「まさかOKしてくれるとは思わんかったわ」
「え?なんで?」
待ち合わせのカップルでごったがえす駅で、小さく手を振る和葉を見つけて走りよった国末が歩き出すなり切り出した。
待ち合わせた駅のそこらここらには、色とりどりの浴衣で身を飾った女の子が少し誇らしげにたたずんでいる。
「絶対断られると思てたからなぁ。でも、お願いして正解やったな。めっちゃ似合ってんで、和葉ちゃん」
「ホンマ?ありがとぉ」
真正面からの直球で褒められ、白い雪肌の頬がほんのりと染まる。
紅色の帯。
長い髪を耳の上両サイドで丸く結い上げ、桜を散りばめた淡いピンク色地の浴衣を着た和葉は、国末の目には眩しいほどに輝いて見えたが、そんな浴衣姿も今日のこの場所では珍しく見られることもない。
彼女が一際注目を浴びているのは浴衣のせいではなく、白い肌にかかる後れ毛や、濡れた瞳とホンの少しだけ赤みを差した口紅と……。
つまりは和葉そのものが似たような浴衣姿の女の子達の中で輝いているからだと、あるいはその隣を守る整った顔の男が惜しげもなく彼女に向けている笑顔のせいだと気づいていないのは当の本人達だけで。
「何か変かなぁ…」
チラチラと感じる周囲の視線に、落ち着かない様子でおはしょり部分を指先で弄ぶ姿を微笑ましく思いながら国末が笑いかけた。
「全然。めっちゃ着慣れてるみたいやな。普段からよぅ着てんのか?浴衣」
「ううん、たま〜に着るぐらいや」
「『たま』ってどんなとき?」
「んっと…地元のお祭りとか花火大会とか、あとはナイター見に行くときとか…」
小さな巾着を手首に通した右手をゆっくりと指折りながらポツポツと答える和葉に、国末が少し眉をひそめて問いかける。
「それってやっぱあの色黒ボウズとか?」
「ん〜、平次とばっかりやないけど…」
−−−−『ないけど』。でも、ほとんどアイツとな訳やな…?
心の中で一人ごちながら、それでもその場にいない男に悋気を起こすよりも目の前の和葉の方が大切だと国末は気持ちを切り替えた。
「今年は強いからなぁ、阪神。その浴衣を着る機会も結構あるんとちゃうか?甲子園とか」
その言葉を聞いた和葉が一瞬見せた柔らかな表情は、なぜか切り替えたはずの国末の心をかき乱した。
和葉の表情の理由はわからなかったけれど、それはきっとあの色黒ボウズ絡みなんだろうと確信するものが胸の中にあった。
「そっかぁ。ほな、今度和葉ちゃんを野球に誘う時は大阪ドームにせなアカンなぁ」
和葉の表情に気づかぬ振りをして笑いながらその言葉をサラリと受け流し、思うスピードで歩くことすらできない人混みの中で国末はスッと和葉の右手を取った。
その間にも、交通規制された道路を歩く人の波が二人を押し流していく。
「今日はさすがに迷子なったらアカンから手ぇ、繋いどこや?」
「う、うん…」
想像以上だったあまりの人混みに気後れしていた和葉は、国末の言葉に素直に頷いた。
見つめてくる幼馴染みのそれとは明らかに違う優しい眼差しに、ドクンと耳が熱くなり和葉は急に繋がれた右手を意識した。
大きな国末の左手が和葉の手をギュっと握りしめ、和葉の耳がますます熱くなった。
最初ひんやり冷たいと感じていた国末の手が、いつの間にか自分の手と同じ温度になっている。
「きゃっ…」
ふと、大声で笑いあっていたカップルがバタバタと仰いだ団扇が和葉の頬にぶつかりそうになり、国末が軽く咳払いをしながら和葉を引き寄せた。
「大丈夫か?」
「う、うん…」
「何か屋台見てみよか」
「うん!」
人混みを強引に横切り国末が道路脇の屋台に和葉を誘導していく。
エスコートというよりも、押し寄せる人波から自分を護衛するかのようなその動きに、和葉の頬がほんのりと緩み、そして熱くなった。
