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349名無しさん@お腹いっぱい。
東京新聞論説担当 鳩山政権崩壊裏に官僚非公式最高会議指摘
2012年7月3日 07時01分 シェアする11  
国際謀略から闇献金、果ては家庭問題まで、徹底した執拗な小沢バッシングは20年に
及ぶが、なぜ小沢一郎・元民主党代表だけがこれほどまでに狙われるのか。
ジャーナリスト、鳥越俊太郎氏と、小沢氏の政治手法に批判的な立場を取る東京新聞
・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏が対談、小沢氏を叩く黒幕は誰なのか話し合
った。
長谷川:(小沢氏が権力の座に就けば、これまでいい加減なことをしてきた検察、司法にも
手を突っ込んでくるかもしれないという危機感から検察が小沢氏の事件を作り上げたという
鳥越さんの指摘)には同感ですが、少し違う点も指摘したい。ずばりいって、小沢氏は「霞
が関」の虎の尾を踏んだのではないか。そこには「暗黒捜査」を続けてきた法務・検察も含ま
れるでしょうが、本質的に小沢氏は霞が関にとって危険人物だった。
 1993年に上梓した『日本改造計画』は、今読んでも色あせないことが書いてある。まず
官邸機能の強化や、政府と与党の一元化など、政策決定プロセスをがらりと変えようとし
ていた。さらに地域主権を主張し、地方分権基本法を提唱している。
鳥越:「官から政へ」という小沢氏の理念はその頃から変わっていないし、民主党政権に
なってから事務次官会議を廃止するなど、一部はその方向で動いた。今はそういう政権の
姿ではなくなってしまったが。
長谷川:官僚がそれを絶対に許さないからです。これは堺屋太一さんに教えてもらった話
ですが、彼は通産官僚として1970年の大阪万博を推進した。それが省内から猛烈な反
発を受け、省の部屋に閉じ込められたこともあった。なぜか。霞が関にとって、もっとも重要
なのは東京一極集中であり、中央集権体制の維持だからです。1960年代というのは、
そうした官僚の悲願が成就された時代で、そのなかで「大阪万博」などもっての外だった、
と。
小沢氏は1993年の時点で官僚システムを根本的に変えようと主張していた。霞が関に
とっては前に立ちはだかった最初の力ある政治家だったのでしょう。小沢氏が「中央集権
を壊す可能性がある脅威」と映ったのは間違いない。実は、霞が関には世間にはよく知ら
れていない最高レベルの秘密会合もあるんですよ。
鳥越:それこそ事務次官会議でもあったし、官房長が横の連絡を取り合ったりすることもあ
りますね。
長谷川:それももちろん重要です。が、実は非公式の“最高会議”が別にある。それは財務
省と法務・検察の首脳、それに官僚の最高ポストである事務担当の官房副長官が集まる
会合です