12月28日正午、それは起こった。
「ねえ、ママ、卵は?」
冬休みに入ったばかりの梨香子がフライパンの中でご飯をかき混ぜる。
「ご飯が油でつやつやしたら、卵入れてちゃちゃっと混ぜてね。焦がしたらパパ、すぐ怒っちゃうから」
フライパンを振る娘を優しく見つめながら母親がサラダの上にトマトをのせた。
「ねえ梨香子、山野君とはどうなの? 昨日――」
「ちょ、なに急に山野って……ママ? どこ?」
顔を上げた梨香子の視界に母親の姿はなかった。梨香子が呼んでも返事はない。
「梨香子、土曜日くらい静かに――」
「え?」
梨香子は理解できなかった。彼女がまだ中学生だからではない。
確かにそこにいたはずの、父親の姿はそこに無く、服だけが床に落ちている。
「どうした」
男が梨香子の顔を覗いている。
「夢見てた。ほんとに切れたね電気、原発も頼りないね」
涙を袖で拭った梨香子の視線の先で、交差点の信号器の光が消えている。蛍光灯も暖房も切れたコンビニの中もやがて気温が下がるだろう。毛布にくるまっていた二人は立ち上がった。
人類消失。二人はそう呼んでいる。12月28日、人間が二人を残して消えた。人だけではない、動物も植物も消えていた。残っているのは空と水と土、そして人間の造り出した物。
「なんで私達だけ残ったのかな」
「さあな」
薄く積もった雪をザクザクと鳴らして二人が歩く。ほかに音は何もしない。
梨香子はポケットから手を出して並んで歩く男の右手をとった。冷たかった。
「人がいないと街って嘘くさいね。もし宇宙人とか来たらさ、どう思うかな。勝手にビルとか地面から生えてきたとか、あ、トランスフォーマーみたいな宇宙人なら道端の車を仲間だーとか言うかもだね」
ザクザクザク。
「でもさ、ホントはパパとかママとかもいて、ミカとかユーたんとか山野とか、もっともっとたくさんの人が住んでて、たぶんいっぱいの人が、がんばって作った街だったのに。私達だけしか知らないって、やだね」
「街を一人占めできる、そう思えばいい」
「バカみたい」
梨香子は足を止めて男の手を強く握った。手の震えが、体の震えが止まらない。
「そうだな」
男の握り返す手が少しだけ温かい、そんな気がした。
ザクザクザク。二人は静かに電気の残る街を目指して歩く。