集合論の初期の段階では、集合は「普通の意味での」ものの集まりとして導入され考察された。この見方を現在では素朴集合論(そぼくしゅうごうろん、naive set theory)という。
これは集合を理解する上で最もわかりやすい考え方であるが、べき集合などの強力な操作によってパラドックスとも言える状況が現れてしまう。
全ての集合を含む集合を考えると、そのべき集合はカントールの定理によってより大きな濃度を持つはずだが、一方もとの集合に含まれるのだから、濃度は小さいはずである。
ブラリ=フォルティのパラドックス
全ての順序数からなる集合 O はそれ自体順序数であり、O ∈ O から O < O となって矛盾
ラッセルのパラドックス
X = {x | x ? x} という集合を考える。X ∈ X でも X ? X でも矛盾を生じる。
カリーのパラドックス
X = {x | ( x ∈ x ) → Y} という集合を考える。いかなるYも真となるため、結果として矛盾を生じる。
リシャールのパラドックス
その後にパラドックスを解消すべく建設された公理的集合論 (axiomatic set theory) では集合や帰属関係の概念はそれらの性質を取り出した記号論理学的な
公理系によって間接的に定義される。この捉え方においては集合と帰属関係はユークリッド幾何学の点や線のような根源的な概念で、
それ自体は他のものを用いて定義されることはない。 なお、実際には数学を行う上では、集合を素朴集合論の立場で理解しておけば十分なことが多い。
実際、集合論を学び始めるときは、パラドックスには目をつぶりつつ素朴集合論から始めることが普通である。
パラドックスの有名なものとしては、以下のものがあげられる。全ての集合を含む集合を考えると、そのべき集合はカントールの定理によってより大きな濃度を持つはずだが、
一方もとの集合に含まれるのだから、濃度は小さいはずである。
全ての順序数からなる集合 O はそれ自体順序数であり、O ∈ O から O < O となって矛リシャールのパラドックス