年中暑いマニラの路地裏に、色黒で精悍な顔つきをした男が佇んでいた。タンクトップにハーフパンツといういでたちで、首にかけたマリアのネックレスが光っている。
ウイリーという名のこの青年は、地元でも名の売れたナイフの使い手だった。幼くして両親をなくした彼は、死んだ父から譲り受けたナイフ一本を握りしめ、他人を襲って日銭を稼ぎ、今日まで生き抜いてきた。
彼はこの日も人気の少ない路地裏で、ひっそりと獲物が来るのを待っていた。
狭く荒れた路地の先から、キャリーバッグを引いた若い女が歩いてくるのに気付いた彼は、迷わず近づいていった。彼には女が日本人観光客だと、一目でわかったからだった。
「荷物重そうですね。観光ですか? ワタシ、案内しましょうか?」
流暢とは言えないが、はっきりとした日本語で、満面の笑顔でウイリーは女に話しかけた。
彼はこれまでの経験により、日本人観光客は、こちらが日本語を使った途端に、警戒心が薄れるのを知っていたからだ。
「日本語上手ですね。じゃあ、お願いしようかな」
白いワンピースの女は、ウイリーの思惑通り、話に乗ってきた。彼はいつものように、フレンドリーに会話を続けながら、女を人気のない廃墟に誘いこんでいく。
ノコノコ付いて来やがって、馬鹿な女だと言わんばかりに、ニヤリと笑ったウイリーは、ポケットに忍ばせたナイフに手をかけながら、女のほうにゆっくりと振り返った。
「こんな所に連れてきて、何をする気なの?」
流石に不審だと思ったのか、女から笑顔が消えた。彼はすかさずナイフを取り出し、金を寄越せと女に凄んだ。ウイリーはこの後泣き叫ぶ女を見ることが、いつもの楽しみだった。
だが女は、怖がる素振りも見せず、キャリーバッグに手を入れる。直後に取り出されたのは金ではなく、消音機付きの拳銃だった。
「やっと見つけた。姉さんのカタキ。あなたを殺してから、そのネックレスは、返して貰うわ」
意表をつかれ、うろたえたウイリーは、女の顔をまじまじと見た。何年か前に襲った女と、雰囲気が似ている。
そういえばこのネックレスは、その女から奪ったものだった。彼がそれに気付いた直後、女は引き金を弾いた。
鉛弾を受け、地面に崩れ落ちたウイリーの首から、マリアのネックレスを回収した女は、冷ややかな目つきで、とどめの弾丸を放った。