test氏の日記

このエントリーをはてなブックマークに追加
1test
test
2<谷川俊太郎との出会い>:2001/06/28(木) 03:27
 わしの読書体験といえば幼稚園の頃に遡る。
 その頃「あいうえおブック」なる幼児用の本があったのじゃ。いったいどこの
出版社が出していたのかは知らないが、童話・寓話・詩を始めいろいろな物語が
あった。今でも鮮明に覚えているのが「はなのななのはな〜」と「もぐらもぐら
もぐら。もぐれ、もぐれ、もぐれ」という谷川俊太郎の詩なのである。カラーの
挿絵とともにずうっと頭に焼き付いている。
 もちろん当時それが谷川俊太郎の詩であることなど知りもしなかった。谷川俊
太郎の名前は小学生の五年生頃であったか、スヌーピーが流行り何冊も買ってき
て読んでいたが、後書きを見たら訳者が谷川俊太郎とあってスヌーピーとの出会
いが書かれていた。だから谷川俊太郎といえばスヌーピーの訳者という認識でし
かなかった。
 谷川俊太郎が詩人である事をようやく知ったのは、高校生となってからである。
 それが国語の授業であったのか、はたまた新聞の文芸欄で読んだのかは良く覚
えていない。始めは新鮮に驚いた。幼少の頃絵本を読んでもらって、たまたま絵
まで鮮明に覚えている二つの詩――当時は詩とは認識していなかったが――が、
どちらも同じ作者の手によるものであり、しかも小学生の頃から名前だけは知っ
ていた人であったなんて。
 いやはや優れた芸術家とはまさにこういう人のことを言うのだろう。わしの文学
上の最初にして最大の衝撃はこの時である。わしは悟った。世の中にはこのような
凄いものがあるのだということを。そしてそれを生み出せる天才が存在するという
事を。
 谷川俊太郎、マンセーである。が、その他の詩は全く知らない。
 「言葉あそび」なる詩集ぐらいは買わないといけませんなと自戒を込めて……
3<執筆にあたって>:2001/06/28(木) 07:08
 わしは別に作家など目指しておらん。というか、文学音痴である
上にそこそこ歳も食ってしまったから、今さら修行をするのもかっ
たるい、というのが正直なところじゃ。
 じゃ何してんだ? という疑問もあるじゃろうが、人知れず戯言
を書き綴るのもこれまた面白いのではないかな。遊び心よ、若者!
 第一このスレが他人の目に触れる事など、まずありえんじゃろうて。
余程の暇人かage荒らしの餌食にでもならん限り、日の目を見ることは
なかろう。
 ということで、わしが暇な時に徒然なる戯言を書き綴ろうかと思う。
ここが他人の目に触れた時、わしの執筆活動も終了するという風に
すればなかなか乙なものじゃろう。
久方ぶりのお天道様に誘われ、朝食にブラックコーヒーとフランスパンを食し
たわしは新聞片手に公園へと歩を進める。新緑は目に眩しく足元では蟻んこが
仲良く徘徊している。何事も最後から始めることを心情としたわしは、新聞も
最終ページから読むのを常としておる。順繰りとページを手繰るとある記事に
目が止まった。御台場カジノ構想である。
ふむふむ、経済原理が金回りであるならば金回りを良くすればいい。なるほど
御尤もな解説に続いて、某知事の構想――カジノで金回りを良くしよう構想、
が綴られておる。庶民に金を使わせて税収アップに雇用増大、良い良い尽くし
のウルトラCであるそうな。そんな暇があったら宝くじやトトの賞金額上限を
上げたほうが良さそうだが、雇用対策という殺し文句には、いつもの射幸心云
々議論も掻き消されているのだろうか。
わしが思うに、問題は接待・接待・大接待文明の終焉じゃなかろうか。働けど
働けどアパートも変えないサラリーマンにとって昇格しての接待費独り占めこ
そが戦後日本の労働者の原動力となっていたのでないかと思うのじゃ。銀座で
飲めば皆が儲かるとは正にこれを喩えておるのじゃ。
さすれば、接待費非課税が今まさに的を射た政策といえよう。
だれか言い出さんかの?
