もう一つ。
ttp://www.tkc.co.jp/senkei/9804/interview.htm >――オビに「異色の太平洋戦争文化人類学!」というコピーがありますが、ご著書の『日本軍の小失敗の
>研究』は実にユニークな視点で太平洋戦争の敗因の究明をしておられますね。非常に新鮮な気持で読ま
>せていただきました。
> それにしても、当時の日本の航空機工場には隣接する滑走路がなく、完成した戦闘機や爆撃機を分解
>して牛車に載せて運んでいたというあの話は、本当なんですか?
>三野 ええ。作家の吉村昭さんなども小説の中で引用していますね。
>――ショックを通りこして、惨憺たる思いがしますね(笑)。
>三野 当時日本最大だった三菱航空機名古屋製作所からしてそうでした。技術の粋を集めて完成した飛行機
>をバラバラに分解して牛車に載せ、岐阜県の各務原飛行場まで約40キロのガタガタ道を運んでいたそうです。
> なぜ牛車かといえば、牛は馬と比べておとなしく機体に振動を与えないからだというんですね。道路を整備
>してトラックで運ぶとか、工場の隣接地に滑走路をつくるとかすればいいのに結局、終戦まで牛車に頼ってい
>たそうです。
元文がこっちに貼ってあったのでこっちで出したが休憩所ネタだったかな...