【コナン】越水七槻専用スレ【ボクっ娘】

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1名無しかわいいよ名無し
小生、七槻タソをキボンヌ
2名無しかわいいよ名無し:2009/09/17(木) 08:30:29 ID:zWBGICGRO
>>1

七槻ちゃん可愛いよ
早く保釈されないかな?
3名無しかわいいよ名無し:2009/09/18(金) 05:56:15 ID:h2im/pUk0
需要ないのか…
4名無しかわいいよ名無し:2009/09/24(木) 23:52:36 ID:lEmO1KW90
誘導
【探偵】【怪盗】名探偵コナン男性キャラスレ【本庁】【府警】
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/cchara/1234679956/
5名無しかわいいよ名無し:2009/09/25(金) 00:02:30 ID:DfbXqoW5O
七槻ちゃんは可愛いんだけどもう人気のピークはとっくに過ぎたんだと思う
6名無しかわいいよ名無し:2009/09/25(金) 05:02:42 ID:rEa1/vb80
せっかくの女探偵だったのになぁ
7名無しかわいいよ名無し:2009/09/26(土) 07:39:36 ID:R5j3BZGH0
>>4
おまえ七槻タソディスってんのか
8名無しかわいいよ名無し:2009/09/28(月) 20:36:41 ID:IZ+fZctM0
ボクっ娘でセーラー服。
可愛い……

どうか殺されませんように!
どうか犯人じゃありませんように!

やった、殺されなかった!

……犯人かぁ。しかもボクっ娘卒業してんのかぁ……orz
と、一喜一憂した。
9名無しかわいいよ名無し:2009/09/30(水) 04:20:21 ID:rc942QtIO
女子高生
ボクっ子
雷が苦手

1話限りのキャラにしては可愛すぎるだろ……
10名無しかわいいよ名無し:2009/10/01(木) 13:45:24 ID:cT+SjbV80
一話だけなのはもったいないよなぁ・・・
七槻ちゃんも時津もキャラ立ちまくってたのに
11名無しかわいいよ名無し:2009/10/02(金) 21:47:34 ID:l1N7ZN2CO
1乙
七槻ちゃんの可愛さをアピールしまっくってたら妹に『今は塀の中ですけど』とか言われたわ
あの瞳の冷たさと言ったら…
12名無しかわいいよ名無し:2009/10/03(土) 18:34:31 ID:sjM4lJvp0
そしてチラリと見えるおみ脚・・・
13名無しかわいいよ名無し:2009/10/08(木) 13:32:38 ID:jxciSRD50
脚見せてたっけ?
14名無しかわいいよ名無し:2009/10/11(日) 14:30:08 ID:RNfNezUPO
七槻ちゃん復活してくれ
15名無しかわいいよ名無し:2009/10/12(月) 20:45:23 ID:AoDDFt150
七槻ちゃんいいね・・・白馬たちの後押しで仮釈放されて母校の女子校での事件捜査のため
またセーラー服で潜入というSS書いた・・スレ違いかな。
16名無しかわいいよ名無し:2009/10/18(日) 16:33:48 ID:k5IqzkVr0
かわいくない
17名無しかわいいよ名無し:2009/10/18(日) 17:10:22 ID:KDvIjBEH0
可愛いよ
18名無しかわいいよ名無し:2009/10/18(日) 18:09:51 ID:xmfHKDsiO
>>15
もしかしてコナノベの作者さん?その小説読んだよ。面白かった
…違ってたらスマソ
自分もそこで七槻の出る小説書いてる
19名無しかわいいよ名無し:2009/10/19(月) 23:31:29 ID:iFr3fz1u0
んにゃ。オリジナル。ひまつぶしに読んでみて
20名無しかわいいよ名無し:2009/10/19(月) 23:32:15 ID:iFr3fz1u0
「47番。越水七槻」
刑務官の声で、七槻は机から顔を上げた。化粧っ気のまったくない素顔だが、天然茶髪のショートヘアとつんとした小さなかわいい鼻、
陶器のようなすべらかな肌、きりっと結んだ赤い唇。美少年と見まがうボーイッシュな美貌の意志の強そうな澄んだ目が見上げる。
「はい」
「面会だ!」
中年の刑務官は、思わず見とれているのを、ごまかそうとぶっきらぼうにそういうと背中を向けて歩き出す。
「はい」
七槻は、あわてて刑務所での日課の木工細工の作業台の上を簡単にかたづけて、立ち上がり、刑務官の後について歩き出した。
でも急に七槻に面会する人間などいるだろうか?家族ならこの前面会に来たばかりだ。見当もつかない。
「あの・・・ボ・・わたしに面会って誰でしょうか?」
七槻は、思わず刑務官の背中に声をかけた。
「会えばわかる」
「はい・・」
それ以上とりつく島もなく、黙って面会室に入ると、強化ガラスの向こう側で予想してもいなかったふたりの人物が立ち上がった。
21名無しかわいいよ名無し:2009/10/19(月) 23:33:07 ID:iFr3fz1u0
「よお。元気そうやないか」
「お久しぶりです越水さん」
「・服部君・・白馬君」
七槻は、呆然と立ち尽くした。
それは、あの事件・七槻が犯した殺人事件で出合った高校生探偵のふたり、服部平次と白馬探だったのだ。

「まあ。立ち話もなんや。こっちきて、すわり」
服部の声で、七槻は我に返り、目の前のイスに座った。
「久しぶり・・・で?・・名探偵おふたりそろって今更ボクになんの用?檻の中に入れた獲物をいたぶりにきたわけ?仕留めた獲物の首を壁にかけてながめる心理?」
持ち前の負けん気と、こうして囚人服を着せられたみじめな自分を二人に見られる恥ずかしさで思わず憎まれ口が口をついて出た。
ふたりは、何も答えず静かに七槻を見つめた。気持ちはわかっているというような優しい目で。
七槻は、赤くなってうつむいた。このふたりを、復讐のために利用したのは七槻であってふたりを責めることなどできる立場ではない。
「ごめん・・・ふたりとも裁判の時のお礼もまだ言っていなかったね・・証言をありがとう」
七槻は、ふたりに頭を下げた。故殺、計画的殺人を犯した七槻の判決が異例の懲役5年の刑ですんだのは、裁判の時、このふたりがそろって有利な証言をしてくれたおかげが大きいのだ。
「すんだことやないか・・お前はちゃんとここで罪を償っている。それでええんや。それに俺らが来たのは昔の話をしにきたんやないんや。今の話をしにきたんやで」
「今の話?」
22名無しかわいいよ名無し:2009/10/19(月) 23:34:51 ID:iFr3fz1u0
「そう仮釈放の話ですよ」
白馬探が相変わらずクールな表情で言った。
「仮釈放?」
七槻は、思わず笑った。一審で控訴しなかったので判決が確定して刑務所に入ってまだ1年と少しにしかならない。
殺人での仮釈放は、よほど条件が良くても刑期の三分の二をすぎなければ認められるはずがない。自慢じゃないが、
ボクは刑務所の中でも模範囚だとは思うけれど早すぎる。
ちらっと脳裏にボクが手をかけた時津の顔が浮かんだ。親友を死に追いやったあの男を殺したことを今も後悔してはいない。もう一度生き直せたとしてもやはり復讐を実行するだろう。
でも、一人の人間の人生を奪ったことはまぎれもない事実だ。その罪から逃げるつもりはない。
「ボクは、まだ刑期が半分以上残っているんだよ」
「仮釈放は法規上は刑期の三分の一を過ぎれば認められる。拘留されてた期間は刑期に上乗せするのでぎりぎりですが可能です」
警視総監の息子白馬探が、冷静な目で七槻を見つめながら言った。警視総監の息子と大阪府警本部長の息子がそろってきたと言うことは、その話はなんの根拠もないはずがない。でも・・・。
23名無しかわいいよ名無し:2009/10/19(月) 23:36:06 ID:iFr3fz1u0
「そんな・・・異例なこと・・なぜ?・・ 」
「実はある事件で警察が君に手伝ってほしいことができたためなのですよ。勿論警察としては公にはできない非公式なことで」
「事件?警察が?ボクに?」
益々わからない。映画じゃあるまいし、警察が刑務所に入っている殺人犯の手助けを必要とすることなどあるのだろうか?
「どや?南の高校生探偵としては、どんな事件か聞きたくないか?それに仮釈放は仮釈放、条件付きでもシャバにでられるんや・・
話くらい聞いても悪うないと思わへんか?」
七槻は、服部君と白馬君の顔を交互に見つめた。
「そうだね・・ともかく話を聞くよ」
24名無しかわいいよ名無し:2009/10/19(月) 23:37:32 ID:iFr3fz1u0
「南九州女子学院で連続殺人?」
七槻は、耳を疑った南九州女子学院は、校則が超きびしいことで有名なお嬢様学校で例の事件の時に七槻が生徒になりすました高校だ。数年前に卒業した七槻の母校でもある。そこで殺人事件なんて考えられない。
「そう・すでに3人・しかしあくまで容疑ということだけで、確証がない・・表向きは皆自殺ということになってんのや」
「でも県警が捜査しているんでしょう?どうしてボクなんかに?」
「おまえもその学院の出身だから知っとるだろう?地元の有力者の娘ばかりの学校で、家の娘を犯人呼ばわりする気かと警察に圧力がかかるわ。やたら閉鎖的でいくら聞き込みをしてもなんにも情報が得られないわで
お手上げなんや。このままでは犯罪そのものがうやむになってしまうかもしれへん」
「でもだからってどうしてボクが?童顔な女性警官でも編入生に仕立てれば内部情報くらいとれるでしょう?」
「もうやったわ・・けんど一日で偽物とばれて大騒ぎや・・いかつい婦警が、見てくれはともかく今時の女子高生に化けて本物の女子高生の群れの中に入って、ばれんと思うか?」
「ま・・確かにね・・」
七槻は、数年前まで通っていた頃のことを思い出した。あの独特の雰囲気やよそ者を寄せ付けない校風は、数年では変わっていないだろうから、たとえ警察でも外部の人間には手も足も出ないだろう。
25名無しかわいいよ名無し:2009/10/19(月) 23:38:14 ID:iFr3fz1u0
「そこで南の高校生探偵の登場や!仮釈放の条件としてまた高校生に戻って潜入して情報を集めてほしいんや。元々おまえの母校なんやし・・どや?悪うない話やろ?」
七槻は、強化ガラスの向こう側の世界に座っているふたりの高校生探偵を見つめた。ガラス一枚だけどふたりと七槻の間には深い断崖があるのと同じだ。
二人はボクにそこを飛び越えさせてくれるというのだろうか?
「服部君、白馬君・・・」
別に名探偵でなくても、このふたりがこの事件を利用して七槻の仮釈放を父親やコネのある司法関係者に働きかけてくれたことはすぐにわかった。
「わかった。引き受けよう。まず事件について詳しく話してもらおうか」
七槻は、イスにふんぞり返って名探偵おきまりのセリフを言ってこぼれそうになる涙をごまかした。
26名無しかわいいよ名無し:2009/10/20(火) 19:19:12 ID:mo0SErcG0
粉ノベといやあ、平次となっちゃんの手紙のやり取りがあって、あれには
泣いたなあ・・・

なっちゃんssはクオリティ高いのがたくさんあっていいね。
>>25
あり。ガンガレ。
27名無しかわいいよ名無し:2009/10/20(火) 21:21:01 ID:PYJA2VI0O
>>25
GJ!
28名無しかわいいよ名無し:2009/10/21(水) 07:10:36 ID:6ngDLQAI0
どう手を回したのか、仮釈放の手続きは七槻自身が驚くほどスムーズに進んだ。
仮釈放の日、七槻は、更衣室のテーブルの上に置かれた服を見つめた。白いスカーフ。白に黒のラインの入ったセーラーカラーと黒い胸当てのセーラー服、
膝下三センチのプリーツスカート。黒いソックス、見まがうことないなつかしい南九州女子学院の制服だ。でもかつて殺人に利用して汚してしまったこの
神聖な制服の袖に今更また手を通す権利があるのだろうか?制服を手に取るとき指がかすかに震えた。
「お〜相変わらずセーラー服が似合うやんか。十分まだ女子校生で通るで」
「どうせいつまでも子どもっぽいていいたんでしょ?」
着替えてはにかみながら外に出た七槻を、また服部平次と白馬探が出迎えていた。
「すまん。早く家族に顔を見せたいやろうけど、仮釈放の条件やからな。まずは事件の捜査をすませてからや」
「わかってるよ。さっさとすませましょう」
つんとかわいい顔を上げた七槻は、深呼吸して久しぶりのシャバの空気を思い切り吸った。同じ空気のはずなのに、確かに甘いような気がする。
「そういえば、あの変に頭の切れる坊やは?来ないの?」
「え?ああ・く・・いや・・毛利探偵のとこの坊主か?さあ・・今頃小学校やろ」
「そう・・そうよね・・」
不思議だ。どうしてあんな子どもがこんな所に現れるような気がしたのだろう?
「では行きましょうか?」
白馬探が、レディーフアーストでキザな動作で先に通して、七槻の背中に手を回した。
29名無しかわいいよ名無し:2009/10/21(水) 07:14:20 ID:6ngDLQAI0
白馬探が、レディーフアーストでキザな動作で先に通して、七槻の背中に手を回した。
「え?・・このまま九州まで?」
「大丈夫ですよ。向こうにすべて用意はしてありますから」
「ふうん・・仮釈放されても自由にはなれないってわけね」
白馬の呼んだらしいハイヤーに乗り込みながら、七槻はつぶやいた。
30名無しかわいいよ名無し:2009/10/21(水) 07:21:56 ID:6ngDLQAI0
「で?・・」
七槻は、新幹線の中でじろっと左右の座席を見た。
「でって。なんやこの弁当うまいやろ?」
「そんな話じゃなくなんであんたたちもついてくるのよ。それに3人掛けの座席なら普通レディーは、
窓側の席でしょう?なんで真ん中で男二人に挟まれなきゃないのよ!」
「しゃあないやんか。仮釈放の条件で、お前の事はしっかり俺らが見張る約束やし、
小声で話すにはこの位置が都合いいんや。新幹線の中で大声で殺人事件の話を3人でするわけにいかんからな・・それに・・」
「それに白馬君と並んで座るのは気詰まりだから女の子の隣の方が良いわけね」
「そうですね・・僕も暑苦しい血の気の多い男性より、かわいい女性の隣の方がいいですから」
「あ・・そう」
七槻はため息をついて、目の前の弁当を手に取った。
「じゃあ。もう一度事件の概要を話してよ」
31新幹線内:2009/10/22(木) 12:47:39 ID:XX+tLcvH0
白馬が、胸ポケットから手帳を取り出し話し始めた。
「殺されたのは、南九州女子学院の家庭科教師、飯山町子さん。52才」
「え〜!!あの鬼ババとうとう殺されちゃったの!!やっぱりね〜」
ほおばりかけた弁当を下に置いて七気は思わず大声を出した。
「やっぱりって、えらいいいようやな。おまえ被害者を知っとるんか?」
あわてて七槻の口を手で押さえた平次が、周りの見回しながら小声で言った。
「知ってもなにも。私がいたころから、鬼の生活指導で有名だった鬼ババよ。私なんかこの天然茶髪のせいで目をつけられて何度注意されたか!
しまいには目障りだから黒く染めろとか無茶苦茶言うし・・彼女にいじめられて学校をやめた生徒は何人もいるのよ。たた厳しいだけじゃなくて神経質で、
異常な潔癖症!人の過ちを容赦しない冷血な女なのよ。生徒だけじゃなく先生達からも嫌われていたけど、理事長の親戚とかで大きな顔してたわ。まあ
彼女が殺されたとしたら容疑者は、全校生徒と教職員全員ね」
赤くなってあわててふさいだ平次の手を唇からひき離しながら七槻も小声で答えた。

32新幹線内:2009/10/22(木) 12:49:08 ID:XX+tLcvH0
「まあ。警察の調べでも評判の良くない女性ではあったようですね」
「うん・・で、どんな状況で殺されたの?」「
「十日前の午後6時頃、南九州女子学院の高等部校舎、3階の被服準備室で胸をナイフで一突きにされて倒れている
所を見回りの守衛が発見しました。検視の結果、死因は出血多量でほぼ即死でした。死亡推定時刻は、午後3時から発見される6時頃まで、
手に被服室に来るようにという印字された呼び出しの紙が握られていました。当日は、開校記念日の前日で式典の準備のため授業は午前中
で終わり、式典の準備も終わり夕方には、生徒も教職員もほとんど下校して、残っていたのは十数人程度だったようですね」
「被服室か・・鬼バ・・飯山先生の城ね、彼女は家庭科の先生だったから。指紋などは?」
「被服室には、ありすぎるくらい指紋が出ました。少なくとも百人以上」
「当たり前じゃない。南九州女子では、家庭科が必修なの。全校生徒の指紋があるはずだわ。呼び出しの紙の方は?」
「こちらは、まったくなし」
「ふうん・・部屋の様子は?」
33新幹線内:2009/10/22(木) 12:52:20 ID:XX+tLcvH0
「部屋には争ったような形跡はなく、被害者は、被服準備室の中央で仰向けに倒れていました」
「犯人は先生の正面に立っていた・・顔見知りの犯行ってことね・・・あ・・そういえば連続殺人っていってたね。二人目は?」
「こちらは、学院の高等部二年生、結城良美さん。16才。事件の翌日登校したクラスメイトが、最初の犯行現場とは別な
校舎の自分の教室で倒れているのを発見しました。死因は絞殺。素手で前から首を締められていました。教室内には机やイスが
ひっくり返りかなり抵抗した様子がありました。」
「こちらは知らない子ね・・・死亡推定時刻は?」
「同じ日の午後8時から12時頃」
「飯山先生が殺された夜ね・・・先生の死体が6時に発見されていたのならちょうど警察が来ていたでしょうに気がつかなかったの」
「まさか現場検証の真っ最中に別な部屋で第二の殺人があるなんて誰も思わんやろ」
七槻は、無意識に自分の茶髪を指で引っ張りながら考え込んだ。
「そうね・・もし同じ犯人の仕業だとしたら・・・最初の犯行は、被服室には大型のハサミや、カッターもあるのに、わざわざ事前にナイフを用意して心臓を一突きにしているのに、次の犯行では素手で首を締めて激しく抵抗されている・
犯人は計画的に飯山先生を殺した後、なにかのアクシデントで突発的に二人目を殺さなければならなくなった・・おそらく最初の犯行を目撃されたから・・・」
「まあ。そう考えるのが妥当やな」
34新幹線内:2009/10/22(木) 12:59:37 ID:XX+tLcvH0
「それでその良美って生徒はどんな子だったの?」
「それがちょっと変わった子でしてね。写真が趣味で、新聞部の写真班の班長として色々スクープを撮っていたようです。
あまりやりすぎて飯山先生からきびしく注意されていたとか」
「へえ・・最初の被害者と接点があるわけね・・やりすぎって?」
「人気のある生徒や先生のプライベートな写真を撮ったり・・尾行や盗撮などストーカーじみた行為をしたり」
「なんやそいつ?女子校なんやろ?女同士で盗撮するんか?」
「女子校にはいるんだよね〜。そういう子・・ボクなんか男っぽかったから大変だった。下級生の時は、更衣室で上級生に言い寄られたり、
上級生になると下級生からラブレターもらったり・・」
「更衣室で・・い・・言い寄る?ラブレター?」
「・服部君・・鼻血がでてるよ」
白馬探が、苦笑してハンカチを差し出した。
「よけいなおせわじゃ!はよう続きを話さんかいアホ!」
「はいはい。で?被害者は何か持っていたの?」
ちらっとかわいい笑顔を平次に見せて七槻は尋ねた。
「犯行現場に被害者の指紋のついたデジタルカメラが落ちていました」
「カメラね・・もちろん・・データは・・」
「メモリーは抜き取られていました。被害者以外の指紋もありませんでした」
35新幹線内:2009/10/22(木) 13:02:55 ID:XX+tLcvH0
「やっぱりね・・つまり、その子は、そのカメラで犯人に都合悪い何かを撮影していた。そしてその場にいた犯人をそっと呼び出したか、
呼び出されて、口をふさぐために殺された・・というわけね。犯行は同じ夜だったのだから、犯人はその時残っていた人たちの中にいる。
最初の犯行と次の犯行は同一犯の仕業ね」
七槻は、白く細い指先に茶髪をからめながらつぶやいた。
「容疑者は、その時校内にいた生徒か教職員ね・・でもやっかいね・・あの鬼ババを殺したいと思ってた人だけならボクも含めて何千人もいると思うよ・
ってボクのお弁当は?」
「あん?なんやいらんのかと思ったで」
唖然とする七槻の前に、モグモグと口を動かしながら平次は、平然とカラの弁当箱をよこした。
「ごっそさん」
「ああ・・夢にまで見た一年ぶりの白いごはんだったのに・・」
七槻は本気で泣きべそをかいた。
「ほら僕のは手つかずですから・・どうもこの日本の駅弁という習慣にはなじめませんね。食事は静かに優雅にするものです」
白馬が、七槻の前に自分の弁当を置いた。
「あ・・ありがとう!白馬君!やっぱり君は紳士だわ!」
「かってにせえ」
感激して白馬の手を握る七槻を横目に平次は窓の方を向いた。

36新幹線内:2009/10/25(日) 21:09:14 ID:AwyyV+N60
「あの日校内に残っていた生徒と教職員は、殺された飯山先生と結城さんを除いて20人ほど、守衛は校門横の守衛室に、先生たちは職員室で会議、式典で歌う最後の練習をしていた
コーラス部の生徒たちは最初、屋上にいて途中から雨が降ってきたので2年桜組の教室に移動してずっとそこにいました。皆一緒にいたのでアリバイがある。曖昧なのは3人。3年桜組の吉行沙織さんは、
コンピューター室で他の文芸部員と会誌の原稿を書いていた。3年桃組の竹下幸子さんは、一人で化学室で実験中、3年雪組の高野早苗さんは、同じく一人でグラウンドで陸上の練習中だったと証言しています」
「あんねそのあんにんなけにゃあなにいの・・?」
「ああ?なんや?」
白馬の差し出した弁当を、わざとらしく平次に背を向けてほおばりながら七槻は急いでご飯を飲み込むと言い直した。
「なんでその三人だけが怪しいの?」
37新幹線内:2009/10/25(日) 21:11:07 ID:AwyyV+N60
「どうしてその3人が容疑者とわかりました?」
「簡単よ。その3人だけクラスと名前を出して説明したでしょう?ボクに調べろってことだよね」
「正解。その3人は次の被害者、結城良美さんに最近つけ回されていたんです」
「なるほど・・その良美っていう子が犯行を見たのはその3人の中の誰かの可能性が高いってわけね」
「ええ。でもわからないのは、その3人は、南九州女子学院の誇る優等生ばかりなんです。竹下幸子さんは、日本化学学会の若手奨励賞を
高校生ながら受賞、吉行沙織さんは、日本小説大賞を最年少で受賞、高野早苗さんは、陸上競技でのオリンピック候補でメダルも期待されています。
その上3人とも品行方正、成績優秀という評判です」
「ひえ〜すごいわね。化学賞に小説大賞にオリンピック候補・・誰も生活指導の飯山先生を殺す理由なんかないわけね」
「まあ。飯山先生はその3人にも容赦がなく叱っていたようですがね」
「そう・・なんか・・いやな感じの事件ね・・こんなことでまた母校に戻るとはね」
七槻は、白い頬についたご飯つぶをつまんで、口に入れた。
「ともかく・・やってみるわ」
38名無しかわいいよ名無し:2009/10/25(日) 21:12:50 ID:cjta24Ki0
面白いよ
頑張って!!
39学校内:2009/10/25(日) 22:55:25 ID:AwyyV+N60
「今度2年桜組に編入になりました越水七槻です。親の仕事の関係でしばらく海外で暮らして帰国したばかりですので皆さんより年上ですけど、どうぞ七槻と呼んでください。よろしくお願いします」
生徒たちのややトゲのあるざわめきの中、黒板の前に立った七槻は、柔らかいまなざしでクラスを見渡しペコリと頭を下げた。教室を見回すと、ふたつ空席があり、机の上に花が飾られている。
あそこが結城良美の席だったのだろう。先生に指摘されてもう一つの空席に腰を下ろす。セーラー服がこそばゆい感じ何年かぶりの感覚だ。