こんなことを考えながら、胸の開いた白いブラウスのお嬢さんがベンチで読書
をするのを新聞の穴から覗き見できたわしは、ひと時の幸福に胸が湧き上がる
のであった。
5<旅立ち>:2001/07/04(水) 02:15
木枠の窓のある宿屋の二階から、わしは誰も通らない路を眺めていた。
朝から灰色の雨が続き軒下に落ちる雫が石畳で跳ね返り、聞こえること
もない音の波紋を撒き散らしている。

秋になるとこうして旅に出るのが好きだった。特急列車の切符を買い
ホームの売店で弁当とお茶を購入する。そうそう、乾燥ホタテもわしの
大好物だからこれを欠かすことはできない。若い頃は冷凍みかんも良く
喰ったものだが、この歳になると冷たいものは肌に合わなくなってしまった。
それでもたまには冷たいものが欲しくなるから、そんなときにはバニラ
アイスを車中で買うのも旅の楽しみの一つである。今回の旅は風情ある
木造の家が並ぶ街を選んだ。例え雨が降っても風情を眺めれば心も洗われる。
そんなわしの予感がものの見事にあたってしまったのだ。余計な事を考
えるんじゃなかったとも思ったが、それはそれ。
こうしてわしは、着いたその日から、雨降る灰色の街を眺めていたのである。
6<旅立ち>:2001/07/04(水) 02:40
ハイライトを震える手でつまみながら眼下の道の先の雨煙を眺めていた。
たまに通りかかる黒い傘、黄色い傘、花柄傘に寄り添う親子連れ。雨音の
遥か彼方で声が聞こえることもあるが、わしの耳に届く事はない。タバコ
の灰を灰皿に落しもう一度外を見たとき、今度は近づいてくる赤い傘が見えた。
足元には着物の裾が見えている。石畳で跳ね上がる水滴がその裾の先を
しっとりと濡らしているのが見えた。さぞかし麗しき人が歩いている
のだろうと、わしの妄想は止むことなく脳裏を駆け巡る。赤い傘が小さく前後
に揺れる様を追いかけていたら、ちょうど窓の下でその傘が止まった。
わしは思わず身を乗り出して覗き込んでみる。すると赤い傘の主は、この旅館
の玄関先に入っていった。宿泊客か、はたまた宿のお人なのか。わしは、
つかの間の幸福を味わったことに満足していた。それがどんな幸福かは、
その時のわしには知る由もなかった。しかし、妻に先立たれてからの五年間で、
一番の安らぎを感じた事だけは間違いなかった。
雨はいつの間にか薄い霧雨に変わり、西方の空には明るみが到来していた。
7<旅立ち>:2001/07/04(水) 02:54
わしは部屋の真中に置いてあるテーブルの奥に座り込み茶を入れた。
考えてみれば平凡な人生を歩んできた。そして今もこうして平凡な人生を全う
しようと余生を生きているわけだ。二十一歳にして商事会社に入ったこと、
たまに社内報の編集部に頼まれて、谷川俊太郎の話や、カジノの話を寄稿したり
もした。勘違いしてもらっては困るがその会社にまだ勤めている。定年までは
まだ少しばかりの期間があるのである。とはいっても、今の世の中定年なんて
無いと同じだ。定年の十年前にはお払い箱になってしまう。嫌がれば能力人事
制度なる逆累進賃金制度の餌食になり生活にも困る事になるのだ。サラリーマン
が気楽な商売だなんて誰が言ったのだろうか。リサイクルもされず粗大ゴミ扱い
される旧態依然の状況にわしは身を置いていた。それでも何とか今の会社に
しがみついているのは、他にわしに出来ることもないし、会社も取り敢えずは
置いておいてくれるからだな。ああ、情けない、わしはだんだんと日常生活に
引き戻されていくようで身震いをしていた。だめだ、忘れる事が大事だ、そう
自分に言い聞かせ、先ほどの赤い傘のご婦人の姿を頭に描いていた。
8<旅立ち> :2001/07/06(金) 10:28
夜中に突如現れる蚊のように、つまらぬ思いがわしの頭の中を飛び回って
