ある朝、俺は目を覚ました。
いつもと変わらぬ家族との会話、
そしていつもと変わらぬ電話ごしの彼女の声。
焼きたてのトーストを口にくわえ、
慌しい街並みに身をゆだねていく俺。
今日も取引先との商談がある、
遅れるわけにはいかない。
そうして”アタリマエ”の日常が”アタリマエ”に過ぎ去っていく。
先の商談を淡々と、かつ無難にこなし、一息の休憩。
あまり美味くはないインスタント・コーヒーを口に運びながら、
ふとモバイルでインターネットブラウジングをしてみると……
それは、お気に入りに登録してある
とある新聞サイトの片隅にポツンとあった。
”(株)2ch”
その会社のバナーには、昔行きつけだったとあるサイトの”モナー”というキャラが
きれいにリメイクされて描かれていた。
5年前の記憶が甦る。
当時、どちらかといえば引きこもりの類だった俺が
毎日必死になって投稿していたあの掲示板。
煽られながらも、ときには共感できる物事を見つけ、
ときには本気になって議論をしたりした、あの掲示板。
そして、それは俺に勇気をくれた。
その掲示板が閉鎖された日、
俺ははじめてヒッキーの殻をやぶって
自分の言葉で人と話せるようになった。
俺はわくわくしながらそのバナーをクリックする。
失われた5年間を取り戻すかのように。
あの日の自分をもう一度見つけるかのように。
しかし、そこに俺の期待したものは何一つなかった。
わけのわからない専門用語でびっしりのサイトの中には
まるでおまけのようにモナーが壁紙になっているだけだった。
掲示板を覗いてみると、やはり商談関係のレスしかついていない。
懐かしい匂いのする、俺が知っている”2ch”は
そこにはなかった。
携帯電話が鳴った。
また、仕事だ。こんなところでくつろいでいる場合じゃない。
俺はモバイルの電源を落として、
再び”アタリマエ”の生活に戻っていった……。