ワイが文章をちょっと詳しく評価する![37]

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936第二十八回ワイスレ杯参加作品
春と云えば、花見である、花見と云えば酔っ払いである。
俺の友人はおそらく工事現場で生まれたのだろう、凄まじい音痴ぶりを大音量で周囲にひけらかしている。
これでは折角の桜雨が町内会の紙吹雪だ、ここはお前の舞台じゃない。
とりあえず、さっさとご退場願おう、俺は友人に静かにしろと宥めるように言った。
しかし、彼は歌うのを止めない、それどころか、同僚を誘い始めた。
すると、彼の放つ楽しげな雰囲気に騙されたのか、次々と参加者が増えてきた。
この参加者たちは、将来、ちょっと良さ気な女の結婚詐欺にでもかかってしまいそうで、とにかく不安だ。
けれども、ひょっとして、騙されていると云うのは単なる俺の主観であって、思い切って参加してみたら意外と楽しかったりするのではないだろうか。
それこそ悟浄出世みたいな感じで、いいや、あれとは少し違うか、しかし、傍から見ている人間と当事者の感覚が違うように、この場合もそうだったりしないだろうか。
俺は息を呑んで「よぅし」と覚悟を決めると、工事現場の作業員となった。
それからはただひたすら楽しかった。酒を飲んでは空まで届くような大声で歌い、そして踊り狂った。
日が暮れてもそれは続いた。花篝が夜桜を燃えるように照らし、小川に零れた花びらが月の光と共に宴会を彩った。
今までの俺は、きっと、いつの間にか、ストレスのせいで人生を素直に楽しめなくなっていたのだろう。
でも、今年からはそんな毎日とさよならだ、明日からは小学生の頃の林間学校のように、どこかに純粋な心を持ったまま、明るい日々を過ごせるに違いない――
そのとき友人が俺の頬を叩いて、目が覚めた。どうやら俺は途中から夢の中だったらしい。
すると友人が言った。「毎日がリンカーンってどういうことだ?」
俺は答えた。「ストレスからの偉大なる解放者ってところかな」
友人は「なんだそれ」と言って笑っていた。我ながら良い友人を持ったものだ。