男は野戦服に身を包み、茂みの木々をも纏い潜んでいた。緑の濃い山間の、見通しの良い一本道のすぐ脇で。
『全く嫌な予感しかしない。十月にもなってこの暑さだ』
手元の無線機が苛立った声を伝えてくる。
肩の小銃が重く鬱陶しいからか、男はつい嫌味を言ってしまった。
「すまんね、こっちは日陰で快適なもので。いいから奴が来るかちゃんと見張ってろ」
『……っ!? いや……こっちこそ、すまん』
何故謝られたのか分からない。
『奴の接近を見逃していた。もうそっちから見える位置だ』
手筈が崩れた。高台から辺りを窺っていたはずの通信先の同僚の言葉に、男は絶望を覚えた。
咄嗟に茂みから顔を出し、双眼鏡で左右を見渡す。と、左側。遠目に見えた物体が微かに安物の掃除機のような音を響かせながら近づいてくる。情報通り、かなりの高速で。
男と同僚が所属する、この近隣に駐屯する陸自の普通科小隊に命令が下ったのは今朝の事だった。
開発中の自立型兵器が脱走し、ひたすらに南下しているのだと言う。
弾薬が搭載されている可能性もあって警察ではなく、中隊規模の戦力を複数の予想経路に分けて展開されることとなったのだ。
その一つ、この道の向こうには村があり、そこへの侵入を阻止しなければならない。
戦友からの報告が上がったのであろう、小隊長からの通信が入った。
『応援はできるだけ早く寄越す。死ぬな』
小隊長の命令とも要請ともつかない言葉が終わる頃には、双眼鏡越しに対象が姿形が分かるまでに接近してきていた。
若い女性をイメージさせる人型を模った機械兵が大型のキャリーバッグを思わせる武装コンテナを引き疾走している。
その足が接地している様子はなく、土煙を巻き上げながら滑るように向かってくる。
こちらには小銃が一丁。対して、奴にはどれだけの武装が施されてのだろうか。
震えに無線機を取り落としそうになる男の視線の先で、ふと機械兵が額にした汗をぬぐうような仕草を――その手に火花が一つ。遅れて銃声がする。頭部を庇ったようだ。
掴んだ小銃の重さも分からない。それを合図に男は転がるように茂みから飛び出し、
「止まれええええええぇぇぇぇッ!!」
警告ともつかぬ叫び声を向かってくる機械の女に浴びせ、引き金を引いていた。