「爪切ったんですか?」「ああーまあね」「どうしてですか?先輩の爪きれいだったのに」そういえば加奈子は私の指の事をよく誉めていた。私が爪を切った
事を若干腹立たしそうに咎める加奈子にあまり言いたくない理由を説明しようと重い口を開いた。「へへ、この時期になるとね、どうしても食べたくなるの」
少しもったいぶった言い方をすると加奈子は苛立ちをあらわにしながら聞いてきた。「何をですか?」「つくし」「はあ?どういうことですか、なんの関係が?」
ふて腐れたような口調で問い詰める加奈子に私は焦って言い訳をするように訳を話した。「あ、あのね、つくしってね、ハカマっていう食べられない部分があるのよ
それを毟ってたら指や爪が茶色く汚れるの、それがまた洗剤じゃ落ちなくて、クレンジングでもダメなのよ、ほら」私は親指と人差指と中指を立てて加奈子に見せた。
薄まってはきてはいるが指先が茶色いヤニのような色になっているのが見えているはずだ。黒目を寄せてそれを見ていた加奈子が、理由はわかったが釈然としないと
いった風に聞いてくる。「ふぅーん、つくしって美味しいんですか?」「どうかな、つくし自体が美味しいと言うのは違う気がするな」「そんなになってまで食べて
るのに?」「うーんなんてんだろ、一年中あるならあえては食べないかもね、強いて言うなら季節を食べている?」加奈子がしかめっ面で口を尖らせて考え込んでいる。
「シャレた表現してますけど土手なんかで屈み込んで取ってるんですよね」「そうね」「そんなの先輩に似合わないです」この子は一体私に何を求めているのだろう
か。前々から思っていたが私を過大評価しすぎではないのだろうか。私は普通の地方都市で生まれて小学生の頃は野山を駆け回ったり川で泳いだりしていた。季節に
なれば自然と目に入るつくしを取るのは常識だった。「でもわかりました、つくし取りに行きましょう」「はあ?」「私も確かめないと気がすみませんその季節とや
らを」それなら一人で行って欲しい。私はもう季節を楽しんだからせっかく薄まってきた指の汚れを更新するつもりはない。「明日の10時に市役所の河川敷駐車場集合
です、いいですね」「はい…」加奈子の迫力に思わず同意してしまった。しかしまあいいか、季節の感じ方クラブに門下生ができたと思えばもう一度ぐらい汚れてみる
のも悪くないかもしれない。