【物語は】ETERNAL FANTASIA〜TRPSU【続く】

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216ST ◆9.MISTRAL. :2006/10/31(火) 21:23:48
その日は公国という巨大な怪物が、その身を大きく揺らいだ1日だった。
12貴族に名を連ねるライヒハウゼン家当主、ディオール=ライヒハウゼンによる謀叛。
『最も忠義に厚き騎士』と呼ばれたディオールの反逆は、軍関係者並びに騎士団に衝撃を与えた。
ディオールは現場にて近衛兵により捕縛、刑務所に投獄されて明日には公開処刑が決定している。

しかし、ディオールを知る者は彼が犯人とは露程にも思っていない。
理由はとても簡単だ。
黒星龍の《ブレス》に、あのような大規模な爆発を起こす類は存在しないからである。
黒騎士の名の象徴である黒星龍の《ブレス》は、攻撃手段が直進・貫通型のものだけなのだ。
それ故にディオールには、あの大爆発を起こす事は“絶対に不可能”なのである。

この事実にいち早く気付いた騎士団長カルナートは、公国軍元帥ミュラーに訴えた。
しかしその訴えは黙殺され、カルナートは南部方面軍の視察を命じられ、首都から遠ざけられた。
この事から今回の公王暗殺未遂が、侵略派貴族による陰謀であると囁かれるようになる。

そして翌日、黒騎士ディオール=ライヒハウゼンの公開処刑の時が訪れた。


――時間は遡り、2日前…北端の都市ルフォン
近郊の廃鉱から発掘された、古代の超大型兵器を強奪する為レジスタンスが集結していた。
兵器の名は《グレナデア》
射程距離数百kmの霊子砲2門を筆頭に、千にも及ぶ重火器を搭載した怪物である。
もし《グレナデア》が起動すれば、形勢は再び公国に傾くだろう。
王国は何としてもそれを阻止する必要がある。

既に王国獅子十字軍3個連隊、ギルドの全面協力を経て集められた4600の傭兵がルフォンを目指し進軍を開始。
更に公国領内に点在する反乱組織を纏め上げ、先行部隊として《グレナデア》強奪作戦を決行。
リッツが所属する《運命の牙》もその強奪作戦に参加しているのである。

217ブルーディ ◆aQHjxI7K8U :2006/11/01(水) 00:14:54
この世の中は虚偽で溢れている、そしてその虚偽を信じ過ごす者が多くを占める。
では真実を知るということはどういうことなのか?……俺は真実など知りたくはなかった。

「さっきからどうしたぁ?いつもより一段とブルーだな、今にも死にそうな顔してるぜ」
モグラの爺さんはいい人だ、こんな俺に飽きもせず語りかけてくれる、そして、
俺の身を案じてくれているのも嬉しい、だがその全てが今の俺にとっては煩わしさの根源でしかない。
「なんでも……ないんだ、本当になんでもない。」
素気ない返事しかできない、俺は明日濡れ衣の男を送るのだ。
いや、これはもう見殺しといえる、貴族の覇権争いというものを見せられて、
俺に一体なにをさせたい……

「貴族……か」
「あ?ああ、全く嫌な奴らだぜ、」
あの城など一皮剥けば魑魅魍魎の巣、自らの権力を保持するためならば
味方を殺すことも厭わないということだ、奴らに怒りを覚えることは多い、
だが俺は溜め息をし怒りを虚しさに隠すしかできない。今の生活は城の、
貴族に支えられている節も少なからずある、生きていく上でのしがらみは容赦なく俺を押さえつける。

そして、考え込んでいる内に夜が明けていた、
止めるべきなのか、それとも保身のために従うのか、いや、実際は分かっている、
勇気がないんだ。自分に反吐が出ながらも俺は畏れている。

そして俺は交響楽団を引き連れ鎮魂歌の指揮を取ろうとしていた。
野次馬の数は圧倒的で、よく見るとモグラの爺さんもいる、
俺はこの野次馬の目が耐えられなかった、黒騎士の死を見に来ているのはわかってる。
公開死刑なんだから当たり前だ、だが、それが俺にはどうしようもなく辛いんだ。
俺は指揮をやめる、演奏が止まり、辺りはざわめきで広がる、しかし、俺の中には静寂が戻ってきた。

この世の中は虚偽で溢れている、そしてその虚偽を信じ過ごす者が多くを占める。
では真実を知るということはどういうことなのか?……後悔の念を消し、
何かを変えることができるのか?その答えは……いまここで出る。

「みんな!聞いてもらいたいことがある、今日、この場で、今まさに死刑になろうとしている男。
 彼は無実の罪で死刑を受けようとしている!彼は潔白だ!」
この言葉に野次馬も楽団のみんなも、そして見に来ている貴族もただ黙る。
「なぜならば、彼は暗殺を行なえるわけがないからだ!暗殺は爆発を持って行なわれた!
 しかし!彼には爆発を起こす術を持たない!」
全てを明かした時には貴族の命令により近衛兵が俺の周りを囲う。
これもまた、一つの結果だと受け入れようとしたとき、放物線を描きトランクが俺の前に落ちる。
当たり前のように、トランクを開ける、そして吸い寄せられるかのように俺の手元にくるローラ。
静かに深呼吸し、肺を空気で満たしていく、最大まで溜めたものを、いま全て解き放つ!

――――ッッ!!!――――

音と言えない音が空気を伝わり、俺の周りに居る兵士達が倒れていく。
もちろん、殺しなどしていない、ただ脳震盪を起こし一時的に倒れただけだ。
黒騎士のほうに駆け寄りギロチンを外す、

「わ、私を助けてくれるのか?」
「……ただ、俺は、俺を裏切りたくなかっただけだ。」
手を差し出しひっぱり上げる、なぜ俺はこんな簡単なことをするのに迷い、
畏れていたのだろうか?あまりの馬鹿らしさに笑いが込み上げてくる、

「この状況、逃げることは叶うか?ディオール卿」
「こう見えても黒騎士という名誉をもらっているのだが?」
お互いに笑い合う、なぜだか知らないが、昔から友人だったようにも思える。
「……そうだったな、本当ならば剣の腕前を見せてもらいたい所だが、逃げ足の方をまず先に見せてくれ。」
黒騎士はニヤリと口の端を上げ、影を使い俺たちを覆っていく、それと同時に兵士達は俺たちを見失うだろう。

そして今日この時、俺は誇りを守った裏切り者となった。
218ST ◆9.MISTRAL. :2006/11/04(土) 12:04:59
「用事は済んだかの?」
『吠える坑道亭』を出て来たジンレインに声を掛けた小柄な黒装束の女が、腕組みして壁に身を預けている。
「済んだわ…それと、面白いモノを見た」
そう黒装束に応えるジンレインの顔は、獲物を発見した狩人の笑み。
「面白いモノ?」
「そう、面白いモノ。直に分かる。それより例の品は用意出来そう?」
黒装束を見もせずに、早足で通りを歩く。黒装束はその傍らを同じく早足にて並ぶ。
「ゲートの認識パスは全部で12枚だの、予定よりも少し余分に入れた」
「そう…上出来ね。後は向こうと合流して出方を伺うわ。『獅子』も足止めを喰った様だし」
「だの。この遅れが厄介にならねば良いが…そうはいかんかの」
「無理よ、連中は戦争を知らないもの。盤上の“お遊戯”と勘違いしてるんじゃないかしら」

2人は裏通りの安宿に入る。部屋のドアに鍵をかけ、ジンレインは黒装束に指で合図を送る。
「ふぅ…息苦しいのは好かんのだがの。致し方ないかの」
フードを取って現れたのは、猫の頭。黒装束の女の正体は南方の獣人族、ニャンクスだったのだ。
「文句を言わない。公国領では獣人じゃ動き難いのは貴女が1番よく分かってるでしょ」
そう言って荷物を降ろし、ベットに腰掛けたジンレインはニャンクスの女の服を脱ぐのを手伝ってやる。
「シャミィ、気をつけて。ゴミムシだって窮屈なのを我慢してる」
「にゃむぅ…分かってはいるんだがの…毛繕いが出来ぬのは辛い故…」
まるで子供に言い含めるかの様に注意を促すジンレインに、不服気な顔になるシャミィ。
ジンレインはシャミィの滑らかな毛並み、銀めいた美しい白灰色の毛にブラシを透していく。
「それとシャミィはよせ。我が名はシャムウェル=アルフェミィだと…何度も言うて……おろう…が…」
宝石のような琥珀色の瞳を細めて、シャミィは抗議したが…ブラシの心地良さに眠ってしまった。
219アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/04(土) 23:11:16
静寂が支配する室内では、小さいはずの音もよく響くようだ。
規則正しく時を刻む柱時計と苦しそうに続けられる呼吸音。
ベッドに埋もれるように横たわる父コル・ウーヌム(至上の至福)の寝息だ。
深く刻まれた皺、枯れ木のような腕、力なく乱れる白髪。
100を越えた老人のような姿だが、実年齢は50を少し過ぎたばかり。
これが父に科せられた代償・・・。

1000年程前、一人の操術師が星界の秘密の一端に触れた事が始まりだった。
彼は次々とその秘密を解き明かし、体系化し、黄道聖星術を確立した。
それが始祖、ギアルデ・ドラド(黄金の導き手)だ。

星界の秘密はあまりにも深遠にして久遠。
故に彼はこれを命題として一族に託した。
その為に行われたのが知識の継承。
通常学習によって後世に知識を継承していくのだが、その時間すら惜しかったのだろう。
秘術を使い、生まれながらにして先人の知識と魔力を継承していく。
その結果、一族は代を重ねるごとに加速的にその知識と魔力を蓄えていった。
この秘術のおかげで本というものの必要性がなくなり、おかげで黄道聖星術に関する本は一冊もない。
だが、この秘術には致命的な欠陥があった。
それは二十三代目カリギュラ・モルテスバーデ(暴帝の交剣印)によって知らしめられることになる。
彼はその名の通り暴虐を尽くし、一族を破滅の手前まで追い込んだ。
何ゆえ彼がそう駆り立てられたのか・・・
それが代償、だった。
秘密保持と知識継承の秘術の為、近親交配を重ねる事によって生まれてくる者の「何か」が代償として失われていたのだ。
カリギュラには自制が代償として欠けていたのではないか、と言われている。

その後も一族は知識継承を続け研究を重ねるが、代償はますます大きくなっていった。
父の代償は「老化」だ。
通常の倍のスピードで老いていく恐怖はどれ程のものだったろうか?
そう思えば私は幸せなのかもしれない。
私は代償として左腕と左脚と両目と色素、そして女としての機能が欠けた者として生まれてきた。
他に兄弟姉妹は11人いたが、皆10歳の誕生日は迎えられなかったのだから。
生きていく為に必要な器官が欠けていたり、知識継承に耐えられない精神だったからだ。

一族の者は皆短命、脆弱で結局生き残ったのは父と私だけになってしまった。
生殖機能のない私が生き残ってしまい、嘆かれていると思ったが大事に育てられた。
秘術の粋で作られた義手・義足を与えられ、義眼には宝珠が使われた。
これだけ考えてもどれだけ手間をかけられたか自覚するに値する。

「××××よ・・・いるか・・・?」
「はい。」
父が目を覚まし、私を呼ぶ。
もはや私の姿が目に映らないほど体の機能が低下しているのだろう。
私の義眼は映像だけでなく、体温・発汗状態・オーラ・周辺気流なども脳裏に映し出してくれる。
全ての生体反応が死へと向かっている事が見て取れた。
「我ら一族1000年の歴史はここに終焉を迎えた・・・」
そう、私が子を産めないから・・・
だけど父の顔には一族の終焉への悲哀の表情はない。それどころか満足そうですらあるのが不思議でならない。
「・・・お前ももう、16歳か・・・まだ早いが、お前に名を授けよう。太極天球儀をこれへ・・・」
父が何を考えているかわからなかった。
一族の歴史が終わるというのに、今更私に名を与えたとてどうなるというのだろう?
そんな私の考えを他所に父は術を行使する。
「・・・汝が名は・・・ アビサル・カセドラル!」
「アビ・・・サル・・・!」
厳かに宣言する父の言葉を思わず反芻して絶句した。
220アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/04(土) 23:11:35
【奈落の大聖堂】、という意味だ。
なんという呪われた名だろう・・・でも私には相応しいのかもしれない・・・
「ふふふふ・・・くはははは!一族最後を飾る我が娘に相応しい名だ。
一族にとっては終焉を告げる奈落の大聖堂。だが、父としてはこれこそ我が名の通り至上の至福だ!
××××・・・いや、アビサル・カセドラルよ。もはやお前を縛る一族の楔はない。人として自由に生きよ。」
今すぐにでも老衰で死んでもおかしくない状態の父から発せられる覇気に驚いた。
そして父の愛に感動し、涙を流せない自分の目を呪ったほどだ。

私はずっと自分が生きている事に疑問を抱いてきた。
子を産むことのできない身体の私が生き残り、次代に継承する機能を有する兄弟姉妹が死んでいく。
罪の意識に苛まされ続けてきた。
けれど父のこの言葉でその想いから解放された気がした。
「一族は1000年星を見てきました。ですから私は地を見てこようと思います。」
父の愛に涙を流せないのならば、言葉にて応えよう。
「それもいいだろう。次の定期便の船に乗り外の世界に出るといいだろう。
だが、女の一人旅は危険だからな、男装をしていくが良い。
この島のモノは全てお前のものだ。好きなものを持っていき、存分に楽しんで来い。
そして、いつでも帰って来い・・・。」
「はい!」
父の最後の言葉に強く頷き、死出の旅を見送った。

数日後、腰まであった髪を短く切り定期船の上で揺られる私がいた。
自分で髪を切ったことがないので多分に乱れているが、これから始まる旅のことを思えば気にならない。
カルダン諸島には行った事があるが、更にその先に広がる大陸まで行くつもりだ。
まだ見ぬ大陸でも旅を思い空を見上げる。
221アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/04(土) 23:12:51
数週間後、私はカルダン諸島から大陸へ渡る客船に乗っていた。
乗船から既に数日が過ぎ、航海も明日には終わる。
そんな夜、私は甲板に出て満天の星空を見上げる。
真っ暗な海とは対照的に煌く星空は、退屈な船旅に潤いを与えてくれる。
「坊や、甲板は冷えないかね?」
「え、あ・・・い、いえ・・・」
急に話かけられたのでうまく返事ができない。心の中で唇を噛んだ。
話しかけてきたのは初老の船乗りだ。
出航してからの数日、よく見かける顔だが他人と話す時は緊張してしまう。
「そ、その、星が綺麗だし、あの・・・」
「三等船室は空気が澱んでいるからなあ。かっかっか、気持ちはわかるぞ?」
私の言葉を継ぐように初老の船乗りが代弁してくれた。
旅費を節約にしようと三等船室を選んが、そこは船底に近い大広間で雑魚寝、という状態だった。
窓もなく空気は澱み、寿司詰め状態なのであまり居心地がいいところではないのも確かだ。
でもそれ以上に、私の服装が幅を取るので周りの人に申し訳ない気持ちがあって出て来てしまったのが本当のところ。

「それにしてもいやでも目立つ格好だな。何の装束なんだ?」
至極もっともな疑問だと思う。
両肩と胸元に浮く宝珠、そして頭に載せている仮面。星見曼荼羅の赤地のローブ。
自分でも目立つと思う。
「ぼ、ぼ、僕は星占い師、でして。こ、これは、その、い、衣装なんです。」
そう言いながら頭の上に乗せていた仮面をおろして被る。
仮面は長方形で人の顔を模しているが、珍しい特徴があった。
縦目・・・。
仮面の大きな瞳部分が円柱状になって10センチほど伸び出ているのだ。
「僕みたいな若い占い師は、こうやって顔を隠して神秘性を演出するのです。」
仮面を通した私の高い声は、くぐもって程よく重厚さを醸し出してくれる。
それにこれを被ると落ち着いてどもることもなくなるのも理由の一つ。
「占い師だったのか。演出も大変なんだな。
羅針盤ができる前までは船には必ず星占い師がいたもんだけどな、もう若い奴は知りもしねえよ。
それじゃあいい機会だから、この船の航海についてでも占ってもらえるかい?」
一人ぽつんと甲板に佇む私を気にかけて話しかけてくれたのだろう。
その気持ちに感謝を表すためにも、戯れの依頼を受け占いをすることにした。

精神を集中させる。胸元の太極天球儀に手をかざす。
僅かな光を放ち太極天球儀の内部に小さな煌きが顕われ、それを読み取る・・
「・・・身中の虫・・・危険の到来・・・助けの力・・・」
自分の乗っている船に危険な暗示・・・。
驚いて顔を上げた時には*ゴッ*という音とともに目の前にいたはずの船乗りの姿が視界の隅に移動していた。
普通の人間の目なら消えたとしか思えないだろうけど、私の義眼の視野は人間のそれより広い。
その片隅で初老の船乗りは頭に斧を生やして船の縁に叩きつけられていた。
その横にはもう一本、斧が刺さっている。
「おいおい、外すか、普通?」
「的が小さすぎるんだよ。いいじゃねえか、餓鬼一匹くらい。すぐに始末する。」
反対の視界の隅に男が二人。
この二人もこの数日で見ている。この船の船乗りのはずなのに、なぜ?
義眼の採光率を上げると、二人の後ろにもう一人男がいることがわかった。
「しかし坊主も運がねえな。甲板に出ないで寝てれば死なずにすんだのによ。」
「俺たちに殺されるのと、海を彷徨ってのたれ死ぬのとどっちが幸せかはわからねえぞ?」
「ぐだぐだいっていないで、さっさと餓鬼を始末して仲間へ合図を送れ。」
嘲り笑う二人を後ろの男が窘め指示する。
この会話で私は理解した。
222アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/04(土) 23:13:47
この三人は海賊なのだ。
船乗りとして潜入し、密かに内部破壊をして仲間を引き入れ略奪をする。
普通に襲って戦闘するより、合理的な事で感心するが、略奪される側にしてはたまったものではない。
即座に太極天球儀を展開させ呪文を唱え始めた。
「太極天球儀展開!天是、黄帝含枢紐!急急として汝を名召すこと天下知る・・・鎮星召喚!」
この状況で問答は意味を成さない。
呪文を唱える必要がある私にとっては順応スピードが生死を分ける。
三人は子供と侮ったのか夜闇で気づかなかったのか、呪文の詠唱にいたって私が術者だと慌てたように飛び掛ってきた。
二振りのカトラスが振るわれるが、既に召喚は完了していた。

