この×せつ
「せっちゃ〜ん、練習お疲れ様ぁ」
当主様との立会いを終え、道場から出た私を、着物の裾をからげてたすきを掛けたお嬢様が出迎えた。
「ありがとうございます。お嬢様もお疲れ様でした」
「汗、いーっぱいかいたやろ?」
「ええ。しかし、風も涼しくなってきましたし、夏場ほどには、特に、え?」
言い終わらぬうちに、くい、と肩に手を当てられて、湯殿のある離れに向かってUターン。
「な、紅葉も赤ぅなってきたし、お風呂立ててるから、入ったってぇ」
「え?え?」
「な? 入ったって?」
「いえ、それはありがたいですが、でも、どうして急に?」
「ええからええから」
振り返り振り返り尋ねる私に、ところどころ炭のようなもので汚れた頬を緩めて、にっこりと笑う。
「どうなされたのですか? そのお顔は」
「ぇ? 汚れてる?」
ごしごしと袖で鼻先をこすり、うわぁ、と細い声をあげる。
「ほんまや、やぁ、恥ずかしぃ」
いたずらがばれた子供のようにうつむき、袖で頬を覆う。
「お嬢様」
「もう、あんまり見んといてぇ」
ぽん、とやわらかな手が額に当てられる。かすかに、乾いた薪の匂い。
「いっつも、がんばってくれてるせっちゃんに、お礼。ウチあんまり出来ること無いから、こんなんやけど、ええかなぁ?」
ぽそぽそと呟きながら、お嬢様はほかほかと湯気が立ち上っている湯殿の方を指し示した。
檜の木目も美しい湯殿の窓は開け放たれていて、庭隅の紅葉や銀杏がやや傾いた日のやわらかな光の中に枝を揺らしているのが湯気の向こうに認められる。
かかり湯をして、湯船の底に足をつけ、ゆっくりとつかっていく。風の音と、湯船をたゆたう水音とが心地良い。
「せっちゃん、熱ぅない?」
「とても良い湯加減ですよ。ありがとうございます」
えへへ、と笑みが漏れ聞こえ、窓の向こうで草履がパタパタと軽い音を立てる。
薪を運ぶ音。火吹き竹を吹く音。
本来ならば私や他の者がやるべき仕事を、木乃香お嬢様にさせている事に、ちらと罪悪感が頭をもたげるが、意識してそれを打ち消す。
折角の御厚情を賜わらぬのは不敬。
そう考えることにして、ぐぅ、と伸びをして、深く息をつく。
檜の匂いが鼻から身体の中に染みとおっていくのを感じる。
湯船にゆっかりとつかるのは、何年ぶりだろう。
修行に身を置き、いつも気を張り通しでいたせいか、記憶にない。
じんわりと温まった手足がふんわりと軽くなり、お湯の中に浮いていくような感覚。
意識もどこかぼんやりと、立ち上る湯気と一緒に揺らいでいく。
「ん〜、どないかなぁ、さっきよりも、熱ぅなったりしてない?」
「……大丈夫、です」
「そぅ? そしたら、ウチもそっち行くぇ」
「……ええ、お嬢様も」
お入りください、と言いかけて、半ば閉じかけていた目がばっと開いた。
「うん」
「え、いえっ、結構です、お嬢様、もう十分ですので、あがり」
「ぇー、ウチも汚れてもうたし、一緒に入ろうなぁ」
反射的に湯船から飛び出し、取る物も取りあえず脱衣所に直行する。した。引き戸も開けた。遅かった。
「えへへ、お客様、お背中お流しいたします〜」
スポンジと石鹸を装備したお嬢様の、満面の笑顔がそこにあった。
「わぁ、やっぱりせっちゃんて、きれいやわぁ」
たっぷりと石鹸の泡を含んだスポンジが背中と肩のあたりに当てられて、こしゅこしゅと肌の上を撫でる。
泡のつのが首筋にあたるたびに、びくっと肩がふるえてしまう。
「あれ、どこか痛いん?」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうなん? 痛かったら言うてな、マッサージもするから」
「だ、大丈夫、です」
「んー、いっつも、あんな重たい刀持って練習してるのに、手ぇとかもぷにぷにやし、肩とか丸いし、」
「それは、まだまだ修行不足の証拠。お恥ずかしい限りです」
「んーん、そんなん言うてるんやないんよ。きれいでええなぁって」
すす、とスポンジが脇の下からお腹のあたりに当てられる。
「んっ」
「腰回りもスリムやしぃ、せっちゃんぐらい細かったら、流行りのボトムとか似合うんやろなぁ」
「お、お嬢様」
「ん? あ、くすぐったいん?」
「は、はい、あの、できれば、前は」
「ぇー、胸とかもかっこいいし、もったいないやん」
「ひゃぁっ」
スポンジごしの手で下から掬いあげるように胸を撫で上げられる。
「ええなぁ。せっちゃんウチより背ぇ低いけど、胸はちゃんと出てきてるし」
「そ、そんな事は」
「やっぱり運動した方がええんかなぁ。ほらぁ、ウチ全然やもん」
ぎゅう、と上半身を背中に押し付けられる。
