせいだと。
「いいよ…リッツ、あんたがそれで納得するなら…アタイはそれでいいよ…。」
ぎりぎりと絞め付けられる内に、意識が遠のいてきた。これで楽になれる、やっと彼の死から開放される。

そんな安心にも似た感情の中で、ソーニャはふと気付いた。本当にあの男がそんな風に泣き言を垂れるだろうかと。
いつも自信に溢れ、ソーニャには眩しい程に闘志を燃やしていたリッツが、こんな泣き言を言うのだろうか?
「…ぅ…そだ…あんたは嘘だ!!リッツは…リッツはそんなに弱い奴じゃないんだよ!!!」

     †     †     †

104炎、決着の刻:2007/04/06(金) 20:04:51 0
「くそ………お前か?アタイの想いを弄くり回したクソッタレは…」
空をひらりひらりと飛び回る白い飛竜、多分あの飛竜がやったんだ。絶対に許さないよ、殺してやる!!
崩れ落ちずに残った橋の上で、猫が銃を撃ってるのが見える。あれからどのくらいの時間が経った?
アタイは懐中時計を見ると、時刻は6時51分。3分ちょっとの間、あの胸糞悪い夢を見てたって事か……。
猫は随分と苦戦しているみたいだ、いくら射撃の腕が良くたって相手は飛竜だからね。1人じゃ荷が重いだろうさ。
「そういやルフォンじゃ世話になったし、ここらでチャラにしとくかね!!」

足元の氷の下はまだ水が流れてる。いつの間にかアタイの目は“熱の流れる動き”が見えるようになってた。
身体の中に残ってる熱を解放して氷の床をバラバラに砕く、押し寄せる波がアタイを流す前に…水中で爆発を起こす!!
爆発で押し上げられた水は巨大な水柱になって空を駆け上がる。ここで蒼炎を使ったら…出来上がるのは氷の塔!
水柱から吸収した熱は、すぐに白竜目掛けてブチ込んでやる!取っときな!悪夢の代金だ、釣りは要らないよッ!!!

     †     †     †

何の前触れ無しに肌を焼く灼熱感、シュネーが真横にいる“そこにいるはずのない”女を見て戦慄した。
聳え立つ氷の塔の頂にて、煉獄纏うは炎の申し子。シュネーは初めて自らが“狩られる側”の存在に成り下がったと知った。
「おい猫ッ!!一等デカイの、喰らわせてやりな!!」
地上には叡智極まる賢聖が、その言葉を待っていたと言わんばかりに砲身をぐるりと回し、式を篭める。
「どうじゃった、良い夢は見れたかの?」
「うっさいよ!!」
撃ち出されたのは『SHOCK』と『STAN』。白竜の腹、翼、尾にそれぞれ命中して身体の自由を奪い取った。

だんっ!!白竜の背に無理矢理飛び乗って来たソーニャに、シュネーは光のブレスで応戦するが無駄だった。
ソーニャの足元から白い冷気が竜の身体を滑るように広がっていく。蒼炎、それは静かなる冷たき炎。
「一応あんたに礼を言うよ。あの胸糞悪い夢のおかげで…あいつを、もっと好きになれた。」
その言葉はもうシュネーには届かなかった。全てが凍り付き、シュネーは絶命した後だったからだ。
ソーニャは背を蹴り氷の塔へ跳び移る。そして浮力を失い落下した竜騎士の彫像は粉々に砕け散った。

午後6時58分…ロックブリッジ攻防戦、最終幕はこうして幕を閉じる事となる。
105パルス ◆iK.u15.ezs :2007/04/07(土) 17:40:49 0
――ナバナの街 定期馬車発着場――
ここから先は平原。ということでスピードアップをはかるために馬車に乗ることにした。
が、しかし。世の中そんなにうまくはいかなかった。
「大変申し訳ありませんが激しい交戦があった模様なのでロックブリッジ方面の運行は見合わせています」
「じゃあ自分達で行くんで馬車貸して下さい」
「ダメです」

「諦めて歩いていこうか……って何出してるの!?」
大事の前の小事。道徳とか言ってる場合ではないのである。最後の手段、例の危険な剣を取り出した。
「いやぁ、これなら振り回して人に間違ってあたっても怪我しないから」
「なるほど……って振り回す時点でアカンやろ!」
リーブさんがハリセンを取り出してノリツッコミを入れた!
僕の意識はなぜかそこで途切れる。
106セイファート ◆iK.u15.ezs :2007/04/07(土) 17:41:58 0
パルと剣を分かち合った春の日。
「貰って欲しいものがあるんだ」
パルが差し出したのは美しい片手剣。
「君が左利きで良かった。僕のと二つで一つの剣なんだよ。
僕が族長になっても……ずっと友達だから!」

シルフィールと出会った夏の日。
傷ついて森の中に迷い込んだペガサスを見付けたのは、パルだった。
「ねぇねぇ、飼ってみようよ。仲良くなったら背中に乗せてくれるかも」
「……私的には竜とかの方が強そうでいいんだけどな」
「そうかな?僕は嫌いじゃないよ。セイにそっくりだもん。爪も牙もないけど翼があるとこが!」
「どーいう意味だ!?」

決別の冬の日。
パルは私に二度と帰ってくるなと言った。
でもあの時、彼女は誰にも聞こえないように呟いたんだ。
「それでいい。君には翼があるのだから……」
傷ついた親友を見捨てて逃げた、ただそれだけ。あの時から逃げてばかりなんだ……。

挙げ句の果てには頭に謎の物体をつけた謎の人の幻覚が見えてきた。
ここまで来たら重症だ。もうこのまま死にそうだ。
「セイ、忘れてないよね? 僕達の友情の証!」
聞き覚えのある声。振り向いて笑う顔は……忘れもしないエルフの女王。
「パルメリス様!?どうしたんですかその格好!」
幻覚に聞いても仕方がないがいくらなんでもシュールすぎる。
「チャンスは一回だからよく聞いてね。簡単だよ、君の剣で竜の鱗を砕くの!」
「しかし、パルメリス様……それは……」
竜の鱗を砕くなんて出来るはずはないのだ。
「しかしもかかしもないっ!僕はエルフの長、パルメリス様だぞっ!素直に言うことを聞け!!」

よく分からない幻覚に怒鳴られ、激戦のさなか、目を覚ますセイファート。
アルビノの巨竜は、自分に飛び乗かかろうとするソーニャを、今まさにレーザーで打ち抜こうとしていた。
剣を抜く。風に乗って跳ぶ。
狙うはただ一点、首筋にある鱗! 勝てる何の根拠もないが、その瞳に迷いはない。
透き通った白竜の鱗を、それと同じぐらい透き通った刀身が薙ぐ!
ほんの小さな音と共に、決して砕けることのないはずの鱗が、脆いガラスのように砕けて散った!
チャージされつつあったブレスがかき消える。
「……!?」
あるはずがないと思っていたことを目の当たりにして、シュネーは思考停止に陥った。
ブレスの使えない竜などただの移動手段。その瞬間、勝敗は決したのだ。
遥か古の時代……竜の鱗を切り裂くために作られた双剣……その名は、ドラゴンスレイヤー!!

かくしてその直後、最凶の竜騎士はソーニャの攻撃によって亡き者となる。
「シャミィ、さっき妙にリアルな夢を見たんだけど……」
「ふむ、霊かもしれんの」「こっ…怖い事言うな!!」
「ほら後ろに……」「ぎゃあああああああ!?」
霊は霊でも生き霊であった。ある意味もっと怖いかもしれない。
107パルス ◆iK.u15.ezs :2007/04/07(土) 17:42:37 0
「う、うーん……」
気づいたら、猛スピードで走る馬車の中でガタゴト揺られていた。
「やぁ、起きたか」
ハイアット君が僕の顔をのぞき込んでいる。
「心配したのよ?リーブがハリセンで叩いたらそのまま倒れちゃって」
「でも気持ちよさそうに寝てたんだよぅ♪」
「過労で倒れた人がいるので移動手段が必要ですと丁重に頼んだら厚意で
貸して下さいました」
アクアさんが丁重に頼んだら断れる人はいないだろう。そしてもう一つ気になることがある。
ここにメンバー全員いるのだ。
「そういえば……誰が運転してるの?」
「もちろん僕の忠実な使い魔が……」
御者台では、お馴染みの筋肉漢が馬をバチで叩いていた。なんかものすごく納得した。
「なるほど。筋肉漢さんロイトンまでよろしく」
「イェア!」

この時の僕達はまだ、ロックブリッジが陥落してるなんて知る由もなかったのだ!
108アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/08(日) 00:37:20 0
土偶螺魔。
古の時代、星界で作られた機動兵鬼。
地上には存在しない硬く柔軟性のある鉱物で作られ、物理法則を捻じ曲げる障壁を纏う。
15mを越える巨体に光の砲を携え、地上を蹂躙する存在。

・・・の、はずだった。

それが如何なる事や?
地上のゴレムはその力を遥かに上回る。
否、この2体が余りにも特別だったのだ。
ティーガーとドラッヘから射出された光の剣と砲座は次々と土偶螺魔を撃ち落し、それぞれの身体に付く刃は障壁ごと両断する。

圧倒的、いや、一方的な戦いだった。
撃ち落された土偶螺魔の大半はその場で爆発・死亡するのであったが、不時着する個体もあった。
中原全体に渡って、いくつも傷ついた土偶螺魔が落ちた。
その中でも更に極僅か、死なずに不時着した土偶螺魔の為に各地で悲喜劇が起こるのだが、それはまた別の機会に語られるだろう。

クロネとカールトンをライキュームに送ったあと、縦横無尽、疾風となって空を駆けるドラッヘ。
が、今はライキューム上空で静止している。
ティーガーがルドラを放つ体制になったのを見、驚いた隙を突かれた。
出力は最大限に上がっているが、見えざる力でその場に繋ぎとめられているのだ。
動けぬドラッヘの前に、巨大な影の塊が浮かび上がる。
蠢くモノ・・・純エネルギー生命体群であるこの生物は、お互いと合体する事で300mを越える巨体となるのである。
 ∵お、おのれ化け物め!∵
体は動かずとも、射出した光の剣《ベルセルク》で攻撃はできる。
しかし切り裂く事も叶わず。逆に破壊されてしまう。

動けぬドラッヘにゆっくりと近づく巨大な蠢くモノ。
トレスは本能的な嫌悪感と共に何をされようとしているのかを悟る。
 ∵こ、このままくれてやるくらいならぁ!!∵
本来ならチャージに24時間を要する16連装荷電重粒子砲《ゲヘナ》だが、生体兵器となった今ならば時間を要する事はない。
代わりにトレスの生命力を消費するのであるが・・・。

激しい戦闘と嵐の中、地上の人は見ただろうか?
少なくとも空を見上げる猛虎と猛牛にはしっかと焼きついたであろう。
嵐渦巻く暗雲の中、眩い光に照らされ浮かび上がる異形の姿を。
タペストリーに飾られるがごとく、龍と巨人の戦い!
眩く輝く龍のブレスが巨人を貫いたところを!

トレスは信じられなかった。
余りの至近距離の発射に自分も大きな被害を受けるであろうと覚悟をしていた。
その大きさ、その近さに外しようのない距離だ。
確かに目の前の蠢くモノをゲヘナは貫いた。
にもかかわらず、なんの衝撃もなく蠢くモノもダメージを負った様子もない。
 ∵そ、そんなバカな!・・・う、うおおぉぉおお!!?∵
チャージ時間を待たず、己の生命力を犠牲にしてまで放ったゲヘナ。
絶対の信頼を置いていた分それが全く通用しなかった精神的ショックは大きい。
愕然とした心の隙に、蠢くモノは黒いシミのように侵食を始める。
ここに至りてトレスはロンデル同様気付いたのだった。
蠢くモノが、純エネルギー生命体であり、物理的攻撃が通用しない相手だ、という事に。
109アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/08(日) 00:43:22 0
エネルギー生命体である蠢くモノには実体がない。
物理的攻撃が一切通用せず、エネルギー吸収や念動力を操る事が出来る。
そんな蠢くモノがなぜに土偶螺魔などの他生物、兵器と融合するのか。
融合すれば分離は不可能。
生命体群から分離した一個の個体となり、認識同期から外れた存在となる。
肉体を持つことにより、物理攻撃に晒され、肉体が滅びれば蠢くモノも滅びる。
これ程のデメリットがありながら、なぜ憑依融合するのか。
それは蠢くモノが実体のないエネルギー生命体であるからだ。
【存在する】それだけでエネルギーを消費する。
戦闘などの激しい消費運動を繰り広げれば、あっという間に存在自体が消えかねない。
そこでエネルギーを留め、循環、調整する事のできる【器】が必要になるのだ。

土偶螺魔と融合した蠢くモノは、撃墜されそのまま消滅する運命だった。
幸運だったのは、ティーガーが弾薬生成する為にその体内に破片を蠢くモノごと取り入れたことだった。
新たなる肉体に入った蠢くモノはすぐさまに侵食を開始する。
憑依融合は意思と想いの強さが全てを決する。
種族的にそれを成してきた蠢くモノと、成した事のない人間だったロンデルとではその強さは比べるまでもない。

土偶螺魔よりもはるかに強力な器。
乗っ取りに成功し、その器の機能を早速使うことにする。
雄叫びと共に【ルドラ】の振動管が現れる。

目的は移住の為に邪魔になる原住民の完全抹殺。
発動準備を完了させたとき、またもや虎の動きが止まる
完全に乗っ取り深遠へと追い落としたはずの意識が!ロンデルの意思が表層へと浮かび上がってきたのだ。
それからは余人には見えぬ激しい戦いが始まった。
ルドラで地域殲滅をせんとする蠢くモノと、それを阻止し蠢くモノを排さんとするロンデルの意思。
お互いの存在そのものを賭けた、壮絶なる魂の綱引きである。
しかし、意思の戦いでは蠢くモノに一日の長があり。
ルドラが作動していく。
 ∵ぬおおおおおお!忠誠を尽くす相手は変わっても我が信念は変わらず!!我が魂は唯一つ!!∵
 ∵このゲルダ・ロンデル!守るべき民を!非戦闘員を討つ剣は持っておらぬわああ!!∵
ルドラの使用権の攻防に全力を尽くした両者だが、敗北を悟ったロンデルが即座に次の策にでた。
圧縮空気砲《ナーゲルニプサー》を自分に向けて発射したのだ。
正確に言えばルドラ発生の振動管にだ。
しかし間に合わず。ルドラは発生した。

静寂・・・

確かにルドラは放たれた。
前回使用して間もないとはいえ、その生命エネルギーを使用しその威力は発せられた。
しかしメロメーロの町は嵐によって被害はでているが、ルドラの影響を受け壊滅する事はなかった。

ナーゲルニプサーはティーガーの身を削りながら、振動管へと放たれた。
刹那の差で間に合わず、ルドラ放たれた為、振動管を破壊する事は出来なかった。
しかし、ルドラによって弾き飛ばされたという事もなかった。
圧縮空気、は壁となり超音波を高速反響させ指向性を持たせることに成功したのだ。
背中に突起として出る振動管の周囲を壁で囲えば、行き着く先は一つ。空である。
超振動の嵐を凝縮した槍と化したルドラはライキュームの一部を穿ち、ドラッヘを捉え侵食していた蠢くモノの腕を貫いた。
如何に振動とはいえ物理現象。
エネルギー生命体である蠢くモノに影響を与えるものではないはず。
しかし、しかし、この一撃にはロンデルの【軍人魂】という想い込められている。
それが触れざる蠢くモノを貫いたのだった。

 ∵どうだブロンディ!我が魂を見たか!∵
 ∵さあ、あらゆる区別なく殺す虐殺者め!この体から出て失せろ!我らが闘争の前に貴様らの出る幕などないわ!!∵
町を守り、敵を討つ。
圧倒的なロンデルの想いの前に蠢くモノは気圧され、消滅した。
110アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/08(日) 00:45:28 0
じわじわと意識を犯される感覚はおぞましいものだった。
強固な精神で抵抗を試みるが、さした効果もなく乗っ取られるのは時間の問題。
諦めかけたその時、突然奪われていた感覚が戻された。
その感覚は強い衝撃と共に一気に意識が戻る。

『どうしたカンニガム?利息をつけて返すどころか、どころか逆に貸してしまったかな?』
戻った意識を鮮明にさせるのは戦友の声。
「な、なあに、身を持って情報収集をしていたところだ。途中で君に邪魔されたが、アレがどういうものかはよくわかった。
ところで、わからないのは今の衝撃だが、何をした?」
『ふっ・・・ヴァジュラとでも名付けようか。二度とは出来そうにないがね。』
(なんだと!兵装組み合わせによる新技とは、かっこいいではないか・・・!!)
通信機から流れるロンデルの説明の声に余裕は感じられない。
自分と同様苦しい戦いを強いられているのであろう。手に取るように判る、が、お互いそれに触れぬ矜持は持ち合わせている。
羨望の言葉や労わりの言葉は出さず、、憎まれ口を交わしながら体制を整える。

距離をとりつつ、巨大な蠢くモノを見るが、既に勝敗は決していた。
融合されつつある時にその特性を垣間見たのだ。
エネルギー生命体であるが故の弱点。
融合に失敗し、腕を吹き飛ばされた蠢くモノは、もはや身体を保つ事も出来ず、拡散して消えるだけだ。

見守る中、センサーが異状を告げる。
拡散するはずの蠢くモノに高エネルギー反応が見られ、それはどんどん上昇していく。
 ∵なんだと!?一体どこからこのような高エネルギーが流れ込んでいるというのだ!?∵
驚くトレスを他所に、ライキュームから更に数体の巨大な蠢くモノが現れ、次々と融合合体していく。
謎のエネルギー共有を受け、融合合体を繰り返した蠢くモノは既に人の形を保っていなかった。
もはや異形でもなんでもない。ただ一つの塊。
直径2キロを越えるスライムとなって落下を始める。
その巨大さゆえに空気抵抗も大きく、海月のように傘状になってゆっくりと降下していく。

これが地上に降り立ったら、どうなるか・・・容易に想像が付く。
メロメーロ全体を覆い、全ての人間を吸収しつくし地脈の力を得て、更に巨大化するだろう。
そうなるともはや手がつけられなくなる。
吸収と巨大化を繰り返し、やがては世界を覆い尽くすだろう!
111トレス=カニンガム ◆psB.QTYrZc :2007/04/08(日) 07:35:48 0
眼下に広がりながら、なおも増殖拡大を続ける異形の存在。既に街よりも大きいサイズだ。
これほどの巨大な敵を倒すとなると、並大抵の火力では効果は期待できんか・・・。
 ∵ロンデル、すまんな。私はどうやら限界のようだ。∵
嘘だ。《ヘイムダル》を撃てばたやすく消滅させる事が出来る。あれは物理攻撃ではない。
しかし、撃てば確実にメロメーロの街は跡形も無く消し飛ぶだろう。
それは絶対にあってはならない結末。そう、私では駄目だ。私が撃っては意味が無いのだ。
ロンデルが肉体を支配されながらも、決死の抵抗をしたのには理由がある。
彼らしいといえば彼らしいな。約束なのだろう、ロンデルは自らの戦争を全うする。
この約束を果たすには、ロンデル自身の手でルドラを撃たねばならないのだ。
そうする事で初めて、ロンデルは業を背負う事となるからだ。街の住人全ての命を背負うのだ。

『カニンガム…恩に着るよ。』
短い言葉、だがそれに込められた想いは私には想像も適わぬものだろう。
「これで貸し借り無しになったな。」
『随分とぼったくるじゃないか…良心が痛みはしないのかね?』
「“時価”にして換算すれば、価格破壊級の値引きだと思うんだが?」
『……………………むうう』
納得出来ないようだ。全く、私からしてみれば羨ましい限りだというのにな。
私の歩んで来た道には、自らの命を投げ打ってまで立ち塞がった敵はいなかった。
ロンデル…君は運が良い。宿敵は己の進むべき戦争を教えてくれる。
『15秒だけでいい、奴を押さえ込む事は出来そうか?』
どうやら覚悟が決まったようだな、それでいい。自らの戦争を見失わぬように私も進むとしよう。
「15秒などとケチな事を言うな。私を誰だと思ってるんだ?20秒くらい任せろ!」



20秒?大して変わらんじゃないか!だがそれだけの時間があれば十分だろう。
今や街の面積よりも大きいあの敵ならば、“これが使える”からな!!
ティーガーと完全に同化した今、最終兵装のイナーシャルロックは自力で解除出来る。
起爆設定を書き換え、潜行深度50mに変更…物理攻撃が効かないならば、魔法攻撃だ。
世界を揺らす究極の魔導兵器を以ってすれば、ひとたまりもあるまい!!
ブロンディ、君の言った通りだ。君の戦争は確かに続いている。この先私が進む道程には、
君と志を同じくする者が立ち塞がるだろう。君が私の前に立ち塞がったように…。
間違いなく君の戦争は続いているのだ、私が私の戦争を続ける限り、決して終わりはしない。

「カニンガム!!ライキュームの影に入れ!!死にたいならそのままでも構わんが。」
『無茶苦茶言うな、準備は済んだのか?』
「あぁ、もちろんだとも。《ヘルモーズ》を使う!とにかく強烈だ、死ぬなよ!?」
『了解した!お手柔らかに頼みたいが…この際だ、遠慮無しに撃て!!』

ティーガーの背中にあった2本の細長い筒状のパーツが、ゆっくりと起き上がり、1つになる。
本来ならばこれは地面に向けて打ち込むのだが、今回は逆の使い方をする事になる。
上に向けて発射するのだ。しかし普通に発射しても、おそらく届かないだろう。
だから私が跳び上がり、直接ヘルモーズを叩き込むのだ。

こんな無茶苦茶な使い方を見たら、多分ギャンベル伯爵は泣いて悲しむかもしれんな…。

112アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/04/09(月) 22:56:54 0
さて、馬車は全力疾走で一路、ロイトンを目指します。
「皆様、ロイトンまではまだ遠いと思います。ここらで食事に致しませんか?」
「そうやな、まだまだ時間はあるし、ここらで飯でも食うか。」
「うわぁーい ご飯 ご飯」
さて、食事とはいえ、急ぎで、ロイトンまで行く途中立ち止まる訳にはいきません。
そこで車中で各自、各々が持ち込んだ携帯食を食す事となりました。

「なんや、姉ちゃんはスパムフイッシュの干物かいな。ええもん食べとるなぁ。」
リーブさんがレベッカさんの食されておられる干物を見て呟いておりました
ちなみにスパムフイッシュと言う魚は栄養も多くその身に硬い骨が無い上、干物にしても味が落ちず、長持ちするので
大変長旅には重宝されている一品でございます。難点は少々お値段が張る事でございましょうか。

「そう言うあんたは、何食べてるのよ?」
レベッカさんがリーブさんにそう言ってその手を見るとそこには何やら怪しげな赤黒い数個の球が御座いました。
「これはなぁ、わいが開発した兵糧丸ちゅうてな・・・・・・・・」
リーブさん曰く、所轄諸々、様々な栄養を含む物を粉にし、そこにまた色々薬品を加え、干して固めた物だとか、
これ1つ食しただけで、3日は何も食べなくても平気な物だそうです。 ちなみにお味の方は・・・・・
「微妙やけどな」

「僕達は」
「バナナだよね、やっぱり」
パルスさんとハイアットさんはいつも通りバナナを食べておられました。
いつも気になっておりましたのですが、あの大量のバナナ、何故あんなに腐らないのでございましょうか?
なにか特別な事でもされてるのでしょうか?

「むーーーーぅ・・・・・・」
ラヴィさんは何かしらいくつかの携帯食を取り出しては眺め、置いては眺めを繰り返しておられました。
「むーーーぅ・・・・どのご飯でいこうかなぁ?」
どうやら、何を食べようか迷っておられるご様子で御座います。

私はいつもの如く、聖水と木の実だけで御座いました。

食事が終わり、口を拭っておりますと、外の方から何故か声がしてまいりました。
確か外にはハイアットさんの使い魔の筋肉男がいるだけだった筈で御座います。それなのに二人分の声?
不思議に思い覗くと、そこには頭にきのこの帽子を被った少女が筋肉男さんにご飯を食べさせておりました。
「お兄ちゃん お仕事がんばってね」
「イェア!!」

なんと美しい兄弟愛でございましょうか。
(て、言うか家族がいたんやなぁ・・・・・・)
(なんで僕が作ったのにあんなに高性能?)
(ひたすら謎ね)
(何百年生きててもわかんない事ってあるんだなぁ・・・)
(どれ 食べようかなぁ?)
まだまだ、ロックブリッジには遠い場所での事で御座いました。
113イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/04/10(火) 17:26:39 0
外の混迷ぶりとは打って変わって、生活ブロックの中は静かなものであった。
「誰もおらんから当然じゃろうがの」
住民の避難はあらかた終了といった所か。今頃はシェルターの中でオペラの勝利を祈っている事だろう。
例によって、パルモンテ家秘伝の抜け道でガナン潜入を果たしたイアルコ一行。
「で、これからどうする?」
まだ坊ちゃまのお付きを命じられているジェマは、油断なく辺りを窺いながら不機嫌に訊いた。
「さあのう」「……何か考えがあったから先に来たんじゃないのか?」
腕組みして考える坊ちゃま。
状況に応じてやる事の幾通りかを思い描いてはいたのだが、潜入前に見た光景のせいで色々と変更点が出てきたのである。
真夜中に燦然と輝いていたオペラ必殺の小太陽。まさか、あれの調律が崩されるとは……。
この世のありとあらゆる物を燃やし尽くす6000℃の塊、その最大級の大きさである。下手したらガナンが消滅しかねない。
そして、そんなものを出さねばならないとオペラに思わせた魔物の軍勢。これもまた手に余る連中だ。

「漁夫の利狙いでメインシステムを占拠してやろうかと思っとったんじゃが……これは何もせん方がよさげじゃなあ」
「つまり、無駄足か……」「そうでもないぞ。臨機応変な駒がそこに在るというだけで、色々と違うもんじゃ」
メリーの差し出した紅茶に口をつけて、とりあえず一息入れる。
「よし、では飯にでもするかの」「おいっ!?」「かしこまりました」「名案だな、イアルコ仮面よ」
「休みなしで突っ走ってきたんじゃ。待機しなければならぬ状況ならば、しっかり休んでおくべきじゃと思うがの?」
非常に曖昧だが、一行の指揮権はイアルコにある。加えて正論らしかったのでジェマは不承不承に頷いた。
「うむ、では隠れた名店を紹介してやろう」
戦うべき時、遊ぶべき時、共に憂いなく存分に――龍人貴族の心得ではあるが、それにしてもイアルコ坊ちゃまの
楽しむ姿勢は大したものであった。人一倍怖がりなくせに、人何倍も図太いガキならではであろうか。

繁華街から少し離れた一角にある、小さいながらも品の良い店構えが見えた所でメリーが言う。
「坊ちゃま、先客の気配が御座います」「うそん?」
息を潜めて通りの陰から覗いて見ると、確かに店内のテーブルに着いている人影があった。
あのオレンジ色のド派手なマントと鍔広帽子には見覚えがある。
「ン〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜む?」
イアルコは逡巡の後に突入の指示を出した。

「火盗改めであぁぁぁぁぁぁぁぁっる!! 神妙にいたせぃっ!!」
「ちゃ〜っちゃっちゃ♪ ちゃららちゃららちゃ〜ちゃ〜っちゃ〜♪」
まず、大ガラスを突き破ってイアルコ坊ちゃまが、続いてギターを鳴らしながらトルメンタが押し入る。
ちなみに曲は公国垂涎の舞台活劇《暴れん坊公王》のテーマである。
「なに火盗改めだと!? ええい、陛下とてかまわん!! 斬れ斬れ! 斬り捨てぃ!!」
ド派手な人影は立ち上がるなり、悪役らしい声を張り上げつつ大見得を切ってみせた。
人によっては貴族的に整ったともとれるであろう、胡散臭いその風貌には慌てた様子は微塵もない。
「うぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!??」
ガラス片に刺され放題の体で厨房へ特攻するイアルコ。予想外の痛手故の思わぬ行動である。
「お〜い、どこへ行くんだね? 小生はネタを振られて放っておかれるのが一番――ぶべらはっ!!!?」
言い終える間もなく、裏口からこっそり入ってきたメリーの右フックをくらってくの字に吹っ飛ぶド派手男。
「スリダブ流! 体圧流れ星!!」「ぎゅっ!!?」
壁に激突して倒れた所にトルメンタの愛に満ちた笑顔が炸裂する。
更にその上にジェマが重なり、とどめにメリーが腰を下ろす。
「どうじゃ! 参ったか!」「うん! 参った!」「参ったか!?」「僕ちゃんの負けっ!」
「参ったか!」「はい! 毎日欠かさず!」「参ったか!!」「しつこいね君も」

「――で、なんでこんな所におるんじゃ?」
「エスタッド家の御令嬢とディナーの約束をしていたものでね。龍人貴族足る者、レディとの約束は何を置いても果たさねば――」
「誰が来るかボケ!!」「うむ、小生もそう思って途方に暮れていた所なのだよ」
「暮れとる場合か!!」「ぶべらはべらっ!?」
イアルコ坊ちゃまに木槌でどやかされる、この男。
名をシファーグ、姓をハールシュッツ。人々からは侮嘲と親しみを込めて《道楽侯》と呼ばれる,十二貴族の一人なのであった。
114ロンデル ◆ZE6oTtzfqk :2007/04/10(火) 21:05:13 0
お前達には絶対に理解出来ぬ想いを、持たざる者に生まれ落ちた己を呪うがいい!!
 ∵魔晶石発動回路、最終隔壁開放・・・《ヘルモーズ》よ!打ち砕けぇええええっ!!!!∵
地を蹴り空駆け上がる私の背に、1万8千の魔晶石を詰め込んだ掘削シールドが唸りを上げる。
私はやはり軍人失格だ。任務を全うすることが出来なかった。
ここで《ヘルモーズ》を使ってしまった以上、六星結界を破る手段が無くなったのだから。

轟音が大気を揺らし、突き込まれた《ヘルモーズ》が巨大な粘体に潜行を開始する。
既にカニンガムはライキュームの影に入ったようだ。衝撃はライキュームを再び空へ戻すはず。
そして・・・私の愛した故郷は、魔晶石の炸裂と同時に押し潰されて瓦礫の荒野と化す・・・。
分かってはいたが・・・覚悟はしたはずだったが・・・この引き金のなんと重たい事か!!
地上に着地した私は、もうじき滅び去る故郷を見渡し、決別の咆哮を轟かせた。

「カニンガム、今からでもライキュームにアンカーを打ち込んでおくといい。」
『もう終わったよロンデル、このまま星界軌道付近まで牽引する予定だ。』
「そうか・・・ならそれでいい。死ぬなよ?カニンガム。」

まばゆい光が視界を白一色に染め、あまりの轟音に耳がおかしくなりそうになった。
黒い粘体は跡形も残らず消滅し、それでも収まり切らぬ破壊の魔力は地上へと殺到した。
媒介となる地面が無い為、その本来の破壊力を完全に伝達出来なかったのが幸いだった。

しかし私もそうだが地上は降り注ぐ魔力の暴走エネルギーに直接晒されて壊滅状態となっていた。
街の建造物は全て倒壊し、あちこちで火災が発生している。
私とて無事では済まなかった、表面装甲は純粋な魔力衝撃による破損が酷い。
表面だけではない。内部機関にも深刻なダメージを受けた。出力は低下する一方だ。

 ∵この先に待つ敵を倒す力すら残らぬか・・・全く・・・困ったものだな。ふ・・・ふふ・・・∵


午後7時8分。メロメーロの街は壊滅した。
家屋倒壊件数9千、死者4万2千人の被害を出す、街が生まれて以来最大規模の大災害であった。
助かったのは地下に堅牢な施設を有した極僅かの建物と、そこに避難した者達だけだった。
しかしこの大災害だが、実はまだこれでも被害の規模は小さい方なのだ。
一部の者達は見ていたのだ。鋼の怪物が降り注ぐ魔力の衝撃波から身を呈して街を守った姿を・・・。


答えてくれブロンディ、君が私の前に立ち塞がった時も、こんな気持ちだったのか?
私は今とても満たされているよブロンディ、私は最後の最後で軍人である事をやめてしまった。
唯の人間として、この街に生まれた人間として、私は己のエゴを抑え切る事が出来なかった。
君は私を負け犬と思うかね?だが私は自分を負け犬だとは思っていないのだよ。
不思議なものだな。何故かは知らないが、全く悔いたりしないのだ。
これまでの生は後悔ばかりだったというのに。何故か今は清々しいのだよブロンディ。
私はここで朽ちるが、私の戦争は終わらないのだな。君の戦争が終わらなかったように。
私の戦争はまだ誰かの中で続いているのだろう、皮肉なものだ。
戦争の還から外れて、初めて理解出来たよ。
我々が繰り返してきた過ちは、いつか誰かが気付き、改めるだろうか?
ハハハ・・・そうだったな、未来は誰にも分からないな。

さてブロンディ、約束だ。
一杯やろうじゃないか。・・・とは言っても私は下戸なんだがね。

115トレス=カニンガム ◆psB.QTYrZc :2007/04/12(木) 11:19:22 0
凄まじい衝撃がライキューム越しに私を覆っていく。これが虎の最終兵装の威力…。
そして遥か後方で消えゆく命の光を感じ、私の目から涙がこぼれた。
ロンデルは最期の最期で軍人ではなくなった、一人のメロメーロ市民になったのだ。
私はそれが悲しいと同時に羨ましかった。彼には帰る場所があったからだ。
魂が行き着く故郷があったからだ。
 ∵さらば友よ!安らかに眠れ。君の戦争は私が続けよう、君の想いは私が受け継ごう!!∵

ヘルモーズの発動によって、ライキュームは再び空高く押し上げられた。
後は牽引して私の任務を遂行するだけだ。しかしロンデルの任務を優先しよう。
ヘルモーズが無い今、六星結界を破壊するには…ヘイムダルでは不可能だ。
あの六星結界はあらゆる魔法攻撃を、完全に無効化してしまうのだ。
更には物理的な攻撃に対しても、結界は絶大な防御能力を発揮する。
この結界を作った奴は相当な天才か、或いは相当な臆病者だろうな。普通じゃない。
何故そこまで徹底的に守る必要があったのか、龍人達にそこまでの脅威が存在したのか?
古より続く龍人の歴史に登場した脅威、精霊王か新しき神々くらいだった筈だ。

他の人類に比べて圧倒的に優れた能力と文明を有する龍人達が、脅威とする存在…。

今までもこの大陸戦争の背景に、巨大な何かの存在が垣間見る事が多々あった。
《祖龍アンティノラ》。ドラッヘのメインシステム内にもあった、この祖龍という名前。
人知を遥かに陵駕する存在らしいが、まさかこの祖龍と戦う為にドラッヘが造られたとしたら…。
私が今までやってきた戦争に意味はあったのだろうか。私の信念は正しかったのだろうか?
教えてくれロンデル、我々はいつの間にか我々の戦争をしていなかったのではなかろうか。
君は“その事実”に気付いてしまったのではないか?戦争で死に逝く者達に意味など無いと…。
だが私は軍人だ。だからこそ軍人ではなくなった君の代わりに任務を遂行するだけだ。
ライキュームは王都ナバルへ落とす。ロンデル、君が果たせなかった任務を私が果たそう。

成層圏から巨大都市が落下直撃した場合、いくら六星結界といえど無事には済むまい。
確かめるぞ、私の戦争が本当に正しかったのか。そして正しくなかった場合、私は何をするべきなのか…。
116ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2007/04/12(木) 17:20:00 0
あの時アンナちゃんと戦った記憶はぼんやりとしてて、ラヴィにもよくわからない・・・。
でもこれだけはちゃんと覚えてる。先生を馬鹿にした言葉だけは、ちゃんと覚えてる。
許せない・・・・・ラヴィの事を馬鹿にするのはいいんだけど、先生を馬鹿にするのは許さない!
「次に会ったら殺してやる・・・絶対にブッ殺してやるぞクソアマがぁ!!!!」
え!?ラヴィは今何を言っちゃったのぉ!?やばいよぅ・・・みんなドン引きしてるしぃ!!
あの日からラヴィはなんだか変になっちゃった。時々自分でも信じられないくらい乱暴になっちゃう。

「なんやあのチビどないしたんや、どっか具合悪いんとちゃうか?頭とか頭とか頭とか。」
「頭ばっかじゃん、でも確かに最近変なのよね。前はあんな感じじゃなかったのに。」
レベッカちゃん、リーちゃん・・・ばっちり聞こえてるよぅ・・・。悲しくなるよぅ・・・。
ラヴィだって好きでこんなのになったんじゃないもん!ああクソッタレ!!イライラするよ!!
それもこれも全部あのクソアマのせいだ!!奴さえ始末すりゃ少しは楽になるかもね。
あたしの包丁はもう十六夜しか役に立たない。せめて秋雨が研ぎに出せりゃ、マシにはなるが・・・。
今さらハイフォードまで引き返すような余裕は無いしね。ハインツェルを殺るのが先だ。
・・・・・・うぅ〜、いつの間にか物騒な事をすごくナチュラルに考えてるよぅ!駄目ーッ!!!!