私を中心に二メートルほどの球体の立体映像。
それが魔方陣であり、障壁でもあるのだが、白刃はその障壁に触れることすらなかった。
展開した太極天球儀を囲うように召喚された鋭い輪が砕いたからだ。
まるで土星の様に輪を纏っている状態だ。

輪の正体は極微の隕石の集合体。斬るのではなく、触れたものを全て抉りとる。
私に襲い掛かってきた二人の海賊は、まるで齧られた様に肉塊と血溜まりと化す。
響き渡る断末魔に、船内から他の船乗り達が駆け出てくる。
残った海賊は照明弾を床に叩きつけると、一呼吸もおかずに海へと飛び込んでいった。
仲間だけ呼び寄せ、自分は安全の為に逃げる。この状況では最も理にかなった行動だ。

縁に向かい見渡すと、帆も船体も黒塗りの中型船がこちらに向かってくるのが見えた。
それを教えると船乗りたちがうろたえる。
どうやらあの三人は見張りを殺し、腕の立つ者には薬を盛っていったそうだ。
まともに戦いになれば勝ち目はない。ならば戦いにさせないのみ。
「群れ星召喚!」
船の縁に立つと、新たなる星を召喚した。
展開された太極天球儀に無数の影が浮かび上がる。

星界を漂う無数の星になれぬ星たち。その小ささゆえに決まった軌道を持たず召喚もしやすい。
映像としての影は実体を持ち、迫り来る船に向かい発射される。
五センチほどの塊の速度は、地上においては摩擦で火を発するほどになっている。
無数の赤く燃える塊が海賊船に降り注ぎ、破壊していった。
「ふう・・・これで安心、ですね。」
仮面を外しあげて船乗りたちに振り向くと、盛大なる拍手が待っていた。
みんな見ている・・・注目されるのはどうも苦手・・・
自分の顔が熱くなっているのがわかる。きっと真っ赤になっているのが間違いない。
色素がないから血管が膨張するとすぐに真っ赤になってしまうのだ。
恥ずかしい・・・逃げ出したい・・・
「大変だ!奴ら羅針盤まで壊していきやがった!」
歓喜に沸いていた甲板がまた凍り付いてしまった。
あと一日の距離とはいえ、大海原で羅針盤を失えば陸地にたどり着くことは難しいからだ。
「・・・あ・・あ・あの、よろしければ、ぼ・僕、星を見て方向とり、とりますけど・・・」
恥ずかしいけど野垂れ死ぬわけには行かない。
223アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/04(土) 23:14:02
翌日、天球儀の中に極星を召喚して方向を示し続け、無事に港に着くことができた。
船長をはじめ主だった者が死亡・負傷し、羅針盤まで壊された状態での帰港は奇跡といってよかったのだろう。
船を下りようとする私に群がる船乗り、船会社の役員、海上警備員たち。
すごい人数だ。カルダン諸島最大の村の人間よりも船着場にいる人達の方が多そうだ。
人ごみに酔って疲れてしまう・・・
感謝してくれるのはわかるけど、恥ずかしくってとてもその場でいられなかった。
「ご・・ごめんなさい・・・重力反転、斥力生相・・・」
そう言い残して自分にかかる重力を遮断し、空に向かって落下して三階建ての建物の屋根まで跳躍。
そして姿をくらますように跳躍を重ね、裏路地へ通りついた。
「星辰よ、我が行き先を指し示せ。」
呪文を唱えると、太極天球儀が鈍く光ってこの街全体の立体映像を映し出してくれる。
街の地図には人の気の流れも表れているので、それを避けるように道を選び無事街道に出ることができた。

まったく見知らぬ大陸に一人。心細くないといえば嘘になるけど、それ以上の気持ちが私の心を占めていて気にならない。
「あてのない旅だけど、とりあえず力使いすぎておなかがすいちゃった・・・。」
港町での食事は逃げた時点で諦めているけど、このままだと空腹で行き倒れになるかも・・・
それを予感させるように私のおなかがきゅーっとないていた。
ともあれ、私は旅の第一歩をここに踏み出した。
224ST ◆9.MISTRAL. :2006/11/05(日) 16:27:52
港町ロイトン、ゼアド大陸を縦横に延びる十字街道の西の終着地であり、大陸西部の交易の中心でもある。
位置的には公国領ではあるが、街の性格上これまで大きな戦闘も無く、戦時下においても平和といえた。
しかしそれもつい先月までの話。
公国海軍が南のルシナに南下して以来、この近辺の治安は急速に悪化している。

アビサルはそんな世界情勢に疎く、ここから北に50km離れたノッキオールで先日大規模な戦闘があった事も知らない。
ロイトンは今や戦争と海賊、2つの脅威に不安を抱え、街全体に張り詰めた緊張感はアビサルに重くのしかかった。
「と、とりあえずご飯…かな?」
故郷の島を旅立ってから、あまり食事が喉を通らなかった。だが体は正直だ。
先程から警告音を鳴らし続けている。アビサルはキョロキョロと辺りを見回し、食事のできる店を捜した。

「やあ坊や、どうしたのかなぁ?迷子かなぁ?それとも、何か探してるのかなぁ?」
不意に後ろから声を掛けられ、アビサルは飛び上がりそうになる。
軽くパニックに陥り、慌てて駆け出そうとしたが、鞄を掴まれてアビサルは前につんのめってしまった。
「おやおや、逃げる事ぁないだろ?俺達は親切で声掛けたんだぜ?」
ガラの悪い、いかにも海賊といった格好の男が7人。ゆっくりとアビサルを取り囲む。
「あ…あの…ぼ、僕は……ぇと……」
「あぁ!?聞こえねぇよ!!」
海賊達に凄まれて、アビサルはすっかり脅えて縮こまり震えている。船の上での戦いぶりが嘘のようだ。
無理もない。中央の商業都市メロメーロに比べれば小さいが、ロイトンも大きな街なのだ。
生まれてからずっと、辺境の島で育ってきたアビサルにとって人込みは初めての光景なのだから。
軽度の対人恐怖症ともいえるアビサルは、普段の冷静さを完全に失っていた。
武術の心得も無く非力なアビサルは、簡単に海賊達に捕まってしまう。

「おいコラ待ちな…〇〇〇野郎、1人相手に寄ってたかってウザイんだよクソが!」
凜とした鋭い美声が、汚い言葉遣いで響き渡る。海賊達が振り返り、声の主を見た。
燃え盛る炎の如く赤い髪を潮風に揺らし、その手に身の丈よりも長い槍斧を持った少女が居た。
「ったく、アタシはこんなのばっかりだねぇ…」
そうぼやくと少女は槍斧を軽々と振り回し、すぅっと構えてニヤリと笑った。
225ST ◆9.MISTRAL. :2006/11/05(日) 16:28:50
「てめぇ…何者だ?俺達が誰だか分かっ…ぐはァ!?」
リーダー格の男は言葉を最後まで言い終える事も出来ぬまま、地に倒れ伏した。
赤毛の少女が槍斧の柄を、神速の突きで叩き込んだからだ。海賊達にどよめきが走る。
「次は誰だい?来ないなら…アタシから行くよ?」
ぎらつく獣めいた切れ長の瞳が、品定めする様に海賊達を見回していく。
「チッ…!行くぞ!!」
海賊達は少女に戦いを挑むかと思いきや、さっさと逃げ出したではないか。少女は呆れ顔でその背を見送った。

「あ、あ、ありがとう…ございました…」
「ったく、ちっとは抵抗しなよ?ああいう連中はほっとくと付け上がるからね」
赤毛の少女は倒れたリーダー格の懐から、金の入った革袋を抜き取ると、アビサルに向き直る。
「は、はい…すみません…」
「なんでアンタが謝るの。ホントにもう、前にも同じような奴を助けちまったけどさ、大体アンタ…」
きゅるるるるるう……
先程までより一際大きな腹の虫が鳴き、少女の言葉を遮った。それをキョトンと見つめる少女。
しばし沈黙………
「プッ…あっはははははははは!!」
アビサルは恥ずかしさに真っ赤になり、少女の笑い声が通りに響き渡った。


「でさ、海賊なんてのは船が無きゃタダのチンピラだろ?調子に乗りやがっていいザマだよ」
「……はぁ…そ、そうなんですか…」
2人はあれから近くの定食屋で昼食をとっていた。互いに自己紹介を済ませ、ある程度は打ち解けたといえる。
「そうそう、海賊なんかよりも山賊の方がよっぽど強いっての。連中は分かってないんだよねぇ」
「そ、ソーニャさんは、こ、これからどうするんですか?」
「ん?アタシ?…そうだねぇ、北に…」
「あーっ!こんな所にいた!ソーニャさん勘弁して下さいよぉ…捜したんですから!!」
ソーニャの台詞を遮って現れたのは、使い込まれた革鎧を着た若い男だった。
どうやら随分と走り回ったらしく、息を切らして額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「おやビット、どうしたのさ。そんなに必死になっちゃって」
「そりゃ必死にもなりますよ!昼過ぎたら出発だって言った張本人が、昼過ぎても来ないんですから!!」
「あ…悪ィ、フツーに忘れてたわ」
そうは言うものの、悪びれた様子もなくサラダを頬張るソーニャを、アビサルは不思議そうに見つめた。
226ST ◆9.MISTRAL. :2006/11/05(日) 16:29:31
「ホンットに勘弁して下さいよぉ…みんな準備も完了して待ってます。早く来て下さい」
今にも泣き出しそうな、ビットと呼ばれた青年はソーニャに詰め寄る。
「ゴレム狩りのギルビーズ部隊はハイフォードを出発したんですよ!?先を越さ…はぅあ!?」
突然ビットの胸倉を凄まじい速度で掴み上げ、ソーニャが牙を剥いて凄惨な笑みを浮かべた。
「そぉいうのはもっと早く言いな!全員に伝えるんだよ!今から即出発だってね!!!」
「り…了解しましたーッ!!」
全力疾走で逃げるように走り去るビットには目もくれず、残りのサラダを一気に平らげてアビサルを見た。
「よし、アンタも来るんだよ!もたもたしないでさっさと食いな!!」
「ぼ、僕も?…………え!?えぇえええええ!!!??」
店内に可哀相な少女の悲鳴が響く。


後の世に『星道の導き手』と呼ばれる偉大な星占術師が、自らの運命の扉を開いた瞬間であった。
227リッツ ◆F/GsQfjb4. :2006/11/05(日) 22:53:43
「そんな作戦あるか!!俺は絶対嫌だからな!!仲間を見殺しになんざできるかよ!!」
リッツの怒声がテントを僅かに震わせた。その場にいた全員が沈痛な面持ちでリッツから目を背ける。
「だが、これが最も確実な作戦だ。犠牲無しに平和は…」
「うるせぇ!!犠牲だと!?ふざけんじゃねえよ!!」
ダンッ!!っと机を叩きリッツは叫ぶ。今回の大型兵器強奪作戦はこのようなものだった。

山岳地帯であるルフォンは天然の要塞。しかしそれ故に守りに人員を割かれておらず、
逆に正面からの強攻突入に弱い。部隊の大半を正面突入に割き、守備の兵を集める。
その隙を突いて別動隊が兵器格納庫へ侵入し、グレナデアを奪取するという作戦だ。
これだけならば普通の作戦と言えるだろう。だがリッツが反対するには理由があった。
ルフォンに配備された公国軍も馬鹿ではない。
重要施設を狙うこのような反乱組織の作戦に対処する為、新型の重装ゴレムを多数用意していたのだ。
既に新型ゴレムとの戦闘で、『運命の牙』を始めとして複数のレジスタンスが多大な被害を出している。
その新型ゴレムの戦闘能力は、既存のゴレムとは比較できない程で、リッツ自身もかなりの手傷を負った。

「明日にはあの『ゴレム狩り』も合流する。戦力が整い次第、作戦は決行だ!」
「テメェ!!まだ分かんねぇのか!?」
作戦指揮を任された王国騎士アルト=サイカーチスはリッツを睨み、リッツもアルトを睨み返す。
両者の間に目に見えぬ火花が散った。
会議の場は静まり返り、何ともいえぬ緊縛感が漂っている。そんな沈黙を破り捨てたのは呑気な欠伸だった。

「〜っと、終わったかい?……って俺タイミング悪ぃな〜たははは」
ボサボサ頭を掻きむしりながら、大欠伸をかました巨漢は苦笑する。眠そうな目を擦り、また欠伸。
「騎士の坊ちゃまにはマイベスト作戦かもしれねぇが……駒の兵達はたまらんねぇ」
「ジーコ、お前まで反対するというのか!?」
デュランが巨漢に非難の眼差しを向けた。巨漢の名はジーコ=ブロンディ。
王国獅子十字軍北方大隊長、またの名を『不動の砦』。先の中央戦線では数多くの功績を挙げた武人だ。
「まあまあ落ち着きなって。男のヒスはみっともないぜ?なぁ、白髪小僧」
リッツを見ながらジーコは豪快に笑った。
228リッツ ◆F/GsQfjb4. :2006/11/05(日) 22:54:37
ジーコはゆっくりと立ち上がると、机の上に広げられた作戦地図をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。
「なあ白髪小僧、ようするにオメェはこう言いてぇんだろ?『テメェらも戦え』ってな」
何が可笑しいのやら、ジーコは笑いながらリッツの肩を掴む。
「だったらこうしようじゃねーか、明日正面突入は俺とオメェの2人だけだ」
その言葉に一同がどよめく。当然だ。どう考えても無謀としか言いようのない事だからだ。
しかしジーコの眼は真剣そのものである。この男は本気だと、リッツは瞬時にそう理解した。
「いいぜ!敵方のゴレムが出たら、そん時は専門の連中に任せりゃいい。明日来るんだろ?」
リッツが拳を打ち鳴らし、勢いよく答える。そしてジーコと拳を突き合わせて不敵に笑った。
「貴様達!!ふざけるな!!明日の作戦が成功するかどうかで戦局が変わるんだぞ!?」
アルトの我慢が限界を突破したようだ。無理もない。会議はずっとリッツが文句を言い続けたし、
なによりも会議に出席した傭兵団の幹部達は皆、アルトの高圧的な態度に反感をあらわにしていたからだ。

「そう熱くなるな坊ちゃん、戦争ってのは机の上でやるもんじゃねえだろ?認めてほしけりゃ…」
ジーコはアルトの顔を鷲掴むと、軽々持ち上げて優しい諭すような口調で続ける。
「身体張って戦場に出て来るんだな。それが出来ないってんなら諦めな、
ここに“いていい”のは命懸けで戦ってる“兵士”だけなんだよ」
その口調こそ優しいものであったが、全身から滲み出る怒気はテントの中の気温を、
一気に氷点下にしたかのような錯覚さえ感じさせる程に強いものだ。
(スゲェ…このオッサンとんでもなく強い!)
リッツは震える拳をきつく握り、高鳴る鼓動を押さえ込む。強い者と戦う事はリッツにとって生き甲斐だ。
目の前にいる武人と…思い切り戦いたい。そんな感情が心の底から沸いてくる。

「まあつまりだ、作戦なんざいらねえって話だよ。セオリーもクソもねぇ、それぞれが好きに暴れ回れ」
アルトは失神したらしく、ぐったりと糸の切れた人形のように動かない。
「へへッ、随分とまぁ馬鹿みたいにシンプルな作戦じゃん」
リッツがそう言うと、ジーコは困った風に苦笑いしながら答えた。
「当たり前だ、馬鹿にもわかるように話をしたんだからな。これでわからねぇなら俺ァお手上げだ」
229パルス ◆iK.u15.ezs :2006/11/05(日) 23:02:24
エスノアのペッパー炒めが美味しかった事は言うまでも無いだろう。
キャメロンさんは終始微妙な表情をしていたが。こうしてその後は順調に……いかなかった。

「おっちゃん、夕方には着くんじゃなかったの?」
「おかしいな……そろそろ着いてもいい頃なんだが……」
辺りはすでに薄暗くなり始めたのにまだ着かなかった。要するに道に迷ったらしい。
でも調度いい物がたくさんあるじゃないか!
「そんな時はこれ!通り道ポインター!」
「黄色くて見やすい上にとってもエコロジー!今なら10個セットで10ギコ!これはお得!」
ハイアットさんと即席路上販売を実演して手に持った黄色い物体を後ろに投げる!
「単にバナナの皮じゃん!それにぼったくり過ぎ!」
レベッカちゃんが必要にして充分なツッコミをいれた。
僕と旅に出てからツッコミがめっきり上手くなって嬉しい限りだ。
そうして、バナナの皮を撒きながら進むこと小一時間。

「またバナナの皮……」
「あっちにもあるし……」
全員にげっそりとした雰囲気が漂っていた。それもそのはず。
気付くといつの間にか辺り一面バナナの皮だらけになってたのだ。足元が危険極まりない。
普通に道に迷っただけでこんなになるだろうか。おそらく魔法的な力が働いているとみた。
「もしかしてさ、もう着いてるんじゃない?」
「どういうこと?」
「魔力感知するからよく聞いて」
僕は暁の瞳で短いフレーズを吹いた。
すると案の定、これでもかというほどはっきりと木霊が返ってきた。
「じゃあ道に迷ったのは遺跡の魔力のせい!?」
「多分幻に囚われてるんだろうね」
キャメロンさんがせまってくる。
「よく突き止めた!早く幻を解いてくれ!」
「いやー、それが……すごく強い魔力だから僕には無理っぽい」
そう言った瞬間、辺りの空気が固まった。あれ?そんなに期待してた?
「そ、それじゃあ……ここで野たれ死ぬのか!?
期待させといて役立たずめ!とりゃあ……あああぁあああ!?」
キャメロンさんがまた百烈拳を放ちかけてバナナの皮に滑って転んだ!
やだなー、僕には無理っぽいって言っただけなのに。

