クソ重い荷物だった。情を移したオトコの為とはいえ馬鹿馬鹿しくなる。
陸路での入国は簡単だった。掘っ立て小屋のような事務所の役人に少し掴ませればよかった。
彼らが生活の苦労……養うべき子供の多さなど愚痴り始めたら、適当に相槌を打って微笑み
紙幣を仕込んだ煙草を窓口に置けば事は済んだ。すべてアイツの言ったとおりだった。
国境から20分位、商店も殆どない未舗装の通りを自棄っぱちでスーツケースを引きずっていると
唐突に左手に視界が広がり、そこがバスターミナルらしかった。
吹き溜まりのような広場に白人のバックパッカーが数人とおんぼろの軽トラが1台。
思わず立ち止まって左手で額の汗を拭った。アイツに貰った指輪は汗と埃まみれだった。
女の扱いだけは上手いアイツの手の甲のタトゥー…… 蜘蛛の巣の意匠、が脳裏に浮かび
舌打ちして見上げると、軽トラから浅黒い小男が軽いステップで降りてきた。
「上等上等!あんたのボーイフレンドには明日の朝一番で送金しとくよ」
宿でスーツケースの中身を確認した男は上機嫌だった。
中身の殆どは高級酒のボトルだった。
「この国じゃ酒は禁制品なんだ。どうだ、さっそく祝いに一杯やらないか?」
男の端整で人懐こい笑顔から真っ白い歯が溢れた。
ウィスキーを小さなグラスに2杯飲み、焼けた肌がますます火照った。
初めて嗅ぐタバコや香水の混ざったような匂い。気がついたら男と抱き合っていた。
「俺は指名手配されてるんだ」 私は楽しい気分だった。
「よう、姉さん、帰りも重たそうな荷物だな」
出国の係官は入国時と同じ中年男だった。楊枝を咥え、目を細めてニヤついている。
「たくさん土産でも買ったのかい? いいよなぁ金持ちの外国人は。うちの家なんて……」
私は面倒になって早々に煙草をカウンターに置いた。今度は自然に笑顔が湧いてきた。
が、旅券にスタンプが突かれる寸前、スーツケースから微かな唸り声が聞こえた。
「うん?何か聞こえたようだが。気のせいか?」
「気のせいよ」 私は咄嗟に薬指から指輪を引き抜きカウンターに置いた。
「これ、そこに落ちてたんだけど、奥さんにでもプレゼントしたらどう?」
係官は暫くバタフライを模したデザインの指輪を眺めた後、私に最高の笑顔を見せた。