「もっと落ち着けるとこの方がよかったかのぉ」
人波に急き立てられるように数件の屋台をまわり、一番小さなりんご飴を和葉に買い与えた頃、国末がふぅ〜と大きく息を吐き出しながら言った。
目の前に広がる人の海はどこまで行っても途切れる様子がない。
「ううん、そんなことないで。でもホンマすごい人やね」
「和葉ちゃんが人に酔ったりせぇへんか心配やな」
「それにせっかくの浴衣が着崩れるんとちゃうか思てな…」と言い添え、国末がにっこりと笑う。
本当に優しい人だと和葉は思った。
にじみ出る汗を空いた右手で拭いながら国末が空を仰ぎ見ると、乱層雲が沈んでいく太陽を覆い隠し始めている。
空は、のし掛かるように重い。
「・・・もし和葉ちゃんさえよかったら、ちょっと離れたとこ行くか?」
「そやね。もう人ごみは満喫したし」
笑いながら和葉が答えると、国末が大きな声で笑って答えた。
人ごみに押し流されながら少しずつルートを離れ、やがて二人はようやく人と押し合わなくても歩ける程度の横道にそれた。
一瞬、繋いだ手をどうしようかと和葉は頭一つ分大きな国末をこっそり仰ぎ見たが、すぐに「ん?」と笑いかけられ
「な、なんでもない……」
と言葉尻を濁してうつむいた。
普段なら、多少なりの人通りがある小道も、今日ばかりは二人以外に人一人通らない。
吹き抜けたぬるい風に和葉のうなじに落ちた後れ毛がふんわりと揺れ、国末は暫しその動きに目を奪われた。
「あれ?」
しばらく無言で歩いた後、和葉がふと、何かを感じて空を見上げた。
「お。」
つられて同じように見上げた国末も気づいて声を上げる。
低い雨雲が、限界を告げるかのように大きな雨を降らせ始めた。
「うお、ヤバ!和葉ちゃん、ちょっと急ごか」
「うん!」
それだけを話す間にも、音を立てて大粒の雨が石畳の路面を濡らしていく。
梅雨の戻り雨とも、ふいの夕立とも言える勢いのある雨がザザーーーーーーッと本格的に降り出した。
バケツをひっくり返したようなふいの大雨に、みるみる二人の全身が濡れていく。
だが、タイミング悪く二人が入り込んでいた裏道は石垣が続くばかりで、わずかにも雨宿り出来そうな屋根が見あたらない。
素足に下駄を履いた和葉を気遣いながら手を引いて走る国末は、先に小さな神社を見つけて指さした。
「あそこ行くで!」
「う、うん…」
そこはひっそりとたたずむ観光客が入ることもない小さな神社だった。
砂利道を踏みしめた二人がようやく社の屋根の下に身を隠した頃には、すでに全身ずぶぬれとなっていた。
「参ったなぁ。和葉ちゃん、大丈夫か?」
「うん。でも大通りから離れてて良かったわぁ。あのままやったらどうにもならへんかったし…」
「せやなぁ。でもせっかくの浴衣が台無しやな」
自分自身の体を気にする様子もなく、ずぶぬれの和葉を見た国末が申し訳なさそうな顔をする。
「国末さんのせいとちゃうねんから、そんな顔せんといて・・・・っくしゅ!」
「おい、大丈夫か?」
「うん、平気や…」
和葉が雨水を吸って重くなってしまった巾着から色鮮やかなハンカチを取り出すと同時に、国末もジーンズのポケットから少し皺になったハンカチを取り出す。
「「はい」」
そしてお互いが同時にそのハンカチを差し出してしまい、一瞬顔を見合わせた後、ププーーーっとまた同時に吹き出した。
「自分で拭いたらええやろ」
「国末さんこそ!」
「・・・・ほな、遠慮無く借りるわ」
「はい。じゃあ、アタシもお借りします」
国末が和葉の差し出したハンカチを手に取ると、和葉も笑いながら国末のハンカチを受け取った。
古い神社の屋根を打つ雨音は激しさを増すばかりで、いっこうに止む気配を見せない。
「・・・・っくしゅっ!」
「ホンマに大丈夫か、和葉ちゃん」
