【不和の魂】…魔列車…【霧と蒸気の中を】

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222魔列車 ◆MIST/TWNhA
>176 瞑府の門

うねり。
ほんの僅かに、空気が揺れ、霧はうねりを上げた。
最初にそれに気が付いたのは、森に棲む年老いたウサギであった。
彼は、青と朝靄の支配する森の、自分よりも年老いた樹の根本に開いた穴の中で寝息を立てていた。
眠った格好のまま、彼は耳を僅かに動かし、その音を聞き、そして僅かに目を開け、
巣穴の外に広がる霧の向こうを見つめ……。
…………。
…森の何処かで、短い汽笛のような音が響いた気がした…。
……ウサギは僅かに微笑み、また微睡みに身体を委ねていった。


その赤い翼を持つ小鳥は、この朝から数えて4回目の、首を傾げる動作をした。
小鳥の視線の先は線路があった。
小鳥はこの線路にまつわる噂を知っていた。
この線路は、今はもう使われていない路線なのだが、
廃線時に線路の撤去をされておらず、その殆どが残っているままなのだという噂を。
そして更に、その噂にはもう一つの話しも付加されていた。
『この線路は、廃線であるのに、時たま古い蒸気機関車が走ることがある。
 その列車は魔列車と言い、死して肉体を失った魂を、読みの世界へと運ぶための、呪われた列車だ…』
その昔小鳥は、人間の作った鉄格子の中で暮らしていたときに、よく聞かされたのだ。
人々はそれを怖れ、誰もこの森に近寄ろうとしなかった。
しかし、彼は違かった。
小鳥はその噂に恐怖するわけでもなく、寧ろ逆に興味した。
毎日、満足に飛ぶことも出来ずに、格子の中での生活を余儀なくされる彼にとっては、
とても魅力的な話しに感じられたのだろう。
だから彼は、人間が彼に食事を与えようとして、格子の扉を開けた一瞬の隙をつき大空に飛び立ったのだ。
…目当ての森と線路は、すぐに見つけることが出来た。
その日から、彼の観察が始まった。
彼は朝から晩まで、線路を傍観することに一日の殆どを費やした。
しかし、二日、三日経っても線路は何も変化は無い。
一週間経っても、噂は姿を現さなかった。
次第に彼は線路の噂に興味を無くしていった。
二週間目の今日、何も変化がなければこの場を去ろうと考えていた。
彼は、そう思い、つまらなそうな目つきで線路を見続けた。
今日は随分と霧が多い…。これでは線路の先数メートルも見えない…。
やはり噂はただの噂でしかなかったのか。小鳥は再度首を傾げた。
しかし、それでも小鳥は線路を見続け、霧の中にその赤い身体を委ねていった。


