「そ、そんな……どういうことですか部長!」
「リストラだよ。もうすぐ新入社員も入るし、君みたいな役立たずのベテランは必要無いんだ。もっとこう、若い力がね、うちには必要なんだよ」
先ほど会議室で上司から告げられた言葉は、河合にとって死刑宣告ともいえるものであった。
長年必死で勤めあげたこの会社とも、月末でお別れとなる。四十半ばの彼には、再就職さえ望み薄だった。
過去に無理して買った家のローンはまだ残っているし、解雇されたなどと妻に言えば、愛想を尽かされるだろう。娘を連れて出ていく姿が、容易に想像できる。
体中から力が抜けて、フラつきながら彼は屋上へ向かった。いつもならベンチに座り、昼食を摂る時間だが、今日に限ってはそんな気もおきない。
河合は真っ直ぐ屋上端の鉄柵に向かった。いっそのことこのまま飛び降りて、死んでやろうと思っていたのだ。
これまで会社に命を捧げてきたのだから、後片付けくらいはしてくれるだろう。いや、させてやればいいんだ。そんな考えを頭に巡らせながら、彼は柵に手をかける。
桜が咲くにはまだ早いが、一足先に散ってやろう。家族には悪いが、生命保険がおりればなんとかなるはずだ。
どうせ妻にも娘にも、私への愛などはすでに残っていない。私が死んでもあいつらが悲しむことはないだろう。もう人生をやり直すには時間が経ちすぎた。これで終わりにしよう――
「――あの、河合さん。お昼、食べないんですか?」
背後から声をかけられ、彼は振り返った。そこには事務員の田中香織がいた。
香織は心配そうな表情で、河合を見つめている。思えば入社以来、自分の事をいつも気遣ってくれたのは彼女くらいであった。これでお別れとなると、少々名残惜しさを感じる。
「香織ちゃん。私なんかにいつも気を使ってくれてありがとう。でももういいんだ。私は誰にも必要とされていない人間なんだ。だからもう放っておいてくれ」
河合はそう言って振り返ると、柵を乗り越えようとした。その時、背後から叫び声と共に抱き止められる。
「馬鹿なことしないでください。私は優しい河合さんが大好きです。死んじゃうくらいなら、あなたの人生を私にください」
涙声で告げられた彼女の告白を聞き、彼の瞳からも大粒の涙が溢れた。私はまだ、やり直せるのかな――そう訊ねた河井を強く抱き締めながら、香織は静かにうなずいた。