「ねえラヴィちゃん、何か悩みがあるなら言ってみて。僕も一緒に悩んでみるよ。」
そう言うパルちゃんが女神様に見えたよぅ!なぜか差し延べられた手はガクブルだったけど・・・。
「そうですよラヴィさん、恋の行方に迷える娘をラーナ様は決して見捨てたりはしません。」
アクア姉さん・・・ラヴィは別に恋してる訳じゃないよぅ、でもありがと。なんだか元気が出たよぅ!
「ん・・・なんやろな、ワイはまだ知り合うたばっかやし何言うてええんやら・・・よぅ分からんわ。」
照れくさいのを必死に隠しながら、リーちゃんが頭をポンと叩いてくれたお。嬉しいよぅ。
「そんなに悲しそうな顔してちゃ不幸になるよ?ほら、もりもりバナナ食べて元気出して!」
ハッちゃん・・・ラヴィもうお腹いっぱいで、これ以上は食べられないよぅ・・・。

みんなありがとう!!残るはレベッカちゃんだけだよぅ。ラヴィは感動で胸一杯だお!!
「あれ?ねぇねぇ見て、あの小屋にたくさん人がいるわよ?」
 ズコーッ!!!!
ちょ!?みんな一斉にすっ転んじゃったよ!!?
「おい!そこはボケるとこちゃうやろ!?感動的場面やん!友情とかそんな系やんか!」
「あいたたたた、久しぶりにずっこけると腰にくるね・・・・・って・・・・ああああああああっ!!!」
腰を撫で撫でしつつ、前方の小屋を見たパルちゃんが突然叫び出して更にびっくりだよぅ!

そして向こうの人達も、ラヴィ達の方を見て何か叫んでる。もしかしたらパルちゃんの知り合いかなぁ?
117ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2007/04/12(木) 20:37:55 0
ロックブリッジ陥落から一日後、おっとり刀で駆けつけた味方は王国正規軍ではなかった。
ヤサはクラーリアでも生粋の「獅子」ではないらしい、薄汚れた白衣に丸眼鏡の中年の男が
銃士ギルド特別行動部隊一個中隊を率いて奇妙な敗戦処理を始める。
兵隊たちは大量の機材――恐らく何らかの観測装置を、崩れた橋頭堡へ挙って持ち込み、
例の丸眼鏡とその副官らしき青年が、作業の陣頭指揮を執った。
その合間にロックブリッジの生き残りを一人ひとり呼び出し、尋問。

ソーニャとアビサルは特に連中のテントとの行き来が頻繁で、私やシャミィ、レジスタンスの兵士のように暇を持て余し
昼間飼料庫でじっとしているという事が殆ど無かった。今日も二人、朝から姿が見えない。
拘束は数日に渡り、私自身も尋問を受けたが大した扱いはされていない。
担当の行動隊員は始終革の棍棒を手にちらつかせこそすれ、実際にそれを使って体に尋ねるつもりはないようだった。
拘束にしても飼料庫に軟禁されたくらいで、先方の仕事が済めばレジスタンスは自由の身が口約束。
だがタダ働きには変らず交通費もなし。銃士ギルドの活動内容は秘匿。
丸眼鏡と青年の正体も依然として知れず、私は退屈していた。
丸眼鏡の知り合いらしいソーニャは仲間に詳しい説明を何一つしてくれなかったし、アビサルも口をつぐんでいた。

「だが、敗軍の将とすれば待遇は上等だ」
戦地から逃げ損ねたセイファートは不機嫌ながら、丸眼鏡の男と銃士ギルドの指図には割合従順だ。
「暁旅団」団員名簿はレミリアが手回しよく用意しておき、装備確認は隠し立てもなく協力姿勢をアピールした。
適当におべっか使ってさえいれば、うるさい事言われずに帰してもらえるとセイファートは言った。
「いきなり現れて、あれこれ偉そうに出頭だ何だはむかつくけどさ。まあ首は胴体につながってるし、
手足を縛られるでもなし、ちゃんと飯は食わせてくれるし殴られる事も無い。贅沢は言わないのがフェアってもんで……」

「ときに私らの雇い主、今頃は何をやっているんだかの」
機材運搬に貸し出していた「キャスター」が銃士ギルドから返ってくると、シャミィは早速銃をばらしてしまった。
唯一の弱点である腹部を晒したまま低空に遊弋する飛竜を嬲る、猫らしい悪趣味には効いた。
しかしながら二挺を分解、一挺に組み立て直したキャスターは野戦用として限界の重量、とても汎用ではない。
シャミィは砲を土床へ横たえるとまず手動入力の旋盤を抜き取り、二門の銃身を束ねた金具を外しにかかる。
私と、セイファートも彼女の隣に座り、砲手の鮮やかな手際を見物する。
「レオル? 橋が落ちたからには絞首刑で間違いなしね、心が痛むわ」
「公国軍機甲部隊の戦術兵器を見くびっておったのは奴の責任もあるだろうが、いやはや情けない」
「しがない傭兵稼業さ」
「外が騒がしいわね」
セイファートが立ち上がって、飼料庫の外へ様子を見に出かけた。それから悲鳴。
飼料庫に屯っていた「暁旅団」がどやどやと団長の後に続き、私とシャミィは彼らの足並みに壁際へ追いやられてしまった。
「何事かの?」
「出ましょう――銃はいいわよ」
言いながら、私はしっかり剣を取った。エルフたちを押し退けて陽の下に出た。
118ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2007/04/12(木) 20:38:25 0
旅芸人のような風体の六人組が、飼料庫の前で立ち竦んでいた。
彼らの内、リーヴにはすぐ気が付いた。残りの何人かにも見覚えのある顔がニ、三あった。
先の悲鳴からセイファートは硬直している。カノンとハノンが彼の後ろに隠れて、同じく固まっていた。
「ぱ、パパパパパパル……」
どもるセイファートの脛をブーツの硬い爪先で蹴った。やはり短い悲鳴、団長殿は蹴られた足を押さえて跳ね回る。
痛みが引いた頃合で、彼は六人組のひとりに向き直った。
「パルメリス」
六人と飼料庫、双方がずい、と歩み寄った。私が叫ぶ。
「リーヴ! 何やってた!?」
「そこ聞かんといて!」
「お前さん、敵前逃亡だの」
シャミィの合いの手。リーヴの表情が歪む。
「橋、落ちたんか?」
「見てきなさい」

ロックブリッジの方向を顎で指した。リーヴは走り出し、五人から銀髪のエルフがセイファートと対峙した。
銃士ギルドの歩哨が今頃になって割り入ろうとしたが
セイファートが片手を振ってあしらったので、差し当たり他の四人の応対をした。
「名前を」
楽器ケースを背負った少女は顔をしかめ、兵士が軽く突きつけた魔導拳銃を押し戻す。
「そんなの向けなくたって教えてやるよ、名前くらい」
兵士は頷き、
「レベッカ・ライラック?」
「いかにも」
「こちらへ。騎士ギルドのエドワードがお会いになります」
銃を下ろして身を引くと、林を横切って飼料庫から行動部隊の野営地へ続く道へ誘った。
「何それ?」
少女は呆気に取られた表情をしつつも兵士の案内に従い、結局四人と私たちが飼料庫に取り残された。
119パルス ◆iK.u15.ezs :2007/04/14(土) 00:02:10 0
「夢の中で励ましてくれたのは……やっぱり君だったんだ」
風に揺れる金髪……澄んだエメラルドの瞳……優しく微笑む口元……。
僕の初めての友達、誰よりもペガサスが似合う人……。

迷宮の結界に閉ざされた排他的な社会で、僕達は生まれた。
やがて、何一つ知らない傀儡の女王としてその頂点に立った僕は、選民思想に呪縛されていく。
でも彼は違っていた。大切なことを見失わない、優しい翼のような心を持っていた。
ある日を境に極端に人間を貶めるようになった僕に、ずっと忠告し続けてくれた。
それにも関わらず、取り返しのつかない事をしてしまった僕を、彼は見捨てなかった。
森を外界から隔てる迷宮の結界を解き放ったんだ。それが僕達の故郷においては大罪だと知っていながら。
一生帰ってこれなくなると知っていながら。そこまでしてでも彼が本当に解き放ちたかったのは、僕の心……。

何て言って良いのか分からなくて、合わせる顔もない。それでいて嬉しくて、切ないほど懐かしくて……
色んな感情が溢れ出して泣きそうになる僕の背中に、セイファートはそっと手を伸ばした。
「全然力になれなくてごめんよ……でも……」
今度はきつく抱きしめて……言ったんだ。

「生きていてくれてありがとう」

僕が生きている、それだけで笑ってくれる人がいる……。
120パルス ◆iK.u15.ezs :2007/04/14(土) 00:04:46 0
ハイアットは、上記の光景を見て素直に感動していた。
「うぅ……背景はよく分かんないけどとりあえず感動的だ……」
一方、アクアは当然黙ってはおけない。
「ハイアットさん、泣いてる場合じゃありませんよ!
パルスさんを奪おうとするあの男をこらしめてやらなければ!」
もちろん怪訝な顔をするハイアットだが、なぜかハイアットの忠実な使い魔達が行動を開始してしまった。
キノコ美少女が筋肉男に謎のキノコを食べさせる。すると、筋肉男が分裂増殖を繰り返し、筋肉隊になった。
「皆の衆、今回の生け贄はあの美形男だーッ!」
「「「ウェーイ!」」」
いつにも増してやる気満々な筋肉隊が、セイファートに突進する。

「パル……何あれ?」「あれはハイアット君の使い魔の筋肉隊……逃げて!!」
「ぎゃあああああああああ!?」
感動的な再会シーンが一瞬にしてぶち壊れ、辺りは地獄絵図となった!

そして、セイは存在の全てをかけての必死の逃亡も虚しく、すぐに包囲されてかごの鳥状態になってしまったのである!
「ひぃいいいいいい!!誰か!!助けてくれ――ッ!!」
僕はすぐに助けに行こうとした。が、しかし!突如ブロンドエルフが立ちはだかって
エルフ離れした怪力でがっしりと捕まえられてしまった。
「お顔をよく見せてください」
「離してよ!早く助けなきゃ!!」
ブロンドエルフは聞く耳を持たず、一人で話を進める。
「ああ、確かにパルメリス様……!見れば見るほど先代に似ておられます……」
「ちょ!触角!!」「サイン下さい!」
しかも、十数人のエルフ達がわらわらと寄ってきた。
「いやいやいやいや、人違いです!みんな寄ってきちゃらめぇええええええええ!!」
抵抗の甲斐も無く、次の瞬間には一斉に周囲を取り囲まれてもみくちゃにされていた!いろんな意味でなんてことだ!

ちなみにこの間、ラヴィはペガサスを食い入るように見つめていてそれどころではなかった。
「……美味しそうだお」
(ガタガタ……)
ジンレインとシャミィは、冷静にこの状況を分析していた。
「あれ何?」
「ふーむ……マナを結晶化して使い魔にする魔術かのう……」
つまり、誰も助けに行こうとする者はいなかったのである。

「そろそろ反省したでしょうし解放してやってはどうでしょうか」
アクアがハイアットに声をかける。
「……あーーっ!!何で増殖してんの!?」
感動に浸っていたハイアットは、アクアに声をかけられてやっとこの惨状に気付いたのだ。
慌てて銃を持って筋肉隊の回収に走る!
121東風のエドワード ◆LhXPPQ87OI :2007/04/14(土) 00:41:29 0
天幕にはソーニャとアビサル、二人から長机を挟んで向かいにエドワードが座る。
銃士ギルドの行動隊員が肩代わりして執り行った尋問から、数日を経てようやく目通しが叶った。
とうに焦れていたソーニャは腕を組み、これ見よがしの貧乏揺すりで、エドが繕った愛想笑いを不快そうに眺める。
エドは席に着くと机の下で足踏みして、椅子で掘り返された土を丁寧に均した。
「あれからまだ一年も経ってない。お互い、よくもまあ出世したもんです」
「儲からないけどね。アンタはどうだい……」
「このままを続けても商売にはならないでしょう。しかし、手は広い」
いつもの尋問係は外に出されていた。三人だけで、テントは机と椅子しか置かれていない。
たまの挨拶に嗜好品の類を振舞いもしない、かつての仲間に軽んじられたようでソーニャはなお不愉快だった。
隣の席で、恐縮したように身をすぼませるアビサルを気遣う。
彼女はエドに、普段のギルド隊員相手とはまた違った緊張を感じているらしかった。

「誰に雇われてるんだ?」
ソーニャが尋ねる。エドは頷いたが、彼は天幕を潜り入ってから、ずっとアビサルだけに目を据えていた。
話しかけても視線はぶれなかった。彼の眼はソーニャが知る盗賊時代より増して、底知れぬ無明を湛えている。
「出資者という意味では、クラーリア王国貴族界の主たる名家――僭主ども。
それに傭兵・商工ギルド、銃士ギルド、盗賊ギルド、の一部。
精霊消失以後の混乱と大陸戦争にいち早く追随し、内部抗争を勝ち上がってきた各組織の最大派閥。
商魂たくましい彼らの財力、軍事力を後ろ盾に、ナイトギルドは一種の政治的意志を実現しようとしている」

「アンタが、だろ。アタシの聞いてたナイトギルドってのは、そんな組だったかね」
いい加減くたびれたので貧乏揺すりを止めた。
考えてみれば昔から、そんな詰まらないポーズを意に介するような男ではなかった。
エドワードがまともに気にかけていた他人はドゥエルだけで、
他の仲間に対しては、多分かぼちゃの頭くらいにしか見えていないのではないかというくらいに無関心だった。
ソーニャは回想する。山賊の姫君たる自分へ恭しく頭を垂れた、往年の彼の風采にしても何処か超然としたもので
組織への服従は忠誠心からではなく、高度に律された自我が
組織の要求するルールと偶然にも同調していたに過ぎない、と言わんばかりに。

「十剣者ヒューアがギルドを去った時、当時の商品や顧客は完全には処分されていなかった。
取り残された金貨の山だ、誰も手をつけずに放っておく道理はない。権力者たちは単なる社交会としての騎士ギルドを
一個の完成された権力構造へと各ギルドを統合する、中枢として再構築する事を考えた。君主制に変る、新たな主権」
エドは椅子に深く背を預けると、胸の前で両手の平を擦り合わせた。楽士のように長細く、しなやかな指。
ソーニャは「主権」の下りを鼻で笑ったが、彼はやはり気にしていない。
「革命家気取りか。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい、アンタがアタシらをどうしたいのか、本題をさ」
122東風のエドワード ◆LhXPPQ87OI :2007/04/14(土) 00:42:05 0

「確かに私は奴らの使い走りではあるが、研がれた爪は幾つか隠してあるままだ。
事情は話せば長くなる。だが単刀直入に言えば、私は私個人の為の協力者を必要としているのです。例えば、彼女を」
アビサルのほうへ首を傾ける。ソーニャもアビサルを見た。小さな唇を噛み締め、表情は固いが、怯えてはいない。
彼女はソーニャを頼っている。ロックブリッジから脱走する時こそ選ばれなかったけれど
それでも依然としてソーニャは彼女の味方だった。
「アタシやコイツをいいように出来たとして、何をやらせる? アンタはここで何やってるんだ?」

エドワードの、貼り付いた笑みの仮面が一瞬で剥ぎ取られる。眼差しもまたソーニャに置き直された。
半分本気、残り半分自嘲じみた口調でエドがとうとうと語る。ソーニャは男の正気を疑った。
「この大陸――いや、この世界でたった今も行われている、あらゆる戦争の全てに一度で決着を付ける。
無論、我々人間の勝利によってね。敵は公国だけではないんだ。獣人族、世界樹の使徒、
遥か遠い祖先が我々に授けてくれた、ありがた迷惑な遺産の数々。清算したい。人類の未来、そして平和の為に」
疑いながらも部分を信じた。
聖獣戦争直後だ、この戦争にも裏がある。エドは戦争の真意にある面で近付いている。

「お題目だね」
「心底憎ければ、戦う相手はどれでもよかった筈だ」
「それは違いない。証拠を見せてくれればね、考えなくもない」
エドは笑顔の演技に戻った。自分へ言い聞かせるみたいに何度も頷き、
「証拠はじき現れる。その前に、アビサル君の話を訊きたいのです。
彼女はメロメーロ地下の遺跡に、何らかの干渉を行わなかったか。コボルドの老人とは何者だ?」
「アビサルに無理強いは許さない」
エドの言が糾問の口調を帯びると見るや、ソーニャは彼を牽制した。エドは眉をひそめて言った。
「強制はしない。もしも苦労なしに得られる情報があるのなら、ある分求めるだけだ。
ソーニャ、求めずとも君には与えよう。ロックブリッジ陥落と同日、メローメロが攻撃を受けた」

ソーニャは生唾を飲んだ。エドが続ける。
「正体不明の、巨大な構造物が突如高空から飛来。
直接落下こそ免れたものの、急速接近による衝撃波と魔力波で、街は壊滅状態だ。
市街の建物という建物は倒されたし、死傷者の数ともなれば想像もつかない。
ナイトギルド独自の調査では、メロメーロ攻撃に使用された構造物は
数千年来星界を浮遊していた古代セレスティア文明の遺跡。古に『ライキューム』と呼ばれた都市だ」
一呼吸、それからぱん、と手を叩くと
「攻撃時、四脚の大型ゴレムが目撃されている。ロックブリッジを潰した例の奴だな?」

天幕を潜って少女が現れた。レベッカ・ライラック。
「やっぱりエドっち!」
「レベッカ、もう一度あの歌を歌ってみませんか? 大舞台で」
突然の言葉に、空いた椅子を引くレベッカの動きが止まった。エドが微笑む。
「まずアビサル君に話してもらおう。君は一体、何者なのかな?」
気張るな。ソーニャがアビサルの膝に手を置いた。握り返すアビサルの手には汗も体温もない。
123ST ◆9.MISTRAL. :2007/04/14(土) 14:49:38 0

――《央に至る門》 PM18:57
「間に合わなかったか……何故だギュンター!!お前は本当に祖龍を解き放つつもりなのか!?」
怒りに満ちたカールトンの怒声が、血に染まる大空洞に轟き渡る。
経路を通って出て来た矢先に、2人の無惨な屍を目の当たりにした為だ。
ミュラーもベルファーも、既に絶命した後であった。
決して2人が弱かった訳ではない。ギュンターが強過ぎただけなのだが…全くの無傷。
仮にも12貴族に名を連ねる2人が、何1つの手傷を負わせられぬとは予想外である。
「ん?随分と早かったじゃないか、どうやって来たんだ?あの辺の経路は…イルシュナー?」
眉をしかめ考え込む様子から察するに、ライキュームが降下した事を知らないようだ。
「質問したのは我輩だ!!答えろギュンター!!!!」

カールトンは信じていた。僅かな可能性にすがる思いで、友であるギュンターの正気を信じた。
だがそれは無意味だったらしい。以前の彼に“大事な子分”を殺すなど出来やしない。
「我輩はお前を死なせたくなかった…祖龍復活の代償にさせたくはなかったのだギュンター!!」
「そっか、やっぱカールはいい奴だな。俺なんかをまだダチだと思ってんだもんな…」
悲しげに首を横に振り、ギュンターは溜息した。しかしその眼には嘲りの色。

「俺はガキの頃から金魚のクソみてぇに周りをチョロつくカールがウザくてな、
 どうやって殺してやろうか…そればっかり考えてたよ。いやマジな話な」
さっと手を翳すと同時に、まるで糸の切れた人形のようにカールトンは力無くその場に崩れ落ちた。


時はカールトン達が訪れる5分前にさかのぼる。


凄まじき激闘が大空洞を絶え間なく震撼させ、舞い散る竜の屍の血が周囲を紅く染めた。
2人は共に龍眼種、ブレスこそ攻撃系統しか使えないが、その威力は計り知れない。
「黒より黒き常闇の螺旋、深淵より深き永劫の深遠、死天星槍《奈落》!!!!」
大空洞全てを覆うかのように広がる術式が、再びミュラーの前に収束する。
黒星龍の攻撃系統最強最大の威力を誇るブレスが、ギュンター目掛けて撃ち出された。
しかしギュンターも素早く術式を展開し、同じく闇の大槍を撃ち返した。
激突する黒と黒だったが、呆気なく対消滅を起こして霧散したではないか!!

「馬鹿な…まさか《奈落》まで効かぬとは……何という事だ…」
「やばいねぇ、あっちも同じ術を使えるなら…僕様達に勝ち目は無いかもよ?」
最大級の術を簡単に相殺され、膝を折るミュラー。立て続けに大技を使用した疲労だ。
かく言うベルファーも先程から既に10発近い連続発動で体力は限界に等しかった。
「同じ術?そりゃ違うぞ。俺がさっきから使ってるのは《飛影針》と《攻氷弾》だよ」
その一言に2人は絶望した。今ギュンターが言った術は、その属性では初歩の初歩だからだ。

龍眼種が繰り出す最大級の術を、初歩の術で相殺する。そんな事は不可能だ。
だがそれはギュンター以外の龍人だった場合の話、ただそれだけの事なのである。
「しっかしなぁ、お前らよく考えついたな。まさか母ちゃんを“外”にポイ捨てする
 なんざ普通じゃ考えられねーよ。やっぱベルファーだろ?これ閃いたのはさ」
悠然と歩いて来るギュンターを前に、2人はもう立ち続けるのもやっとの状態である。

術の使用だけではなく、祖龍からの重圧も2人から容赦無く体力を奪っているのだ。
この悪条件でギュンターを相手に、約30分もの間戦い続けたのは流石と言えた。
「一応お前達の顔を立てて術だけを使ってたけどな、そろそろ終りにしようや」
無力だった。まさかこれ程までに絶対的な差があるとは考えもしなかった。
諦めが…2人の闘志を砕いた。

(ディオール、レジーナ…後は頼む。どうやら我々はここで終わるらしい…必ずトゥーラの封印を守り抜いてくれ!)
124ST ◆9.MISTRAL. :2007/04/14(土) 14:50:23 0
――再び時は現在へと戻る。

「しっかりせんか独角坊!!どうし…た!?」
崩れ落ちたカールトンを揺さぶり起こそうとして、クロネが身を強張らせた。死んでいたのだ。
手を翳しただけで、触れてもいない。何かの術を使った様子も無い。しかし殺された。
「嘘みたいだろ?死んでるんだぜ、絶望を感じる暇もなかっただろうな」
クロネがほんの一瞬だけ目を離した隙に、ギュンターはすぐ隣りに立っている。
「そういえば探し物は見つかったか?いつまでも迷ってると、時間切れになるぜ?」
「…………貴様…何故だ?」
カールトンとは本来ならば敵同士、その死に心動かされる事はない筈だった。
今の今まで、心の何処かではカールトンは利用できる駒と考えていた。だが今はどうか。
自分にもよくわからない怒りが、クロネの中に生まれつつあった。
その怒りの正体は、八翼将の友である。彼らを…志を共にする友を失う痛みこそが、その怒りであった。

かつて龍人戦争に於いて熾烈を窮めた敵同士、その心の内に奇妙な友情が芽生えていたのだ。
「何故って言われてもなぁ…ウザかったからとしか言い様が無いんだが?」
その言葉が引き金となった。クロネは絶対に感情を爆発させる類の男ではないのだが、
 沸き起こる激しい怒りに我を失ってしまった。致命的な失策といえるだろう。
「この……っ!?」
刀を掴む手が動かない。身体がクロネの意思を裏切った。
全身の細胞1個1個が、クロネの意思を裏切った。それは当然の結果であった。
獣人は古の《大絶滅》の恐怖を遺伝子レベルで刻まれているからだ。
あの時、討つべき敵である祖龍まで辿り着いていながら、誰1人としてそれが叶わなかった。
当たり前の事だった。最初から勝てないと分かりきっていた事なのである。
だからこそ彼らは誓い合った。やがて来たる聖戦を、命果てるまで戦い抜く不変の誓いを…。

「無駄な努力は止めとけって、お前じゃ俺に触る事すら出来ねーよ。諦めな、断龍」
余裕か、その場にドカッと腰を下ろすと胡座をかいて座り込む。
クロネはどうやっても自分を攻撃出来ない。そう考えていたのだろうが、甘かった。
次の瞬間、鋭い斬撃がギュンターの首を目指した。クロネはどうやって攻撃を繰り出したのか?
それは無我の果て、無明の一太刀。何千回何万回と繰り返してきた粋なる一太刀。
如何に全身が主の意思を裏切ろうとも、積み重ねた練磨は決して主を裏切りはしない。
仕留めた!クロネは確信する。この間合い、この一太刀、避けることは不可能!!
そしてギュンターも避けようとはしなかった。刃は彼の首を真芯に捉え、鈍い金属音が響く。

折れた。クロネの手に衝撃が伝わって初めてその事実に驚愕する。
斬龍クロ助…
ドヴェルグの名工が百八日間、一時たりと休まず打ち鍛えたアダマンティンの刃が、折れた!
断龍コロ丸は先のライキュームにて、カールトンの獄炎を払い“なまくら”と化している。
今や剣聖の“爪と牙”は、そのどちらもが失われてしまった。

「だから止めとけって言っただろ?お前がどんなに頑張っても俺には勝てないんだよ」
赤く筋になった首を掻きながら、ギュンターは大きな欠伸をする。完全に無防備。
しかしその無防備には理由がある。クロネはその理由を、身を以て知ったばかりだ。
おそらくギュンターの言う通りなのだろう。この男を倒す手段がまるで見当たらない。
果たして他の八翼将の面々ならば勝てるだろうか、それも怪しかった。
既にギュンターはクロネ達の想像を遥かに越えていたのだ、八翼将に勝機は無いだろう。

だが彼らはやがて此所へと辿り着く。そして1人残らず死ぬ。これは運命だ。
八翼の下に集いて誓い合った瞬間から、決っていた結末なのである。誰に彼らを止められようか。
いつの間にかクロネはすっかり落ち着きを取り戻していた。何故かは自身にもわからない。
受け入れたからか?運命を?いいや違う、理解したからだ。この男が何を望むのかを。


新たなる《世界樹》の発芽創世…古の時代、《創世の果実》を食らった祖龍による、新たな世界を築き上げる。
彼の夢は昔から何一つとして変わってはいなかったのだ。“争いの無い世界”は最初から作り直された世界にこそ存在した…
125狂海原 ◆iK.u15.ezs :2007/04/14(土) 15:18:49 0
――港街ロイトン――
何の前触れも無く始まった水生種族による虐殺は熾烈の限りを極めていた。
街の至る所で断末魔の悲鳴が上がる。彼らが蹂躙した後には死体すらも残らず
ただけたたましい血痕と、その場に残された犠牲者が身につけていた衣類だけが事の惨状を物語っていた。
抵抗は不可能と悟り、人々はなす術も無く逃げ惑う。そんな状態が数時間も続いた頃だろうか。
また一人食べ終えたヒムルカが、血で彩られた口元を懐紙で拭いながら号令をかける。
「さて……この街の人間は食べ飽きたことですし
この辺りにしておきましょうか。皆の者、ついてきなさい!」
街中に溢れかえっていた水生種族達が潮が引くように撤退していく。
その様子を見て、逃げ惑っていた人々は、一先ず安堵の吐息をついた。
「……助かったのか?」

しかし、その安堵もつかの間。本当の恐怖はこれからなのだ。
ヒムルカとその家臣達は、海の中に姿を消していった。
水に潜った彼女の美しい足が姿を消し、代わりに現れたものは……黒光りする鯱の尾。
これぞ、七海聖君ヒムルカの真の姿! 
美しい顔に凄惨な笑みを浮かべるその姿はまさしく……狂気に堕ちた聖母!
「愚かな人間どもよ……母なる海に抱かれて眠れ!」
彼女が呼びよせる物は、街一つを簡単に飲み込むほどの大津波。
否、津波と言える規模ではない。狂った海原そのものが一つの街を跡形も無く消し去ろうとしていた……!
126狂海原を前に:2007/04/14(土) 18:44:34 O
「見て見てお母さん、波があんなに大きいよ!すごいね!」
「サラ!?何してるの!早くこっちに来なさい!!」
少女が指差す方角を見て、母親は血相を変えて少女の手を取ると駆け出した。
だがすぐに気付いてしまう。いくら走って逃げたとしても、助からないと。

それほどに津波の規模は異常だった。

ロイトンに住む者にとって、津波は比較的日常の風景だといえる。
ライン大河とビルガ湾は、潮の満ち引きによって毎日のように津波を起こすからだ。
だからこそ、このロイトンには3重に防波堤が完備され、街自体も海抜より高くなっている。
ロイトンの歴史は、水害との戦いの歴史でもあるのだ。

とうとうその親子は走るのを止め、迫り来る水の壁を呆然と眺めた。周りの者達も同様だった。
母親は少女の手を強く握り、少女もまたその手を強く握り返した。
「お母さん・・・怖い?」
心配そうに母親を見上げる少女に、母親は優しく答えた。
「怖いよ、けどね・・・サラと一緒だから平気」
「うん!あたちもお母さんと一緒だから平気!」

僅かながら恐怖に震える少女の小さな手。
母親の手は、いつの間にか震えが止まっていた。
(この子を守れるのは自分だけだ)
自らを叱咤し津波を睨み、今は亡き夫の分まで戦うと決意した。

ジェシカ=アムリアス。
今でこそ引退した身ではあったが、かつて西の海にその名を馳せた大海賊である。
127イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/04/15(日) 14:19:40 0
「そう! ずばり我が家の家訓はとにかく家だけは残せ≠ニいったものでしてな!」
メリー特製のハーブティーを傾け、その芳しさにご機嫌となった様子で調子を上げる。
まあ、茶などなくてもシファーグ候のテンションは元から高かかったりするのだが……。
「世間では小生の事を道楽候とか日和見侯爵とか口さがなく申しておりますが、まったくもって褒め言葉なわけですな!」
龍人貴族の中でも一、二を争う歴史を持つハールシュッツ家の現当主は、つまりこんな人なのであった。
「成る程、己可愛さな優柔不断ぶりを後押しする天晴れな心がけ。――時に、そこに愛は在るのかね?」
「はっはっは! 当然ですな! 愛なくて何のための我が人生か!? 小生は愛する心に満ち満ち溢れておりますぞ!」
「ほほう! ならば良し!」「特に自分をこよなく!」「それもまた良し!!」
テーブルを挟んで向かい合うトルメンタとすっかり意気投合した様子で、その上の物を優雅に忙しく大量に口に運んでいく。
この変態と何か通じる所があったのだろう。貴族的に飾られた歩く生存と自己保存本能の塊のような男である。

「だからだね、パルモンテの……チビマルコ君だったかな?」「イアルコ仮面だな」
「そう、オスマントルコ君! 彼に協力しようかと思ってね! 本能的に!」「うむ、大事だな本能は!」
「ところでメリー君、このお茶は素晴らしいね! 何がベースになっているかすらわからない絶妙なブレンドだ!」
「有難う御座います」「できればレシピを教えてくれないかな? ほら、二人の出会いと両家の友好の印に……」
歯を輝かせて呼吸するかのように口説きにかかるシファーグ候。
「ベースは、ヒレハリソウに御座います」
聞いた途端に、トルメンタと揃って盛大に噴出すのであった。


生活ブロックのとある一画、誰も訪れぬ猫の額ほどの空き地での事。
飄々と枝を張る一本の桜の木の下に、イアルコはいた。
隠れるようにひっそりと立てられた墓に名も無き花を捧げ、黙って膝をつく。
「墓碑銘もないのか。住民登録が徹底されたガナンに有るまじき墓だな」
普段とは余りにも違う、まるで敬虔な子羊のようなイアルコの後ろ姿。ジェマの疑問は誰にともなくの呟きとなって漏れた。
「まあのう、本人は墓を立てられる事すら遠慮していたのじゃが…陛下のわがままでな。余としても有り難かった」
「陛下が……?」「そうじゃ、墓になど意味はないのにのう。ああ、ちなみに眠っておるのは余の初恋の人じゃぞ」
「は? 龍人?」「いや、人間」
生没年を見ると享年が72歳とわかる。……どんな年増趣味だ?
「もちろん出会ったのはもっと昔、余が22になったばかりの頃じゃ」
……どんなマセガキだ?