40学校内:2009/10/25(日) 22:56:31 ID:AwyyV+N60
本名を使うことはためらいがあったが、偽名を使ってごまかし通せる自信はない。
越水という姓は九州では珍しくないし、事件のことは報道されても、彼女の顔はほとんど報道されていない。
七槻がこの学校の生徒を名乗っていたことや、卒業生だということも公表されていない。七槻を知っている教師たちは、
堅く口止めされている。万一知っている生徒がいてもまさか刑務所にいるはずの越水七槻と同一人物とは想像できないだろう。
41学校内:2009/10/25(日) 22:59:25 ID:AwyyV+N60
小学校からの一貫校の南九州女子学院で転入生は珍しい。
休み時間には、七槻はクラスメイトたちに取り囲まれた。4才もサバを読んでいる上に、刑務所に入っていたのだから
最近の流行は、全然わからないから帰国子女ということにしてなんとかごまかした。生徒たちも、つい最近殺人があった
2年桜組への不意の転入生を警戒しているようなので、七槻は、あえて無理にクラスに溶け込もうとはしなかったが、
クラスの雰囲気には、殺されたクラスメイトの結城良美を悼む空気がないことにはすぐに気がついた。
<どうやら良美って子は、あまり好かれていなかったようね>
42学校内:2009/10/25(日) 23:02:57 ID:AwyyV+N60
その日、体育のための移動で、クラスメイトの後をぼんやり歩いていると、不意に背後から呼び止められた。
「そこの茶髪の生徒!待ちなさい!」
振り向くと、見覚えのない若い女教師が立っている。
「はい」
駈け寄ると、七槻の予想通り乱暴に髪をかき上げられ、貝殻のようなかわいい耳をいきなりつかまれた。
クラスメイトが立ち止まり遠巻きに見ている。
「これ。ピアスね。あなたクラスと名前は?校則違反よ。それにその髪の色は?染めているの?」
「はい。2年桜組に転入しました越水七槻です。これは帰国前イギリスにいたときに、向こうの友人に知らずに開けられてしまいました。
申し訳ありません。髪は、生まれつきの色で染めたものではありません」
きちんと両手を脇にきおつけの姿勢で、先生の肩越しの壁をまっすぐ見ながら大きな声でハキハキと・・
刑務所での体験がこんなところで役に立つとは思わなかった。
「ああ・・あなたが越水さん?校長から聞いているわ・・わかったわ。いってよろしい」
七槻の態度に気をよくしたのか、校長から言い含められているのかあっさり解放された。
それにしても、またこのピアスと髪の色で苦労するかと思うとうんざりだ。
43学校内:2009/10/25(日) 23:05:22 ID:AwyyV+N60
「七槻ちゃん。大丈夫だった?」
「転入したばかりなのにひどいよね」
教師に注意されたことで、かえって疑いが晴れたのか。クラスメイトたちが駆け寄ってきた。
「うん。大丈夫。ありがとう」
「まったくうちの学校・・校則きびしいんだから・・いやになっちゃうよね」
「鬼ババが殺されたのも注意された生徒の誰かが恨んだんじゃないかって噂だよ」
「そういえば、あの日殺された良美ちゃんも飯山先生にひどく注意されてたね」
クラスメイトたちの雑談をぼんやり受け流していた七槻は、はっとして立ち止まった。
「え?・良美ちゃんが飯山先生に叱られてた?それは良美ちゃんが殺された日のこと?」
「うん・・良美ちゃん。最近なんか派手になってたから・・所持品検査でいつも鬼バ・・
飯山先生に目をつけられてたみたいで・・あの日も廊下で飯山先生に呼び止められて・・
ポケットにあったなにかを取り上げられてひどく叱られてたわ」
「へえ・・何を取り上げられたの?カメラ?」
44学校内:2009/10/25(日) 23:07:46 ID:AwyyV+N60
「ううん。遠くからはわからないけど、指でつまんで持つくらいの小さな物だった」
「それで・・良美ちゃんはどうしたの?」
「行こうとする先生に泣いてすがって、土下座までして返してほしいってお願いしてたみたい・・」
「土下座して・・・そんなに大切なものだったのかしら・・それで返してもらったの?」
「まさか・・飯山先生がそのままそれを胸のポケットに入れて、良美さんを振り払って行ってしまったわ」
「そう・・良美ちゃんはその後どうしたの?」
「しばらく泣いてたけど、あきらめたみたいで教室に戻ったわ。お昼が終わると元気が出たみたいでまたカメラを持って教室を出て行ったわ」
「新聞部で・・写真が趣味だったのね・・いつもカメラを持ち歩いてたみたいね・・」
「うん。大きなバックにいくつも持ってた・・大きいのや小さいのをしょっちゅう出し入れしてたわ・・あの日も・・」
45学校内:2009/10/25(日) 23:10:42 ID:AwyyV+N60
「殺された日?・・その後良美ちゃんは戻ってきたの?・・」
「うん。私たちは残って創立記念日に歌うコーラスの練習を屋上でしたたんだけど、夕方から
雨が降ってきたので教室に戻ったの・・そしたらちょうど良美ちゃんが急いで戻ってきて、
バックから別なカメラを取り出して又急いで出て行ったわ・・それが最後だった・・」
「急いでいた・?」
「うん・・わたしたちが声をかけても返事もしなかったわ・・まあ・・いつものことだけど」
「そう・・」
それ以上聞くと怪しまれそうなので、七槻はそこで話題を変えた。女教師の言いがかりのせい思わぬ収穫があった。
<良美っていう子には、なにかまだ秘密がありそうね・・さて・・例の優等生3人にアタックしてみるか・・>
46名無しかわいいよ名無し:2009/10/25(日) 23:19:06 ID:AwyyV+N60
声援ありがとう!つまらん推理ものだけど一応最後には謎解きもあるよ。長いけどひまつぶしに読んで
24に間違い! 被害者は3人→2人 ごめん。
47捜査1:2009/10/27(火) 14:19:15 ID:5lEM43Yl0
七槻は、学院近くに警察が用意してくれた小さなアパートに一人住まいをして、高校生活を始めた。母校とはいえ、何年ぶりかの高校生活はとまどいが多い。
帰国子女の編入生と思っているクラスメイトに、学校の習慣や先生のあだ名や、教室の配置を知っていることを隠すことも神経を使う。
毎朝、七槻たち全校生徒は、廊下に整列し、服装検査を受けなければならない。
爪の検査から始まりスカートの長さ、スカーフの結び方、髪型、眉の形。ソックスの穿き方、胸あての位置まで教師たちにチエックされるのだ。
<やれやれ。これじゃ刑務所と変わらないよ・・>
両手を前に出した姿勢で整列したまま、七槻は、全身を検査される屈辱感を我慢してぼんやり廊下の窓の外を眺めていた。散々説明させられた髪の色とピアスの穴も生活指導の教師たちが一巡してようやく言われなくなった。
<あれ・・そういえば良美ちゃんも毎朝この検査を受けていたはず。ボクみたいに茶髪でピアスの穴があれば目立つけど、良美ちゃんはそんな目立つはずがない・
どうしてあの日飯山先生に呼び止められたんだろう?>
48捜査1:2009/10/27(火) 14:57:40 ID:5lEM43Yl0
学院生活に慣れた頃を見計らって、七槻は、クラブへの入部希望者を装って容疑者3人に接近することにした。
「まずは、化学部ね。竹下幸子。高校生でありながら、日本化学学会奨励賞を受賞したっていう秀才。苦手だなあそういうタイプ・・」
放課後、化学部の活動をしている理科室のドアを開けた七槻は、おそるおそる中に入った。ドアは二重になっており、七槻は、迷ってから奥のドアを開けた。
「あのう・・すみません」
部屋の実験器具に向かっていた白衣の人物がくるりと振り返った。
「わああ!」
七槻は、思わず大声をあげて飛び上がった。
49捜査1:2009/10/27(火) 14:58:35 ID:5lEM43Yl0
巨大な宇宙人のようなゴーグルをしてすっぽり身体を包む白衣、ぼさぼさの髪の小柄な生徒がすごい目でこちらをにらんでいる。
「なんなの?!あなたは?実験中なのよ!邪魔しないで頂戴!」
「は・・はい・・あ・・の・・すみません・・あの化学部に・・に・・入部したいんですけど」
「入部ですって!とんでもないわ!そんな化学の基礎も知らない格好して!とっとと出てって頂戴!」
「ひえ・あ・・は・・はい・・」
「七槻ちゃん・・七槻ちゃん・・」
隣の準備室の方から七槻と同じクラスの少女が顔を出して手招きしている。
「あ・・」
ほっとして準備室に飛び込むと、クラスメイトがドアを閉めた。
50捜査1:2009/10/27(火) 15:10:07 ID:5lEM43Yl0
「だめじゃないの。幸子先輩の実験のじゃまをしたら・・」
「ご・・ごめん・・それにしてもおっかない先輩だね」
「うん。幸子先輩は化学の鬼だからね。特に合成実験中に話しかけるのはタブーだよ。それに七槻ちゃんも悪いよ。そんな格好して化学合成の実験室に入るから」
「格好?制服ちゃんと着てるよ?」
「そうじゃなくて、化学合成の実験室には、静電気が起きない。ほこりを持ち込まない。が原則。だから白衣を着て、顔を守るゴーグルをするの」
「へえ・あ・そうか・・それで幸子先輩・・あんな格好してたんだね」
「そういうこと・・でも七槻ちゃんが化学に興味があったなんて知らなかったわ」
「あ・・う・・うん・・化学が好きなんで・・ちょっと話を聞こうかなって思って」
「へえ・・でも化学部に入るなら根気と体力がないとね」
「根気と体力?化学部なのに?体育系みたいね」
「あははは・・そうね。でもほんとの話よ。化学合成の実験では、長いものだと200時間以上かかるものもあるのよ」
「に・・にひゃ・・や・・やっぱりやめようかな」
51捜査1:2009/10/27(火) 15:14:07 ID:5lEM43Yl0
「あははは・・そんなに長い実験は大学とか専門の研究室でするものだよ。高校ではそんな複雑な実験はしないよ。まあ幸子先輩は別だけどね。
でも短い実験でもずっと立ちっぱなしで目が離せないし、実験過程の記録を取るから根気と体力がいるっていうわね」
「ふうん・・さすがに学会賞受賞者ね。幸子先輩は殺人事件の時も実験を中止しなかったんでしょう?」
「ああ・先輩はいつもわたしたちはじゃまだって一人でしてたから・・でもそうだと思うよ」
「わたしは・・やっぱり少し考えるわ・・化学は好きだけど・・根気と体力の方は自信ないから」
「あれ。脅かしちゃったかな?でも実験は楽しいこともあるよ。今度幸子先輩の実験が終わったら簡単な実験を見せてあげるよ」
「あ・・わかった・・ありがとう。また来るね」
「やれやれ・・おっかないわね」
七槻は、理科室から出て、大きくため息をついた。
「でもあの白衣とゴーグル・・先生の心臓を正面から一突きにした犯人は、かなりの返り血を浴びたはず。代えの制服をどこかに隠しておかない限り警察が駆けつけた時に、服の血が見つかるわ・・・。でもあの白衣とゴーグルを着けていて、すばやく脱いで隠せば・・」
七槻は、指に自分の茶髪をからませながら考え込んだ。
52捜査2:2009/10/27(火) 16:43:20 ID:5lEM43Yl0
翌日、今度は、文芸部の部室を訪ねた。すると沙織たちは、3階のコンピーター室にいるというのでそちらに回った、
文芸部への入部希望をする七槻にずらりと並んだモニターの一台の前に座った部長の吉行沙織は、幸子と違って愛想よく応対して文芸部の説明をしてくれた。
長い髪を腰近くまで伸ばし顔色の悪い病人のような生気のない感じの生徒だ。
「そうイギリスに留学していたの・どうりで落ち着いた雰囲気ね。越水さん。それでお好きな小説は?」
「え?・・あ・・あの・・う」
まさか刑務所に入っていたので最近の作家は知りませんとはいえない。
「あ・・あの・・げ・・源氏物語?」
53捜査2:2009/10/27(火) 16:44:00 ID:5lEM43Yl0
周りにいた文芸部員たちは、吹き出したが沙織はまじめな顔でうなずいた。
「何がおかしいの?源氏物語のよさがわかるなんて、すばらしいわ越水さん。私も大好きよ。特に私が好きなのは・・特に須磨の巻でね・・・あの描写は・・」
うんざりするほど長々と源氏物語の薀蓄を聞かされてふらふらになった七槻はようやく開放されて、ほかの部員たちから部の説明を受けた。
「へえ・文芸部っていうから図書室で活動してるのかと思ってました」
「うん。図書室には、パソコンがないし、部室には大昔のワープロ専用機しかないから、みんな原稿を書くときはここに集まるのよ」
「そうでしたか・でも怖いですね。この前先生の殺された家庭科室がこの階でしたよね」
「うん。あの日は、でも部の会報の追い込みでみんな忙しかったから気がつかなかったな」
「みんな?その時、大勢ここにいたんですか?」
「ううん。沙織先輩と後2・3人だったかな」
<ひとりじゃなかったのね・・では沙織先輩はシロか>
54捜査2:2009/10/27(火) 16:45:54 ID:5lEM43Yl0
「うるさいわよ!いつも言っているでしょう!原稿を書いてるときは近づかないでって!」
突然鋭い声が響いて七槻は飛び上がった。
「す・・すみません」
「原稿を書いているときは、近づかないでっていつも言ってるでしょう!気が散るのよ!」
さっきの温和な感じとはまるで別人のような形相で、沙織が下級生を怒鳴りつけている。
「どうしたんですか?」
小声で近くの部員に聞くと
「沙織先輩は小説を書いているときはいつもああなのよ。あなたは、まだ書き出す前だったからよかったけど、書き始めてから近づくと今みたいに怒鳴られるわよ。
先輩がパソコンに向かっているときは、半径3メートル以内には近づかないことね」
「はあ・・」
不意に説明してくれていた部員の背後のモニターの電源が落ちた。
「ああしまった!原稿書きかけだったのに!もううちの学校のパソコン、しばらく操作しないとすぐ電源が落ちるんだから・集中管理かなんかしらないけど、ケチくさいわね」
騒ぎを尻目に七槻は、文芸部の会報をもらって廊下に出た。
「このコンピュター室は、被服室と同じ3階にあるから、犯行現場に一番近いわね。部屋にほかの部員がいてもモニターが並んで視界をさえぎっているから、こっそり四つん這いで出れば見えないし、
あの態度なら誰かに話しかけられる心配もない。小説なんて事前にメモリーに入れておいて後で開けば、ずっと書いていたように見せることも簡単だわ」
55捜査2:2009/10/27(火) 18:15:34 ID:5lEM43Yl0
事件のあった家庭科室は、同じ廊下の突き当たりにある。
七槻は、そっと家庭科室のドアを開けた。すでに事件から10日たちもう施錠はされていない。するりと中に入った七槻は、部屋を見回した。
「なつかしいな・・昔と変わらないわね・・相変わらずほこり一つ落ちていない。鬼ババの城ね・・。ああ・このあたりだ・・昔ボクがはさみを落として・・あん時は、
小さなキズが消えるまで、鬼ババに真夜中まで雑巾がけさせられて・・ほんとに疲れて気絶するところだったな」
奥の被服準備室にはカギがかかっている。小窓から覗くと、床に白くまだ被害者の倒れた跡が書かれている。
<頭を奥に仰向けに倒れたのね・・やはり物盗りではなく顔見知りの犯行ね>
「きゃあ!!」
不意に悲鳴が聞こえ、振り向くとドアの所からおびえた1年生らしい少女たちの顔が覗いている。
「あ・・驚かせてごめん。ボクは、2年桜組の越水七槻・・その・・忘れ物を取りに来たんだ」
殺人現場に忘れ物はしゃれにならないと気がついたが、1年生たちはむしろ七槻の親しみのある笑顔にほっとしたのか疑わず入ってきた。手に掃除用具を持っている。
56捜査2:2009/10/27(火) 18:16:24 ID:5lEM43Yl0
「掃除?ご苦労様・ボクも手伝うよ」
七槻は、近くのテーブルを脇に寄せるのを手伝いながら話を聞いた。
「はい・・あんな事件があったんで、しばらく中断してたんですけど今日から再開するように先生から・・」
「そう・・じゃあ。あの日も君たちが掃除当番だったの?」
「ええ・・だからこわいけど仕方ないんです」
1年生は、こわごわと被服準備室の方をうかがっている。
「そう・・えらいね・・ところであの日・・なにか・・変わったことに気がつかなかった?誰かを見たとか?聞いたとか?」
「いいえ何も・・いつも通り掃除しただけです・・飯山先生も機嫌が良くて・・」
「機嫌が良い?鬼バ・・飯山先生が?」
「ええ・・いつも何回もやり直しをさせられるんですけど、あの日は1回でOKのサインをもらいました」
その日の掃除日誌に見覚えのある飯山先生の几帳面な字で「良し」とサインされているのを見せながら1年生が得意そうに言った。
この学校では、掃除の後、教師の点検を受け、OKのサインを掃除日誌にもらわなければならない。特に飯山先生の家庭科室の掃除は、
何回もやり直させられるのが普通なので皆いやがっていた。
「へえ・・すごいじゃない」
「最後にまたテーブルを元に戻すために一番入り口近くのテーブルの端を持ったとき、七槻の手になにかざらっとした感触がした。
よく見ると、テーブルの上に何本か浅いひっかき傷がある。掌に入るほどの幅で、平行に走り間隔はまちまちだ。
<ボクがいたころにはなかったな・・やっぱりボクのいたころから何年も経っていると言うことか・・>
七槻は、礼をいう1年生たちに手を振って別れながら時間の経過を意識した。
57捜査3:2009/10/28(水) 14:17:00 ID:MTQB/4/20
「後は・・陸上部、高野早苗ね・・」
高い植木とフエンスの間を通り、陸上グラウンドに出たとたん。
「あぶない!」
という野太い声がすると同時に
ドスン!と七槻の目の前に鉄のかたまりが落下した。
「っわあ!」
「あぶないじゃないか!君!」
ドスドスと足音を響かせて、南九州女子学院のジャージを着た横綱朝青龍が歩いてきた。
「あわわ・・」
「見かけない生徒だな?陸上部になんの用?」
「あ・・あなたは、どなたですか?」
「私をしらんのか?私は、南九州女子学院陸上部主将、三年菊組白鳥麗子よ」
と朝青龍が言う。
「しら・お・・女・・・あ・そ・そうですか・・あ・・あのボク2年桜組の越水七槻です。あの陸上部に入部したいと思いまして・・」
「なに?おお入部希望者か!大歓迎だ!」
朝青龍は、いきなりスカートの上から七槻のヒップをバシッと叩いた。
58捜査3:2009/10/28(水) 14:19:13 ID:MTQB/4/20
「きゃあ!なにするんですか!」
「うん!越水君は、実にいいお尻をしている!まさに砲丸投げにうってつけの安産型!私の専門は、砲丸投げだ!どうかな?越水君!私と一緒に砲丸で世界を目指さないか!?」
「あ・・いえ・・あのボクは短距離か走り幅跳びが志望ですので・・遠慮します」
「なんだ。君も早苗目当てか?早苗ならあそこにいるよ」
朝青龍が、グラウンドを指さす方を見ると、すらりとした長身のユニフォーム姿の美少女が大勢の下級生に囲まれて立っている。
「あの人が高野早苗さん・・」
「なんだ、知らなかったの?彼女が、私の親友で、わが南九州女子学院のホープ。次期オリンピック走り幅跳びの金メダリスト高野早苗だ!」
「はあ・・」
「おおい!早苗!入部希望者だよ!」
横綱は、グラウンドまで七槻を案内して引き合わせてくれた。
「2年桜組の越水七槻さんね。大歓迎よ。それで志望の種目は?」
「あの・・走り幅跳びか、短距離を・・」
「なら私と同じね。よろしくね。部室で入部届けを書いていただくわ。一緒に来て」
高野早苗は、優しく七槻の手を取ると、部室に歩き出した。
「は・・はい・・」
大勢の視線を感じて、振り返ると、早苗を取り囲んでいた下級生たちの冷たい嫉妬の目が七槻に突き刺さった。
<おおこわ・・どうやら早苗先輩は、下級生たちの憧れの的みたいね・・こうしてみてもなかなか美形でボーイシュ。宝塚の男役みたいね・・・>
部室で早苗は、七槻に陸上部の活動を説明してくれた。とてもオリンピック候補になっているエリート選手とは思えない親しげな態度で、後輩の人気があるのも納得できる。
59捜査3:2009/10/28(水) 14:20:51 ID:MTQB/4/20
「やっぱりボクは、短距離にします。走り幅跳びは早苗先輩のような超エリートがいらっしゃるんだから、ボクなんか邪魔になるだけですから」
「あはは・・私のことを気にすることはないわよ。別に集団でする競技じゃないし、砂をならしてくれる補助者だけいれば練習も簡単だし」
「そうですか?・・でも早苗先輩。今度大事な大会があるんでしょう?毎日遅くまで練習なさっているようですから、素人の私がちよろちょろするのは遠慮します」
「まあ・・大会までは待つといいかもね。早苗には今度の大会がオリンピック選手に選ばれるかどうかの大事な時だから、最近毎日遅くまで砂場を使ってるから」
麗子先輩が、横から口を出した。
「そうですね・・じゃああの殺人事件のあった日もずっとここで練習されてたんですか?」
「ええ・・たしかあの日もずっと夜まで・・警察が来てはじめて事件のあったことがわかるまで練習してたわ。まあともかく少し飛んでみてくれない?それから決めればいいわ。あなたシューズは持ってる?」
「え?・あ・・いえ・・普通の運動靴だけです・・」
「そう・・私のを貸してもいいけど・・これは私の足に合わせて大会用に注文して作ってもらった特注品だから・・でもたしか既製品で古いシューズがどこかにあったと思うわ・・」
早苗は、気さくにイスの上に立つと部室の棚の上を探し始めた。
「早苗先輩は本当にいい人ですね」
七槻は、麗子先輩にささやいた。
60捜査3:2009/10/28(水) 14:23:35 ID:MTQB/4/20
「だろ?だから後輩に人気があるんだ。しかし、私の見るところ君の体型は、やはり砲丸向けだと思うけどなあ」
麗子先輩は、じとっとした目で、七槻のヒップを見つめた。
「あ・・いえ・それはまた早苗先輩の審査を受けてから考えます」
七槻は、あわてて言った。
その日、午後、七槻は、早苗たちに指導を受けて、走り幅跳びと短距離などを試させられた。
「越水君!いつでも砲丸が君を待っているよ!」
日が暮れてから、麗子先輩に見送られて痛む足を引きずりながら、七槻はグラウンドを後にした。
<早苗先輩が、ずっとグラウンドにいたなら、犯行現場からは一番遠いわね。でも他に一緒にいた人はいない。アリバイは曖昧ね。3人の中では肉体的には一番力がありそうだから、
その点では犯行は可能ね。あいたた・・こりゃ明日の朝足腰立たないかも・・・>
校門を出た七槻は、セーラー服の胸当てを引っ張って胸元に風を入れた。
「ふう・・・それにしても・・なにこのプレッシャーは?あの3人に会うと・・なんとなく息苦しいのはなぜなのかしら?」
七槻は、白い指に自分の茶髪をからませながら考え込んだ。
61捜査4:2009/10/28(水) 14:30:19 ID:MTQB/4/20
捜査とは別に、七槻は久しぶりの外の世界と、母校での高校生生活を満喫していた。
クラスメイトとのたわいないおしゃべりも楽しいし、化学部、文芸部、陸上部のかけもちも忙しいが楽しい。しかし、体力的にはかなりハードな毎日だ。
「ああ・・今日も朝から英語のリーダーか・・いい年して今更なんでこんなことしなきゃいけないのよ・・かったるい」
一時間目から、グデーと机につっぷしていた七槻をいきなり後ろのクラスメイトがつついた。
「な・・七槻ちゃん!見て見て!すてきな人!」
「ん〜?」
顔を上げた七槻の目に、担任の後から教室に入ってくる最高級のスーツに身を包んだ長身の男性が飛び込んできた。
「??・・どああ!!・・白馬探!どうしてここに?」
のけぞる七槻を尻目に、担任の紹介を受けた白馬探は、平然と女子高生たちを見渡した。
「この度教育実習生として君たちを教えることになりました。白馬探です。どうぞよろしく」
62捜査4:2009/10/28(水) 14:32:44 ID:MTQB/4/20
「ああ・・・す・・て・・き」
七槻を除く二年桜組全員の口から、詠嘆とも感激ともつかないため息が漏れた。
「では早速授業を始めます。教科書を開いて・・14ページからですね」
白馬の口からネイティブのようなクイーンズイングリッシュが流れ出て、目に星をキラキラさせたクラスメイトたちからまた感嘆のため息が漏れた。
「な・・なにが教生よ。自分もまだ高校生のくせに!神聖な乙女の園にいやらしい!そもそも教員免許もないのにずうずうしい!
年齢詐称と無免許で訴えてやろうかな・」
「七槻ちゃん・・七槻ちゃんてば・・」
ふてくされてそっぽを向いていた七槻をまたそっとクラスメイトがつついた。
「え・・?なに?」
顔を上げると、目の前に白馬が立っている。
「わあああ!!・な・何よ!・・じゃない・・な・・なんでしょうか?」
七槻は、あわてて立ち上がる。
「なんでしょうかじゃありませんよ。越水さん。テキストの続きを読んでください」
「え?・え・え・・と・あの・・その・・き・・聞いていませんでした。すみません」
「いけませんね。越水さん。廊下に立っていてください」
殺意を込めたものすごい目でにらみつける七槻を平然と無視して白馬は、廊下を指さした。
63捜査4:2009/10/28(水) 14:33:53 ID:MTQB/4/20
結局、七槻は、その時間廊下で立たされるはめになった。終了のチャイムがなっても白馬はなかなか出てこない。そっとのぞくとクラスメイトに囲まれて上機嫌でしゃべっている。
<なにが白馬先生よ。こっちがさからえないのがわかっていて、サディストめ。・・やっぱりあん時あの島で殺しておくべきだったわ・・あれ・・なんだろ?>
廊下の向こうから女子高生の興奮した声が響き、制服の集団がこちらに近づいてくる。
「わははは・・そうや。なにか用があったら気軽にいいつけてや。すぐいくからな」
キャアキャア言う制服の集団の真ん中に用務員の服を着た服部平次がへらへら笑いながら、頭をかかえた七槻の前を通り過ぎた。
64捜査4:2009/10/28(水) 14:35:49 ID:MTQB/4/20
「あんたたちどういうつもりなの!?」
昼休み、白馬と服部を校舎の出入り口の外に呼び出した七槻は詰問した。
「どうって・・おまえだけ潜入させて俺らは外で眺めてるわけにはいかんやろ」
「そうですよ。犯人がまだ校内にいる限り危険もあるかもしれません」
「危険なのはあんたたちの方だよ!」
「失礼なことぬかすな!俺らが女子高生に手を出すわけないやろ!」
「わかってないなあ!女子高生「に」。じゃないよ!女子高生「が」だよ!」
「どういう意味や?」
「ふん!」
七槻は、鼻で笑った。
「二人ともそうしてすましてられるのは今のうちよ・・この音・・聞こえない?」
遠くからドドドドという地響きが近づいてくる。
「な・・なんや・・じ・・地震か?」
平次と探がきよろきょろとあたりを見回した。
七槻は、冷たい微笑を浮かべてじりじりと壁際まで後退した。
「地震じゃないよ・・・・さようなら。白馬君、服部君あなたたちは良き友人だったけど、すべてはそのイケメンが悪いのよ」
ドカンとドアが開き、何十人という女子校生たちが平次と探目がけて殺到してきた。
「あの・・白馬先生!リーダーのここがわからなくて!」
「白馬先生!新聞部です!ぜひインタビューを!」
「白馬先生、英語部です!放課後ぜひ先生のご指導を!」
「服部さん!ロッカーが壊れてしまって修理をお願いします!」
「服部さん!園芸部の花壇のことでご相談が!」
「み・・みなさん・・あ・・ち・・ちょっと待って・・順番に」
「お・・おい・・どこ触ってんねん!やめいって!」
必死に逃げようとする平次たちを尻目に、七槻は、グラウンドに下りていった。
振り返ると、平次と探は、女子校生の雪崩の下敷きになっているのが見えた。
「ざまぁみやがれ。女子校を甘く見るからよ・・さて・・お弁当」
七槻は、トコトコと階段を下りてグラウンドに出た。
65部室:2009/11/01(日) 22:27:26 ID:vfKyAcfo0
朝昇竜こと白鳥麗子先輩は、見かけによらず優しく乙女チックな性格で、七槻は、色々と話を聞くことができた。その日も陸上部の部室で、ふたりでお弁当を食べながら早苗の話を聞いていた。
「うん。早苗は、なんといってもオリンピック代表候補で、品行方正、成績優秀、先生たちもちやほやしているね。死んだ鬼ババ以外はね」
麗子先輩は、シンデレラの絵の弁当箱にきれいに盛り付けられたキティちゃんのキャラ弁をつつきながら話してくれた。
「え?鬼バ・・飯山先生は早苗先輩を嫌っていたんですか?」
「ああ・・早苗たちをなんだかわからないけど目の敵にしてた感じだったね・・」
「早苗たち?ほかにもいるんですか?」
「うん。知ってる?3年の竹下幸子、吉行沙織」
「え?幸子先輩と沙織先輩も?早苗先輩と友達だったんですか?」

66部室:2009/11/01(日) 22:30:58 ID:vfKyAcfo0
ああ・・早苗と3人で、1年のとき同じクラスだったとかで仲良しだった。うちの学校の理・文・体を代表する生徒だから、ほかの先生はむしろそれを喜んでいたのに、鬼ババだけは、
3人が一緒にいるといつもいやみを言っていたんだ。3人とも優等生で怒られる理由なんて何もないのにね・・いつかも早苗にこのサボ娘め!とか言ってたよ」
「サボ・・娘?」
七槻は、部室のポットで麗子先輩にお茶を入れるとキズだらけの部室のテーブルの上においた。
「ありがとう・・。早苗は何もサボッていたわけじゃないのにひどいよね」
「殺された結城良美ちゃんも早苗先輩と親しかったんでしょう?」
「う〜ん。親しいというより良美って子が一方的に追いかけてまわしてたみたいだなあの3人を・・早苗はもともと下級生に人気があって親衛隊みたいにいつも下級生をはべらせていたけど、
その中に入るわけじゃなかったみたい。そういえば延期されてた殺されたその1年生の葬儀が明日あるんでしょう?君も同じクラスだからいくの?」
「ええ・・そのつもりです」
七槻は、じっとテーブルの上を見つめていった。
67推理:2009/11/01(日) 22:35:18 ID:vfKyAcfo0
「それにしても、問題は動機ね・・3人とも優等生でそれぞれの分野で有名人、問題を起こしたわけでもないのに飯山先生はなぜか3人を嫌っていた・・。
けど嫌みをいわれたくらいで殺したりするかしら?飯山先生を殺したい生徒なら他に大勢いそうだけど・・あの優等生3人は誰もその中には入りそうもないわ・・」
「そうやな・・それにあの良美という第2の被害者も、偶然目撃して巻きぞえになっただけじゃなさそうだしの・・」
七槻のアパートで探と平次は、七槻の出した紅茶を前に七槻の報告を聞いていた。
「ストーカーのように、いつもあの3人を追いかけていたということが原因でしょう。その中の誰かの犯行を見てしまった・・」
白馬が優雅に100円ショップで七槻が買ったアンパンマンのカップを取り紅茶を口に含む。
「でも普通、殺人を目撃したら驚いて警察や先生に届けるでしょう?・・なぜ良美ちゃんは最初の事件で警察が来た時黙っていたの?」
「気が動転していたか・・確信がなかったか・・」
ふと平次は、あぐらをかいた平次たちの前で、七槻はずっときちんと正座していることに気がついた。
68推理:2009/11/01(日) 22:38:01 ID:vfKyAcfo0
「なんや自分、行儀がいいな・・おまえのアパートなんやから、もっとくつろいで足をくずせや・」
「え?・ああ・・そうだね・・刑務所の中では正座を崩すと怒られるのでついそのくせで・・」
七槻は、さびしそうに笑って、少しだけ足をくずした。
「あ・・すまん・・よけいなことを言ってしもうたな」
平次はあわてて謝った。
「いいよ・・もともと正座の方が好きだし・・それよりわからないことが何点かあるわ」
「うむ。第1、飯山先生はなぜあの3人を嫌っていたのか?」
平次が指を立てる。
「第2、良美ちゃんがなぜ飯山先生に呼び止められたのか?それは事件と関係あるのか?」
七槻が続ける。
「第3、あの日良美さんは、誰を追いかけていたのか?」
探がつぶやく。
「第4、良美ちゃんが犯行を見たのならなぜそれを黙っていたのか?そしてなにより不可解なのは・・・・・」
「犯人の動機はなにか?」
3人は同時に言った。
69推理:2009/11/01(日) 22:41:25 ID:vfKyAcfo0
「飯山先生が早苗先輩に言っていたという言葉も気になるわね」
「サボ娘か?・何をサボッたんやろな・・掃除当番とか・・なわけないか」
七槻は、小さな座り机の上の写真に目をやった。七槻と親友香奈の写真。親友を自殺に追いやった
高校生探偵時津を七槻は冷酷に計画的に撲殺した。人一人を殺すには、すさまじい憎悪や癒しがたい
悲しみと言った莫大なエネルギーを必要とすることを誰よりも七槻は知っている。現実は小説やマンガではない。嫌がらせを言われたくらいの理由で人は殺せない。
「もしかして・・・」
不意に七槻の白い頬にポッと赤みが差した
「おまえ・・なにか危険なことを考えておらんか?」
七槻をじっと見ていた平次が、鋭く言った。七槻は顔を上げて澄んだ意志の強い眼差しで平次を見た。
「まだ確信がないんだ・・明日はご両親が落ち着くまで延期されていた良美ちゃんの葬儀・・そこで何かわかるかも」

70葬儀:2009/11/02(月) 12:56:38 ID:92nb+P7c0
結城良美の家は、大きな工場の側に立てられたその従業員の社宅の一軒だった。狭い家なので、参列した弔問客は外に並んで順番に焼香をする。
七槻も、制服姿でクラスメイトに混じって列の後ろに並んでいた。
「ふうん。意外だな・・」
クラスメイトの一人が、良美の家を眺めながらつぶやいた。
「意外って何が?」
「彼女の家は、すごくお金持ちだとばかり思ってたわ」
「なぜそう思ってたの?」
「だって、良美ちゃんすごくお金を持ってたもの。高いカメラを何台も持ってたし、この前なんて学校にこっそり宝石を持ってきて見せびらかしてたわ」
「宝石?」
「うん。高そうな指輪やネックレスなんか・・」
「高そうな装飾品やカメラね。それは入学してからずっと?」
「ううん。1年のときは良美ちゃんは、ぜんぜん目立たなかった。派手になったのは最近カメラにこり始めてからよ」
列が進んで祭壇のある家内が見える場所まで来た。狭い部屋を片付けた祭壇の横に若い母親が泣き崩れ、父親が懸命に涙をこらえて弔問客に応対している。
<どんな子だったにせよ親にはかけがえのない愛するわが子なのね・・>
七槻は、きつく唇をかんでうつむいた。母親の泣き声が自分に突き刺さるように感じる。
71葬儀:2009/11/02(月) 16:21:02 ID:92nb+P7c0

じっと遺影の飾られた祭壇を見ていた七槻は、不意に前のクラスメイトの肩をつかんでささやいた。
「ねえ・・あの祭壇に置かれた遺品のカメラの中に、あの日良美ちゃんが持っていたカメラはある?」
「う〜ん。よくわからないけど確か一番端の大きなカメラだと思うよ」
「あの一眼レフね。レンズは同じものがついていた?」
「そんなのわかんないよ。でもああいう大きなレンズだったよ」
「テレコンがついていたのね。それで戻ってきて取り替えたのはどれかわかる?」
「たぶんその横の黒いのだと思うよ」
「あの小さいデジカメね・・ありがとう」
七槻は、そっと列から離れると、別の教職員の列に並んでいる平次と白馬に近づくと脇に連れ出した。
「なんやて?自分アホとちゃうか?なんでそんなもん買わなあかんねん」
「いいから、お願いよ。この制服姿じゃ買えないもの。このへんのコンビニを何軒か回ればそろうと思うわ。
あ・・もうすぐボクたちのお焼香の順番になるから行くね。後でボクのアパートで」
「お・・おい!ちょっと待て・・あいつ何考えとんねん」
「さあ・・なにか思いついたんでしょうけど・・僕はそういう買い物はごめんですからね君にはぴったりでしょう・・」
白馬は、クスリと笑って平次を見た。
72アパート:2009/11/02(月) 16:24:20 ID:92nb+P7c0
焼香を終え、クラスメイトと別れた七槻は、自分のアパートに戻った。
無言でドアを開けると、室内に明かりがついていてたたきに男物の靴が二足そろえて脱いである。
「おお・・おかえり」
先に来ていた喪服姿の平次と白馬がちやっかり奥の和室に座り込んでいた。
「ただいま・・あ〜つかれちやったな〜!」
乱暴に靴を脱ぐと、座り込んだ平次たちの前を通った七槻は、クローゼットを開け、セーラー服から黒いリボンを外し、
無造作にスカーフを取ると、セーラー服の上着を脱ぎ、スカートを下ろして黒いソックスと白いブラとショーツだけになった。白い均整のとれた美しい裸身が露わになる。
「お・・おい・・ちょっとまて」
「あ・・いま我々は台所にでますから」
いきなり目の前で下着姿になった七槻に、あわてて平次と探が台所にでてガラス戸を閉めた。
「あ・・ごめん・・人前で着替えることになれてしまっているんで・・気がつかなかった・ボクこそごめんね」
恥ずかしそうに七槻はガラス戸の向こうに謝った。

73アパート:2009/11/02(月) 16:26:05 ID:92nb+P7c0
「で?ボクが頼んでおいた買い物はしてくれた?」
トレナーに着替えた七槻は、平次たちの前に正座した。
「僕はそんな買い物はごめんなので服部君に・・」
「おう・・仕方ないから買ってきたが・・えらい恥かいたで・・おまえ女のくせにこんなもんに興味あるんか?」
どさどさ!と平次がちゃぶ台の上に袋から投げ出したのは、コンビニの成人雑誌コーナーによくある盗撮写真の雑誌だった。
「ボクが興味あるのは・・殺人事件の捜査だよ・」
七槻は、一冊を取るとペラペラとページをめくり始めた。
「おや?白馬・・じぶんももすました顔してすけべやのう〜。やっぱりこういうんに興味あるんとちゃうか?」
白馬もまじめな顔で別な雑誌をめくり始めたので平次が肘でつつきながらからかう。
「僕も七槻さんと同じで興味があるのは殺人事件ですよ」
「どういう意味や?」
「あった!」
無言でページを繰っていた七槻は、何冊目かの雑誌を開いて二人の前に置いた。
「やっぱり・・・」
のぞき込んだ平次の目に、
<九州の超お嬢様学園のムフフ盗撮!>
という見出しが飛び込んできた。
「こ・・これって南九州女子学院じゃないんか?」
皆目の上に黒い線を入れているが、知っている人間には一目でわかる、七槻のクラスメイトの着替え姿や、
高野早苗の走り幅跳びの大股びらきの写真などがアップで何枚も並べられている。七槻の白い指が、その記事の一番隅を指した。
そこに小さく<現役JK Y・Yさんがクラスメイトを激写!>とある。
「Y・Y・・・結城良美!か」
74アパート:2009/11/02(月) 16:28:24 ID:92nb+P7c0
「うちの学校は、お嬢様学校なもんだから、カメラ小僧が集まるんで厳重に塀や植木で隠されている。こんな鮮明な盗撮写真は、生徒か教職員でないと撮れないよ。
さっきお葬式で見た良美ちゃんのお家は普通のサラリーマンのお家だった。でも遺品のカメラはみんな高価なものばかり、クラスメイトの話では最近すごく金回りが良くては宝石まで持っていたらしいよ。
勿論うちの学校ではアルバイトは厳禁。とすればお金をかせぐ方法は・・・」
「なるほど・・殺された良美っていう娘が急に金持ちになった理由はこれやな。友達のいやらしい盗撮写真を売るとはとんでもないガキやな」
「ブー!半分だけ正解・・盗撮写真は彼女の副業・・本業は別にあるのよ」
「本業って・・なんや?」
「盗撮の投稿くらいじゃお小遣い程度にしかならないよ・・とても高価なカメラや、宝石なんか買えない。それに早苗先輩はともかく幸子先輩や、沙織先輩は、お世辞にも美少女とはいえないし、パンチラ写真なんかとれそうもないわ。そこで問題です・・・・・
カメラ好きで人のことをつけ回すことが趣味の人が、ある日突然お金持ちになったとしたら・・・・その理由は?」
「ブラックメール(脅迫)・・・」
白馬がつぶやいた。
「ピンポ〜ン。この子、誰かを脅迫してお金を脅し取っていたのよ」
「なるほど・・すると可能性のあるのはあの三人やな・・・しかし品行方正な優等生にどんな脅迫の材料があるんやろな?」
「・・・・そうね・・」
七槻は、ちらっと机の上の親友の写真を見てから、澄んだ目でふたりの高校生探偵をまっすぐに見据えた。
「やっぱりこの手しかないか白馬君・・服部君・・ボクの推理を聞いて・・」

