春先の青空の下、普段通り桜並木を通り抜けた青年のたかしは、コンクリート造りの校舎へ向かった。今日は朝から著名な有名講師が課題を出すらしい。
廊下を歩き、彼は教室に入ると窓際の席に座った。時間が経つにつれ、様々な生徒達が席を埋め尽くす。程無くして、中年の講師が現れた。
今をときめくベストセラー作家のY氏だ。代表作である「2ちゃんねる殺人事件」が、今度ドラマ化されるらしい。幼い頃から作家を目指しているたかしにとっては、羨ましいかぎりであった。
彼は教壇に立つY氏に熱い視線を送る。Y氏は軽い挨拶を終えると、課題を発表した。
「第二十八回Y杯のルール! 名無しの提出を必須とする! (何故ならえこひいき防止のため!) 設定を活かした内容で千字程度に収める! 一人による複数応募も可!」
どうやら今日も恒例であるY氏の小説大会らしい。
「それでは今回の設定を発表する! 季節は春に限定! 文中に会話文として「どういうことですか」の一文を必ず使用すること! それ以外の設定は自由とする!」
「主人公の年齢や性別! 舞台は学校なのか! 会社の一場面なのか! 内容は出会い、それとも別れなのか! 全ては作者の発想と手腕に委ねられている!」
いつもと違い曖昧な課題のせいか、生徒達はざわめいた。たかしはそれを横目に、ペンを走らせる。ノートに設定を書き終えたところで、再びY氏が口を開いた。
「応募期間! 今から授業終了のチャイムが鳴るまで! 上位の発表は応募数に合わせて考える! 来週の講義で全作の寸評を公開! 同日順位の発表を行う! 何か質問はあるかね?」
たかしは周りを見渡したあと、おそるおそる手を上げた。彼はY氏に指差され立ち上がると、震える声で疑問をぶつける。
「あ、あの、今回はいつもと違って、曖昧なお題なのは、どういうことですか?」
先程とは違い、静まり返った教室内で、たかしはY氏と対峙する。氏の眉間には、深い皺が刻まれていた。その険しい表情を目の当たりにした彼の身体が、小刻みに震える。
「……うむ。いい質問だ。まあ、あれだ。ようするにネタ切れだよ。なんせ二十八回目だからね。たまには楽させてくれよ。ガハハ」
ブーイング混じりで騒ぐ生徒達に反して、たかしは微笑みを浮かべた。有名作家でもネタが尽きる。そんな事実に、安堵したのかも知れない。