人生最悪の日だと、葉山は思った。
年度末に起った障害は長引き、会社に何日いるかもわからない。新婚だが帰れず、妻との電話は喧嘩ばかり。今朝には"実家に帰る"とメールが届いた。
挙句の果てに――
「……どういうことですか」
「何ど言わせる気かね。クビだよ、クビ。私物は後で郵送するから、午前中に出て行きなさい」
――社長に呼び出されたと思えば、これである。
小さなシステム会社で、景気回復とは無縁な苦しい会社だった。それでも、質実剛健な人の良い社長に惚れ込み、ここに骨を埋めようと思っていた。
デスクを挟んだ向かい側で、社長がちらりと腕時計を見た。彼はデスクを指先で叩き、葉山と目が合うと椅子を回して背を向けた。
「障害は、君が原因らしいじゃないか」
「私は――」
「出て行きたまえ」
目を合わせて話すが信条の社長が背を向けて言ったことに、葉山は強い拒絶を感じた。
結局、葉山は一礼して部屋を出た。調度品が最低限しかない社長室に、お前は不要品だと言われた気がしたのだ。
鞄だけ持ち会社を出る。睡眠不足で千鳥足になりながら、駅へ向かう。改札を抜け電車に乗った。妻へ出したメールの返信はない。
もう終わりだ。今日はゆっくり寝て、明日死のう。
アパートに帰ってきた葉山が鍵を回して扉を開くと、靴のない玄関が夕焼け色に染まった。廊下を歩き、リビングの扉を開いて明かりのスイッチを押す。真っ暗な部屋に音を立てて光りが灯った。
「おかえりなさい。あなた」
予想外の出迎だった。気づけば妻を抱きしめていた。
「ごめん、……ごめんよ」
「……私こそごめんなさい」
「全部、俺が悪かった。――実は大切な話があるんだ」
「待って、私も話すことがあるの。あのね、社長さんの話は全部嘘なの」
葉山が目をしばたたかせる。
「今日は何月何日だと思う?」
家を出た日を思い出し、日数を指折り数える。
「……四月一日」
「社長さんと話してね。あなたが帰ってこないと言ったら、私も返したいが葉山が帰ってくれないって。それで、社長さんがこの話を……。私はやりすぎだと思ったけど、葉山はパパになるから自覚を持たせなきゃダメだって」
「パパ? ……それも嘘かい?」
「もう午後よ」
頬を染めた彼女のお腹を、葉山は優しく撫でた。