「学府に通い始めて早くもカスの烙印を押された余の前に現れた彼女は……そう綺麗でもなかったが、一目惚れじゃった」
「実らぬ恋だな。お前が成長する前に相手は老いて死んでしまう」「うむ、その上容赦ない恋敵まで居ったしな」
「……?」「人間にしてまだ三歳児といった当時の余に、膝を落としたマウントパンチを食らわせてくる外道でのう。
彼女に会いに行くたんびに、十分の九殺しにされてドブ川に投げ捨てられたものよ。諦めなかったがな」
……どんだけ執念深いんだ?
「まあ、そんなこんなで今の余があると。そういうわけじゃ」「意味が解らん」「解られてもこっ恥ずかしいわ」
否応なく外から感じられるブレスの高まりが、限界を迎えようとしている。イアルコは子供らしくない顔で立ち上がった。

「……誰も知らんのだ。あのクソ野郎の本質を。この世で一番脆い心を持っているくせに、すがり付いて泣きたいくせに、
強情を張って……結局はママの言いなりか。マザコン親父め」

坊ちゃまの呟きは、まるで世界で一番まるでダメ男めとでも言う風に、遥か遠くの恋敵へと向けられていた。
128イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/04/17(火) 18:56:43 0
「こっちじゃ者共。西側内壁に政治ブロック直通のエレベーターがあってのう。玉座の間への最短距離になっておる」
建物の陰から陰へ、一行を先導する坊ちゃまの動きはパッと見こそ泥。光に当たったら死ぬぜと言わんばかりの忍びっぷり。
こんな時のこんな所に衛兵がいるはずもないのだが、楽しそうなイアルコに異を唱える輩はいなかった。
みんな、何だかんだでノリのいい連中なのである。お付き合いして忍び足。
「パルモンテ家の君が知らないという事は…やはり、中枢への直通路は存在しないのだね?」
「うむ、地下ブロック拡張のついでに色々と試みがあったらしいんじゃがの。尽く失敗したとかどうとか」
シファーグの質問に答えながら、イアルコはガナンの中心へと目を向けた。
その先にそびえ立つのは、塔のように巨大な柱
生活ブロックは言うに及ばず、最上層から最下層までをぶち抜いているその柱を、ガナンの住人は《基部》と呼んでいた。
一応そのまんまな役割りを担ってくれているはずなのだが、実の所は何だかよくわからない代物だったりするのである。


――時は龍人全盛期、セレスティア文明華やかなりし頃。

巷は空前の六星都建設ラッシュ。

ガナン建設の総指揮を任されたパルモンテ家初代当主《ミルコ・クロコップ・パルモンテ》は、ラライアの測量探検中に
この正体不明の巨塔を発見したという。
真鍮色の滑らかな塔は、信じられぬ事にアダマンテイン以上の強度を誇る金属でできており、全長も判らぬ程の地下に
深々と突き立っていたそうな。
明らかな人工物。しかしこんなオーパーツ、どこ引っ繰り返しても記録がない。
果たしてその正体は……ッ!? 古代史を塗り替えるかもしれぬ世紀の大発見に、ミルコ率いる面々は沸いた。
ミルコも沸いた。
「やった工期短縮!!」
……とんでもねえ大物であった。
かくして、学会に報告される事もなく塔はガナンの基部とされ――今に至る。

ガナンのセキュリティを統括するメインシステムがある中枢は、その基部の頂上に置かれているのだ。
少人数で漁夫の利を征するには、まさにここしかないといった所だろう。
「あんなモンを利用してやろうというんじゃから、初代様の頭の沸きっぷりは半端なかったんじゃろうなあ……」
「同感ですな。小生ならば横にガナンを建てて別荘としたものを……」「沸いとるのう」
「坊ちゃま、お早く前へ。でなければ、伏せた方がよろしいかと存じます」
「いきなり何じゃい?」
呆れ顔でエレベーターの前に到着したイアルコはメリーに聞き返そうと振り返って、目を丸くした。
目に痛い光が、ガナンの北側を埋め尽くしていたのだ。
そしてすぐに、鉄板の上に冷水をぶちまけたみたいな音が何度もうるさく耳を打つ。
「学長先生! 押し負けよったか!?」
猛烈な水蒸気の向こうがどうなっているのかはわからないが、被害は軍事ブロックにまでも及んでいるに違いない。
それでも小太陽の勢いは止まらず、基部を抜けて南内壁へと深く食い込み、突き抜ける。
恐ろしい事に基部は無傷だったが、ガナン自体は南北に風通し良くなってしまっていた。
「好き勝手やってくれるのう」「いやいや、やられるならばいっそこれくらいでないと。滅びの美学足りえませんぞ」
「ハッハッハ! スチームデスマッチか!」

霧と言うには余りにも濃い一面真っ白の中で、頭の沸いた三人は呑気に構えて勝手な事を言っていた。
129イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/04/17(火) 19:00:29 0
晴れるのを待とうともせず蒸気のうねりを突っ切って、魔物の群れが突入してくる。
先頭を飛ぶのは赤い単眼のカブトムシ。その後ろにハチ、カマキリと続いた団子状態の集団である。
速く飛べる奴から先を争うようにといった感じだろうか。地獄の亡者みたいな勢いなのに、やたら静かなのが不気味不気味。
「入ってくるのか……外からでも充分にガナンを叩き壊せるだけの火力があるくせに……?」
悩み顔で呟くイアルコ。どうやら敵の狙いは龍人の首都を壊滅させるといったものではないらしい。
「キバルコ君、今は考えるよりも行動あるのみではないかな?」「……余は別に便秘ではないぞ」
シファーグ候に促され、直通エレベーターの起動コードを入力する。

「ほれ、開いたぞ。狭いから詰めて入るんじゃ。メリーは余を肩車するように」「坊ちゃま、右手をご覧くださいませ」
「どれどれ?」「自分の右手を見る奴があるか」「それが右手で御座います」「うむ、余が悪かった」

右側、つまりガナン南に空いた風穴の方を見ると、これまた蒸気の雲霞を物ともしない軍勢の影があった。
北の虫軍団とは対称的に、勇ましいときの声が聞こえてくる。
騎兵の姿と揺らめく旗は、主を頂くれっきとした軍隊の証だ。
リオネ率いる公国騎士団――とは、少しも思わぬイアルコであった。
「あの書簡の通りに教皇軍の参上か。半信半疑じゃったが……どこのどいつが謀ったものやら……?」

教皇軍とは、その名の通り教皇の命に従う教皇領の守護者達である。
六星龍を打ち破った神々の教えがこのセフィラに広まるにつれて、一部の信徒達は代弁者を語って権力を手にしていった。
彼らは大地母神メローネが降臨した大地をあらゆる神信仰の総本山として定め、信徒の間に序列を設けた。
それが教皇領の始まり、それが信仰を後ろ盾にした特権階級の始まり。
まあ人間なんてのは汚いもので、神の名の下に平等とか言いながら、ちゃっかり人の上に立つ奴らがいたわけである。
その頂点に立つのが、即ち教皇。
龍人勢力にとっては、天辺の神々も含めていらない連中なのであった。

「まったく、教皇領は両国の争いには一切介入しないとか、どの口が言っとったもんかのう?」
「彼らも立派な日和見主義という事だよ。元来相容れぬ立場なのだから、泣きっ面のハチとなるのもむべなるかな」
「ハッハッハ! それはそれで潰し甲斐のある話ではないか!」「お前もラーナ信徒じゃろうが。ええのんか?」
「我輩は自由恋愛を推奨しておる。権威を傘に着て武力を背景にした信仰など断じて認めんのだ」

言ってる事は半分変だが、何だか聖職者らしく聞こえるトルメンタのお言葉であった。
共闘関係が成されていないのか、ぶつかり合う両軍。各部ハッチから吐き出される都市防衛用のゴレム達。
今や混沌となり始めた霊峰都市の中で、一行を乗せたエレベーターは無機質に上昇を始めた。

いざ、制すべく頂上へと……。

――と、カッコ良く出発してみせたものの……。
「あ」
エレベーターは軍事ブロックの半ばで停止、一行は宙ぶらりんな状態で閉じ込められる事となった。
130イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/04/17(火) 19:04:09 0
「おい暗いぞ!? 何とかしろ!」「それより止まった空調を何とかしてくれたまえ。小生は不快指数の上昇に弱いのだ」
「それは愛が足りぬからだな! 愛する心があれば、如何な苦境とて桃源郷と化すぞ!」「黙れ変態め!」
「ま、どの道このままでは酸欠で死ぬの。……メリー!」

メリーの右フックで分厚いドアがひん曲がって吹き飛ぶ。
「ひええっ!! 寒ッッ……!?」
吹き込んでくる強い寒風に震えながら外を覗くと、小太陽によって空けられた穴の上端が見えた
穴からは壁面を転がってよじ登って来たらしいダンゴムシとか、その他の虫の姿も見える。
万全の快適さを誇ったガナンの空気も、もはや雪混じりのグダグダであった。
下を見ると、200メートル程先に軍事ブロックの地面があった。ちょっと降りるには抵抗のある距離、というか無理。
「こりゃ、シャフトを登った方がマシじゃの。メリー、天井を――」
言おうとして、突然の大揺れに舌を噛みそうになる。
「なんじゃあああああああ!?!?」
どうやら壁全体が揺れているようだ。脈打つみたいな振動がエレベーターと一行を襲う。
メリーに早くと言おうとして、イアルコは固まった。
どんな超感覚で見つけたのか、揺れる内壁面を真っ直ぐに転がってギュルギュルと迫り来るダンゴムシの姿。

「全員飛び下りゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

一行が思い思いに叫んでダイヴしたのとエレベーターが轢き潰されたのは、ほとんど同時のタイミングであった。

「……助けてくれ」
普段どんなに開けっ広げな飾らなさを見せていても、それは彼の表の顔でしかない。
あんな人物であるものだから、誰もがその奥底に気付かなかった。
彼を愛していた肉親や親友でさえも、その強さ弱さをわかりきっているかのように錯覚していたのだ。
騙していた……とは思わない。
男なら誰だって意地を張るものだ。ただ、彼はそれが世界で一、ニを争うくらい達者だっただけなのである。
結果的に、一人の男の強情がすべてを不幸へと導いただけ。
「……誰か………オレを助けてくれ」
自分もリオネも、あの時彼の泣き言さえ聞かなければ、助けを求められさえしなければ……。
すべては、あの墓の前で事もなく収まっていたのかもしれない。


「んぅおっ!?」
起き上がると、総督府の屋根の上に着地したのだとわかった。
少しだけ気を失っていたらしい。珍しくブレスを使って危機を脱してみせた故の、未熟な結果であった。
周りを見回してみても連れらの姿はない。坊ちゃま、もしかして初めての単独行動である。
「生きておったら、とりあえずは上を目指すか……」
カッコ良く言いながら、屋根の縁から恐る恐る下を覗く。また落ちたらと思うと腰が引けたのだ。
敵の影はなし。蒸気の雲も晴れてきたようで穴の向こうもおぼろげに見えてくる。
「あの学長先生も、死しては戦場の露か……」
小太陽の射線上にはヴィオラ・オルガニスタと葬奏楽団があった。確実に何も残ってはいまい。
イアルコは、自分を励ましてくれたたった一人の大人へと短い黙祷を捧げた。

しかし、聞こえてくる。あろう事か、聞こえてきたのだ。

彼女の歌声が旋律に乗って、今までにない武陵桃源の観を奏でている。
一体、外はどうなっているのか? 震えて聞くしかないイアルコには想像もできない澄み切った空気が流れ込んでくる。

魔女と悪魔の戦いは、第三楽章の段階に高まっていた。
131名無しになりきれ:2007/04/18(水) 14:23:34 0
美しきかなでとともに悪魔よされ
132アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/18(水) 23:02:23 0
【中原】
ティーガーによる空中でのヘルモーズ使用。
降下する巨大な蠢くモノを消滅させただけでは収まらず、膨大な破壊のエネルギーは地上に降り注ぐ。
それはメロメーロを壊滅させ、戦闘区域を離れたこの場所にまで及んだ。
嵐と魔力の奔流に晒される中、それをそよ風の如く受け流す二つの影。

奔流に弾き飛ばされた二つの塊が二人を襲う。
弾き飛ばされた一つ。巨大な戦鎚を片手で受け止めたのは大将軍ギラクル。
「・・・見事!」
「大将軍ギラクル殿をしてそう言わしめるか・・・!」
重々しく綴られたただ一言に、驚きと感嘆の声を上げるのは破龍ゴロナー・ゴスフェル。
その目前に迫っていた土偶螺魔は突如として爆発四散する。
飄々と佇むように見え、目にも留まらぬ拳撃が土偶螺魔を打ち抜いたのだ。
「もし、無傷で我らと当たっておればどうなっておったであろうな。」
「・・・これも、戦争というものだ・・・!」
ゴロナーの問いに否定も肯定もせず応えるギラルク。
軍を率いる将として、誓いを果たすべき者としての重み故に。
しかし、その背には戦士としての滾りが湯気となって迸っていた。

一瞥を残し、二人はその場をあとにする。
誓いを果たすために。
その背に引き連れし兵どもと共に。

########################################

【公国軍宿営地跡】
「君が全部やってくれたから、僕は楽でよかったよ。」
誰もいなくなった宿営地で佇む二人。
フードを目深に被った人物が、黄金の仮面の人物に話しかける。
だが、黄金の仮面の人物は応えない。
「龍人の世界、一万二千年前の世界を取り戻すのも時間の問題なわけだ。」
言葉を続けるが、それでも黄金の仮面の人物は応えない。

「それで、君はこれからどうするのかな?」
『残る閂は一つ、灼熱都市トゥーラ也。』
ようやく応えたその言葉は、六星都市最後の都市の名前であった。
「じゃあ、僕達ももう仲良くしていられなくなったわけだ。
龍人も祖龍も獣人も、星界のモノも、人間も、僕達大罪の魔物も世界樹の主も・・・
君には皆区別なく、同じにしか映らないだろうから。」
『汝らは全て同じ意思を持つが故に。』
「それでは、彼の地にて会おう。お互いの存在を賭けて。」
別れの言葉と共に、ローブから黒い靄が拡散し、残されたのはローブ一枚のみ。
黄金の仮面の人物も、徐々に姿を透過させ、やがては完全に消えてしまった。
133アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/18(水) 23:07:09 0
【ロックブリッジ付近】
嵐の夜から空けた朝。
ようやく意識を取り戻したアビサルは複雑な思いだった。
いつの間にか消えたシバに。
多くの仲間の死に。
そして何より、『生きていた事』に。
ジンレイン、シャミィ、暁旅団、そしてソーニャ。
星の眼の観測で感知できなかったその『生存』に。

イルシュナーでの出来事に続き、己のアイデンティティーが崩れていっているからだ。
自己崩壊を防ぐ為、アビサルは考えなくなっていた。
その日、現れた銃士ギルド特別中隊の尋問はその手助けをしたと言えるだろう。
繰り返される質問、坦々と応える時間。
逃避し、ただ流れるままに流される時間。

今、天幕の中、エドワードの前にいる。
エドワードとソーニャの関係。入ってきたレベッカとも。
ただ一人面識のない孤独感に怯える事も無く、エドワードの糾問の口調に動じる事もない。
そして、ソーニャの添えられた手を握り返す手になんの想いも込められていなかった。

「あの日の前日、星辰の動きに異変がありました。
手を打たなければレジスタンスのみならず公国軍もすべて全滅する、と。
それを防ぐ為にリーヴさんにお願いしてメロメーロの地下、イルシュナーに行きました。
途中、コボルドのおじいさんに助けられ、中枢へ行きました。
中枢で私は星界を漂う衛星軌道都市ライキュームを帰還させる操作を行いました。
なぜイルシュナーに行き、ライキュームを帰還させたのか。
どうしてそれが出来たのか、自分でもわかりません。
直後地震が起こって崩落。
リーヴさんとはそこで別れてしまいました。多分死亡したと思います。
僕はコボルドのおじいさんに助けられて脱出。途中で気絶してしまってよく覚えていないです。
朝気付いたらコボルドのおじいさんはいなかったです。
あのお爺さんはルフォンでも会いましたけど、多分公国の人だと思います。
僕はアビサル・カセドラル。
行動聖星術師正当血統の最後の一人。
一族は星辰を観測し世界を見てきましたが、僕一人になったので実際に世界をこの目で見たくて島を出ました。
それでロイトンでソーニャさんに助けてもらって・・・」

とつとつと語るアビサルの言葉に、エドワードは手元のファイルに目を落として小さく息をついた。
今までの尋問の内容を統合すれば、今のアビサルの台詞がそのまま出てくる。
黄道聖星術にしても、操術の亜流で羅針盤が発明される前はそれなりに有用であったが、現代においては辻に立つ占い師程度のものだ。
既に廃れた土着の方術程度にクラーリア魔術研究機関『オーブ』の資料は示している。

肝心なところがすっぽり抜け落ちているような印象を受けつつ、これ以上本人から情報を引き出すのは無理かと判断。
目線を戻した時、エドワードの目が大きく見開かれ、手に持ったファイルを落としてしまった。
今の今までいなかった人物がアビサルの後ろに佇んでいたのだから。


『慌てるな、時に抗いし者よ。』
なんに予兆も無く、全くの虚を付かれたエドワードを黄金の仮面の人物が制する。
その声によって他の三人も始めてその存在に気付き腰を上げる事になる。
『我は人により作られ、時との契約により来訪を許されしモノ也。
すなわち汝らを誅するモノ。しかしまだ時満ちておらず。』
「・・・ほう・・・それで、何の用かな?」
警戒を解かず、だか人を呼ぶでもなくエドワードが問い返す。
『礼、だ。汝らが故に我は在り、故にこの奈落の大聖堂も在り。
汝らの年代表には載らぬこの者について、この者では語れぬ事を代わって語ってやろう。』
134アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/18(水) 23:08:18 0
二人のやり取りの仲、アビサルが震えだす。
発汗、震え、ついには膝を付き嘔吐。
「あんたが何モンなんか関係ない!アビサルを怯えさす奴は・・・!」
「い・・い・いい・いいいんです・・・ソーニャさん・・・ぼ、僕はおお思い出した、ん、です・・・」
『無意識下で慣らしたつもりであったが、人の弱さよな。』
身構えるソーニャと、それを引き止めるアビサル。
黄金の仮面の人物は見向きもせずに一言だけ呟き、語り始めた。
アビサルの、黄道聖星術の歴史を。

#################################################

天幕の風景画歪み、別の風景が形作られていく。
満天の星空のもと、ランタン一つでさ迷い歩くみすぼらしい男。

『これは1000年前の風景。
今となってはこの者の名前など、なんの意味もない。
凡百にして、さした才もなく、歴史に埋もれるはずだった。
ただ、人々を導きたいという夢想だけを抱いておった。』

映る風景の中、男は黄金の仮面の人物に出会い、黄道聖星術を授けられていた。
人を黄金に導く事を夢見ていた男は、ギアルデ・ドラド(黄金の導き手)と名乗り、一門を成す。
研究・研鑽に打ち込み、航海の安定を図り、時には諸王に星辰の動きを伝え人を導いていく。
だが、100年を待たずして人の肉体は滅びる運命。
それを嘆いた男の前に再度黄金の仮面が現れ秘術を授ける。
それが転生、であった。
新たな肉体を用意し、己が魂を移し変える。
拒絶反応のないよう、自分の子供への転生。
その狂気の沙汰を、黄金の導きを続ける為に男は受け入れ、継続する事となった。
ここに二代目、アルス・マグナ(大いなる秘法)が誕生する事となる。
しかし、賢者・超越者ならばともかく、凡百な操術師。
その精神も100年を越えると朽ちてきたのだ。
そこで、知識と記憶だけを残し、古き人格を眠らせ新たな人格を演ずる事とした。

『こうして男は永遠の命を得たかのように見えたが、はやり凡俗。
コピーにコピーを重ねるに連れ、劣化が起こるようになった。』

場面は変わり、激しい戦闘、殺戮の映像が流れる。
鬼の形相のその男は次々に一族のものを殺していく。

『二十三代目カリギュラ・モルテスバーデ(暴帝の交剣印)・・・
この者、その劣化が原因で暴走を始める。』

その後流れていくのは衰退していく黄道聖星術師の代々の者達だった。
もはや人を導く事すらも風化し、ただ辺境にて星辰の観測と術の研鑽のみを続けていく。
なぜ自分がそうしているのか、そんな疑問すら存在せずに耽々と。
そして様々な顔の末に、アビサルの顔が映り、周囲は元の天幕へと戻った。

##################################################
135アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/04/18(水) 23:09:58 0
「なるほど、開いていた穴が随分埋まったが、疑問点もまた増えたわけだが?」

『我は時との盟約により汝らを誅する存在である。
しかし、我が主の思惑は別に在り。
そは全ての終結。汝の語りし目的と合致する。
我は来訪を許され時の流れを正しながら、密かに奈落の大聖堂へと繋がる者を導いた。
賢人・賢者ではなく、凡百なる男を選んだのも時の流れに影響なきよう、気取られぬよう故に。
この奈落の大聖堂は汝の為に力になるであろう。
その為の存在なのだから。』

「それをなぜ今ここで明かす?」

『全ては定められし事。』

「お前の主とは?」

『お前の、いやお前達全てが知っているであろう名を持つ者。』

「・・・で、それを信じろと?」

『そなたにとって真偽はさして問題となるとは思えぬが?
真偽の程は灼熱都市トゥーラにてわかるであろう。』

その言葉を残し、消えていく黄金の仮面の人物。
完全に消えると同時に、エドワードが落としたファイルが床へと落ち音を立てた。
慌てて懐中時計を出すと、時間は全く進んでいなかった。
それなりの時間が経過したはすだったのに。
エドワードは一つの結論にたどり着く。
おそらくここの四人以外知覚できなかっただろう。
時が止められていたのだから。

「・・・嘘だ・・・。」
両手両足をつき、嘔吐するアビサルが小さく、小さくうめくように一言だけ発するが、それに続ける言葉を吐く事は出来なかった。
黄金の仮面の人物に嘘はない。ただ、全てでもなかったのだが・・・
まるで白昼夢のような出来事。
アビサルの背中をさすりながらソーニャの顔がこわばり、エドワードに小さな笑みと共にこめかみに一筋の汗が流れた。
「えっと、エド?状況がさっぱり判らないんだけど??」
突然の事態に全く状況が把握できないレベッカが、首をかしげながらエドワードに問いかけた。
136狂海原 ◆d7HtC3Odxw :2007/04/19(木) 00:34:38 0
ロイトン沖 海中 そこにヒムルカの居城があった。正確には移動してきていた。
巨大な化け物蟹 キングクラブの背に乗る海中を移動する城 それがヒムルカの居城だった。

「おやおや、おひい様、お早いお帰りですな。」
城に帰ったヒムルカを出迎えたのは老人と呼ぶには随分と精悍な顔つきの海亀の獣人だった。
「あらあ?タナトス爺じゃないのぉ どうしたのかしら?」
「ふぉふぉふぉ 十六聖君の若造共が全滅したと聞きましてのぉ、この老骨が出張ってきた次第でしてな。」

老甲鬼 タナトス 水棲種族でその名を轟かせる武人であり、ヒムルカの教育係でもあった人物である。

「それで、爺 収穫はありましたの?」
「ふぉふぉふぉ おひい様の期待をこの爺めが裏切った事がありますかな?」
二人でしか解らぬ意思疎通とでも言うのだろうか、二、三度目配せをして、にやりと笑った。
「流石、爺ですわね。」
「公国海軍もたいした事なぞ無かったですなぁ。」

ヒムルカのロイトン襲撃の際、ロイトンの警備に残っていたはずの公国海軍は一切動かなかった、いや、動けなかったのだ。
この老骨の率いる軍勢にすでに滅ぼされていたのだ。

「失礼致します。」
二人の間に男が割って入って来た。白い肌に金の髪、逞しい体躯のシーマンだった。
「おお、おひい様、此度、シーマンの各部族を纏め上げる事に成功した若者で、名前は・・・・」
「セリガ・ウーズで御座います。」
その青年を見てヒムルカは怪訝な顔つきを見せた。
「あなた、その肌色・・・・ホワイトラグーンの生き残り?」
「いかにもで御座います 我らが君よ。私は一族の異端者でして難を逃れましてね」
その言葉に今度はタナトスが苦笑した。
「何が異端者じゃ、御主が他の部族をたきつけて自分の部族を滅ぼしたくせにのぉ」
その言葉に一時、沈黙の時が流れ、誰と無く三人は笑いあったのだった。
137ハイアット ◆uNHwY8nvEI :2007/04/22(日) 15:14:38 0
「あいつ、なんてデタラメな動きをするんだ!!」
叫びたいのも当たり前だ、僕の銃弾は一発も当たらないんだ。
筋肉達がこんなに強いなんて、というか一番の疑問は……
どうすれば戻ってくれるのかということだ、実際自発的に今まで消えちゃってるから
どうすれば銃の中に戻ってくれるかなんててんで分からない!!
「た、助けてぇ――――!!」
すっかり囲まれてるあの人も散々逃げ回ってるから乳酸漬けで自力じゃあ逃げられないだろうし。
「く、くそ!!どうすれば!!」
「ふう、あかんわ、橋なんてどこにもあらへんわ。」
もう駄目かと半ば諦めかけていたときに、救世主が現れた!!リーブがこちらに歩いてきたのだ。

「ん?何しとんのお前ら……」
「リーブ!君を待っていたんだよ!いやぁよかった、本当に」
「ちょいまて、話がさっぱり掴めへんのやけど、どういう……」
そこまでいったときリーヴは状況が掴めた。目の前の筋肉男達、被害者、そして僕、
今ここで何が起ころうとしているのかもわかっているはずだ。
「リーヴ、頼みが……君があの人を」
「ほなワイはもうこれで……」
すぐさま逃げようとするリーヴの足に僕はしがみつく
「待ってくれ!罪もない人が暴漢に襲われているんだよ!!」
「しるか!!そないなことがそこいら起こるんが今の日常や!!いちいち構ってられるかアホ……!!」
僕の顔を蹴り飛ばし行こうとしたが、もうすでに時は遅かった。
筋肉男達は既に照準をリーブへと合わせていた、その証拠にこちらに向かってきている。
「おいボンクラ!!どうにかせえ!!」
「どうにかといわれても、出来ないから君に頼んだんじゃないか……」
リーヴの顔がみるみるうちに真っ青になっていく。気が付いたときにはもう既に囲まれている。
それが筋肉体の怖さだ、リーヴは筋肉男たちに御輿のように担がれる。
ああ、きっと、もう帰ってはこれないだろう……って、なんか僕の周りにも筋肉男がいるんですけど。
「「「ウェーイ!!」」」
ちょっと待って、なんで僕も担がれているんだ?というかこれは一体なんだ?
「ハハハハハハ!!ボンクラ!!どうやらワレも対象みたいやな!!」
「ちょっとまって!!僕は君達の主人なんだぞ!!ちょっと聞いてる!?」
だがそんなことなんてお構いなしに筋肉集団は僕とリーヴを連れて歩き始める。
「ハハハハハハ!!ハハハハ……なぁボンクラ、この後どないなことがまっとるか聞きたいか?」
「…………聞きたくない……」
「そか……」



          「「アッ!アッ―――――――――!!!」」

ほどなくして響き渡ったのは僕とリーヴの断末魔だった。


138ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2007/04/22(日) 16:22:54 0
ペガサスって馬刺しにすると美味しいかな?でも羽根もあるから手羽先・・・かなぁ?
じぃ〜っと見つめるラヴィに、ペガサスちゃん達が心なしか震えてるような気がしたよぅ。

「さて、この混沌とした状況を如何にして収拾致しましょうかねぇ。」
アクア姉さんが腕組みして「うーん」と唸る。でも焚き付けたのって・・・確か・・・。
「それは気のせいです。」
はわわっ!?もしかしたらアクア姉さんは心が読めるのぉ!?
「さあどうでしょうね、ふふふ・・・。」
こ、怖い!!怖すぎるよぅ!!

      ************************************************

そん筋肉漢衆の中、立ち上がる男が1人。
リーブだ。何やらブツブツと呟きながら、筋肉漢衆睨みつけて立ち上がる。
「おどりゃ“借り”はキチッと利子付けて返したるわい、歯ァ食いしばれや。」
その手に握る松茸がプルプルと怒りに震え、リーブの顔は般若の如くギラついている。
「ヒィヒィ言わしたる!!ワイの松茸は・・・泣けるでぇ!!!!!!」

      ****************阿鼻叫喚、part2****************

「涙はこれで拭いとけ。」
リーちゃんが懐紙を倒れた筋肉漢衆へとばら蒔いて、こっちに戻ってきたようぅ!!
ここに来るまではリーちゃんの実力は未知数だったけど、今わかったよぅ。
とんでもなく強いッ!!
筋肉漢衆に飛び掛かり、松茸をピーにピーーッでピーピピーッしたんだよぅ・・・。
唯一気になったのは、松茸をピーにピーれた筋肉漢衆の表情が何故か笑顔だった事・・・。
「ラヴィさん、その辺にしておきなさい。」
「ぁい・・・。」
やっぱりアクア姉さんはラヴィの心が読めるんだね。

ようやく筋肉から開放されたエルフさんの所へ、急いで駆け寄るパルちゃん。
しまったッ!?これってもしかしなくても幼馴染みというライバル出現だよぅ!!
「ハッちゃんハッちゃん!ダメだよぅ!ぼーっとしてたらパルちゃん取られちゃう!!」
「そうですよハイアットさん!恋のライバルは現われると同時に即殺です!!」
「なんやそれ!怖ッ!怖すぎるやろその発想!」
「まったくだよ。別に僕は恋だとかそういうの・・・うわぁ!?」
突然のタックルにハッちゃんは押し倒された。押し倒したのはアクア姉さん!?
えぇーッ!?まさかアクア姉さんもハッちゃんのコトが!?

「ラーナ様はおっしゃいました。『とりあえず、当たって砕け』と!!お逝きなさい!!」
「イィやあああああああああああああああっ!!!!!」
見事な人間風車が炸裂!!秒間6回転のオーバースイングは、人の身体を砲弾に変えたァァッ!!

      ****************阿鼻叫喚、part3****************

ロックブリッジの戦闘で怪我した人達が、仮設テントで治療を受けていた。
その中には・・・頭の巨大なこぶが痛々しい、セイファートとハイアットの姿もあった。
139ST ◆9.MISTRAL. :2007/04/22(日) 18:06:22 0
――《央へ至る門》 19:11

「それそろ頭は冷えたか、断龍。らしくないキレ方しやがって、マジ焦ったぞ?
 ここで俺と殺り合うなんざ無謀だぜ?祖龍の祝福を直接受けられるからな」
そう、ギュンターの異常な強さには秘密があったのだ。それが祖龍の祝福である。
「うむ、もう大丈夫だ。しかし何故奴らに“真実”を教えてやらなんだ?」
呆れ顔でクロネを見やるギュンターに、憮然とした表情で問い返す。
先程までの逆立った黒艶の毛も今は穏やかな滑らかさ。
「言ったところで喧嘩になるのがオチだよ。それにな…俺の涙腺が耐えられねー」
そう言うと、倒れ伏した3人を順に眺めて溜息1つ。そう、3人は死んではいなかった。

正確には仮死状態となっていたのだ。一時的な生命活動の停止を強制したに過ぎない。
このまま長時間放置すれば、3人は本当の意味での死を迎える事にはなるのだが。
「馬鹿ばっかだからな、そのおかげでガラにもねえピエロやるはめになっちまった」
近くの小石を掴むと、カールトンにぶつける。
「こいつら全員とんでもねー馬鹿なんだよ、あの2人もな自分達なりに世界を守ろう
 と必死になってやがる。ついこの間までハナタレだったくせによ、一人前のツラになってた…」
まるでやんちゃな弟を見る目で、静かに語るのを黙ってクロネは聞いている。

「俺はずっとお前を探してたんだぜ。どうにかして戦争を止められねぇか、知恵を借りたかった。
 なのにお前は何処をほっつき歩いてたんだか、全ッ然見つかりゃしねえし困ったもんだ」
「シャムウェルの方が適任じゃろうに、何故わざわざ拙者なのだ」
「もち探してたさ、でもお前と同じでサッパリ見つからねえ。参ったよ、マジでな。
 挙げ句にもう止められねぇ段になって、ようやくお前がガナンにひょっこり現われたんだ」
クロネはあの時のギュンターの台詞を思い出した。諦め混る悲しげに笑う横顔と共に。
「ではあの時点で戦は決まっていたと?」
「勘違いした馬鹿共がな、ヤル気になってて俺なんかシカトされてたからな」
また石をカールトンに投げ付け、ギュンターは続けた。

「なんで止めなかったかは簡単だ。戦争が何の得にもならねえってのを教えてやろうとな。
 “火種”が集まりゃ“火事”になる。慌てて消したところで“焦げ目”が残る」
肩を竦め、首を横に振った。

「消さなかったら…みんな焼けて死ぬ」


お前達も知ってる龍人戦争もそれと同じだった。エルフの王レシオンが吹っ掛けた戦争を、
 アーダのとっつぁんはギリギリまで拒んだんだ。『争いは遺恨しか残らぬ』ってな。
だがな、奴らはそんな事なんざ関係無しに俺達を攻め続けた。
一切抵抗しない龍人達を、エルフと人間達は一方的に虐殺したんだよ。
おまけにお前達までも奴らに加わったせいで、俺達が反撃に転じた頃には敗戦ムードだった。
更にエルフ共は俺達龍人に責任を全部擦り付けたんだよ。マジ外道だろ?
結局アーダのとっつぁんは、自分の腹ァ切って馬鹿げた戦争を終いにしたんだ。
龍人王はこの場所にいる限り絶対に無敵なのに、お前達に倒されたのはな…
くだらない争いにケリ着ける為にわざと死んだんだよ。後継者がいたからな。
そうさ、この俺だよ。黄金の龍鱗は既に俺も持ってたからだ。だから死ぬ事を選べたんだ。

とっつぁんの遺言でな、俺は1つの計画を練った。争いの無い世界を築き上げるって。
この世界から争いが無くなる事はありえない。お前達がいる限りはな…
そんな顔すんなよ、本当の事だろ?お前達はくだらない意地で戦火を広げてるじゃねーか。
そりゃ昔に母ちゃんがやった事はよくねえよ。だがな、それをいつまでも引きずったって仕方無いんだ。
どっかで妥協するしかねーだろが。
それともお前は自分達のエゴを棚上げして、俺を偽善者呼ばわりできる程に偉いのか?

終わらないんだよ、戦争は。だから俺は作るんだ。
新しい世界を。戦争なんか起こらない世界を…お前には解らないだろうけどな。
140パルス ◆iK.u15.ezs :2007/04/22(日) 23:52:42 0
ブロンドエルフは眼前で繰り広げられる地獄絵図を感無量といった感じで見つめていた。
「パルメリス様……貴女が謎の死を遂げたと聞いた時は私達はどんなに悲しんだことか……。
私の娘なんてやけ食いして体重が3桁になってしまったものです。
それが今ではあんなに愉快な仲間達に恵まれて……」
僕が逃げないように捕まえたまま、さり気無く凄まじい事をしみじみと語ってくれている最中
横から楽士っぽいエルフが暁の瞳をひょいっと取り上げて目を輝かせながら眺め回す。
「これが暁の瞳……笛吹きなら誰もが憧れる伝説の珍笛!」
暁の瞳から万国旗を出したり引っ込めたりしている!
そんな機能があるなんて知らなかった。確かに珍笛だ。
「少し貸してください!」
「ちょ!!」
彼女は何を思ったか筋肉隊の方に走っていってしまった。

エルフ包囲網が収まった頃、約二名の尊い犠牲によって救出されたセイが戻ってきた。
「大丈夫!?何もされてない!?」
「怖かった……人生で一番怖かった……」
昔よくやってたように頭をよしよしする。
「パルは本当にいい仲間を持ったな……
見ず知らずの私を自分が身代わりになってまで助けてくれ……!?」
その言葉を最後まで言う暇も無く……人間大砲が突っ込んできたあああああああああ!?
しかもその正体は僕の「本当にいい仲間」だ!
頭の周りでヒヨコが回る重症になった二人は救護テントに運ばれていった。ご愁傷様です。

そんな中、一羽のペガサスが歩み寄ってきた。純白の翼を持つ、世界で最も優しい幻獣……。
「シルフィール……」
すぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られる。でも怖くてできない。
彼らは心の歪んだ者を極端に避けようとする生き物だから。
別れる直前なんて、指先一つ触れさせてくれなくなっていた。
こんな僕を許してくれるのだろうか?もう一度受け入れてくれるのだろうか?
シルフィールは、迷う僕に、思っていること全てを見通すような澄んだ目で擦り寄ってきた。
「会いたかった……!」
背中に飛び乗ってもふもふする。乗せて飛んでもらうのも、この柔らかい感触も大好きだ。
「君は暖かいね……、何?セイは馬使いが荒いから僕のほうがいい?
ご冗談を。そんな事聞いたらあいつ泣くよ〜」
何も言わないけど考えてることが手に取るように分かる。
「あのね、シルフィール。僕たちはすごく大切な旅をしてるんだ……」
シルフィールは静かに僕の話を聞いてくれている。
「君と君の仲間達にお願いがあるの。その翼で海まで僕たちを連れてって……」

と、傍から見ると一人会話をしていると、向こうから賑やかに駆け寄ってくる人がいた。
「パルメリス様――!これお返しします!」
ハノンちゃんが暁の瞳を差し出した。爆弾発言と共に。
「倒された筋肉隊に向けて“戻れ!”って言ってみたら霧になってこの中に吸収されました!」
「………嫌あああああああああああ!!」
叫びながら、暁の瞳で奏でる呪歌が、筋肉隊に対して絶大な効果を発揮した事を思い出す。
ローヴェスタンも暁の瞳も製作者は同じなのでありえない話ではない。
こうして、あんまりやりたく無い筋肉隊の回収方法が発覚してしまったのであった……。
141ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2007/04/23(月) 19:11:00 0
「ちょっとエドっち。一体何がどうなってんのか、ちゃんと説明してもらうわよ?」
兵士が用意した椅子に座るやいなや、レベッカは依然として不敵な笑みのエドワードに問い掛ける。
「そうですね、先ずはどこから話せばいいでしょうかね・・・。」
眼鏡をくいっと正し、エドワードは考え込むような仕種のまま、小さく震えるアビサルを見た。

    『知りたい』

確かにアビサルはそう言った。だが、その後が問題だった。
果たして真実と現実に打ち勝つことができるのだろうか。それはエドワードにも判らない。
「この世界を守る為に必要な選択肢です。故に言葉一つにも細心の注意を要するのですよ。」
「世界を守る?あちゃ〜、またそんなパターンな訳?」
心底呆れ返った顔でレベッカが出された紅茶をすする。途端に渋い顔、好みではないらしい。
「あの時と同じと思ってはいけませんよ?半年前は“運がよかった”と考えて下さい。
今回我々人類が直面する危機に比べたら、あの事件は子供の火遊びですから・・・。」
エドワードのセリフに、レベッカもソーニャも、表情が硬くなる。あれが火遊び?と。

      ************************************************

テントから出て、レベッカは大きく伸びをした。その表情は複雑なものだった。
無理もない。水面下で進んでいた破滅のあらましを知ってしまったのだ。当然の反応といえる。
あの精霊戦役から半年、レベッカはまだ冒険に旅立ってから半年でしかないのだから。
それなりの修羅場は体験した。しかし結局のところは、仲間達がいたからこその今だ。
「あんた、もしかしてブルってんの?」
ソーニャだ。隣に並びレベッカの肩を叩く。半年ぶりの再会だったが、素直に喜べない。
「ちょっとね・・・。流石に今回のはアタシにゃ荷が重いわ・・・アハハ。」
「はぁ・・・ずいぶんと弱気じゃないのさ、あの時ファムと渡り合ったあんたはドコ
にトンズラ決めちゃった訳?後先考えてから何かするタイプだったっけ?あんたは。」
ソーニャは笑ってレベッカの頭をがっちりとホールドする。少し高めの体温が伝わってきた。

どうしてこの少女はこんなに強く在り続けられるのだろう。レベッカはそう思う。
「アタシは・・・そこまで強くないよ・・・。」
自嘲気味に力無く答えるのが、今のレベッカの精一杯だった。ソーニャの強さが眩しかった。

「あの時、あんたがアタシの命を救ったんだよ。だからアタシは今、ここにいる。」
「・・・・・・?」
「だからアタシは前に進める。それは全部あんたのおかげなんだよ、レベッカ。」

赤毛の少女はそう言って、ニッと笑う。レベッカも笑っていた。
理解した。自分はちっぽけな存在だが、仲間がいる、仲間といる。その事実を・・・。

「ありがと、アタシはアタシの歌を唄う!こんな単純な事、すっかり忘れてた!!」
とびきりの笑顔が花咲き、少女達の笑い声が星空に向かい駆け上がって行った。
目指すは灼熱都市トゥーラ。ゼアドの西に広がるデュミナ大海のど真ん中、ボレア諸島!!

