176 :
瀕死の天使1:2009/12/26(土) 20:56:24 ID:YJXHClHO0
「哀ちゃん。コナン君なら出かけたよ・・阿笠博士のとこ・・
入れ替わりだったのかな?
ごめんね」
「あ・・いいの・・ちょっと寄ってみただけだから・・」
少女が、蘭ちゃんを見上げる目に、複雑な感情が明滅する。
<コナン君といい・・なんだかややこしい小学一年生ね>
七槻は、苦笑してテーブルの上の書類を抱え上げた。
「あ・・それ・・まったくお父さんと来たら・・・いつも片付け
なさいっていってるのに!すみません。七槻さん」
「いやいや・・これも助手の仕事だから」
笑いながら立ち上がって奥の棚に歩きかけた時、また不意にドアが
開き、男が入ってきた。フルフエイスのバイクのヘルメットをかぶり、
黒いジャケットに黒いズボンポケットに手をつっこみマフラーを首元
まで巻いている。
「あ・・いらっしゃいませ・・毛利探偵事務所にご用ですか?」
七槻が、書類を置いて男に近づくと、男はポケットから手を出した。
黒く光る拳銃を手にしている。それは、さっき見たモデルガンにそっくりだ。
<やれやれまたトカレフのモデルガンか・・>
そう苦笑しかけた七槻の笑みが凍り付いた。向けられた銃口はふさがれていない。
その先はまっすぐに蘭を狙っている。
177 :
瀕死の天使1:2009/12/26(土) 21:00:25 ID:YJXHClHO0
あ!哀ちゃん!あぶない!」
蘭が、立ち上がり反射的に両手を広げて哀をかばう。
「だめよ!おねえちゃん!」
少女が、いままでの平静さとは打って変わった錯乱した声で叫ぶ。
「蘭ちゃん!いけない!」
<おねえちゃん?>少女の言葉がちらっと引っかかった。七槻は、
ちょうど男と蘭との中間点に立っている。
七槻は、一瞬迷った。男に飛びかかるべきか、蘭をかばうべきか?
その一瞬で男が発砲した。哀をかばうように手を広げて立ちふさが
った蘭の右胸が大きくはじけるように破裂して鮮血が飛び散る。蘭は、
声もなくソフアーの上まで飛ばされてそのまま倒れた。
「ら・蘭ちゃん!!」
「おねえちゃん!」
駆け去る男を無視して、七槻と哀は、倒れた蘭にかけよりそっと
抱き上げ、手早く服の胸を引き裂いた。弾は蘭の白い右の乳房の上
から入っている。鮮血が噴水のように吹き出る。七槻は、ハンカチ
を強く押し当て止血しながら、蘭の背中に手を回し弾の出口を探す。
じっとりと七槻の手が温かい血に濡れる。
「あ・・哀ちゃん・・な・・七槻・・さ・・ん・・・・」
意識を失いつつある蘭ちゃんが、七槻の腕の中でせきこみ多量の血を吐いた。
「お・・おねえちゃん!しやべっちゃいけない!」
ハンカチに換えて傷口にタオルを押し当てながら、少女が叫んだ。
<この子蘭ちゃんの妹なのかな?>
頭の隅で考えながら、七槻の手は、蘭の背中の傷口を探り当てた。
178 :
瀕死の天使1:2009/12/26(土) 21:02:57 ID:YJXHClHO0
「ここだ!右肺を貫通してる。早く止血しないと自分の血でおぼれてしまう!」
「くそ!ボクがあの時迷ったから・・」
強い怒りと男への殺意がこみ上げてくる。蒼白の蘭の顔に別な少女の顔が重なる。
かつて七槻が愛した少女、理不尽な嫌疑を受け自殺した七槻の親友、守りえなか
った大切な人の顔・・。
「香奈!」
七槻の口からも無意識に蘭とは別な名がほとばしり出た。
少女が、鋭い目で七槻を見上げながら、手早く近くのタオルを引き裂き止血帯を作る。
「香奈・・がんばれ!ボクが・・・ボクが守るから」
七槻は、自分が何を口走っているのかまったく意識せず、止血帯を強く蘭の傷口に重
ねて押しつけ少女の差し出す応急の包帯を巻いていく。横に跪いた哀の手が優秀な看
護士のように七槻の手当を補助する。
<ためらうことなく男に飛びかかるべきだった。一瞬自分の命を惜しんだせいじゃなのか
・・バカバカ!七槻おまえは、また自分の判断ミスで大切な人を失うのか?>
哀は、冷たい目で七槻を見つめた。
「自分を哀れむのは後よ。すぐに警察と救急車を!子供の私の声より大人の方がいいわ!」
「わかった!」
7才の少女が言うセリフじゃないと、頭の隅で考えながら七槻は、デスクの上の電話に
飛びついた。
179 :
瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:02:29 ID:g2Hqy81T0
杯戸中央病院の集中治療室前
毛利小五郎、妃英里、コナン、鈴木園子、阿笠博士、目暮警部、佐藤、高木刑事。
蘭と親しい人びとが顔面蒼白で駆けつけて来る度に、七槻は、蘭ちゃんが撃たれた
状況を詳細に説明しなければならない。誰ひとり七槻を責めようとしないだけに、
七槻はかえって言いようのない自分の愚かさと臆病さを突きつけられる耐え難い
苦痛に打ちのめされた。
皆から離れた暗い待合室のソファーでうなだれて座り込んだ七槻は、ふと人の気
配に顔を上げた。あの少女、灰原哀が立って七槻を見下ろしている。
「自分を哀れむのは後と言ったはずよ。お互いの記憶が鮮明なうちにあそこであ
ったことを確認しておきましょう」
「確認・・?」
「犯人の服装、特徴、・・あの男をつかまえる手がかりがあるかもしれないわ」
「・・・・・」
「茫然自失で何も覚えていないんじゃないでしょうね。犯人は、二十台から四十代、
中肉中背、髪は黒、身長はおよそ百七十p。黒いフルフエイスのヘルメットをかぶ
っていたので顔は良くわからない。出ていた部分には特徴はなし。黒いダウンジャ
ケット、黒いコーデイロイのズボン、黒いセーター、白いマフラーで首元を隠して
いた。右利き、拳銃は、トカレフ・・いきなり入ってきて、一言もしゃべらず、
一発だけ発射してすぐに逃走した。こんな所かしら?」
180 :
瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:05:45 ID:g2Hqy81T0
「いや。セーターは黒じゃない周りの黒に紛れていたけどダークブルーだ。
それに拳銃は、トカレフTT33じゃない。あれはトカレフの改良型。拳銃
のスライドの指かけ溝が傾斜していたから中国製の五四式拳銃だ。蘭ちゃん
の傷は7.6ミリ弾のものではなく9ミリ弾のものだった。安全装置をつけ
NATO標準の9ミリバラベラム弾を使用するように改造されているタイプだ。
摩耗が激しく故障が多いからプロは持たない」
七槻は、冷静な声でそう言いながら立ち上がった。哀がじっと見上げているのに
も気づかず前の暗闇をまっすぐに見つめて精神を集中する。
「あの男は、すぐ近くにいたぼくに見向きもせずまっすぐ蘭ちゃんを狙った。
小さい君はともかく同じ年代に見えるぼくと蘭ちゃんを見ても迷わなかった。
あの部屋にいた三人の内、誰が毛利蘭か知っていたんだ。誰でもよかったわけじ
ゃない。明らかに最初から蘭ちゃんを狙ってきたんだ・・だけどなぜ?・・蘭ち
ゃんが狙撃されるような恨みをうけたりや危険な事件に関わっているはずがない。
やはり毛利さんに恨みを持つ者の犯行か・・・?」
「その調子なら大丈夫なようね・・名探偵さん・・あなたも真実はひとつとかい
うのかしら?」
冷たく笑って立ち去ろうとした哀はふと足を止めて、振り返った。
「あなた・・彼女が撃たれた時、別な女性の名前を口走っていたわね・・」
「え?・・」
七槻は、まったく記憶していない。
「何度も言ったわ・・香奈・・って・・」
「・・・・そう・・覚えていないけど・・言ったかもしれない」
「香奈って、誰?」
「ぼくが・・殺人犯になる原因になった・・ぼくの友達の名前さ・・
ぼくはその友達を自殺に追いやった高校生探偵を殺したんだ」
181 :
瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:11:50 ID:g2Hqy81T0
「そう・・すごく大切な人だったのね・・その人」
「なぜそう思う?」
「あなたがあの時手当していたのは、彼女じゃなくその人だから・・
あなた何度も言っていたわ。香奈がんばれ、僕が守るから・・って」
「・・・・・そういえば、君も叫んでいたね・・おねえちゃん・・
って何度も」
「ええ・・私も同じような理由よ・・私の姉は拳銃で射殺されたの・・
ついそれを思い出して」
「そう・・お互い蘭ちゃんに別な人を重ねていた訳だね」
「必ず犯人を突き止めるのね・・その人のためにもあなたのためにも」
そう言い終えると哀は、振り向かず立ち去った。
