わしの人生とは何だったのか。頓に考える。私生活を犠牲にヒーローとして歩んできた。ただ人々の笑顔を守るために戦ってきた。ヒーローを引退したのは六十過ぎ。
一般人に戻り、ふと省みたとき、自身の実りなき人生に愕然とした。貧しい年金、孤独な身。後悔ばかりだ。
そんなある日、事件が起こった。犯人は喧嘩で暴行をし、とっさに幼稚園に逃げ込んだ。近所の幼稚園だ。わしは迷わなかった。葉っぱを頭にのせて叫ぶ。
「ぽんぽこチャージ!」
久しぶりの変身。ぽんぽこエネルギーが体内を巡る。ドスン――! 信楽焼きの狸にも似た正義のヒーローぽんぽこまんだ。
「ぽんぽこまん参上!」
颯爽と乗りこみ名乗りをあげる。
「だ、誰だ!?」
包丁をむけて、怯えた表情の男が訊ねてくる。
「知らないのか?」
そう訊ねながら、わしは犯人の心理を見抜いていた。
「知るか!」
犯人が包丁を振りまわす。わしは歩み寄りながら言う。
「今なら罪が軽くなる。一緒に行こう」
「お、おれは……」
「解ってる。解ってる」
そう繰り返した瞬間、男の眼に理性の淡い光が灯った。
しかし――歳に勝てず、急に足を縺れさせた。それで男は再び狂乱に陥り、あろうことか、わしの胸に包丁を突き立てた。
刺した男が悲鳴をあげる。わしは無様に倒れた。
「ぽんぽこまん!」
園児がいっせいに駆け寄ってくる。まだ人気あるのか。
「死んじゃや……死ぬなら悪い奴の方だ」
「そうだ、死刑になればいいんだ!」
口々に言う子供たちの声を聞いて、わしは、いけない! と思った。悪人だから死んでもいい、そんな考え方は悲しすぎる。
「わ、わしは大丈夫」
犯人にも聞かせるつもりで言う。
「みんな、彼を許してくれ。彼は……怖かっただけなんじゃ。弱い心。それはみんなも持ってるはず。だから弱い人の気持ちのわかる、強い子に育ってほしい」
限界だ。視界が暗くなるのを感じる。言いたいことは伝わった?
「ぽんぽこまん!」
遠くなる耳に幼い声が届く。温もりのある声だった。この子たちなら、きっと大丈夫だと思った。優しさの種は必ず実ってくれる。
生涯我が子を持つことが叶わなかったわしが、こうして大勢の子供たちに見守られながら逝ける。なんだ、そんなに悪くない人生じゃないか。今、心からそう思えた。