ワイが文章をちょっと詳しく評価する![37]

このエントリーをはてなブックマークに追加
861第28回ワイスレ杯参加作品
 妻の叫び声が聞こえたような気がして目を覚ます。カーテンがない窓から差し込む日差しに目をくらませていると、無造作に積まれた段ボールをかき分けて妻が現れ、「出た。でかいのが」とだけ言ってまたどこかへ行ってしまった。
 小さな庭と縁側のある家がいい。そんな妻の希望をかなえるためにやっと見つけたこの一軒家に引っ越してきたのはもう一週間も前の話だ。
引っ越し当日は荷物を運ぶだけで二人とも力尽きてしまい、片づけは次の休みの日にやろうと話していたことを思い出して体を起こした。
家という商品に対象年齢があるならば、僕らはまだまだその歳ではない。それでも方々の反対を押し切って購入に踏み切ったのは、妻が真新し母子手帳をもらったからだった。
「ツバメでも何でも子どもが生まれるなら巣作りするのが親ってもんでしょうが」
 資金提供を頼みに行った妻の実家で、彼女は堂々と娘と初孫の権利を主張して両親を説き伏せたのだった。
とはいえ、そうやって彼女の両親が出してくれた資金や二人の貯金を合わせてもこの中古の家に残されたローンは三十五年。妻は赤ん坊が飛び出す直前まで働く決意をして、僕は新たな資格を取るべく睡眠時間を削っている。
ツバメでも何でも巣作りは楽ではないのだ。
 一階へ降りると、妻はどこかへ電話をかけていた。最悪台所の蛇口をどれだけひねってもちょろちょろとしか出ないのはいいです。でもシャワーっていうのは勢いがあってなんぼでしょう。
はい? いやいやいや。どういうことですか? 不良品を売りつけておいて修理やらはこっちがやれということですか?
縁側に座る。雑草が伸びっぱなしの庭を黄色い2匹のチョウが飛び交っている。縁側にさんさんと降り注ぐ春の陽に大きなあくびが出た。
「本当、腹が立つ」
言いながら横に座る妻をまあまあと諭してそのまま寝転ぶ。
「ちょっと寝ないでよ。今日こそ片づけるんだから」
「あの本、どこやったかな。ガーデニングの」
「どっかの段ボール」
 あくびをしながらそう返事をした妻も寝ころんでしまった。見上げた軒先にあずき色の雨どいが見える。
「あそこツバメ来ないかな」
 返事の代わりに妻の静かな寝息が聞こえる。さらさらと温かい風に撫でられて目を閉じるころには、巣作りは来週でもいいや、そう決めていた。