☆☆☆☆☆再びトムと愉快な仲間達☆☆☆☆☆

バナナの皮が散乱する中をゆく御一行。
「仲間割れはじめましたよ!チャンスじゃないっすか!?」
「それもそうだが問題は俺らも迷っているという事だ。
残念ながら俺らには魔法みたいなの扱える奴がいないからな、
ここはあいつらにどうにかしてもらった後でボコるのがいいだろう」
「なるほどー!敵を利用するとは見事な作戦!
……それにしても、歩きにくいなあ、あのバカ二人のせいで」
230クロネ ◆qN1f4.vM.c :2006/11/06(月) 02:48:37
天守閣に双翼の影が落ちた。
「先生、ちょっといいか?」
「むにゃん?」
皇都に着てから日がな一日そこで丸くなっているだけの黒猫を見下ろすのは、朱を引いた鋭い瞳。空魔戦姫リリスラである。
「リリスラ殿、少し右に寄っていただけませんか? いや、先生の上に影が落ちているもので」
足をたたんでクロネの耳の裏を掻いていたアオギリが、相変わらずのにこやかさで言った。
リリスラ、部下には決して見せない苦笑を浮かべ、注文通りに蹴爪で手すりを掴み歩く。
「アオギリもいるんなら丁度いいや。内輪で話すんならこの三人で――って思ってたんだ」
真に気を許せる者の前だからであろう。終始不機嫌なはずの顔には、やや明るい色が浮かんでいた。
「スターグのことなんだけどよ」
「……ああ」
彼女の話しの切り口はいつだって単刀直入である。師弟二人はその一言だけで内容まで手に取るようにわかってしまった。
「心配かの?」
「へっ」
「そう悲観することもないでしょう。ゼアドに攻めるには何はなんともイグレア大海を越えねばなりません。ヒムルカ殿の助けがなくては――」
「奴は一人でも行く」
リリスラの断言に押し黙るアオギリ。
スターグとは、即ちそういう男なのである。

ガレオン船すら一打ちでひしぐイグレアの荒波を越え辿り着いたその一人の、ゼアドでは在り得ぬ異形の男は、東部沿岸諸国を滅ぼすであろう。
東部へのニ大国の干渉を防ぐ天然の要害、大ガラン山脈を越え、彼は公国王国合間見える最前線に現れるであろう。
今の情勢から鑑みて――いや、例え展開中の両軍主力とぶつかってしまったとしても、恐らく王都にまでは辿り着くであろう。
そこから先、聖地に至れるかどうかは……神のみぞ知る。

――と、いったところか。
三人の脳裏に同様の仮定が駆け巡り、場を沈黙が支配する。
そうなった場合、果たして賽はどう転ぶのであろうか?
「あの方、先駆けとしては文句なしなのですがねえ……」
「先駆けすぎだバカ。誰も後に続かねえと混乱なんざすぐに収まるぞ」
「ふむ、両国が手を取り合うのは確実。最悪の場合は聖地に気付かれるやもしれぬな」
目を瞑り、腕を組むクロネ。
この心に今更の霞がかれど、真の目的への疑問は尽きねど、ともかく聖地の再封印だけは避けなければならない。

「……行くか」
一人気ままな身の上の剣聖は、至極簡潔な答えを出した。
231ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2006/11/06(月) 19:07:01
シャミィをベッドに寝かしつけると、私はそっと宿屋を抜け出した。
これから始める仕事はあまり感心出来たものではないし、
相方に知られれば、卑怯を嫌う彼女の機嫌を損なう事は想像に難くない。
外は日没後の急な冷え込みに、道行く人の吐息も白む。私は町外れの亜人集落を目指した。
鍛冶場の灯を右手に眺めつつ、大通りを真っ直ぐ北の方角へ。

仕事の内容は単純、ラヴィを「獅子」に売る。
ラヴィがいつかの王位継承者失踪事件、
クラーリアの王子と「駆け落ち」した宮廷料理人ともなれば、王国領にあっては重罪人だ。
それに、彼女の下手な振る舞いで王子の名を汚すような真似があったり
ともすれば敵国の人質に取られて、公国との戦局を覆される始末となれば取り返しがつかない。
丁度良くもラヴィは国外逃亡中の身、面倒が起きる前に彼女を抹殺しようとする王国貴族は少なからず居るだろう。
直接手を下す必要はなく、簡単に裏を取って後は情報を売るだけだ。
酒場の事件の顛末を見ていて、連中の足取りは分かった。上手くすると、遺跡で勝手に死んでくれる公算も。
せせこましいシノギだけれど、小遣いの足しには悪くない。この程度で胸が痛むほど私は小娘でもない。

「ゴミムシ」に会う用事なら取引の品を確認するついでもある。
本業。レジスタンス「運命の牙」に武器の配達と用法指導、数回の作戦指揮。

取り扱い商品のメインは吸着地雷、それと蛸壺掘りの工作道具に、布製の簡易魔方陣。
商工ギルドがレジスタンスに、私の名前を「ゴレム狩り」として大層売ってくれたものだから
こちらとしても対ゴレム用の武装をあつらえてやらねばならない立場な訳だ。
客が鍬や鋤で戦争していないのがもっけの幸い、単身最前線に投げ出される心配こそないが
契約期間中、作戦顧問としての身分に落ち着いていられるかどうかは怪しい。
技術者は不足しているだろうから、生徒たちが慣れるまで初めの一、二発を実地で実演させられる覚悟だけは決めている。
それにしたって、あまり戦況が酷でなければ、様子を見てシャミィに継いでしまえばいい。

現場へ到着後の予定をあれこれ思案しながら、気付けば「ゴミムシ」のアジトの入り口まで着いてしまっていた。
アジトは古い炭鉱、落盤で行き止まりになった短い坑道を繋げて作られており、
貧しい亜人たちが暮らす、粗末な木造バラックが立ち並ぶ界隈を通り抜けた先、
廃坑の入り口に、武装したゴブリンの門番が数人屯している。
焚火を囲んでサイコロ博打に興じる彼らを呼び止め、口早に符牒を合わしてしまうと、一人が「ゴミムシ」の居場所を教えてくれた。
232ジンレイン ◆LhXPPQ87OI :2006/11/06(月) 19:07:40
そこから話は早かった。「ゴミムシ」は太っ腹にも、手付けを王国の連絡員に代わって払ってくれた。
彼は直に連絡員を強請って、仲介料をふんだくるつもりらしい。
亜人集落のゴブリンたちは公国ともコネがある、脅しは容易い。納得して、今度は商品を確かめる。
案内された狭く暗い穴倉の奥に武器庫は用意されていて、明日の朝一で運び出し。
各品につき箱一つを開けてもらい、
ランタンの仄かな灯りの下で吸着地雷は天然磁石(ロードストーン)にトリモチ、信管、魔晶石と検めた。
他に工作道具、魔方陣、火薬樽、全て問題無し。

「これでも正真正銘の純ハイフォード製だ、粗はねえ。
公国の兵隊さんが睨んでるんで、派手に戦争道具を構えちゃヤバかったのさ。
だから部品をな、顧客の受注品に混ぜて作って、一度納入してから余剰分として払い戻しさせたんだ。
それから組み立てだもんで、この数揃えるのに半年は掛かったぜ。

にしても嬢ちゃんの雇い主、商工ギルドな。えらく戦争に肩入れしてるじゃないか。
分かるよ、コイツは儲け話だ。一枚でも二枚でも噛まない手はない。
これからは戦争が金を生む時代さね、割りが良い。違うか? 商売人を肥やすのは戦争だ」

彼の言葉に、黙って頷いた。
マスクの下の表情は覗えないが、多分彼は笑って返したつもりだろう、顎をしゃくった。
点検を終え、「ゴミムシ」の部下が箱を閉め直す。油で汚れた手を拭いながら、
「市民カードの件ですが――行き帰りの切符だけなら直ぐにでも」
「流石だ、嬢ちゃん。お代は現物って話だったな、注文書きはあるかい?」
また考える「振り」をしてから、
「火薬をもう二割増しと、魔晶石……三ダースばかり」
注文に、「ゴミムシ」は片手の二本の指で丸を作って応えると、
「やっぱり市民カードも別に頼んでおこう。帰りに血印状を受け取っておいてくれ」


私が宿に戻った頃にはシャミィは目を覚ましていて、
ブラシを使った毛づくろいの不得手な彼女が手鏡に向かい、
頬についた寝癖をつねったりねじったりで直そうと躍起になっていたところだった。
灯りを点けず、光源の無い部屋は真暗のままだ。彼女はランプも使えない。
「何処へ出かけておった?」
ドアを開ける前から足音で気付かれていたようで、入るなり尋ねられる。
私は帽子とマントを脱いで壁に掛け、剣を腰から降ろした。それからカーテンを開いて月明かりを少し入れ、
「荷物を見に」
窓際のランプを探し当てると、殆ど手探りで灯りを点した。
切れかけた油に泳ぐ光は弱く、外の方が幾らか明るいくらいだ。今度は差し油を探さなければならない。
「まだブラシ使えないの? ランプの点け方も覚えたら? また瞳孔開いてるよ?」
「銃さえ使えれば、おぬしには良かろうが」
「火の扱いを知らない砲兵とは」
ニャンクスの銃士はごろごろと何事か呟いたが、それ以上は口答えせず、また寝癖直しの作業へ戻った。
233レオル・メギド ◆4y0KG/egwI :2006/11/06(月) 23:27:54
「さっぱり分かりませんね、むしろそのような短絡的作戦を推す貴方が一番の馬鹿なのではないでしょうか?」
アルト=サイカーチスの横で人形のように黙っていた男が口を開く、
口調の丁寧さ、紳士さが全て台無しになるような嫌味のある含み、切れ長い目、印象は最悪に近い。
「なんだなんだぁ、今度は騎士の坊ちゃんお気に入りのお人形の出番か?」
余裕のある表情でジーコは皮肉を言い、それに同調し鼻で笑う周り、
「人形は喋りませんよ、もう少し良識を持ってもらいたい。
質問に質問で返すところも今後の反省材料かと思いますが?。
そういう態度でよく今まで生き残ってこれましたね、どうやら悪運が過ぎるようです。」
周りが一斉に敵意の目を男に向ける。それを分かりながらも男はカカシのように立ち、ジーコだけを見つめている。
真先に男に向かっていったのが『白い牙』ことリッツだった、ジーコがなだめなかったら鉄拳が飛んでいただろう。
「悪かった、悪かった、今後は反省させてもらおうじゃねぇか、そんで?なにが分からねぇってんだ?」
優しい口調で聞くジーコは流石ベテランというべきだろう、普通ならばこんな態度をされると口調が荒くなるものだ。

「貴方の言っていることそのものですよ、ここに居ていいのは“命懸けで戦っている兵士”と仰られた。
しかし、それならばなぜこの作戦を否定するのか、皆“命懸け”なのでしょう?
それならばどのような作戦であろうと『勝利』できるなら命など惜しくないでしょうに。」
淡々と語る男に全員が黙る、確かにさっき『不動の砦』ことジーコがそう言っていたのを思い出したからだ。
「なぁ、そういうことじゃないんだよ、分かるか?それにいいじゃねぇか、俺とこの白髪小僧で正面突入するって言ってるんだからよ。」
命を張っているから言える言葉をジーコは面倒くさそうに言う、そろそろこの会議に飽きてきている雰囲気だ。
「よくありませんね、貴方こそ論点が分かっていない、この作戦は王国の命運がかかり、
そしてこの作戦の成否は正面突入にかかっている。」
「なにが言いてぇんだ?」
「要するに私はお二人に命運を賭けるのは不安なのですよ、いくらお二人の勇猛であり、
ゴレム狩りが後ろに控えていようとあまりにも危険極まりない。
貴方の狂気によって別働隊が潰される可能性は非常に高いですよ、」
男の言葉に幹部達の間でざわめきが起こる、冷静に考えれば正面突入が二人などということは
有り得ないことだと分かる、いくら『白い牙』と『不動の砦』の二人だろうと、
常識からいって無駄死にするに決まっている、戦場では尾ひれが付くのが当たり前。
元々通り名はプロパガンダとしての役割が多いのだ、そう、その活躍が大きければ大きいほどに、
通り名が力を持っていればいるほど、逆にその胡散臭さも増す。

「正直いって、私は貴方たちの力をさっぱり信用していない、特に白い牙のリッツ殿を。
レジスタンスは王国と共闘はしたことがない、どれほどの力を持っているのやら。」
沸騰した薬缶のように湯気を立てているリッツを皿に逆撫でする言葉を言う男。
空気が読めないというわけではなく、周囲に無関心というのが正しいのだろう。
「王国では、リッツ殿は戦力的が乏しいレジスタンスが力を誇示するために祭り上げられた
プロパガンダとなっておりますことですし。」
この言葉が引き金となり、リッツは男に拳を突き出す、寸前で止めたのはリッツの理性が残っていた証だろう。
ざわついていた辺りが静まり返る、しかし、それはリッツが飛び掛ったからではなかった。
この状況で瞬き一つせず、置物のようにその場を動かずにただリッツを見つめる男が途方もなく異常に映ったからだ。
234レオル・メギド ◆4y0KG/egwI :2006/11/06(月) 23:28:50
「黙って聞いてりゃあ好き勝手言ってくれやがって!!」
リッツは突き出した拳を開きそのまま男の胸倉を掴む。
リッツは自分の力には絶対の自信を持っている、だからこそ弱者といわれるのを嫌う。
ましてや目の前の大した力も持ってないような男に言われたのだ、怒りはとうに沸点を超えている。
「オレはこの拳だけで全て勝ち取ってきたんだ!テメェにオレのなにが分かる!」
「ですから分かりませんよ、見ていないのですから、貴方のその拳で勝ち取った全てが分かりかねます。」
殺意をあらわにして睨むリッツに男は何もない何時も通りの冷ややかな目で答える。
そう、動揺も敵意も無い、文字通り『何の感情も無い』目で。
両者の間で止まっている時間を打ち砕いたのは氷のような男の言葉だった。

「まさかそこまでプライドが高いとは予想外でした、分かりました。
では見せてさい貴方の力とやらを、明日、正面突入は貴方とジーコ殿。
そして私の三人で参りましょうか?その場で力を見せてもらいたい、」
まさかの言葉に会議に参加している幹部達は驚きを隠せず。そしてようやく起きたアルトもまたもや気絶する。
「ですが、もしも無理だと私が判断した場合、アルト様の代わりに撤退命令を下しますので。」
「面白ぇじゃねぇか、撤退命令なんて忘れさせてやる!」
リッツは拳を軽く男の胸に当てる。男は少しだけ微笑んだかのような表情を見せる。
「それでは、決まりということで、自己紹介がまだでしたね、私の名前はレオル・メギドと申します。
王国では、主に『味方殺し』などと言われているものです。」
まるでニックネームを言うように味方殺しの名を口にするレオルという男にリッツも、
そしてこの場に居る全員が言い様のない不安を憶えた。
235ルフォンにてnekozamuAI:2006/11/07(火) 14:23:50
公国西北端の都市ルフォン。
かつて公国鉱物資源の三分の一を担うとして活気に湧いた町並みも今は昔。要であった第一、第二鉱山が枯れてからは、その戦略的価値も数ある鉱山の町と変わらぬところにまで落ち込んでいた。
しかし、しかしてグレナデア。
下火となった炉に、今再びの火が投げ込まれたのだ。
都市に活気をもたらす明るい火でなく、災厄を呼び込む暗い暗い凍りつくような火が……。

廃坑となった第一鉱山の手前、町の他の建物とは明らかに赴きの異なるカマボコ型の巨大な建造物が兵器格納庫である。
ベルファー・ギャンベルは、急ごしらえで所々岩肌が剥き出しの格納庫内部を飄々と見回し、黙って右の手に持った物を口につけた。
……驚いたことに、哺乳瓶である。
たっぷり数秒、頬をすぼめて中身を吸い出し、彼はようやく人心地ついたという風に口元をぬぐった。
「ベルファー伯爵」
暗がりから、この痩身の若者を呼ぶ声が響く。
「おや、早いじゃないか。長引くと思ったんだけどねえ……意外なまとめ上手がいたのかな?」
「ほっほっほ――いやいや、足並みは見事にそろっておりませぬ。あれでは勝ちを収めたところで次なる一歩は踏み出せますまい」
どこに潜んでいるとも知れぬ姿の見えない相手に対し、十二貴族ギャンベル家の当主は薄く笑って舌を出した。
彼の公国での肩書きは《万学長》、通り名は《博乱狂気》。
公国軍の主力兵器ゴーレムの生みの親であり、超兵器開発部門のトップにして霊峰学府名誉学長。公国で学ぶすべての者の頂点に立つ存在なのである。
押しも押されぬ名門の重鎮。公国の頭脳とでもいうべき彼が、このような寂れた町にいる理由は唯一つ。
グレナデア故であった。

「――して、グレナデアの調子はいかがですかな?」
「いかがも何も順調そのもの。何千年も土の中だったくせに新品同様だったよアレは。
 まあ、メンテは終わったから動かそうっちゃ動かせるけど……」
「けど?」
「気味悪いからヤダね」
肩をすくめておどけるベルファー。
まさか、大陸で最も偉大な狂人として有名なこの男が臆したというのか?
暗がりの声が、力の抜けた自然体の白衣姿をざっと見直す。
慧眼を持ってしても見抜けぬ、いつも通りの傲岸不遜の彼である。
「ああ、公国内での起動実験はやめた方がいいってことだよ。スイッチを入れたが最後、アレがどう動くかなんて全っ然わかんないんだから」
「まるで生き物ですな」
「生き物さ。世界律のせいでアレは歪んだ命を得たんだ。未練タラタラの古代人の怨念が苔みたいにこびり付いてるんだよ。
 僕様霊魂のことは専門外だから、手なずけるのはちょっと無理」
そこまで一息に言った後、再び哺乳瓶に口をつけ、ベルファーは声の主に報告を促した。
236ルフォンにて ◆9VfoiJpNCo :2006/11/07(火) 16:06:27
「うん、やっぱり陽動作戦でくるのか」
哺乳瓶を咥えたまま、腕組みするベルファー。
思索に耽るのは楽しい。悪知恵を巡らせるのも、中々どうして乙なものである。
「正門に向かうのが三人だけって、馬鹿みたいにも程があるけど……お爺さんの目から見てどうだったの?」
「三人ともにやりますな。突破力を最低限に見積りましても、新型数体ばかりでは心許ないかと」
「ああ、ギガント≠ヘ都市戦で使うもんじゃないから、全部外に出すよ」
「では、正門前は新型ゴーレム十四体で固めると。なるほど、守勢に徹するのであれば万の兵とて敵いますまい」
「本隊の方は任せていいのかな?」
「まあ、防ぐだけなら容易いですな。お引き受けしましょう」
しわがれた声の色よい返事にベルファーは頷き、哺乳瓶を揺らして暗がりを見た。
契約を結んで久しいにもかかわらず、彼は一度として声の主の姿を見たことがなかった。
東方より渡ってきたという触れ込みの隠密集団隠衆=B恐らくはかの大陸よりの尖兵なのであろうが、ベルファーにとってはどうでもいいことである。
自身の研究に新たな息吹を吹き込んでくれた。それだけで、何も言うことはないのだから。