「大丈夫大丈夫」
そう言いながらも、冷たい雨に冷やされた和葉の頬は透き通る程に白く血の気を失っている。
そんな様子を見ていた国末が、ふと、濡れてうなじに張り付いた和葉の後れ毛を外そうと手を伸ばした。
後に、和葉はこの瞬間を何度も思い返す。
なぜなら、きっとこの一瞬がすべてのきっかけだったから。
冷たい国末の指先が和葉の首筋に触れた。
「・・・・ンッ・・・!」
ざわり。
背筋に走った感覚に、和葉が小さく声を上げ、その声に弾かれたように、国末が指先を引っ込める。
「す、すまん。髪…が…」
言いかけた国末の言葉が、見上げる和葉の瞳に吸い込まれて消えていく。
濡れた髪と小さく開いた唇。
疑うことを知らない瞳にすら急激に異性を感じ、いったんは引っ込めた国末の指先がもう一度和葉の首筋に触れた。
「く、国末さ……」
言いかけた和葉の言葉は、不意に抱きしめられた腕の中で途切れた。
「風邪…」
囁くようなその声とは裏腹に、信じられないぐらい強い力で和葉をかき抱きながら国末が耳元で呟いた。
「風邪…ひかせたらアカンからな」
それは和葉に対する言い訳なのか、それとも自分に対する言い訳なのか。
拒絶を許さない強い腕と、濡れた服を通して伝わるぬくもりに抱かれ、和葉はただ無言でうつむいた。
雨はまだ止みそうにない。
滝のように降り続く雨の水しぶきが、辺り一面の視界を白く変えている。
古い神社の屋根を叩く雨音は轟音にも似て、和葉の耳に届くのは耳鳴りのような雨音と、静かな国末の息づかいだけだった。
耳元に寄せられた唇からわずかに届く吐息は熱く、水気を含んだ男物のハンカチを握りしめた和葉は身じろぎも出来ずに抱きすくめられていた。
その形の良い耳に、国末の唇がわずかに触れる。
腕の中でビクンと身をすくめた和葉をさらにきつく抱きしめ、国末は強く唇を押し当てた。
結い上げた和葉の髪は、わずかに雨の匂いがした。
耳の端をくわえた唇が少しずつ動き、耳の後ろに吐息がかかる。
「・・・・ふっ・・・!」
むずがゆい羞恥に和葉の膝が震え、目を閉じて唇に触れる和葉の感覚に集中していた国末がそっと目を開いた。
「足…濡れてるな…」
視界に入った赤い鼻緒の足を、跳ね返った水しぶきが濡らしている。
耳朶に直接吹きかけられた国末の低い声に、和葉の体が再び震えた。
「中に入ろか?」
「え?」
急に身を離したかと思うと、国末は和葉が問い返すよりも早くその体を抱き上げた。
「く…国末さ…!」
「軽いなぁ、和葉ちゃん」
とまどう和葉を気にもせず、両手で軽々と和葉を抱き上げたまま国末がスタスタと神社の内部へ進んでいく。
「ちょ…ちょっと待っ…」
「ラッキーやな。鍵掛かってへんぞ」
和葉を抱いたまま、正面から少し陰になった観音開きの扉を国末が器用に開くと、内部は意外に狭くなっていた。
湿った空気はわずかにカビくさく、この場所を訪れる人がいないことを伝えてきた。
「ここやったら濡れへんな」
そう言ってそっと和葉を壁際に立たせると、国末はその手から自分のハンカチを取り上げた。
そのままスッと和葉の足元に膝をつく。
固まったままの和葉は、言葉もなくただ国末の動きを見ていた。
「スマンな。オレ、自分がスニーカーやから気づかへんかったんや」
そう言いながら、国末は白い和葉の足を掴み上げ、手にしたハンカチで丁寧に拭いはじめた。
「そ…そんなんせんでええです…!」
「ええから」
他人に足を拭かせたことなどあるはずもない和葉が真っ赤になって断わるも、国末の大きな手はがっしりと小さな足首を捕まえていて離さない。
まるで壊れ物を扱うかのように、和葉の足の指を一本一本、丁寧に拭き取っていく。
「・・・・・・・っ!/////」