「な? 悲しいわぁ、アスナぐらいおっきい子になりたいとは思わへんけど、ウチかて女の子やし」
はぁ、とついたため息が、肩から首筋にかかる。
「あれ? せっちゃん。顔赤ぅなってる」
「お、お嬢様、その」
「あー、すっごいドキドキしてる。恥ずかしがりやなぁ、せっちゃんは」
胸元にやわらかな手が直に当てられ、密着していた上半身がいっそう押し付けられる。
同い年の女の子とは思えないほど柔らかなお嬢様の胸元から、はっきりと、お嬢様の鼓動が聞こえてくる。
「あは、ウチも何かドキドキしてきた」
はぁ、とため息をつく。
お嬢様も、そして、私も。
「せっちゃん……」
くい、と頬に手を当てられて、横を向かせられる。
目の前の、熱に浮かされたような、お嬢様の瞳と、熱い息が漏れる唇。
「お嬢様……」
引き寄せられるように、唇が近づく。
触れる。温かい。何かが、唇ごしに、入ってくる。
「ん……んっ」
柔らかい何かが、お嬢様の舌だと分かって、背筋がかぁっと熱くなる。
自分の口の中で、お嬢様のが動くたびに、身体がびくんと震えるのが分かる。
どこかに触られているわけでもないのに。
「……はっ…」
息が続かなくなって、唇を離す、だけど、その一瞬すら惜しむように、お嬢様の唇が再び私の口を塞ぐ。
柔らかな手が私の肩をつかみ、ついで、下の方に降りていく。
「んんっ……」
胸元で、スポンジがつけた泡が広げられていく。
細い指先が肌の先を撫でるごとに、ぞく、ぞく、と背筋が反り返っていく。
唇が離れかけ、また、ふさがれる。
息苦しいのなんて、もう忘れてしまっていた。
お嬢様の舌に、自分の舌をからませる。
今度はお嬢様がびくんと身体を震わせる。
覆いかぶさるように私の上に乗ったお嬢様の身体は、どこをつかんだらいいのかわからないぐらいにやわらかくて、軽くて、熱くて。
「せっちゃん……」
ちゅぽ、と音がして、お嬢様の唇が離れる。
潤んだ瞳と、切なそうな声。
もじもじと腰を揺らすのが分かる。
なぜ揺らしているのかも、死にそうなぐらいに恥ずかしいけれど、分かる。
私も、同じだから。
にちゃ、と言う水音。
水とも、石鹸の泡とも違う音。
たぶん、自分の顔は耳の裏まで真っ赤に染まっているのだろう。
目の前のお嬢様の顔と同じように。
お嬢様の指がそこに触れる。
私の指がお嬢様のそこに沈む。
びっくりするぐらいに粘り気のある、熱く、やわらかいそこに、指が沈み込んでいく。
「せ、せっちゃん、そこ、あかん、何かきそう」
「お、お嬢様も、ダメです、ひっぱっちゃ、」
互いが互いを制止しようとするけれど、指は止まらない。
はしたなく膝が開く。腰が浮き、沈む。そのたびに指が違うところに触れ、金属質の声が漏れる。
お嬢様のそこが、お腹に触れる。
しゅにしゅにとお腹をなでさする、お嬢様の。
それだけで、耳がきーんとなるぐらいに心臓が暴れだす。
「ダメ、これ以上は、ダメ、このちゃん、ダメぇ」
「あかんよ、せっちゃん、ひとりなんて、ずるい、ウチもぉ」
ぐいぐいと、お嬢様のがお腹に押し付けられる。
指がそのたびにお嬢様の奥まで突き刺さり、丸い何かに触れる。
私とは違う、どこか甘いお嬢様の声。
御返しとばかりに私の中でお嬢様の指がくい、と曲げられ、私の、おへその、裏あたりを、つぅっとひっかく。
がくん、と腰が落ちる。ついで背筋を駆け上がってくる何か。
お嬢様の唇が触れる。舌先が絡まりあう。胸元でお互いの鼓動が共鳴する。
やわらかなお嬢様の身体が、溶け込んでくるような感覚。声。
金属質の声、甘い声、高い声。
ダメ、窓が開いてる。
音が消える。
目の前が真っ白になっていく。
「で、二人で洗いっこしてるうちに疲れて寝ちゃったってわけ?」
「そうなん。なぁ、せっちゃん」
「ハイ……」
「木乃香はともかく、刹那ちゃんがいて、お風呂で寝ちゃって風邪って、ねぇ?」
納得のいかない風の顔で、明日菜さんが首をひねる。
「面目ありません……」
「まぁ、いいけど。せっかくの合宿なんだから、一晩ぐっすり寝てきっちり直して、また明日からしっかり頑張りましょ」
ね、とぽんぽんと布団を叩いて、明日菜さんは寝室から出て行った。あまり深いことを聞かない性格が、こういう場合は非常に助かる。
だって、もしバレでもしたら……
「あー、せっちゃん、顔真っ赤っか」
「そ、そんなん、このちゃんがあんなんするから」
「なぁ、せっちゃん」
「な、何?」
「また、しよな?」
「……」
「ん? どうしたん?」
慌てて目を逸らす。
言えるわけがなかった。
風邪の熱のせいで、ほほが赤いお嬢様の顔が、あの時と一緒で。
今、したくなった、なんて。
end