ワイが文章をちょっと詳しく評価する![37]

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942ワイ杯参加
 またか。呆れるを通り越して感心する。社名や部署まできっちり登録する父の携帯アドレスに出現する謎の「会社」。大人しかった幼少期の自分とそっくりと言われる母も勘付いてはいるのかよそよそしいが、相変わらず追求はしない。
 振動する携帯電話を拾ってこっそり脱衣所から出ると迷わず通話ボタンを押した。聞こえるのは明らかにビジネスよりも湿った関係を思わせる女性の絡みつくような声。ビンゴ。

「で、なんなわけ?」妙齢の女性は頬に切れ込みを入れたような笑みとともにこちらを見据える。視線を逃がすようにボクはウエイトレスが置いていったパフェにスプーンを突き刺した。早まったかな。
 しかし、こういったパターンは初めてなので興味があったのも事実。情報は集めておきたい。
「……ボクの父とはどんな御関係でしょうか?」
「わかってんでしょ」はんっ、というため息とともに、髪をいじりながら女性は続けた。「あんたを見てたら色々と頷けるわね。あの人の行動も」
「どういうことですか?」
「あんた、以前に写真で見たことあんのよね」今と見た目の印象はまるで違ったけど、と続け、
「当時ちょっかい出されてた新人の子がそっくりでさ。その時は歪んだ親馬鹿かなと思ってたんだけど」
 相槌を打つようにパフェを口に含む。今にも吐きそうだが、こんなものを注文するのはこれで最後だとできるだけ美味しそうにスプーンを進める。
「あんたのお父さんね、毎回違った個性の子に手を出すから有名だったの」今みたいな年度前期での異動のタイミングでね、と付け加える。
 ウエーブを伸ばすように髪に指を入れる仕草。そうした間の取り方をボクは観察する。
「あたしの前はさ、いわゆるボクっ娘ってヤツ? やたら甘いものが好きな子だったんだけど」いじっていた髪の束を振り払いながら、
「娘は外見の趣味がどんどん変わるから大変だって昔からあの人ボヤいてたわよ」最近はそれもいわなくなったけど、と。
 女性は伝票を指に挟んで席を立った。別れてもいいけどね、あの人もいい加減勘付いてるんじゃない? と言い残して。

 やることは変わらない。父を振り向かせるのは母の個性ではないと気付いた時から。目を閉じてしばらく反芻してからあたしは席を立つ。
 切れ込みを入れるように頬を深く上げ、髪の毛先を指でいじる。パーマを入れるのはもう少し伸びてからでいいかな。