足の指先から伝わってくる感覚に、和葉が腰をくねらせた。
「次。反対の足」
有無を言わせぬ口調で国末が和葉の右足を持ち上げる。
その声に何を言っても無駄だと悟った和葉は無言のまま、持ち上げられるがままに白い脚を差し出した。
屋根を叩く雨の音はまだ激しく続いている。
「はい。おしまい」
「…あ、ありがと……」
和葉が小さくお礼を述べると、国末は小さく微笑んで立ち上がった。
「んじゃ…さっきの続き…」
「え?!」
国末の一言に和葉の体が急に固まる。
壁際の和葉を追い詰め、その体をギュっと抱きしめた国末は、白い首筋に顔を埋めると、宣言どおり再び耳への愛撫を始めた。
「く、国末さ…っ」
「ええ匂いやな…」
首筋に顔を埋め、国末がゆっくりと耳朶から肌に唇を這わせるに至り、ようやく和葉の唇から小さな悲鳴が漏れた。
「国末さん!」
小さな和葉の顔を国末の左手が掴む。
仰け反った和葉の首筋が国末の目の前にむき出しになると、そこを生暖かい舌がベロリと白い肌を舐め上げた。
「んんっ・・・・!」
何度も同じ所を這う舌の動きに和葉の全身に鳥肌が立つ。
「じっとしとけ…」
国末の腕に和葉がわずかに爪を立てた。
筋張った筋肉質な腕は硬く、捕らえた和葉を放す気配すらない。
その腕が重ねあわされた浴衣の胸元を開くと、眩いほどに白い肌が現れた。
「っ!!!」
細い肩も、滑らかな曲線を描く首筋も、すべてが匂い立つように国末を誘って震える。
そのまま強引に浴衣を引き下げた下には、清楚な純白の下着だけがその身体を守っていた。
その冷えた肌を暖めるように国末の手が、ゆっくりとまさぐっていく。
「・・・・可愛い」
「イヤ…イヤや、こんなんっ!」
首を振って行為を制止する和葉を無視し、国末はその下着を肩から外した。
「やめてっ!!アタシそんなつもりで来たんとちゃうっ!」
「オレも」
和葉の胸元に顔を埋め、舌を這わせながら国末が言葉を続けた。
「・・・オレもそんなつもりなかったで?」
「んんっ!」
胸の頂に甘く歯を立てられ、和葉の全身がわななく。
舌先で転がされ吸い上げられたソコは、赤く立ち上がり甘い刺激を全身に拡げていた。
国末の舌は巧みにくわえた先を小刻みに突付き、音を立ててキスを繰り返す。
「・・・・くに・・っ!」
快楽に押し流されそうになった和葉が必死でその名前を呼ぶ。
「やめて・・・んんっ!」
最後の力で和葉が国末の腕にしがみついたその瞬間、国末は和葉の鎖骨の陰に小さな赤い痕(しるし)を見つけた。
真新しいものではない。
かといってそんなに古いものでもない。
その痕(しるし)を付けたであろう男を国末は知っていた。
その男もまさかそれを他の男が見ることになるとは夢にも思っていなかっただろう。
小さな、けれども白い肌に明らかに残された情事の痕に、国末の身体の中心を氷の矢が貫いた。
「・・・っくそっ!!」
そして同時に、湧き上がった熱い血が体内を駆け抜けてその矢を瞬時に溶かしていく。
強引に歯を立てて
残された別な男の痕を噛みちぎって
白い肌の隅々に新しい自分の印を残して
彼女の全てが壊れるまでメチャメチャにして
自分でも信じられないぐらい凶暴な欲望が、体の奥からマグマのようにあふれ出す。
出来ることなら、今すぐその欲望に身をまかせ、本能のままに行動してしまいたい。
けれど……・。
「・・・・・・っ!」
奥歯をきつく噛みしめた国末が痛い程の強さで和葉を掻き抱く。
驚いて見上げた和葉の瞳が苦しげな国末の表情を捉え、驚きに見開かれた。
「国末・・さん・・・」
ゆっくりと開いた国末の視線と和葉の視線が絡み合う。
「今だけ…」
「え・・・・・?」
「今だけ…雨が止むまででええから…」
「・・・・・。」
「オレの…彼女になってくれ」