142泡沫の夢:2007/04/28(土) 23:55:04 O
夢を見ていた。長く、果てしない夢を。
それは未来だった。
ただ待っているだけでは、決して辿り着くことは不可能な未来だった。

だから彼は待つことを止めた。
望む未来を掴むために。
自らの手で、意思で、運命に叛逆したのだ。

無限の海原の中では、彼などひとひらの泡沫でしかなかったが・・・
その叛逆は確実に、彼の目指す未来へと続いていた。
143幕間:禁断の書 ◆iK.u15.ezs :2007/05/01(火) 11:45:57 0
ジンレインはため息をついた。
救護テントから戻って来たセイファートが大きな箱を抱えてスキップしながら
聞こえよがしに説明的なセリフを言いつつ迫ってくるのだ。
「まさかこんな所で手に入るとは!タンコブ作った甲斐があったってもんだ!
大反響の末に発禁になった幻の絵本シリーズ“えたーなる☆ふぁんたじあ”!
ジンに早速読んであげよう!!」
「……いえ、結構」
「!!」
が、【OTL】のポーズを取って全身で落ち込む彼の周りに
群がってくるボケ担当の面々がいた。捨てる神あれば拾う神あり。
「可愛い絵本なんだよぅ♪」「読んで読んで〜」
気を取り直して一巻「恋の迷宮」を取り出すセイファート。
「そうか〜聞いてくれるか。このシリーズは各地の伝承を元にしたフィクションで……!?」
本の帯を見た彼の目にとんでもないキャッチコピーが飛び込んできた。
【エルフと人間、許されざる愛!恋敵はエルフの女王!禁断のラブロマンス!】
「ちょっと待った――――ッ!!」
怒涛の勢いで第一巻を箱の中に押し戻す。
(題名からして怪しいじゃないか!絵柄に騙されてしまった!!)
そして、よく見ると他の巻も物騒な雰囲気がこれでもかと漂っている。
第二巻「生き造りになった水竜」
【見習い猟理人は黒包丁を継ぐことができるのか!?愛憎渦巻く爽やかな成長物語!】
第三巻「愛の変態仮面」【正義の味方は年中無休!愛と暴力が炸裂する冒険活劇!】
これぞまさしく発禁の発禁たる所以!少しでもまともな巻が無いかと必死で探す。
第十巻「バナナ記念日」【バナナの皮を自在に操る食い逃げ犯の霊に凄腕霊法師が挑む!】
(健全だああああああああ!!)
セイファートは嬉々として読み始めた。
「“インビジブル”の異名を持ち半世紀以上もこの世に留まり続ける食い逃げ犯の怨霊!
彼を成仏させるべく立ち上がった美少年霊法師!シャーマンファイトの始まりだ!」
「怨霊なのに食べるの!?」「霊法師じゃなくて神官に頼んだほうがよくない!?」
そんな彼らを見て遠くでシャミィが一言。
「そこをツッコむか。面白い奴らじゃのう」
144アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/01(火) 19:26:48 0
さて、騒動も一応の決着を見せ始めた頃の事に御座います。
「・・・・・・全部アクアお姉さんが仕掛けた様な気がするぉ・・・・」
ラヴィさん心の声が・・・外に出ておりますよ?それにこれは言うなれば愛の試練なのです。
それはともかく、1つのキャラバンが近づいて来たので御座いました。

「騎士ギルドのエドワードさんってのはここ・・・・・・あれ?お前ら?何でこんな所にいるんだ?」
なんとそのキャラバンはキャメロンさんの商隊キャラバンで御座いました。
「アクアお姉さま!!お久しぶりです。」
幌の中からアリスが顔を覗かせておりました。元気そうで何よりで御座います。
「アリス、元気そうですね。」
「はい、ご主人様にいっぱい可愛がってもらってますから。」
その言葉にキャメロンさんが慌てて会話に入ってまいりました。
「ちょ、待て!!誤解を招くような事言わないでくれ!!」
「でもご主人様 意外と奥手で・・夜の生活が・・・・」
「いや、年齢とか色々問題あるだろ!!て、ゆうか子供が夜の生活言うな!!」
成程、うまくやってはいるが少々問題があるようで、私はキャメロンさんにアドバイスを送る事に致しました。
「キャメロンさん、うまくゆくラーナさまのお言葉が御座います。」
「なんでしょうか?」
「ラーナ様はおっしゃいました、『据え膳があるなら食べるしかないじゃないか』と」
「お前らの教義 絶対おかしいぞ!!」
「うん、げほん、お取り込み中、失礼致します。私に何か用事だと伺ったのですが?」
そこには丸眼鏡の男の方が立っておりました。
・・・・この方 何故か見てるだけで、ゾワゾワ致します。

「ああ、そうだったあんたがエドワードさんかい?俺はキャメロン見ての通りの・・・」
「ロリコンですか?」
「違う!!商人だ!!ああ、どいつもこいつも・・・・つったく ブツブツ・・・・」
ついにキャメロンさんはその場にしゃがみこんでブツブツ言い始めました。
「ああなるとご主人様長いから妻の私が代わりに用件を言いますね。」
そう言うとアリスはテキパキと商人達に指示を出し、エドワードさんに必要な書類の確認や、取り扱いの注意事項など、
仕事をこなし始めました。
「成程、本部からの物資の搬送、感謝します。」
手際の良さにエドワードさんは関心されたのか満足した様子で書類にサインをしておりました。
「ああ、そう言えばアクアお姉さま、皆様に会いたいと言う方が一緒に来ておりますよ。」
そう言ってアリスは荷台の奥の方を指差したので御座いました。
145リーヴ ◆DMluABX9IM :2007/05/02(水) 16:37:11 0
治療を終えたのか仮設テントからハイアットが出てくる。
先ほどの激突が余程効いてるのか頭を抑えている。
「おう、大丈夫やったか?」
声がする方向を見ると、テントに背を向けて地べたに座っているリーヴの姿。
「心配してくれたのか?」
「ちゃうわ、だいたいワイはお前のそのヘラヘラした顔があんま好かんのや。
 仮面被っとるみたいで気持ち悪いんや。」
リーヴの憎まれ口をハイアットは少し微笑みながら聞いている。
「おいおい、そんなこと言うなよ、まだ短い付き合いだけど仲間じゃないか。」
「……どうせもう別れるんや、互いに憎んでおったほうが楽っちゅうもんやで。」
息苦しいような沈黙が流れる、このまま会話は終わるかと思われたとき、ハイアットが叫ぶ。

『ち ょ っ と ま っ て !』
次の瞬間にハイアットはリーヴの言っていることが理解できないのか一方的に話し始める。
「別れるって君と僕達が?なんで?だって一緒に来るんじゃないの!?
 もう空気的にそんな感じじゃん!!まだまだこれから忙しくなるぞ!」
そんなハイアットに冷たい眼を向けるリーヴ、頭がおかしい人間を見るような侮蔑が眼に宿っている。
「阿呆、なんでワイがお前らのことに付き合わなアカンのや、
 橋も落ちたしこないなところに未練なんぞない。また稼ぎ場を見つけなアカン。」
「…………だけど君が居てくれた方が少なくとも僕は心強い。」
「阿呆抜かせ、お前らはロイトンに行くだけやろ、そないな用事だけでワイまで引っ張り出すなや。」
そういい、リーヴは立ち上がり歩いていこうとする。
「待ってくれ、リーヴ…今、この世界の状況を理解しているか?世界は、
 君と俺、二人が思っている以上に深刻かもしれないんだ……。」
その言葉にリーヴは足を止める。

「……それはどういうことや?」

==========================================

「……何やと…………」
リーヴの顔は唖然としていた、無理もない。
普通の人間には理解しがたいことが起こっているのだから。
「……リーヴ、いま僕が話したことは恐らく一部分にしか過ぎない、もっと恐ろしいことが進んでいるのかもしれない。」
想像を上回る最悪の事態を聞かされて、尚まだこれがまだ一部分にしか過ぎないという。
「……リーヴ、すまない、ちゃんと言葉に出してみたら、いかに僕が君に酷い事をしようとしているか分かったよ。
 僕がしていたのは、何にも知らない人間をただ巻き込もうとする最低の行為だったよ。
 付いてきてくれといったのは忘れてくれ。」
「……当たり前や、付きあってられるかいな……ところで、お前、なんでこないなこと知っとんのや。」
リーヴの疑問も当たり前だ、リーヴとハイアットはまだ会ったばかり、リーヴはハイアットが人間じゃないこと自体知らない。
なぜ普通の人間がこんなにも過去の歴史に、そして世界の状況に通じているのかさっぱり分からなかった。
「あれ?……話してなかったっけ?」
「聞いとらんなワイは。」
「そうか、じゃあ、話そうかな……。」
146リーヴ ◆DMluABX9IM :2007/05/02(水) 16:37:58 0

「……ふざけんなや!!お前のせいも入ってるやないか!!こないな状況になったんは!!
 お前がふざけた兄弟なんとかしとったら少なくとももうちっとはマシになったかもしれへんやんか!!」
ハイアットは話した、今までのことを、リーヴはハイアットの胸倉に掴みかかり、上へと持ち上げる、
だが、ハイアットは「やめろ」と言うどころか「すまない」とリーヴに謝る。
「……あの時、ハインツェルの心を分かってやっていれば。この時代に来なければ。
 いや……そもそも、俺が生まれていなければ……失敗作で終わっていたら…良かった…、本当にすまない。」
その言葉に、胸倉を掴んでいたリーヴの手が緩む。
「……俺の罪は、許されない、どんなことをしても、死んだって許されるものじゃない。
 神が、全ての人が、ハインツェルが、この俺を許しても、俺が、
 この俺自身が許しはしない……絶対に、許さない……」
リーヴはハイアットから手を離す、これほどまでに自らに罪を感じている男は見たことがなかった。
殴ればいいのか、それとも同情すべきなのか、どうしていいか分からなかった。
「……お前は、そないな思いしてまで、兄弟止めるんか?」
「……当たり前だ、ハインツェルは俺が絶対に止めてみせる。この重責は一生消えない、
 だからこそ、せめて歩みたいんだ、償いの道を……」
その言葉を聞いたあと、リーヴは飼料庫の方向へと歩き始める。
「…………なにボサっとしとんのや、さっさとあいつ等んとこに戻るで。
 いつでもロイトン行けるようにしとかなアカンやろが。」
「…………ああ!!」
ハイアットは走りリーヴの横に並ぶ、
「ん、なんや、お前、そないな笑い方もできるんやないか。」
ハイアットの顔は今まで見たことがないくらいの笑みを浮かべていた。

「ところで、一緒についてきてもお金は出ないぞ?」
「分かっとるわ、そんぐらい。」
「そっか!でもなぁ、せっかくきてくれるんだ、何かお礼をしないと。そうだ!あの筋肉隊をプレゼントしよう!!」
「喧嘩売ってんのかワレェ!!」
147名無しになりきれ:2007/05/02(水) 19:00:52 O
「えぇ〜要らないの?あ、それじゃあバナナ食べる?」
「いらんわアホ!・・・ほんま気ィ抜けるわ、さっきまでのは何やったんや・・・」
リーブは疲れきった顔でテントを後にした。
だが、リーブも気付いてはいなかった。
今日までの自分も、仮面のような顔で生きてきた事を。

何時からだっただろうか、それはわからない。
しかし今は違う。リーブは本当の自分として今、ここにいる。
148アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/06(日) 23:09:12 0
どんな戦いでも規模が大きくなればなるほど大勢の思惑が入り乱れ、元々の目的を曖昧にしてゆく。
単一の目的を持った戦いなどありはしない。
それは巨大な乗り物のようにいくつも矛盾した目的を乗せ、ときには乗客の意図を無視し、ひとりでに走り続ける。
時代が混沌とすればするほど、その乗り物は一旦走り始めたが最後、どこまでも速度を増してゆく。
一時の争いに過ぎなかったものが新たな火種となり、その時身を投じた者達の運命を予想もつかぬ状態へと変転させてしまう。
自らの正当さを証明する為の戦い。
その正しさを主張する事こそが世界に走る亀裂となり、途方も無く拡大する戦火を招いてゆく。
今や世界に走る亀裂は、人心を灼く炎となって、どこまでも燃え広がろうとしている・・・・・・

##################################################

河津波も収まり、落ち着いた様子を取り戻したライン大河。
とはいえ、その流れは濁流といっても差支えが無い。
ロックブリッジが落ちた今、この河を渡るのは事実上不可能となっていた。

その濁流のなか、アビサルは一人佇んでいた。
天幕での出来事を整理するために。
自ら望んで『知りたかったこと。』
だが、知る事は分水嶺でもあった。
白昼夢のような出来事のなか、現れた黄金仮面の言葉。
何の根拠もないが、その言葉が正しい事をアビサルは細胞単位で理解していた。
しかしその言葉だけでは『足り無すぎる』事も。

知った事により、わからない事も増えた。
知ってしまったことにより、より知らなければならなくなった。

混沌とした中に置かれたにも拘らず、アビサルに動揺はない。
なぜならば、目的が定まったからだ。
自らの意思でなす指針。
今までの人生、一族の掟に、周囲に、流されるままだった自分にはじめて目標が出来たのだから。
濁流の音にかき消されてしまったが、両頬を挟むように叩き乾いた音を響かせた。
少しの間手を当てたまま俯く・・・
その奥の目に宿るのは戸惑いでもなく、怯えでもなく、諦観でもなく・・・決意と覚悟!

縦目仮面を被り、濁流に跪いて呪文の詠唱を始めた。
「天是、急急として汝の名召す事を知る・・・ハラカラよ、汝に残りし時間を我が為に費やせ。」
濁流の上に立つアビサルの足元が競りあがり、持ち上げてゆく。
水が散り、流れを割って土偶螺魔が姿を現した。

ドラッヘに撃墜され、ライン大河に沈んでいた土偶螺魔の上に立っていたのだ。
数日間で自己修復を終え、完全な状態となった土偶螺魔はアビサルを乗せたまま飛び立つ。
移動先は飼料庫。
そこにはエドワード、ジンレインをはじめとする知った顔、パルスやキャメロン達知らない顔。
そして、いるはずのない顔。リーヴ!
「・・・・リ、リーヴさん・・・!?」
驚きの声と共に土偶螺魔の上からリーヴに向かって身を翻した。
不気味な縦目仮面を被ったまま、大きく手を広げながら。
149名無しになりきれ:2007/05/10(木) 00:27:48 0
「っつざけんなぁーーーーーー!!」
円卓の間についにブチキレタと言わんばかりの声が響いた。
「もう我慢できねぇ!!私もゼアドにいくぞ!!」
部下の持ってきた報告にリリスラは腸が煮えくり返る思いだった。ギラルクに言われ渋々と留守居役をしていたが
あろう事かヒムルカにまで出し抜かれた形となってしまった事についに彼女は切れてしまった。

「あの糞鯱が!!随分勝手してくれてるじゃねぇか!!」
格納庫に続く道を手当たり次第に八つ当たりしながら突き進む。

「姉御ォ!! 出港準備は出来てやすぜ!!」
「早速魚野郎共にカチコミ ぶっこんでくれましょうぜ!!」
「ああ、まったくだ!!」

リリスラの姿を見た鳥人達が思い思いに叫ぶ。それを満足そうにリリスラは見渡すと一際高い積荷の上に飛び乗った。
「いよぉーーーし 野郎共 勝手な事してくれた奴らにカチコミくれてやる準備はいいかぁ?」
『おおぉーーーーーー!!』
「よぉーし よく言った なら早速 出港準備だ!!目的地はゼアド大陸 ロイトンだ!!」
『姉御!!姉御!!姉御!!』
「いくぞぉ!!」
『おおおおおおお!!』

「姉御!出港準備全て整いましたぜ。」
「出港だぁ!!」
リリスラの号令と共に巨大な駆動音が鳴り響く。格納庫の天井が開きその容貌が顕になる。
爆音が、爆風が吹き鳴り響きそして、何百ものプロペラが廻り、その巨体が空に浮かび上がった。
巨大飛空挺 ニルヴァーナ の起動だ。
その巨大船の廻りに大空の猛者達が集って舞う。
「さぁ、暴れまくってやるぜぇ!!」
甲板でリリスラはこれから起きるであろう死闘に思いを巡らせていた。
150レベッカ ◆F/GsQfjb4. :2007/05/11(金) 20:00:42 O
「なんか煙が上がってるんだけど…街で何かあったのかな?」
商隊からいろいろと物資の補充ついでにもらった双眼鏡を覗いてたパルが言った。
「祭とかやってるのかもね」
アタシ達は呑気だった。ロイトンのすぐ近くに着くまでは。
「ちょ!?祭じゃないよ!!戦闘だ!!」
ハイアットはアタシ達より目がいいらしくて、街の異変にいち早く気付いた。
街の惨状にアタシは胃の中身を盛大に吐き出して、荷台にへたりこむ。
地獄。そんな表現がぴったりな風景だ。あちこちに散らばる“人だったモノ”の残骸。
「なんという酷いことを…」
アクアの顔が険しくなる。他のみんなも同じだった。ヘタレたのはアタシだけ…
人の死ぬこと、死んだ人のちぎれた手足やバラバラになった内臓。
こんなの初めてだった。一体何がどうなれば、相手をこんな風にできるのよ!?
到底理解なんかできない。街では逃げ惑う人達の悲鳴や断末魔の叫びが飛び交ってた。


少年は倒れて動かなくなった父親を必死に揺さぶるが、それは無駄な努力だった。
父親は腹を切り裂かれ、内臓の大半が失われていたのだから。
「お父さん!起きてよ!お父さんッ!!」
泣きながら揺さぶり続ける少年の背後に、大柄なギルマンが近付くが、少年は気付かない。
鋭い鉤爪が父親と同じく少年を切り裂こうとした時、ギルマンの腕が宙を舞った。
黒一閃、一切の光を返さぬ漆黒の刃が、ギルマンの腕を切り落としたのだ。
「魚介類の分際で調子に乗りすぎじゃない?」
巨大な黒い刺身包丁、《鱗融》の刃を払い、アンナは気怠げにギルマンへと近付く。
「勘違いしないでよ?別にこの街を助けてる訳じゃないから。たまたま通り掛かっただけ」
言い終わるやいなや、ギルマンの身体は三百枚に卸された。
少年はその光景を呆然と見つめるだけで、言葉を発する間も無くアンナは去って行く。

アンナは苛立っていた。情報が確かならば、ラヴィは既にロイトンに到着しているはずだ。
だが、街はこの有様である。食材が縦横無尽に闊歩する中で包丁を振う気配すら無い。
「アクアノイドだから?甘いわね、ラヴィ。魚介類に人権なんて適用される訳ないわ」
数百メートル先でオロオロとしている憎き姉弟子を睨み、包丁箱を開いた。
取り出すのは7番包丁《燵甲(たつみかぶと)》。
それはもう包丁とは呼べない形状であったが、一応は猟理包丁に分類される代物だ。。
鎧鋏という甲殻類の外殻を破壊して、猟理する際に使用される大鋏である。

「これで貴女の頭を砕いたら“いい音”が聞けるかしらね」
今日で終りにしよう。アンナは先日ラヴィにトドメを刺さなかったことを悔やんでいた。
つまらない感情に邪魔をされ、包丁の冴えが鈍かった。その事実が憎い。
一瞬でも迷ってしまった自分が憎い。そして、師に選ばれなかった自分が憎い。
憎悪に狂ってしまえば楽になれただろうか?いや、おそらく変わらないだろう。
それほどまでにアンナのプライドは揺るぎないものだった。
この世界で最も純粋で、最も歪んだプライドこそが彼女のこれまでを支え続けたのだ。

アクアノイド達が、潮の引くが如く海へと退散していくのを見送り、アンナは歩きだす。
今日まで続いた憎しみの根源たるホビットの所へ。
海から迫り来る大津波には一切目もくれず、悠然と歩を進める。


ジェシカは漁業組合の若者をまとめると、生き残った市民を街の東へ誘導していた。
誰もが不安を隠せなかった。当たり前だ、今までの津波とは比較できるものではない。
「みんな急いで!怪我人は最優先で連れて行くのよ!!」
既に先程までの恐怖は無い。あるのは『守りたい』という鋼の意思のみ。
そんなジェシカが隊列を確認するために振り返ると、遠くの桟橋に馬車の一団が見えた。
「嘘でしょ!?あんな所にいたら自殺するのと同じじゃない!!ジャン!皆を頼むわよ!!」
戸惑う青年にそう言い残し、ジェシカは風のように駆け出した。
151名無しになりきれ:2007/05/11(金) 23:13:36 0
我が名はホッス
152アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/14(月) 23:44:07 0
ロイトンにむかう馬車の中、私は考え事をしておりました。行商隊の荷台にいた人物の言葉を・・・・

その方は頭の先からつま先までを黒い布で覆われておりました。ただ目元のみをあけてこちらを見据えておいました。
「忠告する・・・・」
厳かな口調で続けました
「ロイトンに行ったらあかん、仲間を失うで」
いきなりの事に流石に言葉に詰まりました。それを気にも留めずに黒衣の男は言葉を紡ぎ続けます。
「ロイトンはもう助からん、諦めるんや」
周囲がざわめきます。
「諦めるんや・・・・」
そう言い残し、黒衣の男は霞のように消えてしまいました。

そして今私はロイトンにいます。この地獄すら生温く思える凄惨な光景の中に・・・・・・・。
黒衣の男の言葉の真意を確かめる為、出来れば助ける為、
「なんと凄惨な・・・・」
私は怒りに拳を握り締めました。

ーーーーーロイトン近郊ーーーーーー
「あかん・・・・あかんでぇ、今は誰一人欠けたらあかんのや」
黒衣の男はぶつぶつ言いながら激動渦巻くロイトンへ向っていた。
「一人でも欠けたら、倒せへんのや」
まるで夢遊病者の如くふらふらとしながら・・・・
「なんで、誰も気がつかへんのや、もうそこまできとるちゅうのに」

まだ見ぬ先、激動の渦が数多の命を奪わんと大渦を巻いていた。
153アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/18(金) 21:18:57 0
ロイトン上空にて。
吹き付ける潮風にはためくローブを押さえながら、町の惨状を見ていた。
かつてソーニャさんと出会った思い出の町。
でも今はその面影はない。
至るところで虐殺の・・・食い散らかされた痕が広がる。
私はそっと縦目仮面を被った。
この惨状を目の当たりにしても余りにも変化しない自分の表情を隠す為に。

さらに水平には水面は一段盛り上がった壁が見える。
津波だ・・・
「ソーニャさん!いっては駄目です・・・!」
「何言っているんだい!?まだ生きている奴もいる、助けるんだ!」
土偶螺魔空飛び降りようとするソーニャさんの袖を引いたけど、多分聞いてもらえない・・・
でも・・・
「見てください、もう津波が来ます。幸い町の人は大半が殺された後みたいだし、今更いっても被害総数は大して変わりません。
下のレベッカさんたちを回収して、逃げましょう。」
ロイトンを出る前、商隊と共にやってきた黒衣の男の予言。
その言葉の通りになっていた。もう手遅れだ。これは星辰の動きを見ても一致した結果だった。
でも、ソーニャさんは・・・きっと止まらない。

「アビサル、良くお聞き・・・」
しゃがみこんで私と目線の高さをあわせ、両肩をがっちりと掴まれる。
真正面から向けられるソーニャさんの強い視線は、仮面越しでも私にはまぶしい。
「人の命や絆は数字じゃないんだ。あたしは津波を止めて、町の奴らを助ける。そしてこんなことした奴をぶち殺す!
理屈じゃないんだ。これはあたし自身の気持ちだ。
あんたはどうなんだい?知識や、理屈じゃない。今、あんたが心で何を感じ、どうしたいかだ!
それがあんたが、他の何者でもない・・・。あんた自身であるために必要な事なんだよ!分かったかい?
あとね・・・いい加減その仮面に頼るのはやめな。」
強い視線、決して猛々しさは無く穏やかだけど、強い言葉でソーニャさんは私の心を揺さぶる。
そして土偶螺魔の上から身を翻し馬車へと降りていった。

一人残された私は今になってようやくその場にへたり込んだ。
町の人の大半は殺され、残りはすでに避難行動に移っている。
間に合うかどうかは微妙だけど、今、町に下りてもやれる事は殆どないはず。
ソーニャさんは津波を止める気でいるけど、いくらソーニャさんの吸熱凍結能力でも、津波の圧倒的質量を止められるとは思えない。
ただ単純に水の塊が押し寄せてくるのではなく、海全体のうねりが迫ってきているのだから。

なのに・・・なぜ・・・?
   私が私であるために・・・・
 考えても考えても答えが出ない。
     知る為にここにいるはずなのに・・・
  常に知ってはいけない様な思いに駆られながらいる。
その葛藤を抱え、それでも進む。   自分の意思で。・・・本当に自分の・・・?

そっと縦目仮面を外し・・・今の自分はどんな顔をしているだろう?
鏡が無くてもわかる。
とても弱く、迷っている顔。何かに怯えるかのように。
あれだけ決意を固めてきたのに、余りにも私は弱い。

・・・もう仮面は被らない。隠さない・・・。
でも捨てる事も出来なかった。
縦目仮面をかばんの中に押し込むと、私は土偶螺魔を降下させた。
154ハイアット ◆uNHwY8nvEI :2007/05/20(日) 01:19:12 0
「行かないと!助けなきゃ!!」
「アホッ!なに言うてんのや!無駄なことはやめるんや!!」
「そ、そうだよ、いくらなんでも無謀すぎる!」
馬車から飛び出そうとする僕をリーヴが遮る。
「見えるやろ!お前にもあれが、あんなもん食らったらいくら人間やないお前でも、
 死ぬに決まってるやんか!お前がそないなことせんでもだいたいの奴らは避難しとるわ!!」
リーヴの言うとおり、生き残ったものはあの波をみて避難行動をしているだろう。
だけど、もしもまだ避難できていない人がいたら……確かに、リーヴの言うとおりだ。
「お前の目的は違うやろ、お前の目的は兄弟何とかするちゅうことやろが、
 イチイチこないなことに関わっとったら、いくつ命あっても足らへんぞ。」
「………………」
リーヴの言っていることはとても合理的だ、正しい、だけど、もしもここで退いてしまって、
そのせいで人が死んだら…もしも僕が助けに行かないことによって失う命があるのだったら……

そのとき、こちらに女性がやってくる。
「あなた達!一体何やってるの!!早くこっちに!」
どうやら避難を誘導している女性のようだ。
「ちょうどええわ、はよ行くでボンクラ!他の奴らも異論ないな?
 ワイ等の手に負える事やないっちゅうことや、大人しゅうしといた方がええで。」
異論を唱える人はだれもいなかった、アクアさんもレベッカも、パルスも今回のことは仕方ないという顔をしてる。
そうなのかもしれない、仕方がないのかもしれない、だけど…………

「ちょっと!なにしてるの馬鹿!」
「助けに行くッ!皆は避難してくれ!!」
「ボンクラ!アホなことするんやない!!自殺する気なんか!?」
周囲の声を無視して、僕は馬車から降り眼前に広がる津波を見る、まだまだ到達するには時間がある!
「ハイアット君!なんでそうまでして!もう生きてる人なんかいないかもしれないんだよ!」
パルスの問いかけに僕は笑って答える。
「確かに生きてる人はいないかもしれない、でも生きている人はいるかもしれない、
 助けに行くのにそれ以上の理由なんて……いらないと思うんだ……」
この時代に来たときに誓ったんだ、もう俺はだれも見限らない、俺はだれも見捨てないって……

だから俺は走る、アーシェラに……皆に笑っていてほしいから……



155パルス ◆iK.u15.ezs :2007/05/22(火) 00:15:49 0
「ハイアット君、いけない!!」
引きとめようと伸ばした手は、届かなかった。ハイアット君は振り返ることも無く町並みの中に消えた。
行ってはいけない。これはただの津波じゃない。
勢い余って転びそうになる僕を、セイファートが後ろから抱きかかえる。
「放して……止めなきゃ!!君も感じるよね!?狂った破壊の意思……」
「ああ、とてつもなく強烈で狂っている……」
半年前に消え去った精霊ととてもよく似た、精霊よりもずっと手に負えない何か。
突然レベッカちゃんが叫ぶ。
「ラヴィがいない!!」
「何やて!?ちびっこいのまでおらんのか!?」
そんな混乱の中、土偶螺魔に乗ったアビちゃんが降りてきた。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。もう一つの危機が迫っています……。
天空の戦艦……破滅の歌姫……!」
「皆の衆!!あれを見てみよ!」
シャミィが鋭い声をあげる。彼女の見つめる先には、空の彼方に小さく見える何かの影。
「何なの!?」
「譲ちゃんの占いが正しければ……巨大飛空艇ニルヴァーナ。
獣人族の歌姫様の趣味の悪いオモチャじゃ!凶暴な奴でのう……何をするか見当がつかぬ」
獣人族の歌姫と聞いてレベッカちゃんが険しい顔になる。
「伝承で聞いたことあるよ。空魔天姫リリスラ……翼持つ者を統べる魔性の歌姫よね!?
……街人が一箇所に集まってる今襲われでもしたら……」
「乗って!街の方々の所まで案内して下さい!!みんな急げ!!」
セイファートが、女性に声をかけて荷台にのせ、ペガサス達に号令をかけた。

ラヴィは静まり返った街の中を駆けていた。
高すぎる誇り故に道を踏み外してしまったかつての友の元へ。
「アンナちゃん!!」
アンナは何も聞こえていないがごとく
巨大な大鋏を駆け寄ってくるラヴィめがけて振り下ろした。
刀身は地面に突き刺さり、石畳が粉々に砕け散る。
彼女にしかできないであろう素早い動作で攻撃を掻い潜ったラヴィは
アンナの方に向き直って語りかけた。
「ここは危ない、早く逃げよぅ!」
「まだそんな事を……。分からないなら何度でも言ってあげるわ!
私はあなたの大事な師匠を踏みにじった憎むべき敵なのよ!!」
容赦なく繰り出される二撃目。やはりラヴィは間一髪で避けた。
「分かってるよぅ!!憎い……死ぬほど憎い!黒包丁は必ず返してもらう!でも今はっ」
そこで三たび、アンナの包丁が振り下ろされる。
「それならかかってきなさい!」
間髪いれずに巨大な刃が閃いては地面を砕く。ラヴィはそれを無抵抗で避け続けた。
どれ程の時がたっただろうか。アンナがはたと動きを止める。
静寂に包まれた町並みに遠くから迫り来る微かな波の音が不気味に響き渡る中
アンナは、戸惑いが入り混じった瞳でラヴィを見つめ、震える声で叫んだ。
「私はね……あなたのそういういい子ぶった所が一番嫌いなの!
憎ければ殺せばいいじゃない!返してほしければ殺して奪えばいいじゃない!」
「そう思った事もある……でも!それじゃあ意味が無いんだよぅ」
ラヴィはアンナを見据え、はっきりと言い切った。
「ラヴィには分かる。先生は……そんなの望んでない!」
156パルス ◆iK.u15.ezs :2007/05/22(火) 00:17:51 0
ペガサス達にひかれて走る馬車の荷台の上で、僕はぼんやりとアスラの剣を見つめていた。
「アスラちゃん……君は知ってるのかな。どうしてハイアット君はああなんだろう?」
剣が淡い輝きを発する。剣の刀身が鏡のように映像を映し出す。
「答えて……くれるの?」

最初に見えたのは魔法文明が隆盛を極めていたころの情景。
美しい女性が、培養液の中から目覚めたばかりの二人の青年に語りかける。
『ハイアット、ハインツェル……はじめまして。私はアーシェラです。
今日からあなた達の友達。共に都市の皆を護ってゆきましょう』

次は精霊が暴れ始めた頃の時代。ハイアット君は自分が傷つくのを省みずに戦っていた。
誰も感謝しない。それどころか人間としてすら見ていない。
『うわ、またボロボロになってるよ。所詮演算装置だな』
『あんな古い型に頼ってないで早く新型ヴァルキリエを配備して欲しいもんだ』

その直後の光景だろうか、ハイアット君に治癒のブレスをかけるアーシェラさんの姿が見える。
『ごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりにいつもこんな目に合わせて……』
『何を言っているんだい? いいんだ、僕は皆を護るための存在なんだから。
誰かが傷つかなくてすむのなら……僕はどんなに傷ついたっていい』
ハイアット君は笑っていた。きっと笑うしか無かったんだ。
残酷な事実を受け入れて、笑えるようになるまでに、どんなに苦しんだことだろう……。

映像が消え、剣の刀身は、元通り淡い白い輝きを静かに放ちはじめた。
今垣間見たのは、都市の一部としてずっとハイアット君を見てきたアスラちゃんの記憶だ。
「そうだったんだ……」
アスラの剣を鞘に収めると、隣に座っているアビちゃんが話しかけてきた。
「パルスさん……私には分かりません。
津波を止めに行ったソーニャさんは……正しいのでしょうか?」
「バカだよ、とびきりの大バカだ!!ソーニャさんも……ハイアット君も!!」
「えぇえええ!?」
身も蓋も無い答えに驚くアビちゃんを尻目に、立ち上がって風纏う舞を組み上げる。
「バカだから……放っといたら死んじゃう!!」
ハイアット君は分かってない。自分になにかあったらアーシェラさんがどんなに悲しむか。
教えてあげなきゃ。人形なんかじゃないこと、代わりなんてどこにもいないこと!
荷台の底板を軽く蹴って、民家の屋根に飛び上がる。
「パル!! 降りてこい!いくらお前でも無理だ……!!」
下から叫ぶセイファートに叫び返す。
「ほんの少し時間をかせぐだけ!
ソーニャさんもラヴィちゃんもハイアット君も連れて必ず帰ってくる!」
「しかしっ……それは!!」
「大丈夫、僕を誰だと思ってるの? エルフの長、パルメリス様だよ!」
屋根の上を伝って一直線に町の西の方に駆けていく。
海岸のすぐ側まで来て、立ち止まる。相手が精霊と似たものなら、少しは抑えられるはず。
迫りくる狂った海原を見据え、精霊を鎮める最上位の霊法の詠唱を始めた
「――蒼き深遠に眠る海神 万物の根源 命抱く母……」

