スペードのエースとジョーカーを語れ

ヨーロッパのある街に、とても仲のいい姉妹がいました。
姉妹に両親はおらず、お互い幼いながら一生懸命働いて暮らしていました。
それでも姉は妹がいるだけで、妹は姉がいるだけで幸せでした。

しかし、ある日姉が伝染病にかかってしまったのです。
それを知った役人は、姉を街外れの施設に隔離してしまいました。
当然そこは警備も厳しく、普通の人が近付ける場所ではありません。
面会もできない妹は待つしかありません。
妹は寂しくて悲しくて毎日泣いていました。

そんなある日、なんと姉から封書が届いたのです。
その仲には手紙と、なぜかトランプの札が１枚入っていました。
手紙には、「私は少しずつよくなっています。
これから手紙にはトランプを１枚入れて送ります。
全て揃う頃には、きっとあなたの所へ帰ります」と書いてありました。
その日から妹は、姉が帰って来た時たくさん美味しい物を食べさせてあげようと、
毎日毎日前以上に働きながら手紙を待ちました。

そして初めて手紙が届いてから１年と少し経った頃、「もうすぐ帰ります」という手紙が届き、
トランプもスペードのエース以外の全てが揃いました。
もうすぐ姉が帰って来る。
妹はまた働きながら待ちました。

そしてある日、とうとう待ち望んでいた手紙が届きました。
仲には「いまから帰ります」と書いてありました。
妹は喜びました。
ただ、不思議な事にトランプは入っていませんでした。
しかし、形はどうあれ妹にとっては待ちに待っていた姉の来帰宅です。
姉が帰って来た時必ず出迎えようと仕事を辞め、その日から毎日玄関で姉を待つ事にしました。

しかし１０日経っても２０日経っても、姉は帰って来ませんでした。

妹が姉が最後の手紙を書いてすぐに亡くなった事を役人から聞いたのは１ヶ月後のことでした。
姉は手紙を書いている時に容態が急変し、その時吐いた血で送るはずだったスペードのエースを汚してしまったというのです。
せめて手紙だけでもと、駆けつけた医師に手紙を出すよう頼んで息を引き取ったというのです。
あの手紙は、妹のもとへ帰りたいという強い意志の表れでした。

でも、その話を聞いても、姉の遺骨を見ても、妹は一切信じようとはしませんでした。

そして妹はまた手紙を待つようになりました。
届いたらすぐ読めるように仕事には戻らず、ずっと毎日家で待ち続けました。
周りの人がどう言おうとも、まだ姉は約束のスペードのエースを送って来ていないのだから。
また手紙は届く。その時には、「今から帰ります」の手紙と共にスペードのエースが入っているはず、と
妹は信じ続けたのです。

しかし、いつまで経っても姉は帰って来ません。
しかも妹は姉のために無理をして働いていたせいで痩せ細っていました。
その労働で稼いだお金はありましたが、それは姉に美味しい物を食べさせてあげるためのお金だったので、
手を付ける事はしませんでした。

その内そのお金以外は無くなってしまい、もともと痩せていた妹の体は骨と皮だけのようになり、

ある冬の寒い朝、妹は姉のところへと召されていきました。

その後、姉妹の話はヨーロッパ中に広まり、いつしかトランプのスペードのエースは今のような大きく複雑な形になりました。
なぜ１枚だけ形が違うのか？
それを業者の人に尋ねると揃ってこう言います。

「あれは本物の札じゃないからだよ」

どういう事なのかと理由を聞くと、これも揃ってこう言うそうです。

「本物のスペードのエースはまだ姉が持っているんだから、
　姉が妹にスペードのエースを渡すその日まで、
　ちゃんと姉のスペードのエースと見分けがつくように形を変えてあるんだよ」