いつものクラブで音楽に揺れていると真夜中過ぎに大きなアナコンダが天井からのそりと下がってきた。
「あなたのかたぐちは噛むのにちょうど良さそうだからそうさせてもうらうわ」
アナコンダはプラスチックのような目でそう言った。
「心配しないで。痛くないはずよ。私は牙も歯もなくしてしまったから」
サイズを確かめるように長い舌をチロチロと這わせるとアナコンダは僕の目の前で大きく口を開いた。
ピンクの粘膜がヌルヌルと光っている。
そして思ったよりも素早い動作でアナコンダは僕のかたぐちに噛みついた。
みぎひだりに頭を振りながらアナコンダは僕のかたぐちを口の中に収めていく。
噛みつくと同時にアナコンダはスルスルと長い胴を巻き付けて僕の身体を締め上げた。
「ごめんなさい。私は噛みつくと身体が勝手に巻き付くようにできてるの」
アナコンダは僕のかたぐちに噛みついたまま恥ずかしそうに囁いた。
「生き物ってみんなそんな風に自動機械みたいに動いているのよ、きっと」
「おまえは考えるアナコンダなんだな」僕は感心してそう言った。
ある作家の短編小説集に掲げられた献辞について僕はアナコンダと話してみたくなった。
「なあ、おまえは片手で拍手をするとどんな音がすると思う」
「あなたはヘビに手のことを聞くのね。鳴っているのはあなたの片手ではなくてあなた自身よ。
つまりあなたの心がありもしない音を勝手に作りだしているだけ」
「心ってなんだい?」
「脳よ。そんなこともわからないの」
「あっさりしてるんだな」
「さあ、おしゃべりはもういいでしょ。もう、飲み込ませてちょうだい」
「なんでおまえは頭から僕を飲み込まないんだ?」
「だってそんなことをしたら私に飲み込まれるときのあなたの顔が見られなくなるでしょ」
アナコンダの中は暖かくやわらかい。程よく締め付けられながら、僕は奥へ奥へと飲み込まれていく。
「ねえ、起きてくれない?」
僕が吐き気を押さえながら目を開けると形のいい乳房が目の前で揺れていた。
「ごめんね。今朝は早くに会議があるからゆっくりできないの。もう始発は走ってるわ。帰れるでしょ」
女はヘビ皮のバックからスマホを出すと僕の写真を撮ってから「メアド教えて」と言った。
「きれいなバッグだね」と僕。
「そう、アナコンダよ」と女。