「突き止めるとも・・香奈のためでもぼくのためでもなく・・蘭ちゃん
のために」
七槻は、哀の背中に決意を込めてつぶやくと、治療室の前に集まる
皆の方に歩き出した。
皆に近づくと、所在なげに毛利探偵が喫煙コーナーに出てタバコ
を吸っている。英理さんは、集中治療室の前から動かない。目暮
警部も阿笠博士も佐藤、高木刑事もそわそわと落ち着かず歩き回
っている。哀は離れた席に座ってコナン君とひそひそ話をしている。
園子ちゃんは、座って泣いている。
七槻は、看護士たちが忙しく出入りする集中治療室のドアの窓に
近づき中を覗いた。全裸で寝かされた蘭は胸と腰だけにタオルを掛
けられ、全身にチューブをつけられ、蒼白の顔に酸素マスクをして
横たわっている。瞳は固く閉ざされ表情は見えない。
<ぼくも哀ちゃんもいつの間にか蘭ちゃんに亡くした大切な人を重
ねて見ていた。みな大切な何かを蘭ちゃんの上に重ねて見ているんだ。
自分の母親や理想の恋人、姉、妹、、女神、天使、失った大切な人を。
周りの人にとっての良心のような存在、あらゆる善なる理想を重ねて
ることができる君のような人は、この世に何人もいない・・・だから
・・だから蘭ちゃん。君はまだ・・死んではいけない・・天上に戻る
のは早すぎる・・ずっと・・ぼくの・・コナン君の・哀ちゃんの・・
みんなの側にいて・・・>
182 :
瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:18:16 ID:g2Hqy81T0
七槻は、窓から離れると、目を真っ赤に泣きはらしている少女の隣に座った。
蘭ちゃんの親友、たしか園子ちゃんだ。
「ねえ・・園子ちゃん・・さっき蘭ちゃんと学校から帰る途中で何か変わっ
たことはなかった?」
「何もないよ・・いつもどおり・・おしゃべりしながら帰っただけ・・」
「蘭ちゃんは、何も言っていなかった?何かを見たとか・・誰かにあったと
か?」
「なにも・・」
「そう・・帰り道では?・・蘭ちゃんの様子は変わりなかった?」
「別に・・・・いつも通り・・変わりなかったわ」
「そう・・ここ数日の蘭ちゃんの様子はどう?何か不安そうにしてるとか・
・なかった?」
「それも・・別にないよ・・」
園子ちゃんが震えながら七槻の手を見つめている。つられて七槻は、
自分の手に視線を落とした。簡単に洗ったが、まだ蘭ちゃんの血があちこち
についている。天使の血だ。汚い物のように洗い落とすことがためらわれて、
指を組んだ七槻は、自分の手首に紙切れがこびりついているのに気がついた。
蘭の血で張り付いたらしい。つまむと金銀に光る細く薄い紙だ。
<クラッカーの中身みたいだけど・・こんなもの・・どこで?>
「あ・・それ・・あの時蘭の髪についた・・・」
園子ちゃんが、つぶやいた。
「あの時?」
「うん・・昼間・・学校でクラスメイトの誕生会をしたんだ・・その時蘭の
後ろで私がクラッカーを鳴らしたんで、蘭の髪や背中にたくさん中身がつい
てて・・帰り道までまだ髪にくっつけてたんだ・・ついさっき、そんなこと
ふざけながら話してたのに・・うううう」
園子ちゃんの目からまたどっと涙があふれ出た。
<そうか・・蘭ちゃんの背中に手を回した時についたのか・・>
183 :
瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:22:56 ID:g2Hqy81T0
泣き崩れる園子の肩にそっと手をかけた七槻は、
「園子ちゃん。明日、蘭ちゃんと歩いた道をもう一度ぼくと一緒に歩
いてくれない?」
「い・・いいけど・・」
目暮警部が、哀ちゃんを連れてせかせかと歩いてきた。
「七槻君、悪いが、毛利探偵事務所で現場検証をしているんだ。哀君
とふたり戻って犯行当時のことを証言してくれないか」
「わかりました」
七槻は、哀の視線を感じながら立ち上がった。
現場検証を終え、警察は引き上げ、哀も迎えに来た阿笠博士のビー
ルで帰った。少女は、何か七槻に言いたげにしていたが、周囲に警察
がいるためか無言で車に乗り込んで去った。
もう日付が変わる時間だが、毛利探偵もコナン君もまだ病院から戻らない。
七槻は、事務室を片付け、丁寧にソファーやテーブルに飛び散った蘭ちゃん
の血を拭き取った。七槻にもつらい作業だが、毛利さんやコナン君が見たら
耐え難いだろう。
掃除を終えて七槻は、事務所の窓から下を見た。深夜の道に覆面パトカーが
一台停まって、中に警視庁の確か千葉という刑事が乗っている。もし毛利探
偵を狙ったなら再度襲われる可能性もあるので一応警備されているのだ。
「ぼくより、哀ちゃんの方があぶないかも・・まあ阿笠博士がいるか・・・
・・・・それにしても毛利探偵に恨みがあるなら、あの場で銃を乱射するは
ず・・なぜ蘭ちゃんだけを撃った?天使を襲うのは悪魔と決まっているけど
・・ なぜ?・・」
車を見下ろしながら七槻は、つぶやいた。
184 :
瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:10:54 ID:KVt14oXy0
翌日、七槻は、考え事をしながら帝丹高校の校門の前で園子を待っていた。
コナン君は、犯人が黒ずくめの服装だったことに妙にこだわって哀ちゃん
となにかひそひそ話したり携帯でどこかに電話している。毛利探偵と警察は、
毛利探偵に恨みを持つ者の犯行と見て捜査している。しかし、七槻は、どこ
かひっかかる。
<コナン君たちは、哀ちゃんを狙った可能性を考えているみたいだし、警察
は毛利さんに恨みを持つ者の犯行と思い込んでいる。誰も蘭ちゃん個人を狙
ったとは思っていない。確かに彼女が人から恨まれるはずがない・・・・
でもあの時犯人は最初から蘭ちゃんだけを狙っていた。蘭ちゃんが、犯罪の
ような事に関わっているはずはないから・・・残る可能性は、何か犯人に都
合悪いことを見たか聞いたために口封じに狙われた・・この数日の間に蘭ち
ゃん自身が重大な何かを見聞きしたりしていたら、様子が変わったことに一
緒にいるコナン君が気づかないはずはない。もしかして蘭ちゃんは、あの日
帰り道に自分でも気づかず見てはならないものを見てしまったんじゃないだ
ろうか?・・でもそれならずっと一緒にいた園子ちゃんも見ているはずだし
・・・・なぜあいつは蘭ちゃんだけを狙ったんだ?>
185 :
瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:13:19 ID:KVt14oXy0
「おまたせ・・」
帝丹高校の制服を着た園子ちゃんが、いつもの元気がなく暗い顔で近づい
てきた。
「蘭ちゃんの様子を見に行きたいだろうけど、ごめんね。後で一緒に病院
に行こう。その前にここから蘭ちゃんと別れるまでの道筋を一緒に歩いて
みて」
「うん」
園子と、七槻は、ゆっくりと昨日蘭と歩いたといういつも通学路を歩いた。
園子ちゃんは、昨日蘭ちゃんと話した事を教えてくれたが、七槻は、どち
らかというと周囲に注意を払っていた。しかし、帝丹高校から、毛利探偵
事務所までのいつもの通学路は、特に変わりがない。
毛利探偵事務所の近くまで来ると、並んだ商店街の店のひとつのダイバー
ズグッズなどを売っているショップの窓が鏡張りになっている。七槻は、
無意識に自分を映して、女の習慣で自分の顔と服をチエックする。
くすっと園子ちゃんが、思い出し笑いをした。
「何?」
「いえ・・昨日話した。パーティのクラッカーのくずの話・・蘭ったら、
髪にティアラみたいに大きな紙くずを載っけたままずっと気がつかない
もんだから・・私おかしくて帰り道もずっと黙ってたんだ・・ちょうど
このお店の窓で今七槻さんがしたみたいに蘭が自分の顔を映して見てそ
れで初めて気がついて・・私が笑いながら逃げたんで蘭が怒って追いか
けてきて・・」
「ふうん・・」
186 :
瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:14:37 ID:KVt14oXy0
つられて笑いながら、鏡張りになったショーウインドに顔を映して、
帽子を直した時、カチャと音がしてドアが開き、高木刑事が顔を出した。
「七槻さん、園子さん、どうしたんだい?」
「あれ?高木刑事・・蘭ちゃんの事件の聞き込みですか?」
「いや。僕は、蘭さんの事件じゃなくその前に起こった強盗の方を捜査
しているんだ。蘭さんが撃たれる少し前に、この裏の米花宝石店が強盗
