先輩は不思議な人だった。例えるなら星の砂の小瓶という感じ。
星が好きな人っていうのはきっと、私達が成長していくにつれぽろぽろと零している夢だとか純粋さをしっかりと胸に抱え込んで、その代わりに俗っぽさみたいなものがぽろぽろ零れ落ちてるんだと思う。
卒業式の日に私は先輩を部室に呼び出した。私達ははただの先輩後輩の関係で、先輩が卒業してしまえば会うこともないだろう。これが最後のチャンスだった。
「天文部、廃部になるんだってね。残念だ」
「仕方ないですよ。部員は私だけですし。先輩みたいな情熱は持ってませんし」
それに先輩がいない部なんて意味がないし。
「天体観測もほとんど出来なかったなあ、見せてあげたいものがいろいろあったんだけど」
夜の活動には学校からの許可が必要なのだけれど、たった二人しか部員がいない部のために許可が降りることなんてなくて、日の落ちるのが早い冬場以外は部室でお喋りしているだけという状態だった。
でも、私にとっては実際に見る星々よりも先輩の口から語られる星々の方がずっと、何倍も魅力的だったんだ。だけどそれも、いま手を伸ばさなければ届かない場所に行ってしまう。私は意を決して口を開いた。
「私、先輩がす、すき……な天体ってなんでしたっけ?」
頭の中で思わずずっこけてしまう。この期に及んで怖気づいてしまうなんて情けない。
「僕が好きなのは土星かな。生まれ変わったら土星の環になりたいんだ」
「土星の環って」
思い浮かべてみたけれど、とても生まれ変わりの対象になるようなものには思えない。
「どういうことですか」
「土星の環って、氷の粒で出来てるでしょ。僕はそれになりたい。みんなで宇宙にぷかぷか漂ってるだけでつるんだりはしないんだ。たまにお気に入りの粒を見つけてサインを送ったりはするかもしれないけれど。そういうのって慎ましくて素敵だなと思う」
その言葉になんだか妙に納得してしまった。ああそうか、先輩は氷の粒だから目も耳もなくて私の送るサインに気づきやしないし、きっと触れれば溶けてしまうに違いない。
だけど土星の環もいつか遠い未来には土星に引きずり込まれたり、宇宙に霧散したりして消えてなくなってしまうだろう。
だから今夜から毎日空を見つめよう。そして流れ星を見つけたら祈ってあげるんだ。先輩が出来るだけ長く、ぷかぷか漂っていられますようにって。