吸血大殲 第31章 夜を往くモノ――Night Walker

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367吾妻玲二 ◆phantom2
ウピエルvsファントム
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 狭いハマーの車内で目覚める。 身体が重く、方々が軋む様に痛む。
 
「……気がついた?」
 
 鈴が鳴る様な涼やかな声に目を向けると、金髪の小さな女の子が助手席から覗いている。
 10歳前後に見える少女 ……だがそのすみれ色の瞳は全てを見抜く様な深みを見せ、
 なんとなく初めてエレンと出会った時の事を思い出した。
 
「俺は、いったい ……エレンは?」
 
 隣に眠り続けるエレンの姿を見つける。
 何故か舞台衣装の様なドレスに身を包んだその姿はまるで御伽話の眠り姫の様だった。
 顔色はあまり良くないが不思議な程、体には傷一つ無い。
 
「大丈夫よ、すぐに目が覚めると思うわ。
 あのウピエルと戦って無傷だなんて、まるで奇跡ね」
 
「ウピエル!!」
 
 生々しく記憶に残る牙の感触を思い出し、首筋に手を当てて確かめる。
 
「そんな…… まさか!?」
 
 身体中を貫いた銃弾の傷さえも、全くと言って良い程残っては居なかった。
 そしてようやく自分が何をしたのか、はっきりと思い出し……
 
「エレン………」
 
 エレンの寝顔に手を伸ばそうとして、その手が途中で凍りつく。
 
「……俺は…………」
 
 エレンに触れる資格が有るのか、その薄汚れた手で……。
 吸血衝動の中、エレンへと向けたドス黒い欲望、それが確かに自分の中に有るのだと、
 今でもはっきりと自覚できる。
 
 知らず、凍りついた手が拳を作り、力の限り握り締められていた。
 爪が掌に突き刺さり、一雫、二雫、赤いものが滴り落ちる。
 
 最後まで俺を信じ続けたエレン、それを最悪の形で裏切ったのだ。
 眠るエレンが目を覚ました時、その心の傷を想うと、いっそ死にたい気分だった。
 
 突如、運転席のドアが開き、顔に傷跡の有る大男が顔を覗かせる。
 
「よおロミオ! ジュリエットのお味はどうだったい?」
 
 そう言われて初めて自分の出で立ちに気付く。
 衣装を茶化しながら、ゲハゲハと下卑た嘲笑を続ける大男……。
 
 助手席に座る少女ですら、複雑な表情で視線を合わせようとはしない。
 
 その時、傍らで微かに動く気配が有った。