75捜査篇終:2009/11/02(月) 16:52:20 ID:92nb+P7c0
長々読んでくれてありがとう。捜査篇は、これで終わり。次回から解決篇です。
簡単だけど、犯人、動機、証拠を推理してね。次回はサービスシーンあり。
76デ・ジャヴ:2009/11/04(水) 16:09:14 ID:iMD/wJX40
暗闇で声がする。
<七槻たすけて!わたし殺人犯にされそうなの・・七槻たすけて!>
<!今行くから!香奈!ボクがいま助けにいくから!待ってて!香奈!香奈!>
七槻は、自分の大声で目を覚ました。パジャマ代わりのTシャツもその下のショーツも汗でぬれている。冷や汗に気味悪く濡れた感触に顔をしかめ、布団から立ち上がると乱暴にTシャツを脱ぎ捨て、
ユニットバスの前でショーツも脱いで洗濯機に放り込み、狭いシャワーだけの浴室に入った。冷たいシャワーがほてった全身を心地よく冷やす。窓の外はようやく白みはじめている時間だ。
すらりとした均整の取れた七槻の裸身にシャワーが降りかかり白い肌が水を弾いていく。
77デ・ジャヴ:2009/11/04(水) 16:10:21 ID:iMD/wJX40
・・・・守りえなかったボクの親友、あの探偵気取りの小僧になぶりものにされて自殺したボクの恋人。
彼女とボクとは親友以上の関係だったことは、服部君も白馬君も知らないことだ。いやうすうす感ずいていたけど黙っているのか・・。ボクと香奈は一度だけ唇を合わせたことがある。
一度だけ手を握り合って身体をあわせて眠ったことがある。それだけだ。でもボクと香奈の魂はつながっていたんだ。そしてそのためにボクは殺人犯になった。
 朝が来れば、今度はボクが真犯人を指摘しなければならない。でももし・万一、ボクの推理が間違っていたら?ボクは、第二の香奈を第二のボク自身を生み出すことになるかもしれないのだ。そ
れでいいのだろうか?ボクの推理に誤りはないと断言できるだろうか?なぜ、こんなことを引き受けてしまったのか?自由の身になれる・・そう思ったけれど、現実は刑務所よりも何倍も苦しい。苦しすぎるよ。
「・・・香奈・・ボクはどうしたらいい?・・・」
ユニットバスの壁に形よい額を押し付けて七槻は、静かに泣いた。

78解決篇1:2009/11/05(木) 08:28:36 ID:IMbbp2ZZ0
「早苗先輩・・」
陸上部の部室で着替えていた高野早苗は、振り返った。
「あら、七槻ちゃん。まだ残っていたの?何かご用?」
「ええ・・」
七槻は、するりと部室に入ると後ろ手にドアをしめた。
「あの・・早苗先輩・・大事なお話しが・・」
おどおどと近づく七槻に、早苗は、にやりと笑った。昼間の清楚な笑顔とは別人のような淫猥な笑顔だった。
深夜の家庭科室。
テーブルの上には、早苗のバックが置かれ、床にはシューズや、カバンが散乱している。
せつなげな七槻のあえぎ声と、何人かの含み笑いの声がしている。
「うふふ・・かわいいわね・・七槻・・ここはどう?・感じる?」
「わたしたち・・あなたが入部した時から目をつけてたのよ・・同類はすぐわかるんだから・・」
「こんなに簡単にあなたの方から飛び込んできてくれるなんてね・・うれしいわ」
「ちょうど良いわ・・沙織、早苗・・この子を三人共有の奴隷にしてうんといじめて楽しみましょう」
「いい考えね・・いいこと七槻・・誓いなさい・・わたしたちの奴隷になるって」
79解決篇1:2009/11/05(木) 08:30:45 ID:IMbbp2ZZ0
家庭科室のテーブルの上に仰向けに寝かされた七槻の上に、三人の上級生が左右から蛇のように絡みつき、そのしなやかな身体を弄んでいる。幸子は、七槻のかわいい鼻をつまんで口を開けさせ
細い七槻の舌に自分の分厚い舌をからませて唇をむさぼっている。
沙織は、セーラー服の上着を捲り上げ、ブラをずり上げて、白い乳房を露わにさせ柔らかく手で揉みながら、ピンク色の乳首をつまんでくすぐる。
早苗の指が、七槻のスカートの奥に入り込み、ブルーのショーツの食い込んだスリットの上をなでさすり・・更にショーツの奥へと入り込んでいく。
「あ・・いや・・先輩・・やめて」
するっとライトブルーのかわいいショーツが足首まで引き下ろされる。
「うふふ・・だめよ七槻・・これからは学校内ではパンティは禁止、ずっとノーパンでいるのよ・・」
「もちろん・・ブラもよ・・」
幸子が、七槻の制服の上着をまくり上げ、形良く上を向いた乳房を露わにして、生意気にツンと尖った乳首を口に含む。
「あ・・あん・・」
ビクッビクッと若鮎のように七槻の身体が震える。
「ふふふ・・我慢してるのね。かわいい・・その生意気でプライドの高そうなところがいいわ・・今からじっくり調教してあげる。良い子にしていたら、そのかわりうんとHなことをしてあげる・・」
三人が、一斉に七槻の服を脱がそうと手を伸ばした瞬間。
ガタッと大きな音が奥の被服準備室からした。
「こ・・こら!・・白馬!のしかかったらあかんて!」
「服部君こそ・・そんなに乗り出すから・・」
80解決篇1:2009/11/05(木) 08:39:40 ID:IMbbp2ZZ0
「だ・・誰!」
立ちすくむ幸子たちの間から、七槻が胸を押さえて起き上がった。
「早く出てきなさいよ!」
ドアが、開き、白馬探と服部平次がこそこそと出てきた。
「遅いわよ!どすけべ!すぐ出てくる約束だったのに、二人して見とれてたでしょう!もう少しで犯されるとこだったよ!」
「め・・」
「面目ありません」
がっくりうなだれる男二人をにらみつけて、七槻は、するりと机から滑り降りて立ち上がった。
「おっと」
七槻は、足首まで下ろされたショーツをあわててお尻まで引き上げると、急いでスカートを下ろし、
ブラジャーをつけ直すとスカーフを整えて呼吸を整えた。幸子の唾液が口の中でねばつきたまらない嫌悪感で、
ハンカチの中につばを吐くと、何度も形良い艶やかな唇をぬぐった。全身に蛇が這い回ったような感覚に、
いますぐシャワーを浴びて全身をゴシゴシ洗いたい衝動を抑えて、上気した顔を仰向けて、しばらく深呼吸して
七槻はようやく平静を取り戻した。
「早苗先輩、幸子先輩、沙織先輩、ボクは人の趣味には口を出しませんけど・・いまのはいくらなんでも悪趣味ですね・・
同性同士でもレイプ罪は成立するんですよ。ほら男どもは唖然としてますよ」

81解決篇1:2009/11/05(木) 08:44:46 ID:IMbbp2ZZ0
「七槻・・これはどういうこと!」呆然と立ちすくんでいた早苗が真っ青な顔で叫んだ。
「ご心配なく。今のことはボクの知りたい本当の目的ではありませんから、ここだけの秘密にしておきますから、早苗先輩、こんな風に罠にかけてごめんなさい。
でもどうしても知る必要があったんです。今回の殺人事件の本当の動機を・・」
「殺人事件?」
「ええ・・ボクたちは本当は、高校生でも教生でも用務員でもないんです。皆警察の依頼で、この学院に潜入した探偵です」
「た・・探偵?」
「はい・・ボクが、早苗先輩を誘惑して皆さんをここに来させたのは、飯山町子先生と結城良美ちゃんを殺した事件の真相を明らかにするためです」
七槻は、スカートを直し、スカーフを左右均等に締めると、クルリと三人を向き直った。
「だから、少し我慢して3人ともしばらくボクの推理を聞いて下さい。あの日この部屋でおこったことについてのボクの話を・・」

82解決篇1:2009/11/05(木) 10:39:03 ID:IMbbp2ZZ0
「最初この事件は、飯山先生が計画的に殺されて、それを偶然目撃した良美ちゃんが口封じに殺されたと考えられていました・・でも良美ちゃんが、盗撮をしていて、しかも早苗先輩たちをつけ回していたということ。彼女が最近突然お金を持つようになったこと・・
そのことを考えるとボクは、・・・飯山先生が最初に狙われていたんじゃなく、その逆じゃないかと推理しました・・」
「逆?」
「飯山先生を計画的に殺害して、それを目撃した良美ちゃんを偶然に殺してしまったのではなく。良美ちゃんを計画的に殺す予定の犯人が、偶然飯山先生を殺すことになってしまったということです。
飯山先生は確かに全校生徒に嫌われていました。でもそれだけでは殺人の動機にまではなりません。だから、飯山先生が殺害された理由は、誰もが考えた先生への恨みじゃなく、もっと別な理由じゃないか・・
ということです。一方調べると良美ちゃんは、偶然の目撃者ではなく、実は早苗先輩達をストーカーのようにつけ回していた・・盗撮で売れる早苗先輩はともかく、幸子先輩は化学部、
沙織先輩は文芸部、パンチラショットを撮れるわけじゃない。だから良美ちゃんが三人の先輩をストーカーしていたのは、別な理由、先輩達の弱みを盗撮してそれをネタにお金を出させるために追いかけていたんじゃないか・・」
83解決篇1:2009/11/05(木) 10:41:21 ID:IMbbp2ZZ0
「それがなんと・・こんなえげつないレズ関係とはの」
早苗が鋭い目で平次をにらんだ。
「最初は、化学部、文芸部、陸上部と何も接点のないお三方をどうして良美ちゃんが追いかけていたかわからなかったんです。でも3人が仲良しなこと、優等生で学院の誇りのはずの
早苗先輩達を飯山先生だけはなぜかひどく嫌っていたこと。早苗先輩たちのことを「サボ娘」と呼んででいたことを考えて・・もしかして・・と思ったんです・・」
「サボ娘?」
「クラブも授業もサボったことなんかない早苗先輩たちに変でしょう・・だから・・ずる休みのサボではなくて」
「サボじゃなく・・サッフオーなんですね」
言いにくそうに口ごもる七槻に白馬が助け船を出した。
「なんやサッポーって」
「サッフォーまたはサボーは古代ギリシャの女性詩人で、レスボス島に住んでいた同性愛者ですよ。その島の名をとって・・女性の同性愛をレスボス・・レズビアンというようになった」
説明する白馬にうなずきながら七槻は続けた。
84解決篇1:2009/11/05(木) 10:43:47 ID:IMbbp2ZZ0
「良美ちゃんは投稿用に早苗先輩を盗撮している内に三人のこの秘密を知った。そして盗撮の投稿よりもっと手っ取り早く大金をせしめることができる方法を思いついた・・
それと別に飯山先生も長年の女子校教師の感でうすうすそれに気がついて暗に皮肉ってサッフォ娘って呼んでいたんです」
早苗は、赤くなって目をそらした。
「これが動機だったんですね。一対一の関係なら女子校によくある行きすぎた友情ってごまかすこともできる。
でも先輩たちのような有名人の優等生がさっきのように後輩まで引き込んで乱交してる写真ってことになれば・・大スキャンダル。そうたとえ殺してでも・・どうしても隠しておく必要があった」
七槻は、背中を向けて犯行の日と同様に次第に暗くなった窓の外を見た。
「あの日、盗撮を疑っていた飯山先生から目を付けられて呼びとめられた良美ちゃんが、ある物を先生から没収されるのをクラスメイトが見ています。胸ポケットに入るほど小さくて、良美ちゃんが必死に取り返そうとするほど大事なもの・・
その場ではわからないけれど、後で調べられると犯人の破滅するような大事ななにか。でもそれは先生の殺害現場からは発見されなかった」

85解決篇1:2009/11/05(木) 10:48:27 ID:IMbbp2ZZ0
「デジカメのメモリーやな」
平次のつぶやきに七槻はうなずいた。
「その通り。その中にはおそらくさっきのような早苗先輩達が後輩の子を連れ込んで楽しんでいるところが
撮影されたデータが入っていたんです。そしてそれは、あの日犯人が大金と交換条件で良美ちゃんに持ってこさせ、
ナイフで殺害して奪い取る予定だった」
「な・・んですって?」
幸子たちが同時に叫んだ。
「そう犯人は、最初は先生ではなく良美ちゃんを殺害する計画だったんです。でも肝心のデータを途中で飯山先生に取り上げられてしまった。
納得できる理由を説明しないで先生がメモリーを渡してくれるわけがない。ぐずぐずしていたら先生がメモリーを開けてしまうかもしれない。
切羽詰まった犯人は、先生を呼び出して良美ちゃんを刺すために用意したナイフで、殺害してメモリーを奪った。でも、先生を殺せば、良美ちゃんも
そのままにできない。彼女だけは、なぜ先生が殺されたか、犯人がだれがすぐに想像できてしまうからです・・そこで犯人は大胆な行動にでた。
良美ちゃんが自分の後を付けていることを承知の上で、先生を殺害し、その後で良美ちゃんは、警察には言わずそれをネタに自分を呼び出すことを予期していてそこを殺害した・・
まったく警戒してたなかった先生があっさり殺され、それを知っていて警戒していた良美ちゃんは抵抗したので、結果的に最初の先生の殺人が計画的殺人、
後の良美ちゃん殺しが衝動的殺人に見えたっていうわけです。・・・でも真相は逆だった。つまり犯人は、飯山先生に恨みがある人物ではなく良美ちゃんを殺す必要があった人・・あなたがたの中にいるっていうことです!」
86解決編2:2009/11/06(金) 09:38:20 ID:3MMkjwKN0
「ば・ばかばかしい・・私たちの中の誰だというの?その犯人というのは!」
かすれた声で早苗が言った。
「幸子先輩は、一人で目を離すことができない長時間かかる化学実験中だった。犯行にどれだけの時間がかかるかわからないのだから、
無人にするわけにはいかないし、途中で中断したらそのことが実験データに出てしまう。それに化学実験室室のドアは二重で実験室から出ると
隣の準備室にいる人にわかってしまう。一定時間操作しないと電源が落ちる上に、使用者の記録の残る学校のパソコンでずっと小説を書いていた沙織先輩にも途中で抜け出しての犯行は無理だわ」
長い沈黙が落ちた・・・・やがてのんびりとしたような口調で早苗が口を開いた。
「それはつまり・・私が犯人だっていう意味?七槻ちゃん?わたしもずっとグラウンドで練習していたと言ったはずよ」
「そうです。早苗先輩。あなたが、飯山町子先生と、結城良美ちゃんを殺害した犯人です」
七槻の静かな声が、息詰まる緊張に満ちた室内に響いた。
87解決編2:2009/11/06(金) 09:39:36 ID:3MMkjwKN0
「早苗先輩・・ボクはその話を聞いて最初からあなたが怪しいと思っていました。あの日は夕方から雨が降り出しました。先輩の専門は、走り幅跳び、オリンピック選手候補のあなたが、
大事な大会前に、濡れて砂が堅くなる雨の中、砂をならしてくれる補助者のいない一人きりで練習するはずがありません。
だからボクははすぐに思ったんです。あの日雨の中でずっと一人で練習していたというあなたの話はうそじゃないかと」
「あら、わたしは雨なんて気にしないわ。雨の中で絶対にできないわけじゃないでしょう?それともわたしが、グラウンドではなくこの教室にいたという証拠があるの?」
七槻は、窓の外を眺めながら冷静に話を続けた。
「それは、殺された良美ちゃんのカメラが、証明してくれています」
「彼女のカメラに何か映っていたというの?でもメモリーはなくなっていたんでしょう?」
「カメラに撮影されていたという意味ではありません。カメラそのものの話です」
「カメラそのもの?どういう意味?」

88解決編2:2009/11/06(金) 09:42:58 ID:3MMkjwKN0

「犯人は、あの日良美ちゃんが、ずっと跡をつけていた人物です。彼女は、カメラマニアで学校にもいつも何台も持ってきていました。
なぜ何台も持つか?興味のない人にはわからないけど、マニアは、野外用、室内用、昼間用、夜間用とカメラを使い分けるんです。クラスメイトの話では
彼女が最初に持って出たカメラは、重くて大きい一眼レフ。DMC−FZ20にテレ・コンバージョンレンズDMW−LTZ10をつけたもの。簡単に言うと
広角望遠レンズを付けた広い野外で動くものを撮影するためのカメラです。つまり彼女のターゲットは、あの日外にいて動いている相手だったということの証拠。
幸子先輩は、化学室、沙織先輩は、コンピューター室。狭い室内にずっといたわけだから彼女の持って出たカメラには合わない。彼女は、あの日ただ一人グラウンドで
運動をしていた早苗先輩。あなたを追いかけていたんです。
ところが、その後急いで一度教室に戻ってきた良美ちゃんは、カメラを取り替えて出ていった。取り替えたのはDMC−LX3。フラッシュなしで暗い室内を撮影する
ための小さなカメラです。つまり、それはターゲットが野外から校舎の中に移動したということ。・・彼女はあの日、グラウンドにいたあなたが校舎に入るのを見て、
急いで教室に戻って野外用から室内用のカメラに取り替えた。
89解決編2:2009/11/06(金) 09:47:06 ID:3MMkjwKN0
あの日のあなたの行動はおそらくこうです。
良美ちゃんを呼び出してメモリーを奪って殺す計画で、夜会う約束をしておいて彼女を監視していたあなたは、
彼女が飯山先生にメモリーを取り上げられるのを見て、急いで計画を変更した。あなたは、夕方雨が降り出す
まで練習をしてから、そのまま校舎に入り良美ちゃんが後をつけているのを承知の上で、この教室でメモで呼
び出した先生を殺害した。返り血は体操服の上からジャージを着ればごまかせる。予想通り良美ちゃんは、新
しい脅迫のネタができたと大喜びで警察には言わず、待ち合わせの教室にノコノコ出てきた。そこで、彼女を
殺し、カメラのメモリーを奪った。こうすれば皆から恨まれていた飯山先生が計画的に殺害され、それを偶然見
た良美ちゃんが口封じに殺されたように見えて、良美ちゃんを狙った本当の目的がごまかせる。早苗先輩、
あなたがおっしゃる通りあの日ずっとグラウンドにいたなら、あるいは彼女が沙織先輩か幸子先輩を追いかけて
いたなら、良美ちゃんは途中でカメラを交換する必要はなかったはずです」

90解決編2:2009/11/06(金) 09:48:47 ID:3MMkjwKN0
「それがどうしたの?」
早苗は、せせら笑った。
「良美ちゃんがカメラを取り替えたから私が犯人だって言うの?そんなの証拠でも
なんでもないわ。あくまで私が犯人だって言うなら、証拠を出しなさいよ!私が犯人
だという決定的な証拠を!」
七槻は、紫色に染まる空を見上げた。ここにいるのはボクだ。探偵に真実を暴かれ
必死に逃げ道を探してあがく哀れな獲物。1年前のボク自身だ。
「証拠は、今早苗先輩がバックで隠している下にあります」
突然窓から振り返りまっすぐに早苗の目を見つめながら七槻は、凛とした通る声で答えた。
「え?」
立ちすくむ早苗の脇から、平次がすばやくテーブルの上に置かれたバックを取り上げた。
「早苗先輩・・先輩はこの部屋に入った時にこれに気がついたんでしょう?だからさりげなく
自分のバックを上に置いて隠そうとした・・・このキズを!」
ゆっくりと歩み寄った七槻は、テーブルの上にかすかに残った何本かの平行したひっかき傷を指さした。
「これが早苗先輩が犯人だという決定的証拠です」
「なんなの?このひっかきキズみたいなもの?」
幸子が近づいて首をひねった。早苗は無言のまま顔を背けている。
「早苗先輩にはこのキズがなんだかわかるはずです。このテーブルの上に何本も平行して
しかし違う間隔でついていた奇妙なキズ。これは、犯人があわてて逃げるときにつけた。
走り幅跳び用のシューズの底につけるシューズピンでひっかいた跡です!」
91解決編2:2009/11/06(金) 09:50:36 ID:3MMkjwKN0
「あ!!」
部屋にいた人間全員の目が、一斉に立ちすくむ早苗に注がれた。そして床に転がった
彼女の走り幅跳び用の靴に。その裏には鋭いシューズピンが何本か植わっている。
「底にスパイクのある靴はいろいろあるけれど、走り幅跳び用の靴はかかとの部分には
ピンのない特殊なもの、ピンのある部分は手のひらに入るくらいの幅しかないので一見
靴のあととは誰も気がつかない。ボクも麗子先輩にお茶を出すとき陸上部の部室のテーブル
の上にこれと似たキズを見つけるまで気がつきませんでした。だから先輩は部室でも靴は手
にもったままだったんでしょう?テーブルに置いて同じキズがつくと困るから・・。
このキズがあの犯行のあった日、掃除当番がここを掃除したときに既にあったなら、後で
検査に来た飯山先生が見落とすはずがないわ。学校の机にキズがあるのは珍しくないから
警察も見落としてしまったんでしょうけど、飯山先生を知っている人ならおかしいとおもうはず。
ここは先生の城の家庭科室、あれほど神経質で潔癖症な先生がこんなキズをそのままにしておくはずがありません。
でも先生は上機嫌で掃除日記に、「良し」と書いている。つまりこのキズは、あの日の午後、掃除当番が掃除をしてから、
先生が殺されるまでの間につけられたもの・・その間鍵のかかった被服準備室に入れた人物は、ふたりだけ。先生と・・・犯人です。」
92解決編2:2009/11/06(金) 09:52:35 ID:3MMkjwKN0
「そのシューズは、ピンの位置や長さもこだわりがある特注のあなた専用のものよね。
うそだというなら、今そのシューズをこのキズと合わせて見る?世界にひとつしかない
あなた専用の、あの日あなたが履いていたそのシューズのピンとこの犯人の残したキズ跡を?!」
最後の七槻の言葉はムチのように鋭く部屋に響いた。
長い沈黙の後、早苗は、床に崩れ落ちた。
七槻は早苗に近づき、ひざまずくと静かに語りかけた。
「早苗先輩・・・ボクは、あなたを告発できる立場の人間ではありません。ボク自身が殺人犯
で服役していた身なんです。でもだからこそあえて言います。人を殺した者には、永遠に
安らかな眠りは来ないんです。自分が殺した相手の最後の叫び、最後の息、最後の目が脳裏に
焼き付いて・・毎晩毎晩それが悪夢に現れます。せめて自分の罪を引き受け、それを償おうと
しない限り・・最後には破滅してしまいます・・今からでも遅くありません。自分で自首して、
自分のしたことと向き合ってください。それが早苗先輩自身を助ける唯一の方法です」
93解決編2:2009/11/06(金) 09:55:32 ID:3MMkjwKN0
早苗の肩が激しく震えた。
「あの子が・・良美がいけないのよ!最初は、わずかなお金だった・・
でもだんだん大きくなり・・とれも払えない金額を要求されたわ・・
もう・・ああするしかなかったのよ・・でも肝心のメモリーをよりにもよって
飯山先生に没収されるなんて・なんてバカな子!・ああ・・・私は・・私の
人生はもうおしまいだわ!」
泣き崩れる早苗の肩に優しく手を置いた七槻の声は、年齢相応の落ち着いた深みのある大人の声になった。
「あなたには、まだ麗子さんのような親友がいるわ。生きてある限り・・やり直せない人生なんかないのよ・・
素晴らしい友人が側にいる限り、人生は必ずやり直せるわ」
七槻は、平次と探を見上げて微笑んだ。 終
94神谷さん以外認めんぞ:2009/11/06(金) 09:58:10 ID:3MMkjwKN0
長々読んでくれてありがとう。これでおわり。
95名無しかわいいよ名無し:2009/11/06(金) 17:36:26 ID:MHXpJOlfO
>>94
乙カレー
すごいおもしろかった
ってか推理小説書ける人は尊敬する
七槻ちゃんラブ度が増したぞ


それと、自分もおっちゃんの声、神谷さんしか認めない
96神谷さん以外認めんぞ:2009/11/13(金) 10:16:38 ID:BKBBycTi0
感想ありがとう。次はコナンとからませたい。灰原ともからむと面白いかも。
97インターミッション:2009/11/15(日) 17:09:58 ID:zb++mywc0
翌日の南九州女子学院は、学園のマドンナ高野早苗が、飯山先生と結城良美の殺害で
警察に自首したニュースで大騒ぎになっていたが、七槻は、それにかかわらずに静か
に最後の一日を過ごした。勿論任務を終えた以上すぐに立ち去るのが当然だが、七槻
は、頼み込んであと一日だけ出席することにした。殺人と同時にやってきて犯人が判
明するとすぐに消えてはあまりにあからさまだし、これ以上クラスメイトにどんなうそ
でもつきたくなかったので、七槻は挨拶せずに普段通り一日を過ごた。短い期間だったが、
親しくなったクラスメイトたちに心の中で別れを告げて、七槻は荷物を整理して学院を去った。
帰りの新幹線では、しっかり窓側の席を確保した七槻は、ぼんやりと車窓から外を眺めていた。
「あのなあ・・七槻・・いいにくいことなんやけど・・」
列車が品川駅を出た時、いつもと違って変に遠慮がちに隣の平次がささやいた。
「なあに?」
七槻は、振り向いて首をかしげた。
「あなたには、不愉快な事かもしれませんけど、これも仕方ないことなんです」
通路側の席の白馬も端正な顔を曇らせてすまなそうに口をはさんだ。七槻はほほえんでうなずいた。
「わかってるよ・・ボ・・わたしの仮釈放っていうのは、本当はうそなんでしょう?移送という名目
で外に出しただけで、用済みになった以上元の刑務所に戻るんだね」
98インターミッション:2009/11/15(日) 17:11:27 ID:zb++mywc0
「おまえ・・・」
「まっ。と〜ぜんだよね。凶悪な殺人犯を1年かそこらで仮釈放するほど
日本の司法は甘くない。でも恨んでないよ。少しの間でも外の空気を吸えて
楽しかった・・ふたりには感謝しているよ。ありがとう」
七槻は、カラッと笑って言った。
「自分なに一人で納得してんねん。俺らがおまえをそんな風にだますとでも思っとったんか?」
「え?・・じゃあ・・」
七槻は、ポカンと口を開けた。
「確かに最初は、法務省もそういう風に考えていたかもしれませんが、連続殺人の解決に多大
な貢献をした上に、大阪府警本部長と警視総監からの嘆願が出てるとなれば無視できないでしょう。
それに今の法務大臣は僕の父と学生時代からの親友ですからね」
白馬がウインクして言う。
「でも・・いまいいにくい不愉快なことって・・」
「それは、あれやあれ・・」
東京駅のホームに滑り込んだ新幹線の窓から、長身のちょびひげをはやした風采の
上がらない男と、側に蝶ネクタイをしてメガネをかけた生意気そうな男の子が立って
いるのが見えた。
99インターミッション:2009/11/15(日) 17:12:58 ID:zb++mywc0
あれは・・あの島で会った坊や・・たしかコナン君?」
列車が止まり立ち上がり荷物を降ろしながら、平次が小声で説明した。
「つまりな。仮釈放されれば当然身元の引受人がいるやろ。俺も白馬
も未成年やし、おやじたちも現職の警官だからなれん。そこで警察に
顔が利いておまえの引受人になってくれそうな人っていうんであちこち
探したんやけどな・・結局あのおっさん・・にな」
「誰?あの人」
ホームで大あくびをしている男をうさんくさそうに見ながら七槻は、
白馬に小声で尋ねた。
「探偵の毛利小五郎さんですよ」
「ふええ・・あの有名な眠りの小五郎?良いじゃない!わたし一度
会ってみたかっただ!」
<そっかこいつなにもしらんのやな>
平次は、苦笑して先に立って歩き出した。
「まあ・・時々顔を出して生活を報告しないといけないし面倒ですが・・」
「わかっているよ。色々ありがとう白馬君、服部君」
列車から降りた七槻が笑顔で毛利小五郎に挨拶すると、仏頂面だった小五郎
の顔がにやけてうって変わって愛想良くなった。
100毛利探偵事務所1:2009/11/15(日) 17:15:36 ID:zb++mywc0
七槻は、東京で毛利小五郎を身元引受人として、近くの小さなアパートを
借り、バイトをしながら介護の専門学校に通うことになった。定期的に身元
引受人の毛利探偵事務所に顔を出して毛利探偵の助手として掃除をしたり、
書類の整理などをしていた。
日曜日の今朝も七槻は、掃除のために事務所を訪れた。ドアを開けると、
明かりがついていてソファーに少年が一人だけ座っている。
「おはよう。コナン君」
「あ、七槻おねえさん。おはよう」
かわいい声で無邪気に返事をしながらコナンが、さりげなくそれまで
読んでいた本をマンガの下に隠すのを七槻はちらっと横目で見た。
七槻も読んでいたので表紙だけでなんの本かがわかった。
最高裁判所発行「裁判員制度ブックレット」だ。小学1年生には不必要だが、探
偵には、知っておく必要のある事だ。
毛利探偵事務所に顔を出すようになって一番興味深いのは、この少年だ。
あの事件の時から感じていたが、無邪気な顔をして、鋭い観察眼と頭脳を持っている。
とうてい7歳児とは思えない。
101毛利探偵事務所1:2009/11/15(日) 17:17:26 ID:zb++mywc0
良い天気だね。外に遊びに行かないの?」
七槻は、掃除機を出し、机の上の一杯の灰皿と散らかった紙くずを
ゴミ袋に開け、丁寧に客用テーブルと小五郎の机を雑巾で拭きながら
話しかけた。
「うん。今日はこれから見たいサッカーの試合のテレビがあるんだ」
「そう・・昨日は、お客さんが来たみたいだね。よごれた感じの初老の
男の人ときれいな中年の女の人か・・変わった取り合わせだね。だいぶ
込み入った相談だったみたいだね。金銭トラブルか・・やっかいな相談だね」
「あれ?七槻おねえさんどうして知ってるの?」
コナン君が興味深そうに尋ねた。七槻は、柔らかい笑顔で捨てようとしていた
客用灰皿の中を見せた。
「簡単な推理だよ。お客用の灰皿にたばこがたくさん。銘柄はピースがほとんど、
今時ピースを吸うのは年配の人。かっこつけて若い人が吸うこともあるけど、
吸い方が下手なので区別がつくよ。だけどこの一本だけはピアニシモ、女性好み
のたばこだし、口紅がついているから年配の男性と女性」
102毛利探偵事務所1:2009/11/15(日) 17:19:15 ID:zb++mywc0
へ〜。よごれた感じときれいな中年の人っていうのは?」
七槻は、掃除機を取るとソファーの上を丁寧に掃除した。
「ここだけタバコの灰がかなり落ちてるよ。灰が落ちるまで
無頓着に持ってたなら服も汚れてるし、全体に身だしなみを
気にしない人だろうから汚れた感じに見えると思うよ。女性の方は・・・」
七槻は、一本だけ入っていた細身のタバコを指でつまみ上げた。
吸い口に口紅がついている。
「口紅は、エスティローター。色はテラコッタ。中年の女の人の選ぶ
ブランドよ。下手に塗るとくすんだ感じに見える色だから、元の容姿
に自信がないとこの色は選ばないんじゃないかな?それに口紅の付いた
吸い殻は一本しかないから、普段吸っているというよりおしゃれで口に
したのね」
「込み入ったお金の相談っていうのはどうしてわかったの?」
七槻は、ゴミ袋を開いて見せた。
「毛利さんもかなりタバコを吸っているから、長い時間話していた
ということ。金額らしい数字と何人もの人との間でのやりとりを
図示したメモ用紙が残っているよ。話を聞いただけじゃよく理解できない
込み入ったお金にからむ相談だったということよね」
「へえ〜。すごいねえ。おねえさん。まるでシャーロック・ホームズみたいだ!」
コナン君が無邪気に叫ぶがその目だけは笑っていない。七槻は苦笑した。
103毛利探偵事務所1:2009/11/15(日) 17:20:45 ID:zb++mywc0
「ワトソン君。本気で僕をだまそうと思うなら君は・・・・・・」
「タバコの銘柄を変えなくちゃいけないよ・・・・ホームズのバス
カビル家の犬だね」
今度は本当に目を輝かせている。七槻は笑って、コナンの正面のソ
ファーに座った。
「ねえコナン君。本気でボクをだまそうと思うなら、君は読書の傾向
を変えないといけないよ」
「え?」
七槻は、手を伸ばすときょとんとするコナン君の前に置かれたマンガ
の下から、ブックレットを引き出した。
「ねえ。コナン君。前から君には聞いてみたいと思っていたんだ」
「本当?僕もおねえさんに聞いてみたいと思ってたことがあるんだ」
予想通りコナン君が不敵に笑う。
「へえ・・どんなこと?」
「たとえば・・・あの島での事件の真相・・とか?七槻おねえさん」
「・・たとえば・・君の正体とか?・・コナン君」
微笑しながら向き合う七槻とコナンの視線が交錯し激しく火花が散った。
104白(チェスの先手):2009/11/18(水) 18:04:18 ID:XGU1y7E30
[あの島の事件の真相といっても・・犯人がわたしだって言うことは確かなことだよ」
「うん。おねえさんが犯人というのは確かなことだけど、本当のことはそれだけ、
後の話はほとんどうそばっかりだ」
「うそばかり?」
「あの時のおねえさんの説明では、ラベンダー荘の探偵を絞り出すために探偵甲子園
を計画したといってたけど、それは変だよ。大勢集めて失敗する危険を犯すより、
別々に当たったほうが確実だし、後でこそ泥のために細工した槌尾さんを捜し出すこと
さえできたおねえさんなら、時津さんがその時の探偵だと調べ上げることもできたはず。
それにトリックを見破れる=(イコール)ラベンダー荘の探偵とはかぎらないよ。
僕も平次にいちゃんも見破ってたんだからね。時津さんは、ただ最初にわかったと
言い出しただけかもしれない。むしろあの事件の探偵だと言うことを隠しているなら、
わからないと言ってる方が目指す相手かもしれないじゃない?おねえさんははどうやって
見分けるつもりだったの?」
105白(チェスの先手)1:2009/11/18(水) 18:05:28 ID:XGU1y7E30
「確かにそうねえ・・それで?」
七槻は、他人ごとのようにうなずいて面白そうに尋ねた。
「それにおねえさんは、時津さんがトリックを実演しようと
言い出すことをどうして知っていたの?誰かがその場でトリック
がわかってしやべってしまえば、計画は台無しになる。本当は、
おねえさんは、ラベンダー荘の探偵は時津さんと知っていて、
最初から時津さんだけを目標にしていたんでしょう?時津さんと
おねえさんは、あの島に来る前に話したことがあるはずだよ。
僕も平次にいちゃんも見破れなかった七槻おねえさんが女だって
いうことを時津さんは知っていたもの。おねえさんは前から時津
さんに接近して誘ってたんだ。こっそり一緒に組んで探偵甲子園
に出ようってね。かわいい女の子と秘密で仲間というのは、オタク
の時津さんには萌えるシチュだったと思うよ。だからおねえさんが、
私が事前に仕込んでおくから、君がトリックを実演してみんなをあっと
言わせようと持ちかければすぐに乗ってきたろうね」
「・・・・」