に襲われたんだ。犯人が逃げた裏道に沿った店を一軒ずつ回って聞き込
みをしているところだよ」
「宝石強盗?蘭ちゃんが撃たれる少し前なら・・ちょうど蘭ちゃんたち
がこの辺を歩いていた時分だ・・園子ちゃん。その事件を見た?」
「ううん。全然知らなかった。そういえば蘭と別れた後で、パトカーと
何台もすれ違ったからそれかな?」
ふと、七槻は、気がついた。
「あれ・?そういえば高木刑事はどうして外にぼくたちがいることに気
がついたの?」
園子と高木刑事は、顔を見合わせてクスクス笑った。
「中へ入ればわかるよ」
マリンショップの店の中に入ると、鏡だと思った窓の内側から外は丸
見えだ。
「あ・・なんだ。マジックミラーなのか・・」
「そう・・中から見てるとみんな鏡だと知らないでああして顔を映した
りしていくから面白いの」
園子が、笑って指さす通り、確かに、次々と通る女性が、のぞき込み
化粧や服装を映してチエックしたり、おやじが、大口を開けて歯につ
まったカスを取ろうとしたり、内側から見えているとは気がつかない
でいる顔は、鏡の中にいるようで面白い。
「店に入ったことがない人はずっと気がつかないのよ。私は入ったこと
があるけど、蘭は知らなかったみたい」
「いらっしゃい。園子ちゃん」
日焼けした店員が親しげに園子たちに近づいてきた。
「あ・・大津さん。こんにちは」
187 :
瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:16:12 ID:KVt14oXy0
「園子ちゃんは、この店の常連なの?」
「うん。私はこの店でよくダイブの道具なんかを買うのよ。奥にいるのが
オーナーの飯田さんよ。ダイビングスクールもしているの」
奥で品物を整理していた太った中年の男が手を振った。その後ろで若い男
がダンボールを裏口から運び込んでいる。
「・・あれ?あの人は知らないなあ・・新しい店員さん?」
「あ・・一昨日入ったばかりの結城だよ・・おい。結城。こっちきて挨拶
しな」
「はい」
日焼けいていかにもマリンスポーツをやっていそうななかなかイケメンな
青年が笑顔で歩いてきた。
「どうも〜結城です。一昨日から入ったばかりなんでまだ慣れないんでよ
ろしくお願いします」
「うは〜イケメン〜!。あ・・あの・・バイトですか?大学生?おいくつ
ですか?」
「ちょっと、園子ちゃん・」
七槻は、園子の袖を引っ張った。
「あははは。僕もダイビングが大好きなんでオーナーに無理に頼み込んで
雇ってもらったんです」
「そうそう。うちは人は足りてるっていったんだけど、給料も格安でいい
っていうから根負けしちゃってね。よく働いてくれるんで助かってるよ。
ところで園子ちゃん。アイス食べるかい?」
飯田という太ったオーナーが、店の奥の大型冷蔵庫を開けた。中にぎっし
りアイスやらお菓子やらが入っている。
「太るからいらないわ。オーナー甘い物を取り過ぎよ」
「痛いこというねえ園子ちゃん。刑事さんもどうかね?」
太ったオーナーが大きなアイスを出して見せる。
188 :
瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:20:35 ID:KVt14oXy0
「あ・・いえ。勤務中ですので・・それでさっきの話ですけど、強盗のあった
時刻に何か見聞きしませんでしたか?たぶんこの裏口側の道を犯人は逃走した
と思うんですけど」
「いや・・その時分には俺と大津はたぶん飯を食いに出かけていたと思うよ。
結城が店番をしていたけどお前何か見たか?」
「いいえ。全然気がつきませんでした」
「高木刑事。その宝石強盗は蘭ちゃんの事件と何か関係はありそう?」
七槻は、オーナーの差し出すアイスを手で断りながら聞いた。
「いや。時刻は前後するし、強盗は蘭さんを撃った犯人と同様、拳銃を持っ
ていてフルフェイスのヘルメットと黒づくめの服装だから、我々ももしかし
て関係があるかとも思って当たってみたけど、犯人は、この裏口に面した裏
通りから押し入り、逃走しているから、表通りの毛利さんの事務所とは関係
ないし、蘭ちゃんとも関わりないから無関係だと思うよ」
「園子ちゃん。蘭ちゃんが、その事件に関わる何かを見たとかいうことはな
い?」
「ないと思うよ。もし見たならすぐ隣を歩いていた私も気がついたはずだも
の」
「そう・・そうだよね・・」
<そんな大変な事件なら気づかないはずがない。それにもし蘭ちゃんが逃
げる犯人とかを見たなら、園子ちゃんも見ているはず・・>
「あははは・・世界で一番美しいのお后様あなたです〜」
窓の前で商品を並べている結城の側に近づいてしきりに話しかけてじゃま
をしていた園子は、外で中年の女が、念入りに化粧をチエックしている前
に、舌を突き出して鏡の精のように笑った。
「ははは。笑っちゃ悪いよ園子ちゃん。俺も店員になってしばらくは裏口
からだけ出入りしてたから、気づかないで、どうして外の人がみんな変な
顔で窓をのぞき込むんだろうって不思議に思ってたんだから」
園子と結城が、仲良く話しているのをよくやく引き離した七槻は、外へ出て
高木刑事と別れて歩き出した。
189 :
瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:26:57 ID:KVt14oXy0
「昨日、園子ちゃんと蘭ちゃんが別行動をしたことはない?別々なお店に
入るとか」
毛利探偵事務所の前まで来て七槻は、尋ねた。
「ううん。話に夢中でつい蘭の家の前まで来ちゃってここで別れるまで
ずっと一緒だったよ」
「そうか・・」
<結局収穫なしか・・やっぱり毛利探偵への恨みか・・哀ちゃんを狙
ったのか?>
七槻と園子は、そのまま杯戸中央病院に直行した。
蘭は、依然として意識が戻らず集中治療室に入ったままだ。
園子が治療室の窓に張り付いて蘭の様子を見ている間、後ろに立った
七槻は、廊下の向こうにちらっと赤みがかった茶髪の少女の姿を見た。
すらりとしたその後ろ姿に深い孤独の陰が見える。
<蘭ちゃんが心配なくせに、ぼくたちを見て逃げたな・・それにして
もあの子何者なのか?・・コナン君と同じように精神は大人らしいけど
・・姉が射殺されたなんて普通の人の身に起こる事じゃない・・蘭ちゃん
が撃たれたのは自分のせいじゃないかと思っているみたいだし・・>
「な・・七槻さん!見た?今蘭が目を開けたようだったけど!」
不意に背後で園子ちゃんが、叫んだ。
「え?」
あわてて治療室のドアに近づいたが、二人並んで覗くほど広くはない。
「見たでしょう?」
「あ・・いや・・園子ちゃんが見ていたんでぼくは後ろで待っていたから
・・・・あ!」
不意に七槻は、叫んだので園子ちゃんが不審そうに振り向いた。
「何?どうしたの?」
「そうか・・・そういうことだったのか・・」
七槻は、治療室の窓を見つめてつぶやいた。
190 :
瀕死の天使3:2009/12/30(水) 18:06:32 ID:KVt14oXy0
事件篇はここまで、解決篇は来年。
数日後、深夜のマリンショップ。
カタリと音がして、裏口のドアが開き、男の影が中に滑り込んだ。
男は、しばらく中の様子を見ていたが、カチッと懐中電灯を点けて静か
に動き出し、冷蔵庫の前に立った。
男は、ショップの奥の冷蔵庫を開け、中にぎっしりと詰まった食料品を
乱暴に床に投げ捨て、奥に手を入れた。
しかし、目当ての物は見つからないらしく、しばらく手探りしていたが、
更に中の物を掻き出すと顔を突っ込んで何かを探し始めた。
必死に冷蔵庫の中をガサガサとさぐる男の背後から、不意に冷たく鋭い
声がした。
「残念だったね。結城さん。そこにはもう拳銃も宝石もないよ」
「だ・・誰だ!」
はっと振り向いた結城の前に、七槻は、ショップの棚の陰からすっと出
て来た。手に拳銃と宝石を入れた袋を握って。
「ここだよ・・・。覚えておくんだね・・物を隠すのに、冷蔵庫の中と
汚れた洗濯物の中は禁物だってね・・どちらも泥棒も警察も最初に探す
場所だからね」
七槻は、拳銃をまっすぐ結城に向けてかまえながら歩み寄る。
「き・・君はこの前来た子・・な・・なんの話だか・わ・・わからないよ」
「病院で気がついたんだ。あの日の帰り道、蘭ちゃんだけが見ていて園子
ちゃんは見ていないものはここの窓だけだってね。蘭ちゃんは、外の鏡に
自分を映しただけだけど、あなたは自分を見られたと思ったんだ。強盗を
したばかりの自分の姿をね」