――ヒムルカの居城――
「おかしいわね……」
ヒムルカは僅かな異変を察知した。セリガが尋ねる。
「いかが致しました?我らが君よ」
「私の邪魔をする者がいるようです」
ヒムルカは思い出していた。黄金の仮面の人物のこと。
あの日、この世を恨みながら息絶えようとしていた自分に強大な力を与えた。
エルフ達が作り出した人造精霊獣を体に埋め込み、強引に同調させるという狂気の所業……。
手駒として利用されていると感づいてはいた。それでも彼女は受け入れた。
自分を裏切らないのは力だけだから。例えどれ程呪われた力であったとしても……。
「汚らわしい声は聞くな!!やっておしまいなさい!スフィーニル!!」
彼女は気付いていない。自分が人造精霊獣に精神を支配されてしまっていることを……。
逆らう者を叩き潰すべく、更なる魔力を解放する!!
157レベッカ ◆F/GsQfjb4. :2007/05/25(金) 00:59:01 O
視界一杯に広がる水の壁。あまりの大きさに、呆然と見上げるくらいしか出来なかった。
「ちょ…これはいくらなんでもありえないんだけど…」
そう言わずにはいられなかった。この街に迫って来る大津波、普通じゃない。
なのにハイアットは向って行った。ずっとヘタレ扱いされてたハイアットが…
街の住人達は避難したみたいだけど、ちょっと助かるようには思えない。
きっと津波は街を内陸部まで押し流すだろう。
にわかに避難して助かるとは思えない。だからこそアタシも腹を決めた。
あの時、彼が言ってた事の意味を、受け止めたから。


4年前

「なぁベッキー、歌で世界をひっくり返すことが出来ると思うか?」
テーブルに突っ伏したまま、突然タードがアタシに尋ねた。意味がわからない。
「何それ、出来る訳ないでしょーが。ほらほらどいて掃除の邪魔!」
箒で力一杯ケツをブっ飛ばし、アタシは床に転げ落ちたタードを睨んだ。
コイツが店にやって来て2週間になる。リュートの修理を依頼しに来たんだけど…
そのリュートが問題だった。本来なら博物館で展示されててもおかしくない代物。
400年前に龍人の職人シュクロフトの作った幻の逸品《ストラディガロス》。
現代のリュートに使われてる技術の、原型とさえ言われてる革命的な逸品なんだ。
だけど龍人戦争末期に帝都ドゥラガン陥落の際、焼けて失われたって聞いてた。
普通なら偽物だと思うけど、アタシのパパは品を見るなり顔色を変えた。
それがなによりの証拠。このストラディガロスは正真正銘本物だったって訳。

でも不思議なのは、何故タードがストラディガロスを持ってたのかって事。
その辺を聞いても、「とっつぁんの形見だよ」としか答えてくれなかった。
もう2週間も経つのに、アタシはタードの事を何も知らない。
ガキみたいにコロコロと表情が変わって、いつも根拠無しの自信に満ちている。
不思議な人だった。
今でこそ認めるけれど、アタシはタードが好きだったと思う。ムカつくけどね。
「いてててて、酷くないか!?いきなりはやめろよ、心の準備が…」
「はいはい今からブっ飛ばしまーす!」
「ちょ!?まだ準備でき…いてえええぇぇッ!!!!」
毎日こんな調子。1日中ぐうたらしているタードに、アタシは何かとちょっかい出してた。
158レベッカ ◆F/GsQfjb4. :2007/05/25(金) 01:00:47 O
「ところで話を戻すけどな、歌で世界をひっくり返すことが出来ると思うか?」
「それは何?歌で世界中に流行を巻起こすって事?」
いい加減まともに答えてやらなきゃ可哀相な気がしたから、適当に返事をした。
「いやいや違うって、言葉通りの意味だよ。海を割り、山を揺るがす!みたいな」
「はぁ?そんなの出来っこないでしょ、常識的に考えて。あんたバカ?」
突拍子も無い話に思わず声が大きくなっちゃった。でも普通ありえないでしょ?
「それが出来るんだな、マジで。大昔の龍人達は歌で世界を支配したって言うぜ?」
「古代セレスティア文明のこと?知ってるわよ、学校の授業で習ったもん」
「…お前、結構すげーな。知ってるとは思わなかったよ」

なんか馬鹿にされているような気もしたけど、とりあえず流しておいた。
古代セレスティア文明、古き支配者達の繁栄と衰退の歴史。
まあアタシも授業で習ったのはほんのちょっとで、しかも実際には赤点だったけど…
「でもそれって大昔のことでしょ?今の人間には無理だよ」
「そいつはどうかな、歌ってのは魔法そのものだからな。操術の呪文だって元々は歌なんだぜ」
へらへら笑ってるタードだけど、その目は真剣な輝きが宿ってる。
なんだかこいつが言うと本当に正しい事のように聞こえるから不思議…
「“力在る言葉”は歌という形でこそ真の力を発揮するもんだ、龍人とかは関係無いさ」
「じゃあアタシでも歌で世界征服とか出来ちゃうって?プッ、バカバカしい」
笑っちゃったよ。いくらなんでも無理に決まってるんだもん、タードってばホント変な奴。
「マジな話なんだけどなぁ…」
そうぶつくさ言うタードを蹴っ飛ばし、アタシは掃除を再開した。


再び現在

アタシの歌で世界をひっくり返すよ、タード。なんかマジでやれそうな気がする!
“力在る言葉”…ジャジャラの盾だって、要するに同じ理屈なんでしょ?
だったら出来る!あの時はアタシ達だけだったけど、今度は違う。
ロイトンの人達がアタシの後ろにいる。ほんのちょっとの迷いが失敗につながる。
『…水面揺るぎ事適わず、こと静寂たる深き…』
遠くから呪文が聞こえてきた。この声はパルだ!そうだよね、逃げたり出来ないよね!
「パル!そんなお行儀よくしたってダメダメ!!こういうのにはやっぱ…ロックでしょ!!!」

腹の底から絞り出したアタシの声が、周囲へと広がってくのが“見えた”。
タードが言った事の意味…“力在る言葉”に龍人とか人間とか関係なんか無い!!
159レベッカ ◆F/GsQfjb4. :2007/05/25(金) 01:03:46 O

〜♪Over the Rainbow♪〜

壊れてた羽根が もう一度だけ空を目指して飛ぶぜ
邪魔くさい風を裂いて 無限に続く明日へ 羽ばたけ
いつだって見上げるばかりだった空も 今は遥か彼方
あの虹の橋をブっ飛び越えて 運命のドア蹴り開けろ!

そうさ きっと 何処までも翔べる お前が諦めたりしない限り!
そうさ ずっと 何時までも行ける 目指した場所がある限り!!
失うことばかり考えて 立ち止まったら最後だろ?
人生1回きりの博打 賭けるならやっぱ大穴狙いさ!!


出来やしないと 塞ぎ込んでた日々にサヨナラしたら
イラナイ思い出と 辛気クサい雨雲を 蹴散らしてけ
いつだって遠くに見えただけの空も 今は遥か彼方
あの虹の橋をカッ飛ばしたら 運命のドア蹴り破れ!

そうさ 絶対 何処までも翔べる お前が諦めたりしない限り!
そうさ 絶対 何時までも行ける 目指した場所がある限り道は果てしない!!

遠ざかる故郷が 豆粒みたいになったら
もう後戻りなんざ めんどいコトは考えんな!
行ける所まで全力で行け!
ブッ倒れるまで全開で行け!
泣きたくなったらちょっぴり泣いて!
悔しくなったら地団駄踏んで!
笑いたくなったらトコトン笑え!!!!

そうさ きっと 何処までも翔べる この夢が終わらない限り…

そうさ 絶対 何処までも翔べる お前が諦めたりしない限り!
そうさ 絶対 何時までも行ける 目指した場所がある限り 道は果てしない!!

〜♪♪♪〜
160レベッカ ◆F/GsQfjb4. :2007/05/26(土) 21:41:23 O
歌が広がる、どんどん広がって行く!!歌詞に込めたアタシの“想い”が!!!
津波は動きを止めた。まるで時間が止まったかのように、ピタッと止まった。
魔旋律の組み合わせで発動させる効果を決めるってのは、なんか難しいと思ったけど…
ぶっつけ本番でも案外上手くいくもんだ、特にアタシの場合は“歌”と“楽器”。
組み合わせる旋律のパターンはかなり多い。で、何かを考えながら唄うのは疲れる。
一応は音楽でメシ食っていくって決めてたから、ミスったりはしなかったけどさ。
さぁこっからが正念場だね…多分世界で一番でっかい客だもん。ハンパじゃあダメだ!!
『〜♪泣きたくなったらちょっぴり泣いて〜!悔しくなったら地団駄踏んで〜!』
パル!?一緒に歌ってくれるの!?驚くアタシに笑顔とVサイン、あんたってば最ッ高!!
だったら負ける要素は無いよね!アタシ達の歌をトコトン聴きやがれってんだ!!!!


海底、ヒムルカの居城

信じられないといった顔だった。ヒムルカのそんな表情をセリガは初めて見た。
如何なる時も絶対美、この世で最も揺るがぬ美貌が…怒りに醜く歪んだのだ。
いや、醜いが美しい。心臓を鷲掴みにされたような感覚すら覚える怒りの美。
「あ、あの…私が出ます。必ずや奴らを仕留めて御覧に…」
「構わぬ…………」
「…え?」
セリガは己の耳を疑った。途中からは聞き取るのが困難なほどに小さな呟き。
だがセリガにはかろうじて聞き取れた。『私が直に殺しに行く』と。
「なりませぬぞ」

玉座から立ち上がったヒムルカを制したのは、タナトスであった。
「貴女様は我々の希望なのでございます。ここで命を落とされて…」
タナトスは最後まで喋る事を許されなかった。白くしなやかな腕が老亀の首を絞め上げた。
「命を落とす?誰がだ?」
薄く笑うと手に力を溜める。ギシギシと鱗が軋み、タナトスの足は宙に浮いた。
「この私を誰と心得るや、タナトスよ。人間風情が私を死なせられると思うか?」
ヒムルカの強さは、アクアノイドならば誰もが知っている。仮にも七海の女帝。
人間相手に敗北など考えられぬ。しかしこの老亀は女帝を制しようとした。
女帝の機嫌を損ねれば、待つのは死だけだ。にもかかわらず、タナトスは進言した。
それは何故か?

ヒムルカと同じく八翼将に名を連ねる、大祭司ザルカシュの助言だったからだ。
今から半刻ほど前に突如として訪ねて来たザルカシュは、タナトスにそう命じたのである。
タナトスは正確にはアクアノイドではない。大洋を棲息域とするケロン種のリザードマン。
つまるところがザルカシュの部下である。
「ふん、我が僕に腰抜けなぞ不要。失せるがよいわ」
そう言うとヒムルカはタナトスを放り投げ、玉座の間を後にした。
(臆病風に吹かれたか、ザルカシュめ…)
ヒムルカは美しい髪をかき上げ、戦の支度に取り掛かった。
その手に取るは三又矛、その身に纏うは蒼鱗の鎧、荒ぶる大海の女帝が再び戦場へ出陣す。

それは実にニ百と五十余年ぶりのことであった。
「いざ往かん!偉大なる海魔の同胞達よ!!陸でしか生きられぬ下等なゴミ共を根絶やしにする!!!!!」
161アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/30(水) 00:15:12 0
「・・・待て・・・・」
静かな声だがはっきりと響き渡る声がその場を包んだ。
「待て・・・・とは私にいったのかしら?」
ヒムルカが声の主、タナトスを睨み付けた。
「待てと言うのがわからぬかぁ!!この小娘がぁ!!!」
怒声爆発、その場にいた全ての物がその怒気に凍りつく、それはヒムルカとて例外では無かった。
「このタナトス、おひい様がまだ乳飲み子の時から戦場で闘っとたわい、そのわしが待てと言うておるんじゃ。」
「何か策でもおありなのですか?」
セリガが尋ねる。
「無論じゃ、怒りに任せては勝てる物も勝てぬしのぉ、それに・・・」
「それに?」
ヒムルカが怪訝な顔をした。
「ザルカシュのガキの顔は一応たてたしのぉ・・・。」
その時、何も無い空間にザルカシュが転移してきた。
「ちょ、タナトスはん、ヒムルカはんを止めてくれるんじゃなかんたんでっか!?」
登場するなり早口でタナトスに様々まくしたて、詰め寄るが、
「だぁまぁれえーーーーい!!こぉの小童がぁ!!ケロン族が陸の物共にされた仕打ち知らぬ訳ではなかろうが!!」
その迫力にザルカシュは尻餅をついた。
「遥か昔からわしらの一族は陸の物共に捕らわれ男は甲羅を剥され武具に、女は慰み物の目におうてきたわ。千載一遇のこの気臆する訳なかろうが!!」
ドンと足を踏み鳴らしザルカシュの顔を老亀は見据える。老亀にしてみればまだ若い大魔道は顔を紅潮させて反論に転じた。
「ちょいまちぃな!!タナトスはん、あんさんウチ等リザードマンの眷属やなかったんですか!?せやったらウチに従うのが道理や・・・」
「わしの主はわしが決めるわい!!わしの主はおひい様ただ一人じゃ」
取り付く島も無い老亀の反論にザルカシュは押し黙ると、今度はヒムルカの方を見やった。
「ヒムルカはん これ以上は無意味や、軍を治めて撤退してや!!。」
「何を迷いごとを・・・・これからでしょうに」
「このままだと八翼同士で潰しあいになるで!!」
この言葉に広間にざわめきが走った。
「リリスラはんがぶち切れてあんさんらをぶちのめす為にこっちに向ってるんや。」
だが、ヒムルカは驚くどころか笑ったのだ、それどころかタナトスまでも笑ったのだ。
「今更、血の鼓動に従うとは、歌姫の翼も錆びたものよのぉ」
「ふははは、まったく、とるにたらぬわ!!」
さらにその不気味な笑いはヒムルカの手下全てに蔓延してゆく。
「な、なんなんや、何が可笑しいちゅうんや・・・」
その時、ヒムルカが手を掲げた。一瞬にして静寂が支配する。
「我が配下の物共よ、我々は全ての敵を・・・・」
『食い殺す!!』
「従うのは・・・・・」
『我が本能!!』
「立ち向かう敵には・・・」
『全てに死を!!』
「全ての敵に我らの恐怖を刻み込め!!」
『おおおおおおおおおおお!!!』
「出陣せよ!」
慌しく出陣の準備が始まった。ザルカシュは先を急ぐヒムルカを引きとめようと回り込む。
「なんで解らないんや!?戦う必要まったくないやろが!!しかも無駄に破壊しとる!!今は必要ないんや、そんなん!!」
ぴたと足を止めヒムルカがザルカシュを見据える。そこには侮蔑の表情が見てとれた。
「・・・・失せろ、、臆病風に吹かれた物に用は無い」
そしてまた歩き出す。
「・・・・・・絶対に止めて見せるからな・・・見ときぃやぁ・・・」
多少の落胆の色を残し、ザルカシュは転移した。
162アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/30(水) 00:16:04 0
「リリスラはん!!これ以上の進軍は止めるんや!!」
いきなり目の前に転移してきたザルカシュを驚きつつ怪訝な顔でリリスラは見据えた。
「いきなり現れて進軍するなってどういう事だよ!?」
場合によってはぶっ殺すと言う言葉を飲み込みつつ、リリスラは構えた。
「八翼で争うなんて無意味やろ、それに今は一つでも希望は多いほうがええねん!!」
その後、ザルカシュのいかにこの争いが無益なのかの弁舌がニルヴァーナの甲板上で繰り広げられる。
「・・・・成程な・・・」
リリスラは玉座に黙って座りその言葉に聞いていた。
「解ってくれたんか?なら今すぐにでも」
「全軍に告ぐ 最高速で前線に移動!!敵を撃つ!!」
「な、なんでやの!?今までの話聞いてへんかったんかい!?」
ザルカシュが予想外の反応にたじろいだ。リリスラがその射抜く様な眼差しを向けた。
「相手が向ってくるんだ!!ここで退いたら恥だろうが!!」
ザルカシュを邪魔だと言わんばかりに押しのけて船の舳先にリリスラは立った。
「目の前にいる奴は仲間以外はぶち殺せ!!空の勇者達の力を見せくれよ!!」
『おおおおおおおおお!!』
リリスラの鼓舞に翼ある者達は色めきたったのだった。
「なぁ、ザルカシュよぉ・・・あんたも変わったよな。」
リリスラが遠い過去を見つめて呟いた。ザルカシュは静かに聞いていた。
「昔ならあんたは真っ先に暴れてたよな・・・・・・」
二人の心は遥か昔の遠い記憶に運ばれていた。
「あんさんは戦う事によく怖がった泣いてはったわな」
「ああ、でもな、私は変わった・・・変わらなければならなかった。必要だったんだ。だから私は私の信じる道を進む」
その目にはこれからの八翼同士の激突に臆する事ない一人の武人の姿があった。
リリスラの決意に触れ、ザルカシュはただ何も言わず一人転移した。
163アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/05/30(水) 00:18:21 0
「なんでや・・・・・なんで二人とも解らへんのや・・・・・」
ロイトンの街のとある建物の屋上で黒衣の男は呟く。その脳裏にはあの日以来からの自分の奔走ぶりを走馬灯の様に思い浮かべていた。
多くの同胞が血を吐き倒れたあの日以来、戦場に眷属を連れて行くのは止めた。全ての戦場には一人でいった。
もう自分の目の前で仲間が死ぬのは見たく無いから、幸い大魔道と呼ばれるほどの魔術の才がそれを可能にした。
眷属の助けになればと思い利に走る様になった、他の同胞からは随分変わったと言われた物だった。
利に走るうちに同胞以外の物たちとの接触も多くなった。そのうち少しずつ考えが変わった。

みんなで楽しくなれへんかな?

そんな時、星見で危機を知った。そして奔走した。
被害を最小限に抑える為に裏工作も行った。だが、結局は多くの命が消えていった。
自分の力はそんなものかと落胆した。それでも奔走した。

ザルカシュはうなだれていた頭を上げて前を見据えた。
「まだ・・・・・やな、まだ希望はある!!」
ザルカシュは目を見晴らす。その目には複数の人物が映っていた。
時を越えたホムンクルス、エルフの女王、ホビットの娘、修道女、占い師、炎の化身、様々な人々が映し出され、最後に、最後に映し出されたのは・・・・
「こいつならもしかしたらやれるかもしれへん」
そう言い残しまた何処かに転移したのだった。

「津波が消えましたね」
お二人の強力技にて津波が消え失せましたが、私の脳裏には警告の鐘が鳴り響いておりました。空に浮かぶ飛空艇のせいか、否、そうではありません。
「今のうちに避難を・・・・」
レベッカさんの声は轟く大音声に遮られてしまわれました。海の方から怒声が聞こえてまいります。闘いの再開の合図で御座います。
その獣の咆哮はこの先の死闘を予感せずにはいられなかったのでございます。
164アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/31(木) 23:03:09 0
津波の消えた海を黒く染め、ロイトンへと進むヒムルカ率いる海棲種族たち。
ニルヴァーナから飛び立ち、空を黒く染めロイトンへと羽ばたくリリスラを筆頭とする鳥人たち。
二つの軍がロイトン沖で今接触をする。

「ヒムルカァ!随分とセコイ事してくれるじゃねえか!このあたしを舐めた代償はでかいよ!?」
荒波の中でも良く通る怒声が響き渡る。
「ふん、同じ八翼に並べられて勘違いをしたか。下賎の者が気安くわらわに声をかけるでないわ。」
怒髪点を付く形相のリリスラを侮蔑の眼差しで見返し、手に持つトライデントを薙ぎ払う。
空中に立つリリスラにその刃は届くはずもないのだが、リリスラは目を見開き首をそらした。
数秒後、浮き上がるようにリリスラの頬に赤い筋が浮かび上がり、血が滴る。
ヒムルカの薙ぎ払ったトライデントから高圧縮された水の刃が放たれたのだ。
余りにも高密高圧縮の為、薄さは既に目に映る範囲をはるかに下回る。
「て・ん・め・ぇ・・・・!!!」
色めき立つ両軍。
一触即発。
否、既に一触し即発するまでの刹那の時間、異変は起こった。

沖に立つ巨大な水柱!
空を焦がす光柱!
水柱にヒムルカの居城であるキングクラブは押され、光柱にニルヴァーナは揺るがされる。
「なにがあったぁあ!?」
「何事!?」
異口同音に振り返る二人の八翼将の目に、水柱からその威容を表す巨大なモノが映る。
巨大な砲を担いだ歪な人型。四足歩行の巨大にして豪壮な、獣性溢れる人型兵器、グレナデア!!

その姿にあっけにとられる二人が、はじけるようにその場から退く。
直後、海を割り空を咲く衝撃波がヒムルカとリリスラのいた場所を引き裂いた。
海岸に目をやると黒い影がいくつも立っている。
その中の一つの影が、拳を振りぬいた体制で立っている。
信じがたい事だが、今の衝撃波は拳撃なのだ。

「のやろぉ・・・あの木偶人形はニルヴァーナで潰せ。
ヒムルカ、あんたの津波、消したのはあそこの連中だね?いい声してるじゃないか。
・・・あの連中を殺せば自動的にあたしはあんたの津波を消せる事になるわけだ・・・。
あんたをぶちのめすのはその後だ。せいぜいヒス起こしてな!」
不敵に笑い、リリスラは軍を率いて空を駆ける。
リリスラの怒りは頂点に達していたのだ。
もはやただヒムルカを叩きのめすだけでは気がすまない。
ヒムルカのプライドを打ち壊した上で叩きのめす為に。

「ふん、あのようなもの我がキングクラブで藻屑と化すわ。
それより・・・我が津波を消したのはあやつらか・・・いいわ、鳥どもなど後回しぢゃ。皆のもの!」
ヒムルカも怒り心頭。
己が津波を消した者達への鉄槌を優先させたのだ。



「リリスラはん、ヒムルカはん、わるう思わんといてや。
もう、こうするしかあらへんのや。」
ロイトンの住宅部でひときわ高い屋根の上で黒衣を纏ったザルカシュが疲れた声で呟いた。
そう、これは全てザルカシュの仕組んだ事だった。
165アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/31(木) 23:05:26 0
ヒムルカとリリスラの説得に失敗したザルカシュは焦っていた。
二人が激突すれば確実にどちらかが、悪くすれば両方とも死ぬ。
喩え生き延びたとしてもただではすまないだろう。
それでは来る聖戦を戦う事が出来ない。
どのような手段を用いてもそれだけは避けなければならなかった。

まず最初に行ったのは、ロイトン沖の時空の歪みの修正だった。
強大で強力な力が時空の狭間に囚われている事を観測により知ったザルカシュは躊躇はしなかった。
キングクラブ、ニルヴァーナと、巨大兵器を要する二人に対抗するだけの力を持つものが早急に必要だったからだ。
その中に何が囚われているかもわからない、一種の賭けだったのだが・・・

##############################################

二週間前、復活したマイラの防御システムから脱出する為にレジーナとディオールはグレナデアに乗り込んでいた。
都市防衛機能とグレナデアの戦闘はその大火力によって、空間を歪める事になる。
結果、時空の歪が生じ、その狭間に囚われてしまったのだ。

それがザルカシュの手によって修正され、元の世界に戻った二人は混乱した。
時空の狭間は時間の流れすら現実世界とは異なる。
現実世界で二週間以上たっているが、二人の時間は数分しか経過していないのだ。
「ディオール!動けた!って、何!蟹?嘘!いつの間に獣人の侵攻が!?早過ぎない!?」
「レジーナ、分かったから一々蹴るな!」
「いいから撃って!」
混乱の中、グレナディアはディオールとレジーナに操られ戦いを始めたのだった。

###############################################

時空の歪みを修正し、強大な力を呼び起こしたがまだ足りない。
まだ敵が足りない・・・。
166アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/05/31(木) 23:08:16 0
「・・・時空震・・・!何か来ます!」
「あーもー何が来ても驚かへんでー。」
荷馬車に残っていたアビサルが異変に気づき、警告を発するがリーヴは動じる事はなかった。
目の前で巨大な津波が消えた衝撃で、驚く、という感覚が麻痺していたのだ。

その二人の前に現れたのは黒衣を纏ったザルカシュ。
警戒するアビサルとは裏腹に、全く動じないリーヴに少々拍子抜けしたようだった。
「なんやもうちぃと驚いてくれへんとやりがいがあらへんわ。ってまあ、今は急ぎやさかい話がはよおて助かるけど。」
「いやもう、そのくらいの芸では驚からへんて。顔洗って出直してきぃ。」
「そらすんまへん。ほな顔洗ってきまっさかい洗面所はどこでっか?」
「・・・あ、あの・・・?」
「なんやあんさん、人がせっかくボケてるのに突っ込んでくれへんから止まられへんかったやんか!」
「あ・・・すいません・・・」
リーヴとザルカシュの奇妙な会話に恐る恐る口を出すアビサルだったが、ザルカシュに駄目だしをされてしまった。
申し訳なさそうに俯くアビサルにちょっとバツが悪そうに咳払いをした後話を切り出した。

「あんさんらはいかへんのか?敵が仰山来るのに、仲間はみんないってんねやで?」
「いかへんかも糞もあるかい。こっちはまっとうな人間やってんのや。あんな化け物バトルにしゃしゃり出ても二秒で殺される自信があるんや。
わざわざ死にに行くような事できるかっちゅうねん。」
リーヴの言葉を聞いたザルカシュの表情が明るく変わり、口調も軽くなる。
「そう!そんなあんさんにええもんありまっせ〜。これ一つであんたも超戦士に早変わりっちゅう夢のアイテム!
青狸かてこんな便利な道具は出せへんよ!?」
そう取り出したのは黒い欠片。
スターグのクローンを作り出す時に使用し、余った物。

「なんや、いきなり現れてそんな怪しげなもん出されてハイくださいいえる奴なんておるかいな。」
「まあまあ、そう遠慮線と。あんさんやないとアカンのや。ほ〜れ。」
怪訝そうに手を振るリーヴィに、ザルカシュは黒い欠片を飛ばした。
黒い欠片は意思を持つように飛来し、リーヴの額に張り付く。
「リーヴさん!あなた、一体何をしたんです!?」
「だーとらんかい!今重要なとこやねん!!」
驚くアビサルを一喝し、高らかに呪文を唱え始めるとリーヴの体が光に包まれる。
その光の中のシルエットが、見る見るうちに変化していった。
その身体は一回り大きく・・・否、まるで甲冑を纏ったように・・・

光が収まったとき、そこには外骨格を纏ったリーヴがいた。
「なんやこれは・・・!カッコ悪!って、力が漲るでええ!!!!」
叫んだだけで気は荒れ狂い、馬車がひっくり返る。
アビサルもザルカシュもローブをはためかせ、立っているだけで精一杯だった。
「うまくいったようやな。これであんさんはクラックオン筆頭戦士スターグに匹敵する力を得たんや。
さあ、はよおいって仲間助けたってや。」
ザルカシュがリーヴを選んだのには訳がある。
下手に何かを宿していたり力を持つものだと、拒否反応が出る恐れがある。
だから、ただの人間であるリーヴである必要があったのだ。


「リリスラはん、ヒムルカはん、わるう思わんといてや。
もう、こうするしかあらへんのや。」
持て余すほどのパワーで海岸へと向かったリーヴを見送りながら、ザルカシュが疲れた声で呟いた。
これで一先ずの仕掛けは終わったと安堵したのだ。
もはやリリスラとヒムルカの衝突を避ける為には共通する強力な敵が必要だった。
グレナデアとスターグレベルの力を授けたリーヴを出現させる事で、その目論見は達成されたのだ。

「スターグ・・・記憶にあります・・・龍人戦争で暗躍したクラックオン族の名前・・・
あなた、何者です・・・?」
太極天球儀を展開させ、アビサルが戦闘態勢で睨みつけた。
「・・・ああ・・すっかり忘れとったわ・・・
それにしても記憶にあるって、幼い顔して何歳やねん?」
突っ込みをしながら、目ざとく周囲の異変に気づいていた。
何らかの力場が形成され、転移を封じられていることに。
167パルス ◆iK.u15.ezs :2007/06/02(土) 00:31:28 0
「誰!?」
僕は突如現れて衝撃波を放った人物に根本的な質問をした。
「ワイや!リーブや!!」「なるほど!」
納得したところで、ハイアット君が皆に警告する。
「気をつけろ!両軍とも来るぞ!」

有翼種族達のひときわ高い場所に豪奢な両翼を広げて滞空するのはハーピィの歌姫。
その華麗なる声で、眷属を駆り立てる!

〜♪〜
いざ行かん猛き勇士達よ 今こそ来たる審判の時
強き者は生き 弱き者は滅す 不変の世の理なり
我らに背きし者に死を 刃向かいし者に裁定を
正しき誓約の翼にかけて 必ずや 勝利を修めん
〜♪〜

文字通り旋風を巻き起こし大地を揺るがす歌が、激戦の始まりを告げた!!


リリスラの歌が辺りに響き始めた頃。
シルフィールが何かに操られているかのように飛び立とうとしていた。
セイファートがただ事では無い様子を感じ、飛び乗って首筋に組み付く。
「どうした!? 落ち着け!!」
必死の声は届かず、シルフィールは飛び去っていった。跳ね飛ばされるセイファート。
「こんな事は初めてだ……」
空を見上げて呟くその声には焦燥がありありと滲み出ている。無理も無い。
今や自分の体の一部のような存在が理解不能な行動を取ったのだ。
シャミィが険しい顔で告げる。
「ペガサスが何かは知っておるかの?
今でこそエルフの騎馬になっておるが元は空魔の眷属……」
「馬鹿な……それじゃあシルフィが古代種だっていうのか……!?
今までそんな気配は一つも……」
信じられないといった顔をする。ペガサスの古代種は、フェザーフォルクと
呼ばれる人間形態になる能力を持つ、魔術唱歌の歌い手であるはずだから。
我に返ったセイファートは、騎乗用のランスを持ち、レミリアのペガサスに飛び乗る。
「頼む、ミル!!あいつを追ってくれ!!」
「あそこに突撃するじゃと!?死ぬ気かたわけ!」
「あいつを止められるのは私しかいないんだ!!」
止めても無駄だと悟ったシャミィは飛び立つペガサスに一緒に乗った。
「毎度世話が焼けるのう」

――私は何をしているのだろう? 早くセイファートの所に帰らなきゃ。

――セイファート……?あのような取るに足りないエルフにこき使われてきたとは……!!

