>>32 寒いのか怖いのか、克夫の体は震えてとまらなかった。
「バツじゃないよね、兄さん」
克夫は最も気になっていたことを聞いた。忠夫は克夫を見た。それから雪のなかから尾をつ
かんで見せた。黒い犬だったが長い尾がついていた。
けっきょく、黒犬の肉は家族の食卓にのぼることになった。葱(ねぎ)といっしょに煮て、醤
油味がついていたが、克夫の口の中で固い肉の塊はいくら噛んでも柔らかくならず、喉を通ら
なかった。「体があったまるぞ」と父は言い、「食われた魚以上に量が増えた」と忠夫は笑っ
た。母や姉たちも少量だが食べた。また幾らかは隣家の柾屋にも分けられた。
剥いだ犬の皮は板に釘づけにされ、縁側で乾かされた。忠夫は「克夫の外套の襟につけたら
いい」と言った。克夫は声が出なかった。
http://www.ima.me-h.ne.jp/~sano/yamino/onashi.htm