七槻が、壁のスイッチに手をやり、パッと明かりがつくと、新入りの店員
の結城がたちすくんでいた。
「この店にいる三人の中で、大津さんと飯田さんは、もう何年も勤めているから、
外のショーウインドウがマジックミラーだということを知っている。でも強盗の
ために事件の前日にこの店の店員になったばかりで、周囲の人に顔を見られない
よう、いつも裏口から出入りしていたあなただけは、あの窓がマジックミラーだ
ということをまだ知らなかった。あの日、あなたは、一人で店番をしているすき
に、裏口から出て強盗を働き急いで店に戻りヘルメットを取った。その瞬間、偶
然蘭ちゃんが外で顔を映すために窓をのぞき込んだ。彼女は髪にずっとクラッカー
の紙がついていたのを見て驚いて、怒って園子ちゃんの後を追いかけた。でも中
のあなたの目には、蘭ちゃんが、店の中をのぞき込みヘルメットを脱いだあなた
の顔と銃を見て驚いて逃げ出したように見えたんだ。だからあなたは、ヘルメット
をかぶり直し拳銃を持って蘭ちゃんの後を追って毛利探偵事務所に入った。探偵事
務所の看板にも驚いたあなたは、自分のことを話される前に口を封じなければなら
ないとあせって、部屋に入りすぐに蘭ちゃんを撃って逃げた。付近はまだ宝石強盗
の捜査の警官が多い。手配されたヘルメット姿で拳銃を握ったまま表通りを歩くわ
けにはいかない。裏道を通り、逃げ込める場所はここしかない。あなたは、またここ
に逃げ込み、拳銃を宝石同様冷蔵庫の中に隠した」
カシャッと鋭い音を立て、七槻は、銃のスライドを引き初弾をチェンバーに送り込む。
「すぐ姿を消さずここで働き続けているということは、宝石と拳銃は、
この店のどこかにまだあるっていうこと。ショップが開店している日だと、
オーナーたちやお客がいるからうっかり銃を取り出せない。絶対に事件後、
最初の休日の今日、この宝石と一緒に取りに来ると思っていたよ」
七槻は、結城の足元に宝石の入った袋を投げた。結城は、きょろきょろと
逃げ場を探しながらじりじりと後ずさった。
「でもぼくの目の前で蘭ちゃんを撃ったのは失敗だったね・・蘭ちゃんを
手当てしながら誓ったんだ。天使を襲った悪魔は必ずぼくが自分の手で始
末するとね・・初めてわかったよ・・凶悪犯が一人殺すのも二人殺すのも
一緒だとよく言う気持ちが・・時津を殺したとき感じていたんだ。ぼくは、
自分の中の良心という安全装置を自分で外してしまったってね」
七槻の目が青白く殺気を放って光る。激しい殺意が陽炎のように立ち上る。
七槻は、ゆっくりと結城に近づきながらカチリと指先で拳銃の安全装置を外す。
結城は、壁際に追い詰められずるずるとへたりこんだ。
「あ・ああ・・・」
「悪いけど、ぼくは、殺人で前科一犯、人を殺すことをためらう良心なんかと
っくの昔になくしている。憎い敵を殺す快感は知っているけどね」
殺戮への期待の笑みを押さえきれない。腰を抜かした結城にむかって水平に銃を
構えてじりじりと近づいていく。
「良いことを教えてあげるよ。・・確実に相手を絶命させたければ、蘭ちゃんの
ように生き残る可能性のある胸ではなく、額を打ち抜くこと・・五十四式拳銃つ
まりトカレフの初速は、秒速約420メートル、威力の強い事で有名だ。脳みそ
を全部その後ろの壁にぶちまける無様な死に様をさらさせてあげよう・・天使を
傷つけた報いを感じさせる時間もないのが残念だけどね・・何か言い残すことは?」
結城までの距離は2メートル。七槻は、両足を開きしっかりと左手で右手
を支え、結城の目を見つめながら額に狙いを定めた。銃口はぴたりと静止
し微動だにしない。
「た・・たすけてくれ!」
「弁明はあの世で神様にしなさい」
<服部君、白鳥君ごめん。せっかくの努力を無駄にするけど刑務所に逆戻り。
仮釈放中の再犯だから、よくて懲役20年、悪ければ無期懲役かな・・>
ちらっとそんなことを考え、引き金を絞った瞬間。
目の前に手を広げた蘭ちゃんが浮かんだ。哀ちゃんをかばった時の記憶だ。
<蘭ちゃん・・・蘭ちゃんは、あの時哀ちゃんをかばうために両手を広
げて銃口の前に立ちふさがった。ドラマや小説ならできるけど、目の前に
本物の銃口があったら・・よほどの人間でもできない・・蘭ちゃんは、後ろ
にいるのが哀ちゃんでなくとも、コナン君でも、他の誰でも同じようにした
だろう・・なんて勇気があるんだ。今、蘭ちゃんがここにいたら・・>
<七槻さん!やめて!そんなことで自分を汚さないで!>
幻想の蘭ちゃんがはっきりと叫んだ。
<蘭ちゃん・・・>
殺意は不思議なほどきれいに消えていた。
七槻は、静かに銃を下ろした。
「うわ〜!!」
七槻が銃を下ろすのを見て、叫び声をあげながら、結城が、襲いかか
ってきた。ぶざまに突き出される腕を身体を開いてかわした七槻は、
持ち替えた拳銃の台尻でガンッ!と後頭部を殴りつけた。結城は、声も
なくその場に崩れ落ちた。
「蘭ちゃん・・君が止めてくれたんだね・・・」
のびた結城を見下ろしながら七槻はつぶやいた。突然後ろのドアが開
き数人の足音が走り込んでくる。
「やっぱり、ここだったか・・大丈夫?七槻おねえさん!」
叫びながらコナン君と高木刑事が、走ってきた。
「うん・・コナン君も来ると思っていたよ・・」
七槻が、拳銃に安全装置をかけマガジンを抜き、宝石の袋の横の床
に置いてコナンに微笑みかけた時、
「コナン君!病院の毛利さんから電話だ!蘭さんの容体が変わった
からすぐに来るようにって!」
後から駆けつけて結城を確保しながら高木刑事が叫んだ。
「え?!」
心臓を締め付けられるような不安を感じてコナンと七槻は、走り出した。
病院の待合室。コナンたちが息を切らして駆け込んでいくと、毛利
探偵たちが集まっている。
「おじさん!蘭は?・・蘭ねえちゃんは?」
「おお!待ってたぞ!今先生から話があって蘭の意識が戻ったそうだ。
もう心配はいらないそうだ!」
「え・ええ・・ほ・・本当?・・よ・・よかった・て・てっきり・・」
全速力で走ってきた疲れと、安堵で、コナンも七槻もその場にへたり
込んだ。
「少しの時間なら会えるそうだ」
「う・・うん」
しばらくして、白衣を着た毛利、妃、園子、コナン、哀、七槻は、
そっと集中治療室へ入った。
蘭は、まだチューブにつながれてベットに横たわっている。
血の気のない端正な顔と均整の取れた肢体は、まるで繊細な氷の彫刻の
ように見えた。
ベットを取り囲んだ人びとは、蘭の美しさに気圧されて黙り込んだ。酸素
マスクをして蒼白な蘭の表情は一見変化ない。
「ら・・蘭ねえちゃん?」
コナン君がおそるおそる声をかけると、ぴくっと蘭の手が動いた。
うっすらと目をあけた蘭は、周囲を取り囲む人びとを見て、その目が微笑
んだ。
「蘭!」
「蘭ねえちゃん!」
歓声を上げて蘭のベットを取り巻く人たちから一人離れて、病室の壁にも
たれながら七槻は、生まれて初めて静かに祈った。
<感謝いたします。神よ。皆の祈りをお聞きくださり、あなたの天使を
この地上にお留め下さったことを。あの時・・ぼくが罪を重ねることを
お止めくださったことを・・願わくは・・願わくは御手によってお導き
ください・・蘭ちゃんがいる高みにまで、いつの日かぼくもたどり着け
ますように・・・・・>
いつの間にか哀が七槻の前に立っている。
「あなたお祈りするのね。神様なんて信じているの?」
「いや・・それはわからないけど・・少なくとも天使は信じているよ。
目の前にふたりもいるからね」
「ふたり?」
哀は、不思議そうな顔で七槻を見上げた。七槻は微笑んでうなずいた。
「そう。ふたり」
瀕死の天使 終
197 :
名無しかわいいよ名無し:2010/03/06(土) 07:30:37 ID:/6EyUtp30
保守
198 :
名無しかわいいよ名無し:2010/03/20(土) 09:13:52 ID:oQ/FiJdX0
ほしゅ
199 :
名無しかわいいよ名無し:2010/04/02(金) 14:39:02 ID:zo4s2hPqO
こんだけいいキャラなのに一回限りの登場なのが悲しい
100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/04/11(日) 16:19:13.69 ID:0hG/JoCz0
うわぁ、みんな意外と知らないんだなぁ
そろそろ本編にも出ると思うけど、越水七槻は刑務所探偵として平次と連絡取りあうよ
だいたい年2回位出した言って青山いってたぜ
けっこう知ってると思ったんだけど…専用スレでも散々言われてなかったっけ?