――違う……助けて……こんな歌聞きたくない……。

――私は翼持つ空魔の眷属……リリスラ様の忠実なる僕……。
168 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/02(土) 18:03:35 O
グレナデア内部

「まいったわね…」
「あぁ、全くコントロールを受け付けないとはな。一体どうなってるんだ?」
グレナデアのメインブリッジで、外の激戦を見ながらレジーナと黒騎士は困り果てた。
先程から始まったグレナデアの暴走は、2人の想像を遥かに越えるものだ。
「見つけたからよ、“敵”を…」
レジーナは忌々しげに唇を噛み、呟く。そう、グレナデアは見つけたのだ。
1万2千年前に倒す筈であった“敵”と酷似した存在を。
それは“アニマ”、ヒムルカがその身に宿す“造られしモノ”である。
「ディオ、このままだとまずいわ。脱出するわよ」
「な!?どうやって脱出するんだ!外の状況が見えないのか!?」
突然過ぎる提案に声を荒げる黒騎士を、レジーナはいきなり無言で殴り飛ばす。
「転移術があるでしょうが、クルー全員をロイトンまで運ぶのよ」
「……無茶だ、私にはそこまでの大規模な転移術は使えない…」
うなだれたまま、黒騎士が力無く答える。そんな黒騎士を見つめるレジーナの瞳には…
「あなたって昔っからそう!いつも自分の限界を勝手に決めて!そこに逃げ込む!」
その言葉に黒騎士の肩が震えた。
「出来ないって決め付けたら、そりゃ楽よね!失敗したってそれで済むんだもの…
でもね、そんなの本当のあなたじゃないわ!黒騎士でしょ?最強の称号が泣くわよ!!」

幼馴染みの叫びに、黒騎士は衝撃を受けた。いつからだろうか、己の限界から目を背けたのは…


央に至る門

ギュンターはクロネと向かい合って話をしていた。これまでと、これからを。
「断龍よお、俺は正直言って戦いたくねぇんだ。なんとか止められないか?」
クロネは「ふむ…」と頷いたまま、動かない。何かしらの思案をしているのだろう。
「難しいな。奴らは拙者の言葉に耳を貸しても、聞き入れる事はなかろうて」
2人の溜息が重なる。ギラクルとゴロナー、そしてゴウガ。
彼等はまっすぐにこの地下洞窟を目指している頃だろう。そしてそれを阻む術は唯一つ。
だからこそギュンターはクロネに頼んだ。しかしそのクロネから出た答えが『無理』であった。
「ここで俺と殺り合って勝てる奴なんざ、この世に1人しかいねぇよ」
ラタガン渓谷での戦いでスターグの実力は見切った。あれで一番腕を上げたというなら…
他の八翼将に勝機は絶対に無いと、断言できる。
「で、その1人ってのは絶対に俺に剣を向けたり出来ねー奴なんよ」
そう言うとギュンターは悲しげに笑った。


グレナデア内部

黒騎士がゆっくりと立ち上がった。その顔に先程までの弱々しさは微塵も残らない。
レジーナの言葉が、そして、再び戦うこととなる男との約束が、彼を立ち上がらせた。
「そうだったな…私は黒騎士だった」
「ディオ…」
「レジーナ、クルーを皆ここに集めるぞ!時間が無い!!」
龍人の社会に“名誉職”などは存在しない。最強の称号は文字通りの意味を持つ!!
古代セレスティア文明の時代、白き女王の側を片時も離れず守った黒き守護騎士…
遥か古より続く最強の騎士の血脈は、永き時を経て再び現代へと甦ったのだ!!
169リーヴ ◆DMluABX9IM :2007/06/03(日) 12:39:11 0
大群、それ以外に表現できない、空には埋め尽くすほどの黒い影が舞い。
海からは潮が満ちたように次々と敵が現れ、グレナデアという巨大な物体の出現。
混沌としている状況の中、凄まじい速さで魚人達を切り裂き、滑空してきた鳥人を引き千切りながら進む一つの影がある。
敵の臓物を体に巻き付け、返り血を浴び紅く染まった黒き甲殻をまとった男、
黒き鎧を纏うことで高名なのは公国の黒騎士だ、黒騎士は最強の証。その姿に民は畏敬の念をこめる。
だが、いま敵の血を浴び、暴れまわる黒き甲殻を纏う男はその黒騎士などとはわけが違う。そもそも、
いま暴れまわる男は少し前まではただの人間だったのだ。龍人でもなんでもない、刺されれば死ぬような人間……

リーヴの変貌ぶり、そしてあまりの戦いぶりに味方であるハイアットやパルスでさえ、恐怖を覚えずにはいられなかった。
そう、あまりにも人間離れしていた。幾刃もの刃が体に突き刺さり、凄まじい数の矢傷を拵えながらも全く意に介さぬように突き進む黒き獣に。
(なんや…この力…敵がスポンジみたいや……いや、そんなことよりもなんやこの感覚……おかしいで……)
だんだんとリーヴが異変に気づき始めたとき、凄まじい衝撃がリーヴの体を襲い、さすがに仰け反る。
「てめぇ、こっちが下手に出てりゃあ、よくもやってくれたじゃねぇか!!ぶっ殺してやる!!」
激昂したリリスラの声が響く、見ると鳥人の死骸があちこちに散らばっている。リーヴに巻き込まれて死んでいったのだろう。
「阿呆!お前らがロイトンにこなかったら別にこないなことしとらんわ!!」
そう言ったとき、リーヴの体にトライデントが突き刺さる、トライデントは着ている鎧など関係なしにリーヴの腹を貫き、
その衝撃で建物を壊しながら吹き飛ぶ。だれがどう見ても即死、としかいいようがなかった。

「ヒムルカ、てめぇ!あたしの獲物を取りやがったなぁ!!」
「ふん、お主は初撃であの者を倒せなかった、じゃがわらわは一撃であの者を葬った、どっちにしろわらわの方が……」
リリスラとヒムルカが言い争っている時、二人に数メートルはあろうかという壁が飛んでくる。
トライデントの水圧と空へ上昇、二人とも問題なく回避はできたが、問題はそこではなかった。
そう、一体だれがこの巨大なものを二人に投げつけたのか……問題はそこだった。
「おい……あいつ……死んでないぜ」
建物の瓦礫の中に立つ一つの影、リーヴはまだ息絶えていなかった。しかし、どう見ても異常だった、
血は甲殻の隙間からとめどなく溢れ……足の一本は本来とは違う方向にひしゃげている。
おそらくリーヴの肋骨は先ほどのトライデントほとんどがイカれているだろう、
内臓もトライデントが貫通しボロボロのはずだ。だが生きている…………
(なんや、おかしいで、痛みもない、恐怖もないんや、心臓の鼓動しか聞こえへん……なんなんやこの感覚)
リーヴが自分の異変を感じている時、どこからか声が聞こえる、全てを憎んだ声。
しかしリーヴはこの声が怖くなかった。なぜだか、自分への救済のようにも感じた。
『全てを憎め……殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ、
 絞殺し蹴殺し殴殺し切殺し突殺し斬殺し滅殺しろ……獰猛な全てを解き放て……』
そして、リーヴはうなり声を上げる、足が元の位置に勝手に押し戻され、その死に掛けの体を引き摺りヒムルカとリリスラに向かって走り出す。
その姿は呪われた獣そのもの………………

「こやつ、これで終いじゃ!!」
凄まじい速度で襲ってくるリーヴにヒムルカは水圧のカッターを噴射する。
しかし、あたらない、そう、当たるわけないのだ。本来人間は自らの力を抑えている。そして、痛みとは体への危険信号、
しかし、今のリーヴには痛みなどない。そう、命を燃やすようにただひたすら限界を超えた力で突進し続ける。
リーヴの動きはもはや龍人や人間が取れる動きを遥かに凌駕している。当たるわけなどない。
そして、リーヴはヒムルカに拳を一発食らわせる、それだけでヒムルカの体は空へと浮き上がり、血反吐を撒き散らす
しかし、同様にリーヴもダメージを受けている、殴り抜けた腕が折れている。それだけじゃない、近づくために走っただけで骨は軋み、傷口は広がり、
甲殻からは先ほどの比じゃない血が流れ出ている。おそらく、このまま戦えばリーヴはヒムルカもリリスラも倒せるには倒せる、
だが体はもう手の施しようもないほどに傷み、死が待っているだろう。だが、止まらない、止まれない、声が響き続ける限り。
170戦乙女ルシフェル ◆iK.u15.ezs :2007/06/04(月) 00:08:50 0
セイファートは自分の目を疑った。
目の前にいるのは、御伽噺に出てくる天使そのものだった。腰まで届く白銀の髪の女性。
しかし、その背から生えた翼は紛れも無くシルフィールのものだ。
「シルフィール……?」
彼女は透き通った、しかし刃のような怜悧な声で告げた。
「来るな!それ以上近づいたら殺す」
シャミィが語りかける。
「考え直せ、あやつは変わった……。お前さんが仕えた可憐な歌姫はもういない」
「もう一度言う。決して追って来るな。私の事は忘れろ」
魔旋律に乗せた呪文の詠唱と共に空間に魔方陣が展開され
彼女はその場から姿をかき消した。セイファートがシャミィに尋ねる。
「あいつを知ってるのか?」
「うむ、あの姿は……間違いない。龍人戦争の最中に主君を庇って散ったとされる
リリスラの忠臣……名前は確か……」

仮にも七海を統べる女帝が一撃で弾き飛ばされたのを目の当たりにしたリリスラは
目の前の化け物に得体の知れない恐怖を感じ始めていた。
強気な台詞で自分を奮い立たせる。
「ふざけんなあ!そいつは私が殺るんだよ!」
たとえどんな奴が相手だろうと引かない。その誓いが今回ばかりは仇となった。
リーブはリリスラに一瞬で距離を詰め、光速の拳を放つ!
避けられないと悟ったリリスラは覚悟を決め、衝撃に身構えた。
しかし、拳が当たることは無かった。文字通り間一髪の距離で止まっていたのだ。
獣人族の歌姫を護りし物は、マナで紡ぎあげられた光の盾!
リリスラの大きな瞳がさらに大きく見開かれ、その表情が歓喜へと変わる。
「マジかよ……?」
魔方陣の中から現れた者は人間形態をとった古代種のペガサス……
白銀の髪と純白の翼を持つフェザーフォルク。
リリスラの幼少より仕え、いついかなる時も守り抜いてきた忠臣、戦乙女ルシフェル!
「ルシフェル姉!?今までどこほっつき歩いてた!?」
「申し訳ございません、リリスラ様」
「まあいい、とにかくその化け物をどうにかしてくれ!」
「仰せのままに」
彼女といえども、普通に戦っても勝てるはずは無い。
だがルシフェルは年若く見える外見に似合わず、タナトスと同期に並ぶ実力者。
目の前の化け物の正体を見抜いていた。その唯一の弱点も。
「ザルカシュの小細工か……お前も不運だったな。安心しろ、すぐ楽にしてやる」
軽く腕を振ると、手の中に魔力の刃が現れる。
狙うは額ただ一箇所、甲殻の奥に隠された趣味の悪い黒水晶!
リーブの額に刃の切っ先を向け、雷撃の速さで突き立てる!
しかしその攻撃も、今のリーブには当たらない。間髪入れずに反撃の拳が繰り出される!
拳は空を切り、巻き起こった衝撃派は海の彼方に飛んでゆく。
「ほう、凄まじい威力だ……」
ルシフェルは上空に滞空しながら呟いていた。一瞬にも満たぬ間にリーブの拳撃を避け
この位置まで移動していたのだ。正確に言うと避けたのではなく至近距離の空間転移だが。
二人は睨み合い、再びの接近の瞬間まで暫し緊迫の時が流れる……。
171 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 02:04:40 O
フロイ跡地

平和だった農村が草1本生えぬ荒野と化してから、一体何日が経っただろうか。
依然として光の鎖に捕らえた《業怒》には何の変化も見られない。
十剣者が作り出した封印の鎖を、暴れ狂い引き千切ろうともがき続けている。
「まさかこれほどまで厄介な奴だとは予想外だったよ。ホッドの容態はどうだった?」
振り返ることなく、ヒューアが背後のイェソドに尋ねる。その目は《業怒》から離さない。
「再生は無理かもしれぬ」
「そっか、こいつを完全に消し去るには人数が足りないかもな」
ヒューアは振り返るとイェソドに鎖の端を手渡し、その場に座り込む。交替の時間だ。

23日前

「チィ…!ゴミ虫野郎が!!まだ死んでなかったのかよッ!!」
ゴードが苛立ちを剥き出しにして、マイケルへと《絶滅》を連発した。
《十剣者》は対大罪のために造られた世界防御システム。
その1人であるマイケルが、簡単に倒されはしない。《絶滅》に対する知識は備わっている。
だからこそ、あの時ゴードが繰り出した《絶滅》を見切る事が出来たのだ。
「テメー…とんでもねーモンをカカえてやがるな…ウカツにコウゲキできねーぞ、マジで」
イルシュナーから吸い上げたエネルギーは、下手に刺激を与えれば大災害となる。
「ハハハ、そういうこった。お前らはオレ様を“倒せねぇ”んだよ!!」
ゴードの猛攻に再び防戦一方となるマイケルだったが、諦めの感情は無かった。
今ここで自分が敗北する事が、大切な者達を死に追いやると理解しているからだ。
「あんまり十剣者をナメんなよ、オシえてやる…タオすだけがタタカいじゃないってな!!」
ゴォッ!!!マイケルから白い輝きが吹き上がり、その手に現われたのは…鎖!!
そしてゴードもまた、その鎖が何であるかを知っていた。

《封縛鎖》…それは《大罪》を裁くために捕らえる究極の封印結界術。
「まだそんなもん出せる力が残ってやがったか!!だがよ、もう遅ぇ!!」
「そうですね。確かに遅い…“私達”の接近に気付かなかったのですから」
背後の声にゴードの《絶滅》が一瞬だけ遅れてしまった。と同時に鎖がゴードに巻き付く。
「うおああああああああっ!!!!!クソッタレ!!!」
ビキビキと鎖が軋み、今にも引き千切られそうに大きく張り詰めるが、マイケルは離さない。
「やっとこさツカまえたぜ…マジでキツいし、イシキがトびそうだ…」
「よく堪えましたね、後は私達に任せて休んで下さい」
なんとか意識を保とうと努めたが、透き通るような美しい声と理知的な美貌が霞んでいった。
172 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 02:05:38 O
再び現在、フロイ跡地

「ヒューアよ、1つ尋ねるが…お前はこの世界に守る価値があると思うか?」
無口なイェソドが珍しく話し掛けてきた。ヒューアはその問い掛けの意図に気付く。
「まさか…審判が下りたのか!?」
冷や汗が流れた。わなわなと震える手を握るが、意味の無い事だった。
《最深部》は《聖戦》を発動させた。即ち、この世界は消去されるという事になる。
イェソドは黙ったまま鎖を握り締め、暫くの間2人に沈黙が続いた。
「だが《原罪》はまだあの場所に閉じ込められたままだ!《創世の果実》も無事じゃないか!!」
ヒューアの言い分はもっともだ。《大罪》に《創世の果実》さえ渡さなければ済む話なのだ。
しかし、この世界を始めとする全ての世界を管理する《最深部》の決断が消去だった。
信じられないといった顔のヒューアに、イェソドは静かに、だが力強く言った。
「私はあると思った」
「…ッ!?」
「我々はあくまでも世界を守る十剣者、それ故に《最深部》の決定には賛同出来ぬ!
それにな…ケセドが信じた人間の可能性を、私は最期まで見届ける責があるのだ」
星空を見上げ、イェソドは語る。人を想うが故に狂ってしまった使徒へ、思いを馳せるのか。
その静かに語る声には、不震の決意が在った。ヒューアもその場に居合せたからこそ理解した。
「これで“俺達”は本格的に叛逆者だな、コクマーはどうする?ここで処断するかい?」

いつの間にそこに居たのか、コクマーはヒューアに剣を向けている。
「今日まで貴方達の行動を監視してきて、分かった事が1つあります…」
すっと剣を引き、鞘に納めたのを見てヒューアは安堵の息を吐いた。コクマーは続ける。
「我々はやはり“十剣者”であると。まあ今は十人もいませんがね」

再び23日前

《封縛鎖》による完全包囲が完成し、ゴードはもはや身動き1つとれなくなっていた。
「剣も無しによくここまでやったな、正直言って感心するよ」
ヒューアが力を使い果たし倒れたマイケルを抱え、納屋の壁にもたれかけさせる。
「あ、あの…マイケルさんは助かりますか?」
恐る恐るルーシーが声を掛けた。震えているのは、まだ恐怖が残っているからだろう。
騒ぎに村人もちらほら集まってきている。ヒューアとコクマーは頭を抱えた。

ヒューアがマイケルのラーを感知してハイフォードからフロイまで転移術した時、
先に到着していたのがコクマーだった。半年前ケセドに操られて死んだ筈の彼女に驚いた。
しかし《最深部》により回収された後、蘇生処置を受け、イェソドの監視任務に就いていたのだ。
ケセドの精神支配は解けていたが、彼女は本来人間寄りの考えを持っていた。
監視を続ける間も《最深部》の指令に背き、独自の判断で行動していたのである。
イェソドが持つコーコースの柄は、やがて完全な剣へと再生する。
《十剣者》の剣は、それ自体が生命を有する存在。折れようが砕けようが、再生するのだ。
時を支配する能力は危険窮まりない力だ。使い方を誤れば世界が混乱してしまう。
故に《最深部》はコクマーにイェソドの…正確にはコーコースの監視を命じたのである。

「困りましたね…流石にこれは目立ってしまいます」
コクマーは光の鎖に縛られたゴードと、村人達を交互に見比べて困惑した。
「そうかい?僕は特に困らないけどね。なんなら悩みの元を“無くして”あげようか?」
愉快げに笑う黒衣の青年が納屋の屋根の上に立っていた。その名はハインツェル。
「馬鹿な!!気配が無かった…まさか発芽しているのですか!?」
驚くコクマーを嘲笑し、ハインツェルが魔剣を振り下ろし、小さな農村が消え去った。
173 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 08:10:07 O
爆発が立て続けに起こり、フロイ村は荒野と化した。村人も皆、瞬時に灰燼と化した。
悪魔の所業、まさにそう例える他に言い表せなかった。命をゴミ屑程度にしか思わぬ悪魔…
無事だったのは絶対障壁を持つ《十剣者》と、結界の鎖に囚われたゴードだけだ。
「ほら、これで心配する必要が無くなっただろう?感謝して欲しいね、アハハハハハ!!」
「嫉妬か…という事は貴様、ジャジャラで発芽した奴だな?コクマー、こいつは俺が狩る」
ふつふつと沸き上がる怒りを抑え、ヒューアが剣を抜くと、凄まじい怒気が溢れ出す。
「どうやらシャルタラも“怒って”いるらしい。楽に逝けると思うなよ……」
ヒューアの剣が輝き爆散した。キラキラと光る無数の細かい破片が周囲一帯を包囲する。
「クソ餓鬼がああああああああああっっ!!!!!!!」

《十剣者》の剣にはそれぞれ特殊能力が備わっている。解放する事でその能力が発動するが、
通常の発動とは異なる発動が存在する。それが《真解咆(アデプション)》だ。
《真解咆》を行った場合、その剣が持つ真の力が発動する。まさしく真なる解放といえる。

シャルタラの破片は粒子状にまで細かくなって拡散し、まるで霧のようだった。
「ふん、確か君の剣能力は防御だったかな?これで僕の攻撃を封じたつも…ぐぁッ!?」
《絶滅》を使おうとしたハインツェルの右手が、ズタズタに切り刻まれて鮮血を撒いた。
「封じたつもりだよ。貴様の《絶滅》は俺も知ってるからさ。あぁそれと…」
刃が消えて柄だけになったシャルタラを一振りしてヒューアがハインツェルを睨む。
「ついでに教えておいてやろうか、“攻撃は最大の防御”だって事をな!!!」
光の輝きが一層強くなり、ハインツェルを包み込んだ。

「貴様の《絶滅》は触れた対象1つから“運動の概念”を消し去る、だったな?」
血塗れで地に倒れ伏したハインツェルに、ヒューアが続ける。
「だからこそこのシャルタラは貴様を完全に封じるのさ。これだけ小さな刃だからな
1つ止めたところで意味は無い。60億の破片に分裂するんだ、対象1つを指定する
前に他の破片が貴様を切り刻む。忘れたか?俺達が“何と戦う為に存在する”のかを…」
既にハインツェルには戦う力は残されていなかった。傷の再生にほとんどが消費されたからだ。
圧倒的攻撃密度の前に、ハインツェルは成す術無く打ちのめされた。
もしも相手がシャルタラを持つヒューアでなければ、こんな事にはならなかった筈だ。
「それそろ終わりだ。貴様を断罪する」
「ふふ…ふふふふ……」
笑っていた。敗北が確定したにもかかわらず、ハインツェルは笑っているではないか。
「何がおかしいんだ?」
「…おかしいさ、僕の…勝ちだ!」
ヒューアが異変に気付いてその場を離れようとしたが、遅かった。
両足がぴくりとも動かない!大量に流れ出したハインツェルの血を踏んでいる両足が!!
動くという概念そのものが失われたヒューアの両足は、“その場に固定”されてしまう。
「流石に僕も弱ってるね…足だけか…まあいい、“動かない”的を外しはしない…」
右手を翳し、ハインツェルはヒューアに向けて《絶滅》を使用した。
174 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/05(火) 18:44:30 O
地上3万m

グラールは待っていた。ただひたすら待ち続けていた。かつての過ちを精算するために。
「待ち人来ず、かな?」
声を掛けてきたのはメイだ。相変わらずのセーラー服に、学校指定の鞄。
鞄にはキーホルダーやマスコットやらが、短冊のようにぶら下がっている。
「来るよ。奴は必ず来る」
「そう…私の待ち人は、もう来ないけどね」
「アミルか、奴はどこで道を誤ったのだろうな。誰よりも人を愛していたというのに」
半年前に《最深部》を裏切り、人間の可能性を切り開いた使徒を、2人は偲んだ。
「私にとってアミルは妹みたいなものだったから…あの子が願った未来、見たかったなぁ」
メイはつい今し方、《最深部》から通達を受けたばかりだった。
もうじき滅び去る世界を、どのような気持ちで見ているのだろうか。
「審判が下りたか、如何なる結末であろうと我は奴との因縁に終止符を打たねばならん」
「間に合うといいね」
「心配なら無用だ。来たからな」

険しい瞳が見つめる先に、その男はいた。
龍人戦争末期、父親である王レシオンをエクスマキーナ諸共、星界へ葬り去った英雄の姿。
「久しいな、レシオン。やはり息子の身体を奪ったか…」
「ほぅ、随分と懐かしい顔を見たものだな。息災でなによりだよ、グラール」

再び23日前

「な…にッ!?」
《絶滅》を纏う右手がヒューアに触れる直前、動かない筈の両足に自由が戻った。
後方へ飛び退き間一髪でそれを躱し、一気に間合いを広げる。
「その剣は…ケテルのエンナージか!?」
「ええ、操られていたとはいえ、仲間を殺めた償いのために。彼らの役目は私が継ぎます!」
《十剣者》の剣には特殊能力が備わっているというのは以前に説明した通りだ。
そしてその能力は《大罪》との戦いでこそ、真価を発揮する。
例えば接触型の《絶滅》を相手にするならば、シャルタラを。
射出型の《絶滅》を相手にするならば、パラモネを。
という風にそれぞれの剣は、対《絶滅》戦闘に完全特化しているのだ。

本来ケテルが所持するエンナージは、《真解咆》によって、消された概念を新たに生み出す。
たった今ヒューアの両足が自由を取り戻したのも、その効果による結果なのである。
「ちくしょう…畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ォォオオオオオッッ!!!!!
調子に乗りやがって!貴様ら全員殺してやる!!ここまで僕を怒らせたのを後悔しろ!!!」

狂ったように叫ぶハインツェル。
その後ろで急激に膨れ上がる魔物の気配に、2人は戦慄した。
《業怒》…その魔物が喰い尽くす感情の名は、怒り!!
175アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/06/08(金) 00:05:55 0
吹き飛ぶ、海洋の美君が血を吐きながら吹き飛んでゆく。
「やれやれ、高い授業料ですなぁ」
その体を受け止めるのは老亀鬼タナトス そして、激昂する配下達 口々にリーブを討ち取ると騒ぎ立てる。しかし、
「黙れ、物共、鳥共が引き受けるといっとるんじゃ、あてがっておいたらいいわい。」
そう老亀は言うが、ヒムルカは黙ってはいられない。
「じぃ!!わらわが殴られてもほおっておけとは、どう言う事じゃ!?」
タナトスは右の人差し指で自分の頭を数回叩いてため息をついた。
「おひぃ様 頭を冷やして敵を分析なさりませ、あの物どう思われますかな?」
「むぅ・・・・異常な強さじゃのぉ」
「そう、異常ですのぉ、あれは人間の限界を軽く超えとりますな。多分ザルカシュの小細工でしょうな」
その言葉にヒムルカはさらに激昂した。
「あのトカゲがぁ!!首を引き抜いてくれるわぁ!!」
そこにタナトスの指が目の前に突き出される。
「落ち着きなされ、まずは目の前の敵ですな」
あくまでも冷徹に戦況を分析するタナトスの姿のヒムルカも落ち着きを取り戻す。
「じぃ、先ほどあの物は無視せよとゆうておったがどう言う了見なのじゃ?」
「ふむ、あの力、全生命力をリミッターを外して使っておるのでしょうな。多分痛みも何も感じておらんじゃろうのぉ。」
その言葉にヒムルカは戦慄を覚えた。かってタナトスに受けた授業の中で、命のリミッターを外すとどうなるかを
実験で見た事があったのだ。その結末はヒムルカでさえ顔をしかめるものだった。
「では、あの物は・・・・・」
「ほっとけば死・・・・・よりなお辛い事になるでしょうなぁ」
「しかし・・・・・この傷、納得はいかぬわ」
ヒムルカは忌々しげに唇の血を拭った。。
「やれやれ、相変わらず血の気の多い・・・・では、あの化け物はこの爺めにお任せ下され。」
そう言うとタナトスは部下にあれこれ指示を出し、最後に巨大な槌を担いだ。
それはゆうにタナトスの5倍はあろうかと言う巨大な槌、それをタナトスは涼しい顔をしながら担いでいるのだ。
「それに、久々に顔なじみに挨拶でもしてきますかな」
そう言って大胆不敵に老兵は出陣していった。

緊迫する二人の間に怒号と共に巨大な槌が飛んできた。
「久方ぶりじゃなぁ、御主、くたばっておったんじゃなかったのか?」
「・・・・・タナトス・・・・相変わらず口の減らない爺だ。」
「はっ、若作りが何を言うか」
「次に同じ事を言ってみろ、コロス」
二人の間にリーブの拳撃が飛んでくる。二人はそれを難なくかわした。
「まずは、あの物を黙らせるかのぉ」
「足手まといになるなよ」
二人の歴戦の鬼が今、黒鬼となったリーブに立ちはだかった。
176アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/10(日) 20:38:15 0
沖でグレナデアが水柱を上げ、海岸部で乱戦が始まった頃。
高台付近でも一つの戦いが始まっていた。
それは剣撃の音も、怒号も、叫び声もない、ただ二人が佇んでいるだけのように見える。
だが、そこにはザルカシュとアビサルの二人の魔力が充満ていた。

「あなた、何者ですか?リーヴさんに何をしたのですか?」
「なんやえらい剣幕やな。あの兄ちゃんに戦う力を授けたったんやで?
感謝される事はあってもそない責められる云われはあらへんと思うけどな。」
激しさはないが、凛とした声にザルカシュの派手なローブが震える。
しかしザルカシュはそれを軽く受け流すように、相変わらずの軽口を続ける。
既に二人の周囲は常任では立っていられないほどの高密度な魔力で満たされているというのに。
大司祭たる絶大な力と、戦いだけではないあらゆる場に立ってきた海千山千の者の余裕であった。

「感謝?あんなことすればリーヴさんの身体は・・・!今すぐ!解除してください!」
一方アビサルは、ザルカシュほどの経験も余裕もない。
縦目仮面の装着をやめた今、それは依り如実に現れる。
その事がザルカシュの気を抜かさせる事にもなるのだが・・・。
高密度の魔力を醸すにしては、余りにも単純だ、と。

「あのな、君は知らんやろうけど、世界は滅亡の危機に瀕しとるんやで?
それも一つだけとちゃう。世界を滅ぼすモンが仰山一度にきとるんや。
わいは皆で楽しゅうやりたいんや。その為やったら少しくらい辛抱せんとあかんのや。」
ザルカシュとてリーヴをあのままにしておくつもりはない。
リリスラとヒムルカを倒してしまっては元も子もないのだ。
あのまま倒せるとも思っていないが、二人の衝突が有耶無耶にさえなれば、あとは自滅なり解除なりさせるつもりではあった。
が、それをここで言うつもりもその必要もない。

宙を見上げるザルカシュの脳裏には何が映っているのだろうか?
今この瞬間、この場を含めて世界の様々な場所で同時進行する世界の危機を思い巡らすように・・・
その遠大な視野が、アビサルのない余裕を完全に消し去る。
「あなたの『みんな』の中に僕達は含まれていない・・・!
天是、北斗真君。急急として汝の名召す事天下知る!貧狼!巨仇!禄存!文曲!廉貞!武曲!破軍!」
押し黙るような表情から一転、激しい顔で呪文を詠唱した。
召喚された七つの光球はそれぞれ雷や炎などを纏いながらザルカシュに襲い掛かる。
177アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/10(日) 20:38:33 0
ロイトンの町全体を揺るがすような大きな振動。そして爆炎。
七つの異なる属性を持つ光球が炸裂したのだ。
その爆炎から突き出るように煙を引きずり飛び出てきたのはザルカシュ。
魔法障壁で防御しながら、飛び出てきたのだ。
「この術・・・すると君が『奈落の大聖堂』かいな!
『みんな』に拘るわけやなぁ。
想像していたんとは全然ちゃうから気付からへんかったで!」
「・・・!ぼ、僕のことを・・・知っているのですか?」
攻撃を回避されたことだけでも驚きだったが、それ以上に自分の事を知っている口ぶりが衝撃だった。

思わず攻撃の手をやめたアビサルに、ザルカシュは驚きの視線を向ける。
「おかしな事いいはるやないか。自分の事が分かってへんのか?」
「・・・」
重力を制御し、ザルカシュと同じ高さに浮くアビサルから応えはない。
応えられない、のだ。
黄金の仮面の事、そして告げられ残された事実と謎・・・。
それが渾然一体となって、アビサルの口を開かせずにいた。
その様子を見なるザルカシュの目は、驚きから冷たさに・・・そう、覚悟を決めた冷酷へと変わっていく。
「そうか、しらへんのか・・・。
わいも色々細工して疲れてるけど、しゃあないわな・・・!
君も世界の滅亡の危機の一つなんやからな!」
「・・・ど、どういう・・・!?」
立て続けの転移、説得工作、グレナデアの解放、リーヴの強化。確かに消耗している。
深謀遠慮を謀り、決して表に出ることをしなかったザルカシュが今、覚悟を決めた。
それに対するアビサルは迷いに深く沈みこんでいた。
高台の入り口は爆炎の坩堝のクレーターとなり、その上空で二人の術者の戦いが始まる。
178名無しになりきれ:2007/06/10(日) 21:07:32 0
エターナルフォースフレイム
179アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/06/15(金) 23:17:01 0
空から、海から黒山の如く、修羅の軍勢が押し寄せてまいります。皆様がその軍勢の波に飲まれ、戦闘を初めた頃、
私は街の裏路地で一人の男と対峙しておりました。
「うふふふふ・・・・・まさかなぁ・・・生きてたとはねぇ」
その男は掌の上で蒼い玉を転がしながら笑っていました。その蒼い玉は鈍く、光っておりました。
「か、返せ・・・・」
息もつくのがやっとの状態で私はたった一言を搾り出しました。
「嫌だね・・・・・自分の物は自分の物、そうだろう?なぁ、妹?」
私の髪を掴み上げ、男、私の兄、セリガ・ウーズは私の顔面に拳を打ち込みました。

リーヴさんが黒い甲冑を纏い私達の前に現れた直後の事でした。私は何かに誘われる様に裏路地に赴いたのです。
そこには一人の男が佇んでおりました。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その男は何も言わず腰のカトラス二つを己が手足の如く振り回しながら近づいてまいりました。
私も何も言わず構えました。刹那、カトラスが空を裂き飛んでまいりました。
一撃目を蹴り上げ二撃目を払いのけたとき、男が突っ込んでまいりました。
男の拳を辛うじて払いのけ、蹴りを避け、反撃に転じようとした時、
「おい、お前、その胸元の宝珠、どこで手に入れた?」
突如男が私の胸元の宝珠を指差して尋ねてきたのです。
「おい、どうした、聞こえてるのか?」
男は攻撃の手を止め、私の事を見つめます。私は怪訝な顔つきで相手を見ていました。
「お前、もしかして・・・・・確かめてみるか」
そう言って男は服の胸元を開け、指でその胸元を切り裂いたのです。
「あ、ああ・・・・・・・」
その時私はある恐怖に心を支配され、身動き出来なくなってました。心の奥底に眠る忌まわしい記憶
男は血に濡れた指を身動き出来なくなった私の口元に塗りつけたのです。
「な、何を!?」
突然の事に口を拭った瞬間に自分の体の異変に気がつきました。
いつもの透きとおった透明な腕は無く、血の通った白い肌の腕が目に映ったのです。
「ああ、やはり、そうだ、久しぶりだね アクア」
そう言って男は私を抱きしめたのです。
「何故私の名前を・・・・・まさかあなたは、お、お兄様?お兄様なのですか?」
私は思い出していました、歳の離れた兄がいた事を、そして、
「そうだよ、アクア、会いたかったよ、ずっと殺したかったんだよ 忌まわしい血をな」
兄は私達を恨んでいる事を・・・・・・・・・・
「ちょうどいい、陸の下衆共をぶち殺す前の景気づけだ、忌まわしい血を絶とうか」
180 ◆iK.u15.ezs :2007/06/20(水) 00:05:03 0
「フフフ……」
うつむいたアンナの口から押し殺したような笑みが漏れる。
「アンナ……ちゃん?」
顔を上げ、虚ろな瞳で、狂ったような哄笑をあげた。
「アハハハハハハ!!そうね、そう思ったまま死ぬのが幸せね!!
すぐに会わせてあげる、せいぜい馬鹿な師弟で再会を喜び合うといいわ!!」
猛獣のような瞳で漆黒の包丁を握り締める。どれ程望んでも受け継げなかったもの……。
今日こそ継承者を亡き者にし、本当の意味で我が物とする。
「さよなら、ラヴィ」
限りなく身勝手な、だからこそ揺るぎ無いたった一つの意思に突き動かされ
狂った猛獣のようにラヴィに飛び掛かる!
虚空に舞う漆黒の閃き。次の瞬間、響き渡ったものは……鋭い金属音だった。
ラヴィはもう避けなかった。その手に握るは、身の丈ほどもある4番包丁『秋雨』。
アンナを睨みつけ、叫ぶ。
「人が下手に出ればいい気になりやがって!!
アンタは選ばれなかった、いい加減諦めろってんだあ!」
一っ跳びで距離をつめ、目にも留まらぬ速さで刃を薙ぎ払う!
再びの金属音。包丁を交えたまま、永遠とも一瞬とも思える時が流れる。
それを打ち破ったのは、二人のうちのどちらでもない声だった。

『やれやれ、困った弟子達だ……』
いつの間に現れたのだろう。アンナの後ろに、一人の人物が立っていた。
『二人とも……包丁をおさめるんだ』
ラヴィは衝撃のあまり、全身の力が抜けて包丁を取り落とした。
そこにいたのは、敬愛してやまなかった師匠だったのだから。
携えているものは、見まごうはずも無い、六番包丁『虚帝』だ。
「先……生……?」
『ラヴィ、掟を忘れたか?後は私が引き受ける』
動揺するラヴィにそれだけ言って、アンナに対峙する。
『アンナ……お前は選ばれなかったんだ。もうやめろ』
分かりきっていること、絶対に認めたくないことを言われ、アンナは悲鳴のような声をあげる。
「嫌……!! どうしてアンタなんかに指図されなきゃいけないのよ!?
どうして生きてるのよ!? 何度でも殺してやる!!」
ドラッドの姿をした人物は、とても悲しそうな表情をして見せた。
『それなら仕方が無い……』
漆黒の刃を構え、ゆっくりとアンナに近づいていく。
その姿はさながら、鎌を振り上げ生者を刈ろうとする死神……。
ラヴィは、二人の後ろで立ち尽くして混乱していた。
「嫌……先生……やめて……!」
悲痛な心の叫びは、誰にも届かない……。
181激突 ◆F/GsQfjb4. :2007/06/23(土) 18:22:55 0
フロイ跡地
「問題はどうやって“彼”に対抗するかだな、何かいい案は無いか?」
ヒューアは心底困ったといった顔で、イェソドとコクマーの2人を交互に見遣った。
聖戦の発動と共に現れる《断罪の使徒》。正しき道を逸れたセフィラを抹消する存在。
正直な話、この3人では歯が立たないだろう。
例え今ここにいないグラールとメイが加わったとしても、厳しい戦いとなるのは明白だった。
「おそらく…使徒は最初に原罪を断つだろう。《最深部》にとって最も邪魔な存在だ」
「確かに、原罪が新たな《世界樹》となるのが問題ですしね。ならば我々の向かう先は…」
「「「…《央へ至る門》」」」
3人の声が見事に重なり、次の瞬間には転移していた。
ギュンター・ドラグノフ、《祖龍》の子が待つ世界の央にして果て、隔離された領域へと…
「チィ…全ッ然動けやしねぇ…やっとアレを見付けたってのによォ!!!」
3人が去った後、1人取り残されたゴードが忌ま忌ましげに怒鳴り散らした。
同じ《大罪の魔物》ハインツェルによって、1度は拘束から逃れたが再び捕えられたままだ。
「クソ野郎が!!このまんまじゃあ他の奴らに先を越されちまうじゃねーか!!!!!」
無駄だと分かっていても、暴れずにはいられなかった。激しい怒りが身を焦がすのだ。

再び23日前
ハインツェルの背後で爆発的に膨れ上がる巨大なエネルギーにヒューア達は戦慄した。
いや、ヒューア達だけではない。ハインツェルも予想外の力に困惑を隠せなかった。
「ハハハ…助かったぜ、オレ様はコイツで縛られんのが大大大ッッッ嫌いなんだよ…」
光の鎖を引き千切り、地面に降り立ったゴードがニヤリと笑う。
歓喜だ。気に食わない敵を叩き潰し、蹂躙する。邪魔な存在は全て消し去る…
それがこれから出来るのだ、喜ばない理由は無い。
「まさか…《開花》したのか!?」
喉から搾り出すようにハインツェルが呻く。ありえない出来事だったからだ。

既に《発芽》したハインツェルよりも先に《開花》する。魔物の法則を完全に無視していた。
いかに《大罪の魔物》といえど、存在法則からは逃れられない。
だがしかし現に目の前で起きているのだ。絶対にありえない出来事が!!
「話が違うじゃないか…」
わなわなと震え、ハインツェルが後退る。確かに“彼”はこう言った。
『業怒は人間との融合に失敗した。力を制御することは不可能だ』と。
だからこそ《祖龍》を倒すために利用するつもりだったのだ。だがこれは何か。
力を制御出来ない?馬鹿な!制御出来ないのではない、最初から“制御する気が無い”のだ。
鎖から解き放たれた魔獣は、あらゆる存在を否定する力を撒き散らし、天を裂く雄叫びをあげた…

地上3万メートル
「どうしたグラール、旧い友との再会にそんな顔はないだろう?」
残念そうにレシオンは肩を竦めた。その全身から滲み出る邪悪な闘気が周囲を歪めている。
「私は会いたかったよグラール、この日が来るのをどれほど待ち望んだことか…」
「我は貴様には二度と会いたくなかったがな…仕方あるまい、次こそ終いにしようぞ」
両者の間に張り詰める殺気、まともな精神の持ち主であったならば発狂するだろう。
一触即発、互いに動きはしない。待っているのだ。死闘の始まりを告げる“何か”を。

そしてその“何か”は永劫に等き数秒の後、地上で起きた。
「…ッ!!!!!」
力と力がぶつかり合い、成層圏の乱気流を吹き散らす。
地上に広がる光の波紋は瞬く間に東方大陸を飲み込み、やがて光の渦と化した。
《断罪の使徒》の降臨である。
「どうしたレシオン!あの時の“世界喰らい”は使わぬか!?」
迫る黒い波動を剣で薙ぎ払い、グラールが叫ぶ。激突は両者共にほぼ互角。
「グラール、君は何を言っているのだ?」
余裕の笑みで問い返すレシオンに、グラールは眉をしかめた。
「“世界喰らい”って…あれの事?だとしたら…さっきから“ずっと見えてる”わよ!!」
グラールはメイの言葉の意味がすぐには理解出来なかった。
見えていたのだ、“最初からずっと”!!
ただあまりにも大きすぎるが故に、“それ”を個体と認識出来なかったのである。
182アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/06/26(火) 01:45:42 0
「げぇぶぅ!?」
私の顔面に力任せの蹴りが入り、意識を引き戻しました。
「なぁ、妹、ちょっと昔話をしないか?」
兄、セリガは私の髪を無造作に掴んで話しかけてきました。
「今から20年ちょっとぐらいだったかな?」

