1 :
ひげそり:
「馬が走ることをやめたら馬に価値はあるだろうか。」
健君がそれを言う以前に僕たちがどんな会話をしていたのかは思い出せないが
学校から帰る途中の彼の突然のその言葉は僕に強烈な印象を与えた。
「この混沌とした今の世の中では何が善で何が悪なのかはうまく
僕には判断できないが、これだけはいえる。
価値のないものは悪だ。この世界にいる生き物は太古の昔から価値のないもの
はすべて悪とされ淘汰されてきたが、この世界にいる限り僕たちは弱者とされ
淘汰されてはならず、強者として生き続けなければならない。だから、走ることが
真の存在価値である馬は己を悪と認めない限り走りつづければならないんだよ。」
と、健は言って笑った。
健が笑ったので僕も笑った。
半ば強引な発想ではあったが昔から知っている彼の性格から考えると
彼らしい思想だと思えた。
2 :
ひげそり:2001/04/01(日) 14:31
続けて、健君は言葉を継いでこういった。
「君は最近左系の本をよんでいるそうだね。
僕から言わせてもらえば
とてもそれは好ましいことじゃない。共産主義者なんて所詮は
理想主義者じゃないか。実現できもしない夢物語ばかり語ってて
実際に出来上がったものはファッショだろ。
そろそろ現実を見て生きた方がいいんじゃないのか?」
その筋の思想の負の部分だけを固めて言い放った彼の言葉に
いささか反感を覚えたが揉め事を避けたがる性分が反駁せんとする僕を宥めた。
3 :
ひげそり:2001/04/01(日) 14:32
しばし歩いていると、僕と健君は道の傍らに一匹の捨て猫を見つけた。
その猫がやっと納まるほどの小さな箱に入れられて、
じっと寒さに耐えているのを見て悲哀の念に
居たたまれなくなり駆け寄る僕に、傍観する健がこういった。
「君はその小汚い猫をどうするつもりなんだ?
アパート住まいの君には飼う事も出来ないんだろ?
そもそも、そこにそうやって小汚い箱に入れられて放置されるのも
その猫の運命なんだよ。きっとその猫もその運命を理解して
そう遠くない死をいずれ受け入れるさ。
だから君はそうやって心配してかかわったりしなくてもいいよ。
もしかしたらその猫にもじきに引き取り手が現れるだろうしね。」
4 :
ひげそり:2001/04/01(日) 14:32
確かに僕は彼の言うとおり僕がアパート住まいである以上
この猫を家で買うことは出来ない身ではあるが、僕は長い間その場を
離れることは出来なかった。この寒い季節に道端で孤独に寒さを
耐えることが難儀であろう事を思うと、とても引き取り手が現れるのを
待ってはいられなかったからだ。
5 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/01(日) 17:24
だから、僕はその猫を一思いに殺してあげることにした。
栄養不足で弱っている、小さな子猫ぐらい、僕にも簡単に殺せるはずだ。
そう思い僕はその猫の首を締めた。猫は暴れるが、それは僕にとって目的の遂行へのたいした妨げにはなりえない。しばらくして猫は動かなくなった。
僕はイイことをしたな、と頷き、立ちあがって歩みを再開した。
6 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/01(日) 18:21
その夜……
いやチガウ。
確か、翌々日の、桜が満開の東京に雪が振った夜のことだったんだ。
リレーと言っときながら一人で書いちまうところがアイツっぽい。
8 :
ひげそり:2001/04/02(月) 04:47
>>7
書いてて文章が長くなったんで5分割しただけ。
訂正
5分割→4分割
その夜の出来事。
塾での学習が終わり、僕は雪が降る道中を家に帰るため急いでいた。
夜の10時頃だっただろうか、帰路に向う途中の桜並木では人影もなく、
桜の樹枝が強風にあおられ花びらが雪と一緒に舞っていた。
ゴォォォォ……
風が木をしならせる音が鳴り響く中、僕はその幻想的な光景に心を奪われれ立ち止まった。
2、3日して誰も書かないようだったら自分で続けます。
12 :
8:2001/04/02(月) 14:09
その時。僕は一匹の黒猫が僕の前を横切るのを見た。
この暗闇を十分に染み込ませたかのようなその漆黒の
体毛は月の光でなお艶をまし、美しさを誇示しているかのような
悠然とした猫の歩調に僕は
またしても心を奪われて立ち止まった。
それから1時間が過ぎた。
13 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 06:41
ふと空を見上げると月が輝いていた。
僕はその美しさに心を奪われて立ち止まった。
14 :
キティーハニ:2001/04/03(火) 11:30
しかしそれは罠だったのだ
15 :
ハニーフラッシュ:2001/04/03(火) 13:34
いや、罠ではなくワニだった。いやさらによく見るとワニでもなくウニだった。
16 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 14:06
僕がこれほどまでに帰路に時間を費やすには他に理由があった。
幼少の時分、両親の暖かい愛情を一心に受けて育くんできた僕は
父親の事業の成功により家庭内に湯水のあふれるが如く湧く富裕
によって何不自由ない生活を謳歌していた。
だがある時、僕は自分のこの上ないであろう豊かな生活の行く末を
楽観視していた僕はその幸福はほんの刹那の夢であることを
思い知らされた。
父が株に手を出してからというもの、思いのほか金の逃げ足が速く、
家計は半ば鼻歌交じりで坂を下った。
その日から、それまでの温厚で愛情あふれていた父は一変し
