中学校の桜の木が切り倒される。
そう知ったのは、確か三月の末頃だったと思う。桜の木がなくなってしまう前に、花見を兼ねて同窓会を開く、是非参加して下さいという内容の封筒を受け取ったのだった。
私は同窓会に参加しなかった。封筒の送り主に、中学生の頃私を「幽霊みたーい」と評した桂木綾子に、返事すら出さなかった。当然だ。私にとっても、きっとかつてのクラスメイト達にとっても。
ただ、桜は見に行った。同窓会から一週間も後にもなって、中学校を訪れたのだ。
五年の時を超えても、桜は少しも変わっていなかった。五年前、私がその枝に縄を巻きつけて、その縄を首にかけた時と同じように鷹揚に、ただ咲いている。結局、その縄は何も吊ることはなかったのだけれども。
「お姉さん、新しい先生ですか」
ふいに声をかけられて、私はびくりと振り返った。肩までの髪、暗い瞳、誰かによく似た女の子が、すぐ後ろに立っている。嫌だな、と思った。春休みの校舎には、生徒はいないと思っていたのに。
「先生じゃないの。私、ここの卒業生で、桜を見ようと思って」
静かに答えた私に、少女はふうんと頷いた。そして、「一人でですか」と問う。今度は私が頷いた。「ええ、ひとりで」
少女は黙って私を見つめた後に、その薄い唇を開いた。
「私、自殺しに来たんです」
唐突な告白だった。桜を見上げて、続ける。「私のこと馬鹿にするやつらが、一生忘れられないやり方で死ぬの。あいつらは私を殴ったから、私もあいつらを殴るのよ。あいつらと違うやり方で」
力強く告げてから、分厚い封筒を取り出して見せた。遺書、と綴ってある。見覚えがある字。
私が黙ってその封筒を見つめていると、少女は、急に怯んだようになって首を振った。早口で喋り出す。
「やだ...誰にも言わないで下さい。それで忘れて下さい。お姉さん私と似てる気がして、それでなんか、つい...忘れて下さい...お願い」
私はそれには答えずに、告げた。
「あなたは死ねないよ」
「ーーどういうことですか」
涙目の少女は私を仰いだ。絶望している。自分に、世界に、彼女を殺した教室に。
「どういうことなんだろうね」私は笑う。
「だって、本物の幽霊にはなりたくないでしょう」
少女の手から遺書が落ちた。その瞳から零れた雫は、春の風に攫われて消えた。