106白(チェスの先手)1:2009/11/18(水) 18:08:25 ID:XGU1y7E30
「そしてあの窓のトリック・・・トイレに行くたった10分の間
に時津さんの部屋を訪ね、話をして、撲殺し、重い死体を窓際に
寄りかからせたまま窓枠全体をガラスごと取り外し、外に出てまた
元のようにはめるなんて女性のおねえさん一人で出来るわけないよ。
もしできたとしても、時津さんの部屋から飛び降りて、玄関まで
駆けていくおねえさんの足跡という決定的な証拠が窓の下の濡れた
地面に残ってしまう」
「でも実際に窓の細工はされていたよ」
「あの別荘を借りたのは、おねえさんなんでしょう?先に来て事前
に槌尾さんと時津さんの部屋の窓だけ細工をしておいたんだ。道具
を使って時間をかければ女性でもできると思うよ」
「密室の謎は?」
「あれは密室でもなんでもないよ。簡単なかんぬきだけのカギなんだから、
時津さんの部屋だけ細工して滑りやすくしておけば、よくある外から糸を
引っかけてかけるトリックでかけることができる。あの時カギを調べたのは、
おねえさんだったしね。打ち合わせとか言って時津さんの部屋に行き、殺して、
もう細工してあった窓際に座らせ、糸をかんぬきにかけて、普通にドアから外へ
出て糸を引いて鍵をかける。これなら10分あれば十分だよ」
「なるほどね〜」
107白(チェスの先手)1:2009/11/18(水) 18:48:50 ID:XGU1y7E30
「そして最後の話もうそだ。もしあの時のおねえさんの話し通りなら、
おねえさんはあの島で、事件に関係ない子供の僕も含めて皆殺しにして、
自分も死ぬつもりだったことになるよ。でもこうしてお話していても
おねえさんはそんな人じゃないし、それほど見境ない激しい殺意があるなら、
犯人とばれた時のために武器を隠し持って、最後に一人でも二人でも道連れ
にしようとするはず。そもそも、絶海の孤島じゃないんだし、小五郎のおじ
さんたちも来ていたんだから、みんなが飢え死にする前に助けが来るに
決まっているよ」
「じゃあ。わたしはなんでそんなうそをついたのかな?」
「あんな大がかりな事をして、槌尾さんと、甲谷さんも呼んだのは、
間接的に事件に責任のある二人を罰するためでしょう?それと平次にい
ちゃんたちを試すためだ。時津さんと違って二人は事件のことを後悔して
いたから殺すことはしなかったけど、解放する前に死ぬほどの恐怖を味合
わせたかったんだ。自殺したお友達が味わったのと同じ思いをね。名探偵
気取りの平次にいちゃんたちにも。だからあの時、関係ない僕だけに
<ぼうやごめんね>と謝ったんだ」
108白(チェスの先手)1:2009/11/18(水) 18:50:58 ID:XGU1y7E30
「でもわたしのポケットに証拠のネジが入っていたよ」
「あれは、平次にいちゃんたちをわざと試すために入れていたんだ。
犯人がわからず時間がたてばお互いの身体を調べてみようということになる。
その時ネジが出てきて、平次にいちゃんたちが、時津さんみたいな見かけ倒し
なら、パニックを起こして、おねえさんを暴行するか殺すだろう?そうなったら、
たとえ救出されてももう正義の味方面をして高校生探偵なんてやってられなくなるものね。
そうなる覚悟をしていたんでしょう?」
七槻は、静かに目を閉じて両手を頭の後ろに組むとつぶやいた。
「・・・・・わたしは、君が思ってるほどりっぱな人間じゃないよ。
ただの人殺し。でも、もしそうならどうしてあっさりあきらめたと思う?」
「平次にいちゃんの態度を見たから。最後まで生を信じて証拠の保全や謎解き
より人を助ける方を優先する態度を見たから」
コナン君がきっぱりと言い切った。
「見事な推理だよ。ホームズ君! とても長い鎖だが、すべての環から
真実の音色が響いている。」
「赤毛連盟」
とコナン君が打てば響くように答えた。
109黒(チエスの後手):2009/11/21(土) 22:53:05 ID:tenAQruw0
七槻は、不意に軽くつぶっていた目を見開いてコナン君を見た。
<あの島でも思ったけどなんて不思議な瞳をしている女性(ひと)だろう>
とコナンは思った。純粋な日本人にはずだが、見る角度で深い碧にも、薄い
水色にも見える。
七槻は、コナンの推理にYESともNOとも答えず柔らかな微笑を浮かべた。
「君は面白いね。コナン君。あの島でも感じていたけど・・少なくとも白馬君
より先にわたしが犯人だと見抜いていたみたいだし、どういう理屈か見当もつかないけど・・
君はその肉体と精神が別な感じがする・・身体が子どもだけど心は大人だね・・そういう
フリークもいると聞いているけど・・ 周りがみんなこどもと思っているようだから、
それとは違うようだね・・」
110黒(チェスの後手)1:2009/11/21(土) 22:54:45 ID:tenAQruw0
「何言ってるの?七槻おねえさん。僕はこどもだよ」
コナン君は、急にあわてたようにこどもの声で答える。
「そう」
七槻は、コナンの言葉を否定しない。
「それと・・君は誰かを追っているか。追われているね。誰かと言うより組織かな?」
「なんでそんなこというの?」
「気がついていないみたいだけど、キミは外に出るとき、必ず道の左右、反対側の歩道
まで注意深く見ているよ。すごい目つきだ。わたしは、その目はよく知っているんだ。
刑務所で受刑者仲間で何度も見てるからね。追われている間に身についてしまった習慣
は刑務所に入っても簡単には抜けないんだ。特定の誰かを捜しているならさっと見れば
すむけど、慎重に歩く一人一人を見てるから、組織かな。それも相当危険な組織のようね」
「あははは・・おねえさん。マンガの読み過ぎだよ。そんなバカなことあるわけないじゃない」
すっと自然に伸びた七槻の指が、コナンのメガネをひったくった。
「あ!なにするの?」
111黒(チェスの後手)1:2009/11/21(土) 22:56:35 ID:tenAQruw0
「重いねえ・・今時のこども用のメガネはすごく軽くかけやすく出来ているんだよ。
コナン君もお父さんに言ってそういうメガネにしてもらいなよ・・」
七槻は、ひよいと自分の形良い鼻にメガネをひっかけた。
「度数0のメガネをね・・これはガラスじゃない・・液晶だね・・・プロジェクターか
・・レンズにほとんど厚みがないのに、これだけの重さがあるのはフレームの中に回路
が組み込んであるからかな?・・なるほどここがスイッチか・・」
カチッと七槻の目の前に映像が現れた。
「シグナル探査機になってるわけね」
「返してよ!僕のメガネ!」
伸び上がると、さっと七槻からメガネを取り返す。ククっと白い七槻の喉がふるえた。
「ふふふ・・コナン君は意外と自分のことは無防備だね・・目が悪い人がメガネを外
すと本能的に目をそばめて良く周りを見ようとする物だよ。そんな風にメガネをひっ
たくられて平然としていたら本当は目が良いと教えているようなものだよ」
「大きなお世話だよ!」
112チエックメイト(王手詰み):2009/11/24(火) 00:22:50 ID:EkWSlKHm0
「それにいつもつけているそのベルトと蝶ネクタイ・・靴も替えないみたいだね
・・他の服は結構頻繁に変えているところを見ると・・それも何かのメカかな?
うふふ・・MI9の海軍中佐みたいだね」
「007?」
「殺人許可証も持ってるの?」
「そんなもの持ってるわけないじゃない」
「ふむ・・つまり他のメカのことはYESということね」
「おねえさん誘導尋問上手だね」
「だてに前科一犯じゃないよ。でもそれだけ重武装なのは、やっぱり身を守る必要
があるってことよね。それにそのメカを開発した大人もいるはずね。大人の支援な
しで小学生がそんなものを持てるわけないもの」
「何も・・話せないんだ・・話せばおねえさんにも危害が及ぶかもしれないから」
「わかった」
七槻は、うなずくと立ち上がり給湯室に入った。
「やっかいな相談事を持ち込んだんだから・・手土産くらい持ってきてるよね・・
冷蔵庫の中か・・・ビンゴ!おいしそうなお菓子があるよ。お茶にするね。コナン君」
113チエックメイト(王手詰み):2009/11/24(火) 00:24:10 ID:EkWSlKHm0
「もう・・何も聞かないの?これ以上・・七槻おねえさん・・・?」
コナン君が、拍子抜けしたように不思議そうに聞く。
コーヒーと焼き菓子をお盆に載せて出て来た七槻はコナンの前にそれを置いた。
「ねえ。コナン君・・たとえ探偵でも・・人の心の中に土足で入っていいという
ことはないよ。人が話したくない事をあばき慣れてくると、必要もなく人の秘密
をあばいてしまうことになるよ」
「そう・・そうだね・・」
「君が話したくないのには、理由がある。それだけで十分だよ」
「・・・・・」
114吸血鬼1:2009/11/28(土) 22:26:08 ID:yw5WErLC0
一瞬複雑な思いが交錯するふたりの目が合った瞬間、事務所のドアがカチャリと開いた。
「ただいま〜。あ。七槻さん来ていたんですか。いつも掃除ありがとうございます」
毛利探偵の娘の蘭ちゃんが、入ってきた。買い物の帰りかスーパーの袋を下げている。「おかえり蘭姉ちゃん」
「おかえりなさい」
「コナン君おなか空いたでしょう?すぐお昼ごはんにするからね。七槻さんもどうぞ。一緒に食べてって下さい」
「あ・・ボクはいいよ。コンビニとかですませるから」
高校生の蘭ちゃんの前だとついボク言葉になってしまう。
「遠慮しないでいいですよ。カレーだから一人増えても手間は変わらないから。じゃあ、出来たら呼びに来るから
少し待っててね」
115吸血鬼1:2009/11/28(土) 22:27:21 ID:yw5WErLC0
蘭ちゃんは、また袋を手に外に出ると、3階への階段を上っていく足音が
聞こえた。蘭ちゃんにとってはボクは、コナン君をだまして危険な目に遭
わせた憎むべき殺人犯のはずだけど、そんなことを気にする様子もなく、
いきなり現れて毛利探偵に保証人になってもらい、頻繁に事務所に顔を出す
七槻をいやがるどころかやさしく歓迎してくれる。
「蘭ちゃんは本当に良い子だね」
「うん」
うなずくコナン君の顔に優しい表情が浮かぶ。どう見ても年上の姉のような
人を思う表情じゃない。笑ってつっこもうとした時、また事務所のドアがノ
ックされた。
「あれ?誰だろう?は〜い」
ドアを開けた七槻は、息を飲んで立ちすくんだ。後ろから見ていたコナン
君の「うえ!」という声が聞こえた。
ドアの前にでっぷり太った中年の女性が立っている。
116吸血鬼1:2009/11/28(土) 22:29:02 ID:yw5WErLC0
かなり高価な服を着ているが、その組み合わせが普通じゃない。ど派手なピンク
のジャケットに、下は黒い喪服のようなロングスカートをだらりと着て、派手な
サンダルをストッキングなしの素足に履いている。顔はまるで子供がお母さんの
化粧道具でいたずらをしたように所々メイクアップベースがまだらに残り真っ白
にフアンデーションが塗られた上に、リンゴのように真っ赤に頬紅が塗られ、口
紅は派手に唇からはみ出ている。マニキュアも下のベースコートがはみ出た雑な
塗り方の上に左右の手が違う色に塗られ、更に異様なのは、首から生のニンニク
をひもで通したものと、大きな木の十字架とをかけているのだ。
「あ・あの・・宗教の勧誘なら結構ですから」
「いえ・・ここは毛利探偵の事務所でございましょ?・・毛利探偵にぜひお
願いしたいことがありまして参りましたの」
中年女性の太ったブタのような目がおどおどとおびえたようにしきりに階段
の下をうかがっている。
117吸血鬼1:2009/11/28(土) 22:30:52 ID:yw5WErLC0
「あ・・お客様ですか・・あ・・あの・・いらっしゃいませ〜。どうぞ。
お入り下さい」
依頼人という以上留守番の七槻が追い返す訳にはいかない。仕方なく七槻は、
ドアを大きく開いて女性を招き入れた。
「どうぞこちらへ。毛利は生憎と出張中でございます。もし急ぎの御用でし
たらわたしが承ります。わたし毛利の助手の越水と申します」
本当は、仮釈放中の殺人犯です。と言うべきなのだが、正直に言うと貴重な
毛利探偵のお客様を逃がすことになるだろう。七槻は、笑顔でソファーをすすめた。
七槻の後ろからコナン君が、鋭い目で観察しながら無愛想についてくる。
「あ・・ええと・・これは・・・コブでございますのでお気になさらず・・いてっ!」
コナン君に蹴飛ばされたすねをさすりながら、七槻は、振り返りざまにこっそり後ろ
のコナン君を蹴り返して給湯室に入り、さっき入れたばかりのお茶を注いでお盆に入れ
て戻ってきた。
「あ・・あの・・毛利探偵は?」
おどおどとソファーに座りながら女はきょろきよろと周りを見回す。
118吸血鬼1:2009/11/28(土) 22:32:57 ID:yw5WErLC0
「あいにく毛利は数日仕事で大阪に出張中です。直接お話になりたいご用
でしたら、戻りましてからこちらからうかがうようにいたしますが」
「・・い・いえ・・それでは遅すぎます・・・」
「お急ぎのご用ですか?」
「え・ええ・・わたし・・拝戸町6丁目に住んでいる彩宮ヤーノシュ敦子
と申します。実は・・毛利探偵にご相談したいことがありまして・・」
「緊急のご用なら差し支えない範囲でわたしが承りまして毛利に伝えますが」
「はあ・・あの実は・・私・・・吸血鬼に狙われていますの」
「き・・吸血鬼?え〜と・・あの・・ちーすうおに・・・の吸血鬼ですか?」
「そうですわ」
「あ・・そうですか・・それで・・その・き・・吸血鬼が奥様を狙っていると?」
七槻は、ちらっとコナン君と視線を交わしながら、どうやってこの人に病院に行く
ように勧めたらいいかと考えた。
「はい・・信じられないとお思いでしょうけど・・私の主人の家はかつてハンガリー
のトランシルバニア地方の出身で第一次大戦の戦火を逃れて日本に流れ着いたハンガリー
貴族の末裔です。日本で日本人女性と結婚した当時の党首から数えて私の夫は、その四代目
になります。そして夫の家には代々言い伝えがあるのです。主人から何代も前の遠い先祖で
すが・・中世はやった疫病で死んだ後、復活して夜な夜な人を襲う吸血鬼となったという伝説です」
119吸血鬼1:2009/11/28(土) 22:34:14 ID:yw5WErLC0
「は・・・はあ・・」
<おいおい・どんなオカルト映画なんだ?>
という顔でコナン君がそっぽを向いてマンガを読み出した。
「で・・でもそれは伝説なんでしょう?」
「はい・・実は先日その主人が突然原因不明の病気で亡くなりまして・・・・」
「そ・・それはご愁傷様です」
七槻は、スカートが喪服なのはそのせいだと気がついた。
「でも・・その葬儀が終わり遺体は伝統に従って火葬にされず地下室の先祖代々
の霊安室に置かれたのですが・・そして・その夜・・真夜中のことです・私・・
見たんです・」
「へ・・・その夜に・?なにか?」
幽霊話に弱い七槻は、コナン君ににじり寄りながらこわごわ尋ねた。
「わ・・私・・見たんです・・死んだはずの・・死に装束の主人が・・
屋敷の中をさまよい歩くのを・・」
120吸血鬼2:2009/12/04(金) 18:32:32 ID:zvIfXBuh0
「あ・・あははは・・そんな・・奥様の見間違えじゃ?」
「いいえ!長年つれそった主人を見間違えるわけありませんわ!」
「はあ・・・その亡くなったご主人を見たのは、ご葬儀の夜なのですか?」
「ええ・・主人の葬儀の終わった真夜中、私が、夜中にトイレに立ったとき、
二階の階段の上から下のホールを見下ろしたら・・主人が・・・屋敷の廊下
を墓から這い出たばかりのほこりまみれの死に装束の黒いスーツ姿で・・・
ふらふらと・・」
「あわわ・・・そ・・それ・・確かにご主人だったんですか?」
「その数時間前に、私が死に化粧をして、そのスーツを着せたんですよ!
見間違えじゃありませんわ!」
「そ・・そうですか。ご主人が亡くなったのは、原因不明の病気とおっ
しゃっていましたけど」
「ええ・・何年も患っていたわけじゃなく、突然やせ始めたと思ったら、
一ヶ月ほどで息を引き取り、医者も原因不明と言っています」
「失礼ですけど、ご主人が死亡されたのは確かなことですか?」
「勿論ですわ。お医者の死亡証明書もあります」
コナン君もマンガを読むふりをして聞き耳を立てている。
「それで・・ご主人を見たのはその時だけですか?」
「いいえ・・それから・・何度も・・ある時は、夜中の廊下を歩いて
いたり、私の部屋の外からじっと部屋の中を覗いていたり・・」
121吸血鬼2:2009/12/04(金) 19:13:54 ID:zvIfXBuh0
<ううう・・ボクこういうオカルト系弱いんだよね〜もう毛利さんに
まかせちゃお〜かな>
七槻は、メモを取りながらチラッとコナン君を見ると、もうマンガを
置いてメガネ越しに興味津々の探偵の顔で聞き入っている。
<ありゃ・・これじゃここで打ち切ってもコナン君が許さないなあ>
七槻は、あきらめて質問を続けた。
「最初に奥様は、吸血鬼に狙われているとおっしゃいましたが、それ
はご主人のことですか?」
「え・ええ・・・うちの屋敷では、何匹か犬を飼っているのですが、
その一匹が殺されたんです」
「殺された?」
「そうです・・身体の血を一滴残らず吸い取られて・・」
「ひいい・・ち・・血が?」
「そうです・・私があまり言うので半信半疑だった家族も、主人の
お棺を確かめるために霊安室に行ったんです・・そしたら・・主人の
棺の側にこれが・・」
震える手で女が差し出すものを見て、七槻とコナンの顔色がさっと変わった。それは褐色のシミのある白いハンカチだった。
「拝見します」
七槻は、テーブルの上のナプキンを取り、それで自分の手をくるむと
慎重にハンカチを受け取って広げた。シミは、ハンカチの全面にしみ込んでいる。
「そ・・それ・・血でしょう?」
「確かに血液のようですね。それもかなり大量の」
七槻は、鼻に近づけて匂いを嗅ぎながら言った。
122名無しかわいいよ名無し:2009/12/04(金) 19:31:11 ID:RwqLghpdO
七槻たん
123吸血鬼3:2009/12/05(土) 11:47:53 ID:+X1pmcXt0
「その後も私の身の回りで変なことが・・・」
「変なこと?」
「鍵を閉めたはずの部屋が帰ってくると開いていたり、
夜中にドアを叩く音がしたり・」
「そのお屋敷にご家族は何人いらっしゃるのですか?」
「主人を亡くした後は、私以外は、主人の弟夫婦と独身の義妹、
それに使用人の執事とメイド2人です」
「他の方もご主人を目撃されているのですか?」
「い・・いえ・・それが私だけなんです・・あとの家族は見
たことがないと・・だ・・だから・・主人は私を狙ってるんじゃ
ないかと思うのですわ・・わ・・私恐ろしくて・・それで毛利探
偵に・・私の警護をお願いしたいと思ったのですけど」
「はあ・・しかし毛利は、あと数日は戻れないと思います」
「じゃあ。小五郎のおじさんが帰ってくるまで、この七槻おね
えさんに頼むと良いよ。七槻おねえさんはこう見えてすっごく強いんだよ」
コナン君が横から口を出した。
<あ・・面白そうな事件だからってこのガキは!>
七槻は、あわててコナン君の口を押さえた。
「そ・・そうですわね・・そうしていただけると・・ありがたいですわ」
敦子さんがすがるように七槻を見つめた。
「あ・・いえ・その・でも・・」
「いいじゃない。七槻おねえさん。ともかく行って見れば小五郎の
おじさんが帰って来たときも詳しく報告できるよ」
「で・・でもボ・・わ・・わたしなんかお役に立ちませんわ・・オホホホ」
「あれえ?七槻おねえさん。もしかして怖いの?」
コナン君がわざとらしい声で下から見上げる目が笑っている。
<こ・・こんのガキは・・やっぱりあの島で殺しておけばよかったわ>
七槻は、上からコナン君を睨み付けた。
124吸血鬼3:2009/12/05(土) 11:49:51 ID:+X1pmcXt0
「おほほほ・・いやねえコナン君。いやしくも毛利名探偵の助手の越水七槻・
吸血鬼の一匹や二匹怖いわけないじゃない。そんな事件、毛利探偵の出るま
でもなくわたし一人で十分ですわ」
「そ・それは今夜おいでいただけますか・・住所はこちらです」
敦子さんは、バックから名刺を出してテーブルに置いた。
「は・・はあ・・・では毛利が戻るまで微力ながらわたしが調査させていた
だきます」
七槻は、密かにため息をついて覚悟を決めた。
「では・・今夜7時においでください。夕食は用意させておきます。車を
待たせていますのでこれで失礼しますわ・・詳しい話は後ほど・・」
敦子さんは、あわただしく立ち上がった。
「どう思う?コナン君」
階段の下まで敦子さんを見送って戻ってきた七槻は、コナンに聞いた。
「死んだ人は歩き回らないよ」
コナンは、あっさりと言ったので、七槻は、苦笑した。
「せっかく盛り上がってるのに身も蓋もないねえ・・蘭ちゃんの友達に
生意気なガキと言われるはずだわ・・。でも確かに吸血鬼なんて空想の産物。
中世ヨーロッパで疫病や、誘拐犯など不可解な事件の原因として想像された
怪物、あるいは、敵を串刺しにして殺したことで有名な中世ルーマニアの専
制君主ワラキア侯の伝説を元にイギリスの作家ストーカーが、創作した怪物
「ドラキュラ」のことだけど、でもアメリカやヨーロッパでは一部の異常者
が自分たちは吸血鬼だと信じ込み若い女性を誘拐して、その血を飲んでいた
という事件や、特殊な性的嗜好で血を飲んだりした事件を聞いたことがある
わ。頭からあるわけないと否定する訳にはいかないんじゃない?」
「じゃあ。敦子さんが見たのは・・」
「可能性は、4つ。1つ敦子さんの妄想。2つ敦子さんがうそをついている。
3つ敦子さんは何かを見間違えた。4つ本物かどうかは別として何者かが吸
血鬼になっている」
「5つだよ。うそをつくつもりではなく誘導されて見たつもりになっている」
「そうだねえ・・・・・やっぱり1か4だね・・1が一番ありそうだけどあ
のハンカチに染みこんでいたのは確かにほ乳類、たぶん殺された犬の血だね。
悪ふざけであれだけの血は用意できないね」
「ふたりともお昼ですよ〜」
蘭ちゃんの明るい声が、上から聞こえた。
「は〜い」
125吸血鬼4:2009/12/06(日) 12:37:15 ID:d4KD0xhd0
夕方、七槻とコナンは、拝戸町の彩宮邸を訪ねた。探さなくても
名刺の住所の近くまで来ると、うっそうとした森のような広い庭
に囲まれた大きな洋館はすぐにわかった。古びた煉瓦作りの東欧
風の洋館で、ツタがからまり周囲は高い木で囲まれ薄暗い。
「うわ〜。ほんとにドラキュラ映画に出てくるような気味悪い洋
館だね。築80年以上という感じか」
「うふふふ・・吸血鬼の出る雰囲気満点だね。七槻おねえさん〜」
「コナン君・・君・・後ろから見ると良い頭の形しているねえ・・
・そういう頭を見てるとトンカチでかち割りたい衝動を抑えかねる時があるんだよね〜」
「あわわ・・まあ名探偵七槻おねえさんにかかれば吸血鬼なんてあっという間に解決だけどね」
「わかればよろしい・・・では・・」
126吸血鬼4:2009/12/06(日) 12:40:28 ID:d4KD0xhd0
七槻は、ドアの横の呼び鈴を鳴らした。
重々しい鐘の音がして、しばらくしてギギギ・・ときしむ音
を立てて重い扉が開いた。
「はい。どちら様でしょうか」
フランケンシュタインみたいな執事を予想していた七槻は、
同じ年くらいのかわいいメイドさんが出て来たのでほっとした。
紺色のロングスカートとベストに白のブラウスとエプロンのシッ
クなメイド服を着ている。
「あの・・昼間敦子さんと7時にお会する約束をしました越水と申します」
「越水七槻様ですね。お待ちしておりました。どうぞ」
メイドさんが、ドアを開け七槻たちを中に導いた。玄関ホールは大きな
吹き抜けになっていて2階の廊下から見下ろせる。
<ここね。敦子さんが墓から這い出たご主人を見たというのは>
「どうぞ。こちらへ」
すらりとしてどこか神秘的な感じの目をした美しいメイドさんが、客間に
ふたりを案内して扉を閉めた。ところが同時に、部屋の反対側のドアが開き、
お茶を乗せたお盆を持ってまったく同じメイドさんが入ってきたのだ。
「いらっしゃいませ」
「あわわ???今そっちから出たのに。こっちから??」
127吸血鬼4:2009/12/06(日) 12:41:18 ID:d4KD0xhd0
七槻が、目を白黒させていると、コナン君が
「こんにちは。穂奈美おねえさん。美奈穂おねえさんかな?」
「あらコナン君お久しぶりです」
「コ・・コナン君お知り合い?」
「うん。前に呪いの仮面の事件と、高原ホテルの事件で会った下笠さんだよ」
そこでようやく七槻は気がついた。
「あ・・さっきの人は双子のご姉妹?」
「はい。当家のメイドの下笠穂奈美と申します。さきほどご案内したのは、
妹の美奈穂です」
<しっかしつくづく呪いだの事件だのに縁のある姉妹だよな〜>
コナンが、三白眼でそんなことを考えていると、またドアが開いた。
「あら・・どなた?」
西洋系の血が入っているらしい彫りの深い中年の女性が、無遠慮にじろじろと
七槻たちを見つめた。
「敦子様のお客様で越水七槻様と江戸川コナン様です」
穂奈美さんが、説明する。
「ああ・・まったく敦子さんは困ったものだわ。お兄様が亡くなってすっかり
頭がおかしくなってしまって、変な幻覚を見たり、あげくに得体の知れない探
偵まで屋敷に呼ぶなんて・・吸血鬼ですって?ばかばかしい!
128先生は仮面に殺されたのよ〜:2009/12/06(日) 12:42:29 ID:d4KD0xhd0
双子メイドをどうしても出したくて出した。今は反省している。
129名無しかわいいよ名無し:2009/12/09(水) 13:48:12 ID:dUzgQH5yO
たまにはあげよう
130名無しかわいいよ名無し:2009/12/10(木) 01:24:49 ID:Ll4YCU79O
七槻スレがあったとはww
131吸血鬼5:2009/12/10(木) 12:38:14 ID:sNdB0GN00
「おじゃましております。わたし毛利探偵事務所の越水七槻と申します。
こちらは毛利探偵が世話をしているコナン君です」
ソファーから立ち上がって七槻は柔らかな微笑を浮かべて挨拶した。
「あら、あの名探偵の毛利小五郎の助手さん?かわいい探偵さんね。
私は亡くなったこの家の当主彩宮聖一の妹の、彩宮シルヴア聖奈よ。
まああなたの迷惑な話ね。警護っていってもまさか吸血鬼なんて話
まさか信じちゃいないでしょうね。あの女は、気が狂って妄想を見て
いるだけなのよ。この家の他の者はだれもそんなもの見てないんだから」
中年の女は、ソファーに腰をかけてタバコに火をつけた。
「それは調べて見ませんと・・・こちらのお家は、由緒あるハンガリー
貴族の家柄とお聞きしましたが?」
「ええ・・この肖像画の人」
聖奈さんは、客間の壁にずらりと並んだ肖像画の一枚を指さした。
132吸血鬼5:2009/12/10(木) 12:39:30 ID:sNdB0GN00
「これが私たちの曾祖父にあたるアントン・エルネー男爵よ。
元々ルーマニアとの国境近くの領主だった人だけど、第一次世界大戦
の混乱で国外に脱出して、日本に流れ着き日本の華族の彩宮家と婚姻
して彩宮姓になり、東欧との貿易で財をなした人よ」
「そうですか・・立派な方ですね。でも・・敦子さんのお話しではこ
ちらの家には吸血鬼の伝説があるとか?」
「ふん。たわいのないおとぎ話よ。エルネー家の領地は、ルーマニア
との国境トランシルバニア地方で、昔から狼男とか吸血鬼の伝説がた
くさんある地方なの。一六世紀にその地方で疫病がはやり当時のエル
ネー男爵もその病気で苦しみながら死んだ・・ところが葬儀の夜に墓
からよみがえった男爵は領地の村を襲い村人の生き血をすすったとい
う話よ。結局その吸血鬼は村人に退治されたけど、エルネー家の男に
はその血が混ざっているので何代かに一人吸血鬼が出ると言い伝えら
れているわ」
「そ・・そうですか・・それでお兄様の聖一さんは、急な病気で亡く
なられたんですね」
「ええ・・彩宮家の男はみな病弱で心臓が弱いのよ・・でもお兄様の
場合は・・・なんだか変なのよね。一ヶ月前まで元気にしていたのに、
急にやせて食欲がなくなりそのまま寝込んですぐに・・」
「それはご愁傷様です・・・・それでご当主のお兄様が亡くなって次
のご当主はどなたになるのですか?」
133吸血鬼5:2009/12/10(木) 12:40:37 ID:sNdB0GN00
兄夫婦には子どもがないので、次兄の聖二お兄様が次の当主になるはずよ」
「はず?」
「え・ええ・・遺言の事で敦子さんとちよっともめててね・・」
聖奈さんが、言いかけた時、ドアが開き、敦子さんが初老の男性を連れて
入ってきた。
「お待たせしましたわ。七槻さん・・あら・・聖奈さんいらしたの?」
「ええ・今かわいい探偵さんに吸血鬼のバカ話をしてあげてた所よ。敦子さ
ん。あなたが変な幻を見るのは勝手ですけど、この彩宮家の恥になるような
ことを関係ない外部の人間にペラペラ話すのはやめて下さらない?」
「え・で・・でも・・私は確かに見たんですわ。聖奈さん。亡くなった主人
を何度も」
「ふん!ばかばかしい・・あなたに必要なのは探偵じゃなくて医者よ!失礼
するわ!」
聖奈は、立ち上がり乱暴にドアを閉めて出ていった。
「ご・・ごめんなさいね・・あ・・こちらは当家の執事の土井です。もう
40年勤めてもらっています。私よりこの家のことは詳しいですから、案
内が必要ならこの者に」
「はじめまして、執事の土井でございます。なんなりとお申し付けください」
白髪まじりの髪の上品な男性が挨拶した。
「では、お言葉に甘えて、ご主人の葬られている霊安室を見せていただけますか?」