いた。必死の思いでそれを払いのけようとするが、気にすれば気にする
ほどそいつは羽の音を増幅させる。まるで鈴虫が羽を擦りつけながら
わしに襲い掛かっているようだった。
そういえば鈴虫の鳴き声なんぞ小学生の時に飼っていた時以来聞いた
ことなかったな、そうわしは思い至る。鈴虫といえばプラスチックで
できた水槽、そしてキュウリにナスが定番である。そうそう、蟻んこを
飼って巣を作らせようとしたが失敗したことまで思い出してきた。妄想
とは快楽である。わしはひとり呟いた。
ずずりと冷えたお茶をすすってからふと窓を見遣ると雨は上がっている。
わしは立ち上がり窓から様子を窺った。西方にはご婦人のスカートが風で
捲れてスリップがちらりと見えたかのような青空まで顔を出しているではないか。
そして懐かしい土の香りがわしの鼻をくすぐりだした。よし、散歩でも
しようか。わしは待ちに待った旅先での散歩つまり非日常との邂逅の予感に、
年柄もなく心が沸きたっていた。
9<旅立ち>:2001/07/06(金) 10:56
頭上にはまだ灰色の雲が垂れ込めている。しかし西方に顔を出していた
青空軍も、しばし膠着状態を続けた後着実にその領域を拡大し、ぽつぽつ
と白旗を揚げている。勝利の白旗か。わしは口元で笑いを噛み締めた。
しかし、前線では黒雲軍との激しい戦闘が続いているようで、急速にその
境界線の形が変わっていた。敵もなかなかやるものである。宿を出た石畳
の真中で、わしは腕を組んでその活劇に見とれていた。
「もし。これ落としましたよ」
気品ある女性の声にわしは一瞬びくりとし、そして声の主に振り向いた。
そこには着物姿の二十代後半と思しき女性が、わしの至近距離に立って
いるではないか。
「はあ。何か落としましたかな」
わしはあたりを見わたした。散歩ごときに何を持ち歩くわけでもなく、
わしは少々戸惑っていた。その女性は髪をあげ、後ろから見ればさぞかし
美麗なうなじを、わしは見てみたいと思っていた。
「これ、落としませんでした?」その女性が右手の平をわしに差し出す。
「万年筆のようですな。ちょっとよろしいですかな」
わしは万年筆を摘み上げ、眼鏡を取って念入りに確認した。鼈甲色の軸に
金色のペン先。名前はおろかブランド名すら見当たらなかった。特注品
なのだろうか。わしは勿体つけて万年筆を見つづける
「わしのではありませんな」
「あら、そうですか。どうしましょう、これ」
女性は右手を頬に当て困った顔をしながら言った。その姿はますます妖気
を放っている。わしはへその下が熱くなるのを感じながらも、努めて冷静に、
「特注品のようですな。かなり高価なものでしょう」
と答え、万年筆を女性に返そうとした。
「わたし旅行で来ておりますので、申し訳ありませんがお預かり頂けますか?」
「はあ、いや、その、なんですか――あ、預かりましょう」
10<旅立ち>
万年筆を差し出すその女性の掌にわしは手を伸ばした。
そして、その白くしっとりとした掌に私の指が触れた瞬間、その女性は
あっと小さな声をあげたのだった。
「あ、失礼」
わしは胸が高鳴った。一体この感覚はなんだろうか。久しく感じること
もなかった不思議な感覚。わしは思わず目をぱちくりさせていた。
「あのー」
彼女が節目がちで言った。
「よろしければ、お名前を……」
待ってましたとばかり、わしは思わず左胸に手を伸ばす。あるはずの
ない名詞を無意識に探していたのだ。
「名刺がないのですが、木下と申します」
「木下さんですか。私は、あの、桃井と申します」
「桃井さんですか。桃井かおりの桃井ですね?」
「ええ、そうです」
「ここで立ち話をするのもなんですから、あそこの茶屋にでも入り
ませんか」
彼女との会話の間に目ざとく見つけていた茶屋を指差し、わしは
ゆっくりと歩を進めていた。