451 :
95:2007/02/12(月) 21:09:09 ID:rnuustW4
マスクさん
私は傷ついてなんかいませんよ(^^)
寧ろ嬉しかったくらいです。あなたのようにわかってくれる人がいることがわかって。
メンヘル板覗いたりすると、抜け殻さんには大勢出会いますが、
マスクさんのように健全な社会生活を営みながら、更に小説という自己表現をしつつ、生きることを真摯に受け止めている人にはなかなか巡り会えません。
家族といえども踏み入れない、踏み込まれたくない心の闇の部分を私に代わって表現していただいている気分で、
楽しく興味深く読ませていただきました。
僕は今夜、人生で最後の賭けに出た。当然有り金全部だ。
僕もかつてはディーラーとして別のカジノで働いていたことがある。
そして大抵のディーラーと同じように、体を壊して普通の会社に転職したのだ。
ディーラーは毎月休みが殆ど無く夜勤が続くからだ。
しかしそのおかげでポーカーフェイスはお手の物だし駆け引きだってかなりのものだ。
もっともツキが変わる前までの話だけれど。その時まではこのカジノで随分稼がせて貰ったものだ。
ギャンブルなんてとても単純で、簡単に金が稼げるものであるように見えていた。
そして僕のツキが変わったのは2年前の事だった。
その年のクリスマスに、婚約をしていた恋人が夜の街角に立つようになり、
その後すぐに何も言わず、僕の前から消えた。
彼女の父親がギャンブルに狂ったからだ。一稼千金を夢見て全てを売り払う羽目になったのだ。
しかし彼女は僕に何の相談も無く、理由さえ話しもせずに消えてしまったのだ。
彼女と住むために買ったマンションを売れば、彼女が夜の街角に立たなくて済むくらいのまとまった金は
用意できたのにだ。そしてその酷い父親のもとから離れる事だってできた。
しかし彼女はそうはしなかった。人知れず夜の街角に消えて行ったのだ。
それからと云うもの僕は、全ての運から見離され全ての物事がうまくいかなくなっていた。
まず売り払う事のなかった僕のマンションは、年中水滴が天井から落ちてくるようになったし、
僕の働いていた会社はその後すぐに倒産した。
幸い直ぐに新しい仕事は見つかったものの、月給は半分になっていた。
そして僕は酒に溺れ、ギャンブルにのめり込んでいった。
そして僕はギャンブルに勝った夜には街角に立つ女と一夜を共にするようになった。
しかし僕は、街角に立つ彼女と一夜をともにする事は一度もなかった。金で彼女を抱くことで
彼女が、コールガールであるという事実を、認めてしまうことが恐かったせいだ。
それなのに僕は、いつのまにか憎んでいる筈の彼女の父親と、同じ様な生き方を選んでいたのだ。
もうすぐこの国に正月(小正月、或いは旧正月)がやってくる。
それ迄には全ての清算をする必要性があった。
この国の慣例で正月を迎える前に、ツケは全て清算させないといけないのだ。
当然僕も、酒代や食料品代といったツケや、それ以外の借金も払わなければならない。
借金は五万五千パダカで月給の約3倍にも膨れ上がっていた。当然給料だけでは絶対払えない額である。
このままではめでたく正月を迎えるどころか、これからはまともに飯をくうことすらできないのだ。
そしてマカオに住んでいる奴らの大半は、原因は違っても多かれ少なかれ僕と同じ境遇だった。
彼らの顔を見ると、鏡をみているみたいに、僕と同じ目の色をしてバカラをやっていた。
もはやここにはギャンブルで金を作らなければ、生きることさえできない人間しか存在しないのだ。
その風景はまるで、毎年正月前のマカオに繰り広げられる、風物詩みたいなものなのだ。
今夜の僕は久しぶりにツイていた。借金はすぐに返せるくらいには勝っているし、
このままいけば、彼女を夜の街角から救う事だってできそうなくらいだ。ざっとHK$20万位は勝っていた。
ここまでツイているのならば、僕はもう全てを取り戻すか、全てを無くすかの勝負に出る以外に、
道は残されていない様に感じた。狂った歯車が巧く噛み合う様な気がしていた。
そして僕はディーラーの表情を見てありったけのチップをベットした。
そして今日の夜は彼女を迎えに行くのだ。
カードを配り終え、ディーラーは自分のカードに目を懲らした。
僕はその目をじっと見つめた。少しディーラーの頬が動いたように感じた。
僕は自分のカードに目をやった時に全てが終わった事に気付いた。
ディーラーは既に自分のカードを全てテーブルの上にに並べた。
『グッド・ラック』とディーラーが言ったような気がした。
455 :
マスク:2007/02/14(水) 12:01:55 ID:GGOv/kCX
面白かった〜〜〜!