134吸血鬼5:2009/12/10(木) 14:14:34 ID:sNdB0GN00
七槻とコナンは、執事の土井の後について屋敷の裏庭に出た。
彩宮家の歴代の当主たちの葬られた納骨堂は、広い敷地の奥
まった場所にあった。天使や女神のレリーフに形取られた西
洋風の納骨堂だ。
「こちらでございます」
執事は、カギを出して重い鉄の扉を開けた。ひんやりとした
空気が流れ出てくる。
「カギはいつもかけているのですか?」
「勿論です。カギは常に私が肌身離さず持っております」
内部には、西洋式の棺がずらりと並べられている。
「一番奥の棺が初代エルネー男爵の棺、その前が歴代のご当主
のもの、壁際に並んだ棺がその他のご家族のものでございます」
土井さんは、並んだ棺の中で一番新しい棺の側に立った。
「これが亡くなられた聖一様の棺です」
「ううう・・ひんやり寒い・・はやく出たいよ・・敦子さんが
拾った血の付いたハンカチはどこにあったんですか?」
「はあ・・だんな様が亡くなってから、奥様があまりおっしゃる
ので、半信半疑で私と聖二様、聖奈様、奥様で霊安室を開けて見
ました所。この棺の横に落ちておりました」
「その時、棺は開けてみたのですか?」
135吸血鬼5:2009/12/10(木) 14:15:46 ID:sNdB0GN00
「ま・・まさか。火葬ではありませんし、亡くなって一ヶ月も経って
いましたから。それにご覧の通り棺の蓋はしっかり固定されて開いた
様子はありません」
「ご葬儀の時にはハンカチはなかったんですね」
「はい。そんなものがあればすぐに気がついたはずです」
「ねえおじさん・・ここのカギを手放した時はない?」
コナン君が、床を調べながら聞いた。
「さあ・・奥様が騒ぎ出してからは注意していましたが、その前は、
あまり気にしていませんでしたから私が入浴している時とか、寝て
いる時に誰かが持ち出すことはできたと思います」
薄暗くなった外に出て、土井さんは、また扉を閉めてしっかりと
カギをかけた。
「次の当主になる聖二さんという方はどんな方ですか?」
薄暗い裏庭を屋敷に戻りながら七槻が尋ねた。
「亡くなっただんな様の5才違いの弟で演出家でいらっしゃいます。
劇団の主宰をなさっておられますが奥様も元々はその劇団の女優で
そこでだんな様とお知り合いになったのです」
「劇団?」
「はい・・ご存じでしょうか?恐怖座という劇団です」
土井さんは意味深げにちらっと笑みを漏らした。
136吸血鬼5:2009/12/10(木) 14:17:52 ID:sNdB0GN00
「あ!それって、最近評判のドラキュラ物や、狼男物の恐怖劇専門の劇団!」
コナンと七槻が同時に叫んだ。
「はい・・そのようでございますな」
土井さんは無表情でつぶやいた。
「う〜ん」
<これって偶然だろうか?>コナンと七槻は、同時に同じ事を考えていた。
「さっき聖奈さんが、奥様と聖二さんとの間で相続に関してもめていると
聞きましたけど?」
「いえ・・ご家庭の中のことは・・使用人の私の口からは・・」
「ご家族同様なあなたならご存じでしょう?奥様を警護するためにも
ぜひ知っておく必要があります」
「そうですか・・・致し方ありません・・でも私が話した事は奥様には
内密に」
[ええ・・勿論です」
「最初のご遺言では、財産のほとんどは、次の当主の聖二様に譲られる
はずだったのですが・・奥様のおっしゃるには、最近だんな様と聖二様
とが仲違いして、だんな様は遺言を書き換え奥様に譲る形にしたという
ことです。しかし、聖二様はだんな様とけんかをしたことはない。すべ
ては奥様がだんな様に迫って書かせたものだと主張されておられるのです」
「ふうん・・」
コナンと七槻は、考え込んだ。
137吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:23:26 ID:tpptsKH40
裏口から屋敷に入ると、
「ねえ。亡くなった聖一さんのお部屋も見せてよ」
コナン君が言った。
「そうね・・一応見せていただけますか?」
七槻もうなずいた。
「どうぞ、2階でございます」
三人は、玄関の大広間に戻り大階段を上った。
元々大柄の男向けに作られたのか、小さなコナン君
など上るのに苦労するほど急な階段で手すりもすり
減り所々金属の板をかぶせて補強してある。
「ふう・・」
七槻とコナンが息を切らして2階まで上ると、廊下
から外に長いバルコニーが伸びている。
「そういえば、窓の外からご主人が見ていたと敦子
さんが言っていましたけど・・敦子さんの部屋はこ
のバルコニーごしに覗けるんですか?」
「ええ・・この扉から外へ出れば、2階の各部屋の
窓の外に続いていますから」
土井さんは、バルコニーへ出るガラス扉を指して説明した。
「部屋の配置はどうなっているんですか?」
「2階には、だんなさまの書斎と奥様とだんな様の寝室、
聖奈様、聖二様ご夫婦の寝室と客用の寝室、1階は、
客間と食堂と厨房、風呂場、私の部屋とメイドの部屋です」
三人はきしむ薄暗い廊下を歩いて突き当たりの部屋についた。
138吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:25:17 ID:tpptsKH40
「さあ・・こちらが亡くなっただんな様の書斎です」
重いドアを開けると、天井までの作り付けの書架がずらりと並び
ハンガリー語の書物が並べられている。窓際のどっしりしたデスクの上には、
読みかけの書類や本がそのまま広げられてほこりをかぶっている。デスクの
上の写真立てには、若い兄弟らしい男女三人が写っている。一人だけの女性
はさっき会った聖奈さんの若い時のようだ。
「この写真は?」
「右がお若い時のだんな様左が聖二様、真ん中が聖奈様です」
「へえ・・この人が亡くなった聖一さんと弟の聖二さん・・」
七槻とコナンが写真をのぞき込んだ時、ドアがノックされ穂奈美さんの声がした。
「お食事の用意ができました。どうぞ食堂の方へ」
一階の食堂に入ると、既に敦子と聖奈、それにたった今写真で見た大柄の男と
やせた小柄な美しい女性が待っていた。
[お待たせしました」
七槻があわてて入っていくと、大男が立ち上がった。聖奈より更に先祖の
西洋人の血が色濃く出た彫りの深い大柄の中年男性、今見た写真よりはだ
いぶ老けている。
「やあ。私は彩宮セルシア聖二、この家の次男です。こちらは妻の玲子です。
よろしく」
「毛利探偵事務所の越水七槻です。こちらはコナン君です」
139吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:27:48 ID:tpptsKH40
「これはかわいい探偵さんだ・・しかし困った物ですな。こんなありもしない
化け物の幻覚でわざわざおいで頂くとは・・義姉には言っているんです。探偵
より医者に行った方がいいってね」
神経質そうにそわそわと落ちつきなくあたりを見回していた敦子さんが、突然
立ち上がった。
「幻覚なんかじゃありませんわ!私は確かに主人を見ました!あなたも見たで
しょう?!血の付いたハンカチが主人の墓に落ちていたのを!主人は吸血鬼に
なって私を襲いに来るのよ!昨日の夜もバルコニーから黒い喪服を着た主人が
私の部屋を覗いているのを!」
敦子さんは、狂ったように、手元に立てかけてあったどっしりした樫の重そう
な杖を振り上げてわめいた。
「あぶない!お義姉さん。なんですかその杖は?」
「主人の護身用の杖ですわ!この家ではいつ襲われるかわからないわ!主人
以外でも財産を狙うハイエナばかりうろうろしてるんですからね!」
「なんだと!ハイエナはどっちのことだ!兄貴をだまして自分にいいように
遺言を書き換えさせたくせに!」
「あなた・・お客様の前ですよ。敦子さんも落ち着いて・・」
聖二さんの妻の玲子さんが立ち上がり、ふたりの間に割って入った。どう
やら慣れているようで聖奈さんも双子のメイドさんたちや執事の土井さんたち
も見て見ぬ振りをしている。
プイと顔をそむけて敦子さんも聖二さんも自分の席についた。
「やれやれ・・吸血鬼より人間の方がこわいね」
七槻はそっとコナン君にささやいた。
140吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:29:40 ID:tpptsKH40
「そうだね。あの様子だと敦子さんは精神的にもう限界だ。もし敦子さん
が精神異常ということで禁治産者に認定されれば、全財産はあの聖二さん
のものになるね・・」
「うん。その意味では、奥さんの玲子さん、聖奈さんも徳をすることに
なる。敦子さんが神経質になるのも仕方ないか」
穂奈美さんと美奈穂さんがきびきびと動いて皆にオードブルを配り、
食事が始まると少し場はなごやかになった。、しばらくして双子はスープ
をそれぞれの皿に入れ始めた。
「失礼します」
穂奈美さんが、敦子の皿にスープを注ごうと手を伸ばした時、不意に、
敦子の肘が動いたので、皿に注ごうと伸ばされた穂奈美さんの腰をぐいっ
と押す形になった。
「あ!・・・」
穂奈美さんの手元が狂ってわずかにスープが、敦子さんの袖にかかった。
「何をしてるの!」
それまでのおどおどした様子から、一転して恐ろしい形相で立ち上がった
敦子さんが、穂奈美の胸ぐらをつかんだ。
141吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:30:48 ID:tpptsKH40
「あっ!」
「大切な服が!この役立たずが!」
バシッ!
敦子さんは、大きな音をたてて思いきり穂奈美の白い頬を平手打ち
すると、立てかけた杖を取り、横倒しに床に倒れた穂奈美さんの背中
に激しく振り下ろした。
バシッ!バシッ!
「きゃあ!痛い!お・・お許し下さい!奥様!」
「穂奈美!奥様!わたしからもお願いします!お許しください。」
あわてて駆け寄った美奈穂さんが、悲鳴を上げて床につっぷす穂奈
美さんの背中に覆いかぶさる。
「おまえは、よけいな口を利くんじゃないよ!」
バシッ!バシッ!バシッ!
必死に穂奈美さんをかばう美奈穂さんの背中からお尻にも容赦
なく杖が振り下ろされた。
「ひいい!!痛い!痛い!」
激しくふたりの身体が叩かれる音と悲鳴に食堂にいる皆が顔をそむけた。
「野郎!なんてひどいことを!」
コナンが、イスから飛び降りて駆け寄ろうとした時、
「やめなさい!」
七槻の手が、杖を振り上げた敦子さんの手首をつかんだ。七槻は特に武術
を心得ているわけではないが、その鋭い目から放たれる殺気は、敦子さん
を射貫くように威圧した。
「ちっ」
と舌打ちすると敦子さんは、杖を放り出して、足音高くすごい音をたてて
食堂のドアをしめて出ていった。
「ほら・・私のいった通りでしょう?あの女は気が狂っているのよ」
呆然とした一同の沈黙の後、聖奈さんが、あざ笑うように言った。
142吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:33:06 ID:tpptsKH40
「大丈夫?」
七槻は、すすり泣く穂奈美さんと美奈穂さんの肩を抱くと立ち上がらせた。
「二人ともケガしてるわ。ともかくあなたたちの部屋で手当をしましょう」
ふたりを1階奥の粗末なメイドの部屋まで付き添った七槻は、ついてきて
あれこれ話を聞きたがるコナン君を問答無用で部屋の外に放り出して、
美奈穂と穂奈美のメイド服を脱がせて裸にすると、それぞれのベットにう
つぶせにさせ、痛々しい背中からお尻にかけての黒アザと傷を消毒し、氷
を包んだタオルで冷やして薬を塗った。
「少しスープをこぼしたくらいでなんてひどいことを・・それにこっち
のキズは、だいぶ古い・・さっきのキズではないよ・・他にもいくつも
ある・・君たちこんな目に合うのは初めてじゃないね」
七槻は、美奈穂さんの白い背中からパンティに包まれたかわいいヒップ
にかけて、うっすらと残るアザや治りかけている傷を指で優しくなぞりな
がら言った。
「・・・・」
かわいい双子はお互いの顔を見合わせて無言でうつむいた。
143吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:35:00 ID:tpptsKH40
「どうしてこんな目にあって黙っているんだい?いくら使用人でも
奴隷じゃないんだから訴えてやればいいんだよ!」
「ええ・・でもわたしたちをわざわざ指名して雇って下さったのは
奥様ですから・・」
美奈穂さんが、身体を起こしながらさびしそうに言った。
「え?君たちを指名して雇った?」
「わたしたち以前の勤め先で二件も続けて殺人事件が起こってしまって
・・それで不幸を呼び込むメイドだっていうことで、どこからも仕事が
なくなってしまったんです・・それで日々の生活にも困っていた時に敦
子奥様がわざわざ私たちをと指名して下さったんです」
「お給料も良いし・・気まぐれなのは上流階級の奥様には良くあること
ですから・・そのご恩もあって私たち我慢しているんです」
双子が交互に説明する。
「でも・・どうしてあなたたちを指名したの?理由を聞いた?」
「いいえ・・お聞きしても笑って答えていただけませんでした」
「そう・・・」
<あんなひどいことをする敦子さんが親切心でふたりを雇ったとは思えない
・・けどどうしてわざわざ不幸を呼び込むなんてメイドを指名したのかな?。そ
れにしてもこんなにひどく叩くなんて・・やっぱり敦子さんは頭がおかしくなっ
ているのか・・それにあの時・・敦子さんはわざと穂奈美さんを肘で押してスープ
をこぼさせたように見えたけど・・・>
七槻が考え込んだ時、不意にドアがノックされた
144吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:37:55 ID:tpptsKH40
「は〜い?誰?」
七槻が、返事をすると、ドアを開いてさっきとはうって変わっておどおど
とした表情で敦子さんが入ってきた。
「あ!奥様」
驚いてあわてて起き上がる穂奈美さんたちを手で制して、敦子さんは
「いいのよ。寝ていて。さっきは本当にごめんなさいね。最近おかし
なことばかりあるでしょう・・だから私どうかしていたのよ・・ケガは
どう?」
「い・・いえ・・たいしたことはありませんから」
「そう・・ともかく今日はもう一切仕事はしなくていいから、ふたり
ともそのままゆっくり休みなさい・・いいわね」
「は・・はい」
「七槻さんもさっきはお見苦しいところをお見せしましたわ・・恥か
きついでにこのふたりについていて上げて下さいませんか?お願いします」
「ええ・・わかりました」
「ともかくごめんなさいね。今夜はこのままふたりともゆっくり休みなさい。
七槻さんよろしくお願いしますわ」
敦子さんは、さきほととは別人のような優しい口調でそういうと部屋を出て行った。
「ふうん・・結構優しいところもあるんだ」
七槻は、感心したが、穂奈美さんと美奈穂さんは、きょとんとして顔を見合わせた。
「どうしたの?」
「・・いえ・・奥様がわざわざ私たちの部屋にきてあやまるなんて今まで一度もなか
ったので・・」
「そう・・たぶん部外者のボクの前で恥ずかしい姿を見せたと思ったんで、取り繕お
うとしたんだと思うよ・・・」
145吸血鬼6:2009/12/10(木) 23:39:12 ID:tpptsKH40
七槻が考え込んでふと顔を上げると、双子が不安そうに顔をこちらに向けている。
「あの・・やっぱり私たちが不幸を招くメイドなんでしょうか?」
「うふ・・こんなにかわいい双子のメイドさんが不幸を招くわけないよ。ボクが
お金持ちなら二人とも雇って毎日いじめて楽しむのになあ」
パンティだけでうつぶせになっているふたりの美しい裸身をを後ろから眺めて七槻は、
くすっと笑うと、
「それにしても君たちほんとによく似た双子だね・・知ってた?君たちお尻のほっぺにある
ほくろの位置までまったくおんなじだよ・・ほら」
七槻は、同時に両手を伸ばしてベットに並んでうつぶせになった穂奈美と美奈穂の白いお尻
の丸みのまったく同じ所にあるかわいいほくろを爪でくすぐった。
「きやん!」
双子は、同時に同じ声を上げてピクンと跳ね上がり、三人は顔を見合わせて
クスクス笑った。
トントンとまた部屋がノックされて、双子はびくっと怯えてふるえたが
「ね〜入れてよ〜僕一人で外は寒いよ〜」
というコナン君の声で七槻は、ようやくさっきコナンを外に放り出した
ままなのを思い出した。
146吸血鬼7:2009/12/12(土) 23:00:29 ID:L1VMYvCT0
七槻は、裸の二人を見て赤くなって逃げだそうとするコナン君
を引っつかまえて、双子がパジャマに着替えるのを手伝わせて
から、食堂に戻った。
食事の続きは執事が出したようだったが、ふたりとも食欲は
すっかり無くなっていた。
最後のコーヒーだけをもらってすする七槻とコナンに、聖二
さんが笑いかけた。
「見ただろう?あの女の正体を、兄さんが死んでから変な妄想
を言い立てているが、元々私の劇団にいた頃から、実は聖一兄
さんを目当てで色仕掛けでたらしこんでまんまと彩宮家に入り
込んだんだ。吸血鬼というならあの女こそがバンパイヤ(男を
迷わす女)だよ」
「そうか・・敦子さんは元は聖二さんの劇団にいたんですね・
・女優さんだったんですか・・」
「ああ・・あまりぱっとしない大部屋女優だったがね」
「おじさんの劇団のお芝居すごい評判だね・・ドラキュラの復活
とかすごくリアルで怖いって見てきた友達がいってたよ」
コナン君が、無邪気そうに言った。
「ああ・・ドラキュラ物とか恐怖劇うちの劇団の一番の売り物だからね」
「吸血鬼物を演目にする恐怖座の主宰ならドラキュラのメイクや扮装は
お手の物でしょうね?」
七槻は、コーヒーカップを置いて鋭く言った。
147吸血鬼7:2009/12/12(土) 23:01:30 ID:L1VMYvCT0
「どういう意味かね?」
「敦子さんの見た物が妄想でないとしたら・・そして亡くなった聖一さんが
よみがえったはずはないとすると・・誰かの扮装ということになりますね」
「ばかばかしい・・そんなことをしてなんの得があるのかね?」
「敦子さんが精神に異常をきたし・・禁治産者になれば・・この家の財産は
誰の物になるのですか?」
「それはもちろん・・私と聖奈だが・・おいおい・・私が吸血鬼に扮して
義姉を脅かしているっていうことかね?そんなことをしなくても次の当主
は私になるんだよ」
「でも聖一さんは、遺言状を書き換えたそうですが?」
「あ・・・あんなものは無効だよ!あの女が兄をそそのかして書かせた
ものに決まっているからね!」
「ではお兄さんと仲違いをしたことはないと?」
「もちろんだ!兄とけんかなどしたことはない!」
コナンと七槻は、じっと聖二を観察しながら、周囲の空気も敏感に感じ
ていた。さりげない様子だが、聖奈と玲子さんもその会話に異常なほど
緊張して注意している。
「わかりました・・ともかく毛利探偵が来るまでわたしが敦子さんを
警護すると約束しましたのでその仕事はやらせていただきます」
「勝手にすればいいだろう」
148吸血鬼7:2009/12/12(土) 23:02:43 ID:L1VMYvCT0
聖二さんは、吐き捨てるように言うのと、同時に、敦子さんが執事の土井さんと入ってきた。
「七槻さん、コナン君よければ今夜はここに泊まってください。今客用の寝室の用意をさせました。洗面道具や寝間着などもお客用のものがありますのでどうぞ」
「はい・・でもコナン君は・・」
「大丈夫だよ。さっき蘭姉ちゃんと携帯で話してここに泊まると言ってあるから」
<ゲッいつの間に・・・こいつと同じ部屋で寝るの?大丈夫かな?>
七槻が、にらむとコナン君がペロッと舌を出した。
「わ・・わかりました・・ではお言葉に甘えて今夜は泊めていただきます」
「では、私は先に風呂に入らせてもらおうかな・・」
聖二さんが、立ち上がると敦子さんを無視して食堂を出て行った。
「私たちもそろそろ休みますわ」
聖奈さん、玲子さんがそろって、食堂を出て行き、その後につい
て七槻とコナンも土井さんに案内されて2階の客用寝室に行った。
「では、私はこれから外の霊安室を確認に行って参りますのでしば
らくは屋敷におりません」
土井さんは、コナン君たちに一通り部屋の説明をしてから言った。
「え?こんな夜中にですか?」
七槻は、驚いて窓の外をみた。もう夜が更けて外は真っ暗闇だ。
149吸血鬼7:2009/12/12(土) 23:03:40 ID:L1VMYvCT0
「はい・・奥様がどうしてもとおっしゃいますので・・」
「大変ですね・・メイドさんたちも寝たようですし・・お気をつけて」
「はい・・ではおやすみなさい」
土井さんが出て行くためにドアを開けた時、客用寝室の前を、タオルを
片手に風呂場に行くらしい聖二さんが通るのが見えた。
「ふう・・やれやれ・・疲れた・・どう思う?コナン君」
靴を脱ぎ捨てて乱暴にベットに横になりながら七槻は尋ねた。
「わからない・・敦子さんが妄想を見ていないとしたら・・吸血鬼の扮装
をしているのは聖二さんの可能性が一番高いね」
「そうだねえ・・でも聖奈さんや玲子さん、土井さんでもできると思うよ。
衣装などは聖二さんの劇団にあるから簡単に手に入るしね」
しばらくお互いの推理に時間を忘れた七槻は、もじもじとコナンに言った。
「ねえ・・コナン君。寝る前にトイレに行きたいならボクがついていって
あげるよ。外にあるみたいだからね」
「別に・・このままでいいよ」
「そ・・そんな遠慮しなくてもいいよ・・あの・・おねしょしたりすると
大変だから・・今のうちに行っておいた方がいいと思うよ」
「あれれえ?・・・もしかして・・七槻おねえさん・・こわくてトイレに
行けないとか?」
コナン君がいじわるそう笑みを浮かべて言った。
「あ・・あははは・・ま・・まさか・・ボクはあくまで親切で言ってるん
だよ」
「そうかなあ?・・トイレは廊下の突き当たりみたいだよ?」
「わ・・わかってるよ・・」
150吸血鬼7:2009/12/12(土) 23:06:01 ID:L1VMYvCT0
七槻が、仕方なくドアを開けると、廊下の明かりが消えている。
「あれ?・・さっきはついていたんだけど・・誰が消したんだろう?土井さん
はまだ戻ってないみたいだけど・・」
七槻が、廊下に顔を出した時、
「ぎゃああああ!!」
すさまじい男の絶叫とダダダダッと何かが階段から転げ落ちる音が響いた。
「な・・何?」
「階段だ!」
コナン君がすばやく廊下に飛び出し、七槻がすぐに後を追って真っ暗になった
玄関ホールの大階段を手探りで駆け下りた。コナンの腕時計から鋭い光が周囲を照らす。
「あ!人の足!」
七槻が、階段の下に倒れている男の足を見つけた時、玄関の扉が開いて土井さんが飛び込
んできた。
「な・・何事ですか?今の声は?」
「土井さん!明かりを!」
「は・・はい・・」
土井さんが、手探りで壁のスイッチを入れたが反応がない。
「ブレーカーは?!」
「厨房にあります!今すぐ!」
土井さんが食堂のドアから中に駆け込む。
「な・・なんなの?何が起こったの?」
階段の上で、玲子さん、敦子さん、聖奈さんの声がした。
「あぶないですから、皆さん明かりがつくまでそこから動かないで!どこ?コナン君?」
七槻は、鋭く敦子さんたちを制止してコナンを探した。
「ここだよ・・」
暗い声のコナンの腕時計型懐中電灯の明かりが、床に倒れた男を浮かび上がらせた時、
「きゃあああ!!」
一斉に階段の上から見下ろしていた女性たちの悲鳴が上がった。
「こ・・これは・・」
そこには・・・・
黒いスーツに黒いマント姿、血走った目を見開き、かっと開いた耳まで裂けた口には鋭い
狼のようなキバが生えた青白い・・吸血鬼が横たわっていたのだ。
151吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:11:56 ID:Z1VrTpiD0
「き・・・吸血鬼!ま・・まさか!聖一兄さんが本当によみがえったの!?」
見下ろした聖奈さんが、震える声で叫んだ。
「わ・・私の言うとおりでしょう!やっぱり主人は墓から吸血鬼としてよみ
がえっていたのよ!」
敦子さんが甲高い声でわめく。その時ようやく玄関ホールの明かりがついて
土井さんが駆け戻ってきた。
「土井さん!救急車を!」
七槻は、我に返ると、立ちすくむ土井さんに声をかけた。
「は・・はい・・」
「いや・・・呼ぶのは警察だよ・・首の骨が折れている・・もう息はないよ」
コナン君が、倒れた男の首筋に触りながら暗い声で言った。
明かりの下で良く見れば、倒れているのは人間の男で、吸血鬼にみえた顔は、
茶色のドーランとフエイスパウダーでメイクをしているのがわかった。急いで
メイクしたらしく顔や鼻にフエイスパウダーの粉とドーランがついている。
キバは、口に含む扮装用のマウスピースで半分取れかかっている。黒い古風な
スーツに黒いマントのよく見るドラキュラの服を着ている。髪がぐっしょりと
濡れて乱れ、暗闇の中で見れば、敦子さんでなくても恐怖を感じるだろう。
「これ・・やっぱり死んだはずの聖一さん?」
「いや・・良く見て・・この人・・聖二さんだよ」
152吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:13:23 ID:Z1VrTpiD0
「え?!」
七槻が、よく見えるように横向きの顔を上に向けると、それは確かに彩宮聖二
の変わり果てた顔だった。階段の上から見ていた玲子さんが悲鳴をあげた。
「あ・あなた!・・な・・なんで!」
あわてて階段を駆け下り、かけよった玲子さんは泣き崩れた。
「暗闇で階段を踏み外したのか・・・でもなんで聖二さんがこんな格好を?
死んでから着せられたのか。自分で着たの?」
七槻は、映画で良く見るようなドラキュラの衣装を見つめてコナン君にささやいた。
「服は古風な紐の多い服だけどきちんときている。靴の紐も結ばれていて不自然な
ところがない。それに身体をまだ暖かい。今落ちたのばかりだから誰かが服を着せ替
える時間はなかった・・この衣装を着たのは聖二自身さんだよ」
「そ・・そんな・・じ・・じゃあ・・私が見たのは・・聖二さんだったの?すべては・
・聖二さんのしわざ?」
敦子さんが震えながら尋ねた。
「残念ですが・・・そのようです・・聖二さんがふざけてか、なにか悪意があったかは
今となってはわかりませんけど・・吸血鬼の扮装で2階に上がろうとしていたことは確か
です・・」
「そ・・そんな・」
皆は、立ちすくんで吸血鬼の姿の聖二さんの死体を見下ろした。
153吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:14:50 ID:Z1VrTpiD0
ほどなく警察と救急車が到着し、聖二さんの死亡が確認された。
指揮を執るのは警視庁捜査一課の目暮警部だ。
「ふむ・・亡くなられたのはこの家の次男、彩宮聖二さん50才。
劇団主宰ですな。死因は階段から転落した際に頭部を強打したための
脳挫傷と思われる。しかし・・なんですかな?この格好は?仮装パー
ティでもあったんですか?」
「吸血鬼だよ。警部さん」
コナン君がかわいい声で下から見上げて言った。
「コ・・コナン君?・・また君かね。今度はなんでここに?」
「あの・・ボクたち毛利探偵の代理でこの家の奥様の依頼で吸血鬼の
調査に来てたんです」
「君は・・最近毛利君の事務所に助手として来た・・たしか越水君?」
「はい・・越水七槻です」
「で?吸血鬼というのはなんの話だね?」
「じ・・実は・・・」
七槻がいままでの経緯を目暮警部に話した。
154吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:16:13 ID:Z1VrTpiD0
「なるほど・・すると聖二さんは、敦子さんを脅かそうとして吸血鬼の
扮装をしていた可能性が高いですな・・叫び声と階段から落ちる音がした
ときみなさんはどこにいましたか?まず土井さん」
「わ・・私は、奥様のお言いつけで外の霊安室を見に行っておりました。
ちょうど外の見回りを終えた時、声が聞こえてあわてて玄関から中に飛び
込みました」
「ふむ・・次は・・おや。あなたたちは確か・・呪いの仮面の事件の時に
会ったメイドさんたち」
「はい・・下笠です。今は当家のメイドです」
パジャマ姿の美奈穂、穂奈美の双子はしっかり手を握り合って震えていた。
「やれやれ・・コナン君といい・・あなたたちもよく事件に遭いますな・・
で?あなたたちは?」
「は・・はい・・私たちは1階のメイドの部屋で寝ていました」
「コナン君と越水君は?」
「ボクたちは2階の客用寝室で話をしていました」
「敦子さんは?」
「わ・・私は2階の自分の部屋で休んでおりました」
「妹の聖奈さんは?」
「私も2階の自室で読書を」
「玲子さんあなたは聖二さんの奥さんですな?あなたは?」
「わ・・私も2階の自室でテレビを見ていました」
「ご主人と最後に会ったのはいつですか?」
「お風呂に入ると言って部屋を出たときです。階段から落ちる15分
くらい前です」
「その時のご主人の服装はこの格好だったのですか?」
「と・・とんでもない。普通のズボンとセーターの部屋着です」
155吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:17:42 ID:Z1VrTpiD0
ほお・・ではご主人は、1階の風呂場で着替えたことになりますな・・
ところで土井さん、事故があったときこのホールは停電していたそうです
がブレーカーが落ちていたのですか?」
「え・ええ・・古い屋敷ですので・・あちこち漏電して・・いままでにも
時々停電になることがありました」
「なるほど・・やはり聖二さんが、奥さんを脅かそうと吸血鬼の扮装と
メイクをして2階のバルコニーに出ようとしたところで停電になり、驚いて
階段から足を滑らせて転落死した・・やはりこれは事故ですな」
目暮警部の声を聞きながら七槻とコナンは、そっと一同から離れて階段
を調べはじめた。
「確かに階段は急で滑りやすい。電気が消えて真っ暗になれば・・驚いて
足をすべらせたらそのまま下まで転落してもおかしくないね。特にすべる
ような細工がされている様子もないし・・・」
「そうだねえ・でも・・七槻おねえさん・・本当にこれでいいの?」
「う〜ん。確かに・・なにかしっくりこないね。ドラキュラ物の芝居の
劇団の主宰だった聖二さんがすべての黒幕で、毎晩吸血鬼の扮装をした
りして、敦子さんを脅かし精神異常者に仕立て上げて、財産を自分の物
にしようとした・・・と考えるのが自然だけど・・」
コナンと七槻は、手すりにつかまり急な階段を上って行った。
156吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:18:57 ID:Z1VrTpiD0
「なんでボクたちお客がいる今夜、しかもまだ深夜とは言えない時間にやろう
としたんだろう・・普通皆が寝静まった後の方が人目につかないのに・」
「あれ?」
七槻は、階段を上りきる直前の手すりにかぶされた金属の板に触って立ち止まった。
「コナン君・・この手すり・・ここだけ音が変だ・・」
「え?どこ?」
コナンは、ポケットナイフを出すと、手すりにかぶせられた金属の板に差し入れた。
金属の板は簡単に持ち上がった。七槻がのぞき込む。
「やっぱり!中は空洞だ・・そしてなにかを貼り付けたガムテープの跡がある」
「七槻おねえさん・・・」
コナンが、階段の横の壁を指さした。掃除機などを使うためにコンセントがある。
「コナン君・・・これは・・」
「うん・・七槻さん・・これは事故じゃない・・巧妙に仕組まれた殺人事件だ!」
「すると・・もしかして・・」
階段の下に集まる人たちを見下ろした七槻は、コナンの横にしゃがんで小声で
話しかけた。
「・・コナン君・・ボクの推理を聞いてみて・・・」
七槻は、コナンの耳に自分の推理をささやきはじめた。聞くうちにコナン君
はにっこり笑った。
「うん。さすがだね。七槻おねえさん。僕の推理ともぴったりだ」
コナンと七槻は、うなずきあった。
「今なら徹底的に家宅捜索すれば、証拠のものが残っているはずだ。明日では
もう犯人に処分されてしまうよ」
157吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:20:23 ID:Z1VrTpiD0
「でも今の話だけでは、推測だけ。とても警察は捜査令状を取ってくれないよ。
もう夜中だし。何か決定的な証拠がないと」
「確かに・・でも・・証拠がない・・・証拠・・・」
考え込んで、もう一度階段を降りて、食堂に集まった人たちを見回した七槻
は、敦子さんの上着の左袖がすこしまくれ上がり袖口に汚れがあるのに気がついた。
<あれ・・敦子さんさっきのスープの汚れがまだそのままに・・・着替えていなか
ったのか?大事な服とかいって大騒ぎしたくせに・・・>
パジャマ姿で美奈穂さんと手を握り合って震えていた穂奈美さんも、敦子さんの服
に気がついて近づいてささやいた。
「奥様・・そのお袖の汚れは、さっきの私の粗相の後でしょうか。申し訳ありません。
すぐに洗濯しませんとシミになってしまいますから私に・・」
「あ・・いいのよ。あなたたちには、さっきひどいことをしたんだから、これは私が
洗うから・・」
「でも・・」
「これくらいなんでもないわ。あなたたちはもう休みなさい」
「はい・・」
ぼんやりとそんなやりとりと見ていた七槻は、はっとコナン君と顔を見合わせた。
「コナン君。あったよ!証拠が!」
「うん!」
「では、事故として明日一応調書をとりますが、今夜は我々は引き上げます」
 彩宮家の人びとに宣言し引き上げようとする目暮警部に、七槻とコナン君が駈け寄った。
「待って下さい!目暮警部!これは事故ではありません!れっきとした殺人です!」

