ワイが文章をちょっと詳しく評価する![32]

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965第二十五回ワイスレ杯参加作品
交差点を渡ろうとした時。
突然、巨大な鉄塊に力任せに殴られる衝撃を受けた。
男の体は宙を踊り、地面に叩きつけられた。辺りに悲鳴が響く。誰もがこの男は死んだと思った。事実、男は死んだ。
けれど、男は立ちあがった。
男は周囲の様子を窺う。目撃者がこちらを見つめている気がした。しかし、立ち上がった男を見ていない。彼らは男の足元にある無残な屍となった男を見ていたのだ。

雪が降っていた。男は川沿いの道を歩く。黒々とした川に男は抗いようのない運命を感じる。けれど、生きたい。死にたくないのだ。
男には同棲している女がいた。ワケありの女だ。家出をしたと聞いていたが、しばらくしてそれは嘘だと分かった。けれど、そんなことはどうでもよかった。世間から相手にされず、低い場所で生きている自分を頼ってくる女が愛おしかった。
この女が心変わりしない限り、この女は俺に支配されるしかないのだという歪んだ愛情を感じた。
しかし、ある時、女が言った。私、一人で生きていこうかな。
男の心に衝撃が走った。こいつも俺を相手にしないと男は怒りを感じた。だから、体の赴くまま、罵倒し、殴りつけ、犯した。女は声を殺して泣いた。
女はその日、姿を消した。男は女の行き場を知っていた。川沿いの先にある橋の下の段ボールハウスだ。女はそこで野宿生活をしている。
雪が吹きすさぶ。男は自分の体が徐々に軽くなっているのを感じていた。体が虫に食われていくかのように、ぽつぽつと無くなっていくのだ。その破片は天に昇っていく。
馬鹿馬鹿しい、俺は天に召されるのか、男は毒づいた。俺は何もしていない。いいことも、悪いことも――なのに、善人扱いか。
段ボールハウスの前に立ち、扉から女の様子を窺った。薄汚れた服を着た女が寝そべり、こちらをじっと見ている。だが、男を認識していない。男の体はますます軽くなっていく。もはや、足も腕も腹も、消えてしまった。
それでも、男は生きたいと願った。この女と――生きたいと願った。
けれど、それは叶わないと男はもはや分かっていた。胸が天の虫に食われ、消えていく。
女に会えて、幸福だった。車に轢かれた時に、せめて女の顔をもう一度見たいと男は思った。その願いを叶えてくれたのだから、天もそう悪い奴じゃない。男が満足げに微笑むと同時に、その顔はすっと消えてなくなった。橋の下には雪が舞い込むばかりとなった。