全てを賭けるっていうのはある意味性的な快感に近いのかもね。
何もかもを全て吐き出してしまいたいという欲求と、
何もかもを手に入れたいという欲望は相反して同時に存在する。
それはかなりSexに近い気がする。
456 :
人参:2007/02/14(水) 15:17:33 ID:fCJZXAXI
ありがとう。そう言ってくれると救われるよ。
このところ巧く書けなくて悩んでいたからね。
つまらならいって怒られたらどうしようって思ってました。
旅行にいっても何かネタ無いかなって、現地のガイドの話真剣に聞いてたからねw
それがマカオのカジノだったんだけどね
そういえば、売り上げがラスベガスを抜いてマカオが世界一になったみたいだね
僕もその売り上げに少し協力してきましたがw orz
「もう何年も昔の話だけど」と美奈子は右手薬指にはめた金のリングをいじりながら言った。
それは美奈子が話をするときの癖だった。指輪は幾分大きめなのか左手の親指と人差し指の間でくるくると回った。
将樹は美奈子が話し始めるのを辛抱強く待っていた。
美奈子は話し始めた事を忘れてしまったのか思うほど長く間を置いた。
「私、大きなほくろがあったのよ。背中の真ん中に」
「へえ、そうなんだ。今はもうないの?」と将樹は聞いた。
「うん。気が付いた時には無くなっていたの。不思議な話なんだけどね」
「そんなこともあるのかな?無くなったのは幾つの時?」
「分からないわ。無いのに気が付いたのは3年前なんだけど、でも、夫に聞いたら結婚前から無かったって言ってたわ」
「じゃあ、6年前から無かった訳だ」と将樹は年数を数えながら言った。
二人は高校の同級会の帰りで、二人きりでワインバーに来ていた。
美奈子がワインが好きだと言うので、ソムリエの将樹が美奈子を誘い出した。
これで2度目の再会を果たしていた。将樹はまだ結婚していない。
将樹と美奈子は高校で同じ吹奏楽部の仲間だった。
将樹はコルネットで美奈子はクラリネットだったから特に話す事も無かったが、将樹は密かに美奈子をずっと思い続けていた。
高校を卒業後、再会を果たした時には既に美奈子は知らない男と結婚することになっていた。
再会したその日に「私、明日結婚するの」と言われたのだ。
将樹は再会できた喜びと美奈子を永遠に失った深い後悔の念を一度に味わった。
それから6年経っても将樹は美奈子を忘れられなかった。将樹は次から次へと恋人を作っては別れた。
それは時を逃した男の哀れな姿だった。将樹自身もそれを分かっていた。
「気のせいなんじゃないの?もともと無かったかもよ」と将樹はからかうように言った。
美奈子は透き通るような白い肌をしていた。将樹はその美しい背中に大きなほくろがあるなんてうまく想像出来なかった。
「ううん、絶対にあったはずよ。子供の頃、お母さんがいつもお風呂でそのほくろを触って『チョコレート色のほくろだね』
って言ったのよ。鏡で見たこともあるけど、1円玉くらいの大きなほくろだったの」
「そんな大きなほくろが消えるなんて信じられないね」と将樹は言った。
「だけど、私としてはほくろが無くなったことより、結婚した後、
ほくろがあったことをほとんど一度も思い出さなかったってことがびっくりだったわ。
だって、夫は何度もほくろを目にする機会があったし、そのとき私は一度も夫にほくろの事を話題にしなかったのよ。
話しに出していれば、夫もほくろがあるかないかくらいは反応してくれただろうし、私も鏡で確かめたりしたはずなのに、
3年前に偶々水着姿の背中の写真を撮られてそれを見たときに無いって気が付くまで、
私は一度も自分の背中を見なかったのよ?私はその3年間、一体何を見て生きてきたのかしら?」
「つまり、結婚する前はあったの?君の旦那さんはそれも否定してるの?」
「夫とは結婚するまでそういう関係じゃなかったけど、一緒に海に行ったことはあったから、
ほくろは見られたはずなの。で、もし見たのなら忘れられるはずがないくらい目立つほくろだったのよ」
「だけど、旦那さんは見たことが無いって言うんだね」
「そう。不思議な話でしょ?」
「確かに。不思議だよね」
将樹は美奈子の背中を想像した。白磁のように白くなめらかな肌とその真ん中にあったはずのチョコレート色のほくろを。
「ねえ、そのほくろはどこに消えちゃったんだと思う?」と美奈子が言った。
将樹は迷っていた。ここで美奈子をホテルに誘うのはすごく当然の成り行きで、しかも美奈子がそれを求めているのは明らかだった。
そして将樹は美奈子を抱きたかった。当然だ。ずっと夢に見ていた美奈子が今目の前で背中のほくろの有無を確かめて貰いたがっている。
「僕には分からないな。確かめようがないもの」と将樹は言った。
「じゃあ、確かめて見る?」美奈子はいたずらっぽく笑った。将樹はもう理性が吹き飛びそうだった。
しかし、何かが将樹の心に引っかかった。それはほんの小さな目に見えない埃が目に入った時のように、
理由ではなく身体が自然に反応する嫌悪に似た感覚だった。
「いや、やめとくよ。僕にはもうすぐ結婚する女性がいるし、君は旦那さんがいる」
将樹は嘘をついた。美奈子に恥をかかせたくはなかった。
「そうよね。ごめんなさい。バカなことを言って。私もう帰るわね」美奈子は神妙な顔で言った。
「いや、こちらこそ。また会えるといいね」そう言って将樹は二人分の勘定を払って美奈子と別れた。
「不思議なものだな・・・」と将樹は帰り道に一人でつぶやいた。
460 :
人参:2007/02/15(木) 22:09:27 ID:lJZ5ZL9x
マスク氏お疲れ様です。
『チョコレート色のほくろ』とても面白く読ませてもらいました。
書き込みがあったのに気付いた時一気に読んでしまいました。
短篇だからちまちま読むものでは無いと突っ込まれそうですけどw
主人公の将樹は随分ストイックですね、僕には真似できないかもしれませんw
でも、マスク氏は相変わらず凄いですね。僕は最近なかなか巧く書けないのに、
それほど日数を掛けずに、このクオリティの物を書いてしまう。本当に尊敬しますね。
なんか実力の差を見せ付けられる思いです。
まあ、僕も弱音を吐かず次の短篇の構想を錬ってみる事にします。
461 :
マスク:2007/02/15(木) 22:58:23 ID:UyvsuxrQ
僕の短編の書き方についてですが、いつも題だけを先に考えます。
いいなと思える言葉やフレーズが思い浮かんだら、話の内容はまったく考えずにいきなり書き始めます。