毎日、酒を浴びるように飲むようになり家庭内に暴力は絶えなかった。
廃人同然になっていった父に愛想つかし、
買い物に行くと言ったきり戻ってくることは無かった母が残した家には
病弱な子一人と年をとるにつれ力と快活さを失って行く初老の男以外何も
残されていなかった。
すべてを失った父にことあるごとに八つ当たりをされる
僕の体は日に日に傷を増やすばかりであった。
僕の帰路の足を妨げからだに重くのしかかるこの現実は
自然と僕の脳裏に逃避という二文字を浮かばせた。
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 14:34
だが、現実問題として、生きるための糧を得るための力も金も能力も
持ち合わせていないこの軟弱な子供一人に何が出来るというのだろうか。
どうすることも出来ないこのつらくのしかかる現実を途方にくれ
行く先無く歩く僕は思考することに疲れ、生きることに疲れ
まるで近く自ら死を選ばんとする浮浪者であった。
しかし、その時意識を道の傍らに置き去りにして歩く僕が、
かつて川で溺れかけた僕を命からがら助け出してくれた命の恩人
幸恵おばさんの家に無意識に向かっていることに気づいたのは
幾分時間がたってからのことであった。
18 :
はー疲れた:2001/04/03(火) 15:31
幸恵おばさんとは命を助けられたとき知り合ったのだが
母親を失った僕にとってはやさしく僕を理解してくれる
幸恵おばさんは唯一のよき相談相手であり、
僕の母親のイメージと重なるのが手伝っておばさんの前
では笑顔でいることを忘れることが無かった。
健君との会話や父親への愚痴、成績の良し悪しなど
ちょっとした悩みは何一つ隠さずおばさんには打ち
明けることが出来た。
そんな回想を頭にめぐらすうちにおばさんの家の門前に
立っていることに気づいた僕は虚脱感が勢いよくみなぎる右手を
「呼び出しブザー」に近づけた。しかし、長年人の感情を荒立てない
ことに全精力を注いできた僕に対し夜真っ只中である現在の時間的な
遠慮が、「呼び出しブザー」を押す指を萎えさせた。
時刻は1時を過ぎていた。
19 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/04(水) 00:48
こんな時間に人の家に何の遠慮も無く踏み込むような猛々しさを
持ち合わせていない僕はこの時頭をよぎった「迷惑」という二文字に
対して激しい共感を抱いた。
しかしその共感は自分の精神の甚だしいほどの虚弱で、「やさしさ」
という逃げ口上を覆い隠し自分の中に存在する自己という実態に対し
虚栄する虚弱な自分の存在を、殺そうとする行為そのものであった。
その時に生まれる殺意はあの時猫を殺すそれと、さほど違いは
無かった。
ここで健君の言葉がふと思い出された。
「この世界にいる限り僕たちは弱者とされ
淘汰されてはならず、強者として生き続けなければならない。」
非生産的で脆弱な存在価値を有さない生き物について
激しい嫌悪感を持つようになっていた僕は、生態系における
非生産的弱者である猫への制裁と自己の精神内においての
口実的な自己への制裁を行うことを良しとした。
そんな僕が容易に健の言葉に同意できるようになったとしても
それが自明の事柄であることは容易に理解できることだろう。
20 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/04(水) 01:50
そんな折、
長かったこの日の疲れを十分に含んだ身体で
家路に着こうと歩きだした僕の視界に
仲むつまじく腕を組んで歩く二人の男女が見えた。
女の発する声に多少聞き覚えがあったので
女が電灯の下をとおり顔を照らされるのを待ち女の顔を凝視することにした。
しかしその選択は間違っていた。
女の顔を見た刹那僕は言葉を失い呼吸がままならなくなった。
恐ろしいことにその女こそ3年前僕と父を捨てたきり
帰ってくることの無かった僕の母親であった。
やっと出会えた母親はつらく険しい人生を必死で生きんとしている
自分の息子を露知らず家で廃人と化した父親を忘れ
男にうつつを抜かしていたのだ。
しかし彼女は母親といっても女である以上、長年一人身でいることが
どんなにつらいかということを考えると真夜中に男と
遊んでいる母親に対する怒りは自然に収まった。
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/04(水) 01:51
しかし恐怖はなおも続いた。
その女がつれている愛人らしき男は僕の親友、
・・・健であったのだ。
22 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/08(日) 14:06
幸恵おばさんとは命を助けられたとき知り合ったのだが
母親を失った僕にとってはやさしく僕を理解してくれる
幸恵おばさんは唯一のよき相談相手であり、
僕の母親のイメージと重なるのが手伝っておばさんの前
では笑顔でいることを忘れることが無かった。
健君との会話や父親への愚痴、成績の良し悪しなど
ちょっとした悩みは何一つ隠さずおばさんには打ち
明けることが出来た。
そんな回想を頭にめぐらすうちにおばさんの家の門前に
立っていることに気づいた僕は虚脱感が勢いよくみなぎる右手を
「呼び出しブザー」に近づけた。しかし、長年人の感情を荒立てない
ことに全精力を注いできた僕に対し夜真っ只中である現在の時間的な
遠慮が、「呼び出しブザー」を押す指を萎えさせた。
時刻は1時を過ぎていた。
23 :
すぱるたんx:
ああ、やっぱりやめよう。そして僕は薄暗い夜道を、しずしずと歩いていった。