どんなに辛くても、私が探偵であることに変わりはないもの、って台詞がナイス
201 :
名無しかわいいよ名無し:2010/04/11(日) 23:23:02 ID:fVsmoA6Y0
ええ?それほんと?刑務所探偵って・・・どんなの?
202 :
越水七槻最初の事件:2010/05/08(土) 19:17:36 ID:jBO56wYG0
その日、七槻とコナンは、病院の蘭を見舞った。医者はもう危険はないと
言っているが、胸を至近距離から撃たれたのだ。そんなにすぐに快復する
訳もなくコナンたちが、毎日見舞いに行っても、蘭は眠ったままの事も多
かった。その日も七槻たちが面会を許されたわずかな時間の間、蘭は昏々
と眠り続けついに目を開けることがなかった。
とうとう蘭と話も出来ないまま、七槻たちは暗い気持ちで帰りのバスに乗
った。
七槻は、バスの最後部にコナンと並んで座って車窓の外を流れる夕方の
町並みをぼんやり眺めていた。
「ねえ・・七槻おねえさん?」
不意に黙っていたコナンが話しかけてきた。
「何?コナン君?」
「あの・・・聞いてもいいかな?」
「何を?」
「おねえさんは・・どうして探偵になったの?」
「なぜ急にそんなことを?」
「いや・・別に・・ただ気になっただけ」
コナンはあわてたように言った。
「女のぼくが、蘭ちゃんを撃った犯人を君より少しはやく見つけたから?」
七槻は、ちらっと冷たい微笑を浮かべてコナン君を見た。
「あ・・いや・・あの時・・おねえさんは、拳銃を持ってたでしょう?・
あの・・もしかして・・」
「・・・うん・・ぼくは、結城を射殺するつもりだった・・君が来る直前までね」
「・・・・」
203 :
越水七槻最初の事件:2010/05/08(土) 19:19:44 ID:jBO56wYG0
「君の分類だと、ぼくは、探偵には向かないかっとしてすぐに人を殺すような
危ない人間・・かな?」
「でも殺さなかった・・」
「そうだね・・蘭ちゃんが止めてくれたから・・」
「蘭・・・蘭ねえちゃんが?」
コナン君が不思議そうに見上げた。
「うん・・蘭ちゃんが止めてくれたんだ・・あの島でも言ったけど・・ぼくは
もう少しはやく君たちと出会いたかった・・そうすれば・・ぼくの人生はだい
ぶ違った物になったかもね・」
沈黙が落ちた。少ししてコナンがためらいがちに口を開いた。
「あの・・新一にいちゃんが前に言っていたんだ・・犯罪のトリックは考えれ
ば論理的な答えが出るもんだが犯罪の動機は何度聞かされても理解できない。
理解できても納得がいかないんだって・・」
「・・・そう・・工藤君には会ったことがないけど、本当にそう言ったのなら
・・彼は幸福な人だね・・いや不幸かな・・」
「不幸?」
「論理的で優れた頭脳の持ち主かも知れないけど本当に人を愛したことはないのかもね」
「そうかな?」
204 :
越水七槻最初の事件:2010/05/08(土) 19:21:49 ID:jBO56wYG0
「もし・・・蘭ちゃんが・・・」
七槻は、少しためらってから口に出した。
「もし蘭ちゃんがこの上なく残酷な方法で辱められて殺されたら・・
そしてその犯人が目の前で後悔することもなく自慢げにそれをひけら
かしていたら・・それでも工藤君は殺意というものを理解できないだ
ろうか?・・もしそうなら彼は人格的にどこか欠陥があるか・・・
あるいは本当は蘭ちゃんを愛していないかどちらかだ・・ワトソンが
撃たれた時ホームズでさえ犯人に言ったじゃないか・・もしワトソン君
が死んでいたら私は・・・」
「お前を生かしておかなかったぞ・・」
コナンがつぶやくと七槻はうなずいた。
「それは本当の言葉だよ。ワトソンが死んでいたらホームズは間違いなく
相手を射殺していたと思う」
「いや・・僕はそうは思わない・・ホームズは引き金を引かなかったと思う」
一瞬、コナンと七槻の冷たい視線が交錯した。
七槻は、さりげなく視線を車窓の外に移して話し始めた。
「質問に答えていなかったね・・探偵になった動機か・・あれは、ぼくが
高校生の時のことだよ・・」
205 :
越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 15:23:57 ID:M2guC3pq0
「え?・・・ぼくに依頼?・・なんのこと?」
ブラウン神父の小説から目をあげて凛とした美少年のような美貌の少女は、
目の前の同じ南九州女子学院の制服の少女を見上げた。違うクラスだが何度
か廊下や校庭で見かけた同じ学年の清楚でおとなしい感じの美少女だ。
「「君はたしか・・・・、2年桃組の・・」
「ええ・・水口香奈です。あなたが越水七槻さんでしょう?このクラスの友
達に聞いたんです。この前無くなった積立金の事件とか、匿名の中傷メール
の事件とかみんなあっという間に解決した名探偵だって・・だからあつかま
しいとは思ったんですけど、調べてほしいことがあるんです・・・」
「別にたいしたことじゃないよ。論理的に考えればすぐわかることを指摘し
ただけさ・・でもぼくに依頼ってどんなこと?」
「実は・・私の物が最近頻繁に無くなるの」
「盗難なら先生に届けたほうがいいよ」
「盗難っていうようなものじゃないの・・無くなったのは私の鉛筆とか・・
定規とか・・雑巾とか・・」
206 :
越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 15:25:56 ID:M2guC3pq0
パタンと本を閉じて七槻はうんざりした顔で言った。
「やれやれ・・最近なぜかみんなその手の話をぼくにもってくるけど、ぼくは
捜し物係じゃないんだからね。・・君の勘違いじゃない?きっと教室のどこか
に落ちてるよ」
「ううん・・自分で言うのもなんだけど私物は大事にする性格なの・・いまま
で一度も無くし物なんかしたことがないんです。それがここ1ヶ月くらいの間
でちょくちょく・・確かにしまっておいた物が無くなるの」
「悪いけど・・君・・いじめにあってるじゃない?・・それも先生に相談した
方がいいよ」
「そんなことないわ・・私のクラスではいじめなんて全然ないもの」
「盗癖っていう病気の人もいるよ・・物がなくなるのはクラスの中で君だけ?」
「ええ私だけ」
「それで無くなった物って・・どんなもの?」
「ええと・・ちびた鉛筆でしょう・・鉛筆キヤップ・・割れた三角定規、つか
いかけの消しゴム、汚れた雑巾、家庭科で失敗して布巾にしてた刺繍、もう書
けなくなったボールペン、切れなくなったハサミ・・」
七槻は、あきれてカバンを机の上に置くと帰り支度を始めた。
「それでぼくにどうしろっていうの?無くなった消しゴムを探し出せと?」
207 :
越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 15:41:29 ID:M2guC3pq0
「ごめんなさい・怒った?・・いきなりこんなこと迷惑だとは思うけど・・
先生に話したけどいたずらだろうって笑って取りあってくれなかったし、
私はただ、誰がなんでこんな事をしているのかが・・知りたいだけなの」
「それは先生の言うとおりたぶん誰かのいたずらだと思うよ。大事な物、
高価な物には手を出さないようだし、あまり気にしないでいればいいん
じゃない?」
「でもどうしてそんなことをするのかわからないのよ。たしかに無くな
ったものはみんなたいした物じゃないけど、私の周りだけで起こるのは
気味が悪いし・・昨日は、蛍光灯まで・・」
面倒くさそうに乱暴に教科書をカバンに入れていた七槻の手が止まった。
「え?蛍光灯?君、学校に蛍光灯を持ってきてたの?」
「あ・・いえ。私整美委員なの。だから昨日教室の蛍光灯が切れたんで、
交換して後で捨てるつもりで放課後まで自分のイスの足下に置いておいた
のが・・・気がつくと無くなっていたの」
七槻は、自分の頭の上を見上げた。天井に教室用のかなり長い蛍光灯が
並んでいる。
「君の教室もこれと同じ蛍光灯だよね」
「ええ・・まったく同じものよ」
208 :
越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 16:01:06 ID:M2guC3pq0
つられて天井を見上げながら香奈が答えた。
「その時も勿論すぐに探したよね」
「ええ。でも誰も知らないって」
「ゴミ捨て場は?」
「誰かが捨ててくれたのかと思って調べたけどなかったわ」
七槻は、自分の天然茶髪の髪に指をからませながらじっと
天井の蛍光灯を見つめた。
<おかしい・他のものは簡単にポケットに入るけど、あんな
長い蛍光灯はカバンにも入らないし、かかえていれば目立つ
から誰かが見ているはず。簡単に隠せるものでもないし、そ
もそも切れた蛍光灯なんて誰も必要ない。・・万一必要だった
としても彼女が捨てた後でゴミ捨て場から回収すればいい。消
えた他の物は、誰かがいたずらか意地悪をして盗ったとしても、