最初の一文さえ書ければ、あとは本当に勝手に話がどんどん繋がって、気が付くとちゃんと終わるんです。
だから、僕は作者ではなくてまるで読者に近い状態です。
書きながら読んでいると自分で「へえ」とか「そんなもんかな」なんて言ったりしている状態です。
だからそうしろとは言えないのですが、無理に構想なんて練らずに気楽にやって下さい。
一応、遊びなんだってことを忘れない程度にね^^;
この屋敷の主人「ジュン」はミッション系のお嬢様大学の一貫校をでた、美しく、可愛らしい30代前半の女性だ。
長いストレートの髪をかきあげると白くて神経質そうな耳が利発そうな表情を更に魅力的にさせる。
僕は一ヵ月前に突然急死したピアニストのJ.アルフレッドの代役として、この屋敷に雇われた。
そして、ジュンに逢った瞬間に今までの音楽家生活を全て捨て彼女に忠誠を誓った。それほど魅力的なのだ。
そして毎晩行われる夜会でジュンの為だけに夢を与え続けていた。そう、従順な奴隷のように。
屋敷の中に入ると執事が「それではこちらへどうぞ。今夜はジュン様もご期待されております。」と言った。
そしてホールに用意された、ステインウェイ&サンズの前に置かれたイスに僕は腰を降ろした。
そして僕は軽く鍵盤を叩き、これから始まる夜会のウォーミング・アップを始めた。
ジュンは「ごきげんよう。」と微笑んだ後、執事に耳打ちをして、僕を見ながらクスクスと笑った。
こういった表情を見せた後のジュンは、決まって無理難題を突き付けるのだ。少なくとも今日までは。
この屋敷では毎晩のように友人や知人を集め「夜会」と称したイブニング・パーティが催されている。
そして今夜9月28日は、今までの夜会のなかでも特別な意味を持っているらしく、もっとも盛大な夜会だ。
夜会が始まる直前に執事が僕の所にやってきて「今夜はジュン様にとって特別な夜でございます。
今夜は5時間続けてアップテンポの曲をお願い致します。」と丁寧だが強い口調で、僕に言った。
しかし今夜は巧く弾ける自信が無い。昨日の夜からどうしたのか、右手の小指が全く動かない。
それに気付いてからは、あらゆる治療を試みたのだが、一向に良くなる気配はなかった。そして今夜を迎えた。
しかし忠誠を誓った僕はジュンや執事に弾くことが出来ない等とは言えない、たとえ不可抗力で有ったに
してもだ。それでジュンに見離されこの屋敷から追放されてしまうことが耐えられないのだ。
しかしこんな状態では5時間どころか5曲すら到底無理だと思う。そして今夜が僕にとって最後になるのだろう。
ジュンはたった一度の失敗すら許してくれるほど大らかな性格では無いのだ。ましてや今夜は特別な夜だ。
しかし夜会は予定どおりの時刻に始まりそして僕の予想どおり台無しになった。もちろん僕のピアノの所為だ。
そして僕は今屋敷の地下室に閉じ込められている。生臭いにおいがたち籠めた薄暗く汚い部屋だった。暫らく
使われていないらしくテーブルやイスの上に白い埃が積もっていた。埃の量からみるとおそらく一ヵ月と
いったところだろうか。僕はその埃のたまった椅子の上に座らされた。何かがおかしかった。この屋敷には
三人のメイドがいて、毎日どの部屋も、二回程掃除は念入りにしているとヨーコが前に言っていた。
(ヨーコはここのメイドで何故か僕に親切にしてくれた。そしてこの屋敷の全ての事を教えてくれた。)
薄暗い部屋に目が慣れた頃部屋の片隅にホルマリン漬けの瓶が何本か置いてあるのに気付いた。
その瓶に近付き中を見ると2体の生物がその中に入っていた。しかしそれは不思議な謎の生物ではなかった。
人間の両手だった。ラベルにはJ.アルフレッド、B.ブラウン、H.リチャードと云うラベルが貼られていた。
もしかするとここの屋敷の歴代のピアニスト達は辞めて行ったのではなくこの屋敷で殺されそして
その繊細な両手をコレクションにされているのだろうそしてそのコレクションに僕の両手が追加されるのだと簡単に想像できた。
僕は胃袋から酸っぱい何かがこみあげてくるのを感じた。胃の辺りが脈動を始め、それを必死に堪えた。
得も知れぬ恐怖が僕の体ををそうさせているようだ。僕はこの部屋から何とか逃げ出そうと思ったが
窓すらなく硬い鉄の扉以外にこの部屋から外に出る場所はどこにも無い。そしてその扉は堅く閉ざされていた。
僕は扉を素手で何度か叩き、身体ごと体当たりしてみたがそれは無駄なことだった。僕の身体は悲しいくらい
あっさりと跳ね返されていた。そしてその拍子に僕の腕が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
僕は逃げ出す事を諦め床に座り込んだ。忠誠を誓った主人の前で失態を晒したのは紛れもなく僕自身だ。
暫らくすると冷たく固い鉄の扉が開かれた。そこにジュンと執事と屈強な大男が二人そこに立っていた。
「ごきげんよう。今日の夜会の貴男はとても素敵でしたわ。」と言って執事の耳元に何か囁いた。
そして執事はにこやかな顔で頷きながらそれを聞き、冷淡な顔で大男達に耳打ちをした。大男達は執事の声を
聞くために少し屈んで頷いていたので、飼育係に叱られる二匹のゴリラのように見えた。
そして二匹のゴリラ達は僕の両脇に立ち僕の両腕を強く掴んだ。さっきあらぬ方向に曲がった手が激しく痛み
信じられない程の声を上げた。しかしゴリラ達はそんな事は全く聞こえてないかのように、僕を抑え込んだ。
そして僕の両腕を頑丈なテーブルの上に並べた。いつのまにかゴリラ達の手には屶が握られていた。
そんな僕の姿を眺めるジュンの顔は可愛らしく美しく、恍惚の表情を浮かべていた。
まるで悪魔の様に美しく、女神の様に醜かった。そして神に捧げる福音の様にこう呟いた。
「ごきげんよう。さようなら。私の愛するピアニスト。永遠に夢を与え続けて下さい。私の為だけに。」
それが合図だった。
465 :
沈黙する石:2007/02/19(月) 23:19:42 ID:iCc5LcB7
朝、出勤のためにアパートを出ようと外開きのスチールドアを押したが、開かなかった。
チェーンがかかっていたのかと思ったがもちろん掛かっていない。そこまで寝ぼけてはいない。
もう一度少し強めに押してみると、ガツンと何かにぶつかる音がして少し開いた。
何かがドアの外に置かれているのだ。
そのまま無理にこじ開けて外に出てみると、ドアの前に大きな石が置いてあった。
