ワイが文章をちょっと詳しく評価する![37]

このエントリーをはてなブックマークに追加
906ワイスレ杯参加作品
「あ、いた」加奈子が砂を掘って水溜りになっている所からアサリをつまみあげてコロンとバケツに放り込んだ。俺も無言で
見つけたアサリを拾い上げてコロンと放り込む。あちこち動き回って掘っている日和は時々帰ってきてカニやヤドカリ等
余計な物を入れてまた走っていく。「今年もお前と貝堀りってどういうことですか」「それ私の台詞、あ、いた」加奈子とは
5年前に別れた。アウトドア派の俺に対してあまり外に出たがらない性格だったが、その加奈子がどういうわけか潮干狩り
だけは嫌がらなかった。俺達は別れる時こそ荒れたものの、その後は子供を通じて普通に付き合っていて、家に上がりこんで飯を
食べたりもする。むしろ喧嘩もしなくなったし3人で遊んでいる姿は他人から見れば普通に円満夫婦だと思う。土曜日は忙しいと
彼女に嘘までついて貝を掘ってる俺も何がしたいのかよくわからない。普段から頻繁に会っている娘に会いたいからというのも
理由として弱すぎる。もちろん加奈子に会いたいわけでもない。しかし3人でいると心安らかなのも否定できない。加奈子は
俺を知り尽くしているし、俺も加奈子を知り尽くしている。阿吽の呼吸で行動できるし相手の嫌がる事もしない。
 しかしたった一つわからないのは何故出不精の加奈子が潮干狩りだけは嫌がらないのかだ。「なあ、お前なんで潮干狩り好きなの」
 下を向いて黙々と貝を掘っていた加奈子がチラリとこちらを見てすぐに視線を戻した。「去年もそれ聞いたわよ」「お前答えなかった
じゃないか、アサリがことさら好きなわけではないだろう」「来年おしえたげる」「おいおい、来年も予約済みかよ、まあ確かに
毎年来てるけどな」加奈子は曲げていた背中を伸ばして膝に両腕を置き、熊手を両手で包むように持った。「おしえたげよっか」
「お、おう」「砂の中で固く殻に閉じこもってる貝をほじくり出すのが楽しいの」そういうとにやりと笑って作業を再開した。自分
は引きこもりなのにそんな事で喜ぶなんて。何か一瞬そら恐ろしいものを見たような気がするが、よくよく考えれば俺も潮干狩りで
釣ってこの引きこもり女をほじくり出しているのだからあまり変わらないか。とにかく俺は来年もこの女を家からほじくり出すだろう。