「それじゃ、向こうの出方もわかったことだし、早速意表をついてあげなくっちゃね」
「ほう?」
「連中が来るのはゴーレム狩りの到着を待ってのことなんでしょ? ならどんなに早くても明後日だ。その前に出鼻を挫くんだよ」
「夜襲でもかけますかな?」
ルフォンの南は赤土混じりの見通しのいい平野である。奇襲には向かない地勢なのは敵味方とも周知の至り、声もそれをわかっての相の手であった。
ベルファー、哺乳瓶を傾け笑う。
その双眸には、高貴なる竜人特有の熱気が漲り燃え上がっていた。
「ザッツライト!」
「いや、横文字で言われましても……」
「盤上の外から攻めるのが天才って、我ながらいい響きだねこれ! 君達が教えてくれた精錬法と僕様の頭脳がいよいよもって夢のコラボを見せる時が来たのさ!」
「おお、では、完成したのですな?」
「ザッツライト!!」
自分の中だけで盛り上がってきたのだろう。先程までの飄々とした科学者の面影はすっかり消え失せてしまっていた。
白衣の裾をはためかせ、高々と指を鳴らす。
果たして誰が仕込んでいたのか、奥まった格納スペースが煌々と照らし出される。
そこに鎮座する巨大な異形に、声の主が低く呻いた。

「革命が起これば真っ先に断頭台逝き、普通の天才ベルファー・ギャンベルがお送りするベルベル印のスーパーゴーレムシリーズ第一弾っ!!
神話的強行奇襲型試作一号《ハイドラ》!!! おもむろにスイッチオーーーーッン!!!!」
爪先を視点に回転しながら、哺乳瓶の側面にあるボタンを押し込む。
閉じられたハイドラの三十二の瞳に、一斉に深紅の光が灯った。
「作戦名潜ったり食いついたり叩かれたり℃n動!!」
ベルファーが指差し叫ぶやいなや、ハイドラは猛烈な勢いで堅い岩盤を掘り抜き、姿を消した。
後に残るは、軽い地響きと、
「……クフフ、王国軍とレジスタンスの諸君には、せいぜい童心に帰って命懸けのもぐら叩きに勤しんでいただこうじゃないの……っ!」
ベルファーごと格納庫の床を埋め尽くす、大量の土砂のみであった。

「…誰か……優しく僕様を掘り起こして………」
237リッツ ◆F/GsQfjb4. :2006/11/07(火) 18:54:55
「くっくく…ブァーッハハハハハッゲハッ!!?!ゲホッゴホ……」
レオルの言葉に笑い転げるジーコ。あまりに笑い過ぎたか咳込んで苦しげである。
「はぁ…はぁ…いや〜最高だ!ワハハハハハ、最近は退屈だったからな。ちょうどいい」
「おい……大丈夫か?オッサン」
リッツが呆れ顔でジーコに手を差し出した。その手をジーコが掴んだ途端、ひょいと引き上げる。
「ぬぉ!?」
驚いたのはジーコだった。彼は見た目通りの体重だ。大人が数人掛かりでやっと動かす事ができる程の巨体。
しかし、リッツはまるで机の上のコップを持ち上げるかのような調子でジーコを引っ張り上げたのだ。
その場に再び沈黙が流れた。誰もが驚愕のあまり、言葉を失ったためだ。

「まぁ作戦も決まったし、寝るかな…それからテメェ、俺がハリボテかどうか明日見せてやるよ」
リッツはテントを出て行く間際に振り返り、レオルへ向けてニヤリと笑う。
レオルは全く動じる事なく、真っ直ぐにリッツを見据えて何かを言おうとしたが、飲み込んだようだった。


鉱山の麓の渓谷地帯を利用した石切場跡に、『運命の牙』の野営地がある。
ルフォンの町並みの明かりが僅かに届き、月の無い夜でも視界はさほど悪くはない。
砂利を踏む音に、リッツはゆっくり振り向き声を掛けた。
「俺はもうちょいで寝るからな、話なら明日の作戦が終わってからにしてくれ」
「リッツ…本当にいいの?ルフォンは貴方の故郷なんでしょ?」
ブロンドの長髪を夜風に靡かせ、王国騎士のレニー=カーライルはリッツの隣に列んだ。

「レニー、俺の故郷は…ルフォンは5年前に俺の地図から消えたんだよ…あの街は故郷じゃない」
そう言って目を閉じると、リッツは静かに拳を街の明かりに向けた。
「叩き潰すべき…公国の街だ」
暫くの沈黙の後、リッツはそのまま歩いて行き、レニーは1人取り残される。

リッツの震える声に、レニーはとうとう掛ける言葉を見つける事は出来なかった。
例えどのような言葉も、今のリッツに届かないと、分かっていても…
「本当にグズね…私は…」
自嘲気味に笑うレニーの頬を、一筋の輝きが軌跡を描いて夜風に散った。



明日の作戦にそれぞれが想いを馳せ、夜は更けて行く。
だが、皆はまだ知らない。
もうすぐそこにまで近付いた、機械仕掛けの魔獣に…
238ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2006/11/07(火) 21:31:41
夕日も落ちて、周りは真っ暗になっちゃったよぅ。ラヴィ達は見事に迷子だしぃ・・・・。
「こいつはマズイな・・・できれば昼間のうちにガリアト湿原は抜けたかったんだが・・・・。」
髭のおっちゃんは難しい顔でウ〜ンって唸ってる。
そうなんだよ、ガリアト湿原は危険なモンスターがたくさんいるけど・・・ホントに怖いのは別にいる。
リザードマン。トカゲの獣人さんなんだけど、あんまり人間とは仲良しじゃないんだね。
ラヴィは東のルイズの街からガリアト湿原を横断してハイフォードまで来たんだけど・・・怖かったもん。
ちなみに湿原で採れた食材は、全部食べちゃったよ〜♪
「あ〜あ・・・買ったばっかりのブーツなのに、ぐちゃぐちゃだよ!もぅ!!」
レベッカ姉ちゃんは足元のぬかるみを苛々して睨んでるし、パルちゃんはバナナで遊んでるし・・・・。
これって、結構ヤバイかもぉ!?帰り道だってわからないし、ど〜しよう!?
『あれ?ねぇねぇ僕の事忘れてない?忘れてたよね?』
ハイアットくんが、そんな悲しそうな目でラヴィを見てるよぅ。困るよぅ、見ちゃダメ!

 がさがさッ!!
いきなり近くの茂みが音を立てて動いたから、みんなビックリして注目しちゃったよ。
その茂みを掻き別けて出て来たのは・・・リザードマン!?嘘ーッ!噂をすればなんとやら、だよぅ!!
「人間カ、オマエ達、早ク去レ。ココ、人間居テイイ場所チガウ。」
「うぉ!?しゃ、喋ったーッ!!!」
そりゃ喋れるよぅ・・・リザードマンは賢いもん。この人が腕に着けてる飾りはボボガ族だぁ♪
「あーっ!!!ゴゴさんだーッ!!!」
一ヵ月くらい前に、出会った恩人だと判った瞬間にラヴィは思わず抱き着いてたよ。
「このリザードマンはゴゴさん。ラヴィを助けてくれた人なんだよ〜♪」
「え!?知り合いなの!?すごいじゃないラヴィちゃん!!」
「意外と交遊関係広いんだね・・・・。流石にアタシもビックリしたよ。」
パルちゃんもレベッカ姉ちゃんも驚いてるよ。
普通はホビットのラヴィにリザードマンの知り合いがいるなんて・・・考えないよね〜。

「らびぃダッタノカ・・・ドウシテココニ居ル?街ニ行ッタノ、違ウノカ?」
ゴゴさんは心配そうにラヴィ達を気遣ってくれたよ。とりあえず、今夜の宿は確保だね♪
「ツイテコイ、我ラノ村、案内スル。」
239ST ◆9.MISTRAL. :2006/11/08(水) 20:28:13
処刑会場は大混乱に陥っていた。無理もない、演奏指揮者ブルーディの言葉が民を驚愕させたからだ。
兵士を振り切って逃走した黒騎士とブルーディを、特別観覧席から見つめるミュラー。
「ディオール…それで良い、逃げて逃げて逃げ延びろ。お前にはまだ価値があるのだからな…」
まるでこの非常事態が起こるのを知っていたかのような口調で、ミュラーはワイングラスを傾けた。


――ガナン生活ブロック商業地区物質搬入通路
黒騎士の転移術によって処刑会場から脱出した2人だったが、更なる問題が発生した。
この物質搬入通路は人が通る所ではない。物質を詰め込んだコンテナが行き来する為の通路なのだ。
ゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!
「すまん!出る場所を少し誤ったようだ!!!」
「“少し”だと!“かなり”の間違いじゃないのか!?」
背後から迫り来る搬入コンテナから逃げる2人、全力疾走するも差はみるみる縮まっていく。
「「うおああああああぁ!!!」」
轢き潰されると思われた瞬間、ブルーディが黒騎士を掴み通風孔に飛び込む!
荒い息でへたり込んだ2人を嘲笑うように過ぎ去るコンテナを、黒騎士が苦笑して見送る。
「ハァ…ハァ…あ、危なかったな……」
「ハハ…あんたを助けた事をほんの僅かだが後悔しているよ」
額の汗を拭い取ると、ブルーディは悪戯っぽい笑みで黒騎士に手を差し出す。
それを黒騎士は軽く叩いて返し、2人は笑った。

「しかしよくこんな場所を見付けたな、視界は悪いし…なによりあの轟音だ」
「だからさ。音の流れが違う一点があったからな、この狭い通路なんかは音の反射角が
 窮めて小さい。後ろから大きな音がすれば、前の音は塗り潰されて道になるんだ」
ブルーディは自らの耳を指差して続ける。
「俺の耳はそういう音の通り道を“見る”事が……!?」
突然ブルーディの顔が険しいものに変わる。こちらを目指してやって来る“何か”を聞き付けたらしい。
「どうした!?」
「どうやら、俺達は罠に掛かったようだな…………来るぞ!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

通路の壁を突き破り、駆動音を響かせながら現れたのは、市街地制圧用ゴレム『ゾルダート』
その数は4騎。目に相当するセンサーの赤い光が2人を捉らえ、ゾルダートは一斉に向かって来た!
240サブST ◆AankPiO8X. :2006/11/08(水) 23:35:55
僕は誰だったんだろう・・・

目が醒めて、最初の感情は疑問だった
霧が立ち込めた様に不透明な記憶
ここにいるのは何故なんだろうか・・・ 
この手に持ってる剣は本当に僕の物だろうか・・・

答えはまるで見つからなかった
あの日、人間の街でケモノを見るまでは・・・
どうして僕がここにいるのか、やっと解った
だから僕は帰って来たんだ
僕が守る場所、僕がいる場所、僕が造られた場所

そして僕がいつか死ぬ場所

ただいま、アーシェラ・・・
僕は帰って来たよ。今度こそ・・・君を守る為に・・・



          ━ボボガ族の集落━

「着イタゾ、ココガ我ラノ村ダ。今夜ハココデ寝ルトイイ」
ゴゴが案内した村は大きな村ではなかったが、活気に満ちた平和な村だった。
「うわぁ・・・リザードマンの集落なんて滅多に見れるもんじゃないよね!?スゴイかも!!」
パルスが興奮気味に村の風景を眺め回し、大はしゃぎである。他の面々も皆同じだった。
このボボガ族は人間と交易する珍しい部族で、ハイフォードでも時折その姿を見る事がある。

「異文化!!コミュニケーションッ!!」
ハイアットが早速女性のリザードマンに話しかけて、無限ビンタを見舞われたりしている。
「一体何がしたいんだ?あいつは・・・」
「さぁ?でも気持ちは分かるよ、ほんと珍しいんだもん。アタシもいろいろ話とか聞きたいし」
呆れ返るキャメロンにレベッカが応える。
「みんな〜、こっちこっち〜早く来てね〜♪」
遠くでラヴィが手を振っているのが見えた。隣にはゴゴもいる。
どうやら族長の家のようだ。明らかに他の家よりも大きく、造りもしっかりしている。
キャメロンとレベッカは顔を見合わせると、ラヴィに向かって歩いて行った。

  ・・・奏で・・・て・・・しい・・・

「え?」
レベッカが急に立ち止まり、辺りを見回した。透き通る美しい女性の声を確かに聞いた。
しかしレベッカの周りには女性はいない。隣にキャメロンがいるが、当然彼の声ではない。
「おいどうしたんだレベッカ、何かあったか?」
不思議そうにレベッカを見るキャメロン。
「・・・ん〜気のせいみたい。さ、早く行こう」
そう言ってレベッカは再び歩きだした。
241アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/08(水) 23:39:59
急速に小さくなる港町ロイトン。
揺れる荷台の上で私はそれを見ている。
ソーニャさんに連れられるまま町を出て、レジスタンスの秘密のアジトへと到着。
アジトには既に仲間の人達が待っていた。
私は食料や武器、見た事のない部品が満載された荷馬車の荷台の隅に乗せられて出発した。

そっと縦目仮面を被り太極天球儀に手をかざすと、大陸北西部の立体映像が浮かび上がってくる。
最北端の都市ルフォン。険しい山に囲まれた天然の要塞であることが見て取れる。
その周辺に高まる気。人々が集まり、一つの事に向かっている大きな流れ。そう・・・戦争だ。

私は今までの公国の侵攻、聖獣戦争による六星龍の降臨、王国の反撃・・・。全て星を通じて『観測』してきた。
でも、今この場でつくづく思い知る。
喩えるなら、木の葉が大河を眺めていたようなものに過ぎなかった、と。
高い処から見る大河は、その形・流れがよくわかる。
だけど今の私は木から落ち大河の流れに乗った葉だ。
激流に呑まれあたりを見ることすらままならない。

ロイトンで人の多さに呑まれ、海賊に絡まれなす術もなかった私。
ソーニャさんに助けてもらえなかったらどうなっていただろう?
知識より、魔力より、術より、何よりもまず状況順応能力が重要なのに・・・。
自己嫌悪に陥ってしまう。
それにしてもソーニャさんのオーラには驚いてしまった。まるで篝火の様な強い波動。
でも、彼女の本当のオーラはそんなものじゃなかった。
ビットという人を掴みあげた時のオーラは天を焦がす焔。気炎万丈というに相応しい。
激しく、綺麗なオーラに魅入られてしまった・・・というのがここにいる一番の理由かもしれない。
想像以上の激流に戸惑うけど、これが私の望んだ道なのだから。
勿論、断れなかったって言う理由もあるけど・・・

「いたっ・・・」
公国領であるロイトン周辺でレジスタンスの行軍というのはさすがに都合が悪いらしく、秘密の道を通っている。
ソフィアさんは昔、蠍の爪という大規模盗賊団の首領の娘で、今でも山賊の人たちと親交があってこういった秘密の道をいくつも知っているといっていた。
けれどやっぱり道が悪いから酷く揺れる・・・というか跳ねる。
「我、星の理を知りてその及ばざる気を纏う。重力遮断。」
常時私にかかっている術。荷台への重力の影響を1/10程にするように。
そうすれば跳ねるのも収まるかなって・・・でもこれが大間違いだった。
かかる重力が弱まれば跳ねた時に戻らずその勢いのまま飛び上がってしまう、なんて思わなかったから。
「きゃっーーー!」
思わず声を上げてしまったけど、ここでただ悲鳴を上げているだけなんていられない。
経験不足による適切な呪文の選択能力欠如なんて原因分析している場合でもない。
勢い良く宙を舞う荷台。こぼれる荷物。重力の影響が少ないから落ちるまでは少しだけ時間があるからそれまでに何とかしなくちゃ。
「我・星の理を知りて地軸の力を賜る。地軸航法展開。」
宙を舞いながら大急ぎで呪文を唱える。一般で言う飛行呪文。
重力と星の自転のエネルギーを調節して飛行、そして周囲のものにもその影響を与えることができる。
そう、ちょうど浮遊する私の周りを公転するように回る荷物と荷台のように。

荷物と一緒にゆっくりと着地して仮面をはずした時、先頭を走っていたソーニャさんが異変に気づいて引き返してきた。
「どうしたぁ!?」
大きな声には反射的に身体が萎縮してしまう。
「す・す・すいません・・・!.い、今すぐなおし、ま、ます。」
慌てて荷物を荷台に載せていたから、私は後ろでソーニャさんが唖然としていたなんて知りもしなかった。
華奢な私が大の男が数人がかりで持ち上げる重機や食料の詰まった箱を片手で運んでいるのだから驚かれるのも無理ないのだけれど。
「すいませんじゃなくて、アンタ何したんだ?」
「そ、その、僕の黄道聖星術は星占いだけじゃなくって、星界や星の力を扱う術で、い、今は荷物のにかかる重力を操って軽くしているんです・・」
「黄道星占術じゃなかったのか?」
「はははい・・・黄道聖星術なんです・・・す・すいません・・・!」
242パルス ◆iK.u15.ezs :2006/11/10(金) 10:21:27
さっきから暁の瞳が何か言いたそうにしている。
「どしたの?」
―・・・・・・―
あまり高尚じゃない曲ばっかり吹いてるのでへそを曲げたんだろうか。困ったやつだ。