庭石と漬け物石の中間くらい。片手で持てるようなものではない。
とりあえず両手で押してドアの前から退かしておいたが、何故こんなものが置かれているのかさっぱり分からない。
何かの嫌がらせにしてはあまりに無意味な気もする。
石があるのは迷惑だが、ここは何しろエレベーターのない安アパートの2階で、しかも階段から一番奥の部屋なのだ。
これをわざわざ運んでくる苦労に対して、私にかかる迷惑などは天秤に掛けるまでもない。
私はとりあえず会社に向かわねばならなかったので、石は外廊下の隅に退かしておいて、そのまま会社に向かった。
仕事を終えて帰って来てみると、石は元通り私のアパートのスチールドアの前にぴったり付けて置いてあった。
やれやれと思ったが、またわざわざ石をドアの前に置いていった犯人の苦労を思えば、退かすくらいの事は造作もない。
まさか持ち上げて下に落とす訳にもいかないので仕方なくそのまま廊下の隅に置いておいた。
案の定、翌朝もやはりドアは開かず、無理矢理ドアをこじ開けて会社に向かった。
466 :
沈黙する石:2007/02/19(月) 23:22:14 ID:iCc5LcB7
とても一人で運べるような大きさではない。毎日ただずらすだけなら大の男に出来なくはないが、
こんな風に私の留守や就寝時を見計らってドアの前に置くというのは余程の執念がなければ出来ない。
それなのにその嫌がらせか、あるいはアンチテーゼは私をそれほど窮地に追いつめてるとは言い難い。
これが毎日の事になればそれはそれで大変だが、ある意味防犯に役立っているような気さえして、
あたかも無言のボディーガードを雇ったと思えば得をした気分でさえある。
そんな毎日がしばらく続いた。私はその間、犯人を捜す努力を一切放棄した。
石がドアの前に置かれているのは私にとってある意味安心材料になりつつあった。
犯人は決して私のアパートに侵入したりはしなかったし、私が出掛けると必ずドアの前に置いてくれた。
石は沈黙し続け、私を護り続けた。
私にはもうドアをこじ開けるのも、帰って来た時に石を退かすのも日常となっていた。
しかし、ある日とうとうドアがダメになってしまった。
毎日重い石を力任せに退かしていたので、歪んで閉まらなくなってしまったのだ。
私は仕方なくアパートの管理人にドアが壊れた理由を説明した。
当然ながら沈黙する石は、管理人が呼んだ屈強な業者の手によって排斥され、廃棄された。
私は石を持ってきた誰かに諦めるなと言いたかった。
もしかすると、今度はもっと私が困ることを思いつくかもしれない。
私はこの次に犯人が思いつく新たな嫌がらせを想像して楽しんだ。
例えばへんな張り紙を張るというのはどうだろう?テロリストか何かを連想させるような張り紙。
いや、やはりこの部屋は一番奥だから、誰も見ない。
郵便は下の集合ポストに入れられるし、新聞は取ってない。
チラシの投げ込みなんかは迷惑だから、むしろへんな張り紙があれば警戒して入れないかもしれない。
もちろん、おかしなセールスも宗教の勧誘も来ないかもしれない。
そう考えると、それは防犯上とてもいいアイデアのように思えた。これではだめだ。
あるいは動物の死骸なんかはどうだろう。
それを毎日置かれたら、さすがの私も幾分気が滅入ってくるかもしれない。
しかし、毎日新しい動物を殺す苦労を思えば、やはり、それを捨てるなんて容易すぎる。
苦労の割には実りが少なすぎるのだ。
467 :
沈黙する石:2007/02/19(月) 23:23:07 ID:iCc5LcB7
私は犯人を深く同情した。どのような理由があれ、努力は報われてほしかった。
彼(あるいは彼女)が私に嫌がらせをする理由があるとするならなば、私にだって何かしらの落ち度があったかもしれない。
そう考えると私は心から犯人を愛おしく思った。犯人はその努力を誰かに賞賛されてしかるべきなのだ。
そう考えているところへ電話が架かってきた。
「石を置いていたものです」と声の主が言った。
「そうですか。心配していたんです」と私はホッとしながらなるべく優しく言った。
「ご迷惑をおかけしたのではないですか?」と相手が言った。
「そんなことはありません。石はむしろ防犯に役立ってくれていました。
ドアさえ壊れなければ管理人に相談なんてしなかったんです。
毎日毎晩、本当にご苦労様でしたね。大変だったでしょう?」
「・・・私が誰かを知りたくは無いんですか?」
「ええ、あなたが誰であろうとあなたは素晴らしい。あれだけの仕事を毎日欠かさずに続けるなんて、
誰にでも出来る事ではありません。
私になにか恨みがあるのなら、私は心から謝りたい。あなたには本当に感謝しているんですよ」と私は言った。
電話はそこで無言のまま切れた。
私は冷蔵庫からビールを取り出して、二つのグラスに注いだ。
そして新たに結ばれたであろう友情を祝して一人で乾杯した。
468 :
海底宮殿:2007/02/22(木) 01:11:24 ID:xC2V4kX4
あの時のことを、今でも時々思い出す。もちろんかなり前のことなので、断片的であるのだが。
それは確か、僕がまだ今の仕事をする前だったので、十数年前のことだ。
その日僕は仕事を終えいつものように「ミル・ウォーキー」に寄ってビールを飲んでいた。
僕はその店で、心地よい孤独感と解放感を味わっていた。確かその夜は「アルハンブレ宮殿の思い出」が
BGMにながれていた。僕はその静かに流れる曲に耳を傾けていた。
「こんばんわ。何をしているんだい?」
僕はひそやかな楽しみを奪うその声に僅かな嫌悪感を感じその声の主を探した。
すると僕のテーブルの上に20a位の身長の男が立っていた。僕はその男を見つけひどく驚いた。
今夜はそれ程疲れてはいなかったし、銘酊するほど飲み過ぎてはいない筈だ。
「そんなに驚かなくていいよ。それより君はおいらと一緒に楽しい所に行ってみないか?」
「君は一体誰なんだろう?どうして僕を誘う?」僕は混乱した頭を悟られないようにできるだけ冷静を装った。
「えっ?おいらの事が分からないのかい?以外と冷たいんだね。」と小さな男はそう言って頭を振った。
「多分、君に逢ったのは今日が初めてだと思う。それとも何処かで、逢ったことがあるのかな?」
と僕は言った。そしてありとあらゆる記憶を手繰り寄せてみたが一向に思い出せなかった。
「そうか、憶えてないんだね。それなら仕方ないね。」そう言って僕のリブ・ロースを齧った。
