「お姉ちゃん、ここ本当に日本なの? 道路が舗装されてないじゃん」金髪の女は手汗のついたスマホに向かって愚痴を言っているようだった。
スニーカーを履いてきたのは運がよかったが、それでも足取りは時折よろめいた。
細身の彼女が引いている大きめのキャリーバッグはとんだお荷物だ。車輪がついていてもそれは邪魔であった。だが主役はこっちなのだから捨てるわけにはいかない。
女はスマホを相手にぶつぶつとつぶやき、時折周囲の様子を怪訝に見回す。轍が続くので道は間違いではないと思われるが、そこは人家のない山道が続いている。
タクシーを使うつもりだったが、駅で行き先を告げると青白い肌の運転手がいやがった。
あそこには、いけない、と。
(まあ、無理もないけどね)
スマホが圏外になってしまったので、女は黙々と歩き続けた。
日が暮れる前に、女はその村に到着することができた。
彼女を見つけたらしい青年が、手を振って走り寄ってきた。
(なんだこいつ、テロリストかよ?)女は青年のなりを見て何かの犯罪映画かと思った。
銃こそ下げていないものの、彼は全身を分厚い衣服で包んでおり、その頭部も目と口しか開いてない真っ赤な頭巾で覆っているのだ。
それでも女が、覆面を青年だとわかったのは、遠くからでも濃い精液の臭いが漂ってきたからなのだが。
(たしかここ、ほとんど男しかいなかったんだっけ)
女の妄想をよそに、覆面の青年は握手を求めてきた。
「こんにちは、お待ちしてました。指山さんですね」
「あなたは、弟さんのほう?」
後で聞いたが、兄は死んだらしい。指導力のあった村長も、今は危篤状態だそうだ。
「本当に女性に一人で来させてしまってすいません。でも僕らは汚染されていて、村から出られない状況なので」
「わかってる」
集会所のような屋敷についた。
赤黒くただれた肌の人々が、金髪の指山を物珍しげに見つめている。
「指山さん、一刻も早くそれを使って下さい。でないとあなたも私たちみたいになりますよ」
「大丈夫よ。だって私、地球人じゃないんだもの」
指山は微笑むと、持ってきたキャリーバッグを慎重に開き、中にある放射能除去装置の点検をはじめた。