族長の家の前には、金ピカのエリマキトカゲ像が建っていた。
「ソレハコノ集落ノ守リ神ダ。族長様ガ大金ハタイテ人間カラ買ッテキタ」
「「……」」
キャメロンさんとレベッカちゃんが微妙な表情で顔を見合わせる。
族長さんは怪しい物品がてんこ盛りの部屋に僕たちを通してくれた。
「コンナ夜更ケニドウシタ?」
「ジャジャラ遺跡の調査に行ってたら道に迷っちゃったんだょ」
ラヴィちゃんが答えると、族長さんはすごい迫力で立ち上がった。
「アノ遺跡ニ近ヅイテハナランゾ!!」
「……そうなんですか?」
「ソウダ、ココ数ヶ月ハ特ニ不穏ナ空気ガ流レテオル」
世界律が変わった頃からだ。そして、族長さんは何を思ったか床に置いてある壷を持ってきた。
「ソレヨリ……コノ壷ヲ買ワンカネ?」
そのまま壷の解説を始める。話題の転換が早い人だ。
「コノ壷ハ三回マデ願イガ叶ウトイウ……」
「絶対騙されてるぞ…族長」
「そうね……」
壷を断ると間髪入れずに今度は壁に立掛けてある巻物を持って来て、広げて解説を始める。
「コレハ破幻ノ詩トイッテ……呪歌手ガ曲ニノセテ歌ウ事ニヨリ……」
それって良くない!?と思ったそのとき。
外から人間のものらしき話し声が聞こえるのに気付いた。僕たち以外には人間はいないはずなのに。

「いいマスコットになりますね!」
「声がでかい!」
駆けつけると、変なおじさんたちが4人がかりで金ピカのエリマキトカゲ像を持っていこうとしている!
「何してるの?」
「よくぞ聞いてくれた!お前らの馬車の荷台に忍び込んでここに来た所いい物があったので
持って帰ってうちの賊“トカゲの尻尾“のマスコットにしようと思ったのだ!」
馬車が重さで地面に沈んでいくから全員おりて歩いてたのになんてことだ!
「バカ!言ってどうする!」
「あ」
気まずい沈黙があたりを支配する。その沈黙を破ったのは族長さんの叫ぶ声だった。
「ソレハイカン!コノ集落ノアリガタイ守リ神ナノダ!!」
「こっちだってなあ!経営難で賊の存続がかかってるんだあ!!」
なんか見たことあるようなおじさんが逆ギレしたので、暁の瞳を吹く。
今宵の曲目は……“DO ME ”。これにかかったものは、本人の意思に関係なく、
腕をまっすぐに下ろし手首を外側に90度向けるというペンギンに似た姿勢を取り
膝を大きく曲げながら歩き回る踊り…ヒゲダンスといわれる物をしてしまう恐ろしい旋律術だ!
「ど、どうしましょう!ヒゲダンスが止まりません!」
「こ、こんな……アホな技にやられてたまるかー!?このまま突撃だ!」
なんとヒゲダンスをしつつ突撃してきた!
「ふふっ、往生際が悪いやつらねぇ!相手してやるわよ!」
それを三人が迎え撃つ!僕が後ろ、他の人は前といういつもと少し違う陣形で戦闘開始ッ!!
243イアルコ ◆neSxQUPsVE :2006/11/10(金) 12:50:52
霊峰都市ガナン、第三階層政策ブロック。
公国の貴族階級が住まう絢爛豪華な一画に、その一際贅を凝らした門構えのお屋敷はあった。
つい先日、御当主が謎の変死を遂げて以来、客足がばったり途絶えたパルモンテ邸である。
口さがない者は、この名門もこれまでかやれやれなどと社交界で触れ回っていたが、当事者に危機感はまったくなかった。
今日もまた、屋敷の裏庭でイアルコ坊ちゃまの明るい声と、執事ジョージの叫びが交差する。

コート上を縦横無尽に笑顔のイアルコ。
「やっぱりスポーツはいいのう! 特にテニスで汗を流すのは爽やか極まりない!」
「ひえっひぇっひえーー!!」
息を弾ませ、爽やかな笑みでラケットを振るう。
「そう思うじゃろ、爺!?」
「はひはひっ……!」
バウンドするボールに左右に揺さぶられ、息を切らして執事が走る。
「思うわけないでしょうが!!」
目元と口元を覆い隠す立派な眉と髭は白一色、かなりの高齢であろうにもかかわらずジョージの動きは鋭かった。
「うん? 思わんのか? 何故じゃ!?」
「こんなボールでっっ!!」
すくい上げるような目一杯高めのロブで返しながら、お髭を揺らしてジョージが叫ぶ。
「こっちゃ命懸けですぞ若っ!?」
「そうかのう? スリルがあっていいと思うんじゃが……」
太陽をバックに迫り来る黒いボールを眩しげに見上げるイアルコ。
回転するそれには一本の紐がついており、先っぽではバチバチと火花が死のダンス踊っていた。
球面にはわっかりやすいドクロのマーク。

OH! これこそ噂に聞く命懸けの貴族遊戯――BAKUDAN TENNIS!!?

「ふむ、爺も情け容赦がない。導火線が短くなったのを見て高めの球で返すとはのう」
「必死ですからぁっ!」
「だぁがまだまだあっ!! 見切りがコンマ2くらい甘いわ!!」
イアルコ坊ちゃま、余裕たっぷり不敵な笑みでタイミングを計り、ジャンプ!
「っとお!」
「のお!?」
渾身のダンクスマッシュがジジイの眉間に突き刺さる。
「も一つ追加じゃ!」
懐からもう一個の爆弾ボールを取り出し、これもスマッシュ。

ZUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUN!!!!!

今日もまた、パルモンテ邸に日常的な爆発音が響いた。

「いや愉快痛快! これで余の二十八連勝じゃ!」
「か、か、体が…若、からだがもちましぇ〜ん……」
黒こげ状態で呻くジョージ。生きてんのかヨ!?
「では、風呂にしようぞ――っとっとっとっはっと……」
スコアボードに花丸を描き、イアルコはラケットを額の上にバランスをとりながら屋敷に戻った。
244イアルコ ◆neSxQUPsVE :2006/11/10(金) 14:02:22
「いやあ、さっぱりしたのう! やはり遊戯にはスリルがなくてはの!」
湯船で存分にアヒルの玩具を遊ばせ、爽快な表情で風呂から上がるイアルコ。
前も隠さず、意外と引き締まった裸体を鏡の前にご披露する。
横から差し出されたバスタオルを受け取り、御髪を拭き拭き快活に言う。
「爺もあれくらいせんと長生きの有り難みが実感できんじゃろう? ……ん?」
見ると、陶磁器のように滑らかな肌のクールビューティーがバスローブを持って控えていた。
爺かと思えば、メイドのメリーである。
「なんじゃメリーか。爺はどうした?」
「医務室で唸っております」
「まだ回復せんのか? あれくらいで寝込むとは、爺もいよいよ歳かのう」
「メリーにはわかりかねます」
バスタオルを放り、恥ずかしげもなく両手を広げてバスローブの袖を通してもらうイアルコ。メリーも手馴れたものである。
「今日の予定は何かあるのか?」
「公王陛下より、旦那様の喪が明けるまで公務は控えるようにとの御命令です」
メリーの冷え切った鋼のような返事に、イアルコは口をへの字に息をついた。
「まあ、仕事はのう……余がまだ未成年故任せられぬのは仕方あるまい。聞きたいのは他の予定のことじゃ」
「御座いません」
「誰ぞから食事にお呼ばれしとらんかの?」
「御座いません」
「パーティーの招待状など、何枚かくらい来とるじゃろ?」「御座いません」「一枚も?」「御座いません」「では、何でもいいから人と会う予定はないのか?」「御座いません」
「外に用事――」
「御座いません」
「…………」「…………」
冷たく重い、嫌な沈黙が場に落ちた。

「お前はオウムか!?」
坊ちゃま爆発。
「もう少しくらい気の利いた返事をしてくれてもいいじゃろうが!!?」
「坊ちゃま、メリーはメイドでオウムでは御座いません」
「大体なんじゃ! この若く美しく健康な余に、いつまで暗く沈んだ屋敷に閉じこもってろというんじゃ!?? 余はお外に出て遊びたいぞ!!パルモンテの新当主は77で引きこもりかとか、いらぬ噂が立てられでもしたらどうするんじゃ!!?」
「坊ちゃま、ご安心を。噂はすでにその域を超え、自殺説にまで発展しております」
「NOーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
豊かな御髪を振り乱し、バスローブに素足の格好のまま玄関に突撃するイアルコ。
このままお外へと一直線のコース上に、包帯だらけの小さな影が立ちはだかった。
「なりませぬぞ若っ! 外出は断じてなりませぬっ!!」
「うがうあぐあがいあがいあがいあがいあがーーーーーーーっっ!!!」
「若っ! フラストレーションはお察し致しますが、御気を確かに若!!」
「ッきいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーっ!!!!」

「バカっ!!!!!!!」

「なんじゃと!?」
「いえ、若っ! 落ち着いてくだされ! 今目立った動きをなさっては侵略派にあらぬ疑いをかけられるやもしれません! 御父上が彼奴らめの手にかかったことをお忘れですか!?」
「……へ?」
ミイラ男スタイルながらも、トレードマークの髭と眉だけはしっかりと露出しているジョージの言葉に、イアルコは気が抜けた顔で硬直した。
「父上って、殺されたのか?」
「そうですとも!」
「ほんとに?」
「あの御遺体を見て、なんとも思われなかったのですか!?」
「いやあ、てっきり趣味のSMプレイの行き過ぎで死んだとばかり……」
「若っ!? 御父上を何だと……っ!!」
「だって、葬式も随分ひっそりで気まずかったから、これはきっと公にできない恥ずかしい死因なんじゃと……そう思うじゃろうがっ!!?」

「バカっ!!!!!!!!!!!!!!!」

「こらー!!」
「いえ、バカっ! ……あ」
「言い直すくらいせんか!!」
懐から取り出した木製ハンマーで、執事の頭をグワンとどやかす。
そんな混乱などとは無縁の怜悧な顔で、メイドのメリーはイアルコ坊ちゃまのお着替えを手に控えていた。
245イアルコ ◆neSxQUPsVE :2006/11/10(金) 15:48:22
「ストンピンッストンピンッストンピンッ!!」
「め、め、めりー…ヘルプミー。へるぷみーメリー」
イアルコ坊ちゃまのストンピング攻撃に晒され、虫の息のジョージ。震える手で傍のメリーに助けを求める。
だが、メリーの表情は冷たく、返事は冷酷なものだった。
「メリーは、坊ちゃま以外の方の命令を聞く立場に御座いません」
「ひ、人でなし……」
「人ではなくメリーはメイドで御座います」
「ぬううぅぅ……」
観念の呻きを上げ、ジョージは包帯の乱れからポケットに手を入れた。
取り出したるは、一枚のドラグノフ金貨。
チーンと音高く、親指でメリーへと弾く。
金貨がメリーの手に握られてから、坊ちゃまがの攻撃が止むまで、僅か0.02秒。
「ストンピンストンピン――へぶっ!?」
電光石火の右フックが、イアルコの体をくの字にかっ飛ばした。
よく磨かれた大理石の床の上を数回バウンドし、ツツ〜〜っと滑って血の跡を引いていくパルモンテ家の当主様。
「坊ちゃま、お着替えで御座います」
「め、めりー……いまなにが……?」
「メリーにはわかりかねます」
メリーの態度はあくまでも冷たい。死に体のイアルコからバスローブを引っぺがし、テキパキと最上の服に着替えさせる。
「……お話を続けますぞ若」
「……うむ、苦しゅうない」
杖を突き突き寄ってきたジョージの言葉に、頷くイアルコ。開いた口から真っ赤な塊が漏れ出したが、気にしない気にしない。

「御父上が穏健派の急先鋒であったことはご存知ですな?」
「そんくらい知っとるわい。父上は争いを好まぬ御方じゃったからな。お陰で余はいい迷惑じゃ。侵略派貴族連中のバカ息子どもに臆病者のそしりを受ける始末。
あの親父、息子の学校での立場とかまったく考えておらなんだな」
「御父上も、余裕がなかったのです」
「ふん、大の男だからこそ、どんな時で余裕のヨっちゃんでおらねばならんのじゃ。息子にとばっちりをかますようではのう……」
「まあ、故人に鞭打つのはそれくらいになさいまし」
「うむ、で、父上は侵略派の手の者に殺されたと?」
「その通りです」
重々しく頷くジョージに、イアルコは真っ直ぐ指を突きつけた。

「何故、殺った!?」
「お月様が綺麗だったからあああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

「そうでなくてっ!!」
「なんだ違うのか」
「当たり前でしょうが! …実は、旦那様がお亡くなりになる三日前の晩、ミュラー元帥閣下が当家を訪ねて来られたのです」
「ニャラー?」
「ミュラー! ご存知の通り、閣下のアイゼンボルグ家は侵略派の中核。王国と単独和平を結びつけるべく奔走していた旦那様を説得しようとなさって来られたのです。
話し合いは一向に妥協へとは向かず、御二方はお互いを激しく非難し始めたのです」
「なるほど、最後通告を跳ね除けてしまったというわけじゃな」
「はい、その晩はそれ以上何事もなく収まりましたが、今思えば直接の原因はあれであったのございましょう」
包帯で熱くなった目頭を抑えるジョージ。
「申し訳御座いませぬ若っ! 私どもの力が至らぬばかりに、このような……っ!!」
「どのような?」
「そのような!」「あのような!」「屁のような!」
悪ノリする執事を再び懐のハンマーでどやかし、イアルコは快活に笑った。
「なんだそんなことか!」
「そ、そんな事とは御無体な……」
「御無体なもゴムタイヤもあるか! 聞けば何のこたあない。父上はつまりアホだったから死んだのじゃ!
情勢も読めず、己の力量も計れず、自制もできず! あのミュラーを怒らせてしまったのがとにかく悪い! 残された我らには、まったくもって大概なとばっちりじゃ!」
「そのように思うのも無理からぬ事ではありますが、ここは一先ず御父上の意を汲んで――」
「じゃからっしゃい!」
三度ハンマー。若、絶好調である。
246イアルコ ◆neSxQUPsVE :2006/11/10(金) 16:05:41
「よいか! パルモンテ家は、これより侵略派に回る! 兵を集めよ! 王国のゾウリムシどもを一掃してくれるわ!!」
「そ、そんな…御父上の御尽力は……」
「日和見の年寄りの苦労など、とうの昔にそっくりオジャンじゃ! 今は戦うべき時なのじゃ!!」
「……はっ、若がそうお考えならば私めは最後までお供する所存で御座います……が、しかし若!」
「なんじゃ? 別に先陣を切れとは言っとらんぞ?」
「いえいえ、私は若の後ろに……でなくて、先立つ物がないのです!」
ジョージの言葉に、イアルコは呆けた顔で首を傾げた。
「何故じゃ? 我が家の財力は十二貴族中でも一、ニを争う――」
「当家の主だった資産はすべてミュラー閣下に接収され、侵略派に分配されたので御座います!!」
「……いつの間に?」
「御父上がお亡くなりになって間もなく、執務室の机よりそのような書類の束が……」

「…………」
「…………」

「なんで処分しちまわなかったんじゃあああああああああああっ!!!??」
「遺言書かと思ったんですううううううううううううううううううううううう!!!!」
きっと侵略派が用意した偽造書類に違いないが、今となっては後の祭り。

「おのれミュラーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!! あんのホモ野郎ぶっ殺してやるわ!!!!」

若、怒髪天を衝く。

「あの……自制は?」
「辞世の句を書く間もなく地獄に送ってくれるわああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

火を吐かんばかりにいきり立つ主人の方を見ようともせず、メリー一人、黙々とお茶の用意に勤しんでいた。
今だ混迷の中にある大陸に、凄絶な少年貴族の嵐が吹き荒れようとしていた。
247ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2006/11/10(金) 20:40:09
「おりゃああああああああ!!」
ゴロツキ風の四人組が、雄叫び上げながらジグザグにヒゲダンス状態で突進して来たよ!!!
「うわキモッ!?ちょ!動きキモい!!!パル!その曲ストップストップ!!!」
レベッカ姉ちゃんが顔面蒼白になってパルちゃんの笛を取り上げちゃった!?
「フゥーハハハハーッ!!妙な音楽がなけりゃ俺達は負けねえ!!いくぜ野郎ども!!」
「「「おう!!俺達の恐ろしさ、その体に刻んでやる!!!」」」
まずいよぅ!ラヴィは・・・ラヴィは・・・・。

「燃える山賊ド根性ッ!リーダーのトム!!」
「小さな事からコツコツと!副リーダーのジョン!!」
「頑張る姿勢に意義がある!副リーダーのボブ!!」
「負けるな不屈の雑草魂!副リー・・・ギボアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
四人目の人が名乗ってる途中で、レベッカ姉ちゃんが股間を蹴り飛ばしたッ!?
「何人副リーダーがいんのよ!?アホか!!」
確かに副リーダーばっかりだよぅ・・・・。ラヴィもツッコミ入れそうになっちゃうとこだったぁ。
「「「だ・・・大丈夫かサム!?おいしっかりしろサアァァァアムッ!!!」」」
「ぐ・・・お、俺の雑草・・・魂・・・がぁあ・・・」
股を押さえてブルブル震えるサムって人が、くの字に折れて悶絶ッ!『不屈』って言ってたのにッ!!
そういえばレベッカ姉ちゃんのブーツは、爪先と踵に鉄板が入ってるって言ってたっけ・・・・。

「おぉのぉおれえええ!!!サムの仇、とってやるぜええええ!!!!!」
リーダーのトムが血の涙を流してラヴィ達を睨みつけたよ・・・・。怖すぎるヨーッ!?