「それは申し訳無かったね。でも本当に思い出せないんだ。それで僕を何処に連れていってくれるんだい?」
「海底宮殿だよ。珊瑚の雪が降るとても素敵な場所だよ。」と小さな男は言った。
「海底宮殿?」と僕は言った。
469 :
海底宮殿:2007/02/22(木) 01:14:20 ID:xC2V4kX4
「そう。海底宮殿。」
「何か面白そうだね。連れていって欲しいね。」と言って、グラスに残ったぬるいビールを飲み干した。
「でも、とっても残念だけど、今日は無理だね。」
「無理って、君がさっき連れていってくれるって言ったばかりだよ。」
「そうだけど、もう無理なんだ。入り口が閉じちゃったんだ。」
「そうか、それは残念だね。でも、その入り口はもう開かないのかい?他に方法は無いのかな?」と僕は言った。
「無いね。僕の事憶えて無かったから無理なんだ。どうしても行きたかったら次に逢った時、おいらを
憶えていれば行けるよ。今度こそ憶えていてくれればね。」そう言って小さな男はまたリブロースを齧った。
「そうか、それじゃ次に会える日を楽しみにしておくよ。」と僕は言った。
「分かった。次は必ずね。」と小さな男は言った。
そして気が付くと小さな男は僕のテーブルから消えていた。僕はテーブルの周りを探してみたが、
小さな男は何処にもいなかった。僕はまるで狐にでも化かされた気分になった。
僕はリブロースに目をやると、小さな歯形が二つ付いていた。
それを確認したあと僕は煙草に火を点けた。いつのまにかBGMはアラベスク協奏曲にかわっていた。
しかしそれ以来その小さな男には一度も逢っていない。
それ以来僕は、時々海底宮殿について考える。白い珊瑚の雪が降る海底宮殿のことをだ。
470 :
95:2007/02/22(木) 09:18:29 ID:4ZTVhqPl
おはようございます。
あぁ私、その身長20センチの男の人に会ったことあります(^^)一度だけ。
その時は「次に会った時覚えていてくれたら月に連れて行ってあげる」と言われましたが…それ以降二度と会えません。
20数年前の話ですが。
471 :
マスク:2007/02/22(木) 12:06:25 ID:jNCtD7PJ
人参氏さえてますね。すごく面白かったです。
珊瑚って、一斉に卵を産むんですよね。
テレビの映像で見たことがあって、それは雪が下から上に降るみたいに綺麗でしたね。
でも、95さんにはいつも驚かされます。本当なんですか?その話。
敦煌の話の時も含め、僕らがまるで95さんのためだけに書いてるように思える。
472 :
人参:2007/02/22(木) 13:05:19 ID:xC2V4kX4
驚きました。95さんが小さな男に会った事があるなんて…‥
しかも、今度会ったら…‥まで一緒なんて…‥
完全に創作なのに…‥
そのレスを読んだ僕はひどく驚いた。ってな感じです。
でも、楽しんでくれたみたいで嬉しいです。
マスク氏もありがとう。次作期待してますよ。
473 :
マスク:2007/02/22(木) 19:12:14 ID:49Es4iWi
あんまりプレッシャー懸けないで下さい(-_-;)
たぶん、読者は分かっているとは思いますが、「夢を与え続ける奴隷」はおそらく人参氏作で、
「沈黙する石」はマスク作です。
「夢〜」はなんともオカルト的で、前のオカ板時代を思い出しましたw
「沈黙〜」は実は、僕の個人的な友人から「石」というタイトルで書いて欲しいというリクエストがあって、
それを少し具体的なタイトルにして書いたものです。
474 :
人参:2007/02/22(木) 20:54:49 ID:xC2V4kX4
マスク氏煽ってしまって申し訳ない。
プレッシャー懸けるつもりは無かったのですが…‥つい、調子に乗ってしまいました。
夢…は、僕が書きました。はい。正解です。ってすぐ分かりますよね。
でも、読者のみなさんの声を聞くのも嬉しいので遠慮しないでレス下さいね。
475 :
雨の色:2007/02/24(土) 00:49:18 ID:VkuXNGyO
「ねぇ、雨ってどうして降ると思う?」
もう三日も降り止まない雨に向かって歌織は言った。小学生だって今時そんな質問はしない。
「大気中に水蒸気が溜まって雲になって、重くなると雨になるんだよ」と僕は言った。
もしかしたら間違っているかもしれないが、大筋外れてはいないだろう。
間違っていたとしてもそもそも正解を求められているわけではないのだ。
「違うのよ。雨は降りたいから降っているのよ。私が降って欲しくないときでも、雨にはそんなことお構いなしだわ」
歌織はそう言って温かいコーヒーを2つのカップに注いで一つを僕に渡した。
僕らはしばらくソファに座ってコーヒーを飲みながら雨を眺めていた。特に心が和むような景色ではない。
窓の外はマンションの15階からそれほど変わらない高さのビル街が広がっている。緑はまったくない。
2月の冷たい雨だ。アスファルトを凍らせることを目論んでいる真底冷たい雨。
それが街をすっぽりと包み込み、ディーゼルエンジンの排気ガスをたっぷり吸い込んで全てを灰色に染めていた。
「仕方ないね。雨に文句を言ったところで、何も変わらない。誰も君を同情しない」
「意地悪ね。いつからそんなにシニカルな台詞を言うような人になったの?」
僕と歌織は結婚していない。でも一緒に住んでもう10年になる。
そろそろ僕は彼女にプロポーズをしなくてはならないと思っていた。なにしろもうすぐ僕は40才になるのだ。
でも彼女は結婚しないと付き合った当初にはっきり宣言した。
「私は一生結婚なんてしないわ。それでもいいなら一緒に暮らしましょう」と彼女は言った。
僕らはそれ以来結婚を前提としない同棲生活を続けた。
476 :
雨の色:2007/02/24(土) 00:49:53 ID:VkuXNGyO
その当時からお互いにそれぞれの専門的な分野できちんとした職業に就いていた。
二人は二つの名字をマンションの玄関ドアに並べ、毎日お互いの郵便物や請求書を分別した。
電気代も水道代も全てきちんと割り勘にした。お互いに自分の稼いだ金で何を買おうと干渉はしなかった。
結婚している友達からは最高の結婚生活とまで言われた。自由でしかも好きな女と一緒に居られるのだから。
束縛は無い。浮気をしたこともある。それでも歌織が一番好きだった。最初はこれでいいと思っていた。
それでも何かが足りなかった。それはまるで一枚のカードを失ったトランプのように決定的な欠落だった。