・・・・・今から20数年前・・・・・・
「アクアを頼んだぞ」
「お任せ下さい」
姿を変えられた妹を従者が連れてゆくのを見送り、セリガは父と母の待つ部屋へと向った。
「父上、母上、お呼びでしょうか?」
戦装束を身に纏い、肩に不釣合いなカトラスを担いだセリガが入って来た。
「セリガ、その格好はどうしたのですか?」
思わず、母親が問いただした。
「弱肉強食、海の民の掟に従っているまでですよ、母上」
「ならぬ、ならぬぞ、セリガよ、」
父が慌てて、止めに入った。
「御主の血こそ、我々、ホワイトラグーンの血脈にしか現れぬ解呪の血、正統な後継者の血ぞ」
セリガはこめかみに人差し指をあて唸った。
「では、父上は今、ここに敵が来ても戦うなと?」
「争いは何も生まぬ、話せば、どんな事も解りあえるのだ セリガよお前も今はここを脱出するのだ」
「では、父上・・・・・」
「なんだ?」
その言葉がホワイトラグーン最後の王の言葉となった。
閃光一閃、セリガのカトラスが実の父の首を切り取った。
「海の民の掟を忘れた部族など滅びればよい!!」
反す刃で今度は母を唐竹割に切り伏せる
「セ・・・セリガ・?何故」
母の最期の言葉にセリガは鼻で笑ってはき捨てる様に答えた。
「何故?だと・・・・・これが、戦が海の民の本分だろうが、そいつを忘れた部族など滅びてしまえ!!」
パチパチパチ・・・・・・・部屋に拍手の音が鳴る。
「流石、我らが党首、我々の本分をご理解されてらっしゃる。」
色黒の肌をしたスキンヘッドのシーマンがそこには立っていた。
「ブラックラグーンの族長殿か、お早いご到着ですね。」
セリガは驚く事なくその男に指示を出した。
「まずは、ホワイトラグーンの殲滅、男は全部殺せ、女は使えるのだけは残して、全部殺せ、それとこれから部族間会議を行う、各部族の長はここに集まる様に指示してくれ。」
色黒の男は頭を垂れると闇に消えていった。

それから間もなくの後、シーマンの部族間での抗争は極端に少なくなっていった。しかしその代わり、傭兵と言う形でシーマンが
度々戦場に現れる様になっていった。

「お兄様が父様と母様を!?」
「そうだよ、アクア、そしてお前もな!!」
お兄様はそう言って建物の壁に私を無造作にほおり投げたので御座います。
183真実 ◆iK.u15.ezs :2007/06/27(水) 11:34:23 0
アンナがゆっくりと近づいてくる師匠を見据え、飛び掛ろうとした瞬間。
彼女の体は突然突き飛ばされた。全速力のラヴィが渾身の力で体当たりしたのだ。
二人は、折り重なるように地面に転がった。
「お願いやめて!」
「邪魔ッ!!」
しがみついて放さないラヴィを払いのけようともがくアンナ。
『諦めろ……どうあがいたってお前はラヴィに勝てない……』
魔物の挑発に乗せられて、ラヴィを弾き飛ばして般若のような顔で突進する。
「言うな!」
『いいぞ、その意気だ!』
横薙ぎの太刀の一振りで一蹴されて倒れ伏す。
「……くっ」
今のやり取りで、本物ではないことを確信したラヴィが静かに語りかける。
「アンナちゃん……そいつは先生じゃない」
「ふざけないで!! どう見てもあいつよ!」
ラヴィは、ジャジャラ遺跡で遭遇した化け物に近いものではないかと感づいていた。
しかし、憎しみに支配されたアンナに、真実は届かない。
このままではアンナは魔物のしかけた罠から抜け出せないだろう。
ラヴィは決心した。決して告げてはいけないと言われていた真実を告げる。
もしかしたら、アンナを今より酷い憎しみで捕らえてしまうかもしれない禁断の言葉……。
「先生は……アンナちゃんの方が技術は上だって言ってたよ!」
「……え?」
思いもかけない言葉に、虚をつかれるアンナ。
「アンナちゃんは大きな力を与えられると道を踏み外しかねないから
ラヴィに託すって……今まで黙っててごめんね……」
真実を知ったアンナは薄い笑みを浮かべた。
「フフフ……馬鹿だわ……アイツもあなたも……でも一番の馬鹿は私ね……」
それだけ言うと、糸が切れた操り人形のように気を失う。
無理も無い、最強への渇望だけが今までの彼女を支えてきたのだから。
「アンナちゃん……!? しっかりして!」
暫し狼狽するラヴィだが、すぐに気を持ち直して
師匠の姿をした魔物の前に、アンナを庇う様に立ちはだかる。
「先生の思い出を弄ぶなんて……許さない……!!」
それと同時に、師匠の姿が揺らめき、別の形を成してゆく……。
『詰まらん……もっと弄んでやろうかと思ったが見破られてしまったか……』
凄まじい瘴気が渦巻き、その中から現われた者は……大罪の魔物……【傲慢】!
184アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/27(水) 21:20:00 0
【ロイトン上空・ザルカシュ】
今、ロイトン上空では100人のザルカシュが混声合唱を行うように呪文の詠唱を続けていた。
四つの異なる旋律はザルカシュ達が囲むアビサルへと向けられている。

戦闘が始まるや否や、ザルカシュは己の鱗を媒体として100人に分裂。
一つは障壁破壊の術を。
一つは効果座標限定の術を。
一つは空間振動による破壊の術を。
一つは三つの術を統合する為の術を。
個人では決してなしえない集団儀式操術を一人で行う大司祭ザルカシュの秘術!

「なあ、奈落の大聖堂!君、自我ってなんかしっとるか?
随分と戸惑っているようやないか。
ほやけどその顔は自分の抱えとるモンと、自我の関係、考えた事、あるんやろ?」
本体のザルカシュが、詠唱の合間にアビサルに語りかける。
「・・・。」
アビサルからの返事はない。
だが、本の一瞬現れた動揺は、ザルカシュが付け入るのに十分すぎる隙だった。
全ての呪文の詠唱はクライマックスを迎え、即座に効果は発揮される。
アビサルを守る障壁は完全に解体され、代わりに空間超振動による爆発。
暫くの間、光球が中に残るほどの大爆発であったが、効果座標限定の術によって被害が大きく広がる事はなかった。

眩い光を放つ光球。
そこに存在できるものは何もない・・・はずだった。
光球は不意に形を歪め、無数の飛礫を生み出し飛び散る。
アビサルのいた場所の光球を囲むように浮いていたザルカシュたちは次々に貫かれ、形を失っていく。
ただ一人、本体のザルカシュを除いては。

【ロイトン上空・アビサル】
突如分裂した敵に囲まれ、アビサルはあわただしく太極天球儀を操り術式を展開させる。
敵が自分の秘密を知っている。それを知りたい・・・
だが今はそれど頃ではない。
両肩の日輪宝珠と月輪宝珠が耳障りな回転音を響かせながら高速回転を続ける。
100人のザルカシュに対抗する為、演算能力を限界まで使用しているのだ。

「なあ、奈落の大聖堂!君、自我ってなんかしっとるか?
随分と戸惑っているようやないか。
ほやけどその顔は自分の抱えとるモンと、自我の関係、考えた事、あるんやろ?」
ザルカシュの一人からかけられる言葉。
宝珠の回転音に邪魔される事なく、不思議と耳に響く声。
その言葉に、考えてしまった。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬は致命的な一瞬でもあった。

「・・・陣図が・・・!」
言葉に発せられたのは一言だけ。
それ以上の時間はアビサルに許されはしなかった。
展開した太極天球図の陣図は分解され、超振動が襲う・・・!




185アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/27(水) 21:54:16 0
超振動により白熱する空間、それによる爆発!
その刹那、両肩の上に浮遊していた日輪宝珠と月輪宝珠が・・・。
そして両手で抱えるように持っていた太極天球儀がアビサルの身体へと沈んでいく。

空間が白色球と化し爆発が起こる様を、まるでスローモーションを見るように見ていた。
爆心地からの視点であるにも拘らず、何の衝撃も熱もない。
効果座標が限定されているせいか、光球は一定範囲から広がらず形を保っている。
『天是、急急として汝名召す事天下知る・・・流星群招来!』
光球の中、不思議な感覚ではあるが自由は効く。
なぜ自分が死んでいないのか、なぜ自分がこの呪文を知っているのか、それすら判らない。
【思い出した】呪文を唱えると、光球の殻を破り、隆盛が全方位へと散って行き周囲のザルカシュを悉く貫いた。
ザルカシュを貫いた流星群はそれでも勢いを衰えさせず、ロイトンの町全体を、そして海岸を襲う。


【ロイトン海岸上空】
彼我の差は圧倒的だ。
いかにタナトス、ルシフェルが二人掛であろうと、黒甲の戦鬼と化したリーヴは問題としない力を持っていた。
だが、戦闘経験の差は埋め難い力の差を埋め、その結果を覆していく。
「ほっほっほ、手玉じゃの。」
タナトスが勝利を確信した瞬間、無数の飛礫が一帯を襲った。

タナトスは大槌の一振りで、ルシフェルは見えざる盾を形成しそれを防いだが、周囲の鳥人や魚人は貫かれ落ちて行く。
リーヴは貫かれる事はなかったが、全身に無数の直撃を受け落ちて行く。

【ロイトン海岸部】
海と空から押し寄せる圧倒的多数の獣人たちに対し、迎え撃つ人間は僅か。
瞬く間に飲み込まれ、引き裂かれる、はずだった。
だが、全狂はゲリラ戦の様相を呈しながらも膠着を始める。

獣人たちが上陸した直後、鳥人たちと魚人たちとの戦闘が始まったからだ。
共に同胞以外を皆殺しする。
全てが敵であるという状況に人間の戦う余地があった。
「ちょいとあんた!なんて殺さないんだい!?ほら、またこいつっ!」
ソーニャが苛立たしげに立ち上がってきた鳥人を消し炭に変える。
この鳥人、ハイアットが撃ち落したが、致命傷を与えていないが為にまた立ち上がってきたのだ。
「あたしより先に海岸に走り出したから根性があると思ったのに!とんだ見込み違いだよっつ!」
「あぶないっ!」
怒鳴りながら次々と獣人をほふるソーニャにハイアットが突如として覆いかぶさる。

その直後、家々を貫き一帯を流星群が襲った。
それまではまさに修羅道そのものだった。
だが、この瞬間から押し倒されるように伏せた二人を残し、血飛沫と肉片の舞う地獄絵図へと代わっていた。

「あ・・・!リーヴ君!我が親友!」
飛礫の襲来が終わったとき、ハイアットの目に映ったのは落ちる黒甲の戦鬼リーヴの姿だった。
直後、ハイアットはどこからか大量のバナナの皮を海に投げそれを足場にして会場を駆けて行く。
「あ、あれぞまさしく場菜南水上歩行術・・・!
その昔、南国流バナナ拳始祖、フィール・ピンが編み出した幻の秘技・・・
ハイアット君がそれを継承していただなんて!」
「・・・んなアホな・・・」
信じられないが、確かにハイアットは海の上を走っている。
民明書房を片手に驚き解説するパルスに状況も忘れ、思わずソーニャは呟いてしまった。
すぐそこに、最大の脅威が迫っている事にも気付かずに。
186アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/06/27(水) 22:13:20 0
【ロイトン居住区屋根の上】
「ちっ、ザルカシュめ・・・一体何をしている?」
空を羽ばたくリリスラにも当然飛礫は襲う。
だがリリスラは一切動くことなく、ただ一声発するだけで全てを砕き身を守ったのだ。
遠く高台の方を見ながら舌打ちをした後、視線を元に戻した。

「あんた、いい魂持ってんじゃないか。もっと聞かせてくれよ!」
残酷な笑みと共に見下ろす先には身構えるレベッカの姿があった。


【ロイトン上空】
光球がいびつに歪み、やがて消え去ると、そこにはアビサルが立っていた。
いつものように三つの球はなく、全身を覆う天球図もない。
その姿は半透明で、全身に天球図の模様が浮かんでいる。

「はっ・・・!ようやく正体現しそうやな!化けモンが!!」
それを見たザルカシュは吐き捨てるように言い放ち、アビサルとの距離を詰める。
呪文を唱えながら近づき、殆ど棒立ちのその首を鷲掴みにした。
ザルカシュの右腕もまた、アビサル同様半透明に変化している。
「星幽体になれば物理攻撃は無効やろうけどな、わいかてそのくらいできるんやでえ!
キャラやないと思う手油断したかい!」
ギリギリと締め上げるザルカシュ。

直撃を受ける直前、三つの球がアビサルの身体に入り、その身を実態のない星幽体へと変化させたのだ。
アビサル自身は全くその自覚もできず、今首を絞められていても対処できないでいた。

このまま縊り殺す事も可能だっただろう。
同じ星幽体同士なら、それを可能にするのだから・・・
あと少し、力を入れれば。
ザルカシュの感覚がもう少し鈍ければ・・
鋭敏なザルカシュの感覚は、街の一角で発生した恐るべき力を必要以上に感じてしまったのだ。
「くぁ〜、大罪の魔物か!?この糞忙しいときに!!」
大罪の魔物【傲慢】の存在を感じ取ってしまった事により、僅かな隙が生じる。
その隙に無理やりねじ込んできたものがいる。

ザルカシュの幾重にも張り巡らされた魔法障壁を力ずくで粉砕し、叩き込む圧倒的な力。
「龍の巣へようこそ!猫パンチのお味はいかが!?」
延髄切りをザルカシュに叩き込み、啖呵を切るのはバニーガール姿の女レジーナ!
強引に叩き落されたザルカシュに向かい、急降下していく。


【ロイトン市外】
「全く・・・人使いの荒い・・・」
グレナデアからの脱出を果たした黒騎士ディオールは、そのままロイトン進行獣人の当別へと向かっていた。

今ここに、獣と龍と人が渦を巻き、戦いの花が咲こうとしている。
187竜と大罪1 ◆iK.u15.ezs :2007/06/28(木) 16:01:16 0
『コノ包丁カラ記憶ヲヒキダシタ……ナカナカ上手ナ演技ダッタダロウ……』
不気味な声で語る、骸骨の仮面を被った、生物では無い何か……。
「ふざけるな!!」
ラヴィは、『秋雨』を一閃し、目の前の魔物を睨みすえた。
「だああああッ!!」
裂帛の掛け声と共に、闘いが始まった。激しい金属音が街中に響く。
傍から見れば互角の闘いに見えたかもしれない。
しかし、互角であるはずは無かった。全身を使って斬りかかるラヴィ。
それに対し、とても常人では扱えない巨大な包丁をラヴィをあしらう、傲慢の魔物。
それでもラヴィは果敢に立ち向かった。
「先生の包丁を使うなあ!!」
『オ前達ハナゼ単ナル物ニコダワル?』
傲慢の魔物が、地面に転がっていたアンナの包丁箱を蹴り飛ばし、辺りに黒包丁が散乱する。
「なんてことを!?」
怒りに震えるラヴィが、目にも留まらぬ速さで包丁を交え、すれちがって向き直る。
「それを使っていいのはラヴィと……アンナちゃんだけなんだ!!
汚らわしい手で触るんじゃねえ!!」
『ソレデイイ……! ソノ想イガ我ニ力ヲ与エル……』
「……なんだって!?」
一歩も引かなかったラヴィが、初めてたじろぐ。
『教エテヤロウ……我ガ名ハ……【傲慢】!』
「!!」
大罪の魔物だという事は覚悟していたが、その名を聞いたラヴィは恐怖に身を震わせた。
自分も力を与えている事に気付いたから。この世に傲慢を持たない人間などいない。
そしておそらく、今のこの街にこれでもかという程渦巻く傲慢の感情が、目的なのだろう。
恐ろしい事実に行き着き、立ちすくむラヴィだったが鋭い警告の声が彼女を現実に引き戻した。
「上ッ!!」
持ち前の鋭敏さで天空より降り注ごうとしている災いを察知したラヴィは
電光石火の速さで、蹴り飛ばされて無造作に転がっている巨大な包丁箱を
自分とアンナに覆い被せた。その一瞬後、無数の流星群が降り注ぐ!!
包丁箱の下から彼女が垣間見た物は、空間に絶対零度の氷の盾を生成して
流星群を防ぐ魔法使いの姿、そして、大罪の魔物の異様な言動だった。
188竜と大罪2 ◆iK.u15.ezs :2007/06/28(木) 16:02:25 0
『感ヅカレタラ厄介ダ……ソロソロ行クトシヨウカ……』
「待ってください、私のことを忘れていませんか?」
明らかに別の声が発せられた。しかし、言っているのは確かに傲慢の魔物だ。
『殻ノ分際デデシャバルナ!!』
「困りましたね。私に協力する条件であなたの殻になったのですよ?」
『記憶ニ無……グアアッ!? ナゼタダノ龍人ノ分際デソレ程ノ……』
「しばらく眠っておいてもらいましょう」
破壊の流星が収まったころ、ラヴィが包丁箱の下から這い出すと
宙に浮遊する円月刀を従えた魔法使いと、大罪の魔物が対峙していた。
否、同じ姿をしているが違う。それは正確には大罪の魔物を宿した何者かだった。
「エルフのペガサス使いは一緒では無いようですね……」
「あいつなら逃げたペットを追い掛け回してるけど何か?」
ラヴィは地面に落ちている二つの包丁を素早く組み合わせ、渾身の力で投げた!
「ジンレインちゃんに何する気!?」
触れれば切れる程張り詰めた空気を、漆黒の刃が切り裂く!
彼女が投げた物は、八番包丁『黒揚羽』!普段は柄の両側に刃のついた二本一組の包丁。
組み合わせることで飛び道具にもなる、黒包丁の最後の切り札である。
それは、骸骨の仮面に寸分たがわず命中し、刃がラヴィの手に戻ると同時に
仮面は真っ二つに割れて落ちた。
「――ッ!!」
その下から現われた素顔を見て、二人は戦慄した。
背筋が凍りつくような不気味な美しさ、とでも言うべきだろうか。
右半分は、透き通るように白い肌に魔的な程端正な顔立ち……
瞳の奥には底知れない狂気を宿し、顔の左半分はきらめく鱗で覆われている。
「フフフ……娘達ですら私の素顔を見たことが無かったのに……その勇気を称えて
貴女もそこの小娘と一緒に八つ裂きにしてさしあげましょう!」
尋常ではない魔力が荒れ狂い、背から生えてきた物は……飛竜の翼!
それと同時に、両手の爪が伸び、どのような刃物よりも鋭い凶器と化す!
「あの世に行っても忘れないで下さい、私はユウルグ=トーテンレーヴェ!!」
人を超越した化け物は、透き通るような声で世にも恐ろしい咆哮をあげた!!
189名無しになりきれ:2007/07/01(日) 20:52:14 0
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   ◯◯0 __ ▼__0◯¶
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190老亀鬼と賢聖 ◆iK.u15.ezs :2007/07/02(月) 00:02:03 0
――海岸上空――
「なかなかしぶとかったのう」
海へ落ちていくリーブを見届け、海岸の切り立った崖の上に立つタナトスは呟いた。
「さて……久しぶりに手合わせとするかの」
目の前に滞空するルシフェルに向かって、不敵な笑みをうかべる。
「……望むところだ」
二人の間で極限まで高まった闘志が弾けようとした、その時。
「シルフィール!! 何をしている!?」
猫を肩に乗せたエルフがペガサスに乗って降り立った。
「また邪魔が入ったか、貧弱そうな小僧じゃ」
タナトスが戦槌を振り上げ、一蹴しようと突進する。次の瞬間。
肩に乗った猫がひらりと飛び降り、小さな手に持った魔銃が唸る!! 
銃口から打ち出された光がタナトスに命中すると同時に、魔力の鎖となって縛り上げる!
「『binding』のお味はいかがかの? お前さんの相手は私じゃ!」
対するタナトスは、魔力の鎖を凄まじい気迫で振りほどき、戦槌を構えながらシャミィを睨み付ける。
「賢聖シャムウェルではないか! お主のバカ弟子のせいで随分手こずったぞ!」
シャミィは軽く肩をすくめてみせた。
「弟子? はて、なんのことかの?」
「賢聖もついにボケたようじゃのう」
「んなワケなかろう、冗談じゃ。魔力は失っても知力は失っておらんぞ!」
キャスターを構えたシャミィの目が鋭く細くなっていく。その顔は、獲物を狙う猫そのもの……。
191アクア・ウーズ ◆d7HtC3Odxw :2007/07/02(月) 00:50:36 0
「ぐぼぁあ!?」
メギャアとでも言いましょうか、その様な音をたてて私の体は建物の壁にめり込んでしまいました。
「あはははは・・・・いい様だ」
「うぼぉ!!」
腹部に力任せの蹴りを入れられ私の意識は暗闇へと落ちていったので御座います。

気を失ったアクアを見てセリガは邪悪な笑みを浮かべた。
「これで、ホワイトラグーンは全ていなくなる。俺を残してな」
愛用のカトラスをアクアの頬に2,3回叩きつけてセリガは一息ついた。
ホワイトラグーンの平和的な考え、それがセリガには我慢できなかった。
弱肉強食、それこそが海に巣食う物共の唯一の正義、事実そうではないのはホワイトラグーンのみだった。
だからこそ滅ぼした、滅ぼしたはずだったのだ。

姿を変えられた妹を殺すためにすぐに追手を差し向けた。後の報告で変えられた姿がスライムだと聞いた時は
笑いが止まらなかった。スライムだと?まさかスライムに変身させられるとは・・・・・これは傑作だ。
生き延びさせる願いで姿を変えたのによりにもよってスライムとは、そこで妹の捜索は打ち切った。
何故ならほっといても誰にも相手にされず死ぬか、殺されるか、だからだ。
万が一生き延びたとしても、母が行った呪いは元の姿に戻る為に、ホワイトラグーン正統後継の血、そう、自分の血と蒼い宝珠の二つが揃って
初めて完璧に解呪されるはず。生存確率は低いと、いや、無いと思っていた・・・・・・・・・が、

生きていた!!生きていたのだ、妹は。
しかも一部とはいえ人々に認められ、受け入れられて。
間違いは正さなければならない。さぁ、今こそ、その時!!
カトラスを大きく振り上げたその瞬間、セリガは、いや、周辺一帯は隕石で吹き飛ばされた。

意識を取り戻した時、私の眼前には巨大な刃物を振りかざした兄の姿がございました。
これまでと覚悟を決めたその時、巨大な隕石が落下してくるのを私は目撃したのです。
その直後、強烈な爆風が吹き、その衝撃で私はまた意識を無くしたので御座いました。
192見えざる呪縛 ◆iK.u15.ezs :2007/07/04(水) 00:22:41 0
「来るなといったはずだ」
ルシフェルは、凍てつくような冷たい視線をセイファートにむけた。
「来るなと言われて来ない奴がいるか!」
無言で軽く腕を振るルシフェル。それだけで、凄まじい衝撃波が地面を走り抜ける。
「ぐああッ!?」
派手に吹き飛ばされて地面に叩きつけられたセイファートを見下ろし、吐き捨てるように告げる。
「これで分かっただろう? 早く消えろ」
しかし、彼女の狙いは見事に外れた。
「今日のお前はおイタが過ぎる! それともアレか!? ドッキリ大作戦?
私をハメようなんて1000年早い!!」
何事もなかったように起き上がってこんな事を言っているのである。
ルシフェルは呆れるやら腹が立つやら。
「残念だがこれが本性だ!!」
無数の小さな光の刃を生成し、一斉に放つ。どうか逃げてくれますように。
二度と自分の前に現れませんようにという願いを込めて。が、期待するだけ無駄であった。
「シルフィール……ちょっと冗談キツすぎるよ……」
そう言って、微笑みかけてきたのだ。
ルシフェルの攻撃を避けようともせずに受け、全身傷だらけで流血しながら……。
ルシフェルには分からなかった。どうしてここまで単なる騎馬にこだわるのか。
「なぜペガサス一匹に固執する!? 代わりならいくらでもいるだろう!」
その言葉を聞いたセイファートは、真剣な表情になって告げる。
「ああ、ペガサスなんて掃いて捨てるほどいるからね……どこにいっても構わないさ!」
「だったらなぜ!?」
セイファートは、ルシフェルの瞳をじっと見つめた。
「昔のパルと同じ目をしてるから……。
お前はくだらない血統に縛られてることにすら気付いてないんだよ!」

一方、隣で激戦を繰り広げるタナトスとシャミィは、横目で二人を見ていた。
「無駄な努力が痛々しいのお!」
巨大な槌を振るいながらタナトスがせせら笑う。
「無駄かどうかは分からぬ! 私やお前さんはどうなる!?」
の一撃をかわし、キャスターの引き金を引くと同時にシャミィが叫び返す。
「甘いぞ、賢聖! あやつは一族の呪縛を振りほどくにはどう見ても知能が足りん!」
タナトスの言葉を聞いてシャミィが唸る。
「うむ、確かに……あやつは私らと違ってひねくれてないからのう」
弱気な台詞を吐いたシャミィに、タナトスが追い討ちをかける。
「手を貸してやらんとそろそろエルフが死ぬぞ!まあそんな余裕はないかの!」
「あいつの想いを無駄にするわけにはいかん!!」
シャミィは迷いを振りほどくように魔力の塊を打ち出す!
獣人族を呪縛するもの、それは一族の頂点に立つ者に従うように定められた遺伝子の刻印。
シャミィは願うしかなかった。一人のエルフとの絆が獣人族の定めに打ち勝つことを……。
193名無しになりきれ:2007/07/04(水) 03:06:17 0
「なんなんだぁ!!あいつはぁ!?」
ニルヴァーナの艦上では空の男たちが突如現れたグレナデアに砲撃を加えていた。
「うろたえるな!!相手が何だろうとぶちのめす!!」
リリスラが前線に出た今、艦上で指揮を揮っているのはこの飛空艇副艦長の梟という男だ。名前の通り梟の鳥人だ。
激を飛ばしたが内心では梟はあせっていた。
(なんだ・・・この嫌な感じは、一刻も早くこいつはぶっ壊さないと)
それは太古の昔に味わった記憶の断片が影響してるのだが今は、それどころではなかった。
「ええい、こうなったら、アレを使うぞ、機関部!!エネルギー出力いけるか!?」
その言葉に機関部から伝令管を伝って声が流れて来た。
「こちら機関部!!出力いけるかって、主砲発射する気か!!」
「ああ、あんな化け物、主砲じゃなきゃ仕留めれないぜ。」
その言葉にまた伝令管から声が聞こえる。
「わかった、だが主砲を撃つだけのエネルギー値には後10分は必要だ 時間を稼いでくれ」
その言葉に梟がすぐさま策を練り、指示を出す。
「よし、あの化け物の体にでかい風穴を開けてやる、砲撃に備えて戦艦を固定する。指定座標に移動しろ」
ニルヴァーナが移動した先、その真下にはヒムルカの居城、キングクラブがいた。
「よぉし、固定アンカを真下に向けて射出しろ!!」
射出されたアンカはキングクラブの甲殻を貫いて刺さる、がキングクラブは何事も無かったかの様に佇んでいた。
「化け物蟹の殻は分厚いからな、これぐらいじゃ動じないだろ」
梟の呟きと同時にニルヴァーナの船首が上下左右に開いてゆく、その中から巨大な砲身がその身を現した。
「狙い 定めぇ!!」
砲身が巨大なうねりを上げてその狙いをグレナデアにむける。
「主砲、メガデス 発射!!」
巨大なエネルギー波が砲身から発射されグレナデアに向け発射される。
だがその一撃はグレナデアの横を掠めて虚空へと飛んでいった。逆にニルヴァーナは傾き炎上していた。
「何がおきたぁ!!」
梟は状況を把握すべく辺りを見回す。天空からの無数の流星、どうやらその一つが直撃したようだった。
ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに梟の目の前には歪な巨獣が雄叫びをあげ虚空を見上げる姿が目に入った。
黒騎士とレジーナがグレナデアの管制室からでた事で主を失ったグレナデアは自己防衛機能のスイッチが入っていた。
そこに掠めたとはいえ強力なエネルギーが飛来したのである。グレナデアは今、己を守る為、暴走せんとしていた。
194イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/04(水) 04:19:05 0
ガナン地下ブロック、最下層。
建設から気の遠くなるような年月を経て初めての今日、中途で放り出された拡張スペースは与えられた緊急時の待避所としての
役割りを全うしていた。
こんな時に上層と下層もない。薄暗い中で身を寄せ合う龍人貴族とその使用人、多くの平民達。
その一様に不安げな、顔、顔、顔……。
意識不明者などの例外を除いて、それらが一斉に天を仰ぐ。
天といっても広がるのは建材剥き出しの天井だ。中心を貫く基部の真鍮色だけが僅かなりとも彩りか。
――また揺れた。また響いた。
もう何度目だろう? いい加減飽き飽きだ。
でも、無視はできない。
だってこれは……すぐ真上から響いてきたのだから。

天井の一部が崩れ、鉄骨が煩くたわんで床を踊った。誰も下敷きにならかったのは不幸中の幸いだ。
次に降ってきた影に悲鳴が波紋となって伝わり起こった。一部の兵士や誇り高い者が武器を手に取り身構える。
複数の影が身を起こす。上階から差し込む光が彼らの不気味な姿を悪魔的なまでに際立たせた。
実際、ほとんど悪魔と変わらない。
昆虫種族クラックオン、魔物と呼ぶに遜色ない連中である。
現れたのは十数体、ケラやアリといった穴を掘るのに適した昆虫ばかり。現にここまで掘り進んできたのだろう。それぞれの
前足――というか手というか――には確かな苦心の跡があった。
中でも中心の二体、四本の金棒を持ったアリと先端の丸い触角が印象的な……何だろう? 埋葬虫?
彼らのプレッシャーは鈍い素人でも呼吸困難に陥ってしまう程だ。ちょっとこの世の物とは思えない。
盾を構えた重装歩兵達がクラックオンを囲み、その外から長銃兵の一隊が狙いを定める。――ものの、誰も勝てるとは思って
いない顔、顔、顔……。
それらが、再び一斉に天を仰いだ。

今度の響きは何とも情緒に満ち溢れた、この場に相応しからぬギターの音色であった。
これに良く伸びる力強い歌声と情熱的な踊り子が加われば、完全に熱気に満ちた酒場のステージだ。旋律が激しさを増す。
穴の縁から見下ろすギターの主は、逆光の中で一風変わったシルエットを浮かばせていた。
「愛…WILL…………暴力…………っ♪♪」
どこかで誰かが咳き込んだ。
「とおっ!!」
マントをはためかせつつ飛び下りて二転三転、ムーンサルトで華麗に着地。
「愛と暴力の伝道師!! スカイ・トルメンタ九十世!! ラーナに代わりて弱者救済っ!!!」
ポーズをとって叫ぶ隼マスクの半裸姿は、何故かとてつもなく眩しいものとして人々の目に映った。

笑みは爽やか。胸の筋肉上機嫌。肉弾系コミュニケーションの申し子。
――オン・ステージ。
195パルス ◆iK.u15.ezs :2007/07/05(木) 16:16:27 0
ハイアット君がリーブさんを助けに行った直後。顔から血の気が引くのを感じた。
「あ……」
とてつもなく恐ろしい力に気付いてしまったから。
津波の時と同じ、精霊と似て非なる何か。
「どうした? アタシと戦ったときもそんな顔はしなかったよ」
ソーニャさんが心配そうに聞いてくる。
「水が狂ってる……二人が危ない!!」
「いきなり電波を受信するな! 精霊はもういないぞ!」
盛大にずっこけるソーニャさん。そう、いないはず、あってはいけないもの……。
「細かい話は後だ!!」
風を呼ぶ舞を組み上げる。流れる空気の層が全身を包み込んでいく。
「触角――!! こっちに戻ってこーい!!」
戸惑うソーニャさんを残し、海に向かって駆け出した。

「とう!」
華麗な水上スライディングでリーブの真下に陣取るハイアット。
「さあ、僕の胸に飛び込んでおいで〜!」
両腕を広げ、意味不明な言葉と共にナイスキャッチ。
そこである事にはたと気付く。なぜ立ち止まっても沈まないのだろうか。
「……?」
周囲を見回すと、突如として濃い霧のような水の粒が立ち込めていく……。
その奥に佇む人影に気付き、思い知った。自分はすでに蟻地獄にはまった蟻であることを。
「逃がさぬぞ……」
骨の髄まで凍りつくような恐ろしい声が聞こえてくる。
ハイアットは、左手でリーブを支え、右手で銃を持って身構える。
浮遊する水の粒が収束し、形を成していく。それは、鋭く尖った無数の水の槍! 
「死ねい!!」
鋼鉄をも貫く、無色透明の凶器が一斉に二人に襲い掛かる!
196イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/05(木) 20:15:20 0
突如現れた覆面の紳士はギターをかき鳴らす手を止めようともせず、瞬くように宙を舞っては翻った。
「スリダブ流! 飛翔旋踵脚!!」
逆三角形の照り輝くボディからは信じられない、身の軽さ。
「スリダブ流! 断延髄脚っ!!!」
虫歯ゼロのスーパーカルシウムが並ぶ暑苦しい笑顔にそぐわぬ、技のキレ。
魅せ付ける、戦う芸術がそこにあった。

血が騒ぐ一曲の間に十数体のクラックオンを仕留めたトルメンタは、残る二体に眩しい笑みを向けて言った。
「セニョール&セニョール! 我輩が率いる新団体に参戦する気はないかね?」
冗談じみた多分本気の誘いには答えず、アリが前に立ち、埋葬虫が後ろで構えた。
腕を大きく広げて並ぶ様は、まるでどこかの邪神象のようで……これもまた一つの芸術作品であろう。
トルメンタが笑みを濃くし、観衆の中で一番の美女へと優しくギターを放り投げた。あざとい眼力である。
「――ゴングだ!!」
どこかで誰かが、甲高い鐘の音を鳴らした。

「とうっ!」
ゴング一閃、トルメンタが跳躍して一気に迫る。
低く、限りなく低く、まるで滑り込むようにアリの右足目掛けて唸る。
「スリダブ流!! 蟻襲蹴!!」
相手がアリだからなのか、それとも元からそんな名前なのか、横に寝そべった姿勢から目の覚めるようなキックの嵐。
狙い所は膝関節の内側。下段では一番効く嫌らしいポイントである。
「アリ! アリ! アリアリアリアリッッ!!!」
キック、キック、またキック。残像を残して数連打。恐ろしい事に間接からは白い煙が立ち上った。
そしてここでアリの反撃。右の金棒を無造作に突き下ろす。
速くて的確な一撃は、寒気のするような唸りを上げて地に亀裂を作った。
「ハハハハッ!!」
笑うトルメンタは素早く転がって避け、その衝撃を利用して舞い上がった。
例え微塵でも恐れがあってはこの顔と動きはできない。場違いに明るく戦う、空気の読めない親父であった。
「スリダブ流――」
頭上から降ってくる隼マスクを叩き落とすべく、四本の金棒が鋭く唸った。
「流星圧殺!!!」
それらを目まぐるしい回転でかわし、あらゆる勢いをつけて胸からアリの頭に激突する。
凄まじい衝突音。噴き出る鮮血。
弾き飛ばされるトルメンタ。
地に落ちて転がる彼を、見えない何かが追い立てる。
空気の弾ける音が更なる血飛沫を巻き上げた。後ろの埋葬虫が軽く両腕を振るっただけで引き起こされたものだ。
獄震波≠サれが誰も知らないこの技の名前。
邪神像が前進する。もはや奥義を隠すつもりはないらしい。アリと埋葬虫の甲殻がぼやける程に震えていた。
「フフフ……!」
片膝を突き、トルメンタが尚も笑った。
白い歯が赤く染まろうとも、その笑みだけは変わらない。