158吸血鬼8:2009/12/17(木) 20:21:57 ID:Z1VrTpiD0
また長々読んでくれてありがとう。事件篇はここまで、次は解決篇。犯人と手口
証拠を推理してね。
159吸血鬼解決編1:2009/12/20(日) 18:25:09 ID:nPeTmEaA0
「な・・なんだって?七槻君!」
「な・・何を言い出すの?七槻さん!」
目暮警部と敦子さんが驚いて叫んだ。
「警部さん。敦子さん、すみません。でも皆さん。しばらく我慢して
ボクの話を聞いて下さい」
静かに話し始めた七槻の落ち着いた澄んだ声には、人に耳を傾けさせる
力があった。
「この事件の発端は、当主の聖一さんが突然亡くなり、奥さんの敦子
さんが吸血鬼になったご主人を見たと騒ぎはじめたところから始まりました。
敦子さんは、あちこちでその話をし、ニンニクや十字架を首から提げたり、
杖を振り回したり、異常な行動を取り始めました。でも敦子さん以外、誰も
吸血鬼を見た人はいない。証拠も犬が殺されたり、その血がついたらしいハ
ンカチが落ちていたりと曖昧でした。そもそも吸血鬼なんていう話は、子ど
もやホラーマニアじゃない現実的な人たち・・たとえば警察はまともに取り
合うはずがない・・誰もが敦子さんの妄想か、誰かが吸血鬼に扮装して敦子
さんを脅しているか・・どちらかだと考えます・・そこへ今回の聖二さんの
転落死、聖二さんは吸血鬼の扮装をしていた・・やはり敦子さんの話は事実
で、脅かしていたのは聖二さんだった・・・そう思える状況です。でも、も
う一つ可能性があります・・」
160吸血鬼解決編1:2009/12/20(日) 18:26:19 ID:nPeTmEaA0
「もう一つの可能性?」
「ええ・・・それは敦子さん自身の自作自演です」
「わ・・私が?そ・・そんな・・そんなことして私になんの得があると
いうの?」
敦子さんは、怒って叫んだ。
「聖二さんを亡きものにして彩宮家の全財産を得るためです」
「な・・なんですって?」
「そうです。敦子さん。あなたが、この事件のすべての演出家兼主演
女優であり、彩宮聖二さんを殺害した犯人です。
敦子さんが発狂すれば得をする聖二さんが、敦子さんが恐れていた
吸血鬼の格好をした異様な姿で見つかったとすれば、それまでのこ
とはすべて聖二さんの陰謀だったと思います。あなたのねらいは最
初からそこにあったのです。
吸血鬼の話は、彩宮家に伝わる伝説と、聖二さんの劇団の演目から
思いついたんでしょう?奇抜なようだけど、いきなりただ聖二さん
を転落死させると疑われて色々調べられてしまう。吸血鬼という異
常なシチュエーションは、かえって他の怪しい部分から目をそらさ
せてくれるカモフラージュになる」
「カモフラージュ?何を隠すと言うの?」
「聖二さんと主張が対立していた遺言書です。敦子さんは、ご主人
の聖一さんと聖二さんはけんかをして、遺言状が書き換えたと言っ
ていますよね」
「そ・・そうよ。事実ですもの」
161吸血鬼解決編1:2009/12/20(日) 18:27:59 ID:nPeTmEaA0
「でもさきほど見せていただいた聖一さんの書斎の机の上には、聖二さん
聖奈さんの写真が飾られていました。けんかをして遺言から外すほど憎ん
でいる相手の写真を自分の机の上に飾ったりしますか?聖二さんも亡くな
った聖一さんを聖一兄さんと呼んでいましたし、聖奈さんにしても、亡く
なった聖一さんのことも聖二さんのこともお兄様と呼んでいました。どち
らも憎しみあった相手を呼ぶ言い方ではありません・・・そういえば・・
・聖一さんの書斎には敦子さん・・あなたの写真は一枚もありませんでし
たね?」
「そ・・それがどうしたっていうの?」
「 聖一さんと聖二さんのけんかというのは、敦子さん。あなたがそう
主張しているだけで、実際にはなかったということです。とすれば、
遺言の無効を言い立てる聖二さんの主張が認められる可能性もある・・
・あなたは、どうしても聖二さんを黙らせ自分の主張が正しいことを
証明する必要があった・・」
「あなたは、彩宮家を乗っ取り全財産を自分の物にすることを企んだ。
ご兄弟の間に争いはなかったのだから、聖二さんの言うとおり変えられ
た遺言は、実は敦子さんが書いた偽物でしょう・・そして・・目暮警部
・・これは想像ですが、亡くなった聖一さんの遺体も検査する必要があ
ると思いますよ・・・たぶん毒物の反応がでるんじゃないかな・・・と
もかくご主人の死の前からあなたは、この恐怖の計画を着々と準備して
いた
162吸血鬼解決編1:2009/12/20(日) 18:29:39 ID:nPeTmEaA0
すべては、彩宮家のおどろおどろしい雰囲気や伝説を利用して、警察に、
事件は聖二さんの陰謀で敦子さんはあやうく精神異常に仕立てられそう
になった被害者だと信じさせるための舞台作りだったんです。不幸を呼
び込むという評判のメイドをわざわざ雇う。犬を殺し血を抜いて、その
血を染みこませたハンカチを密かに土井さんから取ったカギで開けた霊
安室に置いておく。毎晩、死んだご主人を見たと狂ったように言い立てる。
そうして自分は恐怖におびえるちょっと頭の弱い未亡人を演じる。うっか
りすると本当に発狂していると思われてしまうかなりあぶない橋を渡るこ
とになるけれど、そこは女優だった敦子さんの演技力の見せ所です。すべ
ては最後の見せ場、吸血鬼の正体が実は聖二さんだったという今夜のクラ
イマックスを演出するために必要だったのです」
「ば・ばかばかしい・・なんで私がそんなことをする必要があるの!」
「たしかに聖二さんをただ転落死させるためだけならこんな手の込んだこ
とをする必要はない。けれどあなたが欲しいのは彩宮家の相続権、問題は
聖二さんを亡き者にするだけではなくて、その後財産の相続について玲子
さんや聖奈さんに口だしをさせないようにすること。法律で違法な事をし
て相続をえようとした者は相続権を失うんです。聖二さんがこんな姿をし
ていたことから、周りは、いままで敦子さんが頭がおかしいと思っていた
分の負い目もあって、敦子さんの言い立ててきたことは全部本当で、すべ
ては聖二さんの仕業と思う。最後の仕上げにそのためには家族以外の人で
証言してくれる人が必要だ。家族に精神異常にされそうになった被害者の
敦子さんは、ひどくおびえて錯乱していたと・・それには警察に信用があ
る私立探偵・・名探偵毛利小五郎なんてうってつけ・・だからわざと興味
を引くような異様な格好で事務所を訪ねたんでしょう?」
163吸血鬼解決編1:2009/12/20(日) 18:31:58 ID:nPeTmEaA0
「こ・・こんな想像ばかりの話・き・聞いていられないわ」
「あなたは、聖二さんが、吸血鬼の伝説を利用してあなたを精神的に追い
つけ発狂させようとしていたと皆に思わせようとした。でも、そのために
はどうしても、聖二さんに吸血鬼の扮装をさせて殺さなければならない。
殺してから着せてはどうしても着方が不自然になるし、大男の聖二さんの
身体を女性の敦子さんだけではうまく動かせない。だから、聖二さんに自
分で吸血鬼の扮装を着てもらったわけです」
「自分で?そんなこと頼んで被害者がはいはいと着てくれるかね?」
目暮警部があきれたように言った。
「勿論普通に頼んでもしてくれるわけありません。でも、考えて見てく
ださい。警部。あなたがお風呂に入っている。ところがお風呂から出て
みたら、着替えが全部なくなって、別な服しか置いてなかったら・・
どうしますか?」
「な・・なるほど事件の前に聖二さんは風呂に入っていた・・」
「そう・・誰だって仕方なくその服を着るでしょう。でももし聖二さん
が大声でメイドさんを呼んで自分の服を持ってこさせたら困る。だから
あの時穂奈美さんたちに言いがかりをつけてケガをさせ部屋にいるようにさ
せたんです。わざわざメイド部屋に行って今夜は仕事をしないようにと念ま
で押し、ついでにじゃまなボクも釘付けにするようにした。そして、土井さ
んには、霊安室を見に行くように言いつける。これで1階は無人になる。
こうしてあなたは、聖二さんがお風呂に入ると、こっそり脱衣場に入り、
吸血鬼の衣装だけを置き、聖二さんの服もタオルもすべて持ち出した。
それからブレーカーを下ろして1階と階段だけを停電にする。2階のブレ
ーカーは下ろさなければ2階にいるボクたちは気がつかない。聖二さんが
あわててお風呂から出ると、ドラキュラの服以外は服もタオルもなくなって
いた。人を呼んでもメイドさんたちは部屋、執事さんは遠い霊安室、他の人
たちも2階で聞こえない。こんな真冬の寒い夜に素っ裸でうろつくわけにも
いかない。仕方なく置いてある服を着るしかない・・聖二さんの髪はぐっし
ょり濡れていました。もしメイクでしたなら水じゃなくジェルを使うはず。
あれは拭くタオルも無かった証拠。でもボクたちは、廊下を通りお風呂場に
行く聖二さんがタオルを持っているのを確かに見ています。つまりタオルは
誰かが入浴中に持ち去ったのです」
164吸血鬼解決編1:2009/12/20(日) 18:35:42 ID:nPeTmEaA0
「お風呂を出た聖二さんが行く道はわかっています。一刻も早く自分の部屋に
戻って自分の服に着替えたい・・当然最短コースの大階段を暗闇の中、手すり
をしっかりつかんで上るはず・・手すりの最上段の金属部分の下は空洞でなに
かをガムテープで貼り付けた跡がありました。そこのコードを仕掛けて強い電
流を流しておけば、そこに触れてそのまま下に転げ落ちる。あれだけの高さの
階段です。元々彩宮家の男性は心臓が弱いからショック死するか転落死するの
は確実」
「階段下に隠れてそれを見ていたあなたは、すばやく駈け寄って聖二さんが死ん
でいるのを確認し、口にキバを押し込み暗闇の中で手早く吸血鬼のメイクをした
・・そんなことは恐怖物を上演していた劇団の女優のあなただからできること。
そして、ボクたちが暗闇の中で右往左往している間にこっそり階段を上り、手す
りのコードを回収して今駆けつけたように玲子さんたちに混ざる。後は明かりが
付けば、吸血鬼の扮装をした聖二さんが出来上がり、どう見ても聖二さんが、自分
で吸血鬼の格好でバルコニーから出て敦子さんを脅そうとして階段から足を滑らせた
・・としか思えない」
「 でもそんなことなら、私以外の誰でもできるじゃない」
「いえ、この計画は、聖二さんが人を呼んだり、階段から落ちる前に誰かと会ったり
したらだめになります。そのためには、一階を無人にしておく必要がある。この家の
奥様である敦子さん以外の人には、土井さんを霊安室にやらせたり、メイドさんを部
屋にいさせたり、手早く吸血鬼のメイクをしたりすることはできません」
「そ・・そこまで言うなら証拠はあるんでしょうね!私が犯人だという証拠が!」
「そうだよ。越水君。今のは皆状況証拠。敦子さんが故意に聖二さんを殺害したと
いう明確な証拠がないと・・」
目暮警部が当惑したように言う。
コナンと七槻は、同時に微笑した。
165吸血鬼解決編2:2009/12/20(日) 18:41:30 ID:nPeTmEaA0
証拠は、敦子さん。あなたの左袖にあるじゃないですか!」
「えっ?」
皆が、一斉に敦子さんの白いブラウスの左袖にシミに注目した。
[敦子さん・・その左袖に茶色いシミはなんですか?」
「こ・・これは、あなたも見ていたでしょう?さっきこのメイドが
こぼしたスープのシミですわ」
「確かですか?本当にそれはあの時のスープのシミで・・よろしい
のですね」
「も・・勿論よ・・他にある?」
「それはおかしいですよ。敦子さん。だってそのシミは、左袖に
ついています」
「・・当然でしょう?あの時左袖にこぼれたんだから」
「いいえ。敦子さん。左袖にこぼれるわけありません。穂奈美さん
は訓練されたメイドさんです。訓練されたボーイ、メイドは、給仕の時、
必ずお客の左側から料理を出すのです。」
目暮警部が振り返り穂奈美さんを見ると、堅く手を握り合った双子が
同時にうなずく。敦子さんは恐怖で目を見開いてポカンと口を開けた
まま凍り付いた。
「あなたは穂奈美さんが器からスープをお皿に注ごうと手を伸ばした時、
肘でわざと穂奈美さんを押してスープをこぼさせた。当然自分の左側に
いる穂奈美さんを左肘で押すことになる。だからこぼれたスープは、
テーブルの上の右手にかかったはず・・・・左手は穂奈美さんの身体に押
しつけていたのだからそのシミは、あの時のスープのはずはありません。
すると、あなたの左の袖についたその汚れはなんのシミですか?」
「う・あ・ああ・」
166吸血鬼解決編2:2009/12/20(日) 18:44:05 ID:nPeTmEaA0
「うまく風呂場で服を隠して、聖二さんにドラキュラの服を着させたまでは
よかったけど、信憑性と増そうとわざわざ倒れた聖二さんにドラキュラのメ
イクまでしようとしたのは失敗でしたね。真っ暗闇の中で仰向けに倒れた聖
二さんの顔にメイクをするためには、手探りで左手で目鼻の配置を確認しな
がら、右手でメイクをすることになる。聖二さんの頬や鼻の上には、メイクの
フエイスパウダーが掛かっていましたよ。聖二さんが、自分で鏡を見ながら立
った状態でメイクをしたなら、頬や鼻などにフエイスパウダーが掛かるはずが
ないし、立ち上げれば落ちてしまう。あれは、聖二さんが仰向けに倒れた状態で
メイクされた証拠、となれば・・当然、暗闇で気づかないうちに、聖二さんの顔の
上のあなたの左手にもメイクのドーランとパウダーがふりかかりシミを作った。
でも明かりがついてから気がついても、皆、あの時のスープのシミと思うと高を
くくって隠すことをしなかった。でも目暮警部・・敦子さんの右袖をまくって見てください。」
「失礼・・・・あ!」
右袖をめくった目暮警部も他の人びとも思わず声をあげた。そこには、左袖にあるとの同じ
ようなシミがあったのだ。
「そうです・そちらが、穂奈美さんがこぼしたスープのシミなんです。上着に隠れて気がつき
ませんでしたね。両方を鑑識で分析すれば、すぐにわかりますよ。あなたの左袖のシミと、聖
二さんの顔に塗られたフエイスパウダーとドーランが同じものだということが・・・それに
徹底的に家の中を捜索すればメイクの道具や、階段の手すりに仕掛けた聖二さんを感電させた
コードも出てくるでしょうね。そこにはあなたの指紋もついているでしょう」
167吸血鬼解決編2:2009/12/20(日) 18:45:24 ID:nPeTmEaA0
「うぐ・・」
敦子さんは、蒼白になって立ちすくんだ。
「敦子さん説明してください。どうしてあなたの袖には2つシミがあるのか?
聖二さんが倒れた後、一度も彼に近づいていないはずのあなたの左袖に、
どうして死んだ後で聖二さんの顔に塗られたものと同じメイクが付いているのかを!!」
目暮警部が、きょろきょろと逃げ道を探す敦子さんの前に立ちはだかった。
「敦子さん。勿論検査に協力していただけますな」
長い沈黙の後、敦子さんは、首から提げたニンニクと十字架を投げ捨てて、いままでと
うって変わった低い声で言った。
「負けたわ・・うまい計画だと思ったけど・・やっぱり吸血鬼なんて話、無理があったわね
・・かわいい探偵さん・・いつから・・私の演技に気がついていたの?」
「最初に事務所にいらっしゃった時、あなたは正常でないことを強調しようと異様なメイク
をしていました。でも異常さを強調するあまりお化粧の下地を出したのは失敗でしたね。
下に見えていたあなたの顔のメイクアップベースも爪のベースコートも塗り方は完璧でした。
つまり正常な人が下地までは普通にして、最後の上塗りだけわざとめちゃくちゃにしたんです。
だから思ったんです。あなたは実は演技をしているんじゃないかと」
168吸血鬼解決編2:2009/12/20(日) 18:46:47 ID:nPeTmEaA0
「そうか・・昔私は劇団にいた時、主宰の聖二と付き合っていたのよ。
でもその時聖二に言われたのよ。おまえは所詮二流の女優だってね・・
それがくやしくて・・兄の聖一に近づいたの・・あの傲慢な男の家を
乗っ取ってやる・・おまえがバカにした私の演技力で・・って思ったけど・
・やっぱり私は、聖二の言うとおり二流の女優だったったわけね・・劇団
を辞めて正解だったわ・・・あ・・あははははははは・」
敦子さんは、連行されるパトカーの中まで、狂ったように笑い続けていた。

169吸血鬼解決編2:2009/12/20(日) 22:04:36 ID:nPeTmEaA0
「なんとなく後味の悪い事件だったね・・コナン君・・」
深夜の道を探偵事務所に歩きながら七槻は、流れる黒い雲に見え隠れする
気味の悪い赤い月を見上げた。
「吸血鬼は、人間の欲望の象徴・・欲望の虜になって敦子さんは、生きな
がら吸血鬼になってしまったんだ」
コナンが暗い声で言った。七槻は、うなずいた。
「そうだね・・う〜ん。でもあの双子メイドちゃんたちには気の毒なこと
をしたね。また殺人事件に巻き込まれてこれで3回連続か・・むふふ・・
でもふたりのお尻のほくろかわいかったなあ・・あ〜あ・・ボクが彩宮
さんみたいにお金持ちなら二人とも雇って・・むふふ・・毎日・・あんな
ことや・・こんなことを・・させるんだけどな・・ぐふふふふ」
<とほほ・・だめだこいつも欲望の虜だね・・あはははぁぁ・・どんな
欲望なんだか・・・・・・>
コナン君は、よだれをたらして妄想する七槻を横目で見てため息をついた。
     吸血鬼  終
170名無しかわいいよ名無し:2009/12/21(月) 02:45:42 ID:LFXmvwHR0
乙です。
話は面白かったですね。

多分七槻の台詞だと思いますが、或いは工藤新一?
裁判員制度の時代にいい若い者が随分古風な言葉を知ってますね。

随分昔に導入された成年後見人制度だと、それによって廃止された禁治産もそうですが、
後見人が財産を管理すると言うだけで、相続権を失う訳ではありません。

配偶者や子どもであれば後見人になる可能性も高いですが、
トラブルのある義弟となると家裁が選任する可能性は低いでしょう。
横領狙いでも家裁の選任した司法書士などが入るので、却ってやり難くなります。
フェイクの動機でも推測する事自体が厳しくなりますね。
171ありがとう:2009/12/21(月) 07:20:51 ID:GfFPLjF80
なるほど、勉強になりました。動機はちょっと無理があるかなとは思ったの
ですが、最後のセリフで相続というより憎い相手の家を支配したいという欲望
ということにしたかったのです。
172次の話:2009/12/26(土) 20:39:06 ID:YJXHClHO0
次は、灰原との組み合わせの話だけど、主要登場人物のひとりが撃たれる
ので不愉快に感じる人もいるかも。我慢して最後まで読んでみてください。
173瀕死の天使1:2009/12/26(土) 20:46:39 ID:YJXHClHO0
その日、七槻は、毛利探偵事務所の奥の部屋で棚を整理していた。
「ふう・・まったくこの前はいつ掃除したんだか・・」
乱雑に積み重なった古い雑誌や書類の山を途方に暮れて眺めながらつぶやいた。
七槻が、複雑に積み重なったスクラップブックや、書類、雑誌や新聞などを
慎重に引っ張ったとたん・・・。
「あ・ああ・・・!」
どさどさっと七槻の頭の上にほこりまみれの書類がなだれ落ちてきた。
「ああ・・もう・・なんなんだあのおやじは!整理という観念がないのか?」
ゴミの山の中から這い出た七槻がやけになって、乱暴に積み重なった資料を蹴
飛ばすと、書類の間から、ドタリと銀色に光るものが七槻の足元に転がり落ちた。
「あん?・・なんだこれ?」
拾い上げた七槻は、それが拳銃だと気がついた。
「どあああ・・トカレフTT33!!あのおやじ怪しいと思ってたら・・こんな
もの・・・を?」
あわててソファーに放り出した七槻は、しばらく眺めてからおそるおそる慎重
にもう一度拳銃をつまみ上げて銃口を確認した。
「銃口が鉛でふさいである。な〜んだ。ただのモデルガンか・・・捜査資料らし
いね。びっくりした〜。しかし、人騒がせなおやじだね」
七槻は、ドアに向かってトカレフを構えた。一応探偵を志した時に、ハワイで射
撃を習ったことがある。
174瀕死の天使1:2009/12/26(土) 20:48:47 ID:YJXHClHO0
その時、カチャとドアがノックなしに開き、一人の少女が入ってきた。赤みが
かった茶髪のボブヘアの7・8才くらいの美少女は、自分に向けられた銃口を
見た一瞬でかき消すように廊下に飛び出た。
「あっ!待って!ごめん!これはおもちゃだよ。おもちゃ!」
七槻は、あわててモデルガンをテーブルに置いて、大声で廊下に声をかけた。
かなり長い時間の沈黙の後、少女が用心深くまた顔を出した。
「あなた誰?」
少女は冷たい感情のない声で聞いた。
「ボクは、越水七槻・・その・・毛利さんの助手なんだ・・これはモデルガン
だから安心して」
鋭く冷たい灰色の目で無言で七槻を観察しながら、少女は、隙のない身のこな
しで部屋に入り、テーブルの上のトカレフのモデルガンを手に取り、ハンマー
を半分下ろし軽く引きがねを引くトカレフ独自の方法で安全装置をかけながら
銃口をのぞき込み、ふさがれているのを確認すると置いた。七槻は、その様子
をじっと観察していたが、立ち上がり給湯室に入った。
「そうだ。たしかこの前のお客さんが持ってきたお菓子の残りがあるはずだよ。
脅かしたお詫びにお茶をごちそうしようね。紅茶がいい?」
「おかまいなく」
「あいにくおかまいなくは切れてるな〜。ミルクティーでいいね」
七槻が、お茶を持って出てくると、少女は、窓際の夕日を背にして自分の表情を
隠し、相手を観察できる位置に移動している。
175瀕死の天使1:2009/12/26(土) 20:52:28 ID:YJXHClHO0
「どうぞ・・こっちに来て座ったら?毛利探偵にご用?あ・・コナン君
に用か?」
「毛利探偵に助手なんていたかしら?」
用心深くソフアーに浅く腰掛けながら少女が聞く。
「うん。助手というのは、建前でほんとは身元保証人になってもらって
いるんだ。ボクの仮釈放のためのね」
「仮釈放って・・何をしたの?」
「殺人」
少女の鋭い澄んだ目が、一瞬興味深げに細められた。
「ええと・・ボクは越水七槻と名乗ったけど・・?」
「・・・・・灰原哀・・」
「哀ちゃんね。コナン君の友達?」
「ええ・・まあ」
「ふうん・・で君も組織に追われてるの?」
少女の目が、完全に感情を消して灰色の石にようになった。
「なんの話かしら?」
「YESみたいだね・・まったくコナン君と言い・・君たちはどう
なっているの?若返りの秘薬を飲み過ぎた老スパイ夫婦みたいだよ」
「夫婦はよけいね」
「老スパイの方は当たらずといえども遠からずってことか・・」
「・・・・・」
「安心して、コナン君と違ってボクは、人が言いたくないことをあれ
これ詮索する癖はないから」
七槻が笑いかけた時、カチャとドアが開き、カバンを持った制服姿の
蘭ちゃんが入ってきた。
「ただいま・・あ・・七槻さん。ただいま・・あら、哀ちゃん来てたの?」
「蘭ちゃん。おかえりなさい」
「おじゃましてます」
哀が冷たい声で言った。
176瀕死の天使1:2009/12/26(土) 20:56:24 ID:YJXHClHO0
「哀ちゃん。コナン君なら出かけたよ・・阿笠博士のとこ・・
入れ替わりだったのかな?
ごめんね」
「あ・・いいの・・ちょっと寄ってみただけだから・・」
少女が、蘭ちゃんを見上げる目に、複雑な感情が明滅する。
<コナン君といい・・なんだかややこしい小学一年生ね>
七槻は、苦笑してテーブルの上の書類を抱え上げた。
「あ・・それ・・まったくお父さんと来たら・・・いつも片付け
なさいっていってるのに!すみません。七槻さん」
「いやいや・・これも助手の仕事だから」
笑いながら立ち上がって奥の棚に歩きかけた時、また不意にドアが
開き、男が入ってきた。フルフエイスのバイクのヘルメットをかぶり、
黒いジャケットに黒いズボンポケットに手をつっこみマフラーを首元
まで巻いている。
「あ・・いらっしゃいませ・・毛利探偵事務所にご用ですか?」
七槻が、書類を置いて男に近づくと、男はポケットから手を出した。
黒く光る拳銃を手にしている。それは、さっき見たモデルガンにそっくりだ。
<やれやれまたトカレフのモデルガンか・・>
そう苦笑しかけた七槻の笑みが凍り付いた。向けられた銃口はふさがれていない。
その先はまっすぐに蘭を狙っている。
177瀕死の天使1:2009/12/26(土) 21:00:25 ID:YJXHClHO0
あ!哀ちゃん!あぶない!」
蘭が、立ち上がり反射的に両手を広げて哀をかばう。
「だめよ!おねえちゃん!」
少女が、いままでの平静さとは打って変わった錯乱した声で叫ぶ。
「蘭ちゃん!いけない!」
<おねえちゃん?>少女の言葉がちらっと引っかかった。七槻は、
ちょうど男と蘭との中間点に立っている。
七槻は、一瞬迷った。男に飛びかかるべきか、蘭をかばうべきか?
その一瞬で男が発砲した。哀をかばうように手を広げて立ちふさが
った蘭の右胸が大きくはじけるように破裂して鮮血が飛び散る。蘭は、
声もなくソフアーの上まで飛ばされてそのまま倒れた。
「ら・蘭ちゃん!!」
「おねえちゃん!」
駆け去る男を無視して、七槻と哀は、倒れた蘭にかけよりそっと
抱き上げ、手早く服の胸を引き裂いた。弾は蘭の白い右の乳房の上
から入っている。鮮血が噴水のように吹き出る。七槻は、ハンカチ
を強く押し当て止血しながら、蘭の背中に手を回し弾の出口を探す。
じっとりと七槻の手が温かい血に濡れる。
「あ・・哀ちゃん・・な・・七槻・・さ・・ん・・・・」
意識を失いつつある蘭ちゃんが、七槻の腕の中でせきこみ多量の血を吐いた。
「お・・おねえちゃん!しやべっちゃいけない!」
ハンカチに換えて傷口にタオルを押し当てながら、少女が叫んだ。
<この子蘭ちゃんの妹なのかな?>
頭の隅で考えながら、七槻の手は、蘭の背中の傷口を探り当てた。
178瀕死の天使1:2009/12/26(土) 21:02:57 ID:YJXHClHO0
「ここだ!右肺を貫通してる。早く止血しないと自分の血でおぼれてしまう!」
「くそ!ボクがあの時迷ったから・・」
強い怒りと男への殺意がこみ上げてくる。蒼白の蘭の顔に別な少女の顔が重なる。
かつて七槻が愛した少女、理不尽な嫌疑を受け自殺した七槻の親友、守りえなか
った大切な人の顔・・。
「香奈!」
七槻の口からも無意識に蘭とは別な名がほとばしり出た。
少女が、鋭い目で七槻を見上げながら、手早く近くのタオルを引き裂き止血帯を作る。
「香奈・・がんばれ!ボクが・・・ボクが守るから」
七槻は、自分が何を口走っているのかまったく意識せず、止血帯を強く蘭の傷口に重
ねて押しつけ少女の差し出す応急の包帯を巻いていく。横に跪いた哀の手が優秀な看
護士のように七槻の手当を補助する。
<ためらうことなく男に飛びかかるべきだった。一瞬自分の命を惜しんだせいじゃなのか
・・バカバカ!七槻おまえは、また自分の判断ミスで大切な人を失うのか?>
哀は、冷たい目で七槻を見つめた。
「自分を哀れむのは後よ。すぐに警察と救急車を!子供の私の声より大人の方がいいわ!」
「わかった!」
7才の少女が言うセリフじゃないと、頭の隅で考えながら七槻は、デスクの上の電話に
飛びついた。
179瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:02:29 ID:g2Hqy81T0
杯戸中央病院の集中治療室前
毛利小五郎、妃英里、コナン、鈴木園子、阿笠博士、目暮警部、佐藤、高木刑事。
蘭と親しい人びとが顔面蒼白で駆けつけて来る度に、七槻は、蘭ちゃんが撃たれた
状況を詳細に説明しなければならない。誰ひとり七槻を責めようとしないだけに、
七槻はかえって言いようのない自分の愚かさと臆病さを突きつけられる耐え難い
苦痛に打ちのめされた。
皆から離れた暗い待合室のソファーでうなだれて座り込んだ七槻は、ふと人の気
配に顔を上げた。あの少女、灰原哀が立って七槻を見下ろしている。
「自分を哀れむのは後と言ったはずよ。お互いの記憶が鮮明なうちにあそこであ
ったことを確認しておきましょう」
「確認・・?」
「犯人の服装、特徴、・・あの男をつかまえる手がかりがあるかもしれないわ」
「・・・・・」
「茫然自失で何も覚えていないんじゃないでしょうね。犯人は、二十台から四十代、
中肉中背、髪は黒、身長はおよそ百七十p。黒いフルフエイスのヘルメットをかぶ
っていたので顔は良くわからない。出ていた部分には特徴はなし。黒いダウンジャ
ケット、黒いコーデイロイのズボン、黒いセーター、白いマフラーで首元を隠して
いた。右利き、拳銃は、トカレフ・・いきなり入ってきて、一言もしゃべらず、
一発だけ発射してすぐに逃走した。こんな所かしら?」
180瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:05:45 ID:g2Hqy81T0
「いや。セーターは黒じゃない周りの黒に紛れていたけどダークブルーだ。
それに拳銃は、トカレフTT33じゃない。あれはトカレフの改良型。拳銃
のスライドの指かけ溝が傾斜していたから中国製の五四式拳銃だ。蘭ちゃん
の傷は7.6ミリ弾のものではなく9ミリ弾のものだった。安全装置をつけ
NATO標準の9ミリバラベラム弾を使用するように改造されているタイプだ。
摩耗が激しく故障が多いからプロは持たない」
七槻は、冷静な声でそう言いながら立ち上がった。哀がじっと見上げているのに
も気づかず前の暗闇をまっすぐに見つめて精神を集中する。
「あの男は、すぐ近くにいたぼくに見向きもせずまっすぐ蘭ちゃんを狙った。
小さい君はともかく同じ年代に見えるぼくと蘭ちゃんを見ても迷わなかった。
あの部屋にいた三人の内、誰が毛利蘭か知っていたんだ。誰でもよかったわけじ
ゃない。明らかに最初から蘭ちゃんを狙ってきたんだ・・だけどなぜ?・・蘭ち
ゃんが狙撃されるような恨みをうけたりや危険な事件に関わっているはずがない。
やはり毛利さんに恨みを持つ者の犯行か・・・?」
「その調子なら大丈夫なようね・・名探偵さん・・あなたも真実はひとつとかい
うのかしら?」
冷たく笑って立ち去ろうとした哀はふと足を止めて、振り返った。
「あなた・・彼女が撃たれた時、別な女性の名前を口走っていたわね・・」
「え?・・」
七槻は、まったく記憶していない。
「何度も言ったわ・・香奈・・って・・」
「・・・・そう・・覚えていないけど・・言ったかもしれない」
「香奈って、誰?」
「ぼくが・・殺人犯になる原因になった・・ぼくの友達の名前さ・・
ぼくはその友達を自殺に追いやった高校生探偵を殺したんだ」
181瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:11:50 ID:g2Hqy81T0
「そう・・すごく大切な人だったのね・・その人」
「なぜそう思う?」
「あなたがあの時手当していたのは、彼女じゃなくその人だから・・
あなた何度も言っていたわ。香奈がんばれ、僕が守るから・・って」
「・・・・・そういえば、君も叫んでいたね・・おねえちゃん・・
って何度も」
「ええ・・私も同じような理由よ・・私の姉は拳銃で射殺されたの・・
ついそれを思い出して」
「そう・・お互い蘭ちゃんに別な人を重ねていた訳だね」
「必ず犯人を突き止めるのね・・その人のためにもあなたのためにも」
そう言い終えると哀は、振り向かず立ち去った。
「突き止めるとも・・香奈のためでもぼくのためでもなく・・蘭ちゃん
のために」
七槻は、哀の背中に決意を込めてつぶやくと、治療室の前に集まる
皆の方に歩き出した。