ただ、それが何のカードなのかが分からないままになっているのだ。
「いつからだろうね。もしかしたら、君と一緒に暮らしてからかもしれない」
歌織はふふんという不敵な笑みを浮かべて僕にキスをした。
「雨ってほとんど透明みたいだけど、本当は青いんでしょ?」と歌織が言った。
僕は頭がくらくらしたが、真面目に答えた。「青くない。H2Oは無色透明だよ」
「でも海は青いじゃない。お風呂にお湯を貯めたってちゃんと青く見えるわ」
「あれは光の屈折でそう見えるだけ。無色の水が光を受けると青光線だけが反応して見えるんだ」
「それなら、青いと表現してどこが悪いの?青く見えた時点で、それは既に青いのよ」
確かにそうかもしれないなと僕は思った。何故か歌織の意見はそれがどれほど非科学的だろうが、
非常識だろうが、冷酷だろうが正しい意見のように思えてしまうのだ。
「君がそういうんなら、僕たちは既に結婚しているとは思えないか?」
僕はほとんど何も考えずに無意識に言ってしまった。
477 :
雨の色:2007/02/24(土) 00:51:28 ID:VkuXNGyO
「どうして?」
「僕らは結婚していると言っても差し支えない状況にいる。ただの紙切れ一枚の差だよ」
「私は結婚はしないの。誰とも」
「何故そんなに結婚したくないんだ?別に子供を産んで欲しいなんて言わないし、
君の財産だっていくらあるのか知らないけど興味はない。仕事だって今まで通りに続けられる。
結婚したら何が変わるって言うんだ?」
「私は誰のものでもないの。私は今すぐ死んでも誰にも迷惑かけたくないから家族を持ちたくないの」
「死にたいのか?」僕は少し心配になって聞いた。
「絶対に死にたくない。だけど、いつか必ず死ぬのよ。それは誰にも変えられないでしょ?」
「でも、家族同然の人に目の前で死なれて葬式とか形見とかに手も足も出せない状況になったら、
それこそ大迷惑だよ。むしろそういうときのために結婚したいんだよ」
「なら、私が生きているうちにここを出て行って。もうそろそろ私が死んでしまうというのが分かり次第」
「そんなことが出来るか!一体何考えてるんだよ」
「大丈夫よ。あなたより先には死なないわ。約束する」
歌織はそう言うと何事も無かったようにコーヒーを啜り、またぼんやりと雨を眺めた。
僕はこれから一体どうすればいいんだろうか。
「ねえ、歌織。もし僕が先に死んだら君はどうするつもりなの?」と僕は聞いてみた。
「そうね、樹海にでも捨ててこようかしら?」
「あのね、それは犯罪だよ。死体遺棄って刑法にも載ってる」
「じゃ、あなたの上に重なって一緒に死ぬわ」
「話にならないな」
僕がそう言うと歌織は遠くを見つめてため息を吐いた。
「私は雨の色も知らずに生きている人生なんて絶えられないの。ただそれだけ」
雨はその淡き宇宙の色をただひたすらに秘めながら、僕らにはお構いなしに、いつまでもいつまでも降り続いていた。
478 :
人参:2007/02/24(土) 17:23:25 ID:a1K5PImY
マスク氏お疲れ様です。
相変わらずクオリティー高いですね。興味深く読ませて貰いました。
主人公が今年40になる辺りが少し気になりましたがw
話は変わりますが、僕の仕事がなかなか落ち着かなくて触れられなかった
オフ会ですが、そろそろ具体化したいと思います。
それで、日時とか場所とか決めたいと思いますので、「参加してもいいよ。」と言う方は下記のアドレスまでメールを下さい。
[email protected] それでは宜しくお願いします。余り長い期間は晒しませんのでお早めに。
479 :
夕焼け:2007/02/26(月) 22:02:36 ID:/zqss2C+
僕は煙草に火を付けてから大きく煙を吐き出した。
風が余り無かった所為で煙はしばらく私の周りを漂っていた。
海を見渡すことの出来たジャイアント・ホイールは、そのゴンドラ部分が既に全て撤去され、
6分の1のフレームが、巨大なきりんを連想させる大型クレーンによって、ゆっくりと、
そして確実に解体されていく。新しく出来た、アミューズメント施設の多様化やテーマ・パーク、
なによりもこの遊園地が設備の老朽化で極端に集客力が落ち、淘汰されたのだ。
かつては若者達や子供たちの心を掴んで離さなかった、この町のシンボルが消えようとする瞬間だった。
そして私がその解体の指揮監督をすることで、私自身不思議な気分にさせられた。
それというのも、私が子供の頃、父に連れてきて貰った事のある、唯一の遊園地だったせいである。
しかも、私の父が若い頃に、初めて任された現場が、このジャイアント・ホイールの設置だったからだ。
父は仕事柄、家には殆ど帰って来なかった。地方の現場に入ってしまえば、一ヵ月どころか、ひどい時には
一年以上も帰って来ない事もあった。もちろん一緒に暮らしている時期はあったし、仲が悪い訳ではなかった。
しかし幼い私の時間の弊害がもたらしたせいか、今でも父の顔をおぼろげにしか思い出せないでいる。
それでも、この遊園地の現場だけは違っていた。毎朝家から現場に通い、父の記憶の殆どが、遊園地に詰まっていた。
そして時間が許すかぎり、父は私を肩車をし、ジャイアント・ホイールが出来るのを一緒に眺めていたのだ。
ジャイアント・ホイールの向こう側には真っ赤な夕焼けが広がっていた。
空一杯の夕日がいまでもすぐに思い出せる位の夕焼けだ。
「なぁ、慎一。もうすぐこの観覧車ができあがる。そうしたら、お前を一番にその観覧車に乗せてやる。」
私はその言葉を聞き、とても興奮していた。そして、そんな父をとても尊敬していた。
「大きくなったらお父さんみたいに遊園地を作る仕事をしたい。」と私が言うと父は嬉しそうに笑ってくれた。
480 :
夕焼け:2007/02/26(月) 22:03:25 ID:/zqss2C+
あれから三十数年経ち、この遊園地のマリンタワーとジャイアント・ホイールが、この町から消えてしまう。
それも私の指示で少しづつそして確実にだ。この場所は(遊園地としてはいささか窮屈ではあるが)
撤去が終ればこの遊園地は、隣接した日帰り温泉施設の駐車場になる予定だ。
あと何年かすれば、此処に遊園地があったことすら、誰もが忘れているだろう。
しかし私は忘れない。
父を忘れないように。
481 :
人参:2007/02/26(月) 22:09:12 ID:/zqss2C+
95さん読んでますか?