ピピピピピ〜ピ〜ピッ♪ピ〜ピ〜ピ、ピ〜ピッ♪♪
「はぅあ!?またこの曲か!?あ・・・足が勝手にぃぃいいいいいッ!!??」
またまた踊り始める三人が、かわいそうになっちゃうよぅ。でもラヴィにはどうにもできないの〜。
だって、猟理人の鋼の戒律に
『猟理は人を喜ばすもの、包丁を人に向けるは猟理人に非ず』
っていうのがあるからなんだよぅ。だからどんな荒っぽい猟理人でも人を傷付ける事はしないんだ。
一騎当千の強さの猟理人が戦争とか表舞台に出てこないのは、その戒律があるからだよぅ。

だからラヴィは何にもできないんだよ〜!!大ピンチかもぉ!?
248ブルーディ ◆aQHjxI7K8U :2006/11/11(土) 00:01:21
通路を破壊しながらこっちに突き進んでくるゴレム、
戦うためだけに造られたものが放つ鈍い光沢と触れたら切り裂かれるような鉄。
俺はゴレムが式典でしか見た事がない、ゴレムが動くところを見たことがない。
なぜなら貴族のお抱えで奴らの加護の下でのうのうと暮らしていたのだ。俺は少なくともゴレムの凄まじさは知ってはいた。
しかし、目の前で見る殺戮兵器は俺の中でのイメージを打ち壊す、人間を殺す為に造られたというものが、
王国にとっての恐怖の象徴であるということが、どういうものなのか少し分かった気がした。

「よりにもよってゾルダートだと!?なぜ私が自らの軍に追われているのだ!!納得いかん!」
この絶望的な状況で竦むよりも自分の今の立ち位置で憤慨できる、大した男だ。
「……それで、どうする?ディオール卿の方がああいった兵器に通ずるはずだろう」
「あのゴレムは無人機だ、単純なことしかできないが、耐久力は折り紙つきだ!」
「……分かった、様子を見てみよう。」
俺はトランクから素早くローラを取り出し口に咥える、そしてすでに人間の耳では音と判別できないほどの音を放つ。
指向性を無視しての音ではないために威力が落ちはいるが、壁ぐらいなら破壊できる音だ。
しかし、ゾルダートの装甲に音が到達しても装甲は崩れなかった、ただ鉛を殴ったような鈍い音しかしない。
何度も何度も音を重ねるが効果は同じだった。俺の中の何かが揺らぐのが分かる。

「そ、そんな……これが、これがゴレムというものなの……か……」

音を知り尽くしているというのもまた時によっては厳しいものだ。
今の鈍い鉄音で全てが分かってしまった、反響音である程度の鉄の厚み判別できる。
あの装甲の厚さは尋常じゃない、敵に回して初めて分かる恐ろしさというものもある。これがまさにそれだ。
額から冷汗が流れ、足が震え体が竦み恐怖が止まらない、どうやって倒せばいいのか分からない、初めて驚異的な殺戮兵器との戦い。
それは俺の頭の中を真白にするには十分すぎ、先ほどまでの黒騎士を助けるという決意が薄っぺらだったのかを教えた。
「ブ……ディ…!…は………けろ!!」
黒騎士が俺に向かって叫ぶ、だけど、何ていっているか分からない、口だけが動いているように見える。
前を見るとそこには距離を詰めてきて今にも俺と黒騎士に致命傷を与えようとしていた。
気付かなかった、いや、気付くわけがない、なぜなら俺は黒騎士の声すら聞き取れなかったんだから。
どんな『音』であれそれが『音』ならば絶対に聞き取れると自負していたこの耳は、

恐怖の前では何も聞き取ってくれなかった。
249アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/11(土) 22:10:14
港町ロイトンを出発してから一週間ほど。
ようやく私も荷台に座っているのに慣れてきた。
道の悪い秘密の山道を一気に駆け抜けた私達は、合流予定日より一日早くルフォンまで十数キロの地点に辿り
着いていた。
「よーし、今日はここで野営するよ。しっかり休んでおきな。
明日夜明けとともにルフォン到着。ギャルビーズ隊の到着を笑って迎えてやる。」
強行軍で疲れが溜まってきている事と、早く着き過ぎると嫌味な作戦指揮官の王国騎士に挨拶しなければいけな
いからという理由でわざわざ到着を朝にするんだって。

簡易テントが張られ食事の用意をみんながする時、私はいつも手持ち無沙汰になる。
私ができることはなにもないから。
だからそっと占ってみる。これからのこと。
ルフォンに禍々しく赤く輝く星。その周囲に強い星がいくつも・・・。そして、ルフォンから放たれる凶星・・・

「ソソソーニャさん。ルッルフォンのレジスタンスの人達の危機です。今夜しゅ、襲撃をうけ受けます。」
「襲撃?アビサル、アンタは知らないだろうけどね、ルフォン南部は山岳地帯にあって珍しく平野なんだ。
だから奇襲はできないから、襲撃されてもあたしの仲間はちゃんと対応できる。安心しなよ。」
「いいいいえ。襲撃はちっ地下からです。ここのままだとか・・・壊滅!」
「地下?それこそ余計ないだろ。山岳地帯にあって岩盤がしっかりしているんだ。
明日は激しい戦闘になる。忙しいんだから休ませておかないと役に立たなくなるんだ。駄々捏ねてないでさっさと
飯をくいな。」
「だっ駄々じゃありません。」
明日の戦闘を前に、ソーニャさんはぴりぴりしていて怖い。
普段の私ならなら一睨みで逃げちゃいそうな鋭い目・・・でも引けない。
私とソーニャさんは数秒にらみ合う。
ほんの数秒だけどまるで数時間に感じる。
私の全身から汗が出て、脚が震えだしてしまう。もう、気が遠くなりそう・・・

私の意識を繋ぎとめてくれたのはソーニャさんの笑みだった。
「ぷっ。おどおどしているだけかと思ったらなかなかいい表情できるじゃないか。
そんな睫まで真っ白な顔で睨まれるなんてね。
アンタがそこまで引かないのならあたしは乗る義務があるね。無理矢理連れてきたようなもんだから。
いいだろう、あんたの占い信じてやる。」
意識は繋ぎとめたけど、足の力が抜けて立っていられない。
崩れ落ちそうなところをソーニャさんに抱えられる。
「お前ら、野営は中止だよ。
ルフォンが奇襲される情報を掴んだ。今すぐ出るからすぐにたたみな!」
抱えられながら見上げるソーニャさんの顔は凛として・・・
とても眩しくて、ドキドキする。
「それにしてもこれ邪魔だねえ、何とかならないのかい?」
抱えると両肩の上に浮く日輪宝珠と月輪宝珠が邪魔になる。
「す、すいません・・・でもこれがないと困るので・・・」
にっこり笑ったつもりだけど、引きつっているようにしか見えなかったかもしれない。

でも一つソーニャさんは間違えている。
無理矢理連れて来られたんじゃない。この一週間何度も占ってみたけれど、ここにいるのは星辰の導きなのだから。
250ハイアット ◆uNHwY8nvEI :2006/11/12(日) 00:07:43
「アイタタタッ……ボクもしかして女運ないのかなぁ?」
パンパンに腫れた頬を俺はさする、赤く腫れ上がってふぐみたいになってるかもしれない。
それもこれも女性リザード族と異文化コミニケーションの結果がこれなんだ、
俺はボーっと異文化溢れるリザードマンの村の風景を見渡す、見るものは目新しくて、
まるで違う世界みたいで、俺の目指すものとは遠い溝があるように感じた。
近くの草むらに大の字に寝て空を見上げる、空を見ると安心する、今も昔もあり続けるから過去に通じているようで。
「……なんか眠くなってきちゃったな」
景色がまどろみ、視界がだんだんと暗くなっていったのは憶えてる。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++

音が聞こえる、自分の一部だったあの風と、慣れ親しんだピアノの音が聞こえる。
「やっと起きたの?」
「ん……?えっと、おはよう。」
目を開けるとそこには慣れ親しんだ顔があり、いつもと変わらない日常があった。
そして彼女はいつもと同じように屈託のないそのままの笑顔を僕に見せてくれた。

「とても不思議な夢を見たよ、ありふれた日常でなくなっちゃう夢だった。」
寄り添いさっきまで見てた夢のことを話す、彼女は笑って聞いてくれたよ。
おとぎばなしを楽しそうに聞く子供のように、ね。僕も夢だったせいか思い出を語るように話した。
「好きそうじゃないそういうの。あなたって興味心旺盛だし。」
「うん、楽しかったよ、いや、楽しいよ、色んな新しいものがあった。色んな人が居て。」
夢の中は驚きの連続だった、種族もそうだし文化も。
一つや二つじゃない何千っていう文化がこの大地の存在してた。
「でもね、一方でとても怖かった、新しいものに触れるたびに、新しいものを見るたびに。」
「どうして?」
ちょっと不思議そうに聞いてくる彼女に、僕は夢の中でずっとあった不安を打ち解けた。

「ここを忘れていくんじゃないかって、不安なんだ、新しいものを見るたびに不安になるんだ。
 ここに戻れるのか不安なんだ、怖いんだ。君もここも風化してしまうみたいで。」
そう、いつも不安だった、寝て起きたら忘れてるんじゃないかって。
いつもその夢では怖いんだ。もしかしたら帰れないんじゃないかって、
見知らぬ町に行くたびに、新しい種族と会うたびに、新しい店に行くたびに思ってしまうんだ。

震える僕に彼女がにっこり微笑んで銀色の十字架を手へと持たせてくれた。
「らしくない、どんなことでも楽しんで生きていけるのがあなた。大丈夫きっと戻れる。」
「うん……え!?ちょっとまって、アレは夢じゃあ……」
僕の言葉に彼女は反応せず、うっすらと影が薄くなるように消えていく。

―――待って!行かないで!

言葉と共に伸ばした腕は生き倒れかと様子を見に来た女性のリザード族の胸を鷲?みにする。
「あ、あれ?……おかしいな、いやぁ、えっと……ごめんなさい。」
そう言っても許してくれるわけなく物凄い連続パンチが腫れた顔に追い討ちをかける
「ギャ――――――ス!!!!」
ボロ雑巾のようになって、もう一度倒れる僕の手の中に太陽の光りを受けて輝いている十字架が確かにあった。
251パルス ◆iK.u15.ezs :2006/11/12(日) 23:17:42
「ラヴィ!触手の怪物の時の勢いはどうしたの!?」
「ラヴィは人とは戦えないんだよぅ!!」
な、なんだってー!?それはヤバイかも!
サブリーダーのうちの一人がヒゲダンスのままラヴィちゃんに突撃かと思われたその時!
「オラオラオラオラオラ!!」
キャメロンさんの百裂拳が炸裂する!!
「「ボブううううう!!」」
残る二人の絶叫も虚しく、サブリーダーのうちの一人が倒れ伏した。
「そうだジョン!根性で“超強力耳栓”をつけるんだあああ!」
しまったあ!そんなものを持ってたのか!この曲は聞かなきゃ効かないやつなのに!
必死の形相で耳栓をとりだし……顔の横に持っていく。そして……耳に装着した!!
ヒゲダンスがぴたりと止まる。
「やっと止まった……おのれ、二回にもわたってよくもコケにしてくれたな!
前の分もまとめて返してやる!!」
リーダーさんとサブリーダーさんがじりじりと迫ってくる……。
もちろんこんな時は笑顔であとずさり。
「えーと、何のことでしょう!?」
「ふざけるな――!触角つけたエルフなんて何人もいるか!?」
ヒゲダンスが止まった以上百烈拳は通用しないだろう。
レベッカちゃんの呪歌なら耳栓の防御を軽々破れるだろうが、補助の歌を歌ったら相手も元気になるし
まして対人用の攻撃呪歌を歌おうものならこの場にいる全員が阿鼻叫喚の事態となる。
つまり。大ピンチ!!
「「うおりゃああああ!!」」
ショートソードなんて抜いて切りかかってきた!どうしよう!?
すぐ目の前まで迫った時、とっさに剣を抜く。
二人の隙間をすり抜け様に、掠るように浅い斬撃を無数に閃かせる!
深くは入らないように、それでいて戦意を喪失させるように。
「何!?避けやがった!」
ヤバイ!切られたことに気付いてないし!浅すぎたああああああ!!
「どうせ偶然だ……ん?」
「きゃああああああああ!!変態!!」
「うわあああぁあああう!?」
レベッカちゃんとラヴィちゃんの悲鳴が聞こえたので何事かと思って振り返ってみると……
リーダーさんの服の右半分、サブリーダーさんの服の左半分が無くなっていて
その欠片らしきものが地面に落ちていた……。
「「はうあああああああ!?」」
自らのあられもない姿に気付き地面にうずくまるお二人……。
別の意味で戦意を喪失させてしまったようだ。ご愁傷様です、わざとじゃないとです……。
「まあ……とりあえず、勝った……かな?」
キャメロンさんに同意を求めてみる。が、次の瞬間には百烈拳が飛んできた!
「こういうのは痛み分けって言うんだああああ!!オラオラオラオラオラ!!」
「ぎゃああああああ!!」

「ヨク守リ神像ヲ助ケテクレタ、大変感謝スル。是非御礼ヲシタインダガ……」
そう平然と言う族長の前には、未だ顔面蒼白のレベッカとラヴィ、百烈拳をくらい昏倒したパルス、
そして縄でぐるぐる巻きになった4人組と、一人だけ元気なキャメロンがいた……。
252襲撃 ◆F/GsQfjb4. :2006/11/13(月) 20:05:29
―獅子十字軍北方大隊司令テント―

「くぁ〜冷えるなぁ、雪とかありえないよホントにもう…」
ぶつぶつと愚痴を吐きながら、見張りの交代を終えた青年がテントに入って来た。
「ガハハハ、ロシェは確か南の生まれだったっけか?」
「いえ、セプタですよ。でも寒いのは苦手…というより大ッ嫌いですね」
ガチガチと震える青年、ロシェにジーコがコップを渡す。
「やっこさんはどうだい?まだ動かねぇか?」
「うわ!?辛い!何ですかコレ!辛ッ!!!……ぁ〜まだ何にも無しですよ…辛い…」
ジーコが手渡したのはルフォンの地酒『スチーム・ソウル』。度数は94。
ほとんどアルコールだ。いやむしろ酒と呼んでいいのかすら微妙である。
「向こうさんは今夜仕掛けて来ますかねぇ。こうも寒いとテンション下がって中止とか?」
「オメェじゃあるまいし、んな旨い話はありえねえよ。必ず来る、今夜はこの大雪だ。
こちとら視界も悪けりゃ手もかじかむ。やっこさんにゃ都合が良いからな」
呑むのを諦めたのかコップをテーブルに置いて、ロシェが渋い顔をした。心底嫌そうである。

内通者の存在は随分前から発覚していたが、今日まで泳がしていたのは、夜襲に対し
一斉に戦力を固めて迎撃と同時に攻め込む作戦のためだった。
当然この作戦の存在をアルトは知らない。ジーコが率いる部隊とレジスタンスの共同作戦だ。
作戦に参加しているのは『鷹の翼』『曉旅団』、そしてジーコの部隊で計58人。
『鷹の翼』は拿捕したゴレムを2機所有するため、この作戦における要と言えるだろう。
既に各部隊共に迎撃準備は整っている。後は敵の襲撃を待つだけだ。

「ふぁ…ふ…なんか眠くなってきましたよ、こうして待ってるのが馬鹿みた……いッ!?」
欠伸をしたロシェがテントの外を見た瞬間、轟音と共に機械仕掛けの魔獣が大地を裂いて現れた。
積雪は衝撃で吹き散らされ、視界は無きに等しい。完全な不意打ちとなった。
「ロシェ!!外だ!!ここにいたら挽き肉にされるぞ!?」
ジーコが手元のウォーハンマーを引っ掴み、テントを転がるように飛び出す。
その巨体には不釣り合いな俊敏さだ。迷わずロシェも腰の長剣を抜き放ち、ジーコの後に続く。
ロシェが飛び出すと同時に、テントは《ハイドラ》の2本の頭によって布切れと化し、残す14の首が2人を捉らえた。
253ブルーディ ◆aQHjxI7K8U :2006/11/13(月) 23:18:16
なにが起こった?何も分からない。状況はどうなっている?
音は?ゴレムの音は?黒騎士の心臓の鼓動は?……何も聞こえない。
ただ……強い衝撃で体が吹き飛んだのだけが分かる。
「はぁはぁ……ぐうっ!!ゲホッ!ゴホッ!」
口から血が出ている、なにがなんだか分からない。痛いとも感じないのが更に俺の恐怖を増徴させる。

  『周りを見なければ』

ただその一つだけを考え周りを見渡す、状況を確認しなくてはどうしようもない。
「あ……うあっ……ああッ!!」
見上げるとそこには鈍い光を放つ冷酷な殺戮兵器が『居た』
声が出ない、向かってくる恐怖そのものが、俺の全ての思考を停止させる。
もう終わりかと思った、いや、彼がなんとかしてくれなかったら終わりだった。
「落ち着け!私たちはまだ終わりじゃない!!」
黒騎士ことディオール、化け物に臆することなく向かっていく男。
そして俺を助けようとしてくれている男だ、

「……ディオール郷」
「生きてここから出るぞブルーディ。」
そう語る黒騎士の目には迷いも虚勢もない、迷わずに『生き残る』ことを口にしている。
俺は今も震えが収まらず、死ぬことしか浮ばないというのに……

「うおおぉぉっ!!」
黒騎士はゴレムの装甲と装甲の隙間に一撃を入れる。
だがいくら黒騎士といえども、ゴレムの力の前ではただ吹き飛ばされ崩れるしかなかった。
「ディオール郷!!」
倒れ血を流す黒騎士を目にして、俺は震えが消えた……
そして……俺の耳に音が戻った。今までの難聴が嘘のように、全ての音が入ってくる。
黒騎士の鼓動も確かに聞こえる。相手の動く音も、一体どの程度で走行しているのかも。
全てが聞き取れた。そして目の前のゴレムの違和感も聞き取れた。

「…ふうっ………目が覚めた、感謝する、そして安心して休んでいてくれディオール」

立ち上がりローラに軽く息を吹き込む、やっぱりというべきか肺に血が溜まっている。
だがそんなことはもう微々たることだ、俺は吹き慣れた旋律を奏でる、リズミカルに。
一台、また一台とゴレムの動きが止まっていく、無論それもこれも狙ったものだ。

……やっぱりだ、どんなものでも内側はもろいものだ。ディオール感謝する。
お前の一撃がなかったら内側の故障には気付かなかった。機械っていうのは精密だと聞いている。
最後の一台の駆動音が鈍くなっていき、そして次第に停止した。

「時計と同じだ、歯車一つ飛んだだけで動けなくなる……歯車一つ壊す。
 その程度なら旋律でも可能なんだ、少し風を起こせば良い、特に力は要らない。」
だれに言うまでもなく俺は語る。導いてくれた黒騎士への敬意も勿論こもっている。

 ギギッ!!