…随分と霧が濃い。
私は森の中を走行しながらそう思った。
霧が多いのはいつものことなのだが、今日は何かが違うのだ。
だが、悪霊と対峙するような嫌な感じも気配もない。
霧の所為で視界は狭いが、速度を落とし前照灯をしっかりつけていれば脱線の心配も少ない。
しかしそれでも私は気を引き締め、辺りに細心の注意を払いながら進み続ける。
魂達を安息の地に導くために。
 >「……………、魔列車来ないな………、つまらん!」
不意に、何者かの呟きが聞こえたような気がした。
辺りを見回すが、もちろん誰かがいるわけではない。
…私に乗車したがっている魂がいるのだろうか…?
私は、速度を落とし短く汽笛を鳴らす。
森の中に響き渡る音に、誰かが気づいてくれることを祈って。
223魔列車 ◆MIST/TWNhA :2005/11/08(火) 14:34:24
木の幹の中で、年老いたウサギは夢を観ていた。
まだ若い頃の夢である。
ウサギは物心着く前からこの森に暮らしていた。
親の顔は知らない。きっと自分が幼い頃にいなくなってしまったか、
オオカミにでも食われたか…。
しかしそれはウサギにとってはさして問題ではなかった。
何故なら、ウサギはそれでも生きていかなければいけなかったからだ。
…生き続けることに命を懸け、数年経ち、人間で言えば17,8位の青年になった時、
ウサギは見慣れない兎の少女に出会った。
その兎は、ウサギの白い毛並みとは対照的な黒い身体をしていた。
その色はまるで黒曜石のような輝きを持ち、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
…彼女は心ない主人にこの森に捨てられ、彷徨っていたのだという。
ウサギは自分以外の兎と会ったのは初めてであったが、しかしすぐに彼女と親しくなった。
彼女は自分の名を「アリエッタ」と名乗り、ウサギの名を聞いてきた。
しかしウサギは途端に口ごもってしまった。
…ウサギには名前がなかったのだ。
今までずっと一人でいたので、誰かに名を名乗る必要もなかったし、
ウサギは何より自分にはそんな物必要のないものだと思ってもいた。
アリエッタは口ごもるウサギの心音を悟り、
「それなら、私が貴方に名前を付けてあげる」とウサギに言った。
彼女はウサギにレイという名前を付けた。
どこかの遠い国で、「光」の意味を持つ言葉だという。
彼女は彼の白く美しい身体を観て、そう考えたのだという。
そして、
「この薄暗い森の中、私を導く光になって」アリエッタはレイにそう微笑んだ。


赤い小鳥は、霧の中にそびえ立つ奇妙な物を視界にとらえていた。
それは霧にまみれた線路の上に、何の前触れもなく、文字通り突然現れた。
巨大な鉄壁……。
いや、門であった。
一瞬、霧がうねり、その直後、線路を塞ぐように門が現れた。
幻ではない。幻であるはずがない。
その圧倒的な威圧感は、門が今までそこに存在していなかったと言う事実でさえ
虚実へと変わってしまいそうな程であった。
もはや小鳥にとって、「魔列車の噂」はどうでもよくなったようで、
先ほどから線路よりもずっとその重厚な門を見つめている。
…が、突如小鳥は羽ばたいた。
小鳥には友人がいた。
小鳥は、突如現れた門のことをある者に話そうと思ったのだ。
この森へ着たその日に出会った、祖父ほどに年の離れたウサギに。
…森の何処かで、長く小さい汽笛の音が聞こえた気がしたが、
小鳥はそれに興味を示すことなく羽ばたいていった…。

224魔列車 ◆MIST/TWNhA :2005/11/08(火) 14:35:10
二度目の汽笛を鳴らす。
しかし今度は一度目のような短い音ではなく、出来るだけ小さくそして長く。
汽笛を鳴らして言う最中も辺りの物音に注意するためと、長い汽笛に何者かが気づいてくれるのを期待したのだ。
汽笛を鳴らし終え、暫くの間徐行しつつ辺りに注意を払っていたが、
結局、乗客が増えることも減ることもなかった様だ。
…そういえば、この前魂達を乗せたのはいつのことだったろうか…。
数ヶ月…数年もの間乗せていないような、そんな感覚に捕らわれる。
もし…、このまま乗客がいなくなったら、私はどうすればいいのだろうか。
何のために走り続ければいいのだろうか。私という存在に意味があるのか。
…最近、どうもこういったことばかり考えてしまう。
気が、滅入ってきているのだ…。変わらない日常に……。
(私は…何故…走り続ける……?)
私は、私に答えのでない問いを突きつけ続ける。
それが不毛なことだと理解しているのに。
 >ただ、静寂だけが、不気味な闇が、支配する、漂っている
一瞬、霧がうねった。
直後、霧に包まれた進行上の線路のに、「闇」が立ちふさがったのだ。
私はそれに驚き、減速しようとする。…が、
「闇」は、私を迎えるようにその真中から縦に裂け、左右に開いていった。
…それは「闇」では無く、線路上に突如現れた巨大な「黒い門」であったのだ。
何故、突然この門は存在したのか。
何故、わざわざ私を迎えるようなことをしたのか。
私は疑問の中、僅かに減速しつつ、その門の間を滑るように走行していった……。