皆に近づくと、所在なげに毛利探偵が喫煙コーナーに出てタバコ
を吸っている。英理さんは、集中治療室の前から動かない。目暮
警部も阿笠博士も佐藤、高木刑事もそわそわと落ち着かず歩き回
っている。哀は離れた席に座ってコナン君とひそひそ話をしている。
園子ちゃんは、座って泣いている。
七槻は、看護士たちが忙しく出入りする集中治療室のドアの窓に
近づき中を覗いた。全裸で寝かされた蘭は胸と腰だけにタオルを掛
けられ、全身にチューブをつけられ、蒼白の顔に酸素マスクをして
横たわっている。瞳は固く閉ざされ表情は見えない。
<ぼくも哀ちゃんもいつの間にか蘭ちゃんに亡くした大切な人を重
ねて見ていた。みな大切な何かを蘭ちゃんの上に重ねて見ているんだ。
自分の母親や理想の恋人、姉、妹、、女神、天使、失った大切な人を。
周りの人にとっての良心のような存在、あらゆる善なる理想を重ねて
ることができる君のような人は、この世に何人もいない・・・だから
・・だから蘭ちゃん。君はまだ・・死んではいけない・・天上に戻る
のは早すぎる・・ずっと・・ぼくの・・コナン君の・哀ちゃんの・・
みんなの側にいて・・・>
182瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:18:16 ID:g2Hqy81T0
七槻は、窓から離れると、目を真っ赤に泣きはらしている少女の隣に座った。
蘭ちゃんの親友、たしか園子ちゃんだ。
「ねえ・・園子ちゃん・・さっき蘭ちゃんと学校から帰る途中で何か変わっ
たことはなかった?」
「何もないよ・・いつもどおり・・おしゃべりしながら帰っただけ・・」
「蘭ちゃんは、何も言っていなかった?何かを見たとか・・誰かにあったと
か?」
「なにも・・」
「そう・・帰り道では?・・蘭ちゃんの様子は変わりなかった?」
「別に・・・・いつも通り・・変わりなかったわ」
「そう・・ここ数日の蘭ちゃんの様子はどう?何か不安そうにしてるとか・
・なかった?」
「それも・・別にないよ・・」
園子ちゃんが震えながら七槻の手を見つめている。つられて七槻は、
自分の手に視線を落とした。簡単に洗ったが、まだ蘭ちゃんの血があちこち
についている。天使の血だ。汚い物のように洗い落とすことがためらわれて、
指を組んだ七槻は、自分の手首に紙切れがこびりついているのに気がついた。
蘭の血で張り付いたらしい。つまむと金銀に光る細く薄い紙だ。
<クラッカーの中身みたいだけど・・こんなもの・・どこで?>
「あ・・それ・・あの時蘭の髪についた・・・」
園子ちゃんが、つぶやいた。
「あの時?」
「うん・・昼間・・学校でクラスメイトの誕生会をしたんだ・・その時蘭の
後ろで私がクラッカーを鳴らしたんで、蘭の髪や背中にたくさん中身がつい
てて・・帰り道までまだ髪にくっつけてたんだ・・ついさっき、そんなこと
ふざけながら話してたのに・・うううう」
園子ちゃんの目からまたどっと涙があふれ出た。
<そうか・・蘭ちゃんの背中に手を回した時についたのか・・>
183瀕死の天使2:2009/12/28(月) 11:22:56 ID:g2Hqy81T0
泣き崩れる園子の肩にそっと手をかけた七槻は、
「園子ちゃん。明日、蘭ちゃんと歩いた道をもう一度ぼくと一緒に歩
いてくれない?」
「い・・いいけど・・」
目暮警部が、哀ちゃんを連れてせかせかと歩いてきた。
「七槻君、悪いが、毛利探偵事務所で現場検証をしているんだ。哀君
とふたり戻って犯行当時のことを証言してくれないか」
「わかりました」
七槻は、哀の視線を感じながら立ち上がった。
現場検証を終え、警察は引き上げ、哀も迎えに来た阿笠博士のビー
ルで帰った。少女は、何か七槻に言いたげにしていたが、周囲に警察
がいるためか無言で車に乗り込んで去った。
もう日付が変わる時間だが、毛利探偵もコナン君もまだ病院から戻らない。
七槻は、事務室を片付け、丁寧にソファーやテーブルに飛び散った蘭ちゃん
の血を拭き取った。七槻にもつらい作業だが、毛利さんやコナン君が見たら
耐え難いだろう。
掃除を終えて七槻は、事務所の窓から下を見た。深夜の道に覆面パトカーが
一台停まって、中に警視庁の確か千葉という刑事が乗っている。もし毛利探
偵を狙ったなら再度襲われる可能性もあるので一応警備されているのだ。
「ぼくより、哀ちゃんの方があぶないかも・・まあ阿笠博士がいるか・・・
・・・・それにしても毛利探偵に恨みがあるなら、あの場で銃を乱射するは
ず・・なぜ蘭ちゃんだけを撃った?天使を襲うのは悪魔と決まっているけど
・・ なぜ?・・」
車を見下ろしながら七槻は、つぶやいた。
184瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:10:54 ID:KVt14oXy0
翌日、七槻は、考え事をしながら帝丹高校の校門の前で園子を待っていた。
コナン君は、犯人が黒ずくめの服装だったことに妙にこだわって哀ちゃん
となにかひそひそ話したり携帯でどこかに電話している。毛利探偵と警察は、
毛利探偵に恨みを持つ者の犯行と見て捜査している。しかし、七槻は、どこ
かひっかかる。
<コナン君たちは、哀ちゃんを狙った可能性を考えているみたいだし、警察
は毛利さんに恨みを持つ者の犯行と思い込んでいる。誰も蘭ちゃん個人を狙
ったとは思っていない。確かに彼女が人から恨まれるはずがない・・・・
でもあの時犯人は最初から蘭ちゃんだけを狙っていた。蘭ちゃんが、犯罪の
ような事に関わっているはずはないから・・・残る可能性は、何か犯人に都
合悪いことを見たか聞いたために口封じに狙われた・・この数日の間に蘭ち
ゃん自身が重大な何かを見聞きしたりしていたら、様子が変わったことに一
緒にいるコナン君が気づかないはずはない。もしかして蘭ちゃんは、あの日
帰り道に自分でも気づかず見てはならないものを見てしまったんじゃないだ
ろうか?・・でもそれならずっと一緒にいた園子ちゃんも見ているはずだし
・・・・なぜあいつは蘭ちゃんだけを狙ったんだ?>
185瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:13:19 ID:KVt14oXy0
「おまたせ・・」
帝丹高校の制服を着た園子ちゃんが、いつもの元気がなく暗い顔で近づい
てきた。
「蘭ちゃんの様子を見に行きたいだろうけど、ごめんね。後で一緒に病院
に行こう。その前にここから蘭ちゃんと別れるまでの道筋を一緒に歩いて
みて」
「うん」
園子と、七槻は、ゆっくりと昨日蘭と歩いたといういつも通学路を歩いた。
園子ちゃんは、昨日蘭ちゃんと話した事を教えてくれたが、七槻は、どち
らかというと周囲に注意を払っていた。しかし、帝丹高校から、毛利探偵
事務所までのいつもの通学路は、特に変わりがない。
毛利探偵事務所の近くまで来ると、並んだ商店街の店のひとつのダイバー
ズグッズなどを売っているショップの窓が鏡張りになっている。七槻は、
無意識に自分を映して、女の習慣で自分の顔と服をチエックする。
くすっと園子ちゃんが、思い出し笑いをした。
「何?」
「いえ・・昨日話した。パーティのクラッカーのくずの話・・蘭ったら、
髪にティアラみたいに大きな紙くずを載っけたままずっと気がつかない
もんだから・・私おかしくて帰り道もずっと黙ってたんだ・・ちょうど
このお店の窓で今七槻さんがしたみたいに蘭が自分の顔を映して見てそ
れで初めて気がついて・・私が笑いながら逃げたんで蘭が怒って追いか
けてきて・・」
「ふうん・・」
186瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:14:37 ID:KVt14oXy0
つられて笑いながら、鏡張りになったショーウインドに顔を映して、
帽子を直した時、カチャと音がしてドアが開き、高木刑事が顔を出した。
「七槻さん、園子さん、どうしたんだい?」
「あれ?高木刑事・・蘭ちゃんの事件の聞き込みですか?」
「いや。僕は、蘭さんの事件じゃなくその前に起こった強盗の方を捜査
しているんだ。蘭さんが撃たれる少し前に、この裏の米花宝石店が強盗
に襲われたんだ。犯人が逃げた裏道に沿った店を一軒ずつ回って聞き込
みをしているところだよ」
「宝石強盗?蘭ちゃんが撃たれる少し前なら・・ちょうど蘭ちゃんたち
がこの辺を歩いていた時分だ・・園子ちゃん。その事件を見た?」
「ううん。全然知らなかった。そういえば蘭と別れた後で、パトカーと
何台もすれ違ったからそれかな?」
ふと、七槻は、気がついた。
「あれ・?そういえば高木刑事はどうして外にぼくたちがいることに気
がついたの?」
園子と高木刑事は、顔を見合わせてクスクス笑った。
「中へ入ればわかるよ」
マリンショップの店の中に入ると、鏡だと思った窓の内側から外は丸
見えだ。
「あ・・なんだ。マジックミラーなのか・・」
「そう・・中から見てるとみんな鏡だと知らないでああして顔を映した
りしていくから面白いの」
園子が、笑って指さす通り、確かに、次々と通る女性が、のぞき込み
化粧や服装を映してチエックしたり、おやじが、大口を開けて歯につ
まったカスを取ろうとしたり、内側から見えているとは気がつかない
でいる顔は、鏡の中にいるようで面白い。
「店に入ったことがない人はずっと気がつかないのよ。私は入ったこと
があるけど、蘭は知らなかったみたい」
「いらっしゃい。園子ちゃん」
日焼けした店員が親しげに園子たちに近づいてきた。
「あ・・大津さん。こんにちは」
187瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:16:12 ID:KVt14oXy0
「園子ちゃんは、この店の常連なの?」
「うん。私はこの店でよくダイブの道具なんかを買うのよ。奥にいるのが
オーナーの飯田さんよ。ダイビングスクールもしているの」
奥で品物を整理していた太った中年の男が手を振った。その後ろで若い男
がダンボールを裏口から運び込んでいる。
「・・あれ?あの人は知らないなあ・・新しい店員さん?」
「あ・・一昨日入ったばかりの結城だよ・・おい。結城。こっちきて挨拶
しな」
「はい」
日焼けいていかにもマリンスポーツをやっていそうななかなかイケメンな
青年が笑顔で歩いてきた。
「どうも〜結城です。一昨日から入ったばかりなんでまだ慣れないんでよ
ろしくお願いします」
「うは〜イケメン〜!。あ・・あの・・バイトですか?大学生?おいくつ
ですか?」
「ちょっと、園子ちゃん・」
七槻は、園子の袖を引っ張った。
「あははは。僕もダイビングが大好きなんでオーナーに無理に頼み込んで
雇ってもらったんです」
「そうそう。うちは人は足りてるっていったんだけど、給料も格安でいい
っていうから根負けしちゃってね。よく働いてくれるんで助かってるよ。
ところで園子ちゃん。アイス食べるかい?」
飯田という太ったオーナーが、店の奥の大型冷蔵庫を開けた。中にぎっし
りアイスやらお菓子やらが入っている。
「太るからいらないわ。オーナー甘い物を取り過ぎよ」
「痛いこというねえ園子ちゃん。刑事さんもどうかね?」
太ったオーナーが大きなアイスを出して見せる。
188瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:20:35 ID:KVt14oXy0
「あ・・いえ。勤務中ですので・・それでさっきの話ですけど、強盗のあった
時刻に何か見聞きしませんでしたか?たぶんこの裏口側の道を犯人は逃走した
と思うんですけど」
「いや・・その時分には俺と大津はたぶん飯を食いに出かけていたと思うよ。
結城が店番をしていたけどお前何か見たか?」
「いいえ。全然気がつきませんでした」
「高木刑事。その宝石強盗は蘭ちゃんの事件と何か関係はありそう?」
七槻は、オーナーの差し出すアイスを手で断りながら聞いた。
「いや。時刻は前後するし、強盗は蘭さんを撃った犯人と同様、拳銃を持っ
ていてフルフェイスのヘルメットと黒づくめの服装だから、我々ももしかし
て関係があるかとも思って当たってみたけど、犯人は、この裏口に面した裏
通りから押し入り、逃走しているから、表通りの毛利さんの事務所とは関係
ないし、蘭ちゃんとも関わりないから無関係だと思うよ」
「園子ちゃん。蘭ちゃんが、その事件に関わる何かを見たとかいうことはな
い?」
「ないと思うよ。もし見たならすぐ隣を歩いていた私も気がついたはずだも
の」
「そう・・そうだよね・・」
<そんな大変な事件なら気づかないはずがない。それにもし蘭ちゃんが逃
げる犯人とかを見たなら、園子ちゃんも見ているはず・・>
「あははは・・世界で一番美しいのお后様あなたです〜」
窓の前で商品を並べている結城の側に近づいてしきりに話しかけてじゃま
をしていた園子は、外で中年の女が、念入りに化粧をチエックしている前
に、舌を突き出して鏡の精のように笑った。
「ははは。笑っちゃ悪いよ園子ちゃん。俺も店員になってしばらくは裏口
からだけ出入りしてたから、気づかないで、どうして外の人がみんな変な
顔で窓をのぞき込むんだろうって不思議に思ってたんだから」
園子と結城が、仲良く話しているのをよくやく引き離した七槻は、外へ出て
高木刑事と別れて歩き出した。
189瀕死の天使3:2009/12/30(水) 17:26:57 ID:KVt14oXy0
「昨日、園子ちゃんと蘭ちゃんが別行動をしたことはない?別々なお店に
入るとか」
毛利探偵事務所の前まで来て七槻は、尋ねた。
「ううん。話に夢中でつい蘭の家の前まで来ちゃってここで別れるまで
ずっと一緒だったよ」
「そうか・・」
<結局収穫なしか・・やっぱり毛利探偵への恨みか・・哀ちゃんを狙
ったのか?>
七槻と園子は、そのまま杯戸中央病院に直行した。
蘭は、依然として意識が戻らず集中治療室に入ったままだ。
園子が治療室の窓に張り付いて蘭の様子を見ている間、後ろに立った
七槻は、廊下の向こうにちらっと赤みがかった茶髪の少女の姿を見た。
すらりとしたその後ろ姿に深い孤独の陰が見える。
<蘭ちゃんが心配なくせに、ぼくたちを見て逃げたな・・それにして
もあの子何者なのか?・・コナン君と同じように精神は大人らしいけど
・・姉が射殺されたなんて普通の人の身に起こる事じゃない・・蘭ちゃん
が撃たれたのは自分のせいじゃないかと思っているみたいだし・・>
「な・・七槻さん!見た?今蘭が目を開けたようだったけど!」
不意に背後で園子ちゃんが、叫んだ。
「え?」
あわてて治療室のドアに近づいたが、二人並んで覗くほど広くはない。
「見たでしょう?」
「あ・・いや・・園子ちゃんが見ていたんでぼくは後ろで待っていたから
・・・・あ!」
不意に七槻は、叫んだので園子ちゃんが不審そうに振り向いた。
「何?どうしたの?」
「そうか・・・そういうことだったのか・・」
七槻は、治療室の窓を見つめてつぶやいた。

190瀕死の天使3:2009/12/30(水) 18:06:32 ID:KVt14oXy0
事件篇はここまで、解決篇は来年。
191瀕死の天使解決編:2010/01/03(日) 15:52:30 ID:8DsCMI4i0
数日後、深夜のマリンショップ。
カタリと音がして、裏口のドアが開き、男の影が中に滑り込んだ。
男は、しばらく中の様子を見ていたが、カチッと懐中電灯を点けて静か
に動き出し、冷蔵庫の前に立った。
男は、ショップの奥の冷蔵庫を開け、中にぎっしりと詰まった食料品を
乱暴に床に投げ捨て、奥に手を入れた。
しかし、目当ての物は見つからないらしく、しばらく手探りしていたが、
更に中の物を掻き出すと顔を突っ込んで何かを探し始めた。
必死に冷蔵庫の中をガサガサとさぐる男の背後から、不意に冷たく鋭い
声がした。
「残念だったね。結城さん。そこにはもう拳銃も宝石もないよ」
「だ・・誰だ!」
はっと振り向いた結城の前に、七槻は、ショップの棚の陰からすっと出
て来た。手に拳銃と宝石を入れた袋を握って。
「ここだよ・・・。覚えておくんだね・・物を隠すのに、冷蔵庫の中と
汚れた洗濯物の中は禁物だってね・・どちらも泥棒も警察も最初に探す
場所だからね」
七槻は、拳銃をまっすぐ結城に向けてかまえながら歩み寄る。
「き・・君はこの前来た子・・な・・なんの話だか・わ・・わからないよ」
「病院で気がついたんだ。あの日の帰り道、蘭ちゃんだけが見ていて園子
ちゃんは見ていないものはここの窓だけだってね。蘭ちゃんは、外の鏡に
自分を映しただけだけど、あなたは自分を見られたと思ったんだ。強盗を
したばかりの自分の姿をね」
七槻が、壁のスイッチに手をやり、パッと明かりがつくと、新入りの店員
の結城がたちすくんでいた。
192瀕死の天使解決編:2010/01/03(日) 15:54:53 ID:8DsCMI4i0
「この店にいる三人の中で、大津さんと飯田さんは、もう何年も勤めているから、
外のショーウインドウがマジックミラーだということを知っている。でも強盗の
ために事件の前日にこの店の店員になったばかりで、周囲の人に顔を見られない
よう、いつも裏口から出入りしていたあなただけは、あの窓がマジックミラーだ
ということをまだ知らなかった。あの日、あなたは、一人で店番をしているすき
に、裏口から出て強盗を働き急いで店に戻りヘルメットを取った。その瞬間、偶
然蘭ちゃんが外で顔を映すために窓をのぞき込んだ。彼女は髪にずっとクラッカー
の紙がついていたのを見て驚いて、怒って園子ちゃんの後を追いかけた。でも中
のあなたの目には、蘭ちゃんが、店の中をのぞき込みヘルメットを脱いだあなた
の顔と銃を見て驚いて逃げ出したように見えたんだ。だからあなたは、ヘルメット
をかぶり直し拳銃を持って蘭ちゃんの後を追って毛利探偵事務所に入った。探偵事
務所の看板にも驚いたあなたは、自分のことを話される前に口を封じなければなら
ないとあせって、部屋に入りすぐに蘭ちゃんを撃って逃げた。付近はまだ宝石強盗
の捜査の警官が多い。手配されたヘルメット姿で拳銃を握ったまま表通りを歩くわ
けにはいかない。裏道を通り、逃げ込める場所はここしかない。あなたは、またここ
に逃げ込み、拳銃を宝石同様冷蔵庫の中に隠した」
カシャッと鋭い音を立て、七槻は、銃のスライドを引き初弾をチェンバーに送り込む。
193瀕死の天使解決編:2010/01/03(日) 15:57:14 ID:8DsCMI4i0
「すぐ姿を消さずここで働き続けているということは、宝石と拳銃は、
この店のどこかにまだあるっていうこと。ショップが開店している日だと、
オーナーたちやお客がいるからうっかり銃を取り出せない。絶対に事件後、
最初の休日の今日、この宝石と一緒に取りに来ると思っていたよ」
七槻は、結城の足元に宝石の入った袋を投げた。結城は、きょろきょろと
逃げ場を探しながらじりじりと後ずさった。
「でもぼくの目の前で蘭ちゃんを撃ったのは失敗だったね・・蘭ちゃんを
手当てしながら誓ったんだ。天使を襲った悪魔は必ずぼくが自分の手で始
末するとね・・初めてわかったよ・・凶悪犯が一人殺すのも二人殺すのも
一緒だとよく言う気持ちが・・時津を殺したとき感じていたんだ。ぼくは、
自分の中の良心という安全装置を自分で外してしまったってね」
七槻の目が青白く殺気を放って光る。激しい殺意が陽炎のように立ち上る。
七槻は、ゆっくりと結城に近づきながらカチリと指先で拳銃の安全装置を外す。
結城は、壁際に追い詰められずるずるとへたりこんだ。
「あ・ああ・・・」
「悪いけど、ぼくは、殺人で前科一犯、人を殺すことをためらう良心なんかと
っくの昔になくしている。憎い敵を殺す快感は知っているけどね」
殺戮への期待の笑みを押さえきれない。腰を抜かした結城にむかって水平に銃を
構えてじりじりと近づいていく。
「良いことを教えてあげるよ。・・確実に相手を絶命させたければ、蘭ちゃんの
ように生き残る可能性のある胸ではなく、額を打ち抜くこと・・五十四式拳銃つ
まりトカレフの初速は、秒速約420メートル、威力の強い事で有名だ。脳みそ
を全部その後ろの壁にぶちまける無様な死に様をさらさせてあげよう・・天使を
傷つけた報いを感じさせる時間もないのが残念だけどね・・何か言い残すことは?」
194瀕死の天使解決編:2010/01/03(日) 15:59:15 ID:8DsCMI4i0
結城までの距離は2メートル。七槻は、両足を開きしっかりと左手で右手
を支え、結城の目を見つめながら額に狙いを定めた。銃口はぴたりと静止
し微動だにしない。
「た・・たすけてくれ!」
「弁明はあの世で神様にしなさい」
<服部君、白鳥君ごめん。せっかくの努力を無駄にするけど刑務所に逆戻り。
仮釈放中の再犯だから、よくて懲役20年、悪ければ無期懲役かな・・>
ちらっとそんなことを考え、引き金を絞った瞬間。
目の前に手を広げた蘭ちゃんが浮かんだ。哀ちゃんをかばった時の記憶だ。
<蘭ちゃん・・・蘭ちゃんは、あの時哀ちゃんをかばうために両手を広
げて銃口の前に立ちふさがった。ドラマや小説ならできるけど、目の前に
本物の銃口があったら・・よほどの人間でもできない・・蘭ちゃんは、後ろ
にいるのが哀ちゃんでなくとも、コナン君でも、他の誰でも同じようにした
だろう・・なんて勇気があるんだ。今、蘭ちゃんがここにいたら・・>
<七槻さん!やめて!そんなことで自分を汚さないで!>
幻想の蘭ちゃんがはっきりと叫んだ。
<蘭ちゃん・・・>
殺意は不思議なほどきれいに消えていた。
七槻は、静かに銃を下ろした。
「うわ〜!!」
七槻が銃を下ろすのを見て、叫び声をあげながら、結城が、襲いかか
ってきた。ぶざまに突き出される腕を身体を開いてかわした七槻は、
持ち替えた拳銃の台尻でガンッ!と後頭部を殴りつけた。結城は、声も
なくその場に崩れ落ちた。
「蘭ちゃん・・君が止めてくれたんだね・・・」
195瀕死の天使解決編:2010/01/03(日) 16:01:11 ID:8DsCMI4i0
のびた結城を見下ろしながら七槻はつぶやいた。突然後ろのドアが開
き数人の足音が走り込んでくる。
「やっぱり、ここだったか・・大丈夫?七槻おねえさん!」
叫びながらコナン君と高木刑事が、走ってきた。
「うん・・コナン君も来ると思っていたよ・・」
七槻が、拳銃に安全装置をかけマガジンを抜き、宝石の袋の横の床
に置いてコナンに微笑みかけた時、
「コナン君!病院の毛利さんから電話だ!蘭さんの容体が変わった
からすぐに来るようにって!」
後から駆けつけて結城を確保しながら高木刑事が叫んだ。
「え?!」
心臓を締め付けられるような不安を感じてコナンと七槻は、走り出した。

196瀕死の天使解決編:2010/01/03(日) 22:44:13 ID:KoXiMe1b0
病院の待合室。コナンたちが息を切らして駆け込んでいくと、毛利
探偵たちが集まっている。
「おじさん!蘭は?・・蘭ねえちゃんは?」
「おお!待ってたぞ!今先生から話があって蘭の意識が戻ったそうだ。
もう心配はいらないそうだ!」
「え・ええ・・ほ・・本当?・・よ・・よかった・て・てっきり・・」
全速力で走ってきた疲れと、安堵で、コナンも七槻もその場にへたり
込んだ。
「少しの時間なら会えるそうだ」
「う・・うん」
しばらくして、白衣を着た毛利、妃、園子、コナン、哀、七槻は、
そっと集中治療室へ入った。
蘭は、まだチューブにつながれてベットに横たわっている。
血の気のない端正な顔と均整の取れた肢体は、まるで繊細な氷の彫刻の
ように見えた。
ベットを取り囲んだ人びとは、蘭の美しさに気圧されて黙り込んだ。酸素
マスクをして蒼白な蘭の表情は一見変化ない。
「ら・・蘭ねえちゃん?」
コナン君がおそるおそる声をかけると、ぴくっと蘭の手が動いた。
うっすらと目をあけた蘭は、周囲を取り囲む人びとを見て、その目が微笑
んだ。
「蘭!」
「蘭ねえちゃん!」
歓声を上げて蘭のベットを取り巻く人たちから一人離れて、病室の壁にも
たれながら七槻は、生まれて初めて静かに祈った。
<感謝いたします。神よ。皆の祈りをお聞きくださり、あなたの天使を
この地上にお留め下さったことを。あの時・・ぼくが罪を重ねることを
お止めくださったことを・・願わくは・・願わくは御手によってお導き
ください・・蘭ちゃんがいる高みにまで、いつの日かぼくもたどり着け
ますように・・・・・>
いつの間にか哀が七槻の前に立っている。
「あなたお祈りするのね。神様なんて信じているの?」
「いや・・それはわからないけど・・少なくとも天使は信じているよ。
目の前にふたりもいるからね」
「ふたり?」
哀は、不思議そうな顔で七槻を見上げた。七槻は微笑んでうなずいた。
「そう。ふたり」
    瀕死の天使 終
197名無しかわいいよ名無し:2010/03/06(土) 07:30:37 ID:/6EyUtp30
保守
198名無しかわいいよ名無し:2010/03/20(土) 09:13:52 ID:oQ/FiJdX0
ほしゅ
199名無しかわいいよ名無し:2010/04/02(金) 14:39:02 ID:zo4s2hPqO
こんだけいいキャラなのに一回限りの登場なのが悲しい
200名無しかわいいよ名無し:2010/04/11(日) 17:50:58 ID:UvUFJD2JO
100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/04/11(日) 16:19:13.69 ID:0hG/JoCz0
うわぁ、みんな意外と知らないんだなぁ
そろそろ本編にも出ると思うけど、越水七槻は刑務所探偵として平次と連絡取りあうよ
だいたい年2回位出した言って青山いってたぜ
けっこう知ってると思ったんだけど…専用スレでも散々言われてなかったっけ?
どんなに辛くても、私が探偵であることに変わりはないもの、って台詞がナイス
201名無しかわいいよ名無し:2010/04/11(日) 23:23:02 ID:fVsmoA6Y0
ええ?それほんと?刑務所探偵って・・・どんなの?
202越水七槻最初の事件:2010/05/08(土) 19:17:36 ID:jBO56wYG0
その日、七槻とコナンは、病院の蘭を見舞った。医者はもう危険はないと
言っているが、胸を至近距離から撃たれたのだ。そんなにすぐに快復する
訳もなくコナンたちが、毎日見舞いに行っても、蘭は眠ったままの事も多
かった。その日も七槻たちが面会を許されたわずかな時間の間、蘭は昏々
と眠り続けついに目を開けることがなかった。
とうとう蘭と話も出来ないまま、七槻たちは暗い気持ちで帰りのバスに乗
った。
七槻は、バスの最後部にコナンと並んで座って車窓の外を流れる夕方の
町並みをぼんやり眺めていた。
「ねえ・・七槻おねえさん?」
不意に黙っていたコナンが話しかけてきた。
「何?コナン君?」
「あの・・・聞いてもいいかな?」
「何を?」
「おねえさんは・・どうして探偵になったの?」
「なぜ急にそんなことを?」
「いや・・別に・・ただ気になっただけ」
コナンはあわてたように言った。
「女のぼくが、蘭ちゃんを撃った犯人を君より少しはやく見つけたから?」
七槻は、ちらっと冷たい微笑を浮かべてコナン君を見た。
「あ・・いや・・あの時・・おねえさんは、拳銃を持ってたでしょう?・
あの・・もしかして・・」
「・・・うん・・ぼくは、結城を射殺するつもりだった・・君が来る直前までね」
「・・・・」
203越水七槻最初の事件:2010/05/08(土) 19:19:44 ID:jBO56wYG0
「君の分類だと、ぼくは、探偵には向かないかっとしてすぐに人を殺すような
危ない人間・・かな?」
「でも殺さなかった・・」
「そうだね・・蘭ちゃんが止めてくれたから・・」
「蘭・・・蘭ねえちゃんが?」
コナン君が不思議そうに見上げた。
「うん・・蘭ちゃんが止めてくれたんだ・・あの島でも言ったけど・・ぼくは
もう少しはやく君たちと出会いたかった・・そうすれば・・ぼくの人生はだい
ぶ違った物になったかもね・」
沈黙が落ちた。少ししてコナンがためらいがちに口を開いた。
「あの・・新一にいちゃんが前に言っていたんだ・・犯罪のトリックは考えれ
ば論理的な答えが出るもんだが犯罪の動機は何度聞かされても理解できない。
理解できても納得がいかないんだって・・」
「・・・そう・・工藤君には会ったことがないけど、本当にそう言ったのなら
・・彼は幸福な人だね・・いや不幸かな・・」
「不幸?」
「論理的で優れた頭脳の持ち主かも知れないけど本当に人を愛したことはないのかもね」
「そうかな?」
204越水七槻最初の事件:2010/05/08(土) 19:21:49 ID:jBO56wYG0
「もし・・・蘭ちゃんが・・・」
七槻は、少しためらってから口に出した。
「もし蘭ちゃんがこの上なく残酷な方法で辱められて殺されたら・・
そしてその犯人が目の前で後悔することもなく自慢げにそれをひけら
かしていたら・・それでも工藤君は殺意というものを理解できないだ
ろうか?・・もしそうなら彼は人格的にどこか欠陥があるか・・・
あるいは本当は蘭ちゃんを愛していないかどちらかだ・・ワトソンが
撃たれた時ホームズでさえ犯人に言ったじゃないか・・もしワトソン君
が死んでいたら私は・・・」
「お前を生かしておかなかったぞ・・」
コナンがつぶやくと七槻はうなずいた。
「それは本当の言葉だよ。ワトソンが死んでいたらホームズは間違いなく
相手を射殺していたと思う」
「いや・・僕はそうは思わない・・ホームズは引き金を引かなかったと思う」
一瞬、コナンと七槻の冷たい視線が交錯した。
七槻は、さりげなく視線を車窓の外に移して話し始めた。
「質問に答えていなかったね・・探偵になった動機か・・あれは、ぼくが
高校生の時のことだよ・・」
205越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 15:23:57 ID:M2guC3pq0
「え?・・・ぼくに依頼?・・なんのこと?」
 ブラウン神父の小説から目をあげて凛とした美少年のような美貌の少女は、
目の前の同じ南九州女子学院の制服の少女を見上げた。違うクラスだが何度
か廊下や校庭で見かけた同じ学年の清楚でおとなしい感じの美少女だ。
「「君はたしか・・・・、2年桃組の・・」
「ええ・・水口香奈です。あなたが越水七槻さんでしょう?このクラスの友
達に聞いたんです。この前無くなった積立金の事件とか、匿名の中傷メール
の事件とかみんなあっという間に解決した名探偵だって・・だからあつかま
しいとは思ったんですけど、調べてほしいことがあるんです・・・」
「別にたいしたことじゃないよ。論理的に考えればすぐわかることを指摘し
ただけさ・・でもぼくに依頼ってどんなこと?」
「実は・・私の物が最近頻繁に無くなるの」
「盗難なら先生に届けたほうがいいよ」
「盗難っていうようなものじゃないの・・無くなったのは私の鉛筆とか・・
定規とか・・雑巾とか・・」

