「……来たか」
「薺さん!」
店内で見知った姿を認めて私は駆け寄る。
駅近くにあるこのカフェで、薺さんは私の下校時間を待っていてくれていた。
「お待たせしてすみません」
「こっちが呼び出したんだ。私こそ急に呼びつけて悪かったね」
「いえ。あ、この間のクリスマスの、びっくりしました! まさか早乙女先生と出場するなんて」
「あんな面白いイベント、出ないわけにはいかないだろ。……ま、その話は置いといて」
薺さんがじっと見つめてくる。
「お前、男鹿が好きなんだろう?」
「え……」
急にそんなことを言われて、私は思い切り動揺する。
「いえっ! あの、えーと……」
顔の前で両手をブンブンと振りながら、どう答えようか考える。
「私の前で隠す必要はないよ」
薺さんが優しく微笑む。
「……」
「あいつが好きなんだよな?」
あらためて問われて。私は観念した。
「……はい」
こくりと頷いた。
「やれやれ……」
薺さんはジャケットのポケットを探る。
「ほんとに……昔の私そっくりだよ、あんたは」
「えっ?」
「これやるよ」
テーブルに置かれたのは、小さく折り畳まれた紙包みだった。
「これは……?」
「開けてみな」
そううながされて、私は包みを手に取って開く。
一瞬何も入っていないと思ったが、よく見ると数ミリ程の小さな薬らしき物が1粒入っていた。
「島に古くから伝わる媚薬だよ」
「媚薬?」
「ホレ薬さ」
「ホレっ!?」
一気に顔が熱くなる。
「男鹿は鈍感だしあんたは真面目過ぎるし。このままだといつまで経っても進展しないよ」
「でも、惚れ薬って……」
「ちょっと薬の力を借りるだけだよ。効果は1時間。
束の間の恋人気分を楽しむも良し。なんなら、押し倒して既成事実を作っても……」
「押し倒し!? 既成事実っ!?」
自分には刺激の強い単語が次々出てきて、頭の中は軽くパニック状態になる。
「とにかく」
薺さんは真剣な顔になる。
「あいつのことが本当に好きなら、ちゃんと行動に移しな。大人になってから後悔しても遅いんだから」
「薺さん……」
きっとこれは自分の経験からのアドバイスだ。
私はしっかりと頷き返す。
「ありがとうございます。頑張ります」
「……よし」
そう言うと、目の前の先輩は満足そうに微笑んだ。
「それで、この薬の詳しい使い方だが――」
――翌日。
私は聖石矢魔の調理実習室にいた。
私用で放課後の実習室を借りたいと申し出ると、あっさり借りることができた。
まずは第一段階突破だ。
手際良くコロッケのタネを作っていく。
後20分ほどでここに男鹿が来る約束になっている。
作りながら昼休みのことを思い返す。
「男鹿、ちょっといい?」
「おう」
「あの……今日の放課後、空いてる? 料理の練習の為に、試食をお願いしたいの」
「いいぜ」
「寧々たちにも頼んだんだけど、みんな都合つかなくて……って、え、いいの?(そんなあっさり……)」
誘う理由を色々考えてから挑んだのだけど、拍子抜けするほど簡単に約束を取り付けることができたのだった。
最後のコロッケを丸めると、薬を取り出す。
効果は1時間。食べた後最初に触れた人に惚れる、だったわよね……。
慎重に薬をコロッケに埋め込む。
「……これで良し」
パン粉をつけたコロッケを全て揚げ終わり、冷蔵庫からあらかじめ作っておいたサラダを取り出していると、男鹿が入ってきた。
「おっ、コロッケじゃねーか。うまそーだなー」
「ダーッ!」
「そ、そう?」
思いがけず男鹿に褒められて、少し嬉しい。
早速座ろうとする男鹿に、普段のクセが出てしまった。
「食べる前にちゃんと手を洗うのよー」
「お前……お母さんみてーだな」
しまった、光太にいつも言ってるからつい……。
「ほ、ほら! ベルちゃんいるんだから、男鹿が日頃からお手本見せないと! ね?」
あたふたと言い訳をする。
男鹿は聞いてるのか聞いてないのか、素直に手を洗うと私の向かいに座る。
「んじゃ、いただきまーす」
「はい、召し上がれ」
箸を手に取る男鹿を見て、あることに気が付く。
「あ、男鹿、食べてる間ベルちゃん預かっておこうか?」
今日のベルちゃんは、男鹿の頭にのっている。
「問題ねーよ。いつものことだし」
こっちが良くないのよっっ!