さび付いたものがこすれあったような音がする。
振り向くとゴレムが黒騎士に最後の突進を放ってきていた。迂闊だった。
旋律は間に合わない、この間合いでできることは一つだけ。肺に空気を溜めながら走る。
いまできること、それはこれだけだ、黒騎士とゴレムとの間に割ってはいる。

――――ッッ!!!――――

つんざく音とともに俺の周囲の床が壊れる、ギリギリ黒騎士を巻き込まないように。ゴレムを巻き込むようにして。
俺と殺戮兵器は下へと落ちていく、俺はローラをそっと抱きかかえる。
死に近いというのに特に絶望も後悔もない。むしろ、いえることは一つだけだった。

「こういうのも……まんざらじゃないな……」
254ルフォン前陣地 ◆9VfoiJpNCo :2006/11/14(火) 14:26:45
自陣の各所で揺らめいていた篝火が次々と消えていく。
何年ぶりかの故郷の雪に足をとられて短く悪態をつきながら、火の番の交代を知らせるためにリッツが天幕に顔を出した時のことである。
「ゴレムか! 奴ら何体出してきやがった!?」
地響きの度合いからして相当な数に違いない。
見張りの連中は何をやっていたなどとは責めもせず、リッツは吠えた。
「片っ端からぶち砕いてやる!!」
蹴り起こす時間も惜しいとばかりに、足元の雪をすくって天幕内の仲間に投げかける。轟々たる非難を背中に受けつつ近くの無事な篝火へと向かう。
「あ、リッツさん!」
「敵襲でしょうか!?」
篝火の前で浮き足立つレジスタンス兵を手だけで制し、リッツは天幕の屋根に跳んだ。
ざっと視線を巡らせる。
暗い寒空の下で消えていく炎の点を目で追ってみるが、どれも不規則で敵の位置は定かではない。
一つが消えても、その隣は無事というのがちらほらとあるのだ。外からの飛び道具かとも思ったが、それらしき影はなかった。
――いや、
「なんだ……?」
地面から立ち上る巨大な影にリッツが呟くのと、足元で悲鳴が上がったのは、ほぼ同時であった。

見下ろすと、篝火を中心とした地面がすり鉢上に陥没して沈んでいくところだった。まるで巨大なアリジゴクだ。
「……っ……っけ…!!」
流れる土に溺れるレジスタンス兵の手をとるべく、リッツは跳んだ。恐れなく迷いなく。
右手でもって素早く掴み、左手で支えられる物はないかと探す。
自身もアリジゴクに足をとられて踏ん張りが利かなくなってしまったのだ。これでは跳んで逃げることはできない。
虚しく空を切る左手、諸共に沈み行く両足。
冷たい汗が背中を伝った瞬間、左腕にロープが巻き付いた。
振り向くと、アリジゴクの縁から見下ろす暗い瞳と目が合った。黒髪の長髪に鍔広帽子、襟元ではためく深紅のスカーフなどという気障な格好の男はリッツの知る限りでは一人しかいない。
寡黙なレジスタンスの凄腕スカウト、ギルである。
天幕の支柱にでも結びつけたのだろう。ロープの確かな手応えを確認し、リッツは上半身の筋肉を激しく隆起させた。
「よい――っしょおおおおおおおおおっ!!!!」
右手のレジスタンス兵を引っ張り上げざまに放り上げ、無事に天幕の屋根を揺らしたのを見るや、猛烈な勢いでロープを伝って確かな地面に帰還する。
「ありがとよ! 恩に着るぜ!」
「……来るぞ。新型だ。」
礼の言葉を無言で受け流し、顎で前方を示すギザ。
土を撒き散らして姿を現したのは、巨大な蛇に似た頭部であった。

「おお、こいつぁ食いでがあらぁ……蒲焼にすると何人分だあ?」
「……肉は生で食うに限る」
ギルが自分の軽口に応えてくれたことに薄く笑いながら、リッツは大蛇ゴレムの全貌を目分量で測ってみた。
頭部は横4メートル縦3メートルといったところか、その直径がそのまま胴体になって長く続いている。大口を開けば大の大人の十人は楽に呑みこめるだろう。呆れたデザインだ。
「……っ!!」
鎌首をもたげ、矢のように飛びかかってきた。今までの無機質なゴレムとは一線を画す、生物の如き滑らかさである。
しかし――それじゃあただのクソでかい蛇だろうが!!
「ボケぇっ!!!」
深く沈みこんでのライトアッパーでカウンターをとり、長くうねる巨体を天へと衝き上げる。
手応えに妙な弾力を感じたが、まあ問題ない。
このまま一気にラッシュで仕留める。
両の拳を打ち合わせつつ前に出るリッツ。
「……下にもう一匹」
ギルの淡々とした注意に足を止めた時には、すでに遅かった。

ゴッッッッッッッッッッッッ――――!!!

「うおわあああああああああああああああああああああああああ!!!?」
地面からのぶちかましをくらったリッツもまた、雪の降る天へと衝き上げるられることとなったのである。
255ST ◆9.MISTRAL. :2006/11/14(火) 16:36:45
「ブ…ブルーディィィッ!!!」
不意を打たれた黒騎士を庇って、ブルーディは崩れ落ちる床と共に階下に消える。
手を延ばすも届かず、ガラガラと瓦礫の落ちる音だけが虚しく響き、黒騎士は力無く膝を折った。
「馬鹿な……何故だッ!?」
ぽっかり開いた穴の渕を殴り付けて叫ぶ。言い知れぬ悔悟の念に、黒騎士は打ちのめされた。
だがしかしそれも長くは続かなかった。増援のゾルダートが現れたからだ。


「ぬう…これでも当たらんのか!?」
黒騎士のブレスがゾルダートを襲うが、その攻撃は全て回避されてしまう。
彼の使う黒星龍のブレスは影を利用したものだ。
光源感知センサーを持つゾルダートには、影の発生する角度方向が完璧に探知される。
何処から来るのか事前に判った攻撃が当たる筈がないのである。
「もう駄目なのか…」
黒騎士の口から諦めの言葉が洩れた時だった。彼の真横を白い突風が駆け抜けたのは。

「ダブルスクリューねこぱ〜んち!!」
鋭い覇気を感じさせる、よく通った声が通路内に響く。
そして、息を呑む程に鮮やかな回し蹴りがゾルダートの1機を派手に吹き飛ばす。
突然の乱入者の姿を見て、黒騎士は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
その姿、果てしなくバニーガールである。
白を基調とした露出度の高い衣装、ふわりと翻るボアコート。
「どの辺が“パンチ”なんだ!?」
黒騎士の悲鳴じみたツッコミが爆音に掻き消され、同時に黒騎士の姿も爆炎の中に消えた。


「…ここは…痛ッ!?」
再び目を覚ました黒騎士は、起き上がろうとして全身を駆け巡る激痛に顔をしかめた。
「あら起きた?久しぶりね、ディオ」
ふと見上げると懐かしい顔。幼い頃からずっと黒騎士を虐めていたレジーナ=ハイネスベルン。
この時ようやく自分が膝枕をして貰っている事に気付き、黒騎士は悲鳴を上げた。
「ちょっ!?…何なんだ!?何でこんな所に…ってその破廉恥な格好は一体!!」
「ちょっと〜、久しぶりに再会した幼馴染みを見て悲鳴って…もう少し気の利いた台詞の
1つや2つ言えないものかしらねぇ。さ・ら・に!今の私は貴方の命の恩人なのよ〜?
あぁそれからコレ、結構動きやすいのよね。夏場は涼しいし〜♪」
ゴレムの機関銃の如く喋るレジーナに、公国最強の騎士はすっかり圧倒されてしまっていた。
256ラヴィ ◆P4yyuPbeoU :2006/11/14(火) 21:08:04
山賊四人組をやっつける事ができたけどぉ・・・ラヴィの中にトラウマが残ったよぅ・・・・。
当分の間はキノコ食べられないよぅ!!うわああああああん!!!!
「トリアエズ宴ジャ!護リ神像ヲ見事ニ守ッテクレタ勇者ノタメニ宴ヲスルゾ!!」
「やったー♪御馳走だーッ♪ラッキーだ・・・ね・・・・。」
族長さんの提案に大喜びのパルちゃんだけど、ラヴィ達を見て『あっ!ヤバイ!』って顔したよぅ。
ラヴィとレベッカ姉ちゃんは、モロ見ちゃったんだよ?でもパルちゃんはチラ見だもん!
心の傷は簡単には治らないよぅ・・・・。うわあああああああああん!!!!

   *********************************************

宴に出す料理は、村の人達が湿原で捕まえて来た食材で作るんだけど、ラヴィも手伝いするよ。
だって湿原で採れる食材には珍しい物がた〜っくさんあるから。
エッジメイビルっていう魚の肝は世界三大珍味だし、グリーパーレゴスの肩ロースは高級食材だしぃ。

包丁箱から取り出したのは、1番包丁『東雲(しののめ)』薄刃包丁だよ〜。
食材は既に揃ってるから、今回は秋雨や唐紅の出番は無し。細かい切り分けはやっぱり東雲で決まり。
猟理の包丁は基本的に戦いの最中に使う物だけど、東雲は戦いの後で使う唯一の包丁なんだよぅ♪
猟理人はまず最初にこの包丁から修行を始めるから1番っていう番号なんだよぅ。

さぁてさて、毎度お馴染みのラヴィちゃんが魅せますクックタ〜イム!始まりだよーッ♪♪

   *********************************************

ラヴィが料理に取り掛かったその頃、ハイアットは村の外れをフラフラと散歩していた。
夜空には煌めく星々の絨毯が敷き詰められ、央天に輝くは目の醒める様な満月・・・・。
「あの晩もこんな感じだったっけか・・・・。」
ぽそりとぼやき、夜空を見上げたままで目を閉じた。
瞼の裏に甦るのは・・・戦いの記憶。そう、突如として襲い掛かって来た破滅との戦い。
だがハイアットは戦えなかった。
理解不能の現象によって、遥か未来へと時を越えてしまったためだ。
「本当に・・・帰れるのかな・・・・。」
ハイアットの問いに、答えられる者はいなかった。
257レオル・メギド ◆4y0KG/egwI :2006/11/14(火) 23:12:01
「貴様!なぜ勝手に会議を進めた!いいか!?貴様はあくまで私の補佐なのだぞ!!」
会議に参加していた全員がそれぞれの塒に戻ったあと、テントの中では罵声が響いていた。
アルト・サーカチス、今レオルを罵倒している男だ、騎士としてのプライドか自らの作戦が決定しなかったのがよほど悔しいならしい。
「しかも!あのような傭兵崩れや細々とやっているレジスタンスの作戦を認めるなど!!」
「確かに、レジスタンスは信用できかねます、ですが、アルト様の作戦には私は反対でしたので、」

レオルの発言に対して怒りの表情をあらわにするアルト、しかしこれは当たり前のことだ。
アルト・サーカチスは断じて無能な指揮官というわけじゃないのだから。だが見逃していることがある。
いや、未だに気付いている者自体が少ないのかもしれないが、先ほどの作戦には決定的な穴があり、
たった三人で正面突入するという一見無謀な作戦も、今は非常に合理的になっているのだ。
レオルがそれを知っているかいまいかは分からない、だが“今の世界”ではアルトの作戦は危険極まりない。

「貴様っ!!私が貴様を拾ってやらなければ!貴様は今頃死刑になっているんだぞ!“味方殺し”!」
「アルト様、世界は変動したのです、今までの人海戦術による強大な敵との戦闘は、この世界では通用しなくなってきているのです。」
アルトの威圧に対してただ淡々といつもと同じように話すレオルの目は冷たく凍えている。
まるでこの世のものではないかのように凍えている、食えない男という次元ではない、人形のような無機質さがそこにある。
「じゃあどうやって戦うというんだ、どうやってぇ!!」
興奮しているアルトに対しレオルは背を向け、言葉に詰まったかのように一瞬とまり、背を向けたまま話しだす。
「……。ゴレムが一人を殺すとしましょう、その周辺にいた十人は危機感を覚える。
  そしてその十人がゴレムに殺される、そうすると周りの百人が恐怖を覚える。」
「だからなんだと言うんだ!?」
「恐怖は“伝染”する、そして味方に伝染した恐怖はどのような敵よりも手強い。
  百年前ならば直接的害はない、しかし、“世界律”が書き換えられた今はそれが戦力に直結する…。」

世界律、その言葉を聞いてアルトはただ意味も分からずレオルの次の言葉を待つしかなかった。
それも当たり前だ、通常ならば世界律を知りえる人間などいるわけがない。
「百人の戦力よりも一人の英雄、いま世界は、王国はそれを求めている。
  必要なのです、不条理に怒り、犠牲を許さず、何よりも人間らしい英雄が。」
レオルはアルトに向き直る、そこには冷たき仮面のような表情はなく、
確かに人間の感情が溢れていた、憤怒、嘆き、憎しみ、喜び、ま喜怒哀楽、その他全ての感情が混ざったような表情。
読めるような簡単なものではない、複雑で何十にも重ねられた感情。

「英雄?……そ、それがあのレジスタンスのリッツやジーコだっていうのか!?」
「ですから、“それ”を明日確かめたいのです、」
地面が少し揺れる、地震と慌てるアルトをよそにレオルはいたって冷静だ。
「やはり、このまま簡単に明日にしてくれるわけではなかったですね。」
レオルは慌てているアルトを気にも留めずにテントを出て行く。

「だれも死なせたりはしません。“味方殺し”の名に誓って。」
258サブST ◆AankPiO8X. :2006/11/16(木) 19:34:54
遥か昔に滅び去った都市の変わり果てた姿を前に、その青年は1人佇んでいた。
冷たい夜風が吹き付ける中で表情一つ変える事なく、とある一点をじっと見つめている。
「なにもかも・・・無くなったんだな。僕は今ここに存在しているというのに・・・」
抑揚の無い呟きは吹きすさぶ夜風に消え、青年は都市の巨大な門に向けて手を翳す。
幾星霜の時の流れに朽ち果てた門が、突如として動き出した。
地響きと共に門は開き、青年は中へとゆっくり歩いて行く。
都市の名はジャジャラ。かつて空に浮かび、セレスティア文明の栄華の象徴だった幻の都・・・


          ━ボボガ族の集落━
夜も更け、宴の盛り上がりは最高潮に達していた。
「フハハハハハハハ!!凍え死ねぇ!!商いは・・・飽きないッ!!!!」
酔っ払ったキャメロンが魔王の如く高笑いをしながら、冷気系最強の呪文を連発していた。
「さ・・・寒いよ・・・ザナック・・・暖めてよ・・・」
「寝ちゃダメだよぅ!パルちゃん死んじゃうよーッ!!」
「・・・アハ・・・アハハ・・・この店のデザート全部アタシのもの〜」
「ヒィ!?レベッカ姉ちゃんまでッ!?」
寒さのあまり頭がおかしくなった2人を交互に見やり、ラヴィは半ベソ状態だ。
「グハハハ!!我に平伏せ愚民共め!んんッ?貴様何故ダメージを受けていないのだ!?」
「ラヴィは・・・慣れてるもん。先生のダジャレに比べたら、おっちゃんは全然マシだよぅ」
気まずそうに答えたラヴィに、リザードマンの村を壊滅させた魔王が、驚愕する。
よほどショックだったのか、よろよろとふらつき倒れ込む。そしてその直後には大いびき。
屍の平野と化した宴会の場は静まり返り、ラヴィが途方に暮れていたその時、背後から声がした。
「ゆ・・・勇者だ。今この瞬間、勇者が爆誕した!!新たな勇者伝説の始まりか!?」
「あ・・・ハッちゃんだ。何処行ってたのーッ!!ラヴィだけ大変だったんだよぅ!!」
「ゴメンゴメン。ちょっとトイレ探してたら迷子になってさ・・・」
駆け寄って来てプンスカ怒るラヴィに、ハイアットは苦笑しながら謝る。

迷子というのは嘘だ。いくらなんでも3時間近く迷子になる程、この集落は広くない。
普段と何か様子が違うとラヴィは思ったが、その雰囲気ゆえに、それを尋ねる事はできなかった。
259パルス ◆iK.u15.ezs :2006/11/16(木) 23:11:01
寒さで昏倒中に見た夢は、木漏れ日の中の風景……。
「モーちゃん、聞いて欲しい曲があるんだ!!」
エルフの娘の手には、一本の笛が握られている。
「えーと……その牛みたいなニックネームはやめてくれるかなあ?」
そう言うのは輝くような銀髪の青年。
「いーからいーから、痺れさせてあげる!」
娘がそう言って美しい旋律を奏でると……なぜか火花が散って電撃がはじけた……。
「痺れたよ。痺れて動けないよ!」
「まんまと引っ掛かったな……! いただきまーす!!」
一気に接近してゆっくりと顔を近づけていく。感電して動けないのをいいことに唇を奪うというのか!?
「パルちゃん、いや、その僕は師匠だし君は弟子だしそんな関係になるのは……うわあああああ!」
嬉しい悲鳴あげてるし! 過酷な運命を辿ったはずなのに夢の中に出てくる二人はいつも幸せそうで……。
きっと、悲しかった事や辛かった事よりも、楽しかったことだけ覚えていたんだね……。

ちなみに今のは暁の瞳の先代所有者の怨念である。そうなのだ。新しい世界律は昔の人の怨念……もとい、想いも物に宿ってしまうのだ。
おかげで、剣を拾ってくるついでに変な分厚い日記帳を枕代わりに拾ってきたのはいいんだけど……枕にするとこんな感じの夢ばかりみてしまうので閉口している。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

なんか正気を取り戻してみると辺りは凍死体の山・山・山。しかもトカゲは変温動物だ。熱くして生き返らせる必要がある。
「レベッカちゃん……アレだ!!」
「うん、あれしかない!」
レベッカちゃんは凍えながらも力強く頷いた。と、いうわけで。レベッカちゃんと楽器を構えて手を振る。
「宴会のオオトリは美少女バンド“暁の星”が務めさせていただきます!!」
僕は美“少”女では無いというツッコミは入れてはいけない。
「熱く燃える呪歌だったりするんでみなさん生き返ってね♪」
ラヴィちゃんとハイアットくんの拍手がぱらぱらと響く。
「レベッカちゃん作曲・歌。作詞と副旋律は僕ことパルスでお送りします。“暁の星”のデビュー作、“Morning Star”、どうぞ!!」
初めて作った歌、みんなに届くかな? いや、レベッカちゃんならどんな歌でも届けてくれるだろう。だから僕も、届けよう。この音色に乗せて!