元々捨てるはずのそんなもの盗る意味がない>
「 越水さん?」
考え込む七槻の顔を少女が不思議そうにのぞき込んだ。
「え?ああ・・わかった。調べてみるよ。でも他のクラスのぼく
がいきなり行くと不審に思われるから、しばらく時間を置いて君
のクラスのみんなが帰ったら、もう一度呼びに来て。ここで待っ
ているから」
「わかったわ。本当にありがとう。じゃ。後で」
笑顔で手を振って出て行く少女を見送って、七槻はため息をついた。
「やれやれ・・消えた鉛筆事件ってか・・」
209 :
越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 18:05:27 ID:nXdsmVb40
香奈に案内されて無人になった2年桃組の教室に入ると、七槻は慎重に
周りを見回した。構造は七槻の教室と同じだがクラスが変わると、どこ
か匂いや雰囲気が違うものだ。
「君の机は?」
「ここよ」
香奈が、窓際の机を指さした。七槻は、イスを引いて香奈の席に座った。
「机の中を見てもいい?」
「ええ」
七槻が覗くと、机の中には学校指定の国語と英語の辞書だけが入っている。
「普段から何も入れていなかったの?」
「ううん。物が無くなるようになって気味が悪いから辞書以外はみんな持
ち帰るようにしてるけど、それまでは、ノートとか文庫本とかハンカチと
か色々入れていたわ」
七槻はついでに隣の机もちらっと覗いた。やはり辞書だけが入っている。
「隣の席はどんな子?」
「クラス委員の五十嵐友紀子ちゃんよ」
「ああ・・知ってる。いつも成績学年トップの五十嵐さんね・・仲はいい?」
「もちろん。友紀子とは友達よ」
210 :
越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 18:11:36 ID:nXdsmVb40
「そう・・」
跪いてきれいに掃除された床を調べてから、机の上を見た。いじめなどがある
と机の上に落書きなどされることが多いが、落書きなどひとつもない。七槻は
、机の脇にかけられた学校指定のバックを手に取った。
「確かに物を大切にするんだね。3つ上のお姉さんのお古のバックを大事に使
ってるようだし?」
「あれ?どうして私に3つ上の姉がいることを知っているの?」
「簡単だよ。このバックは、2年生の物としてはかなりくたびれてる。誰か
のお古だね。でもネームは水口と書かれて書き直されていない。タグに3年
前の製造年が入っているよ。お姉さんが1つ上なら3年生でまだバックが必
要、2つ上だと君が1年生になるからバックは二つ必要。だから3つ上」
「すごいわ!越水さん!噂通りシャーロック・ホームズみたい!」
パチパチと手を叩いて素直に憧れの目で見つめる美少女に、七槻は赤くなった。
「あ・な・・七槻でいいよ。・いや・・たいしたことじゃないよ・それより、
物が無くなりはじめた時からのことを順々に話してみて」
「じゃあ私のことも香奈と呼んで・・ええと・・最初に気がついたのは、一ヶ
月前、中間テストの最終日のことよ」
「英語の試験だね・・あのじいさん先生、よぼよぼの講師のくせにやたらむず
かしい問題を出して、ぼくも散々だったよ」
「あはは・そうね。おまけに試験監督が急病で、おじいさん先生から急に飯
山先生に代わってみんな真っ青だったわ」
211 :
越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 19:05:29 ID:nXdsmVb40
「ええ?あの鬼ババに?ひさ〜ん。あの鬼ババは、誰彼なくカンニングをすると
思ってて、しつこく調べるでしょう?ぼくなんて、身体検査で教室の中でショーツ
一枚にされそうになったよ」
「う・うそ・・・うちのクラスではそこまではいかなかったけど、始まる前にしつ
こく持ち物検査とかされたわ・・ほんとにいやな先生ね」
「それで?最初に無くなった物は何?」
「ええ・・それで、試験が終わって答案を出して・・席に戻って片付けようとして、
ふと気がついたら使ってた鉛筆がないのよ」
「高価な鉛筆?」
「いいえ。普通の安物だし、もう半分以上削って短くなったものよ。入学祝いにも
らった高いボールペンはちゃんとあるのに・・」
「それから?」
「どこかに落ちたのかと思って隣の席の友紀子と床を調べたけど無くて・・あきら
めて帰ろうとして、ふと見たら今度は鉛筆キヤップまでないの」
「その時・・この席の周りには人が大勢いた?」
「ええ・・試験が終わって、帰るときだったから、みんなこの辺をドタドタ歩き回
っていたわ」
「何か。不審な行動をする人とかは?」
「その時は、どこかに落としたとばっかり思ってたから・・気がつかなかった」
「それでその後は・・?」
212 :
越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 19:40:05 ID:nXdsmVb40
「それからなの。いろんな物が無くなり始めたのは・・使い切って捨てようと
思ってたボールペンとか、使いかけの消しゴム、割れて机に入れっぱなしにし
ていた三角定規。机にかけておいた雑巾、もう切れなくなって裁縫箱に入れて
置いたハサミ。家庭科で失敗して布巾にしてた刺繍の布・どれもいらないもの
ばかりだけど・・ほんのちょっとした隙に無くなるのよ・だいたい2・3日お
きに・・」
「持ち物には注意していたの?」
「勿論よ・・でも体育を終わって帰ってきてみたらなかったり、本当にちょっ
と注意がそらした時に無くなるのよ・・いつも持ち物全部に注意していることも
できないでしょう?大事な物や高価な物はそのままになっているから・・よけい
に気味が悪いの・・なんでこんなことをするのか。わからないわ。無くなった物
になにか関連があるかずっと考えてるんだけど・・・わからないわ」
香奈は、かわいい顔を曇らせてうつむいた。
「クラスのみんなはなんと言っている?」
「最初はみんなで探してくれたりしてたけど・・無くなったものがガラクタばか
りだから・・最近はまたかって感じでクラス委員の友紀子以外は、真剣に取りあ
ってくれないの」
「そう・・それで昨日は蛍光灯まで無くなった?」
「一昨日から一本切れていて・・私が整美委員なので、用務員室から換えをもら
ってきて机の上に乗って取り替えて空箱に切れたほうをいれて放課後捨てようと
思って足元に置いておいたの・・それで掃除を終わって職員室に日誌を届けて戻
ると・・」
「無くなっていた?」
213 :
越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 20:06:10 ID:nXdsmVb40
「あわてて外へ探しに出たの。あんな長いもの誰かが持ってたらすぐにわかる
でしょう?でも見つからなくて・・念のためゴミ捨て場を確認してから教室に
戻ったわ」
「それで教室の中は調べたの?」
「ええ・・それで友紀子に相談したら・・友紀子がこの際徹底的に探そうと
いってくれて、今朝ふたりで教室の中を隅々まで調べたの、友紀子が呼びか
けてくれて、先生やみんなの許可をもらって教卓の中からみんなの机の中や
カバンの中まで・・でも何もなかったわ」
「へえ・・五十嵐さんって冷たい優等生っていう感じだけど意外と親切なん
だね」
「ええ・・私も最初はとっつきにくいと思ってたけど、この無くし物騒動で
いつも親切に相談に乗ってくれるし・・一緒に捜し物をしてるとなんとなく
仲良くなって。彼女最近お母さんが病気で、看病や家事で大変らしいんです
けど成績はあいかわらずトップだし・・きまじめな性格だから、なんでも完
璧でないと気が済まないみたい・・」
「ふうん」
214 :
越水七槻最初の事件件4:2010/05/14(金) 14:26:02 ID:6ZCn5Gke0
友紀子への軽い嫉妬のようなものを自分の心の中に感じた七槻は、
戸惑って立ち上がり一通り教室の中を調べた。物を隠す所といっても、
掃除用具のロッカーか個人の荷物を置く棚くらいしかない。
「全員の机の中も調べたんだね」
「ええ・・みんなのカバンの中まで見せてもらったわ・・私はそんな
ことまでしないで・・って言ったんだけどむしろ友紀子が意地になって・・」
「私がどうかしたって?」
突然ガラッとドアが開いて度の強いメガネをかけて髪を短くおかっぱにした
少女が入ってきた。小柄な七槻や、香奈よりも更に背が低くずんぐりむっくり
した体型だ。
「あ・・友紀子・・どうしたの?お母さんの看病は?」
「今日は叔母さんが来てくれているのよ。香奈が気になって・・それよりこの
子は誰?ここで何をしてるの?」
「2年桜組の越水七槻さんよ。ほら知ってるでしょう?最近いろんな事件を解
決したって噂の・・」
「そんなこと知らないわ・・桜組の生徒が桃組で何をしてるの?」
215 :
越水七槻最初の事件件4:2010/05/14(金) 14:27:03 ID:6ZCn5Gke0