私は慌てる。このままコロッケを食べられたら、男鹿はベルちゃんに惚れることになってしまう。
「でっ、でも、食べにくそうだし……。それに、なんだかベルちゃん眠そうよ? 寝かしつけた方がいいんじゃないかしら!?」
ごめんベルちゃん……。
実際のベルちゃんは、眠そうどころか目をきらきらさせてこちらを見ている。
だけど男鹿には、頭の上のベルちゃんの表情はわからない。
「そうか? じゃあ頼むわ」
と何の疑問を持つこともなく、私に預けてきた。
ふぅ、危なかった。
ベルちゃんを胸に抱きながら、男鹿が食べるのを見守る。
「うめーな、これ」
本当においしそうに食べるのを見て、私は嬉しくなる。
見る見る内にコロッケは最後の1つになる。
「ダッ!」
それまでおとなしくしていたベルちゃんが、男鹿の方に手を伸ばす。
「お、お前も食うか?」
男鹿はコロッケを箸で一口サイズに切ると、ベルちゃんに食べさせた。
本当の親子みたいね。
私はそんな二人を、微笑ましく見つめていた。
「ふー食った! ごっそーさん! うまかったぜ」
「ありがとう」
男鹿をじっと見る。見たところ特に変化はないようだ。
薺さんは即効性があるようなこと言ってたけど。もう触っていいのかしら? 不自然にならないように触らないと。
そんなことを思っていると、何やら胸に違和感を感じる。
「べ、ベルちゃん!?」
「アー」
違和感の正体はベルちゃんだった。いつもそんなことしないのに、今日はしきりに私の胸に触れてくる。
ベルちゃんの目はとろんとして、顔もほんのり赤い。
「何やってんだベル坊」
男鹿はまだ、ベルちゃんの様子がおかしいことに気付いていない。
一方私は、その変化の理由に思い当たる。
ひょっとして、ベルちゃんが食べたコロッケに薬が? ……ということは、私ベルちゃんに惚れられてるの!?
ビクン!
ベルちゃんの手が時折、服の上から敏感な箇所をかすめる。
やだ、赤ちゃんに触られて何反応してんのよ!
媚薬の効果なのか、ベルちゃんは赤ちゃんとは思えないほど徐々に、的確に私の感じる箇所に触れてくるようになった。
んん……ベルちゃん上手……じゃあなくてっっ……!
「……ベル坊?」
どうしよう、男鹿が不審に思い始めてる……!
「お、男鹿っ! ベルちゃんミルクが欲しいんじゃないかしら!?」
「ミルク? つっても、いつもミルクが欲しい時ってそんな風じゃねーんだけど……」
「ひゃんっ!」
「うお!?」
ベルちゃんが私の乳首のある辺りを強く握ってくる。
ああ、だめ、早くベルちゃんの気をそらせないと……。
「男鹿ぁ、早く……っ」
必死に懇願すると、男鹿は慌てて立ち上がった。
「わ、わかった! 今用意するからちょっと待ってろ!」
何がなんだかわからないが邦枝に涙目で頼まれたオレは、彼女に背を向けると急いでやかんに水を入れ、湯の準備を始めた。
粉ミルクを溶かし、程よい温度まで冷めたのを確認すると、振り返る。
「よし、出来たぞ! ……って、ぶはぁっ!」
ミルクを作っている間に、後ろはとんでもないことになっていた。
邦枝のブラウスは下着ごとずり上げられ、あらわになった胸にはベル坊が吸い付いていた。
「どっ、どっ、どーしてこうなったぁっっ!!」
「やぁっ……見ないで……っ」
邦枝の頬は、恥ずかしさからか赤く染まっていた。
「見るなって言われても……おいベル坊何してんだ、離れろっ!」
ベル坊を引き離そうとするが、こいつはひしっと邦枝にしがみついて離れない。