「カラオケ行くっしょ」「男子だけ?」「女子も行こうよ」「えー」
はしゃいだ声を出しているが、どこか無理がある。
俺は席を立つ。
のぼせたようになっている女子達は、近くで見ると妙になまめかしい。薄化粧しているのか? 柿崎はどうだろう。
廊下に出る。窓が開け放たれていて、少し冷たい風が吹き抜けている。三階の高さまで育った白木蓮が揺れている。
「おっ? 来たんだな石井」
隣の教室から出てきた、今日もおどけた調子の前田とハイタッチ。そのまますれ違う。こんなやつもいたな。
生徒数人に囲まれていた担任が、俺を見つけて歩み寄ってきた。
「補習の事は、もういいぞ」言って生暖かい手で俺の肩を叩いた。
そんな事はわかっていたが、俺は感じ入ったように「はい」と返事をしておく。
廊下を進む。
制服の花が、そこかしこに咲いている。貰ってしまった卒業証書を手に手に持て余している。正確には今はもう皆コスプレだ。最も完璧で純粋な高校生のコスプレ。
女たちは泣いて決定的に終わらせようとする。冗談めかす男子たちの肌は強い大人の皮になりかけている。そのわざとらしさも、生々しさも、すべてが今、手の中の細長い聖杯に満ち溢れている。
階段の踊り場。嵌め殺しの高窓から伸びる斜線の日差しのなかで泣いている女子と、それを慰める女子も泣いている。網膜に結ばれてゆく像があまりにも絵になり過ぎている。瞬きもできない。次に目を開けたらアルバムの写真を見つめている俺がいるんじゃないかと怖ろしい。
玄関の下駄箱前。
「卒業だね、石井くん」
この瞬間だ。どう答えるのが正しく人生の主演でいられるのだろう。
上靴を鞄に入れる。「うん」
柿崎は微かに鼻をすすって教室の方へ歩み去った。
この三年間、暗い夜道を歩いていたつもりが、輝きに目が眩んでいただけなのかもしれない。
穴ぼこだらけの俺の高校時代をも「卒業」は柔らかく受け止めてくれた。残酷な程に。
一歩、一歩、校門へ近づく。
教室の方からドッと声が湧いて、風に吹き流された。
俺以上に不登校だった山根が、前庭で時計を呆然と見上げている。
まだその時じゃない部活の二年生達が道路を走ってゆく。
最後の一歩。
振り返ってしまった俺に、校舎の窓から一人手を振る柿崎は、もうあの幼馴染ではなかった。