「あの・・例の私の物がなくなる事件を調べてもらおうと思って・・」
「こんにちは。五十嵐さん」
落ち着いた微笑を浮かべて七槻はペコリと頭を下げた。
「調べるって・・ふたりで今朝徹底的に探したじゃない・・これ以上ど
う探すって言うの?」
七槻を無視して、友紀子は香奈に迫った。
「まあまあ・・こういう時は、全然違うクラスのぼくの方が、新鮮な目
で何か見つかるかもしれないよ・・」
「今言ったでしょう?私と香奈でこの部屋は徹底的に調べたって・・私
は香奈の勘違いだと思うけど・・もし誰かが盗んだとしてもそれは他の
クラスの子のしわざよ!」
顔を真っ赤にして怒る友紀子を無視して七槻は、天井を見上げた。並んだ
蛍光灯の一本が真新しい。
「交換した蛍光灯っていうのはあれだね・・」
「そうよ」
七槻は、ふともう一度視線を友紀子に向けて、謎めいて小さく笑った。
「そうかもしれないけど・・ともかく5分だけぼくをひとりにさせてく
れないかな・・そうしたら面白い物を見せられると思うよ。ふたりとも
ちょっと廊下に出ていてくれない?すぐにすむから」
七槻は、静かな表情でふたりを見つめた。
「そ・・それはいいけど・・・確かに友紀子の言うとおりこの教室は調
べ尽くしたと思うわよ」
渋る友紀子の腕をつかんで廊下に出ながら香奈も不審そうに七槻を見た。
「ともかく言うとおりにして・・いいというまでは覗かないでね」
ウインクして七槻は、2年桃組のドアを閉めた。
216 :
越水七槻最初の事件4:2010/05/14(金) 14:41:40 ID:6ZCn5Gke0
「いったいどういうつもりなのかしら・・あの子。この教室は私とあなたで隅
々まで探したと言ったのに・・これ以上どこを探すっていうの?探偵ごっこに
つきあうほど私暇じゃないわ。あんまり時間がかかるなら先に帰らせてもらうわ!」
「え・ええ・・ごめんなさい。でも・・少し待ってよ。友紀子」
しかし、廊下の香奈と友紀子は、それほど待たされることはなかった。五分ほどして
ガラッと教室のドアが開いて七槻が、笑顔を出した。
「おまたせ。さあ。どうぞ」
「え・ええ・・?」
七槻に誘われて教室に入った香奈と友紀子は、同時に驚きの声を上げた。
「え?!」
「あ!」
香奈の机の上に、ずらりと置かれた物。それはさきほどはなかったものだった。
ちびた鉛筆、インクの切れたボールペン、使いかけの消しゴム、鉛筆キヤップ、割れた
三角定規、汚れた雑巾、切れないハサミ、切れた蛍光灯、失敗した刺繍。
「ど・・どこからこれを?・・わ・・私たち教室中を探したのよ。ロッカーの後ろまで
・・一体どこにあったの?」
机の上に置かれた物を手に取りながら香奈と友紀子は、呆然と七槻を見つめて叫んだ。
217 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 15:50:46 ID:sCT/l83Z0
ニコニコ笑いながら七槻は、ピョンとお行儀悪く香奈の隣の友紀子の机の上に
座ると、にらみつける友紀子を無視して話し始めた。
「最初、香奈から話を聞いた時は、ぼくも皆と同じに誰かのいたずらか、いじ
めかなにかだと思った。でも最後に蛍光灯が消えたと聞いて、変だと思ったん
だ。蛍光灯は元々香奈のものでもないし、使いようもない。第一他の物と違って
そんなもの持っていたらすぐに周囲の人にわかってしまう。それに香奈が教室を
留守にしていたのはそんなに長い時間じゃない。そしてすぐに蛍光灯がないのに
気がついて探し始めたのだから、遠くに持ち出すことはできない。つまりこの教
室の中から出ていないということさ」
「そんなはずはないわ。私たち今朝みんなの机の中まで徹底的に探したのよ」
「それは、今朝の話でしょう?無くなった物はその前に犯人の手で移動したのよ」
「移動した?」
「まずは、順序立てて話すわね。無くなったものを順に並べると、ちびた鉛筆、
鉛筆キヤップ、インクの切れたボールペン、使いかけの消しゴム、割れた三角
定規、汚れた雑巾、切れないハサミ、失敗した刺繍・切れた蛍光灯の順になる。
さてこれには何の意味がある?・・」
「わからないよ・・盗っても役に立たないということ以外、なんの共通点もな
いようにしか見えないけど」
218 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 16:11:38 ID:sCT/l83Z0
「そう。それが正解。なんの関係もないのさ。唯一共通している事は無くなっても
誰も気にしない物だと言うこと・・大切な物、高価な物が無くなれば騒ぎになって
先生にも報告することになる。でもこんなものじゃ先生に言っても真剣に取りあっ
てはもらえない。でも次々と身の回りの物がなくなる君にしてみれば気になって仕方ない」
「うん。そうだね・・」
「そうすると、色々な物が無くなったと言うことだけが強調されてさっきのように無く
なった物の共通点だけをあれこれ考えるようになるでしょう?」
「どういう意味?」
「推理マニアには有名な言葉があるんだ。木の葉を隠すなら森の中・・ってね。つまり同じ
ような物の中に紛れさせることこそが何かを隠す最善の策ということさ」
「つまり、無くなった物の中になにかが隠してあると言うこと?」
「そう。犯人が本当に隠す必要があった物はたった一つだけなんだ」
「は・・犯人って・・・でもこの中に本当に隠す必要がある物なんて・・あるの?」
「よ〜く考えて見て・・無くなった物の中でひとつだけ仲間はずれがあるよ」
「・・・・わからないわ・・」
「鉛筆、ボールペン、消しゴム、鉛筆キヤップ、三角定規、雑巾、ハサミ、刺繍・蛍光灯・
無くなったこれらの物で唯一それ単独では使えないものは?・・」
「ええと・・鉛筆キヤップ?」
七槻は、冷たい微笑を浮かべて手を伸ばし香奈の机の上の鉛筆キヤップをつまみ上げた。
「そう。犯人の目的は最初から鉛筆キヤップだけだったけど、後で次々無くなったものが
あったからそれがまぎれてしまったのよ」
「違うわ。最初に無くなったのは鉛筆、それからキャップの順よ」
七槻は、笑ってうなずいた。
219 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 16:31:44 ID:sCT/l83Z0
「わかってるよ。だから犯人の目的がわかったんだ。最初から鉛筆キヤップを
隠すことが目的だったってね」
「ええ?さっぱりわからない・・」
「では、どうして鉛筆キヤップは単独では使えない?」
「当たり前じゃない。鉛筆につけるものなんだから」
「そうキヤップは鉛筆を入れるもの・・つまりこの中で唯一中に何か入れる
ことができる物とも言えるわね」
七槻は、自分のスカートのポケットからソーイングセットを出すと、針をも
って鉛筆キヤップの中をのぞき込み、慎重に奥に丸めて押し込まれていた物を引っ張り出した。
「あ!」
細く丸められたその小さな紙をそっと机の上に置いて広げた。びっしりと英単語が書かれている。
「これって・・・まさか・・」
「いろんな物がなくなり始めた時は、ちょうど英語の試験があった日からだよね・・」
「カ・・カンニングペーパー?・・でも・・誰が?」
「推理の必要はないよね・・教室の中で誰にも見られず香奈の物の中に何かを隠せるの
はすぐ隣の席にいる人しかいない・・つまり・・」
「ま・・・まさか?」
香奈は、はっとして友紀子を振り返った。友紀子は蒼白な顔で立ちすくんでいる。
「この筆跡を、あなたのノートのものと比べてもいいんですよ。友紀子さん。最初から
常識で考えれば、隣の席のあなたが一番疑わしいけど、優等生でクラス委員、香奈とも
仲の良いあなたがなぜそんなことをするのか、動機がわからなかった。盗癖があるなら、
香奈のものだけでなく他の人のものも無くなるはず。だからぼくは、やっぱり盗られた
ものの中にどうしても必要なものがあったと推理した。・・・でも無くなった物自体は
どう考えてもいらない物ばかり、だとすれば、その中に何か大切なものが入れてあったん
じゃないか・・・そう考えればすぐに答えは出るよ。試験の日に隠すものといえば一つ
しかない」
220 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 17:10:55 ID:sCT/l83Z0
七槻は、カンニングペーパーを友紀子に突きつけた。
「最近お母さんのお病気で忙しかったあなたは、連続学年トップの成績があぶ
なくなってきていた。最後の試験は、英語。あのよぼよぼで近眼の講師の先生
の試験だから、カンニングはわりと簡単だ。あなたは、つい魔が差してこのペ
ーパーを用意した。ところが、試験監督が交代していつもの講師の先生ではな
くカンニングを見つけることに情熱を燃やす鬼より怖い鬼ばば・・じゃない飯
山先生が来てしまった。飯山先生は試験前に徹底的に生徒の身体検査までする
