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第二十八回ワイスレ杯参加作品:
「ほら、るっちゃん。お舟を流して」
そう、お祖母ちゃんに促されたるっちゃんが、
「うん。わかった」
私達を乗せたお舟を川面にうかべる。
「じゃあね。バイバーイ!」
可愛らしい顔をクシャクシャにしながら船出する私達に手を振ってくるあの子に、
「バイバーイ! バイバーイ!」
私もお舟の上から精一杯にあの子に手を振り返した。
「あーあ……」
離れて行く彼女の顔を眺めて、私は溜息をつく。やっぱり寂しい。ずっとあの子と居たかったのに。どうしてお舟なんかに乗らなければいけないのだろう。
「仕方ないよ、ひなちゃん。これが僕達の仕事なんだ」
お箸の櫂で舟を漕ぎ出しながら、見透かしたように彼が私にそう言った。
「仕事って、どういうことですかぁ?」
口をとがらせそう訊く私に、
「あいつらさ。『彼ら』を『海』まで連れて行く、道案内が要るだろう?」
彼が答えて指差す先を私が向くと、あ。
「まってくれー!」
遠ざかっていく岸辺のるっちゃんから、ポロポロ『何か』が零れだす。
虫歯。おたふく風邪。水ぼうそう……。あの子の体から祓われた幾つもの『厭なもの』達が、川に飛び込んで私達のお舟を追いかけてくるのだ。
「えー! あいつらのためにー?」
私はビミョーな気持ちになってきた。そうこうしているうちに、ごおごおごお。川面が乱れて、
「オオオオオオン……」
「俺達モ、連レテイッテクレー」
うそ! 私は目を瞠る。いつのまにか、川底から、土の中から、虫歯やおたふく風邪よりも、ずっと苦しくて、悲しいモノ達が溢れかえってきたのだ。
「流された……ヒト!?」
私は怖くなってきた。モノたちが、ドロドロとした真っ黒の流れになって、川を覆って、お舟を追いかけて来る!
「ねえ! なんだか沢山ついてきますぅ!」
不安に駆られて彼を向く私に、
「なに、丁度いいさ。彼らも一緒に連れて行ってあげよう!」
彼が笑顔でそう答えた。
次の瞬間、水面が光って、河口が開けて、
ぱああああん……眩い光で満たされた、真っ白な『海』が、私達の目の前に広がっていく。