オフ会は参加されないのですか?
もう暫くはメアド有効にしておきますので(今週一杯)良かったらご連絡下さい。
只今をもちまして
>>478 のアドレスは無効になりました。
483 :
嘘について:2007/03/12(月) 11:10:53 ID:qkwMNkGm
僕らは長い人生の中で随分沢山の嘘をついている。実際に。現実的に。そしてその多く場合、選択の余地は無い。
そして長い時間をかけて磨り減っていく。もちろん、好むと好まざるとに関わらずだ。
僕がまだ幼く、物心ついて初めて嘘をついた時のことを鮮明に覚えている。
僕はその時、一人で留守番をしていた。母は専業主婦だったが、祖母が入院してしまい、
その看病のためにどうしても僕を置いて出かけなければならなかったのだ。
僕はまだ5歳くらいだったと記憶している。テレビと、大量のスナックとおもちゃと一緒に家に一人残された。
そして僕は長い時間をかけてありとあらゆるいたずらを家に仕掛けた。
壁にクレヨンでうんちの絵を描き、全てのドアの前に積み木を積んで開けられないようにしたり、
トイレットペーパーを全て巻き取ってトイレに詰め込んだり、冷蔵庫の調味料をボールに全て注いで混ぜ合わせて味見をしたりした。
母は家に戻ってその有様を見た後、僕の顔を覗き込んだ。「どおしてこんなことをしたの?」
「僕がやったんじゃない」と僕は嘘を言った。「友達が遊びに来てだめって言ったのにやったんだよ」
母は怒りというより諦めに近い表情で「なら仕方ないわね」と言った。
僕の嘘を信じていたのかどうかは今もわからない。でも家には鍵がかけてあったし、
おそらく嘘だってことは最初からわかっていたはずだった。でも母は僕の嘘を責めなかった。
その時僕ははっきりと嘘の苦さを味わった。胃袋の中から搾り出された胆汁のような痺れるほどの苦さだ。
そして嘘はもう二度とつかないと心に堅く誓った。
しかし、その誓いはほんの数ヶ月しか持たなかった。なにしろ僕はいたずらが大好きだったし、
いたずらをするチャンスが巡る度に、その誘惑には到底抗うことが出来なかったのだ。
そして母はそのたびに僕の嘘を責めなかった。僕は次第に嘘をつくことに慣れていった。
484 :
嘘について:2007/03/12(月) 11:12:23 ID:qkwMNkGm
今、大人になって会社で、あるいは同僚との飲み会の席で、あるいは好きになった女性に対して、
数え切れない嘘を日常的についている。
それはその場を円滑に進めるためのお世辞というものだったり、
彼女の服を脱がせるための口実だったり、取引先との駆け引きだったりするが、
正確に言うならそれは全て嘘だ。まるで嘘で作られた人生。
そして僕はある日突然失語症になった。もう話すことが苦痛なのだ。
話そうとすると言おうと思うこととまったく反対の言葉しか出てこなくなった。
しゃべれなくなった営業マンは会社には居られなくなり、二人の恋人も去っていった。
嘘をつくべき相手が居なくなると僕は初めて心からほっと出来た。
今は月に2回のカウンセリングに通いながら、文章を書いている。
文章はいい。気に入らないことは書き直せる。
何度でも何度でも読み返して書き直していくと、本当の言葉だけが残る気がする。
だから、申し訳ないけど、もう僕は話せないんだよ。
それも嘘かもしれないけどね。
485 :
なます:2007/03/13(火) 23:36:33 ID:XJAT5UeC
彼女が出かけた後、机のうえに何やらメモを置いていったのに気付いた。
メモを見るとそこには、
「【なます】の作り方」と書いてあった。
「なます?」と僕は声に出して言ってみた。一体何故「なます」なのだろう?
なますと言えばお正月に箸休めとして出される以外に出されることは無いに等しい。
多分かなりマイナーな料理だ。そして、僕は酢の物が大の苦手だ。
もちろん、彼女もそれは知っている筈だし、第一彼女自身も「なます」は嫌いな筈だ。
それが何故、もうすぐ春になろうとしているこの時期に、レシピがテーブルの上に置かれているのか
僕には巧く理解が出来ずにいた。そこに含まれる物事を探らなければならないのだ。
僕はそのレシピを読んでみることにした。
A)
ダイコン 600g
ニンジン 50g
B)
酢 大4
だし 大4
砂糖 大3
塩 少々
1.ダイコンはマッチ棒より細く、ニンジンはダイコンより皿に細く切り、塩少々を振りしんなりしたら水気を絞る。
2.Bを合わせて1を漬ける。
以上、なますの作りかた4人分。
と書かれてあった。一体これがどんな意味があるのかについて考えてみたが、
僕は一向に思いつかなかった。
486 :
なます:2007/03/13(火) 23:41:24 ID:XJAT5UeC
しかも、何故か四人分だ。僕はリビングの電話から受話器をとり、彼女の携帯に電話してみた。
しかし、彼女は何処にいるのか、音声案内の女の子が、
「電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため…‥」
と繰り返し冷たく僕に囁いてくれた。三回目の「電波の…‥」と言ったところで僕は諦めて電話を切った
そして、僕は何をするべきか、考えてみた。部屋の掃除だろうか?
それともシャツにアイロンを掛ければいいのだろうか?