夢が切り替わる。
レイは血まみれで動かなくなったアリエッタを見つめていた。
降りしきる雨が流れ出る血と混ざり、地面に流れていく。
 …その日、レイは夜中にこっそりと、アリエッタが寝息を立てる中、巣穴から一人抜け出した。
今日が特別な日だったからだ。今日はレイとアリエッタが出逢ってからちょうど一年となる日だった。
その記念すべき日に、レイは彼女に何か贈り物をしようと、森の中を明朝まで出歩いたのだ。
収穫はあった。
朝靄の湖の畔で、黒い花びらのバラが美しく咲き誇っていた。
レイは躊躇せずにそれを銜え、愛しき恋人の待つ巣穴へと駆け出していった。
もうじき朝になると言うのに朝日は届かず、代わりに灰色の雲が空を覆いその露を落とし始めた。
レイは雨粒に黒バラが濡れぬようにと、休みもせずに自分の巣穴のある大樹へと急いだ。
 大樹の元へ近づき、レイは違和感を感じ一瞬立ち止る。辺りに妙な匂いが立ちこめていた。
…血の匂いだ。
僅かだが大樹の方から血の匂いがしていた。
レイは考える間もなく走り出し、大樹の根本へと一気に近づく。
 …そこに、アリエッタはいた。
その黒い身体から血を流し、力無く巣穴の前で横たわっていたのだ。
アリエッタは、いつの間にかレイが巣穴から姿を消しているのに気が付き、
心配でいられなくなり、つい巣穴から出てしまったのだ。
そこに、運悪く…本当に運が悪く、たまたま、野犬に襲われてしまったのだ。
野犬は空腹ではなかったのか、それとも単に襲いたくなったから襲っただけなのか。
その真意は解らないが、野犬はアリエッタをその胃袋におさめることはなかった。
しかしその代わり、腹部に致命的な傷を負わせていった。
 レイは呆然としながらもアリエッタの身体を揺さぶっる。
彼女はもう息を引き取ってもおかしくないほど出血をしていた。
しかしそれでも、愛する者の帰りを待つ為、彼女は必死で意識を保っていた。
最後の意識の中、アリエッタは自らの夫と、彼の銜える黒いバラを見て微笑み。
そして、目を、閉じた。
225魔列車 ◆MIST/TWNhA :2005/11/08(火) 14:35:58

大樹にたどり着いた赤い小鳥は、躊躇せずに根本に開いた穴へと入っていった。
彼の友人…、その年老いた白いウサギは出会ったときからこの中でいつも眠っていた。
それはまるで死を待つ老人のように…。
小鳥はつい先ほど見た「門」の事を早速話そうと眠るウサギに近寄った。
小鳥はウサギに近寄り、…そして首を傾げ…、…理解した。
ウサギは既に息をしていなかった。
しかし、その表情眠るように、安らかであった…。
小鳥は、友人との別れに涙を一粒流した。
そして、友の傍らにあったそれを…、
もう、枯れてしまっていたが、友が何より大切にしていた黒いバラの花を、
眠る友の手にそっと添えると、名残惜しそうに巣穴から飛び去っていった…。


不意に、客車の中で動く影があった。
その影は二つ、しかし人間のそれにしてはあまりにも小さかった。
…それは二羽の兎であった。
その兎は片方がまるで光のように輝く白い毛色で、
もう片方は対照的に、黒曜石のように美しい黒い毛並の兎であった。
彼らは夫婦であるのだろうか。
お互いが寄り添うように、座席の上で静かに眠っていた。
そして……誰かが持たせたのだろうか?
白い兎のその手に、黒い美しいバラの花が添えられていた……。
(私には、まだ、こうして走り続けることに意味があるようだ…)
私は確信すると、幸せそうに眠る夫婦を起こさぬよう、
僅かに走る速度を緩め、霧の森を進んでいった……。