夜明け前に雨は降り飽きていた。
村祭りの会場へ続く坂道はぬかるんでいる。僕は軽トラで会場へ急いだ。昨日、秋空には珍しく雷鳴が轟き、
準備が滞った。「耕作、遅いぞ」村長の孫、達也が声を荒げてきた。「途中でちょっとあって」と僕。
その女性は旅行鞄を泥で汚しながら、坂で難儀をしていた。僕は車を寄せた。汗をぬぐう眉間に、ホクロがぽつり
と乗る。女性は若くなかった。むしろ老婆といっていい。だが、立ち姿は凛としていて、瑞々しく感じられた。
「秋川さんの屋敷は昔のままですか。って、尋ねてきたから途中まで送ったんだ」達也の反応を探る。「俺の家に?
ああ、招待客だな」達也が浅くあごを引く。「へえ。十二年に一度の退屈な祭りに、見物客か」僕はやぐらを見あげた。
前回の祭りがおぼろに浮かぶ。僕たちは小学生だったので、男衆が声をひそめる祭りのクライマックスを知らない。
祭りがはじまった。僕たちはやぐらの上で、祝詞を囃子にあわせた。女衆が踊る。村は圧倒的に女が多い。
女衆は入れかわり輪を成し、地味な踊りを延々と続けた。
月が遥かに隠れたとき。女衆が泥の染みた旅行鞄を引いてきた。場違いなサンバの曲が流れ、鞄が開かれる。
あらわれたのは、リオのカーニバルを彷彿とさせる若い踊り子。身の膨らみを官能的に揺らし、激しく踊り出した。
「あっ、眉間にホクロが」
僕は、かがり火に浮かぶ顔に驚いた。坂の女性だ。
「おお、今度も至福がきた」「先の祭りと同じ女なのか」「そうだ。ずっとかわらぬ女じゃ」男衆が放心したふうに
いう。僕は村長に尋ねた。「あの女性は?」翁は眼を細める。「祭り祓(まつりはらえ)じゃ。古くから踊りながら
祈願をしてきた」
翌日、いまだ踊り子の官能が疼き、やぐらで呆然としていた。男衆がいうように、女は十二年後も踊りにくるの
だろうか。僕はすぐに村を出る予定だったのだが、それを確かめたいおもいが湧く。そういえば気になることに、
「村へ残ってよかった」男衆の声が耳朶に張りついていた。
――もしや踊りは、村に男を引き止めるための祭り祓なのか。
しかも、あの鞄。老女を若い女性にかえる、逆玉手箱じゃないか。