「……愛だな」
明後日な発言は、どこまでも力強く自信と慈愛に満ち溢れていた。
197グレナデアの正体:2007/07/06(金) 04:49:34 O
「しまった!?」不意を打たれたパルスが小さく息を飲む。水の槍は寸分の狂い無く2人を目掛けて伸びて来る。
思わずギュッと目を閉じて、覚悟を決めた・・・が、何時迄待とうと槍は身体に触れもしない。
『まったく、手間かけさせるんじゃないよ!死ぬんなら余所で死にな!!』
ひやりと冷たい風が頬を撫でた。水の槍は突き刺さる寸前で、もの言わぬ氷の彫刻と化していた。
「そ、ソーニャさん!?」
パルスが驚くあまり、素頓狂な声を上げた。そこに立っていたのは、蒼い炎を揺らめかせた獣。

そう、獣であった。
声はソーニャのものだったが、外見は人身獣頭の獅子。かつて精霊獣だった名残、その肉体は変異していたのだ。
精霊獣と化したリッツが周囲から生命を奪うのと同じく、ソーニャは周囲から熱を奪ったのである。
『蓋をしたから時間は稼げる、陸に戻りな。水の中で勝ち目なんか無いからね。』
ソーニャの言う通り、今や海面は凍り付いて地続きになっている。走ればすぐに岸へと帰還出来ただろう。
しかしそれをむざむざ許す相手ではなかった。凍り付いた床が激しく揺れて、亀裂が広がっていく。
『ちぃっ!!無茶してくれるじゃないのさ!!急ぐよ!!』
言われるまでもなく、パルスとハイアットは不安定な足場をもたつきながらも駆け抜ける。

          †  †  †

天より降り注いだ大火を受けて、グレナデアは姿勢を崩す。直撃ではなかったが、その被害は相当のものだ。
機械仕掛けの破壊神は一際大きく吠えて、その身体を揺らした。装甲の継ぎ目から洩れ出すのは閃光。
それは崩壊を始めたかに見えただろう。だが実際はその逆だ。邪魔な殻を脱ぎ捨てようとしていたのだ。

          †  †  †

「なんてことだ・・・マズい!みんな急いでここから逃げろ!!“アレ”が始まったらお終いだ!!」
岸に辿り着いて先に上へと登ったハイアットが、パルスに手を貸そうと振り返って突如叫ぶ。
彼は知っている。グレナデアの本当の正体を。だからこそ、今のグレナデアが見えたと同時に叫んでいた。

「あいつの装甲は身を守るためにあるんじゃない!“中身”を押さえ付けるための“檻”なんだ!!」
198アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/07/06(金) 22:04:26 0
【ロイトン住宅街】
『門が飛ぶ!馬車が飛ぶ!挙句の果てに家が空を飛ぶ!、TO〜KI〜O!』
一世代前にロイトンで流行った歌だ。
たわいもない歌だったが、それが今、ロイトンの住宅街で現実のものとして起こっている。

轟音と共に立ち上る土煙。
その煙から飛び出て宙を舞うのは崩れかけた門や、バラバラになった馬車。
挙句に抽象的な意味ではなく物理的に家が空を舞う。
それはたった二人によって巻き起こされていた。
身体を白く輝かせ豪腕を振るい、触れるものといえば馬車であろうが家であろうが吹き飛ばすバニーガール。
地を這うようにそれから逃げるリザードマン。

「わいが苦労して効果座標限定して爆発起こしたっちゅうに、あの餓鬼は見境なしやで?
常識的に考えてどっちが悪モンかわからんかい!」
不意打ちを喰らいこそしてものの、そこは八翼将に名を連ねる大司祭ザルカシュ。
巧みに間を外し、障壁を廻らせ、力をいなしながら火球を飛ばす。
「神出鬼没・神算鬼謀を誇るトカゲさんが珍しく表に出てきてくれたのだもの。逃がす手はないわ。」
白竜の祝福によって最大限肉体強化されたレジーナに、詠唱も必要ないような火球など目晦ましにもならない。
構いもせずに蹴散らし、力ずくで障壁をぶち破るストレートを放つ。

強力な詠唱や、逃げるような隙を与えるつもりはない。
ザルカシュも消耗が激しく、戦うにも逃げるにも決め手を書いている。
二人の凄絶な戦いの爪痕は更に増える様相を呈してきた。


そんな二人を上空に浮くアビサルはぼんやりと眺めていた。
星幽体になってから、アビサルの意識ははっきりとしない。
まるで海の中で浮いているような・・・
いや、自分が生みそのものとなっているような感覚・・・
無限に拡散する意識をかろうじて保っているのは、周囲を囲む五つの宝珠のおかげなのだろう。
199アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/07/06(金) 22:08:25 0
【ガナン】
オペラとスターグの戦いが最高潮を迎えた時。
老貴族は一人館に残り、上質のワインを傾けていた。
避難を勧める執事やメイドたちの言葉に耳を貸さなかったのは、12貴族としての・・・猛る大老と呼ばれた漢の意地であった。
そして、先に死地へと赴いたミュラーを、カールトンを、ベルファーを想ってのことだ。
彼らの事はオシメをしていたときから知っている。
苦楽を共にし、時に対立し、時に手を握り合い・・・・そして皆・・・自分より先に死んでいく・・・

目頭にじわりと光るものがこみ上げてきたとき、大轟音と共に館が大きく震えた。
それと共に開かれる大老イフタフの目には既に光るものはなかった。
いや、目そのものが光っていた。
その光は戦いの狂気と殺戮の喜びに満ちた捕食者の目であり、先ほどの老人の目は既にどこにもなかった。

#################################################

ガナン内部にクラックオンの軍勢がなだれ込みどれ程が経っただろうか?
蒸気と血煙の立ちこめる中、イアルコの前に悪魔のシルエットが近づいてくる。
「だ、だ、だれじゃ!余はイアルコ・パルモンテなるぞ!
恐ろしく強いから悪い事は言わん、他所へいけ他所へ!」
裏返るような声に引けた腰で、脅しているのかお願いしているのか微妙な言葉を無視してシルエットは大きくなる。
身の丈3m近く。デザイン的に凶悪さを強調させるように体のいたるところに角が生えている。
何より恐ろしいのはその眼光。
正体はわからぬが、イアルコは本能的にその眼光を恐れていた。
悪魔のシルエットが今、その正体を現す。
「なんじゃ。パルモンテのところの糞餓鬼か。
戦場で会う最後の面がこれとは、儂もほとほとついていない・・・」
姿を現したのは異形の姿。
だがその声はまさしくイフタフ・パルプザルツだった。

イアルコはその眼光を本能的に恐れていたのかを理解した。
同じ十二貴族として、お互いの家に行き来する事も多い。
その時に「悪戯」で破壊した美術品・秘宝・古代文献は数知れない。
破壊した品物と同じ数だけイアルコはイフタフに折檻されてきたのだ。
それだけではなく、幼いイフタフの孫に色々「仕込む」たびに、本気で殺されかけてきたのだ。
イフタフの眼光がトラウマになるのも仕方がないのだが、それでも懲りずに悪戯や仕込を繰り返したのだから大したものだ。

「お、おお、イフタフ扇。なんというか・・・随分とまあイメチェンしたのぅ。」
あまりの変わりように動揺は隠せなくとも、ある意味知った顔でほっとしたイアルコ。
だがイフタフの方は、「ちっ」と小さく舌打ちしたあと、ゆっくりと倒れた。
良く見れば手には蟷螂の胴体を鷲掴みにし、体中には教皇軍の制服だったものや無視の体液がたっぷりとかかっている。
それは今までイフタフがこの我なんて切り開いてきた修羅の道を容易に想像させるものであった。
「聞け、糞餓鬼。
我がパルプザルツ家は龍人の為、古代文明復活の為、あらゆる研究を行ってきた・・・
その結果、六星龍の祝福を全て受けられる術を身につけた・・・」
現れた早々いきなり倒れ、まるで遺言モードに入ったイフタフに戸惑うが、首を掴まれているので逃げる事も出来ずただ話を聞くしか出来ない。
「六ブレス併用は劇的な効果をもたらすが・・・この老体では少々辛くての・・・」
200アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2007/07/06(金) 22:08:41 0
「あ、いや、ちょっと待たれよ。この流れじゃと、やっぱり・・・」
猛烈に嫌な予感がして、話を何とか途切れさそうとするのだが無駄な努力だった。
瀕死とは思えぬほどイフタフは力強く、首をへし折らんといわんばかりに握り締めてくる。
「なんじゃい!瀕死の老人が託そうというんじゃ。黙って受け取るのが筋じゃろうが!」
「だってその姿になるのはよのファッションセンスが・・・そうそう、シファーグ候がそこらに徘徊しておるから・・・」
「やかましい!複数ブレス併用時の姿は人によって違うから安心せい!じゃから黙って受けとらんかあ!」
何とかごまかそうとするイアルコに、久方ぶりにイフタフの雷が落ちる。
反射的に萎縮したとたん、絞められた首に何かが入り込んできた。

「糞餓鬼・・・イアルコよ・・・六星龍の祝福を受け・・・金龍へと辿り着け・・・。
くく・・・戦場での最後がこれとは・・・まんざら・・・・・」
まるで全ての力をイアルコに渡したかのように、イフタフの姿は悪魔から一人の老人へと戻っていた。
首を絞めていた手も力なく外れ、笑みを浮かべて横になる。
「ちょ・・・この糞じじぃ!勝手に託して死ぬな!こんなの余のキャラじゃないぞ!」
体が判っていた。
イフタフは六星龍ブレス併用の能力と力を自分に注ぎ込み力尽きたのだ、と。
溢れんばかりの力を得た今、腕に抱くイフタフの体は余りにも軽い・・・


「やかましいわ糞餓鬼が!わしゃ死ぬ時は可愛い孫に手をとられてと決めておるんじゃ!
バトンタッチして休めると思ったら耳元手がなりおってからに!
力を渡したんじゃからさっさと戦いにいかんかい!!」
「〜〜〜〜こ、この糞じじぃ!紛らわしい振りをしおって!
貰った力で早速引導を渡してやるわい!孫のところまで飛んでいけい!」
珍しくシリアスになったのに、打ち壊すように起き上がるイフタフ。
それが恥ずかしいやらみっともないやらで、ぶるぶる震える手でイフタフの右頬に左ストレートを食らわすと、文字通りイフタフは星となって空の彼方へと飛んで行ってしまった。
その左手は本来光るはずのない白い光を放っていた。
「おお、メリーのパンチに匹敵するやもしれんのぅ。」
星になった方向を見ながら、受け継いだ力の強大さを実感していた。
201異説・人魚姫1 ◆iK.u15.ezs :2007/07/07(土) 01:14:26 0
『逃がさぬ……!!』
背後から聞こえてくる恐ろしい声を振りほどくように、走った。
轟音を立てながら氷が砕け散っていく。もうすぐ岸にたどり着くという時。
「え……!?」
足元の氷が崩れ去る!!気付いた時には冷たい水の中に落ちていた。
「パルス!」
激しい揺れの中、ハイアット君が僕の手をつかんだ。
ハイアット君の足場もいまにも崩れそうで、左腕には気を失ったリーブさんを抱えたままだ。
引っ張りあげている暇は無いだろう。だから、叫んだ。
「大丈夫だから……行って!!」
「ウソつけ!! 泳げないくせに!!」
精神に直接入り込んでくるような不気味な声がはっきりと響いてくる。
『ククク……そやつを憎からず思っておるのか?
その女の正体は罪も無い者を抹殺してきた化け物ぞ!!』
ほんの一瞬。ハイアット君の瞳に動揺が走り、手を握る力が緩んだ。
そしてその一瞬は、僕が水の底に引きずり込まれるには、充分すぎた。
「あ!!」
ハイアット君がしまったという顔をするのが見えた。
こんな時だというのに、ひどく眠い。そうだ、このまま眠ってしまおう……。
「パルメリス――――ッ!!」
断末魔のような絶叫が聞こえたのを最後に、僕の意識は深淵へと落ちていった……。

――今は昔、たいそう美しく優しい人魚の姫君がいました。
彼女はやがて立派な女王に成長し、愛する人と結ばれます。
しかし、運命は彼女に幸せになることを許しませんでした。
たった一人の愚かな王の仕掛けた戦乱が、全てを狂わせてしまったのです。
彼の名はレシオン。新しき神に、祝福という名の呪いを受けた一族の王……。

ここはどこだろう……。そっと目を開けると、一面青い世界だった。
水の中に浮かんでいるようだ。精霊のようで精霊で無い、様々な力が働いている。
息ができるし、水圧も無い。極限まで穏やかになった時の流れ。
異質で不気味、それでいて優しくて神秘的で、不思議な領域。
「お目覚めか、エルフの姫様よ」
すごく綺麗な声が聞こえてきた。でも、紛れも無くさっきの恐ろしい声と同じだ。
顔を上げると、目の前には、人間の上体と鯱の尾を持つ人魚がいた。
見たことも無いほど美しい人。なのに、どこかすごく悲しそうな瞳をしているのはなぜ?
そこで、ある事を思い出した。津波の時の力は、今この場所に働いているのと同じものだ。
異質な力を使うこの人は、敵だという事に思い至り、剣を突きつけて問い詰める。
「貴女なの? 街の人を踏み躙って……津波まで起こしたのは……!」
「フフ……随分威勢のいい奴よ。いかにも、全て妾の仕業じゃ」
美しいその人は、平然と言ってのけた。信じられなかった、信じたくなかった。
次の瞬間には、震える声で畳み掛けていた。
「どうして……どうしてそんな事を!?」
その人は、僕の問いには答えず、幼い子どもをなだめるような声で語りかけてきた。
「まあ落ち着け、それは後じゃ。先に妾の質問に答えるがいいぞ」
「何……?」
警戒は解かないまま、聞き返す。
「何からいこうかのう……そうじゃ、龍人戦争とは何か知っておるか?」
これではっきりした。この人は僕をからかって遊んでいるのだ。
仮にもエルフの長だ、知らないはずは無い。
そう、僕の先代は他でも無いその戦争で命を落としたのだから……。
202イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/07(土) 01:35:28 0
邪神像が渦を巻いた。
前より金棒二対の大旋風、後ろより縦横無尽の衝撃波。
取り巻く観衆の輪の最内で盾を構えていた重装歩兵の人垣が、この余波だけで木の葉のように舞い飛んだ。
直接威力に晒されたトルメンタの体が原型を留めていただけでも奇跡的と言えよう。人体とは思えぬ強度である。
「フハハハハハハッ!!」
笑う笑う。中枢に叩き付けられ、べっとりとした赤い絵筆となりながら、彼の内なる何かは漲り続けていた。
すぐさま追撃、亜音速の金棒が襲う。
「チェンジ! グラン・トルメンタ九十世!!」
隼転じて鷲のマスク、剛のスリダブ流を使う男は、力強い腕の交差だけで二本の大鉄柱の衝撃を受け止めていた。
しかし、下からもう二本。
もはや人体を打つ音ではない。吹き飛びこそしなかったが、地を滑るトルメンタ。
そして、何もさせじと獄震波が爆ぜる。
アリと埋葬虫の連携は完璧であった。こいつらはたった二体で死角のない軍隊なのだ。
一人で立ち向かうには無謀すぎる相手。
トルメンタのガードが下がった。これまでかと、見守る誰もが諦めただろう。

「子羊達よっっっっ!!!!!!!!」

だが、この親父……まだ楽しげに活き活きと吠える。
「我輩の勝利を願う子羊達よ! 諦めたか!? 恐れをなしたか!? もうお仕舞いだとお祈りか!?」
注目の視線が最高潮の密度に達した所で、彼は静かな染み入る声で後押しするように言った。
「……ここからの逆転劇を、見てみたいか?」
YES YES YES YES 答えはもちろんYESである。
「我輩に惜しみなき愛のエールを注ぐか!?」
YES YES YES YES 他にどう答えろというのか。

「んならばっっ!! ――――ビバ・トルメンタと叫ぶがいい!!」
YES!! YES!! YES!! YES!!

『ビバ! ビバ・トルメンタ!! ビバ! ビバ! ビバビバビバビバビバビバ!!!    ビバ!!
  ビバ・トルメンタ!!!   トルメンタ!!  ビバあああああっ!!  ビバ! ビバ! ビバ! ビバ!』

観衆の思いが一つとなり、その熱気が注がれた時にこそ、スリダブ流・超人闘法の重き扉は開かれるのだ。

「フハハハハハハハ!! 我が肉体にビバの声、轟いたり!!!!」

爆発する笑顔と歓声を意に介さず、邪神像のとどめが迫る。
この場の空気にまったく動じる事のない、彼らもまた――ビバに足る者であった。
「むぬふぅっん!!」
特大爆雷のような一斉攻撃を、腰を捻り抱えるように手を組んでといった上半身の筋肉を強調するポージングで
受け止めるトルメンタ。
「超スリダブ流!! 二身双来!!!」
光が、圧力を伴って天を衝いた。

『愛と暴力の伝道師!』「スカイ!」「グラン!」『トルメンタ九十九世!!』『ラーナに代わってお見せします!!』

…………何を?
光が晴れた後には隼と鷲のマスクを被って一号二号といったポーズをつける、二人のトルメンタ。
『いざ、タッグ・バトル……!』
ガナンの地下は今、驚愕とドン引きの沈黙に包まれた。
203名無しになりきれ:2007/07/07(土) 13:51:05 0
うわぁ・・・
204 ◆d7HtC3Odxw :2007/07/08(日) 11:46:44 0
ロイトン地下水道、迷路の様に入り組んだこの水道はまだロイトンが小さな港町だったころから増改築を繰り返し今に至る。
そいつはその時からそこに生まれ今日までひっそりと隠れ生きていた。
そいつはご機嫌だった。今日は沢山エサが落ちている。いつもなら小動物一匹捕まえるのにさえ苦労すると言うのに。
しかも上質だ。生まれて初めてこんな上質の肉は食べた事が無い。
そいつは上質のエサを求めていつも巣食っている穴から這い出て一心不乱に散乱しているエサを食い漁る。
そんな時だったいきなり天井が割け、何かが2つ落ちてきたのは・・・・・・・・

うまそうな血の匂いに誘われるがままにそいつは近づく、目の前には2匹の獲物が倒れていた。
だが、片方は既に気を取り戻し立ち上がろうとしていた。
そいつは考えた、武器を持ってる奴とは戦り合いしたくない、もう片方は・・・・・
「ちぃ!!なんだってんだ!!・・・・まぁ、、いい この怪我じゃあほっといても死ぬだろ。」
もう片方の獲物は血まみれで瀕死と言っても過言ではなかった。

「まずは、一度合流するか・・・・・」
流星の至近距離の落下で地下水道に落ちたセリガとアクア、直撃では無いとは言えセリガにも甚大なダメージとなっていた。
熱風で背中は焼け爛れ、吹き飛ばされてきた瓦礫の塊で体の数箇所の骨は砕かれた。
軋む体を引きずってセリガは去ってゆく。それを見届けそいつはもう一つの獲物アクアに近づいた。
息も途絶えがちだが一応は生きている。そいつは歓喜した。こんな巨大な生きた獲物は初めてだ。
これを頂いたら更に腹は満たされるだろう。そいつはゆっくりとアクアを包み込んでいった。

もう、痛みも衝撃も感じていませんでした。ただただ、心臓の鼓動だけが大きく聞こえてくるだけ・・・・・・・・
目を開ける事も、手を動かすこともすべてが、煩わしく思えてきて、そんな時、何かが私を包み込んで来ました。
海・・・・・海に包まれる様な感触、それも束の間の事、それは私の体全てを包み込み、呼吸を奪い、最後の自由をも奪いつくしたのです。
薄れゆく意識の中、思った事は、父母の無念、今までの思い出、兄への怒り、旅した仲間への思い、そして、あの約束・・・・・・・・・
まだ、死ねない!!
そう思ったと同時に私の意識は、いえ、私の体は溶けさったのです。

ロイトン地下水道に巣食っていた、長年生き抜いたスライムの中でアクアは最後の時を迎えていた。
包み込まれた体はゆっくりと溶かされもう半分程も無い、それでも命を保っていたのは奇跡とでも言うしかないだろう。
最後の瞬間目を見開いたアクアを泡沫が包む。そしてそこには何も無くなっていた。
それと同時にスライムにも変化がおきていた。 小さく纏まり 小刻みにブルブルと震え、時々、奇妙な形に蠢く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
数刻の後、セリガとアクアの落ちた場所に寂しく転がった宝珠とラーナのペンダントを拾い上げる人影があった。
205異説・人魚姫2 ◆iK.u15.ezs :2007/07/08(日) 23:17:35 0
僕は、人魚を鋭くにらみつける。
「知らない訳ないだろう! 悪の龍人王アーダが始めたくだらない戦争だ!
僕のお父さんは……その戦争のせいで……精霊王を倒すために死んだ!」
人魚は、相変わらず完璧な微笑みを浮かべていた。
「辛いことを聞いてしまったか。されど、それは単なるお伽話。
姫様よ、世の中はそれ程単純では無いぞ。あの戦争の原因はそなたの一族の方なのだよ」
それを聞いた瞬間、心臓を射抜かれたような衝撃が走った。
違う……騙されてはいけない、僕を動揺させるための嘘に決まってる。
だとしたらこの胸騒ぎは何だろう?
「戯れ言を言うな……僕達の一族は……やり方は滅茶苦茶だったけど……
いつだって世の秩序を守ろうとしてきた! 自分から戦争なんて起こすはずがない!」
「信じるかどうかはそなたの自由じゃ」
彼女は、聞いてもいないのに勝手に語り始めた。嘘にしては出来すぎた歴史を……。
「昔のエルフ共は精霊を制御するために人造の精霊獣を作った。
彼らが《アニマ》と呼んでいたものだ」
《アニマ》……精霊を制御する過程で試験的に完成された存在。
危険すぎるからすぐに封印されたはずのもの。弄ばれていると知りながら、思わず聞いてしまう。
「どうしてそれを知っている!?」
「待て、そう焦るな。
エルフの王レシオンは《アニマ》の力を使って世界を支配するべく戦争を始めた」
「レシオンだって!?それに戦争を始めたって……」
僕が名前しか知らない、二代前の長の名前。人魚は僕の動揺をよそに、静かに語り続ける。
「しかし、戦乱の最中、あろうことか彼は自分の《アニマ》と同化して世界を食らい始めた……
12の属性を全て併せ持つ究極のアニマ……《無》のエクスマキーナ
強力すぎる《無》の力を制御しきれなかったのであろう」
僕はいつの間にか聞き入っていた。認めるしかなかった。これは全て真実なのだ。
「そなたの父君が倒したのはな、《無》のエクスマキーナだ。
しかし一度始まってしまった戦争は始めた者が死のうが消えようが関係ない。
そなたの父君はレシオンが火を付けた戦争は放ったまま逝ってしまった。
当時は我々も考え無しだったからのう。
残された我々は龍人共と戦って戦争を終わらせるしかなかった……」
関係ないはずの獣人達まで巻き込むほどの戦争だったのに……僕は何も知らなかったのだ。
思い当たることがあって問う。
「まさか……貴女の力は……!?」
「その通り、妾が宿すこの力は《アニマ》。これを埋め込まれた時、今の話を知ったのだ」
思った通りの答えが返ってきた。さらに続ける。
「なぜその話を僕に? 何を企んでる!?」
「せっかくだから単に話してみたかっただけじゃ。冥土の土産程度にはなったか?」
予想通りの言葉に、剣を構える。人魚はそれに構わずに相変わらず穏やかな顔のまま迫ってきた。
「《アニマ》は本来エルフ以外が使おうものならすぐに精神が崩壊してしまう代物じゃ。
妾は新鮮な魂を《アニマ》にやる必要がある。
この250年幾人も食い殺してきたがどいつもこいつも不味くてのう……
されどそなたは最高の魂をしておる……そなたを食らえば1000年は持とうぞ」
そっと手を伸ばし、僕の耳を愛おしげに撫でて、微笑んだ。
「楽しませてくれた礼じゃ……楽に逝くがいい」
その言葉が終わらないうちに、精神の《アニマ》、《霊魂》のアンヴェセスの力が展開される!
僕を深い眠りに引きずり込もうとしているのだ……!
「見切った!!」
改変した精霊力中和の霊法を紡ぎあげる! 展開された力が一瞬にして掻き消える。
冥土の土産話で真実を教えてくれた事と
《アニマ》を分析する時間をくれたことは感謝するべきだろう。
「……なんだと!?」
続いて、水圧消去と水中呼吸の効果を固定する導引を結びつつ、すぐ下の水底に降り立つ。
「力の正体を教えたことを後悔しろ!! 貴様の餌になるつもりなどない!」
人魚は、美しい顔に凄惨な笑みを浮かべた。ついに本性を現したのだ。
「腐ってもエルフの長か……。少々甘く見すぎたようだな。だが後悔するのはそちの方じゃ!」
三又の矛の切っ先を真っ直ぐに僕に向け、襲い掛かってくる。
「僕は……こんな所で……死ねない!!」
それは、自分に言い聞かせる言葉。アスラちゃんの剣を握り締め、迎え撃つ!
206 ◆F/GsQfjb4. :2007/07/09(月) 19:59:41 0
23日前
凄まじい怒りが大気を震撼させ、その場に居合せた者達を圧迫する。
「助かったぜ、まさかテメェがオレ様を助けるなんてな。どういう風の吹回しだ?」
乱暴にハインツェルの髪を掴むと無理矢理に持ち上げる。
「“奴”を倒すためさ…《創世の果実》を喰った“奴”には僕1人じゃ勝てないからね」
「あぁ、そういうことか。確かにテメェじゃあ無理だろうな」
怯えながら答えるハインツェルを嘲笑い、そのまま無造作に放り投げた。
少し離れた場所のヒューア達に向き直り、ゴードは両手を広げて破壊の力を集束させる。
「とりあえずはテメェらからだ。よくもオレ様をコケにしやがったな…消えやがれ!!!」
破滅を凝縮した禍々しい輝きが、巨大な光の球体となって撃ち出された。
「させません!『食らい尽くせ!パラモネ!!』」
コクマーの剣が歪み、全てを喰い尽くす顎と化す。しかしサイズが違い過ぎた。

「『轟け!バランダム!!』」
雄々しき掛け声と同時に現われたのは…見上げる程に雄大な巨人の腕。
その腕が力強く握り締める大剣が淡く光り、次の瞬間、周囲一帯から空気が消えた。
イェソドの剣、バランダムの能力は事象置換。在るを無きに変え、無きを在るに変える。
大きく振りかぶり、横薙に払うと既に《絶滅》も跡形も無く消え去っていた。
「所詮は貴様もこの世の事象に縛られた者、《絶滅》もまた然り」
もう一振りすると周囲に再び空気が戻ってきた。“別の場所”と“置き換えた”のだ。
ドオオオオオオオオオン!!!!
轟音がゴードの半身を消滅させた。“置き換えた”場所、そこはゴードの後方!!
本来ならば業怒の魔物が使う《絶滅》は、その規模と等価となる量の存在を消し去る。
だがゴードは地底都市から吸い上げたエネルギーにより、《絶滅》の消滅量を上回っていた。
出来れば今の一撃で完全に倒したかったイェソドは、その結果を見て眉間に皺を寄せた。
バランダムの能力は強力な反面、使用回数に制限がある。故に無駄は可能な限り避けたい。

「遅くなった、すまぬ」
「いや、助かったよ。とりあえず嫉妬から片付け…っ!?いない!?」
気付けばそこに倒れていた筈のハインツェルがいない。おそらく転移して逃げたのだろう。
「クソッタレ!!これじゃまた振出しに戻ったじゃないか!!」
「慌てるな、あの傷ならばそう遠くへは行けまい。先に奴を片付けるぞ」
イェソドは剣の切先をゴードに向けてヒューアを諭す。最も危険な大罪を仕留める機会だ。
「……クソ野郎が…このオレ様を…よくも…」

獄炎の如く燃え盛る怒りが具現化し、ゴードの失われた半身が再生を始めた。
「殺すだけじゃ絶対に足りねえ……絶対に足りねえぞクソ野郎がああああああああ!!!!!!!」
207 ◆F/GsQfjb4. :2007/07/09(月) 20:02:18 0
地上3万m
「何をそんなに驚くのかね?エクスマキーナの“力”は知ってるだろう?」
あまりにも巨大、しかしその存在感は全く感じられない。本質が“無”であるが故に。
「星々を食らったか…貴様!!」
「ご名答、しかしまだまだ足りないのだよ。私の望む“力”には到底及ばない…」
レシオンはグラールの猛攻を片手で易々と受け流し、悲しげに呟いた。
「だからグラール、君がここに来てくれて良かった。感謝するよ、心から感謝している」
捕まった、そう気付いた時にはもう既にグラールの身体へ無の侵蝕が始まっていた。
「君のおかげで、やっとエクスマキーナは完成する。更には邪魔な十剣者も始末できる」

「あぁなるほど、イルドゥームもアニマも…元を辿れば1つ。“オリジナル”を吸収
すれば完全な存在になるって訳ね。でもそれが本当に完成かしらね?」
メイの表情からは余裕の笑みが消えない。
目の前で仲間が敵に取り込まれたにも拘らず、呑気に携帯電話を弄っていた。
「貴方の“正体”も分かったし、わたし達も忙しいからケリにしましょうか…
ここ数百年の間、見掛けないと思ったら、こんな所にいるんだもん。腕が鳴るわ」
何も無い空間から1振りの長剣が現われて、メイはそれを手に取った。
「ふん、如何に“初期ロット”とはいえ真理を得た我とエクスマキーナをたお…」

レシオンの右腕が細切れになった。

「…あ?」
何をされたのか、何が起きたのか、レシオンは理解出来なかった。
すぐさまアニマを使い、時の流れを操作する。が、次は左腕が細切れになった。
「バカな!?停止した時間の中で私を攻撃す…ぎぁあッ!!!」
次は右脚が切り裂かれた。レシオンは予想外の攻撃に、我を見失ってしまった。
「先に“あの子”と出会えて良かったわ。今度は“この剣”を使えるからね…」
メイの振るう長剣の名は『グルグヌス』。時を司る使徒の三剣が一振り!!
「これから先、流れる全ての時間はわたしが“切り落とす”から、そのつもりでね?」
「バカな…そんなバカなあああああああああぁ!!!!!!!」

 ∵愚かな…我らが何の準備も無く貴様を待っていたとでも思ったか?レシオン∵

エクスマキーナが喋った。自我を持たぬアニマが、言葉を放った。
「グラール、後どれくらい掛かるの?」
メイはエクスマキーナに向かって、確かにグラールと尋ねた。
208定めか絆か ◆iK.u15.ezs :2007/07/09(月) 23:07:52 0
「くだらない……だと?」
静かに呟くルシフェルの顔が怒りに歪み、空気中のマナが張り詰めていく。
数刻のあと、彼女を中心とした一帯の空間に膨大なエネルギーが炸裂する!!
「……笑わせてくれるわあッ!」
爆風に、幾枚もの純白の羽根が舞う。魔術に自分自身も巻き込んでしまったのだ。
極度の精神不安定によるマナの暴走である。
「やめろ―――――――ッ!!!!」
爆風が吹き荒れる中、セイファートは力の限り叫んだ。
ルシフェルの方に駆け寄り、肩を掴む。
嵐が収まった時、ルシフェルは一切の感情を遮断した、全くの無表情で佇んでいた。
「リリスラ様は立派なお方だ。貴様とは格が違うのだよ……」
まるで台詞を定められた機械のように淡々と語りかける。
セイファートは、気絶した人を起こす時のようにルシフェルを揺さぶる。
「それは本当にお前の意思か!?」
「当たり前だ……貴様など馬鹿で腰抜けで何の取り柄も無い!!
三秒だけ待ってやる……それでも私の前にいたら……」
そこまで言って、少し言葉を切る。一瞬の間の後。
「……本気で殺す」
この世の何よりも冷たい声で、静かに告げた。手の中に、魔力の刃が現れる。
しかし、セイファートは不敵な笑みを浮かべた。彼が滅多にしない表情。
「やってみろ! 逃げも隠れもしない」
そう言って少し下がり、両腕を広げ、あえて狙いやすいような姿勢をとる。
「愚か者め!!」
ルシフェルが一瞬にして距離をつめ、鋭い刃が容赦なく迫る!!
「さよなら……セイ……」
そして……二人の位置が交差し、鮮血が舞う。

「…………」
数秒後。ルシフェルは放心状態で佇んでいた。殺したからではなく、殺せなかったから。
心臓を狙ったはずの彼女の刃は、大きく逸れ、腕を掠っただけだったのだ。
「これで分かっただろ? お前に私は殺せない!!」
得意げに笑いかけてくるセイファートを見て、ルシフェルの頬を一筋の雫が伝っていく。
冷厳なる戦乙女が泣いていた。
それは、リリスラに仕えていた頃は決して有り得ない事だった……。
209イアルコ ◆neSxQUPsVE :2007/07/10(火) 01:48:11 0
鷲が隼の両足を引っ掴み、豪快にぶん回して投擲する。
『フハハハハハハハッ!!』
木霊する笑い声も豪快に水平飛行。高速錐揉み回転したスカイ・トルメンタの頭突きがアリの腹部にめり込んだ。
「超スリダブ流! 地獄千枚徹!!」
直撃――とはいえ、三メートルを超える巨体の上に獄震を駆使した重装甲。カノーネの零距離砲撃を受けて小揺るぎも
しなかったクラックオン烈士の肉体である。
それはそのまま、堅牢なるアダマンテインと言えた。
「…………ッ!」
踏み止まってアリが堪える。
そう、堪えたのだ。
その顎が僅かに鳴っただけで、割れんばかりの衝突と軋みの音が響いただけで、この馬鹿げた技の威力は充分過ぎるもの
として観衆の目に映った。
『ビバ! ビバ! ビバ・トルメンタ!!』
未だに回転を続ける隼と耐えるアリに対し、それぞれの相棒が動いた。
破壊の嵐獄震波≠真っ向からくぐり抜け、空中に跳んだ埋葬虫を追って鷲が羽ばたく。
果たして、何が起こったのか?

「超スリダブ流!! 阿修羅崩落!!!!」

もつれ合ってより高みにまで舞い上がった両者。その頂点での体勢は、逆さになった埋葬虫の体を抱え持つように足を開いた
グラン・トルメンタといったものであった。
一瞬だけ彼の腕が六本に見えたのは……恐らく気迫の成せる技。
そのまま、凄まじい加速で落下に入る。
あれは墜落の衝撃をすべて相手にぶつけ、首折り、背骨折り、股裂きのダメージを同時に与える技なのだと、何人かの
想像力を備えた目聡い者が直感した。
しかし、首のフックが甘い。
「ぬおっ!?」
強引に戒めを振り解いた埋葬虫が上下を逆に入れ替える。初見の技の弱点を見抜いてすぐさま返しに掛かるとは、洞察力や
即応力だけでは言い表せない、とんでもない勝負勘の持ち主であった。
しかし、首のフックが甘い。
「フハハーーーッ!!!」
鷲がまた切り返し、また返されと激しくもつれ合い続ける。

「超スリダブ流!! 羽鷺洲辺車流ぅぅううう!!!!」

地上では、もう一つのでたらめな関節技が極められていた。
アリの背後に馬乗りになった隼が両足で上両腕をロックし、両手で上両手首を掴んで前方へと力の全てを掛けている。
位置的にもう一対の両腕は回りそうにない。獄震も密着されては効き目が薄い。こちらは首のフックが甘いと言う事はなく、
脱出不可能の技であった。
『ビバ・トルメンタああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
決まったのは、同時だった。
上両肩を破壊されたアリの上に、占有権を取り戻した鷲と取り返された埋葬虫の体が激突し、微塵になった甲殻が弾け飛ぶ。
後に残ったのは、佇むトルメンタ一人きり。
観衆の声に応える彼は相変わらずの笑顔だったが、不思議と一抹の寂しさがよぎったようにも見えた。

十烈士、アント・クラックオン《ジオル》&キャリオン・クラックオン《ユウダイ》――再起不能。
210名無しになりきれ
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.;/    \ :::', 運命の鎖を振りほどき、いざ往かん!最後の決戦へ!!
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i '" (人_) ""* ::i 未来を掴むのは、あらゆる命に与えられた権利なのだから!!
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