ロバートは日本語が上手だった。これなら案内は私でなくてもいいのではないかと思ったが、翻訳のお得意さんからのお願いだから仕方が
無い。しかし彼が行きたがる場所はコーヒーショップやショッピング等、観光としてはつまらない場所だった。彼が二つ買って一つを私にくれた
ゆるキャラのストラップを見て。何かバカバカしくなってきた。「どしましたぁ」「いえなんでもありませんよ」「お腹すきましたねぇやきとり
でもいきますかぁ」「いいですよ、好きなんですか」「とり年ですからねぇ」「え」私が驚くと彼も驚いたようだ。「ま、松本に教わたのでぇす」
「そ、そうなんですか」彼は店に入って迷わず座敷に上がると積み上げてあった座布団を渡して来た。そして出されたお絞りで手や顔を拭きながら言った。
「まずはぁビールねぇ、ケイコさんもおけ」「え、ええ、まあ」ビールを頼んでメニューを取ろうとした彼の携帯が鳴った。「ちょとしつれぃ」彼は店内用の
スリッパを履いて降りると背中を見せて話しはじめた。腰を低くしてお辞儀をしながら話している。戻って来たロバートさんに私は聞いた。「ロバートさん
聞いていいですか」「はいなんでしょぅ」「昭和何年生まれですか?」「56年でぇす…あっ、松本に教わりましたねぇ」私は懐疑的な目で引きつり笑いをする彼
を見た。なんとも言えない空気が流れる中、陽気な声が割って入って来た。「あれ、渡辺さんじゃないですか」私は声の主を見てからすかさずロバートを見た。
「ひ、人違いですねぇ」かなり激しく動揺している。「どうしたのこんな美人連れて」「ワタシ、アナタ、シリマセン」「はいはい、邪魔者は退散しますから
がんばって」そういうと男は手を振りながら去っていった。「どういうことですか」顔を伏せてしまった渡辺を私が睨んでいると彼が後ろっ飛びに土下座した。
「騙してすいません、いつも遠くから見てました、付合ってください」私は呆れて言った。「卑怯者は嫌いです」ガバっと顔を上げた彼の目がみるみる絶望に染まる。
「そんなぁ」その顔を見て私は急におかしくなりぷっと吹き出してしまった。騙されて菜の花ウォークの予定を潰されたのには腹が立ったが、ずっと片言の演技をしてた
のかと思うとバカバカしくて可愛く思え、許す事にした。「お友達からなら」渡辺の顔がぱっと明るくなった。とりあえず来週こいつにウォーキングに付き合わせるか。