多分答えはノーだ。「なます」をつくるべきなのだろう。
僕は酷い罰ゲームをさせられているような気分になった。
しかし、冷蔵庫を覗くと人参と大根は何処にも入っていなかった。
まずはスーパーに行き素材を買って来なければいけない。
僕は駐車場に止めてある、ゴルフのエンジンを掛けた。
やれやれ、どうやら僕は人参と大根を買いに行かなければならないのか。
487 :
マスク:2007/03/14(水) 11:10:44 ID:xa2w5w7K
「どうやら」を使う場合の述語としては、「行かなければならないようだ。」
が好ましいのではないかな。
>>487 そうですね。ご指摘ありがとうございます。
以後気をつけます。
489 :
マスク:2007/03/16(金) 13:55:13 ID:ChAf5Sxq
偉そうに言ってすみません。
ただ、もったいないという気持ちがつい湧いてしまうものですから・・・。
490 :
人参:2007/03/16(金) 20:57:48 ID:b8BargG1
>>489 >偉そうに言ってすみません。
そんなことありませんよ。
気になったらいつでも、指摘してください。
自分では気付かない事は、結構多いですから。
これからも、宜しくお願いしますよ。
僕は「保守」と声に出して言ってみた。
それがいったい何の役に立つのかは分からなかったのだけれど。
「そう思うのなら、あなたが何か書いてみるべきじゃないのかしら?」
と彼女は長い髪の毛先を、左手の中指に絡ませながら僕に言った。
確かに、保守されることを望んでいるようだな。と僕は思った。
何故ならそれは置き換えられることのない希望であり、宿命だったからだ。
それならば何故僕らはもう書くことを止めてしまったのだろう。
そう。それはそこに読者というべきポリティカルでコレクトな存在が消えてしまったからだ。
だからといってそれでこのスレが消えてしまっていいはずはない。
僕はそう固く信じている。
少なくとも今は。
「バカみたい」
気が付くと彼女はそのクリクリした眼で僕の顔を覗き込んでいた。
「たった二文字『あげ』か『保守』と書けば済む話でしょ?
何時まで迷うのか私には分からないわ。それとも本当に辺境に向かいたい訳?」
「なるほど」なるほど。いつの間にか自分から井戸の中に身を置いていた訳だ。
僕は時々こういうへまをする。これは僕の昔から変わらない悪い癖なのだ。
彼女は毛布からスッと出て、僕の大好きなエレガントな身のこなしでベットに座りなおすと、
その形のいい乳房を下着すっぽりと隠した。
「あなたに出来ないなら私がやるわ。でないとこの世界は終わるのよ」
彼女は最後に決定的な事を言った。
やれやれ。僕はワンピースにすっかり身を包んだ彼女を見てまた何かが始まった事を悟った。
夕方、僕はパソコンのキーボードに眼を落として呼吸を整えていた。
彼女に書かせる訳にはいけない。彼女は本当はここに居てはいけなかったんだ。
それにこれは僕の仕事だ。他の誰がこの仕事を見つけるというのだ。
過去に集まってた人々はもう此処には来ない。彼らにはもう必要ではないからだ。
「彼らにはもう必要ではない」
声に出すとなんて機械的な音だろう。流行のロボットのおもちゃに組み込んでありそうな返事だ。
ピーーーー彼らにはもう必要ではない。ーーピ
苦笑しながら僕は画面を見つめた。下らないことを考えている余裕はない筈だ。
楽しそうに話す人の声がする。自然に窓の外へ視線が行く。
夕焼けの中、若い女の子達が笑いながら歩いていた。まるで別の世界みたいだ。
こんな事忘れて夕焼けの空の下、冷えたビールでも飲んでいる方が十分まともだ。
このスレを救う必要は無いのかもしれない。必要ならそれは誰かがやっていた筈だから。
それに僕がやらなくてもひょいっと誰かがやってきてあっという間に救うかもしれない。
そもそもそんなに大した事ではないのだ。きっと皆ふーんと言って数分もしない内に忘れるだろう。
こんな世界があった。と言う事を。
余計なことをしているのかもしてない。やめよう。僕がそう思った時、「カコログ」が動いた。
ブーーーーーンという冷蔵庫のような音と共に周りの空気が動く。
身体が見えない何かに引っ張られていく感じがする。
そうだ、やらなければいけないんだ!何故なら、僕はこの世界と一体化し始めたからだ!
身体がグングン下に引っ張られていく。
世の中に蹴られろうと馬鹿にされようと見捨てられようとやらなくてはならないんだ。
ワ タ シ ハ モ ウ イ チ ド ヨ ミ タ イ
彼女の声が頭によぎる。
僕は真下に迫った「カコログ」の見えない穴を見ない様にキーボードを凝視した。
手が震える。感覚がない。キーボードが地球の反対側にあるように遠く感じる。
「カコログ」の見えない穴が大きくなった。身体全身でそれが分かる。
僕は最後の文字を打ってマウスを叩いた。
496 :
大人の名無しさん:2007/06/08(金) 14:02:15 ID:11XYMPe0
第一部 完
やれやれ。
僕は前スレで一体どれだけこの「やれやれ」に出くわし、その度に深海に届きそうなくらいの深いため息を吐いてきただろう。
しかし、今はその僕がやれやれを言わざるを得ない状況に置かれているのだ。
一体、君は誰なんだ?
もうこのスレで長編を始めることは出来ない。
何故なら一スレに長編は一話で十分だからだ。
理由なんてない。それは予め決められているんだ。
しかもこのスレにはもうあと20KBくらいしか書けない。
それで一体何を書けというんだ?
しかももう僕たちにはめんようさえ居ないんだ。
遅すぎた。ルーキーが逆転満塁ホームランを打ち上げてそのまま月に突き刺さるくらい不可能だ。
そこで提案なんだが、君が書いてくれるなら、僕が続こう。
新しいスレタイは「郭公の巣に卵を産むスレ」だ。
意味は無い。あまり深く考えないでいい。
君がスレを立ててくれ。
言いたいことはそれだけだ。
何だもう忘れっちゃったの?星野ちゃ〜ん。
カーネルサンダースだよ。
そのスレタイじゃやれないねぇ〜。
よく言うでしょ?「僕にだって選ぶ権利がある。」
もう現れないことにするよ。
ゴージャスな女の子抱きたくなったら高松おいで。じゃあな。
やれやれ、ここで海辺のカフカはタブーだというのに…。
新参者か?まさか郭公が読めないんじゃあるまいな。
500げと