ボトっちゅうなんやごっつ嫌な音が響いたと思ったら腕がもげよった。目の前のおっさんが呆然と落ちた腕を眺めよる。おいおい勘弁してやホンマ、今日何回目やねん。
「すみません、お客様」レジからさっちゃんが慌てて飛んでくる。「どないなっとんねんこれ、わし触れただけやで」おっさんが手のひらひっくり返してさっちゃんを詰る。
人の腕もいどいて逆ギレて、どないなっとんねん言いたいのはこっちやおっさん! はよ腕戻さんかいボケナス!
「どうも申し訳ありません、私が片付けておきますので」さっちゃんが深々と腰を折る。あかんでさっちゃん、そんな甘やかすからこいつらは自分たちが神様かなんかやと勘違いするんや。人の腕もいだら謝らせなあかんのや!
ふんぞり返って歩いていくおっさんの姿が見えなくなると、さっちゃんはそっとかがんで腕を拾い上げた。それから眉をひそめて腕の継ぎ目を上や下から眺める。
「まったく……君、最近すぐ取れるんだから。あとで接着剤でくっつけた方がいいかしら」なんやて! そんなことしたら腕曲げられへんやんか! わしの唯一の可動部分やっちゅうのに!
人の抗議も聞かんと、さっちゃんはとりあえずの処置としてセロハンテープでわしの腕を固定してマフラーと背広のしわをピシッと伸ばしてレジに戻っていった。
「…………」
やがて店内に蛍の光が流れ始めたかと思うと、みんなぎょうさん服抱えてレジに向かうかその前を手ぶらで素通りするかして帰っていく。さっちゃんも忙しく勘定したり服を包んだりしている。
しばらくすると店の前のシャッターが閉じられ、清掃やら売れ残りの整理やらが終わってパチッと電気が消えてあたりはシンと静まり返った。
「……キンさん、今日もえらいな目にあってましたね」
ぎぎぎ、と音がして隣から後輩のマネが話しかけてくる。こいつは最新型で首も回るのだ。
「はん! あのクソジジイ、今度人の腕もぎよったら慰謝料と保険金がっぽりふんだくったるわ」
「それなんですけどね、ボクさっき店長とさちえさんが話してるの聞いちゃったんですよ。『あのマネキン明日までに新しいのと交換しとけ』って言うてはりました」
「…………」
「…………」
「……マジで?」
「はい」
「…………」
「…………」
「あのなマネ」
「はい」
「腕交換してくれへん?」
「いやです」