北戸卓也 ◆TANK.G.CIoことスパイクだが、なにか?2
ぴちゃり、とどこかで水が跳ねた。
ゆらゆらと、心地よい振動に身をひたしながらのまどろみは
いともたやすく破られ、覚醒が訪れる。
もぞりと夜具から顔を出せば、窓辺で煙管を吹かしていた男
と目があった。
「起きたのか」
その声にこれは夢かと目をとじて、とたん、ああこれは現実
だったと思い直す。
ここに来たのは自分の意思だった。
自ら訪れ―――そして、こうなった。
開け放たれた窓から忍び込む夜気に、汗の冷えた肩が少し
寒い。
「……指名手配犯のくせに」
肩までふとんを引き上げながらそう言えば、男はふん、と鼻
で笑い、
「あんなまぬけどもに俺が捕まるかよ」
と言い放つ。
あいかわらず無駄に自信家だと思いつつも銀時は、ふたたび
聞こえた水の音に、耳を澄ました。
大川に浮かぶ舟の上。
久々の逢瀬は、全身に苦痛と快楽とをもたらした。
まだあちこちが痛いが、どこか満ち足りてもいる。
それがこの男ゆえだとは思いたくなかったが、身の奥に残っ
た快感は、いまだ熾火のようにとろとろと疼いていた。
自分が求めていたのは、これだったのか?
そう自問して銀時は、かすかに身をふるわせた。
「寒いのか?」
何を勘違いしたものか男はそう問うと、窓を半分ほどしめた。
夜気の流れに、行灯のあかりが蛍火のように瞬き、煙草の
匂いが鼻をかすめていく。
何かが足りないのは、わかっていた。
こどもたち、ババア。家族と呼んでもいい、そんな存在。
笑って泣いて馬鹿話をして、それなりに満ち足りた日々。
でも。
何かが欠けている。何かが足りない。
そう思い、否定し、否定しきれなくて、それでも喪失感に
気づかないふりをして、内心の訴えに目をつぶった。
なのに。
またゆらりと揺れた舟に、窓辺に目をやると、男は煙管を
置いて銀時のとなりにもぐりこんできた。
「つめてーよ」
「すぐにあったかくなるさ」
人肌がいちばんあたたかいんだ、とささやいて男は、銀時の
背に手を回す。
足らなかったのは、欠けていたのは、このぬくもりだったの
だろうか。
求めていたのは。欲していたのは。
そんなことを言おうものなら、この憎らしいほどに自信満々
な男は、
―――やっと気づいたのか?
そう言って、ただ、笑うだろう。
お前がいなくても夜は明ける朝は来る。
春は訪れ季節は巡る。
なのになぜ、こんなにも。
「俺と来るか銀時」
静かに放たれた問いに、行かねーよ、とただちに返して銀時
は、男の首に、腕をからませた。