〜♪〜
夜明けの空を見上げ 少年は呟いた 
どうして 星が見えないかって?
暁の空を 照らすこと許されるのは 
君みたいな とびっきりの一等星だけだから!
Morning Star!! 暁の星のように 
Morning Star!! 輝いて!!
その思いは いつかきっと 
絶望を打ち砕く 光になる
空の彼方に輝く 暁の星のように
〜♪〜

「二人とも、サイコーだよぅ!!♪」
歌い終わった瞬間、割れんばかりの拍手喝さいが響いた。凍死した人たちが見事に生き返っている。
「感動した!!!」「何してんのよ!?」
ハイアットくんが感動のあまりレベッカちゃんに抱きついていって張り倒される!
「ぐわああ!?」
スライディングして机をひっくり返し、食べ物が入っていたボールが頭にかぶさった!不覚にも大爆笑。
「アハハハハ!!」
ハイアットくんが憤然と抗議。
「人が張り倒されてるのに何笑ってんの!?」
「だって頭上注意の人みたいになってるんだよぅ!」
「……ホントだ。アハハハ!!」
「もう、バカねー!」

とても会ったばっかりとは思えないぐらい、しょーも無い事ではしゃいで笑いあって、本当に楽しくて……。
できるならずっとこの4人で冒険したいって、こんな日々が続けばいいって思った。
でも、僕は何も知らなかったんだ。他の時代に飛ばされるってどういう事なのかも。
君が背負った宿命も……。その笑顔はあまりに眩しかったから……。
260ハイアット ◆uNHwY8nvEI :2006/11/17(金) 00:23:21
こんな夜はもう本当にどのくらい無かったんだろうか?夜がこんなに綺麗だとは思わなかった。
まさかこんなに楽しい夜が来るなんて考えたこともなかった。
みんなが笑い合って、昔はこんな夜は当たり前だったような気がする。
「……」
「どうかしたの?」
今みたいに心配そうに聞いてくる人だって居るんだ、それが当たり前って思う人もいるんだろうけど。
その当たり前に長いこと触れてなかったような気がする。
仲間っていう感じがこんなにも良いものだとは思わなかった。

「ん?いやぁ、きっと僕は、この夜のことをきっとずうっとしつこく思い出すんだろうなって思ってね。」
「大袈裟だなぁ、そんなまるでもうお別れみたいな言い方。」
大袈裟?そうだね、大袈裟だ、また会えるって信じることもできるんだから。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++

宴も終わってあたりは静まり返り、かすかな寝息だけが聞こえる。
荷物を肩にかけて、ぐっすり寝ている「仲間達」に頭を下げる。
「ありがとう、きっと僕は今日のことをいつになってもしつこく思い出すよ。」
そしてまっすぐに歩き出す、暖かい焚き火と「仲間」達に引っ張られるような感じがするのを無視して村を抜ける。
あっという間だった、村を抜けるのは、本当は戻りたい、まだ話していたい、でもここでまた輪に入るわけにはいかない、
だって、今ここで戻ったら、僕はもうあそこから抜けれそうにない、その勇気がない……

――だから僕は心に刻むんだ。
――この果てない生の中で、終わりが見えない旅の中で出会った、
――夜の帳が下りてからの安らぎを、ね。
261リッツ ◆F/GsQfjb4. :2006/11/17(金) 18:27:26
空高く跳ね飛ばされたリッツに、蛇達が息もつかせぬ連携で追撃を仕掛ける。
まるでお手玉の様に跳ね回るリッツだったが、ギルはそれを助けようともしない。
何も言わず、ただ蛇達の動きをじっと観察し続けていた。
先程から感じていた違和感の正体を突き止める為だ。
ギルのいる場所はハイドラから離れている訳ではない。しかし蛇は一定距離から先へは来ない。
その気になればリッツ共々包囲できる筈なのだ。しかし蛇達はそうしない。
「試してみるか…《フェイト・オブ・フィート》」
ギルの言葉に、天幕に結び付けられていたロープが生物の様に動き出した。
そう、このロープは普通のロープではない。古代の《遺産》なのである。
リッツを蟻地獄から救い上げた時、ロープが腕にしっかり巻き付いたのもそのおかげ。
《フェイト・オブ・フィート》所有者の意思のままに自在に伸縮・行動が可能なロープ。
そしてそのロープは決して切れる事はない。

「ぐっ…このやろう!!」
相変わらずお手玉状態でリッツは跳ねている。空中では踏ん張りが利かず、反撃もままならない。
その時ロープがリッツの足に巻き付き、勢いよく引っ張った。
急な加速にリッツが悲鳴を上げ、そのまま少し離れた地面に叩き付けられて雪を舞い上げる。
「てめぇギル!!もうちょいマシな助け方はねえのかよ!!」
「…知るか」
猛抗議するリッツを尻目にギルは再びロープを手元に戻すと、反対方向に走り出す。
蛇はギルを追おうとして、身を乗り出したが突如その動きが止まった。
「…やはりな…そういう事か」
ギルは薄く笑うとロープを引き伸ばす。その長さはあっという間に数百mを越え、蛇の群れに巻き付いた。
「リッツ、手伝え。奴を引き吊り出す!」
ギルの呼び掛けに、ようやくその意図を理解したのかニヤリと笑った。

リッツは大きく息を吸い込むと身体の芯から力を込め、内に秘めた《力》を解き放つ。
音をたて膨脹する筋肉、褐色の肌が雪の様に白く色彩を失い、不気味な紋様が浮かぶ。
《修羅》と名付けられたその力は、化け物じみたリッツの怪力を更に強化する!!
「三つまで開ければ充分だろ。……よっしゃ!!ブッチ抜いてやるぁ!!!」
一つ跳びでギルの隣に着地、ロープを掴み全力で引いた。途端に地面が隆起し、大蛇の全貌が明らかになる!!
262リッツ ◆F/GsQfjb4. :2006/11/17(金) 18:28:44
それは異形の姿だった。
今まで戦っていた蛇は一匹の巨大な蛇の口から延びたものだったのだから。
「…さっきのは取り消しだ。ありゃ食えねえわ」
大蛇の正体を見てげんなりした口調のリッツに、ギルは無言で頷き同意する。
地上に引き擦り出したのはいいが、その長さは軽く100mを越え、太さも30m近い。
そんな怪物を引っ張り出したリッツの腕力に、普通は驚愕してもおかしくはないのだが…
ギルは全く驚いた様子はなかった。いつも通りの仏頂面。

「……やれるか?」
「たりめーだ!四つめを開けりゃ秒殺だよ」
「そうか、なら任せた。他の連中を誘導しに行く」
「おうよ!頼んだぜ!!」
ギルのロープが解かれ、暴れ狂うハイドラが自由を取り戻しリッツを目掛け襲い掛かる。
「ハハハ、さぁて…月まで飛んでもらうぞゴルァ!!!」

―ルフォン近郊
ソーニャ率いる傭兵団『紅蓮の爪』は、レジスタンスの戦闘を目視で確認し、速度を上げた。
大雪で馬車は足止めをくらった為、全員徒歩による進軍を余儀なくされたが。
「ホントに当たってるよ、たいしたモンだねアンタの占いは」
ソーニャが横のアビサルを感心した様に見やると、異変に気付いた。震えているのだ。
何かに怯える様に。彼女周囲に展開した球体の一部に突然穴が開いた。
「せ…せ……世界が無くなっ…てる?」
彼女は意識を失う寸前といった様子で、恐怖に震えながら徐々に広がっていく穴を見ていた。
「どうしたんだい!?ちょっと!アビサル!?」
ソーニャが驚き、慌ててアビサルを支えようとしたが、球体に阻まれてしまう。
「そ…そんな…どうして獣が…」
そう言い残しアビサルが気絶したと同時に、遥か前方で大爆発が起きた。
爆発の規模は相当なものだというのは簡単に推測できた。遅れて届いた爆風がソーニャ達を打ち付ける。
ソーニャは猛烈に嫌な予感がした。占いだとかそんなもの以前の問題だ。

何故ならソーニャには感じる事ができたからだ。
自分と同じ滅び去った獣の力を宿す者の存在を……

―『運命の牙』野営地近辺
「驚いたな…まさか人間がアレを使えるとは…」
「ここで始末しておくか?センカ殿」
「いや、今はまずい。しかし何れは…」
先程から戦闘を観察していた2人組は、まるで人とは思えぬ身のこなしで、その場を後にした。
263ジーコ:2006/11/17(金) 21:05:06
今までのとはまるで違う新型か・・・随分と厄介なのを出してきやがったな。
俺は一旦間合いを取り直すと、愛用のハンマーを構えた。
口の悪ィ奴に言わせりゃ「でかい鉄の塊に棒を付けただけの代物」らしい。
ひでぇよな、最初はちゃんとしたハンマーだったんだぜ?まぁ長い間使ってると形が崩れてこうなったが。
「ちょ!?ジーコさん後ろ後ろーっ!!」
ロシェの声に即座に反応して横に跳ぶ。あと1秒遅けりゃ死んでたな・・・クソッタレ!!
「おいロシェ!ありがとよ!!後で酒奢ってやる!!」
「・・・あの酒なら遠慮しときますね」
あの野郎、酒ってモンを分かっちゃいねえな。後でたっぷり飲ませてやるか。

俺とロシェが蛇みたいな新型ゴレムに次々と攻撃を食らわせてるが、一向に埒があかねえ。
まるで本物の蛇だ。ハンマーを叩き込むと体がうねって衝撃を殺しやがる。
かといって斬撃もあまり効果はなさそうだ。普通のゴレムと違って表面が「直」じゃなく「曲」だからだ。
こんなとんでもないゴレム・・・いつの間に作ってやがったんだド畜生が!!
苛々してきた俺が左右から挟撃してきたゴレムの頭をハンマーで殴り飛ばした時、遠くで爆発が起きた。
かなりでかい爆発だ。しかもそれは・・・あの白髪小僧達のテントがある方角じゃねぇか!?
「ジーコさん!何なんですかね今の!?」
ロシェが頭同士を上手く誘い込み、共倒れさせながら大声で俺に尋ねた。
「オメェが分からねえのに俺が分かる訳ねぇだろが!!」
思わず怒鳴り返したが、俺には思い当たる節があった。あの白髪小僧だ・・・。

3週間前、公国の補給路を断つために王国の連中はノッキオールに攻め込んだ。
だが鋼鉄の虎の異名を持つ公国の猛将、ゲルタ=ロンデルの仕掛けた罠だった。
見事に引っ掛かった王国軍は壊滅。そこに現れたのが白髪小僧のいる運命の牙だ。
奴らは王国軍の連中が止めたにも拘わらず、ノッキオールに突入しやがった。
仕方なく援軍に向かった俺達が到着した時、目の前には信じられねぇ光景が広がっていた。
ガキの粘土細工みてぇに捩くれたゴレムの残骸と、公国兵の死体が山積みになっていた。
一体どんなバケモンが暴れ回りゃこんな風になるのか、ずっと気になってな。
だから俺は今度の作戦に参加したんだ。あの白髪小僧の本性を確かめるために・・・。
264アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM :2006/11/17(金) 22:52:35
展開している太極天球儀に異変が起きる。
それは映像として現れる前に、私の脳に直接知らされた。
捕らえようのない喪失感。そしてそれの意味すること。
これは間違いなくあの技術・・・でも、なぜここで?
もたらされた情報とそれによる混乱は強行軍と戦闘への緊張感で満たされた私の精神では、とても耐え切ることはできないものだった。

視界が暗くなり、声が遠くなる・・・。
意識を失ってどれだけ経っただろう?
5分?一時間?
気付いたときにはソーニャさんに抱えられて雪に埋もれていた。
私が気絶していたのはほんの数秒。
でも、その数秒で爆発が起こり、私達は雪に埋もれることになった。
「くそっ!何がどうなっているんだ!急ぐよ!」
宿営地は遠めに、巨大な蛇が蠢いているのがわかる。
ソーニャさんは爆発以上に、何かに駆られるように声を上げ駆け出す。

私は黙って縦目仮面を被る。動悸が治まり、冷静になってくるのがわかる。
遠見の術で見えるそこには顔の半壊した巨大な鋼鉄の蛇が蠢いている。
そしてその蛇と退治する一人の男。
すさまじく高い力場。余りの高さに気が読み取れない程に・・・
「ソーニャさん、待ってください。今、行っては駄目です!
あそこにいるのは鋼鉄の蛇です。しかも内部にはガスが充満して倒せば爆発が起こります。さっき以上の!
それに・・・あそこには・・・星によれば味方、ですがとても危険な力・・・。
これ以上戦わせてはいけません。」
「なんだってぇ!?」
そう叫んで隊を止めるソーニャさん。
よかった・・・。血気に逸ってあの中にソーニャさんがいってしまったら私は術を使えなかった。
きっと引き摺りだす時に危ない目に・・・いいえ、多分殺してしまうから・・・。

吹き上がる雪煙と怒号を尻目に私はソーニャさんにこれからやることを説明した。
「そんなことができるのかい?それはいいが・・・だが待て、それだと味方も巻き込むぞ?」
「巻き込みます。でもそれが最善、です。少しでも味方の犠牲を少なくするように、ソーニャさんに・・・」
賛同はしてくれるけど、やっぱりソーニャさんは気付いてしまった。
私がやろうとしていることがどれだけの事態を引き起こすか、を。
ちょっと不機嫌なオーラを出しているけど、仮面を被っている私には影響を与えない。
ただその事実が【情報】としてだけ認識される。
既に用意されていた返答とともに幻灯機を取り出し、幽星体転写の術をかける。

「え、何?もう始まっているのかい?おわ!あたしが・・・!」
幻灯機に照らされて驚くソーニャさんの視線の先には空に浮かび上がる巨大なソーニャさんの姿。
「あ、あ・・・ゴホン!みんな、得体の知れない化け物に襲われているようだけど、あたし達紅蓮の爪が来たからにはすぐに片付けてやるよ!
だからここは任せて散りな!この混乱を見逃す程あたしらの敵はヌルくないからね!
さっさと行かないと埋まっちまうよ!」
空に浮かぶソーニャさんが勇ましく斧槍を振るいながら演説をする。
人からは「ソーニャか?」「なんだありゃあ!」「でけえ!」という声が聞こえてくる。
ソーニャさんが演説してくれている間に私は術の準備をする。
265アビサル・カセドラル ◆9..WsvGTOM
遺伝子レベルで継承されてきた知識、1000年練りこみ高純度になった気、先人達の作った宝珠、そして天の運行は夜、十六夜。
これだけ条件が揃っていればできるはず。問題は私という器がどこまで持つか、というだけ・・・。
「太極天球儀展開。日輪宝珠、月輪宝珠作動。」
太極天球儀が再度展開し、2m程の立体映像が陣として私を包む。その力場によって私は50センチほど浮くことになる。
展開させている陣図が先ほどとは違うので【穴】はない。
陣に煌く無数の光点。手の動きに合わせて陣も回転する。
「陽門、陰門、座標固定・・・」
いくら知識と気を受け継いでいても、人間の脳の処理能力には限界がある。
そこで開発されたのが二つの宝珠。
陰陽思想で成り立つ黄道聖星術のそれぞれ両極を補助してくれる。
そして周囲の気を吸収し、術者に補給する外巧気吸集機でもある。
だけど外巧気が吸収できない・・・やっぱりさっきのは・・・こうなると自分の持つ気だけでやるしかない・・・
私は覚悟を決め、呪文の詠唱を始める。
「星界に棲むハラカラよ!我は黄道の導き手が一族アビサル・カセドラル也!今、星門を開きて汝の名召すこと天下知る!我が導きに依りて来たれ、青蛇琴!」
厳かに呪文の詠唱を終えると、空に映るソーニャさんの姿が消える。

そして、空が割れた。

まるでガラスが割れるかのような音とともに空間が砕ける。
そこには夜闇も、雪雲も、降りしきる雪もない。まるで切り取りはめ込まれたような別空間がそこにあった。
真なる闇、そしてそこに浮く巨大な青い蛇。
その蛇は三対の翼をもち、身体をCの字に曲げ、その内側に糸を無数に張っている。
正に蛇で作られた琴。名を青蛇琴という。
余りに巨大で遠近感を疑う者もいるが、その大きさは200mを超える。
青蛇琴は鎌首をくゆらせ、地下に身を沈める鋼鉄の蛇を見つめると嬉しそうに大きな口を開く。
胴体部分に張られた無数の弦が響き、三種類の音を奏でる。
地上に響き渡る不協和音。それぞれの音は何の意味も持たない音でしかない。
だが、それが交錯する一点では恐るべき旋律術となる。

青蛇琴は星界に住まう蛇。
星の鉱脈を食らう鋼食管蟲を主食としている。
地下鉱脈に潜む鋼食管蟲を捕獲するため、地下に浸透して「その一点のみ」に影響を及ぼす旋律術を身に着けている。
何より不思議なのは、蟲自体に影響を及ぼすのではなく、その食生活のために鉱物化した外皮、無機物に影響を与える点にある。
鉱物化した外皮に磁性を与え、地磁気と反発させて地下からはじき出し食するのだ。

そう、ちょうど私の視界の先で大地を砕き、大きな雪煙を上げながら地上に浮かび上がった巨大な蛇のように。
遠見の術で大量に巻き上がる土砂に巻き込まれていくレジスタンスの人たちの姿がはっきり見える。
その姿を目の当たりにしながらも私の心は微動だにしない。行動に基づく当然の帰結なのだから。
でもその反面、そこにソーニャさんがいなくて安心する自分もいる。
「ソーニャさん、いって!」
術の最中でそれだけ言うのが精一杯。でも、それだけで十分だった。
ソーニャさんは天と地に現れた二匹の巨大な蛇にうろたえる仲間を一喝して走っていってくれた。
「やるじゃないか!」
その一言を残して。この一言で私の気は更に膨れ上がる。
正直正解との門を開けた時点で既に体は悲鳴を上げていたけど、これで最後まで維持できる!