掠れた声で国末が小さく呟いた。
迷いなく見開かれた目はまっすぐと和葉を見つめたまま。
「な?」
「・・・・・。」
沈黙が降り止まない雨音をさらに大きく響かせている……。
和葉の唇が何かを言おうと小さく開いた。
「んっ・・!」
けれど国末はその唇から漏れる声を聞く前に強引に自分の唇を重ねてしまっていた。
和葉が言おうとした答えはYESだったのかNOだったのか。
国末が、自分のつむぎ出そうとした答えに臆してしまったのだと和葉は気づいたであろうか。
差し込まれた舌は言葉を封じ込めるため。
けれど、それは燻っていた導火線に火をつける行為でもあった。
「んんっ・・・・んっ・・・!」
歯がぶつかり合うほどに強引な口づけと、胸の頂を刺激する指先に和葉の膝がカクンと揺れた。
脚の間に国末が腕を差し入れると、水を吸った浴衣が肌蹴けて白い太ももが現れる。
指先に感じる下着越しの柔らかい感触に国末の理性が飛び、3本の指が本能のままにソコを求めて動く。
「く・・・くふ・・・ぅんっ・・!」
崩れ落ちる身体を支えながら、ショーツを引き下ろしたことと、その下着が先に脱がせていたブラジャーと上下お揃いのモノだったことまでは覚えている。
ただ無我夢中で。
その後の国末の記憶は、途切れ途切れに混乱していた。
きっちりと結わえた和葉の髪に散らされていた桜を模った髪飾り。
次第に熱を帯びていく柔らかな肌。
悲鳴交じりの吐息。
湿った雨の匂い。
そして、全身を突き抜けた快感。
「んふっ・・・ふうぅっ・・!」
目の前では唇をきつく噛み締めて和葉が声を抑えていた。
愉悦の声を自分に禁じているかのように、
きつく食いしばられた歯を見て強引に濡れた指を押し込むと、指先に触れた和葉の舌は下半身と同じ柔らかさと弾力性でその指を包み込んだ。
「ふあ・・・ぁあんあ・・」
恋焦がれた花が、自分の腕の中にある。
自分の動き一つに反応し、切なげに震え、仰け反っている。
その事実が国末の激情をさらに煽りたて本能を突き動かした。
感情と快楽が螺旋状に絡み合い、高みに向かって駆け上っていく。
「んんっ・・・はっ・・・!ぁああ・・・!」
「和葉ちゃん、めっちゃ可愛い・・・!好きや!」
「ぃ・・や・・ぁっ!!」
国末の頭を抱え込んだ和葉の指が髪を絡めとり、一つに結わえていた髪が音もなく落ちる。
「んあああっ!ふぁっ・・・くに・・・国末さ・・・!」
「かず・・・ちゃ・・・」
「・・・ぁ、ぁあーーーーーーーーーーーっ!!」
固く抱きしめあいながら同時に達した記憶は現実のものだったのか。
沸騰していた熱が引き始めた頃、気がつけば国末は乱れた浴衣を見にまとった和葉を腕に抱いたまま座り込んでいた。
互いの呼吸はまだ少し乱れたままで…。
「和葉ちゃん…」
力を失った和葉は、腕の中で目を閉じて持たれかかっている。
おざなり程度に脱がされた浴衣を胸元に引き上げている白い指先が、意識を失ってはいないと伝えていた。
ふと国末が床に目を移すと、雨に打たれた桜の花ように、和葉の髪飾りが散り落ちていた。
「和葉ちゃん…」
「・・・・。」
「オレ……」
降りかかる国末の声に和葉がうっすらと両目を開いた。
ぼんやりと焦点の合わない視線が四角く切り取られた窓越しの空を見つける。
「雨。」と和葉が囁いた。
「雨・・・・止んでまうね・・・。」
その言葉につられ、国末が和葉の視線の先を追いかけると、ついさっきまで視界すら奪う程の激しさで降り続いていた雨は、もう霧雨に変わっていた。
夏の通り雨は痛いほどに激しく、そして切ないほどに早足に去っていく。
まもなく、雨は上がるだろう。
四角い窓から見える空は、この世のものとは思えない程赤い夕焼け色に染まり始めていた。