「どういうことですか」
彼女が聞いてきた。その表情からは不機嫌そうな、納得がいかないといったような、そんなものを感じた。
「どういうこと、とはどういうことかな」
私は尋ねた。彼女が何を聞きたいのかはわかっていたのだが、あえてはぐらかした。答えたくなかったのではない。答えられなかったのでもない。はぐらかすことが、この場における正解だと思ったのだ。
「どうして……どうして、あの人の告白を断ったのですか」
彼女はそう言った。とても不機嫌そうに。
告白とは……昨日の出来事のことなのだろう。確かに私は、知人のある女性からの交際の申し出を断った。
私は彼女の不機嫌が理解できるような気がしたし、しかしやはり遥か理解の彼方にあるような気もした。
「そうするべきだと思ったからだ。私は常に自分に正直に行動している」
彼女に伝えたその言葉も本心からの言葉だった。それでも彼女は納得してくれないようだ。
「理解できません。あの人は本当に、心から貴方を思っていました。能力があり、器量が良く、何よりも心が澄んでいました。なぜ、駄目なのですか」
彼女が話すその根拠は、主観的ではあるが、客観的でもあった。なるほど確かに……この世を上手に生きる能力があるというのは素晴らしいことだ。器量良しは、あらゆる女性が望むものだろう。
そして何よりも……心から私を愛しているのはわかった。それを実感した時は、私だって嬉しく思い、その気持ちに全力で応えたくもなったものだ。
しかし、それだけでは駄目なのだ。きっとそのことを察していたから、あえてこの別れの季節に、想いを伝えてくれたのだろう。
「理由が聞きたいのか?」
また私は聞いた。彼女は不機嫌そうな顔をした。でも私は知っている。彼女は何か真剣に考え事をする時は、いつも不機嫌そうに見えるのだ。
「わかりません。でも、やっぱりおかしいと思っています」
彼女はそう言った。そんな彼女に対して、今、私が発そうとしている言葉。もしかしたらそれの方がよっぽどおかしいかもしれない。どうして今、誰もがそう思うかもしれないが、これが自分に正直な行動なのだ。
「……私は、君のことが好きだからだよ」
彼女はよりいっそう、不機嫌そうな顔をした。この春は、私にとってどんな春になるのだろうか。