秋の深まった頃。私は鈍行の列車に乗り込み、過ぎていく景色に目を細めた。
木調の古びた車両内には地元の人間がおり、めいめい自分の時間を過ごしていた。
夏の終わりに私は大学卒業後に数年勤めた会社を辞めた。必死に働いていると思っていたが、今にしても思えば、ただの現実逃避であった。
大学時代に親しい女友達が交通トラブルに見舞われたことがある。彼女は因縁をつけてきた相手に罵詈雑言を浴び、ひどく殴られた。彼女は茫然としていた。
しばらくのち、何かに耐えきれなくなったのか、彼女は自殺した。相手の怒った顔が忘れられないと生前、周囲に話していた。そのことに原因があるのだろうと皆、言った。けれど、それは間違っていると私は知っていた。
彼女が最も衝撃を受けたのは、相手に罵られた事でも、殴打された事でも、その怒りをぶつける相手の顔でも無かっただろう。助手席で黙って怯える私に愕然としたのだろう。
恋人であると思っていた男が助手席でただ震えていたのだ。怒声と暴力の中、彼女はどれほど絶望しただろう。
彼女が自殺したあとに私が心配したことと言えば、本当のことがばれることだった。けれど、彼女は黙って死んだ。
ぶおおおおっと汽笛が響く。
私は前方の景色を見た。線路の横に続くアスファルト舗装されていない道に、なにかを引いたような恰好の女がこちらを向いて歩いている。
その女に違和感を覚えた。大学時代に自殺した彼女に似ているのだ。風に煽られる黒い髪、透き通った白い肌、華奢な体つき。
私の体を驚愕と悔恨が突き抜けた。しかし、どこかおかしい。そうだ。彼女の瞳が、えぐられたように真っ黒に塗りつぶされているのだ。
列車が驀進する。彼女がこちらを見上げる。私と目が合った。だが、彼女に眼はない。がらんどうの眼孔で私をまっすぐに射抜くのだ。列車は彼女に近づき、彼女の恨むような空洞の眼と私の目が、腕を伸ばせば届くかのような距離になり、――過ぎ去って行った。
がたんごとんと列車の揺れる振動がする。私ははっと我に返った。悪い夢を見たような気分だ。
ふと、彼女が引いているものを思いだした。あれはキャリーバッグ……? いや、違う。あれは……。
私の体中から血の気が引いた。がたがたと体が震えた。彼女は奪ったことを見せつけに来たのだ。あれは大学時代の、……私の首だ。そして、今の私は――