憂鬱な日曜の午後。
僕は昨晩の戦いの疲れからか、うとうとし始めていた。
カーテンからの木漏れ日が僕の眠気を一層誘っていた…
「…ェン、ねえ…ジェン、聞いてる〜?」
僕を現実に引き戻す声に、僕はだるそうに答えた。
「うん……なんだい、テリアモン。」
僕の目の前には兎の様なかわいらしい生物が立っていた。
彼の名はテリアモン。
彼は僕とずっと一緒に戦ってきた…一番の親友だ。
「ジェン、僕これからちょっとトイレへ行って来るからね〜。」
「…ああ、行ってらっしゃい。」
そのどうでもいい呼びかけに僕の安らぎが邪魔されたのかと思うと、多少むっとする所があったが
今すぐにでも眠りたいという欲望が、僕の怒りを静めた。
…そう、彼は自分で人間用のトイレへ行くことができるし人語も話す、とても利口な生物だ。
彼の事をただのデータだと言う人達もいるが、こうして身近に接触している僕にはそんな考えは到底浮かばない。
「よいしょっと、じゃあね〜ジェン〜。」
彼は机の上から器用に耳を使って(彼の耳は長く、手足の様に発達している)、机の上から飛び降りると
弧を描いて床に着地し、部屋から出ていった。
その後の僕は言うまでもない。
夕暮れの大雨の音に起こされるまで、ぐっすりと眠ってしまっていた。
今日は僕とテリアモン以外の家族全員、おばさんの家に行っていて夜遅くまで帰って来ない。
「大変だ。洗濯物をといれなきゃ…」
たしか洗濯物は2階と1階に出してあったはずだ。
「テリアモーン、手伝ってくれー。」
僕は階段の下方へ向かって大声で叫んだ…しかし返事が無い。
「お〜い、テリアモンー。」
しかし僕の声は闇の中へ虚しく吸い込まれていくだけだった。
仕方なく僕は2階と1階の洗濯物をといれるとトイレへ向かってみた。
「…テリアモン?」
何も反応が無い扉を開けてみるとそこには誰もいなかった。
雨の侵入を許している窓を閉めると、僕は家中を捜しまわった。
「テリアモーン、テリアモーン。」
どこにもいないテリアモンに、僕は言い知れぬ不安が込み上げて来た。
『テリアモン…まさか連れ去られたんじゃ。』
そう…テリアモン達、デジモンを付け狙う組織がある…
僕は取る物も取らずに家を飛び出した。
「テリアモーン、どこだーー。」
彼が行きそうな場所を全てまわってみたが、ついに発見することはできなかった。
タカト達、仲間との連絡も取ろうとしたが、皆出かけて留守の様だった。
「くそう…どうして、どうしてこんな事に…」
為す術を失った僕は、公園のベンチでぐったりとうなだれていた。
まだ連れ去られたと決まったわけじゃない…そう自分に言い聞かせながらも
僕の脳裏にはそれとは反した想像ばかりが浮かんでしまうのだった。
…そうだ。彼に初めて出会ったのはパソコンの中だった。
初めはただのデータだった。意志なんて無いと思っていた。
でもそれに疑いを持ち始めて…ついにあの日、僕は彼に触れることができた。
パソコンの中から出てきた彼は普通の生物となんら違う所なんてなかった。
そして僕達はすぐに友達になれた…その結束の証がディーアーク…
…そうだ…ディーアークだ。
あの一見すると腕時計の様な物には様々な機能が備わっている。
勿論、近くのいるデジモンを発見するのにも使える…
なんてことだそんな事も忘れていたなんて…
僕は後悔しながらもそれを振り切る様に、忘れ物を取るため家路へと着いた。
途中、何度も水溜まりで転びながらも数分経たずに自宅へ辿り着いた。
すると、かすかに視界へと入ってくる白い物があった。
「…テリアモン!」
そう、彼が家の前を歩いていた。
「あ、ジェン…あはは〜お帰り〜。」
僕は彼を抱きかかえると激昂した。
「どこへ行っていたんだよ、テリアモン!」
「ごめん…ジェ…」
彼の声は僕の手荒な抱擁に遮られた。
「本当に…心配したんだからねっ…」
彼へと伝わる雨ばかりでは無い滴は止むことはなかった。
「ジェン…ごめん。」
「…もういいんだテリアモン。さあ、家に入ろう。」
中に入ってやっと気付いたのだが、僕達はすっかり泥まみれになっていた。
「はははっ、これじゃ玄関も掃除しないといけないね。」
「ジェン、顔まで真っ黒だよ〜。僕が拭いてあげるね。」
テリアモンが靴入れの上にあったタオルを取ると、僕達は互いの泥を落とした。
「それで、今までどこへ行っていたんだ?」
僕が話を本題へ戻すと、彼は後ろから数本の秋桜を取り出した。
「はい、ジェンへプレゼントだよ〜。」
プレゼントと言われても僕には見当もつかなかった。
今日は僕の誕生日ではないし、お祝いされる出来事は思い出せない。
「…もしかして、これだけのために今まで?」
「うん…本当は何かもっと他の良い物を見つけたかったんだけど〜
こんな物しか見つからなかったんだ〜。ごめんね〜。」
しかし一向に今日が何の日かはわからなかった。
僕が途方に暮れているのを見透かしたかの様に、彼はにっこり微笑んだ。
「今日は僕とジェンが初めて会った日だよ〜。」
そうか、すっかり忘れていた。1年前の今日、彼が僕の家に来たんだ…
「ジェン、僕を呼んでくれてありがと〜。」
何を言ってるんだろう。感謝すべきは僕の方じゃないか…
僕はテリアモンを掴むと、風呂場の方へと急いだ。
「ジェ、ジェン〜、怒ってるの〜?」
シャワーが良い温度になると、僕は彼の泥を落としてあげた。
「ジェン〜、僕一人で洗えるよ〜。」
「いいんだ、テリアモン。僕が洗ってあげるよ。いや、洗わせてくれないか…?」
初めは恥ずかしがっていた彼も抵抗を止めて、素直に洗わせてくれた。
「プレゼントありがとう、テリアモン。僕にはこんなことくらいしかできないけどね…」
「ジェン…僕、この家にいられるだけですっごく幸せだよ。モーマンターイ♪」
この小さな同居人と僕はこれからもずっと一緒にいるつもりだ。
例えそんな試練が待ち受けていようと、ずっと…ずっと…
おわり