206越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 15:25:56 ID:M2guC3pq0
パタンと本を閉じて七槻はうんざりした顔で言った。
「やれやれ・・最近なぜかみんなその手の話をぼくにもってくるけど、ぼくは
捜し物係じゃないんだからね。・・君の勘違いじゃない?きっと教室のどこか
に落ちてるよ」
「ううん・・自分で言うのもなんだけど私物は大事にする性格なの・・いまま
で一度も無くし物なんかしたことがないんです。それがここ1ヶ月くらいの間
でちょくちょく・・確かにしまっておいた物が無くなるの」
「悪いけど・・君・・いじめにあってるじゃない?・・それも先生に相談した
方がいいよ」
「そんなことないわ・・私のクラスではいじめなんて全然ないもの」
「盗癖っていう病気の人もいるよ・・物がなくなるのはクラスの中で君だけ?」
「ええ私だけ」
「それで無くなった物って・・どんなもの?」
「ええと・・ちびた鉛筆でしょう・・鉛筆キヤップ・・割れた三角定規、つか
いかけの消しゴム、汚れた雑巾、家庭科で失敗して布巾にしてた刺繍、もう書
けなくなったボールペン、切れなくなったハサミ・・」
七槻は、あきれてカバンを机の上に置くと帰り支度を始めた。
「それでぼくにどうしろっていうの?無くなった消しゴムを探し出せと?」
207越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 15:41:29 ID:M2guC3pq0
「ごめんなさい・怒った?・・いきなりこんなこと迷惑だとは思うけど・・
先生に話したけどいたずらだろうって笑って取りあってくれなかったし、
私はただ、誰がなんでこんな事をしているのかが・・知りたいだけなの」
「それは先生の言うとおりたぶん誰かのいたずらだと思うよ。大事な物、
高価な物には手を出さないようだし、あまり気にしないでいればいいん
じゃない?」
「でもどうしてそんなことをするのかわからないのよ。たしかに無くな
ったものはみんなたいした物じゃないけど、私の周りだけで起こるのは
気味が悪いし・・昨日は、蛍光灯まで・・」
面倒くさそうに乱暴に教科書をカバンに入れていた七槻の手が止まった。
「え?蛍光灯?君、学校に蛍光灯を持ってきてたの?」
「あ・・いえ。私整美委員なの。だから昨日教室の蛍光灯が切れたんで、
交換して後で捨てるつもりで放課後まで自分のイスの足下に置いておいた
のが・・・気がつくと無くなっていたの」
七槻は、自分の頭の上を見上げた。天井に教室用のかなり長い蛍光灯が
並んでいる。
「君の教室もこれと同じ蛍光灯だよね」
「ええ・・まったく同じものよ」
208越水七槻最初の事件2:2010/05/11(火) 16:01:06 ID:M2guC3pq0
つられて天井を見上げながら香奈が答えた。
「その時も勿論すぐに探したよね」
「ええ。でも誰も知らないって」
「ゴミ捨て場は?」
「誰かが捨ててくれたのかと思って調べたけどなかったわ」
七槻は、自分の天然茶髪の髪に指をからませながらじっと
天井の蛍光灯を見つめた。
<おかしい・他のものは簡単にポケットに入るけど、あんな
長い蛍光灯はカバンにも入らないし、かかえていれば目立つ
から誰かが見ているはず。簡単に隠せるものでもないし、そ
もそも切れた蛍光灯なんて誰も必要ない。・・万一必要だった
としても彼女が捨てた後でゴミ捨て場から回収すればいい。消
えた他の物は、誰かがいたずらか意地悪をして盗ったとしても、
元々捨てるはずのそんなもの盗る意味がない>
「 越水さん?」
考え込む七槻の顔を少女が不思議そうにのぞき込んだ。
「え?ああ・・わかった。調べてみるよ。でも他のクラスのぼく
がいきなり行くと不審に思われるから、しばらく時間を置いて君
のクラスのみんなが帰ったら、もう一度呼びに来て。ここで待っ
ているから」
「わかったわ。本当にありがとう。じゃ。後で」
笑顔で手を振って出て行く少女を見送って、七槻はため息をついた。
「やれやれ・・消えた鉛筆事件ってか・・」
209越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 18:05:27 ID:nXdsmVb40
香奈に案内されて無人になった2年桃組の教室に入ると、七槻は慎重に
周りを見回した。構造は七槻の教室と同じだがクラスが変わると、どこ
か匂いや雰囲気が違うものだ。
「君の机は?」
「ここよ」
香奈が、窓際の机を指さした。七槻は、イスを引いて香奈の席に座った。
「机の中を見てもいい?」
「ええ」
七槻が覗くと、机の中には学校指定の国語と英語の辞書だけが入っている。
「普段から何も入れていなかったの?」
「ううん。物が無くなるようになって気味が悪いから辞書以外はみんな持
ち帰るようにしてるけど、それまでは、ノートとか文庫本とかハンカチと
か色々入れていたわ」
七槻はついでに隣の机もちらっと覗いた。やはり辞書だけが入っている。
「隣の席はどんな子?」
「クラス委員の五十嵐友紀子ちゃんよ」
「ああ・・知ってる。いつも成績学年トップの五十嵐さんね・・仲はいい?」
「もちろん。友紀子とは友達よ」
210越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 18:11:36 ID:nXdsmVb40
「そう・・」
跪いてきれいに掃除された床を調べてから、机の上を見た。いじめなどがある
と机の上に落書きなどされることが多いが、落書きなどひとつもない。七槻は
、机の脇にかけられた学校指定のバックを手に取った。
「確かに物を大切にするんだね。3つ上のお姉さんのお古のバックを大事に使
ってるようだし?」
「あれ?どうして私に3つ上の姉がいることを知っているの?」
「簡単だよ。このバックは、2年生の物としてはかなりくたびれてる。誰か
のお古だね。でもネームは水口と書かれて書き直されていない。タグに3年
前の製造年が入っているよ。お姉さんが1つ上なら3年生でまだバックが必
要、2つ上だと君が1年生になるからバックは二つ必要。だから3つ上」
「すごいわ!越水さん!噂通りシャーロック・ホームズみたい!」
パチパチと手を叩いて素直に憧れの目で見つめる美少女に、七槻は赤くなった。
「あ・な・・七槻でいいよ。・いや・・たいしたことじゃないよ・それより、
物が無くなりはじめた時からのことを順々に話してみて」
「じゃあ私のことも香奈と呼んで・・ええと・・最初に気がついたのは、一ヶ
月前、中間テストの最終日のことよ」
「英語の試験だね・・あのじいさん先生、よぼよぼの講師のくせにやたらむず
かしい問題を出して、ぼくも散々だったよ」
「あはは・そうね。おまけに試験監督が急病で、おじいさん先生から急に飯
山先生に代わってみんな真っ青だったわ」
211越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 19:05:29 ID:nXdsmVb40
「ええ?あの鬼ババに?ひさ〜ん。あの鬼ババは、誰彼なくカンニングをすると
思ってて、しつこく調べるでしょう?ぼくなんて、身体検査で教室の中でショーツ
一枚にされそうになったよ」
「う・うそ・・・うちのクラスではそこまではいかなかったけど、始まる前にしつ
こく持ち物検査とかされたわ・・ほんとにいやな先生ね」
「それで?最初に無くなった物は何?」
「ええ・・それで、試験が終わって答案を出して・・席に戻って片付けようとして、
ふと気がついたら使ってた鉛筆がないのよ」
「高価な鉛筆?」
「いいえ。普通の安物だし、もう半分以上削って短くなったものよ。入学祝いにも
らった高いボールペンはちゃんとあるのに・・」
「それから?」
「どこかに落ちたのかと思って隣の席の友紀子と床を調べたけど無くて・・あきら
めて帰ろうとして、ふと見たら今度は鉛筆キヤップまでないの」
「その時・・この席の周りには人が大勢いた?」
「ええ・・試験が終わって、帰るときだったから、みんなこの辺をドタドタ歩き回
っていたわ」
「何か。不審な行動をする人とかは?」
「その時は、どこかに落としたとばっかり思ってたから・・気がつかなかった」
「それでその後は・・?」
212越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 19:40:05 ID:nXdsmVb40
「それからなの。いろんな物が無くなり始めたのは・・使い切って捨てようと
思ってたボールペンとか、使いかけの消しゴム、割れて机に入れっぱなしにし
ていた三角定規。机にかけておいた雑巾、もう切れなくなって裁縫箱に入れて
置いたハサミ。家庭科で失敗して布巾にしてた刺繍の布・どれもいらないもの
ばかりだけど・・ほんのちょっとした隙に無くなるのよ・だいたい2・3日お
きに・・」
「持ち物には注意していたの?」
「勿論よ・・でも体育を終わって帰ってきてみたらなかったり、本当にちょっ
と注意がそらした時に無くなるのよ・・いつも持ち物全部に注意していることも
できないでしょう?大事な物や高価な物はそのままになっているから・・よけい
に気味が悪いの・・なんでこんなことをするのか。わからないわ。無くなった物
になにか関連があるかずっと考えてるんだけど・・・わからないわ」
香奈は、かわいい顔を曇らせてうつむいた。
「クラスのみんなはなんと言っている?」
「最初はみんなで探してくれたりしてたけど・・無くなったものがガラクタばか
りだから・・最近はまたかって感じでクラス委員の友紀子以外は、真剣に取りあ
ってくれないの」
「そう・・それで昨日は蛍光灯まで無くなった?」
「一昨日から一本切れていて・・私が整美委員なので、用務員室から換えをもら
ってきて机の上に乗って取り替えて空箱に切れたほうをいれて放課後捨てようと
思って足元に置いておいたの・・それで掃除を終わって職員室に日誌を届けて戻
ると・・」
「無くなっていた?」
213越水七槻最初の事件3:2010/05/12(水) 20:06:10 ID:nXdsmVb40
「あわてて外へ探しに出たの。あんな長いもの誰かが持ってたらすぐにわかる
でしょう?でも見つからなくて・・念のためゴミ捨て場を確認してから教室に
戻ったわ」
「それで教室の中は調べたの?」
「ええ・・それで友紀子に相談したら・・友紀子がこの際徹底的に探そうと
いってくれて、今朝ふたりで教室の中を隅々まで調べたの、友紀子が呼びか
けてくれて、先生やみんなの許可をもらって教卓の中からみんなの机の中や
カバンの中まで・・でも何もなかったわ」
「へえ・・五十嵐さんって冷たい優等生っていう感じだけど意外と親切なん
だね」
「ええ・・私も最初はとっつきにくいと思ってたけど、この無くし物騒動で
いつも親切に相談に乗ってくれるし・・一緒に捜し物をしてるとなんとなく
仲良くなって。彼女最近お母さんが病気で、看病や家事で大変らしいんです
けど成績はあいかわらずトップだし・・きまじめな性格だから、なんでも完
璧でないと気が済まないみたい・・」
「ふうん」
214越水七槻最初の事件件4:2010/05/14(金) 14:26:02 ID:6ZCn5Gke0
友紀子への軽い嫉妬のようなものを自分の心の中に感じた七槻は、
戸惑って立ち上がり一通り教室の中を調べた。物を隠す所といっても、
掃除用具のロッカーか個人の荷物を置く棚くらいしかない。
「全員の机の中も調べたんだね」
「ええ・・みんなのカバンの中まで見せてもらったわ・・私はそんな
ことまでしないで・・って言ったんだけどむしろ友紀子が意地になって・・」
「私がどうかしたって?」
突然ガラッとドアが開いて度の強いメガネをかけて髪を短くおかっぱにした
少女が入ってきた。小柄な七槻や、香奈よりも更に背が低くずんぐりむっくり
した体型だ。
「あ・・友紀子・・どうしたの?お母さんの看病は?」
「今日は叔母さんが来てくれているのよ。香奈が気になって・・それよりこの
子は誰?ここで何をしてるの?」
「2年桜組の越水七槻さんよ。ほら知ってるでしょう?最近いろんな事件を解
決したって噂の・・」
「そんなこと知らないわ・・桜組の生徒が桃組で何をしてるの?」
215越水七槻最初の事件件4:2010/05/14(金) 14:27:03 ID:6ZCn5Gke0
「あの・・例の私の物がなくなる事件を調べてもらおうと思って・・」
「こんにちは。五十嵐さん」
落ち着いた微笑を浮かべて七槻はペコリと頭を下げた。
「調べるって・・ふたりで今朝徹底的に探したじゃない・・これ以上ど
う探すって言うの?」
七槻を無視して、友紀子は香奈に迫った。
「まあまあ・・こういう時は、全然違うクラスのぼくの方が、新鮮な目
で何か見つかるかもしれないよ・・」
「今言ったでしょう?私と香奈でこの部屋は徹底的に調べたって・・私
は香奈の勘違いだと思うけど・・もし誰かが盗んだとしてもそれは他の
クラスの子のしわざよ!」
顔を真っ赤にして怒る友紀子を無視して七槻は、天井を見上げた。並んだ
蛍光灯の一本が真新しい。
「交換した蛍光灯っていうのはあれだね・・」
「そうよ」
七槻は、ふともう一度視線を友紀子に向けて、謎めいて小さく笑った。
「そうかもしれないけど・・ともかく5分だけぼくをひとりにさせてく
れないかな・・そうしたら面白い物を見せられると思うよ。ふたりとも
ちょっと廊下に出ていてくれない?すぐにすむから」
七槻は、静かな表情でふたりを見つめた。
「そ・・それはいいけど・・・確かに友紀子の言うとおりこの教室は調
べ尽くしたと思うわよ」
渋る友紀子の腕をつかんで廊下に出ながら香奈も不審そうに七槻を見た。
「ともかく言うとおりにして・・いいというまでは覗かないでね」
ウインクして七槻は、2年桃組のドアを閉めた。
216越水七槻最初の事件4:2010/05/14(金) 14:41:40 ID:6ZCn5Gke0
「いったいどういうつもりなのかしら・・あの子。この教室は私とあなたで隅
々まで探したと言ったのに・・これ以上どこを探すっていうの?探偵ごっこに
つきあうほど私暇じゃないわ。あんまり時間がかかるなら先に帰らせてもらうわ!」
「え・ええ・・ごめんなさい。でも・・少し待ってよ。友紀子」
しかし、廊下の香奈と友紀子は、それほど待たされることはなかった。五分ほどして
ガラッと教室のドアが開いて七槻が、笑顔を出した。
「おまたせ。さあ。どうぞ」
「え・ええ・・?」
七槻に誘われて教室に入った香奈と友紀子は、同時に驚きの声を上げた。
「え?!」
「あ!」
香奈の机の上に、ずらりと置かれた物。それはさきほどはなかったものだった。
ちびた鉛筆、インクの切れたボールペン、使いかけの消しゴム、鉛筆キヤップ、割れた
三角定規、汚れた雑巾、切れないハサミ、切れた蛍光灯、失敗した刺繍。
「ど・・どこからこれを?・・わ・・私たち教室中を探したのよ。ロッカーの後ろまで
・・一体どこにあったの?」
机の上に置かれた物を手に取りながら香奈と友紀子は、呆然と七槻を見つめて叫んだ。
217越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 15:50:46 ID:sCT/l83Z0
ニコニコ笑いながら七槻は、ピョンとお行儀悪く香奈の隣の友紀子の机の上に
座ると、にらみつける友紀子を無視して話し始めた。
「最初、香奈から話を聞いた時は、ぼくも皆と同じに誰かのいたずらか、いじ
めかなにかだと思った。でも最後に蛍光灯が消えたと聞いて、変だと思ったん
だ。蛍光灯は元々香奈のものでもないし、使いようもない。第一他の物と違って
そんなもの持っていたらすぐに周囲の人にわかってしまう。それに香奈が教室を
留守にしていたのはそんなに長い時間じゃない。そしてすぐに蛍光灯がないのに
気がついて探し始めたのだから、遠くに持ち出すことはできない。つまりこの教
室の中から出ていないということさ」
「そんなはずはないわ。私たち今朝みんなの机の中まで徹底的に探したのよ」
「それは、今朝の話でしょう?無くなった物はその前に犯人の手で移動したのよ」
「移動した?」
「まずは、順序立てて話すわね。無くなったものを順に並べると、ちびた鉛筆、
鉛筆キヤップ、インクの切れたボールペン、使いかけの消しゴム、割れた三角
定規、汚れた雑巾、切れないハサミ、失敗した刺繍・切れた蛍光灯の順になる。
さてこれには何の意味がある?・・」
「わからないよ・・盗っても役に立たないということ以外、なんの共通点もな
いようにしか見えないけど」
218越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 16:11:38 ID:sCT/l83Z0
「そう。それが正解。なんの関係もないのさ。唯一共通している事は無くなっても
誰も気にしない物だと言うこと・・大切な物、高価な物が無くなれば騒ぎになって
先生にも報告することになる。でもこんなものじゃ先生に言っても真剣に取りあっ
てはもらえない。でも次々と身の回りの物がなくなる君にしてみれば気になって仕方ない」
「うん。そうだね・・」
「そうすると、色々な物が無くなったと言うことだけが強調されてさっきのように無く
なった物の共通点だけをあれこれ考えるようになるでしょう?」
「どういう意味?」
「推理マニアには有名な言葉があるんだ。木の葉を隠すなら森の中・・ってね。つまり同じ
ような物の中に紛れさせることこそが何かを隠す最善の策ということさ」
「つまり、無くなった物の中になにかが隠してあると言うこと?」
「そう。犯人が本当に隠す必要があった物はたった一つだけなんだ」
「は・・犯人って・・・でもこの中に本当に隠す必要がある物なんて・・あるの?」
「よ〜く考えて見て・・無くなった物の中でひとつだけ仲間はずれがあるよ」
「・・・・わからないわ・・」
「鉛筆、ボールペン、消しゴム、鉛筆キヤップ、三角定規、雑巾、ハサミ、刺繍・蛍光灯・
無くなったこれらの物で唯一それ単独では使えないものは?・・」
「ええと・・鉛筆キヤップ?」
七槻は、冷たい微笑を浮かべて手を伸ばし香奈の机の上の鉛筆キヤップをつまみ上げた。
「そう。犯人の目的は最初から鉛筆キヤップだけだったけど、後で次々無くなったものが
あったからそれがまぎれてしまったのよ」
「違うわ。最初に無くなったのは鉛筆、それからキャップの順よ」
七槻は、笑ってうなずいた。
219越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 16:31:44 ID:sCT/l83Z0
「わかってるよ。だから犯人の目的がわかったんだ。最初から鉛筆キヤップを
隠すことが目的だったってね」
「ええ?さっぱりわからない・・」
「では、どうして鉛筆キヤップは単独では使えない?」
「当たり前じゃない。鉛筆につけるものなんだから」
「そうキヤップは鉛筆を入れるもの・・つまりこの中で唯一中に何か入れる
ことができる物とも言えるわね」
七槻は、自分のスカートのポケットからソーイングセットを出すと、針をも
って鉛筆キヤップの中をのぞき込み、慎重に奥に丸めて押し込まれていた物を引っ張り出した。
「あ!」
細く丸められたその小さな紙をそっと机の上に置いて広げた。びっしりと英単語が書かれている。
「これって・・・まさか・・」
「いろんな物がなくなり始めた時は、ちょうど英語の試験があった日からだよね・・」
「カ・・カンニングペーパー?・・でも・・誰が?」
「推理の必要はないよね・・教室の中で誰にも見られず香奈の物の中に何かを隠せるの
はすぐ隣の席にいる人しかいない・・つまり・・」
「ま・・・まさか?」

香奈は、はっとして友紀子を振り返った。友紀子は蒼白な顔で立ちすくんでいる。
「この筆跡を、あなたのノートのものと比べてもいいんですよ。友紀子さん。最初から
常識で考えれば、隣の席のあなたが一番疑わしいけど、優等生でクラス委員、香奈とも
仲の良いあなたがなぜそんなことをするのか、動機がわからなかった。盗癖があるなら、
香奈のものだけでなく他の人のものも無くなるはず。だからぼくは、やっぱり盗られた
ものの中にどうしても必要なものがあったと推理した。・・・でも無くなった物自体は
どう考えてもいらない物ばかり、だとすれば、その中に何か大切なものが入れてあったん
じゃないか・・・そう考えればすぐに答えは出るよ。試験の日に隠すものといえば一つ
しかない」
220越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 17:10:55 ID:sCT/l83Z0
七槻は、カンニングペーパーを友紀子に突きつけた。
「最近お母さんのお病気で忙しかったあなたは、連続学年トップの成績があぶ
なくなってきていた。最後の試験は、英語。あのよぼよぼで近眼の講師の先生
の試験だから、カンニングはわりと簡単だ。あなたは、つい魔が差してこのペ
ーパーを用意した。ところが、試験監督が交代していつもの講師の先生ではな
くカンニングを見つけることに情熱を燃やす鬼より怖い鬼ばば・・じゃない飯
山先生が来てしまった。飯山先生は試験前に徹底的に生徒の身体検査までする
先生。あわてたあなたはとっさに持っていたカンニングペーパーを丸めて、席
を立った隙に、隣の席の香奈の鉛筆キヤップに押し込んで隠した。香奈は何も
知らずそれを筆箱ごとカバンにしまったから見つからない。でも試験が終わり
、香奈が鉛筆にキヤップをしようとすれば、中の紙に気がついてしまう。だか
らそうさせないように、なにより最初に香奈の鉛筆を隠し、それからいっしょ
鉛筆を探すふりをしてキヤップを隠したんだ。ところが、普通の子ならそんな
ものが無くなってもあまり気にしないけど、物を大切にする香奈は、いつまで
も気にして探している。良心の呵責であなたは、だんだんいらいらしてきて今
度は手当たり次第香奈の周りの細かいものを隠して、なんとか最初のキヤップ
をごまかそうとした。でも根がまじめなあなたは、香奈から盗ったものを学校
の外に持ち出してこっそり捨てることもできない。香奈は整美委員だから、校
内のゴミ箱に捨てれは、ゴミ捨て場に集められた時見つけてしまうかもしれな
い。香奈が探し回っていた間ずっと無くなった物はすぐ隣にあったんだよ」
「で・・でも今朝友紀子の机の中もカバンも調べたけどなかったわ。いったい
どこにあったの?それに・・それに隣だからって友紀子がしたと断言できない
でしょう?」
「うん。でも五十嵐さんに会って確信したんだ。というより彼女の身長を見てね」
221越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 17:54:40 ID:sCT/l83Z0
「身長?」
「無くなった物の中で蛍光灯だけが違和感があるでしょう?。だからどこに隠
したかわかったんだ。友紀子さん。あなたは、自分の机かカバンの中にだんだ
んたまってきたものの処分に困った。それに香奈はすぐ隣の席なんだから何か
の拍子に見つからないとも限らない。そこにちょうど教室の蛍光灯が切れて、
香奈が交換するのを見ていたあなたは、天井に開けられる部分があるのを見つけ
て天井裏に隠すことを思いついた。でも香奈がいなくなった隙に机に乗ったはいいが、
香奈よりずっと背の低いあなたでは、天井まで手が届かない。なにか天井板を持ち上
げるものがいる・・・だから・・」
七槻は、机の上の蛍光灯を持つと座っていた友紀子の机の上に立ち上がり、それでぐ
いと天井板を持ち上げた。
「こうやって蛍光灯を使ったんだ。長い蛍光灯を誰にも見られず持ち出すことはでき
ない。必ず教室にあるはず。教室の内側にないなら・・後は床下か天井以外隠し場所
はないよね。床には蓋がないから残るは天井と言うことになる。普通の身長のぼくなら
無理して背伸びすれば板に手が届く・・押したとたんにドサドサッとなくした物が落ちてきたよ」
七槻が、蛍光灯を下げるとパタンと板が落ちてきた。
「盗ったものを天井裏に隠してついでに使った蛍光灯も放り込んだ。後は校舎の工事でもない限
り見つからないし、将来見つかってもこんなものじゃ誰かのいたずらということで別に騒ぎにもな
らない。安心したあなたは、香奈を誘って教室中をくまなく探させあきらめさせようとした。いく
らなんでも天井裏までは見られる心配はない。香奈にしてみれば一緒に熱心に探してくれている友
紀子さんが犯人とは夢にも思わないしね・・・」
222越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 18:05:28 ID:sCT/l83Z0
七槻は、机から飛び降りて蒼白の友紀子に迫った。
「盗んだものはがらくたでもしたことは悪質だよ。隣で香奈が悩んでいるのを平気で
見ていたんだからね・・さっさとキヤップからペーパーを回収して返せばすむことだったじゃないか」
「・・・・・・」
「ゆ・・友紀子?・・なんで黙っているの?」
長い沈黙の後、友紀子は投げやりな口調で言った。
「そうするつもりだったわよ・・でもいつも香奈が側にいたし・
・放課後もすぐに母の看病や家事のために帰らなければならなかったから・・
隠したものを取り出すチャンスがなかったのよ・・それに・・」
友紀子は、ちらっと蒼白で自分を見つめる香奈を見てうつむいた。
「それに・・香奈が困っているのを見てだんだん面白くなってきたんでしょう?あんた最低だよ!」
「ち・・違うわ!面白くてしたんじゃない!・・」
「じゃあ。どうして盗る必要の無いものまで盗り続けたの?」
「わたし・・1年の時からなかなか友達ができなくて・・でも・・このことが
きっかけで・・香奈・が・・私を信頼して色々相談してくれるのが・・うれしくて
・・それに無くし物を一緒に探すことで香奈と・・親しくなれたことがうれしかったのよ
・・だ・だから・・」
友紀子は、泣き崩れた。
「犯人のくせに自作自演で香奈の物を盗んでおいて一方では親友を気取ってたわけね!」
七槻は、容赦ない声で責め立てた。
その時、
「やめて!もういいわ。すべて私の勘違いだったわ。無くなった物はみんな私がぼん
やりして自分で置き忘れたのよ。だから犯人ということばを使うのはもうやめて!」
不意にふたりの背後で鋭い声が響いた。
「香奈・・・」
驚いて七槻は、香奈を振り返った。
「わかっているの?もし試験の時飯山先生が、これを見つけていたら・・君がカンニ
ングをしたことにされていたんだよ」
223越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 20:01:42 ID:sCT/l83Z0
「わかっているわ・でもその時は、きっと友紀子は名乗り出てくれたと思う」
「香奈・・」
友紀子は、涙に濡れた顔を上げた。
「まさか・・人が良いにもほどがあるよ」
七槻は、苦笑したが、少女はきっぱりと首を振った。
「いいえ。私は、信じるわ。人を疑うより、信じてだまされた方がいいわ」
「・・・」
「七槻。ありがとう。真実を見つけてくれて。でも私愚かだったわ。真実なん
かどうでもよかった。私には友達の方が大切よ。」
「香奈・・」
「友紀子。よかったじゃない。結局カンニングもしなかったんだし・・私たち
仲良くなれたんだし・・こうして無くなったものも出て来たんだから」
「香奈・・私を許してくれるの?」
「許すもなにも・・私なんとも思っていないわ」
「やれやれ・・・なんか・・一応ハッピーエンドで・・いいのかな?あ・・あはは」
七槻は、目の前の光景に照れくさそうに頭をかいて笑った。

224越水七槻最初の事件解決篇:2010/05/16(日) 20:03:56 ID:sCT/l83Z0
バスは、日の暮れた街を疾走している。
「遠い昔の話さ」
窓を向いたまま七槻は乾いた声で言った。
「その・・香奈さんて・・・あのラベンダー荘の事件で自殺した・・七槻お
ねえさんの親友だね・・?」
コナンが小さな声で尋ねた。
「そうだよ。でもそんな優しい香奈が、わずかその数年後に名探偵気取りの
高校生探偵に陥れられて殺人犯にされ自殺したんだ。香奈の絶望は、ただ濡
れ衣を着せられた事だけじゃない。彼女の信念を、人への信頼を踏みにじら
れたことへの絶望だったんだ・・だからぼくは・・ぼくだけは時津を許せな
かったのさ・・」
「でも・・でもそれで香奈さんは喜んでくれたかな?」
コナンは、言わずもがなのこととわかっていてつい口に出した。
ずっと窓を向いていた七槻が凄惨なほど冷たい笑みをうかべて、くるりとコ
ナンの方を振り向いた。
「死人が喜ぶって?コナン君。それは迷信だね。知らないの?死人は喜ぶこ
とどころか悲しむことさえできないんだよ」
七槻の冷たい言葉の中に深い悲しみが潜んでいる。
「その人が・・好きだったんだね・・」
コナンは、静かに七槻を見上げて言った。七槻はまた窓に目を移した。
「わかっているよ。コナン君。論理的にも道徳的にも君が正しい。でも人は
、いつも正しいことだけをしなければならないこともないよ」
「そうだね・・」
225越水七槻最初の事件解決篇
「そうだね・・」
「それがぼくが探偵になったきっかけさ。たわいない事件だろ?工藤君や服部君
のように華々しい殺人事件じゃなくてがっかりした?」
「そんなこと・・ないよ」
「真実はいつもひとつだ・・でも真実と真理とは違う。ぼくは、香奈に事実と
本当に正しいこととは違うということを教わったのさ・・」
七槻は、凛とした目を黄昏の街並みに向けながら言った。
「ぼくは、工藤君や服部君と違って推理を楽しんだことはない。追い詰められ
た犯人の顔を見ていると、いつも香奈の言葉がよみがえってくる。真実など知
りたくなかったという言葉を・・この世には真実より大切なものがある」
コナンもまっすぐ前を見つめてはっきりと答えた。
「僕はそうは思わない。真実がどれほど苦く認められないことであっても、それ
から目をそらすことは正義とはいえない」
暗いバスの中でふたりは無言でそれぞれの思いに沈んだ。 終