先生。あわてたあなたはとっさに持っていたカンニングペーパーを丸めて、席
を立った隙に、隣の席の香奈の鉛筆キヤップに押し込んで隠した。香奈は何も
知らずそれを筆箱ごとカバンにしまったから見つからない。でも試験が終わり
、香奈が鉛筆にキヤップをしようとすれば、中の紙に気がついてしまう。だか
らそうさせないように、なにより最初に香奈の鉛筆を隠し、それからいっしょ
鉛筆を探すふりをしてキヤップを隠したんだ。ところが、普通の子ならそんな
ものが無くなってもあまり気にしないけど、物を大切にする香奈は、いつまで
も気にして探している。良心の呵責であなたは、だんだんいらいらしてきて今
度は手当たり次第香奈の周りの細かいものを隠して、なんとか最初のキヤップ
をごまかそうとした。でも根がまじめなあなたは、香奈から盗ったものを学校
の外に持ち出してこっそり捨てることもできない。香奈は整美委員だから、校
内のゴミ箱に捨てれは、ゴミ捨て場に集められた時見つけてしまうかもしれな
い。香奈が探し回っていた間ずっと無くなった物はすぐ隣にあったんだよ」
「で・・でも今朝友紀子の机の中もカバンも調べたけどなかったわ。いったい
どこにあったの?それに・・それに隣だからって友紀子がしたと断言できない
でしょう?」
「うん。でも五十嵐さんに会って確信したんだ。というより彼女の身長を見てね」
221 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 17:54:40 ID:sCT/l83Z0
「身長?」
「無くなった物の中で蛍光灯だけが違和感があるでしょう?。だからどこに隠
したかわかったんだ。友紀子さん。あなたは、自分の机かカバンの中にだんだ
んたまってきたものの処分に困った。それに香奈はすぐ隣の席なんだから何か
の拍子に見つからないとも限らない。そこにちょうど教室の蛍光灯が切れて、
香奈が交換するのを見ていたあなたは、天井に開けられる部分があるのを見つけ
て天井裏に隠すことを思いついた。でも香奈がいなくなった隙に机に乗ったはいいが、
香奈よりずっと背の低いあなたでは、天井まで手が届かない。なにか天井板を持ち上
げるものがいる・・・だから・・」
七槻は、机の上の蛍光灯を持つと座っていた友紀子の机の上に立ち上がり、それでぐ
いと天井板を持ち上げた。
「こうやって蛍光灯を使ったんだ。長い蛍光灯を誰にも見られず持ち出すことはでき
ない。必ず教室にあるはず。教室の内側にないなら・・後は床下か天井以外隠し場所
はないよね。床には蓋がないから残るは天井と言うことになる。普通の身長のぼくなら
無理して背伸びすれば板に手が届く・・押したとたんにドサドサッとなくした物が落ちてきたよ」
七槻が、蛍光灯を下げるとパタンと板が落ちてきた。
「盗ったものを天井裏に隠してついでに使った蛍光灯も放り込んだ。後は校舎の工事でもない限
り見つからないし、将来見つかってもこんなものじゃ誰かのいたずらということで別に騒ぎにもな
らない。安心したあなたは、香奈を誘って教室中をくまなく探させあきらめさせようとした。いく
らなんでも天井裏までは見られる心配はない。香奈にしてみれば一緒に熱心に探してくれている友
紀子さんが犯人とは夢にも思わないしね・・・」
222 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 18:05:28 ID:sCT/l83Z0
七槻は、机から飛び降りて蒼白の友紀子に迫った。
「盗んだものはがらくたでもしたことは悪質だよ。隣で香奈が悩んでいるのを平気で
見ていたんだからね・・さっさとキヤップからペーパーを回収して返せばすむことだったじゃないか」
「・・・・・・」
「ゆ・・友紀子?・・なんで黙っているの?」
長い沈黙の後、友紀子は投げやりな口調で言った。
「そうするつもりだったわよ・・でもいつも香奈が側にいたし・
・放課後もすぐに母の看病や家事のために帰らなければならなかったから・・
隠したものを取り出すチャンスがなかったのよ・・それに・・」
友紀子は、ちらっと蒼白で自分を見つめる香奈を見てうつむいた。
「それに・・香奈が困っているのを見てだんだん面白くなってきたんでしょう?あんた最低だよ!」
「ち・・違うわ!面白くてしたんじゃない!・・」
「じゃあ。どうして盗る必要の無いものまで盗り続けたの?」
「わたし・・1年の時からなかなか友達ができなくて・・でも・・このことが
きっかけで・・香奈・が・・私を信頼して色々相談してくれるのが・・うれしくて
・・それに無くし物を一緒に探すことで香奈と・・親しくなれたことがうれしかったのよ
・・だ・だから・・」
友紀子は、泣き崩れた。
「犯人のくせに自作自演で香奈の物を盗んでおいて一方では親友を気取ってたわけね!」
七槻は、容赦ない声で責め立てた。
その時、
「やめて!もういいわ。すべて私の勘違いだったわ。無くなった物はみんな私がぼん
やりして自分で置き忘れたのよ。だから犯人ということばを使うのはもうやめて!」
不意にふたりの背後で鋭い声が響いた。
「香奈・・・」
驚いて七槻は、香奈を振り返った。
「わかっているの?もし試験の時飯山先生が、これを見つけていたら・・君がカンニ
ングをしたことにされていたんだよ」
223 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 20:01:42 ID:sCT/l83Z0
「わかっているわ・でもその時は、きっと友紀子は名乗り出てくれたと思う」
「香奈・・」
友紀子は、涙に濡れた顔を上げた。
「まさか・・人が良いにもほどがあるよ」
七槻は、苦笑したが、少女はきっぱりと首を振った。
「いいえ。私は、信じるわ。人を疑うより、信じてだまされた方がいいわ」
「・・・」
「七槻。ありがとう。真実を見つけてくれて。でも私愚かだったわ。真実なん
かどうでもよかった。私には友達の方が大切よ。」
「香奈・・」
「友紀子。よかったじゃない。結局カンニングもしなかったんだし・・私たち
仲良くなれたんだし・・こうして無くなったものも出て来たんだから」
「香奈・・私を許してくれるの?」
「許すもなにも・・私なんとも思っていないわ」
「やれやれ・・・なんか・・一応ハッピーエンドで・・いいのかな?あ・・あはは」
七槻は、目の前の光景に照れくさそうに頭をかいて笑った。
224 :
越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 20:03:56 ID:sCT/l83Z0
バスは、日の暮れた街を疾走している。
「遠い昔の話さ」
窓を向いたまま七槻は乾いた声で言った。
「その・・香奈さんて・・・あのラベンダー荘の事件で自殺した・・七槻お
ねえさんの親友だね・・?」
コナンが小さな声で尋ねた。
「そうだよ。でもそんな優しい香奈が、わずかその数年後に名探偵気取りの
高校生探偵に陥れられて殺人犯にされ自殺したんだ。香奈の絶望は、ただ濡
れ衣を着せられた事だけじゃない。彼女の信念を、人への信頼を踏みにじら
れたことへの絶望だったんだ・・だからぼくは・・ぼくだけは時津を許せな
かったのさ・・」
「でも・・でもそれで香奈さんは喜んでくれたかな?」
コナンは、言わずもがなのこととわかっていてつい口に出した。
ずっと窓を向いていた七槻が凄惨なほど冷たい笑みをうかべて、くるりとコ
ナンの方を振り向いた。
「死人が喜ぶって?コナン君。それは迷信だね。知らないの?死人は喜ぶこ
とどころか悲しむことさえできないんだよ」
七槻の冷たい言葉の中に深い悲しみが潜んでいる。
「その人が・・好きだったんだね・・」
コナンは、静かに七槻を見上げて言った。七槻はまた窓に目を移した。
「わかっているよ。コナン君。論理的にも道徳的にも君が正しい。でも人は
、いつも正しいことだけをしなければならないこともないよ」
「そうだね・・」
225 :
越水七槻最初の事件解決篇:
「そうだね・・」
「それがぼくが探偵になったきっかけさ。たわいない事件だろ?工藤君や服部君
のように華々しい殺人事件じゃなくてがっかりした?」
「そんなこと・・ないよ」
「真実はいつもひとつだ・・でも真実と真理とは違う。ぼくは、香奈に事実と
本当に正しいこととは違うということを教わったのさ・・」
七槻は、凛とした目を黄昏の街並みに向けながら言った。
「ぼくは、工藤君や服部君と違って推理を楽しんだことはない。追い詰められ
た犯人の顔を見ていると、いつも香奈の言葉がよみがえってくる。真実など知
りたくなかったという言葉を・・この世には真実より大切なものがある」
コナンもまっすぐ前を見つめてはっきりと答えた。
「僕はそうは思わない。真実がどれほど苦く認められないことであっても、それ
から目をそらすことは正義とはいえない」
暗いバスの中でふたりは無言でそれぞれの思いに沈んだ。 終