ワイが文章をちょっと詳しく評価する![29]

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575第二十四回ワイスレ杯参加作品
 誰かに似ている、と彼は思った。
 寒村には珍しいヨソ者に興味を惹かれ、少し離れて彼は彼女の姿を眺めていた。人が入れそうなくらいに大きなキャリーバッグを引いていた。
 みつめるうち、誰かに似ているように彼は感じた。その感覚の正体を探りたい好奇心と、些かの下心を抱き、彼女に声を掛けた。
「観光ですか?」
 なにか考え事でもしていたのだろうか、はっと我に返った様子で彼女は答えた。
「――これから発つんです。妹と一緒に」
 村人はみな顔なじみであるような小さな村だから、地元の人間なら彼が知らぬはずはない。しかし、誰かに似ているような印象は受けるものの、彼に見覚えはなかった。
 気付くと、今度は彼が彼女に見つめられていた。
「谷中さん――ですよね」
「え、はい。そうですが」
「やっぱりそうでしたよね。さっき写真と手紙を見たんです。妹が、お世話になっていたようで」
 彼の頭の混乱は加速する。一向に話が掴めない。彼女は、彼女の妹とはいったい何者なのか。
「失礼ですが、あなたは、いったい――」
「忌み子って、御存知ですよね。この村の因習である」
 彼女は唐突に言い放つ。確かに彼には聞き覚えがあった。ただ、誰として積極的には語りたがらず、彼自身も詳しくは知らなかった。
「聞いたことはありますが――、迷信の類でしょう」
「この村では、双子が生まれると、そのうち早く出てきた方を忌み子として、決して家の外には出さないのです」
「はあ――」
 ふと、彼女の肌が病的なまでに白いことに彼は気付く。
「妹が、お世話になっていたようで。本当にありがとうございました」
 そう言うと、彼女は突然に歩き去って行った。

 彼は婚約者の家へと向かった。このことを誰かに話したかったのだ。
 門前に着いて、扉越しに声を掛けるものの返事はない。田舎特有の気安さで、中に入って待っているかと、彼は家へ上がった。
 居間へと歩いていると、妙な臭いを感じ、彼は臭気のもとを探そうと家中を歩き回った。すると、婚約者の私室からその臭いは発生しているようだった。
 戸を開ける。
 彼の目に入ったのは赤。畳が真っ赤に染まり、その上には写真や手紙が散乱していた。写真は彼と婚約者が二人で撮ったもの、手紙は彼が婚約者へ送ったものだった。
 死体はなかった。